梅雨明けの、空の下
 夕刻特有の赤い陽が窓から差し込み、教室は火をくべた暖炉のように色づいている。先程まで言葉を交わし合っていた男子生徒と女子生徒は、その中に濃い影を落としながら佇むのみ。中の様子を廊下からうかがっていた陸は、そっと視線を外すと、気づかれないようその場を去ろうと、背を向けた。
 その途端、ガラ、と戸を引く音が後ろから聞こえ、胸に氷を投げ入れられたようになる。振り返ると、ついさっきまで教室に立ち尽くしていた佐藤と、顔を付きあわせる格好になった。
「あ……」
 耳に入った自分の声の弱々しさに、陸は更にうろたえる。覗き見ていたことを知られただろうか。しかし、佐藤はそんなこと意に介さない素振りで一つ息を吐くと、言う。
「なぐさめてやってよ。そういうの得意じゃん? お前」
 そして、陸を追い越すと、廊下の奥へ行ってしまった。
 陸は教室へ目をやった。夕陽で染め上げられたそこに、立ち尽くす女の子。彼女の小さな背中と床に落ちた濃い影が、陸の瞳の中で揺れる。声をかけてやりたい。やりたいけれど、彼女は目に見える距離より、ずっと向こうにいるよう。自分には手の届かないところで、自分ではない男に拒絶されて。考えると、何万歩よりも大きなその一歩を、踏み出すことができない。彼は、ただ踵を返し、逃げるようにその場から去った。

 高校に入学してすぐ、陸は隣の席のおとなしい女の子と親しくなった。望月涼という名の彼女には中学のころから憧れていた男子生徒がいる。同じクラスの佐藤拓だ。中学ではバスケ部に所属していたらしい佐藤は、チームのエースで、一試合で三十得点をあげたこともあったという。中二の時にその姿を目撃した涼ちゃんは、ひと目惚れしてしまった。しかし、これまで同じクラスになったことはなく、ただでさえ引っ込み思案な涼ちゃんは、話しかけることすらできなかったそうだ。だが、やっと、チャンスが訪れた。それまでずっと、遠くで背を見つめるばかりだった佐藤が、高校に入学した途端、クラスメートとして、毎日同じ教室にいる――。陸は涼ちゃんのその話を聞くと、こう思った。涼ちゃんの恋を叶えてあげよう。
 それからは、いろいろなことを試した。涼ちゃんが少しでも佐藤としゃべれるように。涼ちゃんの分からない数学の問題を佐藤に教えてもらうよう仕向けたり、佐藤に涼ちゃんのものを貸したり。しかし、そうするうちに、陸の感情にも、変化が表れ始めていた。

 あの教室の一件から、一か月近く経つ。佐藤は何事もなかったかのように過ごし、一方の涼ちゃんはいつもに増してもじもじとしていた。佐藤に勉強を教えてもらうことも、なくなった。陸は涼ちゃんの隣の席で、屈託なく笑って話しながら、それとは裏腹の居たたまれない心地を胸で転がし続けていた。佐藤との間に起こった出来事を話してくれないことに、自分勝手ないたみを感じながらも、いつも通りに振る舞うしかなかったのだ。そんな彼の心など気にも留めないというように、季節はどんどん進んでいく。

 六月に入ると文化祭の準備で忙しくなる。月末の本番に向け、出し物を決めてそれにあった衣装や教室の装飾、それに看板を作ることに、皆が勤しみ始めるのだ。九月の体育祭前とこの文化祭前は、最も生徒たちが勉学に励まなくなるタイミングだ。部活終わりに二人で帰路を辿りながら、一つ年上の二年生のカノジョが教えてくれた。
「じゃあ、半ばにあるテストって、みんな点取ってこないんだ。ラッキー」
 陸が言うと、カノジョの美沙は艶のある茶色い外巻ロングの髪を人差し指に絡めながら、当ったり前でしょ、と笑う。
「見た目チャラいのに、あんた、意外と真面目だよねー。テストの点とかさあ、気にするキャラじゃなくない?」
「いや、オレ、オールマイティなイケメン、目指してっからさ」
「えー。でもそれはあんたのクラスのモテモテ君じゃない?」
 え? 誰? と言いかけると、思考が追いついてきた。「佐藤のこと?」
「そうそう。かっこいいよね、あの子。うちのクラスでもさ、四月とかはけっこー女子の間で話題になってたんだ。すっごいかっこいい子が入ってきたって」
「オレだって評判のイケメンじゃん? 現に美沙はオレと付き合ってるわけだしさ」
 陸は美沙の肩に手を回し、ぐっと引き寄せる。
「あんたは髪がすごかったから、目立ってただけー」
 美沙は大きく言うと、声を高くして笑う。彼女の言う通り、陸は入学式の翌日には髪を左右非対称のアシンメトリーにし、パーマをあて、黒ベースに金のメッシュの入ったカラーに染めていた。格好いい、悪いは関係なく、とにかくみんなの目に留まること、そして、それが一つのきっかけとなって様子を探り合っている初対面のクラスメートたちが打ち解けていくこと、それが目的だった。
「あの子、頭もいいんでしょ? 確かさ、入試得点一位だったからって、入学生代表の言葉に指名されたんだよね? 断ったらしいけど。あれ、ただの噂じゃないよね?」
「うん、前に聞いたら、そうだって」
「やっぱいいなあ。イケメンで、勉強できて、運動もさ、中学のころの話じゃ、バスケ部のエースでしょ? 言うことなしじゃん」
「でも、あいつ、つまんないよ、しゃべっても。ていうか、あんましゃべんないし」
「こんだけそろってりゃ、多少暗くたっていいじゃん」
 別に暗くはないけど。のどもとに上がってきた言葉は、すぐに下へおりていく。「まあ、何つーの? 足速くてかっこいい奴がモテるのって、中学までじゃない? 高校ではさ、やっぱ、面白い奴がモテんだよ。オレみたいにさ」
 そんな風に話すうちに、別れ道まで着いていた。

 文化祭の準備で真っ先にやらなくてはならないのが、出し物の決定だ。六月初回の水曜日、ロングホームルームの時間を使って、話し合いが行われていた。目立つから、という理由で文化祭実行委員に立候補した陸と、可愛いくて人気者であるために、推薦されてしまった宮原という女子生徒が中心となって、会を進めていく。多数決の結果、一番人気は和風喫茶で、他の案が数名単位の支持なのに対し、二十以上の票を集めていた。
「じゃあ、出し物は模擬店の和風喫茶で、オッケー?」
 陸の問いに、男子は「うぇーい」と言って拍手、女子はただ拍手して応じる。しかし、一部の女子がやや不満気に眉をしかめているのを陸は見逃さなかった。ステージでの劇を希望していたグループだ。
「あれぇ? そこの女の子たちは、やっぱ劇がいいのにって感じなの?」
「あ、うん……。でも、まあ、多数決だからしょうがないけど」
「いや、でも、なんか取り入れられるかもよ? もう、和風喫茶で余興として劇やっちゃうっていうのもありだし。なんかさ、やろうと思ってたアイディアあったら、言ってよ」
 先程応えた女子生徒が、うん、とこぼし、手を口元に持っていって視線を漂わせる。しばし置いて、友人たちに目配せし、何やら皆で頷き合うと、
「あのさ、私たち、男がヒロインやる劇、面白そうだねって、言ってたの」
 教室に、水の波紋のようなざわつきが広がる。
「――だから、一つの案ってだけだけど、男子が女の子用の浴衣とか着て接客したら、面白いんじゃないかなって」
「いいね、それ面白そう!」
 すかさず、陸の隣から宮原が声を上げた。それに続けて、皆もつぶてのように様々な声を投げ始めた。絶対ウケるよ、という肯定的な言葉もあれば、マジかよキツくね? というひよった意見も。女子の大半は大賛成のようだった。改めて多数決をとると、賛成が二十六人、反対が十人、挙手しなかった非協力的な人間が四人――その中に、佐藤も含まれていた――という結果になった。女子の比率が高いクラスのため、決をとるより前から結果は分かったようなものだったのだが。

