いんとねーしょん
 金城修一郎のイントネーションのオカシサを最初に指摘したのは妹だった。彼女が電話口で言うには、彼のイントネーションは過剰に沖縄的であり、沖縄的な発音を滑稽に誇張している。それは沖縄を題材にした「クソみたいなテレビドラマ」の俳優や女優の「セリフ」を想起させるし、無理矢理に内地人が沖縄人を演じているようだとのことだった。
「ほら『チェケラッチョ』って映画あったさあ。あれみたいだよ」
「あーあれな。……そういえば妻夫木もなにかで沖縄人演ってたね。妻夫木は上手だった。あと長澤まさみも上手かったなあ。あの二人演技はやっぱり凄いんだよなあ。作品はクソだったけど」
「兄ちゃん、今、妻夫木より下手だよ。『チェケラッチョ』みたい」
 絶句するほどショックを受けたのには訳があって、このとき彼の頭の隅に同志社大学に行った某友人Yのことが浮かび上がってきたからだった。三か月前久しぶりに会った彼はかなり気持ちの悪い関西弁を縦横無尽に扱い、「ほなほなほな」などと連発するので、親しい友人であったはずがまるで初対面であるかのように対応に困った。沖縄にいたころ相当に軽蔑していたアニメをまるで文化人気取りで話し、当時まだ一般的ではなかったスマートフォンをこれ見よがしに掲げると「これからの時代、これがなきゃ乗り遅れるで」などとお前は歩くコマーシャルかと思わせるような発言を行い、特にイラついたのが鼻にかかった調子で「スマァフォ」と傍点がついているかのように一字一句きちんと発音し「むふうん」と息を漏らしたことである。細かいことだがこれがしつこく繰り返され、彼は我慢しかねるように「どうして普通にしゃべらないんだ」と尋ねると、微笑みながら「郷に入りては郷に従えやな」などと気味の悪い口調でのたまうさまはそれはそれは……。ああ、僕もそういうヤツに堕してしまった。沖縄の心を忘れてしまった。大和にされてしまった! 皇民化政策にやられちまった。沖縄の誇るべき文化を忘れてしまったのだ。きっと僕も大和のやつらみたいに沖縄に対して幾分かの同情を交えながら、私は無関心ではないし沖縄を特別扱いするそんなオリエンタリズムにも浸されてないと言うためだけに批評的な(批判的な)言葉を並べるに違いない。「ああ、あそこはまああれでずっとやっているんですよ。まあ故郷ですから、それは愛していますが、どうも困った人たちではありますよね。仕方ないのになあ、基地」それでシャンペングラスをかちん。ファックだ!
 そうは言いながら彼は元々沖縄にいるころからそういう態度をとっているのであるし、有名なポップソングの一節に「トゥバーラーマもデンサー節も言葉の意味さえわからない」とあるように、彼もまたそのような若者の一人であった。むしろ沖縄的でないよう努めたのである。彼が沖縄で耽溺したのは海や灼熱ではなく、本やスタンドライトであった。見るのは活字ばかりで、それも美しいニッポン語で書かれたものばかりで、アダンやソテツ、ハイビスカスには目もやらなかった。方言だってヤンキーが使うから嫌いで殊更ワルぶるときでなければ極力意識して使わないようにしていた。しかし山梨に出てきてからというのもホームシックと孤独感、そして周りの視線からか彼は沖縄的な演技をしていたようだ。エイサーだって踊れないし、カチャーシーだってへたくそだし、泳ぐのだって苦手であるのに、ここ最近それに挑戦してばかりいた。もちろんそれらのことにも一応は気が付いたのだが、どうするわけでもなくそもそもどうするべきかもわからなかった。はあとため息をついたのは、ニッポンに慣れたつもりだったが、つもりどころの話ではなくどうやら慣れすぎてしまったようだということが、妹との通話で判明したからだが、それだけでもない。自分の言葉が「キモイ」ことになっているのにどうすることもできないままに、これから教育実習に行かなくてはならないことが少なからぬ原因になっている。うわあまじかよ行きたくない。やばい。言葉は絶対に怖い。教室なんていうのは、頭が良くてもダメで、ちょっとファシズムしないとやってらんない。人間はまず言葉から馬鹿にされるのだ。だからこそ内地では東北弁やら沖縄方言が矯正の対象になって、それがわかっているからミンナ自分でさっさと意識的に矯正しちゃうのだ。僕は弱腰だから強く叱れないだろうし、指導方針もふわふわだし、年期もないし、顔もまずいし、清潔感がないし、ダサいし、加えて妙な言葉を喋るからきっと大層馬鹿にされるに違いない。「クニヒャー教師かや。シニうける喋り方するさーな」そうだ。絶対そうだ。そんなことを思い格安の飛行機で臀部に衝撃を受けながら、「いっそ、この壁をぶち破ってパラシュートで逃げ出してやろうか」と考えていたらまた臀部に衝撃を受け今度は飛行機全体がぶるぶると揺れ始めた。おいこれ大丈夫か墜落するんじゃないか死ぬんじゃないかと思い、彼はノートを取り出して手記を書く準備を始めたがそうしている間に那覇空港に到着した。
 先日紅型職人のドキュメンタリーを見たとき「沖縄の着物は、黄色で派手で色鮮やかで軽薄に見えるかもしれないけど、沖縄の太陽の下だといろんな色がとっても目立ってしまうから、それに負けないようにしないといけないんですよ」と話していたが成程その通りで、空は異常に青く、雲とタイルは徹底的に白く、ハイビスカスは脅迫的に赤い。迎えに来た妹は異様に目鼻立ちがはっきりとしていて、彼が「エキゾチックジャパンだね」とかいうと「はあ? なに言ってるば」と返された。とにかく那覇空港は外国だった。
 暑い、六月であるのに気温は三一度。湿度はこれ絶対八〇とかだろうと思っていたら、そうであった。彼は自分の出身であるから知っているつもりでいたら、そういえば夏に帰ったことは一度もなかったなと思い出した。そして沖縄の暑さをすでに自分が忘れていることに慄然とした。植物も異様に見えてきた。ヤシの木を見ながら、彼はだんだん倒錯してきて「南の島みたいだ」などとわけのわからないことを言い始めた。
「沖縄ってこんなに沖縄だっけ」
「なに言ってるば?」
 彼の疑問は一蹴された。
かなこ
2014年02月21日(金) 16時24分48秒 公開
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No.4  昼野陽平  評価:30点  ■2014-03-02 16:39  ID:NnWlvWxY886
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読ませていただきました。

