私は何でも知っている ( No.1 ) |
- 日時: 2011/04/17 00:06
- 名前: 水樹 ID:zH2lCF5Q
お題は「目付き」「軟膏」「ドップラー効果」「チューリング試験」「ゲシュタルト崩壊」から三つです。
「・・・その人は投稿小説サイトの古参で、絵的センスともにエログロを好んで描写するのが得意で、口に合わない発泡酒を小便と一緒にトイレに流す人って感じ」 「君はなんでも知ってるね」 「そう? そんな事ないわよ、普通よ」 「それじゃあ、ドップラー効果って知ってる?」 「あれでしょ、山中で暴漢に襲われた女性の金切り声が、山彦で聴こえると低く聴こえて、その場所では甲高く聴こえるってやつでしょ」 「大体そんな感じだね、じゃあ、ゲシュタルト崩壊って知ってる?」 「あれでしょ、映画の時計仕掛けのオレンジみたいな感じでしょ、あれと同じように何時間も鏡で自分を見続けると、自己の認識が失っていくって感じでしょ、何時間も下らない質問を私にしているあなたにも言えることかしら?」 「・・・・・・そうとも言えるかもね、それじゃあ、チューリング試験って知ってる?」 「今、私を試している事でしょ」
片桐様最後の三語なのに、なぜかあの人。 本当に即興でごめんなさい。
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崩壊連鎖 ( No.2 ) |
- 日時: 2011/04/17 01:02
- 名前: 片桐 ID:WXVvW6ag
ごめんね祐子。急に呼び出して。どうしても、誰かと話したい気分だったんだ。何か飲み物頼んでちょうだい。ここはわたしが出すから。いいよ、わたしのわがままに付き合ってもらってるんだもん。え? このサングラス、似合ってない――、かな。ううん、そうだよね。これさっき100円ショップで買ったんだ。ちょっとあってさ、今は掛けてるの。危ない人だよね、これじゃ。いいんだ、分ってるもん。わたし、最近どうかしてる。 彼とは上手くいってるよ。なかなか合えないけど、電話やメールはよくするし、今度の土曜にデートしようって約束もしてある。それは大丈夫。本当に大丈夫。 聞いてもらいたい話っていうのは、おかしな客の話なの。わたし、古本屋でアルバイトしてるっていってたでしょ。今はもうやめたんだけどさ。うん、今は療養中って感じかな。 違うよ。別にストーカーとかそういうんじゃない。ただ一度きりあっただけ。その人がお客さんで、わたしが接客したの。先週の水曜のお昼前、買取カウンターに大きな紙袋が置かれたと思って、そっちに目をやると、男の人がいたの。五十代くらいかな。牛乳瓶の底みたいなメガネがあるでしょう? 今どきそんなメガネを掛けてるんだけど、そのメガネ越しにも目付きが悪いってわかるの。おどおどしてるようで、急にこちらを睨んだり、でも目が合うとすぐに逸らす。 気持ち悪い――、っていうのが第一印象だった。 でも、仕事じゃない? そんな気持ちはぜんぜん出さないで、笑顔で接客するように心がけた。古くて汚い本ばかりで、結局五十冊で二百円ていうのが、査定金額。よろしいですかってたずねたら、分るか分らないかってくらいに微かにうなづいた。 お名前、ご住所、年齢、職業をお願いしますってわたしはいった。そしたらその人、急に震えだして……。怖かったけど、ボールペンを渡したの。その人、ボールペンを握るとさらに震えて、息も荒くなり始めた。大丈夫ですかっていったけど、わたしの声なんか聞こえないみたいに、目を見開いて、肩を上下させて、名前の欄にペンの先をあてた。 横に一本線を引いたのよ、その人。でも、そこでペンは止まって、フーウ、フーウって変な呼吸になって、胸のポケットから財布を取り出してカードを何枚も引き抜いた。自分の名前をどう書くか、不意にわからなくなったのかと思った。その人、名前が書かれているはずのカードや免許証を見ても、首を振って、「違う! 違う!」叫びだした。