 本格的に文化祭に向けての動きがスタートした。陸は宮原と一緒に、予算やメニュー、必要な作業、宣伝方法などについて、昼休憩や放課後を使って話し合った。宮原は部活には入っていなかったし、陸の参加している軽音部も、行きたい時だけ行けばいい、というゆるい部活だったので、時間がとりやすく、助かった。
「……店の装飾は意外と安くすみそうだね」
 宮原は手帳に何やら書きつけながら、話す。
「外で小っちゃい石とか拾ってきて床に敷き詰めて、暖簾は布とか突っ張り棒とかあれば何とかなるから誰か持って来れそうだし」
「あと、ダンボールを屏風みたいに折って使うとか。白い紙貼って、絵、上手い奴になんか書いてもらえば、オッケーじゃん?」
「あ、それ、めっちゃいい!」
 お互いにアイディアを出しあううちに、時間は飛んでいってしまう。宮原は手帳と陸を交互に見ながら、途切ることなく言葉を紡いでいた。近くで見ると、やはり可愛い。整った顔立ちで、笑うと大きな目は三日月形に、涙袋はぷっくりとなり、キュッと両端がきれいに上がった口角も好ましい。絶えず会話にも気を配っていて、いかにも女子力が高いという印象だ。涼ちゃんとは全く違う。でも、宮原と涼ちゃん、それに佐藤は同中出身だった。三人で話しているところも、宮原が誰かと付き合っている様子も、見られなかったが。少し気になって、尋ねてみた。
「宮原ちゃんさあ、モテんのに、彼氏とか作んないの?」
「え? なによ、急に」
 宮原は手帳に何かを書くために視線を落としたまま言い、少しすると顔を上げる。
「ちょっと、いくら私が可愛いからって、好きになられても困んだけどー」
 冗談めかして笑う、宮原。思った通りの器用さで話をそらされた。陸も同じようにへらへら笑いを作り、
「自分で可愛いって言っちゃうとこが、清々しいほどナルシだな」
 それから、声のトーンを落として、言う。
「でも、やっぱ不思議だよ。可愛いし、女子力あるし、みんな寄ってくんのに、なんかどっかガード固いじゃん? もしかして、好きな奴とかさ、いん――」
「あんたに関係ないでしょ?」
 陸の言葉をさえぎって、宮原が言った。今まで聞いたことのない鋭い声音で。数秒間、沈黙が流れた。
「佐藤だったりして」
 あくまで冗談っぽく聞こえるように努めたが、あまり効果はなかったらしい。バン、と大きな音がするほど強く、宮原が平手を机に打ち付け、陸の心臓は飛び上がった。
「余計なお世話だっての。なんであんたにそんな話、しなくちゃなんないの?」
 宮原はそのまま鞄を持ち、手帳と筆記用具を抱え立ち上がる。
「明日の昼、本番までに必要な作業、決めよ。今日は帰る」
 陸が、うん、と応えるのも待たず、宮原は教室のドアに向かって歩き始めていた。

 ちょっとまずかったかもな。そう思いながら、陸もゆっくり腰を上げる。でも、予想は当たっていた。あの様子なら宮原も佐藤に片思いしているに違いない。そう考えると、ここ最近、ひそかに暗く陰っていた心に、一筋の光がさした。涼ちゃんの恋は叶えてあげることができなかった。むしろ、陸がおせっかいを焼いたせいで、涼ちゃんは告白する気になり、そして振られてしまった。悲しい思いをさせてしまった。「自分のせいで」という思いが、しこりのように常に陸の頭にはあり、心をくもらせていた。しかし、宮原だったら、可愛くて、明るくて、女子の中心グループにいる人気者の女の子だったら、佐藤も付き合う気になるかもしれない。助けになれるかもしれない。

 その日、陸は夢を見た。
 彼は教室前の廊下にいて、中には男女二人の姿がある。窓から差し込む夕陽が逆光となり、シルエットしか分からない。が、男子の方が体を横にずらし、その顔から影が引いていく。佐藤だ。女子は何やら佐藤に話している。中学の時、バスケの試合で活躍してて、すごくかっこよかったよ、とかなんとか。しばし黙って聞く佐藤。しかし、突然、思い出したかのように、女子の方へ向けて、こう言い放つ。
「悪いけど、オレ、別に付き合うつもりとか、ないから」
 その瞬間、陸の胸に――安堵が広がった。緊張で張りつめていた気持ちが緩んだ。涼ちゃんは、佐藤のカノジョには、ならない。涼ちゃんは、まだ自分の隣に、いてくれる。
 しかし、女子が僅かに身をすくめ、その顔から影が引いていくと――宮原だ。
 気づいた途端、心に闇が降ってきた。

 翌日、陸はあの夢の感触が腹の底でよどんでいるような心地のまま、登校した。すぐ隣には、陸よりも早く着いていた涼ちゃん。彼女が視界に入ると、罪悪感がちらつく。しかし、そんなこと、悟られてはいけない。そんなのキャラじゃない。そう思い、
「涼ちゃん、おっはよう」
 いつも通りの挨拶をする。涼ちゃんも、いつも通りの控えめな微笑で、おはよう、と返してくれる。口角が上がると、右の唇の上にあるほくろも動き、一瞬意識をとられる。あ、いいな、と思う。しかし、自分でそれに気がつくと、とっさに、こんなことを言ってしまっていた。
「文化祭さ、涼ちゃん、何やりたい? 今日、宮原ちゃんとどんな作業が必要か決めるから、なんかあったら入れとくよ」
「あ、そっか、なんだろう……」
 涼ちゃんは、んーと、と口からこぼしながら、視線を漂わせる。
「あ、別に無理して考えなくていいよ。なんかあったらって、思っただけだから」
「んーん、ちょっと考えてただけ。あのね、私、教室の飾りとか、作りたいな。うちのお母さん、結婚式場でお花の仕事してるから、教えてもらえばきっとできると思うんだ」
「へえー、お母さん、すごいね」
 涼ちゃんは目を見開いて、大きく首を振る。
「ううん、別にすごくはないよ。ただ、たまたまそういう仕事してるってだけで。でも、私、やってみたかったんだ。お母さんが作るお花の飾りね、すごく可愛くて」
 そっか、オッケー。陸は言って、にかっと大きな笑みを貼り付ける。そして思う。涼ちゃんはおとなしいけど、きちんと自分のやりたいことを持っている。目立たないからといって、主張がないわけではなくて、内側では意志が輝を放っている。しっかり話を聞いていれば分かる。やりたいことも、好きな人も、ちゃんと存在するんだって。陸の心に、温かさと、そしてそれに相反する苦い味がわいてきた。なぜだか、涼ちゃんに対して、引け目を感じてしまったのだ。

 昼休み。がやがやとした教室で、陸は再び机を挟んで宮原と向き合って座り、作業リストを作っていた。宮原は昨日のことなど忘れてしまったかのように、いつも通りの感じの良い笑顔で陸に接している。しかし、前日のあの態度を見るに、どうも貼り付けた人当たりの良さに思えてしまう。
「宮原ちゃんさ、昨日、ごめんね」
 腫れ物に触るような心持ちで、言ってみる。宮原の綺麗に整えられた眉が、わずかに寄る。
「その話はもういいって」
「いや、でも、なんか、ちょっと気になってんだけど――」
「だから、いいっつってんでしょ?」
 宮原が大きな声を出した。やや怒気をはらんだその言い方に、一瞬周囲が静まり、視線が二人に注がれた。机に突っ伏して寝ていた佐藤も、顔を上げた。宮原はバツが悪いのを隠すみたいに、眉をしかめたまま口元だけで笑って見せた。そして、いつもの可愛らしい声で話す。
「だから、今は文化祭の話しよ」
 ね? と念を押すように見つめられ、陸はため息をついた。そして、声をひそめ、
「もっと話せばいいのにって、思っただけ。好きってわりに、話してるとこ、見たことないから」
 宮原は、寸秒、瞳に苛立ちを光らせ陸を睨んだが、すぐにそらすと、文化祭の話をし始めた。

