優子
 チャバネゴキブリを優子は、飼育しており、水槽内で蠢くそれらのカサカサする音が、部屋のなかで響いていた。
 日中は非常に暑かったが、夜になった今は、やや涼しく、気持ちのわるい身体中の汗は、蒸発していた。ナチスドイツの逆卍が印刷されているカーテンが、風でサラサラと揺れている。
 優子は高校二年生の処女だったが、いまオナニーをしている。双頭の醜男に犯されることを妄想しながら。ズボンとパンツを踝までおろして、陰部をさすっていた。時おり、呻き声を漏らして、ゴキブリの足音と、カーテンの音と、入り混じった。
 優子は誰もが認める美人だった。黒目がちの大きな目、すらっとした鼻筋、果実のような唇。しかしそういった容貌とは対照的に、グロテスクなものや奇矯なものが好きだった。わけてもゴキブリに対する愛情の念は、常軌を逸したものがあった。彼女はゴキブリを食べさえするのだった。
 やがてオルガスムに達すると、彼女は下着とズボンを履いて立ち上がり、机の上のノートパソコンの脇に置いてある写真立てを眺めて微笑んだ。その写真は、同じクラスの陽介という、奇形癩の男子生徒の写真だった。彼は幼少の頃に奇形癩を病み、療養所で完治したとはいえ、凄惨な痕跡はそのままだった。顔中の肉が糜爛したようにただれており、目や鼻や口を覆うようだった。
 彼のことを優子は好きだった。彼が醜いのは容貌だけでなく、内面もまた醜かった。彼は日常的にクラスで凄惨な苛めを行い、さらには癩病療養所で出会った者たちと「レプラ団」という組織をつくり、夜の街を徘徊しては強姦や恐喝などの悪さを働いていた。彼ら奇形癩の者たちの顔面がずらりとそろった様相は、圧倒的な恐怖を与え、ヤクザすら関わろうとしなかった。
 優子は微笑みながら彼の写真を眺め、明日こそ告白するぞと誓うと、水槽内に手をつっこみ、ゴキブリを一匹掴むと、パリパリと音させて咀嚼した。

 翌日の朝の、燃えるような炎天下のなか、優子は学校へ向かった。舗装された道の両脇にある木々は、生い茂り、足元の雑草が狂気のようにグルグルと生え伸び、激しい日差しがそれらを、凄まじい原色に輝かせていて、ハレーションを起こしているようだった。
 汗だくになって教室に入ると、いつものように陽介は苛めを行っていた。いつもそうだが、鷹志と組んで苛めを行っている。鷹志は、陽介いじょうに暴力的な生徒で、以前に拷問にかけた生徒の、宝石のような白い睾丸を、瓶にいれていつものように持ち歩いていた。陽介はそういった暴力性の点において、彼を尊敬していた。鷹志は陽介とは違って、女のような容貌をしており、感動するほどに美形で、女子に人気があった。しかし優子には鷹志の美貌は、好みではなかった。
 ところで今日の苛めは、男子生徒のペニスをナイフでもって縦に裂き、二股にするというものだった。陽介が生徒を羽交い締めにし、鷹志がナイフを操っていた。返り血で美貌の鷹志の顔面は血まみれだった。
 優子は机に座り、頬杖をつき、唇に微笑みを浮かべながら、苛めの様子を眺めていた。そして今日こそ告白するぞと、再び誓った。
 やがて生徒はペニスを裂かれ、二股になったそれを、絶望的な表情でぼんやりと眺めていた。それをみて陽介と鷹志は嘲笑した。
 クラス内ではそれを見て悲鳴の声や絶叫の声に溢れて、騒々しかった。女子らは教室の隅の一箇所に集まって青い顔をしていた。
 ところで、クラスで優子に話しかける女子生徒はいなかった。いつもそうだった。彼女が相当な変人であることを誰もが知っていて、優子もまた他者と積極的に関係しようとは思わなかった。彼女の激烈な感性には、たいていの人間が退屈に思えたのだった。美人の優子に声をかける男子生徒も、以前にはいたが、彼女の人間性を知ってからは、関わろうとしなかった。
 やがて鐘が鳴り響き、教師が現れて授業が始まった。教師は苛められてペニスを縦に割かれた生徒を見ても、知らぬふりをした。

