山の神
太陽が一番高い山のてっぺんをちょうど超えた頃、山の麓の方で声がし始めた。俺には到底理解しようがない、光や音を扱う、優しくも恐ろしく、そして自分勝手な神々だ。俺はまた来たかとイライラ蹄を叩き、鼻を鳴らした。夏のこの時期、いつも彼らはここに来る。

下がよく見える何時もの尾根へ走って行って、下を見下ろす。此処からは神が歩くのに使う獣道がよく見え、下からの風にのる彼らの香りが俺の鼻腔をかすめる。なつかしく、良い香りが一つ。俺の神が、俺のたった一人の支配者あの中に混じっている。俺はたてがみを揺らし神々を近くで見るため、麓に向かう。

神々はいつも決まった道を通り、ガヤガヤと話ながらやってくる。何度見ても神は不思議な生き物だ。鳥ではないのに二本足で歩き、毛の生えない肌を別のもので覆い隠し、目も耳も鼻も良くないにも関わらず、突飛した知性で我々を支配し、見たこともない光る物や動くものを操っている。
神がいつも通る道の上にある細い道からは神々がよく見えるが神々からは俺の姿はよく見えないらしい。そこに俺は歩を進め近づいた神々の香りを吸い込んだ。なにやら不快な、煙いような、夏独特の香りがする。
「虫除けしてきた?」
「ああ」
神の独特な鳴き声が聞こえて気、俺は尻尾を揺らす。たくさんの神の中に俺の神の声が混ざっていて、俺はせっかちに蹄を叩く。
すぐに神々の姿は見えてきた。森の中から、俺がいる高原へ向かう開けた道へ。その中に、俺の神の姿が混ざっていた。姿を拝めただけで満足だ、と俺は去ろうとしたが一つの声が俺をその場に縫い止めた。
「おい馬がいるぞ!」
「え?マジ?」
「もしかして伝説の?」
その声に続くようにたくさんの鳴き声が飛び交い、神々の列は止まり俺の方を見上げた。またか。なぜか神々はこの山に俺がいることに過剰に反応する。俺は嫌になって、再びその場を去ろうとした、その時。
「ヘェーイ!ヌイット、ヌイット、お前だろう?」
我が神が呼んでいる。俺の名前を。俺の神が、唯一の支配者が。



弘臣の叫びに答えるように馬の嘶きが頭上から響き、そして蹄が地面を叩く音が続く。
「え?」
「ヌイット?」
この山にハイキングに来た面々は混乱したように話し合い、弘臣は再びあの黒い馬の名前を呼んだ。
すぐに頭上からちっぽけな人間を見下ろした黒い神はハイキングコースの上から姿を現した。逞しい肉体と鋭い眼光を持つ、気に入らない人間を山から追い出すと恐れられる山の支配者は、落ち着いた様子でグループに近づいた。
「久しぶりだね、ヌイット」
ヌイットと呼ばれた彼は弘臣の声に、一歩近づいた。近くで見ると惚れ惚れするような美しく、勇ましい馬だ。人の支配に抗い、弘臣にしか従わずなんども逃げ出し、そしてそのうち人々が家畜にする事を諦めた彼が今、弘臣におとなしく撫でられている。
「元気だったかい?ヌイット」
ヌイットは答えるように蹄で地面を叩いた。頭の良い馬で、いつも厩舎から逃げ出していた背の高い牡馬は弘臣のそばの女に鼻先を寄せる。
女は指先で馬の大きな鼻先を掻いたが、ヌイットはすぐに頭を引っ込めた。
「やっぱり私のことは好いてくれないね」
「撫でさせてくれるじゃん」


俺は神々に背を向け、来た道を帰る。神々の中で知った顔は俺の神とその妹だけでそれ以外は俺に近づこうとはしなかった。けれどその中の女神が持っていた飴が俺の神を経由して俺の口の中に入っている。春先、茂みの下の方で食べられることがある赤い実と同じような味だ。やはり、神は神なのだろう。俺がいくら身勝手な行為をしても、何故かこうして優しくしてくれる。

神とは、実に不思議な存在だ。身勝手で厳しくて、自己中心的で優しくて、本当によくわからない存在だ。そんなのに、俺は従う気になれなかった。けれど、あの神は、俺を支配する神はいつも同じだった。雨の日も晴れた日も俺が山へ勝手に行った時も、いつも同じ、ヒロオミと呼ばれた神だった。そんなのだから、多分俺は従う気になれたのだろう。


神々の邪魔をしないように、俺はさっさと山を駆け上がる。神々よ、今日という日をお楽しみください。
ローズ
2015年08月31日(月) 17時33分13秒 公開
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■作者からのメッセージ
馬と人間のすれ違い?小説。お互いお互いが神だと思っているイメージ。

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No.4  ローズ  評価:--点  ■2015-09-07 15:54  ID:te6yfYFg2XA
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感想ありがとうございました!読みやすいと言っていただけて嬉しいです!
この作品は海外の小説、白牙や野生の呼び声に強い影響を受けている話なので、このような話が好きでしたら読んでみてください(宣伝)
誤字の指摘、ありがとうございました!
No.3  Phys  評価:40点  ■2015-09-06 22:47  ID:nTlMBohGGrk
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拝読しました。

とても強い個性を感じる作品でした。そして、読みやすく、先へ先へと読ませる
意外性というか、シナリオの妙があると思いました。特に、

> すぐに頭上からちっぽけな人間を見下ろした黒い神はハイキングコースの上から姿を現した。逞しい肉体と鋭い眼光を持つ、気に入らない人間を山から追い出すと恐れられる山の支配者は、落ち着いた様子でグループに近づいた。

という視点の切り替わりが鮮やかで、主観に基づいた世界描写が徹底していると
感じました。もしかしたら、動物からみた私たちは私たちから見た神様みたいな
ものなのかもしれないですね。いろいろと考えさせられましたし、大変興味深く
読ませて頂きました。

最後に、誤記を何点か発見したので、失礼ながら指摘させて頂きます。

> 俺のたった一人の支配者あの中に
支配者「が」あの中に、でしょうか。

> 神のの独特な鳴き声
「の」が一つ余計だと思いました。

シナリオや設定がとてもおもしろかったです。もう少し長く書かれていても良い
作品だったかと思います。

また、読ませてください。
No.2  ローズ  評価:--点  ■2015-09-03 10:20  ID:te6yfYFg2XA
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こんにちは、土門さん。
お互いが神だと思う食い違いはそうは見えなかったかもですが、わざとです。人間はちっぽけな存在です。草食動物の馬から見れば偉大な存在ですが、本人達からして見れば、自然の中自由気ままに生きる馬の方が偉大です。



……………まぁ、そう表現できませんでしたけれど……。


有難うございました!馬が人間を神だと思う所と人の自惚れへ繋げる方が自然だったんですね。やっぱり神は言い過ぎだったか……
No.1  土門  評価:20点  ■2015-09-02 22:22  ID:o7hllq9AgaY
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前半、というか、馬が主人公であるときの「人間=神」に関しては、深く考えさせられ、興味深いなと感じました。
ただ、後半の人間目線の段階で、「馬=神」に関して、「互いに神」という考え方は前半との食い違いが発生している気がします。流れを否定するようで申し訳ないので、あくまで一意見と思って読んで欲しいのですが、「人間=神」の馬の気持ちから、人間の自惚れへと繋げる方が自然な流れではないか、と思うのです。
どちらも尊敬しあう、というのは素晴らしいですが、そこに「神」を持ち出すと「自尊」のイメージがついてしまいます。

話のテーマは興味深く、テーマも伝わりました。
これからもがんばってください。
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