 どうやら、宮原に働きかけるのは難しそうだ。それならば、と陸は佐藤に声をかけてみることにした。
 佐藤とはあの一件以来、まともに言葉を交わしていない。気まずい。話しかけるには、やや神経を使う。しかし、そんなのは彼のキャラではないのだ。あくまでも軽く、大した考えも持たずに、思うまま行動する。そういう今時らしいチャラさが、彼が皆に見せてきた姿であり、期待されるそれでもある。中学の頃から、ずっとだ。
 放課後、陸は胸に小さく意を固めると、帰り支度をしている佐藤に声をかけた。軽い軽いノリに聞こえるよう、気をつけながら。
「たっくん、もう帰んの?」
 佐藤は目を見張って顔を上げる。陸と目が合うと、ああ、と口から漏らして再び鞄へ視線を落とす。
「バイトあるから」
「そっか、そっか。まあ、オレも部活あっけど、まだ時間余裕あるし、ちょっと話そうよ」
「オレの都合は無視か?」
 佐藤はそう言いつつ、教室前方にかけてある時計を一瞥する。
「まあいいか。ちょっとな」
 二人は廊下を歩きながら話すことにした。陸はスクールバックの内側の持ち手を外して外側だけ肩にかけ、佐藤はショルダータイプのエナメルバッグを斜めにかけている。ゆっくりと歩を進めながら、陸は頭の中で、宮原のことをどう切り出すか、考えを巡らせていた。すると、
「望月さんのこと?」
 佐藤が前を見据えたまま、口火を切る。一瞬、はっとさせられたが、すぐに、そうだよな、と納得する。佐藤の立場からしたら、それが一番自然だ。
「違うよ」
 陸が言うと、佐藤は大きく目を見開いて顔を向ける。
「え? じゃあ、なんでオレと話してんの?」
「いや、お前、そもそもなんでカノジョとか作んないのかなと思って。もし好きな子いんなら、協力できるかもよ? オレ」
「お前、案外、薄情なんだな」
 瞬間、胸に刃を当てられたような感覚になり、陸は寒気だった。思いもよらなかったのだ。薄情だという言葉が。それが顔に出ていたのだろう、佐藤は付け加えた。
「いや、オレは別にそれでお前のこと悪く思ったりしねーけど、でも、一般的に見たら、そうじゃん? なんかさ、何したいのか分かんないよ、お前」
 佐藤は一度言葉を切ると、息をつき、話ってそんだけ? と尋ねてきた。陸は一瞬迷ったが、言葉が見つからず、ただ、うん、と応えるしかなかった。二人は下駄箱のところで別れた。

 薄情。
 何がしたいか分からない。
 意識したことはなかったが、言葉にされると、それは明白な事実であるように、陸の中で色づいていく。周りの雰囲気を良くしようとしたり、自分をチャラく見せようとしたり。自分から「こうしたい」と思って行動したことは、あまりなかったような、そんなことに思いが留まっていた。ただ、当たり前に周りに動かされてきた。そして、そうすることで、ある種の満足を得ていた。周りに合わせることで、期待される通りに動くことで、役に立っていると思いたい。結局はただの自己満足なんだ。そう思うと、自分の卑小さを突きつけられたようで、目頭が熱くなってくる。

 六月初旬が過ぎようとしている。だんだんに空気が湿り気を帯び、雨の日が多くなってきた。校舎を囲む花壇の紫陽花は濡れて葉の色を濃くし、たまの晴れには陽を浴びて雫を光らせている。季節はしっかりとした足取りで、動いているのだ。なんで梅雨の時期に文化祭やるんだよ、この学校は。そんな声があちらこちらから聞こえてくる。しかし、準備の方も季節と同じく順調だ。
 作業は水曜日のロングホームルームを使って行われていたが、それだけでは、とうてい間に合わない。ほぼ毎日、誰かしらが放課後、準備にあたっている。この日も、クラスの半数以上が、残って作業をしていた。
 宮原の案で結成された宣伝部隊は、当日使うプラカードやチラシをせっせと作成し、メニュー係は風変わりで目を引くネーミングをと、ただの抹茶ケーキに「伝説の抹茶洋生菓子」、近所の団子屋で仕入れる串団子に「オリジナルみたらし団子」など、大胆な命名を考え出していた。デザイン担当は、メニュー表と入り口や教室外壁に貼るポップを地道にひとつずつ手書きで作り、教室飾り担当の涼ちゃんは、すだれにドライフラワーで装飾を施した飾りを作り、クラスの皆を驚かせていた。ポップ作りを、手伝っているような、いないような状態だった佐藤も、口にはしないが感心したような表情を見せていた。
「これ、当日までもつかな? せっかく綺麗に作ってくれたんだから、崩れないようにしないと」
 宮原はそう言い、慎重な手つきですだれのアレンジメントを手に取る。持ち上げたり、裏返したりしながら、しばし見つめ、
「案外丈夫そうかも。でも、男子が走り回って遊んでる時に壊したりしそうだから、置き場所、考えないとね」
 どうする? と言いたげに宮原が涼ちゃんに視線を投げる。涼ちゃんはやや固くなりつつも、返事を少しずつ紡いでいく。
「あの、私、当日まで家に置いとくから、たぶん大丈夫」
 そっか、なら安心だね。宮原は例の感じの良い笑顔で言う。涼ちゃんは宮原とは対照的に、口角を上げようとしているらしいが、ほおの筋肉が妙にこわばり、うまく笑みになっていない。普段、話さない相手だと、意識ばかり先回りして自然に話せないのだろう。器用な宮原と並ぶと、涼ちゃんはどこかいたいたしく映る。
 この二人が同じ人物に恋をしている。そして、不器用なはずの涼ちゃんが真っ直ぐに告白をし、宮原は想いを伝えることすらできていない。そう考えると、二人の並んだ姿は奇妙な絵に見えてくる。
 宮原は、このままで、気持ちを心に秘めたままで、満足なのだろうか? 佐藤に気づかれないまま、ただのクラスメートとして終わって、それでいいのだろうか?

 いつもは自分の仕事が終わると、誰もが自由に帰路につく。しかし、陸はあることを思いついていた。皆の作業がひと段落したのを見計らって、切り出す。全体に聞こえるよう、やや声を張って。
「今日さ、せっかくみんな割とそろってんだし、当日のお茶出し役とかさ、決めちゃわない?」
 教室内で散り散りになっていたクラスメートたちは、一度ぴたりと動きを止める。次に、何? 急に、というような言葉があちこちから聞こえ始め、教室がややさざめく。
「でも、半分はもう帰ったか部活じゃん。勝手に決めたら、マズくない?」
 騒がしさの中から投げられた声は、確かに的を射ていた。しかし、そんなのは想定内だ。
「でも、もう六月半ばになっちゃうじゃん。もし、本当に男子が女子用の浴衣着てウェイトレスっぽいことすんなら、早く決めないと、それこそマズいよ。男のサイズで、女物の浴衣だろ? 人によってはサイズなくて取り寄せになるかもしんないし。急がないと間に合わないかもよ」
 そこで、陸は言葉を切り、教室を見渡す。クラスメートたちは、納得したような、していないような、おぼつかなげな表情で陸を見つめている。
「まあ、少なくとも、オレとたっくんは決まりだけどさあ」
 瞬間、それまで他人事を眺めるようだった佐藤の目が皿のようになる。円い輪郭がはっきり分かるほど大きく開いた両眼で陸を見、
「は? え、意味分かんねんだけど?」
「いや、だって、オレは実行委員だから、なんか、こう、責任? 的なのもあるから、やった方がいいだろうし、その他でっつったら、やっぱたっくんが一番似合いそうじゃん? 化粧して、髪いじれば、もう女に見えちゃうかもよ」
 陸はへらへら笑いを作って、軽口を叩くように話す。一方、佐藤は突如目の前に降ってきた異常事態をどうにかしようと必死だ。それはやや上気した顔から見て取れる。
「てか、何? オレの意志は無視なの? ぜってえやりたくねんだけど」
「だってさ、お前いつもバイトあっからって、全然手伝わないじゃん。今日だって、一応残ったけど、ほとんど何もしてないだろ? やっぱさ、こういうのって、負担は平等にした方がいいしさ」
 いや、でも、本当にバイト忙しいし。佐藤が口にすると、すかさず陸は言う。
「だから、バイト忙しくても、ちゃんとクラスのイベントに参加してるって感じになるじゃん。別にバイトがあって手伝えないのはいいけどさ、だったらその分、本番でがんばってくれって話。な? いいよな?」
 陸の言葉に気圧されて、佐藤は無言で苦虫をかみつぶしたような顔をした。そのそばから、他のクラスメートたちは、佐藤くんの女装姿、見てみたいよね、とか、面白そうじゃん、やっちゃえよ、など、他人ごとと思っての無責任な言葉を投げかける。佐藤はさらに眉根を寄せて、陸をにらんだ。涼ちゃんは何やら定まらない表情でおろおろとし、宮原は佐藤よりも鋭く、もはや射抜かんばかりに、陸をねめつけていた。
 結局、クラスの大半が、佐藤の背を無理矢理押すような形となり、彼はしぶしぶ従うしかなかった。高校に限らず学校というものは、多数派の意見が最終的に通ると決まっている。佐藤と陸と、他数名の目立ちたがり屋で物好きな男子が給仕係となった。