 優子は意外と照れ屋で、陽介に話しかけることは今までなかった。話しかけよう、と思ってもそのたびに弱腰になり、機会を逃してきた。
 だから告白するのはかなりの勇気が必要だった。勇気というより一種のヒステリーのようだった。優子は意を決して、休み時間中、放課後に校舎裏に来るようにと書いた手紙を、陽介に手渡した。陽介はペニスを縦に割かれた生徒の、患部をつんつんと指でつついて遊んでいた時だった。彼は不可解な表情を浮かべて、手紙を受け取った。となりにいた鷹志は「何それ?」と言った。

 授業が終わり、優子は校舎裏へいった。誰も人はいなく、静寂に包まれていた。まだ太陽は青空の中で、暴力的なまでの陽光を放ち、あたりを強烈な原色で彩っていた。
 やがて陽介が怠そうにやってきた。激しい日差しの下で、彼の奇形癩の痕跡がくっきりと浮かんでいて、その醜さを増しているようだった。優子はその顔をみてやはり好きだと思った。
 彼は「何?」と聞いた。
 優子は意を決して、
「好きです。つきあってください」
 と言った。心臓が大きく鼓動し、涙が出そうだった。
 陽介はあっけにとられたような表情を浮かべた。困ったように頭をかきながら、
「俺、ほかに好きな人いるから」
 と言って、その場を颯爽と去っていった。
 優子はその場に泣き崩れた。仰向けに寝転がって、太陽だけが元気だな、などと思った。
 
 陽介は駐輪場に行き、自転車の鍵をさしてる鷹志を認め、「一緒に帰ろう」と言った。
 彼らはそれぞれ銀色に光る自転車に乗り、杉林に囲まれている道を走り、学校のすぐ近くにある海辺へと寄った。
 自転車から降り、黄色い砂浜に並んで座った。眼前には海が広がっている。海は、激しい陽光を浴びて、煮えたぎるようにギラギラと白く光っていた。
 海を眺めながら、彼らは冗談を言い合って笑った。彼らの笑いは、ツッコミというものが存在せず、どこまでもボケていく笑いだった。
 やがて冗談が尽き果てたのか彼らは沈黙して、焼けた砂をいじったりした。砂は熱かった。海の波が砂浜を洗う、ざざざという音だけが、あたりを覆うように、響いていた。
 ふと陽介が
「君のことが好きだ。恋愛の対象として」
 と言った。
「理由は君が、僕以上に暴力的だからだ」
 と続けた。
 鷹志は
「僕も君のことが好きだ」
 と言った。
「理由はそのルックスだ。かっこいいよ」
 と続けた。
 そして二人は陽光に白くぎらつく海を前にして、キスをした。

 優子は休日に、街へと買い物へ出かけた。陽介にふられたことの鬱憤を晴らすためだった。
 地元の鬱蒼と木々が生いしげる地から、ビル群が林立し、多くの人間がいるところへ行くのは、気分が晴れた。
 何軒かのブティックに寄り、衣服を購入し、ぶらぶらとビル群に囲まれた道を歩いていた。優子のいるところからは、太陽はビルに半分ほど隠れていて、半分ほど顔を覗かせていた。その部分からは激烈な陽光を放っていて眩しかった。
 そろそろ帰ろうかなと思っていると、中年の男に声をかけられた。頭は禿げ上がっていて陽光を反射しているが、半袖から伸びている腕には、濃い毛がもうもうと生えている男で、脂ぎった顔をしきりにハンカチで拭っていた。芸能界へのスカウトだった。
 優子は陽介にふられたことの、重い気分から解放されたかったので、承諾した。

 芸能界にデビューした優子は、その美しさとは対照的に、グロテスクなものや奇矯なものが好きという風変わりな人間性が、一部の人気を呼んだ。
 やがて芸能界で安定した地位を築いたころ、彼女は結婚をした。相手は肩甲骨から足が生えている男で、殺人の前科者だった。
 そのニュースを陽介と鷹志は、陽介の部屋で、アナルセックスしながら見た。
昼野陽平
http://hirunoyouhei.blog.fc2.com
2015年10月05日(月) 17時12分46秒 公開
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No.6  昼野陽平  評価:0点  ■2016-04-05 17:03  ID:uQhiKmCHatg
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こむさん

