クローバー
 クローバー

 雨が降っている。音も聞こえない、静かでささやかな春の雨。
 机の上の便箋は真っ白。書くことは何も思いつかない。
 進学のため、上京してきてから一か月が経った。生まれて初めて親の言うことを押しのけて、無理やり家を出て来てしまった。出発する時に言われたことは「元気でね。時々手紙、送ってね」それだけ。
 電話やメールじゃなく、手紙。私が文章を書くことが苦手なのをわかって言っているのだろうか。だとしたらなかなか質が悪い。
 無視すればいいと言われれば、まあそうかもしれない。
 しかし、長年のくせはもっと質が悪い。どうしても応えなければいけないような気がして、結局こうして真っ白の紙の前でうんうん唸っている。
 何を書こうか。大学のことか、友達のことか、あるいは、いやまず、お元気ですか?とでも言えばいいか。
 でも、勝手に家を飛び出した娘がお元気ですか……だなんていったいどの口が言えたことか。
 やはりわざわざ手紙に書くようなことは思いつかない。
「うーん……」
 もういっそ考えるのをやめてしまおうか。思いついたら書く、みたいな。そんな呑気なことを言っていたら一生終わらない気もするが、いつまでもこうしているのも時間の無駄である。
 時計を見るとちょうど正午。もうお昼か。
 お腹もすいてきたし、気分転換にお昼ご飯を買いに行くことにした。とはいってもどうせ行くのはコンビニだけど。
 クローゼットから若草色のパーカーを取り出してはおる。小さめのカバンに財布とスマートフォンを持って、靴は適当にスニーカーを選ぶ。
 そして、傘と戸締りも忘れず家を出た。

 雨の中を歩くのは嫌いではない。もちろん傘の意味がないような大雨やら暴風雨はいただけないが、これくらいの雨ならけっこういいものである。なんというか心が洗われるような気がする。
 家から一番近いコンビニへはなかなか距離がある。まあ、地元の田舎暮らしからすれば感動的な近さだが、ちょっと歩けばすぐコンビニの世界に慣れるとどうしても距離を感じてしまうのである。
 少し歩いたところで、ふと視界に何やらピンク色のものが目に入った。それはレインコートを着た女の子だった。雑草が生い茂る空き地で、かがんだままごそごそと移動している。
 別にそのまま通り過ぎても良かったのだが、何をしているのか妙に気になってしまった。
「何してるの?」
 声をかけると、女の子はそろりと振り返る。
「……ふしんしゃ?」
「えっいや、違いますよ」
 確かにこのご時世、小さな子供に話しかけたら不審者にも間違えられるか。
「雨の中に一人で何してるのかなと思って」
「四つ葉、探してた」
「四つ葉?」
 よく見るとこの空き地にはシロツメクサが群生していた。
「あのね、あたし、家出して来たの。ママとケンカして」
「あら、そうなの」
「でもね、お腹空いたから帰りたいんだけど、ごめんなさいするために、四つ葉のクローバーをね、あげようと思ったの」
 何もそんなことをしなくても許してもらえそうなものだが、この子なりのプライドがあるのだろう。
「探すの手伝おうか?」
 さすがに見つかるまでご飯が食べられないのは気の毒である。
「ほんとに?」
「うん」
「やったーっ」
 女の子は瞳を輝かせ飛び上がった。

 二人で探し始めてから少しして、女の子は私に尋ねた。
「ねえねえ、おねえちゃんは暇なの?」
「え、うーん暇じゃないけど暇かな。やらなきゃいけないことがあるんだけど、やりたくないんだよね」
 いわゆる現実逃避だろうか。でも、この子のお手伝いをしたいのは一番である。
「へえ、大人にもそんなのあるんだ。お勉強?お皿洗い?」
「いやいや、違うよ」
 子供が今やりたくないことはそんな感じなのか。なんだか可愛らしい。
「田舎にいるお母さんに、お手紙を書かなきゃいけないの」
「お手紙?お手紙を書くのが嫌なの?」
 一瞬探す手を止めて、彼女は尋ねてきた。
「うん、私も家出したんだよね。お手紙送ってってお母さんに言われたけど、何を書いたらいいかわからないのよ」
「大人でも家出するんだね。悪いことしたらごめんなさいだよ」
「え?」
 じいっと三つ葉とにらめっこしている彼女の言うことが良く理解できなかった。
「家出はだめだよ。悪いことしたらごめんなさいってしなきゃいけないの。ママが言ってたよ」
「なるほど」
 確かにその通りだ。まず書かなくてはいけないことは、大学のことでも友達のことでもない。勝手に、無理やり家を出てごめんなさい、だ。
「そうだね。ありがとう。まずはごめんなさいだね」
「うん。あと、それ以外に書くことないなら……あっ、やっぱこれだ……」
 彼女はがっと草の中に手を突っ込んで、その手をこちらに突き出した。
「あっ、四つ葉!」
 どうだとばかりに彼女はにまあっと笑う。
「これはおねえちゃんにあげるよ。これ、お手紙に入れたら?」
「え、でもあなたのお母さんにあげるのは……」
「それはこれから探すのっ。だから手伝って!」
 そう言って、女の子はコートのフードを深くかぶり、空き地の奥の方を探しに行った。