カードは散らばるし、他のお客さんは何事かって見てくるし、わたしどうしたらいいかわからなくて。そしたらね、その人、ボールペンで目を突いたの。 それからはもうめちゃくちゃ。わたしは気を失っちゃったんだけど、警察や救急車が来て、その日はお店の営業をいったん取りやめたくらい。 わたしは従業員専用の部屋で横になっていたんだけど、そのときの映像がなんども頭に浮かんで、怖くて。店長に送られて家には帰ったんだけど、家についても不安でたまらなかった。 その時ね、わたし、考えちゃったの。どうして、あの人、あんなことをしたんだろうって。自分の名前の漢字をど忘れしたんだって初めは思ったけど、カードを見ても首を振っていたし、違うんじゃないかって思った。もしかしたら、自分の名前が、自分のものじゃないように思えたんじゃないかなって。 なんとなく、わたしは自分の名前をメモ帳に書いてみた。すんなり書けた。当たり前よね。でもね、なんだか気持ち悪いの。わたしの名前ってこんな感じだったかなって。まるで別人の名前のようで、そもそも人間をあらわす名前なのかさえわからなくなっていった。 うん、疲れていたんだと思う。だから、その日は睡眠薬を飲んで寝ることにしたの。 次の日に、鏡を覗いたんだ。酷い顔だった。むくんで見れたものじゃなかった。こんな顔じゃ、彼にも会えないって思った。顔を何度も洗って、もう一度鏡をみた。気持ち悪くてたまらなかった。眼ってなんだろうって思ったことある? 鼻ってなんだろうって思ったことある? どれも改めてみたら変な形をしてる。そんなものがわたしの顔の中に並んでいる。 わたし、どうかしていたんだと思う。目元を思いっきり引っ掻いたの。血があふれて、痛くて。鏡をあらためてみても、やっぱりわたしの顔。気持ちの悪い部品がついた顔があった。 軟膏を塗ったりして、血は止めたけど、鏡を見ればまた同じことをしてしまうようで怖かった。あの男に会ったせいでわたしは変な考えをするようになった。あの男に狂ったものをうつされてしまったって思った。 普段慣れ親しんでいる言葉が急におかしく見えることを、ゲシュタルト崩壊って言うんだって。あの男は、きっとそれが病気まで進んでしまった人なんだと思うの。言葉だけでなく、人の顔や、物の形や、そういった全部が気持ちの悪い形としてみえてしまう病気。それをわたしは運悪くうつされてしまったのよ。だったら、今度はわたしが――。 ありがとう、聞いてくれて。うん、もういいの。これですっきりしたから。人に話せば楽になるような気がしていたんだ。ここはわたしが払っておくね。 あ、そうそう、一度このレシートの裏に、名前を書いてみてくれない。
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感想です♪ ( No.3 ) |
- 日時: 2011/04/17 01:16
- 名前: 水樹 ID:zH2lCF5Q
狂喜を孕んだ感じが素敵です。 誰もいない席での、主人公の独り言とも認識出来る語りに、私は鳥肌が立ちました。 最後と言わず、また一緒に参加出来たらいいなと。
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感想 ( No.4 ) |
- 日時: 2011/04/17 11:15
- 名前: 片桐 ID:WXVvW6ag
>ミズキさん 難しい用語をうまくあてはめた掌編でした。それだけといえばそれだけともいえるでしょうが、おっ、うまいな、と言いたくなる小話を聞いた気分で、これもありだと思います。
僕が主催する三語はひとまず終わりにします。誰かが主催しているところに混ぜてもらうことも稀にあるかもしれませんが、その時はよろしく。 思えばミズキさんがいなければ、僕はこんなに三語をすることはなかったでしょう。 ありがとう。ミズキさん。楽しかったです。
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