「あんた、何考えてんのよ?」
 その日の帰り、下駄箱で靴にはきかえていると、後方から声が飛んできた。宮原だ。
「え、何って、何?」
 振り向きざまにすっとぼけて言うと、宮原は大きな両目に怒りを光らせて、ホント、ムカつく、と言う。
「なんか、余計なこと企んでんでしょ? 言っとくけど、私、佐藤に告白する気なんて、ないからね」
「企んでるけど、余計じゃねーよ」
 陸は、ふうと息を吐き出すと、宮原を見つめる。真っ直ぐに視線を向けると、宮原は少しひるんだのか、目を落とした。
「なんで告白しないの? しなかったら、結局、佐藤は何も知らないままなんだよ。それって、くやしくない?」
 思っていたことを口にすると、なぜだかその言葉は、凶器のような具体性を持って、陸自身の胸を傷つけた。言わなきゃ、相手に気づきさえ、されない。宮原は目をそらしたまま、返す。
「話しにくいの。中学のころ、ちょっといろいろあって、気まずいの。だから、言えないのはしょうがないんだよ、本当に」
「いろいろ?」
 予想外の返答に、間抜けみたいに反復してしまった。宮原は、わずかにうなずく。
「だから、ほっといて。気づかれなくたっていいの。ていうか、その方がいいの、お互いにね」
 宮原はそう言い残すと、手早く靴を取り出してはきかえ、小走りに外へ出ていった。

 陸はぶらぶらと家までの道のりを進みながら、思いを巡らせた。
 気まずい。
 そんな気持ちになるということは、二人の中で、なにか特別なことがあったのだろうか? 佐藤が宮原の思いに気づいていなかったとしても、彼らの間には、他人には抱くことのない感情が横たわっているのだろうか? 考えると、以前、涼ちゃんに感じたあの引け目が再びせり上がってくる。彼はほとんど初めて、自分の気持ちから――他人の目や自分のキャラクターのためでなく、素直な自分の思いから、宮原を助けようとした。なのに、二人がお互いにとって特別なのだと考えると、急に目の前にとばりが下ろされたようになる。どうしたらいいか、分からない。いや、どうしたらいいかは分かるのだが、それをしたくなくなってくる。
 助けたくなったのは、佐藤に言われて自分の卑小さに気づいたからだけではない。きっと、宮原と自分を重ねたからだ。想う人がいるのに、それをうまく伝えられない。そのいたみが分かるからだ。しかし、宮原は陸のようにただのクラスメートのまま終わることはない。既に佐藤にとって宮原は――どんな意味あいにしても――特別なのだ。

 それからは居心地の悪い日々が続いた。あっけらかんとした様をよそおいながら、その実、陸は置いてけぼりにされたような感情を、腹の底におしこめ続けていたのだ。周囲との間には、やや距離を感じた。教室内での出来事は、他人ごとに思えた。
 優しい人間でありたい。
 楽しい人間でありたい。
 平等な人間でありたい。
 そういったいくつもの望みが、彼の内では常にまぶしく光っていた。そして、そうなれるように――いや、皆からそう思ってもらえるように、自分でそう思えるように、計算して動いてきた。本当にそういう人間かどうかではなく、そう見えることが優先されてきた。だから、心を伴なっていないから、平気で薄情なことをしてしまうのだろう。そして言われなければ、薄情だということにすら、気づきもしないのだろう。
 そんなことない。
 そう思いたくて本気で行動しても――計算ではなく心からの善意で動いても、結局は嫉妬のために、善意は善意ではなくなってしまう。本気で他人のためを思って何かするということが、できないのだ。自分はいい奴などではないのだ。
陸が自身の感情の鬱屈にさいなまれるうちにも、文化祭本番は近づいてくる。雨の合間に見える外の眺めは、次第に彩りを増し、時の流れを残酷に物語っている。準備も進んでおり、浴衣もそろったし、装飾品もできあがった。本腰を入れて勉強する間もなく、テストも終わった。陸の気持ちだけが、追いつけずにぐずぐずとしている。

 文化祭の前日は一切の授業がなく、一日を本番に向けた準備にあてられる。まずは、教室や廊下を一気に掃除し、それが終わると、不必要な机や椅子を文化祭中使わない他教室に移動させ、残った物で店内の装飾を完成させていく。教室前方の入り口には、ドアと同じほどの幅で小路を造った。竹を数本並べて店内が見えないよう目隠しにし、小石を敷き詰め、路の中央部にダンボールで作った敷石を置いてそれっぽさを演出。店内の客席は、無地の赤い布を被せた机と椅子を並べた。スタッフの作業スペースとの間は、陸発案のダンボールの屏風で仕切り、涼ちゃんが作り出した装飾品の数々は、壁やテーブル上にセッティングされていった。教室外壁には、紺の模造紙を貼り、そこに大きく「美人だらけの甘味処」と達筆に書かれた書初め用紙を掲げた。その周りに、手書きのポップを散り散りに貼る。もとの、机と椅子がぎっしり並んだ質素な教室の面影がどんどん消え、代わって趣深い和の風味がまき散らされていく。

 作業の途中で、実行委員は開会式や閉会式に使う、体育館の会場準備をしに行かなくてはならない。時間で言えば、ちょうど四時間目のはじめごろに、陸と宮原は二人でそこへ向かっていた。並んで歩きながらも、彼らの間には緊張の糸が張りつめている。ほんの少し近づくだけでも、ぷつんと切れてしまいそうな、細い細い糸だ。陸はそれを慎重にたぐるように、そっと切り出す。
「気まずいって、どうして?」
 声の後を沈黙が追う。宮原は何も応えず、ただ前を向いている。大きな意味をはらんでいるはずの言葉は、むなしく空気に呑まれたようだった。しかし、その不自然な間に続けて、
「関係ないでしょ?」
 宮原が応じる。拒絶という方法であっても、それは陸の心を柔くする。そして――
「オレ、好きな子がいんだよ」
 その瞬間、宮原は目を丸くして陸に向けた。彼女にとっては、出し抜けで思いがけない発言だろう。無理もない。陸は息をつき、言葉を整理する。
「付き合ってるカノジョじゃなくて、別の子。オレと違って、周りに合わせたり、キャラ作ったりすんのがうまくない子なんだけど、でも、目に見える印象とか、そういう外側を飾らない分、中身はすごくちゃんとしてる。見た目ばっかで中身は空っぽっていうのとは、逆でさ」
 そう、オレなんかとは正反対で。
「でも、オレ、もうカノジョいるし、そのカノジョもさ、全然悪いとこなんてないのに、勝手にオレが他の子好きになって、振ってって、できないし。それに、あの子は、オレの好きな子は、他に好きな奴がいて、オレのことなんか、なんとも思ってないって、分かってんだ。だから、なにもできない。好きだって、言うこともできない。知ってもらうこともできない」
 陸は言葉を切り、ため息をつく。うっ積していた想いの一端は、言葉となれば他愛のないものに聞こえた。陸は宮原に対し、なぜ思いを伝えられないのかと思ってきたが、それはそのまま自分にも当てはまるのかもしれない。逆に言えば、外から見るとちっぽけに見える悩みは、本人の心の内では、幾重にもなった重く複雑な苦しみの層なのかもしれない。
「自分のこと話せば、私も話すだろうって、そう思ってんの?」
 言われて、少し戸惑った。心を探っても答えは見つからない。
「分かんね。ただ、なんとなく言ってみたかっただけ」
 正直な答えを選択する。宮原は、なにやら思い深げに視線を宙空に漂わせる。しばし置いて、
「佐藤がすっごく傷つくようなこと、しちゃったんだよ、私」
 宮原が語りはじめた。中学時代の二人にあった出来事を。