 その後、だいぶ時間をかけてもう一つの四つ葉のクローバーを探し出した。時刻は一時半になっていたが、この時間で四つ葉を二つも見つけられたのは、なかなか上出来だと思う。
「じゃあね、おねえちゃんっ。ありがとうっ。これでやっとご飯が食べれるよ!」
「うん。こちらこそありがとう。私ちゃんとお手紙書くから、あなたもちゃんとお母さんに謝るんだよ」
 こんなような会話をして私たちは家路についた。(もちろんお昼ご飯は買った)
 家に帰ると何より先に、家で一番重そうな辞書を二冊引っ張り出した。女の子からもらった四つ葉を二つに折ったティッシュに挟み、さらにそれを二冊の辞書に慎重に挟み込んだ。
「よし……」
 手を洗って、お昼ご飯は買ったおにぎりを手早く食べる。
 そして、先程とは違う心持ちで机に向かった。

“お母さんへ
 まずは、お母さんの言うことを聞かないで、勝手に家を出てごめんなさい。でも後悔はしてないです。もうこっちの生活には慣れて元気で頑張ってます。お母さんはどうですか?風邪とか引いてないですか?お体には気を付けてください。今回はもう書くことが思いつかないので、お詫びに近所の子がくれた四つ葉のクローバーを貼っておきます。何か思いついたら、また手紙書くと思います“
……意外と量を書けたなと思いながら、四つ葉の様子を見に行く。普段は一冊の辞書を使うところ、二冊使ったから完成は早いはずだ。
 そっと上の辞書を取り上げ、ティッシュを開く。
「おお、できた」
 適度に水分が抜けて、鮮やかな緑色の押し花ができあがっていた。
 四つ葉を押し花と言うのかな、と思いながらもそれを便箋に貼り付けた。
 無事完成。便箋を二つに折って、住所だけ書いてあった封筒に入れた。
 ふと、窓の外を見る。
 雨は上がって、遠くのビルに虹がかかっていた。

2015年07月11日(土) 14時36分23秒 公開
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■作者からのメッセージ
初投稿です。ちょっと時期外れの話かもしれませんが……。
至らない点があれば、ご指摘お願いします。

この作品の感想をお寄せください。
No.4  捺  評価:--点  ■2015-08-01 18:38  ID:o7hllq9AgaY
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>>昼野陽平様

お読み頂きありがとうございます。
やはり描写が足りないんですね。もう少し意識してみようと思います。
お昼ご飯を買うところは確かに、ご指摘の通り、次の場面を考え過ぎて急いでしまっていますね。気をつけます。
とても参考になります。ご感想ありがとうございました。
No.3  昼野陽平  評価:30点  ■2015-07-30 18:31  ID:uQhiKmCHatg
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読ませていただきました。

なかなかお話は良かったと思います。
ただ全体的に描写不足かなと。
あと『(もちろんお昼ご飯は買った)』と、かっこですませるのは、ちょっと雑かなと思います。
自分からは以上です。
No.2  捺  評価:--点  ■2015-07-12 10:35  ID:o7hllq9AgaY
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>>徒然太郎様

お読み頂きありがとうございます。
ご指摘の通り、風景描写がちょっと大雑把ですね。この話は結構気に入っているので、細かいところももう少し大事に書いてみようと思います。言葉の選び方も気を付けた方がいいですね。
とても参考になります。ご感想ありがとうございました。
No.1  徒然太郎  評価:30点  ■2015-07-11 22:15  ID:F3Vr.oi6KXU
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読ませていただきました。
シチュエーション、話の流れはともに自然で受け入れやすい世界観かと思います。雨の場面の風景描写をもう少し細かくしていれば惹きつけられるものもあったのかと思い、惜しいかな、と。あと細かいところですが、「こんなような会話をして〜」の部分は「こんな会話」か「このような会話」のほうが良いかもしれません。少しつっかえたもので。
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