一時間で三語だと! まだそんな事を考えている奴がいるのか! ( No.1 ) |
- 日時: 2017/08/28 20:26
- 名前: みんけあ ID:2tnBwOWw
お題は、「さわやか」「二号」「フリーズ」です。
「宇野さんと佐野さんと僕」
深い闇の中で、僕は彼らが来るのを、息を潜めてじっと待つ。お姉ちゃんが閉め忘れたのか、カーテンから漏れる風が僕の頬を掠めている。神経を研ぎ澄まし、敏感になった肌は僅かな隙間風さえも感じる。 「いよう、暇そうだな、ちょいと邪魔するぜ」 その風に紛れ込んできたかのように、いつの間にか部屋に入ってきた二人は、僕に話しかける。
夜、宇野さんと佐野さんはどこからともなくやって来る。特定の名前は無く最初は一号さん、二号さんと呼んでいた。名前などどうでもいいらしい。 神出鬼没で現れる時は常に二人一緒、いつも僕を驚かせる。 僕は彼らが来てくれるのをいつも心待ちにしている。 僕は眼を閉じているが、眠ってはいけない。彼らが来たのを逃してしまうから。 二人は僕の支えと言ってもいい。寂しさを紛らわしてくれる唯一無二の存在だ。
宇野さんは喜怒哀楽の激しい女性で感情的に話す。 聞いているといつも怒ってるようで僕を圧倒する。 その点、男性の佐野さんは冷静だ。 というよりは口数が少なく、自分から話しかける事は滅多にない、何を考えているか分からないというのもある。 会話となると必ず二人に僕が挟まれる。 たまに二人だけで話せばいいと思う事もあるが、二人がいなくなり、一人ぼっちになると寂しさが僕に付きまとい、無性に彼らが恋しくなる。 少し大げさだけど、人は一人では生きていけないと痛感させられる。 そう、僕にとって二人は掛け替えのない友人だった。 当り前の事だけど、それがいつまでも続くものだと信じて疑ってなかったのは、二人がいたからだった。 いなくなって初めて気付かされる。 人は幸せな時は幸せを実感しないんだと。
体調が優れなく二人が来ても気がつかない日が何日も続いた。 自分の事は自分が一番良く分かっている。 この身体がそう長くない事を。 その日、僕は覚悟を決めていた。 いつものように陽気に宇野さんから僕に話しかけた。 「オイッス! 今日は起きてるみたいだな、私に会えなくてさみしかった?」 「寂しかったのは宇野さんの方じゃないの?」 いつもの悪態を吐かず、返事は返さない僕。 「……」 声は出さないが佐野さんも一緒にいる。 「最近元気ないみたいだけど、大丈夫? 死んじゃったりしない?」 「……」 縁起でもない事を言うが心配してくれて嬉しい。 それでも僕はうんともすんとも言わず、ただ黙る。 「あれ? あまりに久し振り過ぎて私たちの事忘れちゃったのかな?」 「そんな事はないはずだ」 冷静に突っ込みを入れる佐野さんがおかしい。 僕は二人と会話したいのをぐっと堪える。 まあいいかと、僕の事を気に掛けない様子で、宇野さんは一人で喋り出した。
宇野さんだけのお喋りを聞くだけでも楽しい。 たわいもない話だけど、怒ったり喜んだりと生き生きとしている。 こんな人と毎日いたら、疲れはするけど楽しいはずだ。 そんな宇野さんに佐野さんは、「ああ」だの「そうだな」と素気なく、ただ簡単な返事を返すだけだった。 「って、さっきから黙ってばかりでお前も何か言いやがれっ! このスットコドッコイがっ! フリーズ野郎っ!」 宇野さんの突然の罵倒に、飛び起きるんじゃないかというぐらいびっくりした。 「そうだな、さっきから何で黙っているか、せめて訳だけでも聞かせてくれ」 いつになく二人は真剣だ。 「わかったよ」 本当ならいつものように楽しい会話になるはずだったのに、 「もう、うんざりなんだよ」 意に反し吐き出す僕。 