 ――高校は同中の子ってそこまで多くないから知られてないけど、あいつ、けっこう家庭環境複雑なんだよね。母子家庭なんだけど、お父さんは自殺しちゃったんだって。焼身自殺。そうなる前の小学校のころは、男子の輪の中でバカ騒ぎするような子だったんだよ。すごく優しかったしね。だから、私、そのころから佐藤のこと好きだったの。でも、お父さんが亡くなっちゃって、中学に上がって、ちょっと変わったんだ。いつも一人で、ほとんど話もしなくなったの。けど、バスケ部で一年のころからそれなりに活躍したりしてたから、顧問の先生とか監督とかには気に入られてたっぽいんだけど、逆に周りの男子とか上級生から反感買いはじめちゃって、いやがらせされるようになっちゃったのね。で、あいつはあいつでプライド高いから、別に平気だって涼しい顔でいたわけ。それが、やっぱりいやがらせしてる側からしたら、癇に障ったみたいで、だんだんやることもエスカレートしてって。それで、ある時ね、理科の実験でガスバーナー使う時があってね、クラスの男子の何人かが、火をつけようとしながら言うんだよ、でかい声で。『ヤバいよ、これ失敗したら佐藤の親父みたいになるじゃん!』って。みんなで同じようなこと繰り返すの。何度も何度も。『佐藤の親父みたいに黒こげになって死ぬ』って。私、聞いててすごく腹立ってきて、がまんできなくなって。それで、言っちゃったんだ。『やめなよ』って。『なんでそんなこと言うの?』って。『佐藤がかわいそうじゃん』って。そしたら、それまで黙って実験やってた佐藤が、急に手止めて、何も言わずに教室から出てっちゃったの――

 宮原はそこで言葉を切る。語られた思い出の後に、静かな空白が流れてくる。それは陸の心にすきま風のように吹き込んできた。
「でも、それは宮原ちゃん悪くないじゃん。むしろ助けてんじゃん」
「ちがうよ」
 宮原は声を高くして言う。
「私もそうだから、分かる。プライド高い人って、それが背骨みたいなもんなんだよ。折れたら立ってられないの。だから佐藤は、どんなにひどいことされても、平気だって顔してたの。きっとすごくつらかったのに、嫌だったのに、一生懸命、気にしてないって風をよそおってたの。ずっと独りでがんばってたの。なのに、私が全部こわした。かばったことで、『かわいそう』って言ったことで、佐藤がずっと耐えてきたことを、むだにした。プライドを傷つけた。たぶん、あいつが一番傷ついたのは、いやがらせじゃなく、みんなの前で『かわいそう』って言われたことなんだよ。お父さんが自殺したこととか、いじめられてることとか、全部が『かわいそう』って言葉に凝縮されて、あいつを傷つけたんだよ。だから、私、もう佐藤には何も言えない。言う資格とか、ない」
 宮原は、長い長いため息をはきだした。透明のはずの息が空気をよどませたように、陸には見える。
 だからいいんだよ、このままで。
 宮原の言葉は、そのよどみの中でにぶく響いた。

 宮原の話は、陸の胸を傷つけた。彼女の告白できない理由の重さに比べて、自分のものはなんとくだらないものか。それどころか、自分本位な悩みにさえ、思えてきてしまう。
 カノジョがいるから告白できないなんて、こっちの都合だ。他に好きな奴がいるから告白しても無駄なんて、ただ自分の身を守りたいだけだ。それに……カノジョの美沙には、ずっと他の子に想いを寄せながら、好きなふりを続けるのだろうか?
 それに比べて宮原は、佐藤のことをしっかり見て、理解して、それゆえ、告白しないと決めたのだ。彼女自身のためでなく、彼のために、だ。自分の卑小さが、さらに際立ってくる。ただ可愛らしいだけだと思っていた宮原は、実は確乎たる意志と思いやりを胸にひめていた。しかし――

 文化祭当日。十時から始まる開会式の直前まで、皆で教室に集まって、それぞれの作業にあたっている。ほとんどの準備は終わっているので、作業といっても、装飾、看板の見栄えのチェックやプラカードの持ち方の確認くらいなのだが、例外が一つだけあった。男子のメイクと着付けだ。こればかりはどうしたって、当日に行わないわけにいかない。和のテイストが散りばめられた教室内では、顔面に様々なものを塗ったり貼ったりされながらも、まな板の上の魚のごとく、ただじっとしているしかない男子たちが点々としている。彼らにはそれぞれ女子が一人ずつ付き、自前のメイクセットで化粧を施していく。陸には女装で接客するというアイディアの発案グループの一人が、そして佐藤には宮原が付いていた。
 よく引き受けてくれたな。
 宮原の姿を視界の隅に置きながら、陸は頭で言葉にする。佐藤が一番可愛くなりそうだから、一番メイク巧そうな宮原が担当すればいい。つい一時間ほど前に陸はそう言い、半ば強引に宮原と佐藤を組ませたのだ。佐藤を無理矢理に給仕係にしたのも、こうして二人が間近で接する機会を作るためだった。宮原は、いっとき、眉間にしわをつくったが、皆の手前もあったのだろう、表面的には快く受け入れていた。
 こちらへ顔を向け、佐藤の男の割に小さな顔へ、はけを滑らせる宮原。その口元は動いている。何を話しているのだろう? 聞こえはしないかと、遠くへ耳をそばだてていると、
「陸くんさあ、さっきからなに気にしてんの?」
 急に目の前から声がし、面喰ってしまった。
「あ、いや、別に」
 そう言って陸は意識をこちらへ引き戻す。教室はざわついているし、二人も大声で話しているわけではない。聞こえるわけ、ないか。

 なんとか男子の変装が完了した。クラスのほとんどが、女装姿をいち早く見ようと教室に残っていたため、結局しんがり組になってしまった佐藤に宮原がナチュラルストレートのフルウィッグを装着すると、割れんばかりの拍手が起こった。佐藤は、居たたまれない、というようにうつむいた。長いウィッグの毛束が顔にかかり、紅潮した顔はやや陰る。
 しかし、垣間見えるだけでも佐藤拓子ちゃんの可愛さは明らかだった。黒目がちな横幅の広い目は自然により大きく見え、細い唇はピンクのグロスが塗られてぷっくりとしている。もともと顔が小さく肌もつるりとしているので、ファンデーションも薄く伸ばしているのみのようだ。ほおには唇と同じく淡いピンク色がのせられ、ダークブラウンのウィッグのおかげもあり、清楚で柔らかな雰囲気になっている。髪にはオレンジ色の花付きコサージュが飾られている。
「髪はアップにしようかなとも思ったんだけど、やっぱり下ろしてた方が女の子らしくて可愛いかなって思って」
 宮原は静かに言うが、その落着きには自信がにじんでいる。満足気ににっこりすると、佐藤に、ちょっとだからがんばってね、とひと声かけて、女子の輪の中へ入っていった。

 かったるい開会式をなんとかやり過ごすと、とうとう「美人だらけの甘味処」のオープンだ。
 皆が持ち場につき、客を待ち構える。すでに抹茶のパウンドケーキをいくつも作っていた調理係は、それらを切り分け、近所で仕入れたみたらし団子をパックから皿へうつしかえる。宣伝部隊は教室前でチラシを配ったり、看板を掲げて廊下を歩いて回ったり。給仕係の陸たちは、いつ客が来てもいいように、入口近くに一列に並んでスタンバイしている。宮原は現場監督よろしく、全体の進行をチェックして回り、もう役割を終えてしまった涼ちゃんは、作業スペースの中途半端な位置で座りもせず、所在なさ気にきょろきょろするばかり。この日のために、クラス一丸となって準備を進めてきたのだ。誰もがそれぞれに高揚する気持を抱え、そわついている。
「誰か来たらさ、『おかえりなさいませ、ご主人様』とか言えばいいのかな?」
 陸がおどけて佐藤に耳打ちすると、知るかよ、と見た目に似合わぬ低い声が返ってきた。