感想をありがとうございます。
こういうのつきつめていくと、むかしの北野映画みたいになるような気もしてる感じです。
でもやってみないとわからないかなと思います。
ありがとうございました。
No.5  こむ  評価:30点  ■2016-04-05 14:07  ID:g3emUcYnoi6
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エログロの壮絶さのなかに、青春の素朴さを落とし込んでいるのがどこかやさしい感じというか、安心感というか、そういうものを与えてくれました。雨雲を抜けてゆくような心地よさがなんかありました。この組み合わせいいですね
こういうのをつきつめてほしいと勝手に願いをこめます
No.4  昼野陽平  評価:--点  ■2015-10-14 17:11  ID:uQhiKmCHatg
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片桐さん

感想をありがとうございます。
ですね、青春ものです。ちょっと変わった人たちの青春ものが書きたかった感じです。
やはり物足りないですよね。
ゴキブリが好きという設定ももっといかすべきでした。
この作品は書き直そうかなと思うのでご意見を参考にさせていただきます。
ありがとうございました。
No.3  片桐  評価:20点  ■2015-10-12 20:36  ID:n6zPrmhGsPg
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こんにちは。久しぶりの感想です。

優子を応援しつつ読み進めていきました。
作中に奇形、暴力、エログロといったものが山ほどあるけれど、そういうなかだからこそ余計に彼女の乙女心が目立ったというか。

>明日こそ告白するぞ
>今日こそ告白するぞと、再び誓った。

ここなど、やたらと可愛く感じました。

そういうことでしたので、優子が陽介に告白したあと、陽介がいったいどんな行動にでるか、かなり気がかりでした。もしかして、ひどい目に遭わされたりしないかなあと。しかし。

>陽介はあっけにとられたような表情を浮かべた。困ったように頭をかきながら、
「俺、ほかに好きな人いるから」

こういう流れになって、ある種の安心をしたのと同時に、ただひとり残された優子が泣き崩れると知り、ああ、これは青春を描いた小説なんだなって思いました。

>太陽はビルに半分ほど隠れていて、半分ほど顔を覗かせていた。その部分からは激烈な陽光を放っていて眩しかった。

ここ、印象的でした。もちろん激烈なんて言葉を使っているからでもあるけれど。失恋をまだ引きずっていることを表しているのか、あるいは、不完全なもの、歪なものに憧れる優子の心を表しているのか。スカウトマンの禿げ頭に陽光が反射とあるから、可能性としては前者の方が高いだろうか。まあ、どちらも違うということもありそうですがw。

トータルとして見た場合、このままでもインパクトはありましたが、「優子」という作品でもありますし、振られたあとのことを説明的に語って終わり、でなく、もう一つ大きな動きを感じたかったというのが正直なところです。あと、チャバネゴキブリが、冒頭で印象付けられたわりには、それ以降あまり関係がなくなったから、なにかしらの活かしどころがあれば、さらに面白くなったのではないだろうか、などとも思います。

点数は、普通、というわけではなく、昼野さんの他作品と比べてこれにしておきます。これからもがんばってくださいませ。
No.2  昼野陽平  評価:--点  ■2015-10-09 12:12  ID:uQhiKmCHatg
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ゆうすけさん

感想ありがとうございます。
後半は自分でよみかえしても物足りないなと思います。
キャラを生かせてないというご意見、もっともだなと思いました。
ありがとうございました。
No.1  ゆうすけ  評価:30点  ■2015-10-08 19:44  ID:jE4RG11eTPI
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拝読させていただきました。

序盤から主人公とその憧れの男の異常性をこれでもかといわんばかりに読者に突きつけてくるのはいいのですが、終盤にその圧力が弱くなり、さらっと終わってしまうのがもったいないような気がします。陽介への理不尽な復讐とか、逆に乙女チックな恋慕で狂うとか、せっかくのキャラを生かし切れていないと感じました。
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