真夏の日本茶
 湯呑ゆのみを持つその子を見て、ゲンナリする。今日は真夏日だ。
小咲こさきちゃんさァ……暑くないの?」
「? 熱いですよ」
 つい数分前まで湯気を立てていた湯呑ゆのみみを指さすと、小咲こさきちゃんはキョトンとして答えた。
「……よく飲んでられるよねぇ」
 僕には無理だよ。皮肉っぽくいったのに気にしないらしいこの子はニコニコと笑った。嗚呼、今日もかわいい。
「だって日本茶は温かいのが美味しいんですもん」
 ぐいっと残りを飲み干して、ローテーブルに置いた。散々飲んでいたのにまだ飲む気なのか急須きゅうすを傾ける。しかし、口から3、4滴のしずくが垂れただけだった。
「あれ、なくなった?」
「散々飲んでたからねぇ」
 小咲こさきちゃんは「むぅ」と変な唸り声を出して立ち上がった。
「……まだ飲むの?」
「まだ飲みます」
「今日暑いよ?」
 一瞬動きが止まる。
「熱中症になって倒れても知らないよ?」
「わかってますよう……」
 追い打ちをかけるように言うと、小咲こさきちゃんは腕をパタパタさせて「うー」とぐずるみたいな声を出す。いかんこれはご機嫌斜めだ。

「仕方ないなぁ、お湯沸かしてくるから座ってて。ほら、お菓子」
 夕飯の買い出しついでに買ってきたどら焼きをテーブルに置く。
「どら焼き!」
 直前までの不機嫌はどこへ行ったのか、小咲こさきちゃんは嬉しそうに座る。鼻歌を歌いながら揺れる頭を軽く撫で、僕は台所へ引っ込んだ。
 IHに置いてあったヤカンを手に取ると、やけに大きくガタリと鳴った。底を見てみると、長年使ってきたせいか一部が歪んでガタガタになっていた。
 そろそろ買い替えないとな、と思いつつ水道水を入れてスイッチを押した。後は放っておけば勝手にお湯は沸く。全く便利な世の中だよなぁ。

 居間に戻ると、小咲こさきちゃんはにこにこしながらどら焼きを食べている。わんちゃんだったら、きっと千切れんばかりに尻尾を振っているんだろう。
「美味しい?」
 ハムスターみたいに口いっぱいに頬張っているから喋られないらしく、代わりにこくこくと頷いた。
小咲こさきちゃんはどら焼き1個でご機嫌が直るなんて、単純だよねぇ」
 僕が損ねた機嫌が、たかがどら焼きの1個で治ってしまったのがちょっと悔しい。たしかにそれは僕が望んだことだけど、少し憎らしくてほっぺたを抓ってみた。
「いひゃいれすよからほさん」
「あは、小咲こさきちゃん意外とほっぺた硬いね」
 意外だった。小咲こさきちゃんのほっぺたは柔らかいと思ってたけど……。手を放して指の背で頬をするすると撫でる。
「常に顔が死んでる唐人からとさんと違って、私は常に表情筋フル活用してますから!」
 そっか。筋肉って使ったら使っただけ硬くなるもんね。「健康的な表情筋です! 」と胸を張る彼女に「なにそれ」と笑い返し、もう一度ほっぺたをつまんでもにもにといじくった。
「ふふ、くすぐったいですよ」
「んー?」
 聞いてないふりをする。もう少し触っていたい。
「もう……えいっ」
 むに。いたずらっ子みたいな笑顔で小咲こさきちゃんは僕のほっぺたをつまんだ。
唐人からとさんはやわっこいですね」
 それを言うなら、小咲こさきちゃんの手の方がやわっこい。それに小っちゃくて……なんだか温かいのは多分熱い湯呑ゆのみみを持っていたからかな。
 僕は男の中では華奢きゃしゃな方だけど、それでも小咲こさきちゃんに比べると硬いし角ばっている。他の女なんて知らないし興味もないけど多分そんなのよりも小咲こさきちゃんの方が柔らかいと思う。
 どうであれ小咲こさきちゃんは小っちゃくてやわこくてかわいいのだ。



 台所から小さく小刻みにカタカタと音が聞こえている。
「ふへへっ」
 小咲こさきちゃんはおかしそうに笑った。
「なーに? ニヤニヤして」
「なんか、おもしい絵面だなって思って」
 確かに。高校生2人がお互いのほっぺを触りあい続けているのは絵面的には面白いかもしれない。そう思うと、なんだか俺もおかしくなって笑えてきた。

「学校始まったらこんなことできないからね、今の内だよ」
「そうですね。学年ちがうし、唐人からとさん学校では猫かぶってるし」
 カタカタがだんだんガタガタと大きな音に変わり始めた。台所の方をちらりと見て、わざとらしく口をとがらせて見せる。
「その方が先生からのウケがいいんですー」
 そう言いながら壁にかかっているカレンダーに目を向けた。今は夏休みだけど、再来週からは前期の後半が始まる。小咲こさきちゃんと遊ぶ機会が減ってしまう。それはやだなぁ。
「再来週から学校だね」
「んー、おうちに帰らなきゃだめになっちゃいますね」
 シュッと蒸気を吐く音が断続的にし始めた。あぁ、うるさいなぁ。小咲こさきちゃんの声が聞こえづらい。
「学校の荷物は部屋にあるし」


 ピィィィーッと甲高い音が鳴る。小咲こさきちゃんはびくっとして固まった。
「あぁ、お湯沸いたみたいだね。止めてくるよ」
 急須きゅうすを持って台所に向かうと、やかんは相変わらず甲高く鳴きガタガタと地団太を踏んでいる。僕はIHのスイッチに指を置いた。
 小咲こさきちゃん。外は危ないものも怖いものも沢山あるよ。小咲こさきちゃんに意地悪する人がいるかもしれないじゃないか。病気を貰ってきちゃうかもしれない。事故にあうかもしれない。いや、そもそも小咲こさきちゃんが外に出ちゃったら純粋な小咲こさきちゃんがどんどん汚されて行ってしまう。
 家のことは僕が全部やるし仕事だってする。小咲こさきちゃんが嫌なものは目に入らないようにするし、何に変えても守ってあげるよ。だから、ずっとここにいてよ。ねぇ―――
小咲こさきちゃん」

「はぁーい?」
 呟いたそれは以外にも聞こえていたようで、小咲こさきちゃんはひょこりと顔をのぞかせた。
 カタと小さく鳴ったのを最後にぴたりと音が止まる。

「学校、楽しみだね」
 僕は笑った。

「はいとっても!」
 小咲こさきちゃんも笑った。


不定形
2017年10月06日(金) 18時19分04秒 公開
■この作品の著作権は不定形さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
不定形(ふていけい)と申します。初投稿です。
普段はpixivで長編小説を書いています。今作が短編初書きです。
真夏に熱い緑茶を飲んでる女の子と、それに呆れる相方という図を思いついたため書き始めました。
短い文章の中に書きたい要素を突っ込むのが難しかったため不完全燃焼感がありますが、アドバイスを頂きたく投稿しました。

〇入れているつもりの要素は以下。
・二人は同じ学校。小咲が後輩
・唐人は小咲を愛玩動物的に見ているが、その反面、半ば神格化してもいる。
・唐人は庇護の対象以外に攻撃するタイプのヤンデレ。本人は自分が病んでいることをわかっている。
・小咲は唐人が病んでいることに気が付いていない。

コメント頂けるのでしたら、これらが読み取れたかどうかも一言添えていただけると嬉しいです。

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