だいじょうぶ ( No.1 ) |
- 日時: 2011/03/27 00:56
- 名前: ねじ ID:xEHNtd26
「もう地面が揺れてんのか、自分が揺れてんのかって感じだよね」 舐めるようにちびちびと焼酎をマグカップで飲みながら、角野は言う。 頷きながら、あ、来た、と思う。ブラインドの紐が、微かに震えている。 「あー。揺れている。私か地面が揺れている」 「安心しろ。揺れているのは地面だ」 「いやそれだめでしょむしろー。あーなんか気持悪くなってきたしー」 ぺちり、と会議用の机に頬をつけ、角野は目を閉じる。濃いマスカラのついたまつげが、変な風に捩れている。がたがた、と、天井あたりが鳴る。 来るか、また来るか、と思いながらもなんだか面倒くさくなって焼酎を啜っていると、揺れはすぐに納まった。 「あー気持悪ー。水谷お茶」 「飲みすぎだろ」 「あんたに言われたくないってばー」 電車が止まり、帰宅が出来ず職場待機が決定したあと、二人でスーパーで購入した食料と飲み物(大半が酒)を漁り、お茶を見つけると、これも買ってきた紙コップに注ぐ。もともと十人に満たない人間でやっているこの営業所の、数少ない他の同僚は、そもそも外出中か、そうでなければ歩いて一駅か二駅、または限定的に動き出したメトロで通勤しているかで、気がつくと、俺と同期の角野だけが残された。最初はヤフーでいちいち動向を確かめていたのだが、そのうちそれにも飽きて、二人でただ酒を飲んでいる。 「ほら」 「ありがとー」 勢いよく飲み干し、だん、と乱暴に紙コップを半ば投げ出すように置く。 「あー今何時?」 「二時」 「電車、いつ動くのかなあ」 「どうだかな。お前、帰りどうすんの」 「わかんない。朝まで待って電車動かなかったらタクシーかなあ。うちまでこっから二十キロぐらいあるんだよねー。今日靴ヒールだしさー」 「タクシーもつかまらないだろなかなか」 「まー私もタクシー運転手だったら今知らない人乗せたくないわー」 「同感」 さて、俺はどうやって帰ろうか。ネットで調べたところ、家までここから十五キロ。歩いて帰れない距離ではないが、帰りたくない距離ではある。考えるのが面倒で、帰れなくなるかもと脅えるのも面倒で、焼酎を啜る。 「人間ってさー無力だよねー」 「そうだな」 「でもまーこれが日本に生きるということなのかねえ」 「そうかもな」 飢えている人間もおらず、選ばなければ仕事もあり、夜に一人で女が出かけても、まず問題はない。だけれど、いつ地面が破壊的に揺れるのか、いつ海が襲いかかってくるのか、わかったものではない。日本は、そういう国なのだった。今まで意識したことはなかったけれど。 「あー揺れている」 コップの中で、壜の中で、焼酎が、揺れている。角野は目を閉じ、あー、あー、と分けのわからない呻きを漏らす。 不意に、胃から一気に、何か、が、逆流、してきた。背中から二の腕にかけて、鳥肌が立つ。がたがた、と、ブラインドと窓がぶつかる音。揺れている。地面が。あー、とか細い角野の声。 唇を慌てて押さえ、どうにか、こらえる。揺れは、小さく、収束へと向かっている。閉じた目の奥で、世界が、ぐるぐると、回る。回っているのは、俺なのか、世界なのか。違う。いつでも、世界は回っている。世界が回っていることに気付いた、酔っ払いが俺で、そして、俺も、回っている。それから、地面は、いつ揺れるともわからず、俺は、そのことに、脅えている。脅えて、いる。 ばん、と背中が、叩かれた。衝撃で本気で戻しかけて、歯の裏まで届いたものをどうにか胃まで押し戻し、おい、と角野を見ると、マスカラで汚れた目が、じっと俺を見つめていた。 ぽんぽん、と、軽く、柔らかく、背中が、叩かれる。角野はじっと、俺を見ている。ぽん、ぽん、ぽん、ぽん。 正直に言えば、酔いが回りきった俺の体に、それは辛かった。けれど、止める気には、ならなかった。角野の、小さな、確かな感触。 ありがとう、と、酒臭い息で言うと、角野はにい、と笑って見せた。
※ 今こういうものを書くのがどうなのかわかりませんが、思いついたので、書いてしまったのでした。
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