「何が?」 「君達が話にやってくるのも、下らない会話をするのも、もう、いい加減、飽きたんだよ!僕の大切な一人の時間を、邪魔しに来て欲しくないんだ」 「てめぇ! 言っていいことと悪いことが」 「それは本心か?」 「ああ、そうさ、もう、僕は決めたんだ。さあ、二人はもう自由だ、僕の事なんかほっといて、どこにでも好きな所に行ってくれ! そしたら、もう二度と、どうか二度と僕の前に現れるのはよしてくれ!」 「本当にそれでいいのか?」 僕はまた意識を閉ざし黙り込む。 もう、言いたいことは言った。後悔してはいない、と言えば嘘になるが。 後は二人が消えるのを辛くも黙って待つことだった。 「お前っ! ふざけんなよっ! 何勝手な事言うんだ! 」 宇野さんは怒鳴り散らし、今にも殴りかかってきそうな勢いだ。 「私たちがお前から消えたら、お前なんて」 「よせ」 佐野さんが宇野さんを遮る。 「うぅ、だってこいつ、自分の言ってることが」 「分かっているはずだ」 その後も悲痛な叫びを宇野さんは僕に浴びせかけた。 僕はそれをただ聞き入れるしかなかった。 やがて二人は消える。 その存在が無くなると明確に分かるぐらい、完全に僕との関係を断ち切った。 「名前を付けてくれて、嬉しかった」 と、宇野さんが一言残して。 泣きたいのを必死に堪え、二人がいなくなって僕は感謝の言葉を丁寧に心の中で呟いた。 「ありがとう」 と、一番この言葉を、伝えたかった。
夜が明けて日の光と共に、看護婦のお姉さんが僕の様子を見にやってくる。 看護婦のお姉さんが僕と繋がっている機械の異常を察し医者を呼ぶ。 そして医者は僕の身体を調べ、急いで見た事もない、僕の本当の家族を呼ぶだろう。 その家族に僕の命は委ねられるだろう。
僕は一人ぼっちになってしまった。 彼らが来ることは二度とないだろう。 ぽっかりと右脳と左脳が無くなり、頭の中の部屋は小脳、僕一人になり、随分広く感じ、寂しくなってしまった。 二人との思い出に浸れるのも後わずかな時間だろう。 近いうちに僕は殺される、初めから生きている状態だったと言うのには程遠いが、自ら死ねないが為に殺される。 ただ、痛みもなく、眠るように死ねるのだけが幸いだ。 それでも自分の人生に悔いはない、とも言えないが、十分満足はしている。
僕は決して一人じゃなかった。 あの三人の時間がとても眩しく、かけがえのないものだったから。 心残りがあるとするならば、この事を、誰でもいいから分かってもらいたい。 意志を表に出せず、寝たきりの僕がとても幸せだった事を。
二人はいなくなり、僕は一人になった。 意識は今まで全てある。 彼らとの思い出が、二人が残してくれたぬくもりがとても心地いい。 感謝の言葉をいくら言おうが言い足りない。 儚くも、充実した人生を送れたのは二人のおかげだからだ。 生まれ変わりなんて信じてはいないけど、本当にあるというのなら、また彼らと出会いたい。彼らと僕は確かに存在した。次は本当に血の通った兄妹として、また二人に挟まれ会話をしたい。 そこは日差しも穏やかで、爽やかな日曜日。家にいるのは勿体無いと、宇野さんの唐突な提案で、庭に出て白い丸テーブルを三人で囲んでいる。お手製のクッキーを摘まみながら紅茶で喉を潤す。他愛もない事で宇野さんはやけ食いするだろう。仕方ないなと佐野さんはクッキーを焼いてくれる。何てことのない日曜日、笑顔の僕がそこに居るに違いない。 意識が途絶える最後の時まで、その光景を思い浮かべ、僕は切に願い続ける。
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