 自由行動が始まってから数分で、廊下を歩く人の姿が、まばらに見受けられるようになった。そのうちの数人を、街中のキャッチセールスのように宣伝部隊がとらえる。
 めっちゃ可愛い子がいるんすよ。来ないと絶対、損すよ。なんたって美人だらけすから。他の食い物屋なんかより、ずっと楽しいすよ。話しても絶対、男子と気が合う子ばっかりだし、食い物の方も、特にみたらし団子が――
 宣伝部隊の押しに負け、三人組の男子が入ってきた。勧誘の仕方から、メイド喫茶のようなものを想像したのだろう、いくぶん照れながら、ちらちらと室内の様子をうかがっている。
 よし、来た。
 陸と他の給仕係は一斉に、
「ぃらっしゃいませ!」
 と声を張る。装いとは裏腹の、野太い八百屋のような声だ。思いがけない威勢の良さに、一瞬、三人は飛び上がりそうな具合に、ぶるっと肩をふるわせる。が、次の時には一気に緊張が解けたらしい。うわびっくりした―、などと口からこぼしながら、顔をくしゃくしゃにして笑い、悠々とした様子で案内されたテーブルに着く。その後も、え? 男じゃね? 絶対気が合うとかそういう意味かよ、などと大いに盛り上がっている。まずまずの反応だ。ひとまずほっとし、陸たちも笑顔で目配せし合う。唯一、出迎えが遅れてしまい、ほとんど声を出せなかった佐藤だけ、苦い表情をしていた。
 スタートを見届ければ、当番以外は自由に校内を回れることになっている。陸の休憩時間は午後の一番早い時間、十三時から十四時だ。宮原と佐藤も同じ。実行委員としてシフトを組む際、陸が意図的にかぶらせたのだった。
 和風喫茶は意外なほどの盛況ぶりで、ひっきりなしに人が出入りをくり返していた。どうやら最初に来た三人がやたらと気に入り、あちらこちらでここのことを言って回っているらしい。入店の際には、大抵、
「あいつらが言ってたオカマ喫茶って、ここじゃね?」
「美人とか言って、全員男なんだろ?」
「男子の女装とか、めっちゃ楽しみなんだけど」
 などの声が聞こえてきた。客を相手に動き回っていると、時は飛ぶように過ぎていく。ふと時計に目をやると、もうすぐ休憩時間というほどになっていた。
 陸は教室内を見回して、佐藤を探す。一緒に休憩に出なければならない。目当ての姿は隅の方のテーブルで、客にからまれていた。
「いや、だから、おいしくなるおまじないとか、知らないんで」
 明らかに男のものである声で佐藤が言っても、客はお構いなしだ。どうしても抹茶ケーキをおいしくしてほしいと言ってきかない。女装で可愛くなりすぎるのも困りものだな。はあとひと息ついて意を固めてから、陸は横から出ていった。そして、両手をハートのポーズにして、かたくて平たい胸に当て、
「おいしくなぁーれ、萌え萌えキュン!」
 と抹茶ケーキにおまじないをかけてやった。

 佐藤を助け出し、休憩に出ると、外の屋台で焼きそばを買った。
「人混みもいやだし、空き教室で食おう」
 陸が言うと、佐藤はおぼつかない表情を浮かべながらも――なぜ一緒に食べるのかと思っているのだろう――すぐに、ああ、と応じる。そして、二人で誰もいない教室へ向かった。
 陸は歩きながら宮原にラインを送る。怪しまれないよう、文面に気をつけながら。

 いったん、集まった金の集計取りたいから、二人でやろ。空き教室見つけてまたラインする。

 思考を回転させてスマホに目を落としていたので、少しの間、佐藤の視線に気づかなかった。ふと顔を上げた時、目が合う。
「カノジョだよ」
 とっさの言い訳が口からこぼれた。美沙への罪悪感が、背中をぞわりと上っていく。
 手頃な教室に入ると、部屋番号を確認する。三〇五教室。宮原にラインする。
「そんなカノジョと連絡取んなら、一緒に食えば? オレじゃなくてさ」
 陸は佐藤の声と共にスマホから目を離し、
「いや、やっぱ、たまには違う奴としゃべりたいじゃん? 拓子ちゃん、けっこう可愛いし」
「リアクション取りにくいだろ」
 他愛ないやり取りをしつつ、椅子に着く。何気なく、という素振りながらも、陸は意図的に、自分は廊下に顔を向ける位置に、そして向き合う佐藤はそこに背を向ける格好になるように、座っていた。後は適当な会話で場を持たせ、宮原が来るのを待てばいい。そして聞かせるんだ、大切なことを。
 佐藤が進んで会話を弾ませようとするわけがない。陸は和風喫茶の大盛況のことや、意外にも自分の女装姿を気に入ったということ、さらには今後の体育祭などのイベントの話や女の子の好みの話など、とにかく思いつく限りべらべらとしゃべった。佐藤が途中で席を立つ隙を与えてはいけない。宮原が来るまで、この絶妙なポジションを維持させなくては。
 十五分ほどしたころ、閉めたドアの透明ガラスに女子のものらしきふわりとした巻き髪がうつる。宮原だ。陸は声を大きくし、
「たっくんはさ、宮原ちゃんのこと、どう思う?」
 視界の隅に置いた巻き髪のゆれが、ぴたりと止まる。目の前では、佐藤が目を丸くしている。しばし置いて、
「なんだよ、急に」
 陸はいっとき視線を下げ、ひとつ息を吐いて、心を固める。再び佐藤を見据えると、言う。
「宮原ちゃんさ、気にしてんだよ。中学のころのこと。ほら、お前のお父さんのことでさ、なんかいろいろあったっていう、あれ」
 目を見開いた佐藤の表情が、固まる。陸に向けられたその目の中で、円い瞳がゆれる。思いがけず、陸はまた目を伏せていた。
「オレが聞いたんだよ。別に宮原ちゃんが言い出したわけじゃ――」
「分かってるよ」
 さえぎられた驚きで陸が顔を上げると、佐藤と視線がかち合う。
「オレもちょっと気まずいし」
 今度は佐藤が目をそらしながら言う。じっとりと空気が厚みを増し、口が重くなる。重力が増したように、沈黙が落ちてきて、体にまとわりついている。それを振り払い、陸は口火を切った。
「でも、それで宮原ちゃんのこと、悪く思ったりしないよな?」
「思わねーよ」
 即座に顔を上げて応える佐藤。その返答に――陸の胸が安心で色づいていく。ほら、やっぱり。
「宮原ちゃんはさ、『かわいそう』って言ったことで、自分が佐藤のプライドを傷つけたって、そう言ってんだよ。周りのいやがらせより、ずっとひどいことしたって、そう思ってるみたいでさ」
「んなわけねーじゃん」
 佐藤は言いながら立ち上がる。
「お前、その話するために、オレのこと呼んだんだな。おせっかい野郎」
 そう言い捨てると、背を向けてドアへ向かう。ガラ、と音がしたのに続けて、
「あ」
 陸の耳に、佐藤の低い声が届いてくる。後を流れる空白。聞こえてくる緊張の音。胸を打つこどうで自分の心臓の位置が分かる。時が止まったかのような沈黙が、全身に触手をのばし、こわばらせる。しばらくすると、

