私の街のスズキさん ( No.1 ) |
- 日時: 2011/01/09 15:20
- 名前: HONET ID:lD5qiRsM
スズキさんの家は、我が家からさほど離れていない場所にある。それでも四、五分は歩かなければならないから、近いというわけでもない。通学途中に家の前を通るわけでもないし、友人の家が近くにあるわけでもない。けれど、私は知っている。あの家にいるのがスズキさんであることを。 表札には、片仮名で『スズキ』と書かれている。鈴木でも、壽松木でもない。スズキさん。 スズキさんの家からは、動物の鳴き声がする。犬の鳴き声だったり、鳥の鳴き声だったり。鳥も一種類じゃない。ホーホケキョと鳴いた後に、ホーホーホーという鳴き声がしたりする。鶯に、あれはフクロウだろうか? フクロウとミミズクの違いはよくわからないけれど、きっとあれはフクロウだ。たまに、赤ん坊の泣き声がすることもある。赤ん坊の割には随分と声が低くて、中には悪魔の子供じゃないか、なんていう人もいるくらいだ。 スズキさんの家は植物も豊富にある。庭は植物だらけで、きっと普通の一軒家であろう二階建ての家も、はっきりと見ることができない。 塀から飛び出している木の枝に、林檎がなっているのを見たことがある。その隣に、梨が同じ枝からなっていた。その隣の木からは蜜柑も生えていて、その隣はドリアンだっただろうか、不思議な臭いのする果物がなっていた。そういう、見たことのある植物ならいい。中には銀色に光る鮮やかな球体を果実として実らせている植物もあったりする。あれは食べられるのだろうか? そんな風体の家が話題に上るスズキ家だが、家族構成はわからない。赤ん坊の声がするくらいだから、少なくともその親はいるのだろうけれど、なにをしている人かはわからない。私は密かに、動物と植物をかけ合わせて新生物を作っているマッドサイエンティストが住んでいるのではないか、なんて考えたりもしたことがあるが、真偽は定かではない。
そんなスズキさんの家の前で、ばったりと家人らしき人と出会ったのだから、これは話しかけずにはいられない。 「こんにちは」 私がそう言うと、スズキさんは家の前を掃いていた箒の手を止め、表札を指差した。いや、正確には表札の下にある小さな赤いシールを指差したのか。そこには『立ち入り禁止』と書かれていた。百円ショップとかで売っていそうだ。 「入ったらあかんよ」 「入りませんよ」 「入ったら、キムラくんに食べられてしまうかもしれへんからね」 「キムラくんってどなたですか」 「最近引っ越してきたんよ。キムラくん」 侵入者を退治してくれるキムラくん。その時、家の中から聞こえてきたグルルという唸り声から、たぶん虎かなにかと予想する。 「キムラくんはちゃんと躾けてあげないと危ないですよ」 「別に、あんたが入らな問題ないんよ」 なるほど、確かにそうかもしれない。そう納得しかけた私の視界の隅で、火花が散った。ちょうど塀の上辺り。 「ああ、言わんこっちゃない」 スズキさんは箒を塀に立てかけ、わたわたと庭に走って行った。戻ってきたスズキさんの掌には、白黒のまだら模様の蝶が乗っていた。 「サイトウさんだったよ。もう、前から入りたい入りたいって。あかん、あかんよって言い続けてきたのにねぇ。キムラくんがいるから、あかんよって」 キムラくんは虎じゃなかったようだ。 その時、柴犬が走ってスズキ家に入っていった。 危ない。そう声を出そうとする私に先んじて、スズキさんが「おかえり、あんた」と犬に声をかけた。 「今日の夕飯はしば漬けだからね」と言いながらスズキさんは箒を手に取り私を見た。 「入ったらあかんからね」 そう言い残し、スズキさんは家に入っていった。
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悪魔、火花、あざやかな球体。 1年ぶりくらいの3語はまあ酷い出来でちょっと笑った。
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