文体に勢いがあったり、言葉のセンスがよかったり、文章そのものに対する感性を持ってる人だなとおもいました。
ただもうちょっと場面の一つ一つを掘り下げて描写するといいかなと思います。

自分からは以上です。
No.3  青海斗馬  評価:30点  ■2014-02-26 04:56  ID:BQAkycmOfIM
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初めまして。拝読させていただきました。
すごく言葉の選び方が面白く、私自身は都内出身なので外から来た人たちという視点で見てしまうのですが、確かに。あるある。と納得させられてしまいました。

怒涛の如く文字が並んでいるので、初見ではとっつきにくいかと思いましたが、妹と兄の会話をもう少し掘り下げるとより説明的ではなくなるのでは? と思いました。

次作も楽しみにしております。
No.2  楠山歳幸  評価:30点  ■2014-02-23 20:40  ID:3.rK8dssdKA
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 読ませていただきました。
 地方から来た若者の気持ちが等身大に書かれて面白かったです。
 地方の人だって本土と同じという描写も良かったです。地元が外国もさりげなく書かれていて思わず感情移入してしまいました。
 これは自分への反省ですが、勢いが強くて少し(本当に少し)しんどかったですが、本作の場合、若者らしさもあってこれで良いかもしれません。
 言葉から地元から離れて、現地にもなじめない、着眼点が特にいいなあ、と思いました。
No.1  片桐  評価:20点  ■2014-02-23 02:04  ID:n6zPrmhGsPg
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こんにちは。
ささやかな感想になります。

言葉のチョイスがところどころ光っていて、『特にイラついたのが鼻にかかった調子で「スマァフォ」と傍点がついているかのように一字一句きちんと発音し「むふうん」と息を漏らしたことである』なんて一文は良かったです。

次に気になる点をあげていきます。
1、語りの時点が分かりにくい。
後半過ぎてから、「彼」が飛行機に乗っていて、故郷の沖縄に教育実習のために帰ることになっていると分かるのですが、これは前半部分ではっきりさせておいた方が話をわかりやすくできると思います。逆に言うと、はっきりさせないままに説明的な文章が続くと、読み手は(私は)しんどくなってしまう。


2、大半が説明で終わっている。
説明部分を、表現の面白さだけで乗り切るには、まだ筆力不足感があるのは否めないように思えました。説明ではなく、シーン、描写で読ませる方が、小説っぽくなると言いますか、単純にリーダビリティは上がると思います。もちろんこれは好き好きなので、必ずしもこうすれば良いというものではありませんけれど。

また、冒頭で、「金城修一郎」、とあるのに、以降は「彼」で統一され、話にも名前が一切絡まないのには違和感があります。
……と、ここで、もしや、と思って調べました。カネシロではなく、キンジョウなのですね。沖縄に多い姓で、初めに彼が沖縄県民であると示しているわけですか。でも、そうだとしても、ちょっと分かりにくいかもしれません。

難癖もつけましたが、地方に暮らすものなら、誰もが一度は経験する心情が描かれているように思え、「あるある」という感覚をおぼえました。

初めて書いたものとのことですが、これからの創作活動が実りあるものであることを祈って。読み違いがあれば失礼。では、これにて。
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