 ――ありがとな――

 佐藤の声と共に、再び時間が流れ始める。上履きが廊下を叩く音が反響しながら遠ざかり、教室ドアから宮原が姿を見せる。
「佐藤の言う通りだよ」
 彼女は陸へ向けて歩を進めながら言う。
「ほんと、おせっかいだよ。マジでウザい。それに、佐藤が私のこと悪く言ったら、どうする気だったの?」
「佐藤は意外といい奴だし、大丈夫だって思ってたんだよ。あんなことでさ、宮原ちゃんのこと嫌ったりしないだろうなって。それに、よかったじゃん?」
 陸が言うと、宮原は、は? と口にして彼を両目でとらえる。
「だって、ありがとなって、言ってたじゃん。感謝してんだよ、やっぱり」
 宮原の口元がやや歪み、視線が宙を漂う。
 ちがうよ。
 そう小さく言ったのに続けて、
「あれは、今日のお化粧とか、ヘアメイクとかのこと」
 そう言葉にしつつ、宮原は唇のゆるみを抑えきれないらしい。微妙に口角が上がっている。目の中は窓から差し込んだ陽を反射し、朝陽を映す水面みなものように輝いている。面映ゆさを隠しきれないその表情が、陸の心にぐっとくる。
 よかったじゃん。
 陸は先ほどの言葉を、もう一度かみしめていた。

 文化祭は無事に終わった。この一か月、準備にあけくれてきたが、過ぎてしまえば何ともあっけない。思った以上の繁盛ぶりでも、のどもとに熱さを感じる間もなく、終わってしまったような、不思議な物足りなさを覚えた。下校時には、誰も彼も普段の制服かジャージ姿に戻っていた。
 クラスの打ち上げの話もあったが、部活の打ち上げの方に参加する者や、すぐにバイトに行かなくてはならない者(当然佐藤もその一人だ)、仲の良いグループだけで集まりたい者などが多く、結局は取り止めにせざるを得なかった。心ときめく異世界から、突如、現実へ引き戻されたような虚無感が全身を侵食してくる。

 陸のとなりでは、涼ちゃんがかばんに荷物をつめている。彼は、視線は机に落としたまま、聴覚でとなりの気配をなぞる。ゆっくりした動きが空気をわずかにふるわせ、耳元をかすめていく。自分はこの子のことを、誤解してはいないだろうか。宮原が佐藤の傷ついたプライドに思いを馳せて、胸をいためていたように。

 聞いてみなければ、分からない。
 でも、その前に。

 校庭をぶらぶらと進む。空は抜けるような青で、仰ぎ見ると吸い込まれるような錯覚を覚える。群青世界を、ただひとり歩んでいく感覚。胸の内にも青空が架けられたようだった。
 陸はカノジョの美沙にラインを送る。

 ちょっと話したいから、校門のとこで待ってる。

 これでいい。陸は思う。自分が周りからどう見えるかなんて、気にしなくてもいいんだ。計算しなくても、相手の気持ちばかりにとらわれなくても。自分の感情の通りにすればいい。他人を傷つけるかもしれないし、相手にされないかもしれないけど、そんなの気にして、心を抑えつけていては変われない。嫌われるようなことだって、たまにはしなくちゃ。いい奴気取ってたって、いい奴になんか、なれないんだから。
zooey
2015年08月28日(金) 15時28分38秒 公開
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No.5  zooey  評価:0点  ■2015-09-03 14:51  ID:L6TukelU0BA
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ゆうすけさん

ご感想ありがとうございます。

楽しんで読んでいただけたということで、
たいへん嬉しく思っています。
やはりそれが一番ですからね。

心情の変化、表現等、お褒めいただけて安心しました。
心情描写は、これを書いている時にカポーティの短編をちょこちょこ読んでいて、
それに影響されている部分もあるような気がしています。
やはり、読書というのはものを書く上でプラスになるのだなと実感しました。
あまり活字を追うのが得意でないのですが、これからは少しずつでも読んでみようと思っています。
これは高校生という青春の一部と、キャラクターの変化ややりとりがメインの要素なので、
そういった部分を評価していただけたのも嬉しかったです。

一方で、実際の男の子はもう少し、なんというか泥臭い感じではありますよね。
元気いっぱいにエロかったり、くだらないことに没頭したり、
そういう活気のある青春物語も面白そうですね。
今回の作品はどちらかと言えば女性向けなイメージなので、ちょっと柔らかい感じの物語ですが、
元気いっぱいの青春も書いてみたいなと思いました。

そして、とにかく涼ちゃんの描き方ですよね...。
Physさんからのご指摘にもありましたが、この作品での一番の反省点だと思います。
もともと、これの元になった話は、4年くらい(たぶん)前に書いていて、
それが陸と涼ちゃんと佐藤、3人の物語で、まさに陸が恋の手助けをしているうちに涼ちゃんのことが好きになってしまうという話だったのですが、
今から読むと、あまりにも下手すぎて...。
その部分をもう一度リライトして、ひとつの作品としてまとめてみてもいいのかもしれません。

ラスト、ありがとうございます。
余韻を残したかったので、好意的なご意見をいただけてとても良かったです。
ただ、実は他サイトに投稿したこともあるのですが、
ラストについては好意的なものと、どうせだから心情吐露をもう少し削ったらどうか、というふたつのご意見をいただきました。
どちらがいいのか、吟味してみたいと思います。

ホラミス板にゆうすけさんも作品投稿されていますね。
感想書こうかな、と思うのですが、ちょっと長めなので、もしかしたら読めないかも知れません。
すいません...。
サイトに戻ってきたりしてますが、ちょっと最近忙しくて...。

ともあれ、ご感想に励まされました。
ありがとうございました。
No.4  ゆうすけ  評価:40点  ■2015-09-02 20:38  ID:OIoHUFW/beo
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拝読させていただきました。仕事の合間に楽しい読書の時間有難う。

感情の細やかな描写がうまくて、作品世界にスムーズに入り込めました。他人を見ることで自分も見えてくる、この自己発見の過程の青春ドラマが素晴らしいと思います。主人公の考え方の変化、成長していく感じ、上手いですね。職人さんの手作業のようです、私なんか重機で強引かつ大雑把にしかできませんし。

女性が描く男の子、実に爽やかですね。男が描く女の子とはえらい違いですな。もっと下心とか、女性の性的部分に目が行っちゃうとか、実際の男の子はそうなんですが、こういった作品だと蛇足かな。

主人公、佐藤、宮原、この三人に対して涼ちゃんがちょっとあっさりしすぎな気がします。人の恋を応援しているうちにうっかり好きになってしまう。その過程をもうちょっと楽しみたかったな。

ラスト、いいですね〜。この余韻。ここで止めることで、読者に先を読ませる。描写力に自信のない私だと、きっちり最後まで書かないと不安です。

うーん、こんな学生時代が欲しかったな。
文化祭で縁日をやった時は、「金魚すくいの歴史」を適当に考えて書いて飾ったっけ。当時恋とか無縁のオタクだったから、どうにもうまく感想書けなくて申し訳ない。
No.3  zooey  評価:0点  ■2015-08-30 05:21  ID:L6TukelU0BA
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清之介さん

ご感想ありがとうございます。

説明の比率がが多いというご指摘、おっしゃる通りだと思います。
特にこの作品は、エピソードを重ねて伝えるべきところを、短い説明で済ませている箇所が多く(特に前半)、
また、場面転換の際もいちいち説明を挟んでしまっています。
また、もともと心情説明が多くなりがちという悪癖もあるのですが、なかなか改善していくのが難しいです。

おそらく、ひとつの改善策が、おっしゃられる描写を増やすというところなのかなと思いました。
一応、冒頭、引きの強い描写から始めようと思い、
放課後の教室描写にしてみたり、
心象風景が少しでも伝わるようにと、描写したつもりのところもあるのですが、
自分で思うほどにも書けていないのかも知れません。
確かに、感覚描写の中でも、視覚と聴覚に頼りがちでもありますね。
触覚は普段からちょこちょこ使うのですが、
嗅覚と味覚はほとんど使えていないのが現状で、
お恥ずかしいですが、その点に関しては気づいてもいませんでした。
今後は意識していきたいと思います。
時の流れについては、今回は珍しく、季節の動きを描くことで、だんだんに文化祭が近づいている、それと同時に、陸の気持ちが凹んだり焦ったりしていく、
というのを表現しようとしていたのですが、
そのあたりは不慣れなもので、説明的になり描写とは呼べないものになってしまっているのかも知れません。
描写に関しても、改善点が多いと感じました。
ただ、例として挙げてくださった「ぶらぶら歩く」のくだり、
確かに描写してはいませんが、ひとつひとつの動作を細かく描写していくと、
くどくなったり、全体の文章バランスがくずれたりして、
読みにくくなる可能性もある気がします。
どこまで描写を重ねなくてはならないのか、逆にどこまで描写が許されるのか、
大変に難しい課題だと思います。
色々と考えたのですが、この作品に関して言えば、描写が明らかに少ない、というよりは、
説明が多すぎるので相対的に描写が少なく見える、ということかなと、ご感想を拝見して感じました。
自分でも、説明多いな...というのは少し感じていたところなのですが、
その影響が描写という別のところにまで及んでいくのだと、ご指摘を受けて実感できました。

また、会話に関して。
おっしゃるように、登場人物の口調は似通っていますね。
一応、陸はチャラいキャラなので、テンション高めに、
逆に佐藤は落ち着いた感じに、
涼ちゃんは引っ込み思案なので読点を多くしてたどたどしく、
宮原は素の時とカワイイ子ぶってる時の温度差が出るように、
みたいな感じで意識はして書いているのですが、あまり成功はしていないのかも知れません。
もう少し、違いを強調して書かなくてはなりませんね。
ただ、言葉遣い全体が似通っている点については、これでいいと感じています。
というのも、どういう言葉遣いかというのは、
背負っている文化圏に左右される部分が大きいと思うからです。
今回は、同じ学校の同級生がメインのキャラで、
美沙ひとりがひとつ年上ですが、それ以外の人物はただのクラスメートも含めて皆同い年です。
地域、年齢といった、文化の2大要素が重なっているために、
その地域、その世代に共通の言葉遣いで話している、というのは不自然なことではないと思います。

基本的な作法が出来ているとのお言葉に安心しました。
50枚程度なので、短編かなと思いますが、
長編もきちんと書けるよう、努力していきたいと思います。

ありがとうございました。
No.2  zooey  評価:0点  ■2015-08-30 02:43  ID:L6TukelU0BA
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Physさん
お久しぶりです。ご感想ありがとうございます。

いつもは過分なお言葉を頂いてしまうので、恐縮しまくってしまいますが、反面、励みにもなっています。ありがとうございます。

文章は、ここのところ少しずつですが本を読んでいるので、
それで少しはましになってきたのかなと...。

リアルに描けてるとのことで、安心しました。
会話表現については、「砕けさせよう」という意識はあまりなく、
学生時代はこんなふうに話してたな、とか、
今の中高生ってこういう話し方してるな、
というイメージがあって、それをもとに書いています。
そういったところがリアルだと思っていただけたのは、とても嬉しかったです。

登場人物は、奇抜すぎずに地に足がついた、でも個性とか体温のあるキャラクターにしたいなといつも思っているので、
少しでもそういうふうにかけたのかなと感じられました。
今回のは、拓と宮原のやり取りやお互いの感情が最も書きたかったところなので、
その部分を指摘していただけたのも嬉しかったです。

反面、陸は、ちょっと行動が危なげですよね。
そんなことしたり言ったりしたらこじれるだろ、みたいな...。
たまたま周りのキャラがみんないい子だったから上手くいったという、
かなりご都合主義の展開になってしまっていて、自覚はしていましたが、ちょっと自分の力ではどうにもできなかった部分です。

涼ちゃんのところは、本当におっしゃる通りです。
メインキャラのはずなのに、ほとんど登場させられませんでした。
おそらく、一番の反省点だと思います。

プロレベルとかでは全然ないと思いますが、やはりそうは言っても褒めていただけると自信が持てますね。

ありがとうございました。
No.1  Phys  評価:40点  ■2015-08-29 23:15  ID:CvaayI9DSlo
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拝読しました。

お久しぶりです。またzooeyさんの作品を読めてうれしく思います。ジュブナイル
小説ですね。知っている方の作品だから高評価するわけではないですが、かなり
上質な物語だと思いました。また前に読ませて頂いたときよりも更にzooeyさんの
文章力に磨きがかかっていることに、焦りのようなものを感じてしまいました。
(同じくらいの時期にTCで活動していたように記憶しているので、勝手に同期
入社のような気分でいます。汗)

今回、すごく良かった点は、登場人物の心情がとても丁寧に、破綻なく書かれて
いた点でした。こういう作品を大人が書くと、どうしても大人目線から見た子供
(作られたジュブナイル像)みたいなものが香ってしまうものだと思いますが、
本作は本当にリアルな少年少女の物語として読めました。(と感想を書いている
本人がもう数年経てば三十路なので、説得力はないのですが……。)

特に、

> ちょっと、いくら私が可愛いからって、好きになられても困んだけどー
> でも、一般的に見たら、そうじゃん? なんかさ、何したいのか分かんないよ、お前
> 企んでるけど、余計じゃねーよ
> 自分のこと話せば、私も話すだろうって、そう思ってんの?

こういう砕けた話し方って、砕け過ぎると携帯小説みたいになってしまうところ
だと思うのに、zooeyさんはすごく上手いバランスで書きますよね。砕けてるのに
文章として自然で、整っている。それどころか、彼ら彼女たちの不器用さだとか、
純真さを際立たせるように効果的に働いていました。きっと自分では絶対にでき
ない部分なので、いつも羨ましくなります。

そして、登場人物の個性がすごく魅力的に描かれていて、読んでいてもっと彼ら
彼女たちの物語を読みたいと思わせる筆致でした。陸くん、拓くん、涼ちゃん、
宮原さん、美沙さんと、記号的な存在ではなく、きちんと息をした一人の人物と
して読み手に伝えるだけの説明がなされていました。どの登場人物の気持ちにも
感情移入できるように書かれていたのも良かったです。

特に、私は宮原さんの拓くんへの感情にはとても共感できました。相手が自分の
ことをどう見ているのか。話した言葉をどんな風に受け取るのか。個人差はある
とは思いますが、十代の頃って、そういった機微にはすごく敏感で、そのことで
必要以上に心が揺さぶられてしまいますよね。そういった危うさというか、十代
特有の脆さが優しく描かれていて、じわりとくるものがありました。

> 優しい人間でありたい。楽しい人間でありたい。平等な人間でありたい。
 そういったいくつもの望みが、彼の内では常にまぶしく光っていた。
 そして、そうなれるように――いや、皆からそう思ってもらえるように、自分でそう思えるように、計算して動いてきた。
 本当にそういう人間かどうかではなく、そう見えることが優先されてきた。
 だから、心を伴なっていないから、平気で薄情なことをしてしまうのだろう。
 そして言われなければ、薄情だということにすら、気づきもしないのだろう。

こういう心情、自分はそうでもないので分からないものの、この歳のこういう子
だとすごく『いそう』ですよね。陸くん、物語中でちょっとだけ危なげな行動が
多いかなあ、と老婆心ながら心配だったのですが、最後まで大成功に終わって、
ホッと一息つきました。たぶん、zooeyさんが想定しているのとは全く別の部分で
はらはらしちゃってたと思います。人の恋愛にお節介をするとひどいことになる
ことが多いので……。

最後に、一つだけ50点を付けなかった理由を申し添えます。それはひとえに、
登場人物さんたちの中で、美沙さんはともかく、涼ちゃんの扱いが相対的に軽く
感じられたことです。物語最初のインパクトからして、読み手は涼ちゃんを主要
人物として見ていると思うので、中盤お花以外全く活躍の場がないのは可哀想に
思いました。それに、この後、陸くんが涼ちゃんに想いを伝えるのは、なんとも
身勝手だと私は憤ってしまいました。(涼ちゃんの立場からすれば、陸くんは、
自分に告白を促しておきながら恋敵と想い人の仲直りを幇助した、にっくき相手
ですよ?笑)

……というわけで、結局のところ、必要以上に登場人物に感情移入してしまい、
もっとこの子も幸せにしてあげて欲しかった、という身勝手なファンのわがまま
でした。すみません。いずれにしても、とにかく楽しくまた読み応えのある短編
小説でした。zooeyさんの創作が着実にプロのレベルに到達しつつあると感じ、
一読者として嬉しくなりました。

また、読ませてください。
総レス数 5  合計 80

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