緊急記者会見
 白いクロスで覆われたテーブルの上には、卓上スタンドにセットされた黒いハンドマイクがオレに向かって突き立っている。そのまわりに記者が勝手においた「録音中」の赤いLEDの光るICレコーダーが十個以上散らばっている。そして、無数のストロボが瞬く中でオレ達を大口径のデジタルカメラとビデオカメラが狙っている。
 隣に座るCEOに目配せして、オレは立ち上がった。
「本日はお忙しい中、弊社、ゆるふわ製菓コーポレーションのブリーフィングにお集まりいただきありがとうございます。私は、弊社総務部長の増子道哉です。本日の司会を務めます。皆様からご覧になって右から順に弊社代表取締役CEOの佐藤甘太郎、製造部長の樫山ちよこ、品質管理本部総合衛生管理室長の羽佐藤子、服部克也顧問弁護士です」
 雛壇ひなだんのメンバーをゆっくりと一人ずつ紹介する。皆、着席したまま軽く会釈する。ほかの会社の謝罪会見でいっせいに最敬礼するのをみたことがあるが、あれは愚策だ。会見の中身よりも一列になって深々と頭を下げている画だけが一人歩きして、「あの会社は悪いことをやった」という印象だけが何十年もその会社につき纏うだけだ。見栄えも悪くて社員の志気も下がる。事務的に一人ずつ紹介すれば充分だし、こういう場に不慣れなCEOたちも落ち着くことができるはずだ。さらに顧問弁護士が同席していることで、無茶な質問に牽制も期待できる。とはいっても、この手の会見は出たとこ勝負だ。手を尽くして準備してもどうにもならないこともある。
「では、今回の事案についてCEOからご説明申し上げます」
 CEOの祖父の代に創業した小さなケーキ屋を、先代、つまりCEOの父親が近代的な洋菓子メーカーに成長させ、そのまま引き継いだのが苦労知らずの三代目、現CEOだ。「菓子舗の社長」を「コーポレーションのCEO」なんて怪しげで大層な肩書きに変えることは熱心だったが、商品開発や販路開拓、金融機関廻りは古参の番頭社員に丸投げの典型的なぼんぼん社長。そんな社長、モトイCEOの初の試練だ。
「この度、弊社の一部の製品に不具合があるとの通報があり、社内で調査したところ……」
 必死で丸暗記した原稿を、何度も練習した通りまっすぐ前を向いてはっきりした口調でそらんじはじめるや、いきなり最前列の記者たちが大声をあげた。
「食中毒ですか!」
「産地偽装?」
「被害者は何人?」
「経営への影響は?倒産ですか!」
 予定外の攻撃に暗記した原稿も飛んでしまって早くもCEOは青ざめて硬直している。出端でばなで撃沈か、腹の中で舌打ちして助け船を出す。
「お配りした資料をご覧ください。今回、弊社の期間限定商品『愛情込めて愛が作ったラブラブラブリーバレンタインチョコ』について二点不具合が確認されました。まず申し上げるのは、健康被害はいっさいございません。製造工程と製品の表示の不備であり、既に関係ご当局にも報告済みです。ご当局のご指示で本日のご説明の場を設けさせていただきました」
 オレは一気にまくし立てて、殺気だった記者の機先を制してCEOを見やる。ダメだ。打たれ弱い奴。まだ意識が飛んだままだ。仕方がない。「まず、製造工程での問題を樫山製造部長からご説明いたします」
 もともと社内でパテシェを目指していた商品開発部員だった樫山は、今回の『愛情を込めて……』の試作品をCEOに試食させて一晩で部長にまで昇進してしまったというのがもっぱらの噂だ。その樫山が丸い顔を赤くしながら話し始めた。
「『愛情込めて愛が作ったラブラブラブリーバレンタインチョコ』はバレンタインデー向けの期間限定商品で製造期間も限られています。カカオパウダーの仕込み工程で弊社の派遣社員○○愛子が作業を行うことで『愛が作った』を標榜したのですが、当人がインフルエンザのため限られた製造期間中に作業に従事できなくなり、愛が作ったことにはならないのに誤った表記のまま一部の商品を出荷してしまうことになりました」
「なぜ派遣社員の苗字をふせるのですか?」
「愛子さんは何歳ですか?写真やCV経歴書はありますか?」
 食いつくのはそっちかよ。樫山、ぼんぼんの愛人にしては説明は完璧だな。
「申し訳ありません。社員の個人情報は事案の本質とは無関係ですので公表を控えさせていただきます」
 個人情報という言葉にマスコミは敏感だ。飛びかからんばかりだった記者たちが一瞬ひるむ。その隙を見逃さずに製造部長の樫山が続ける。
「但し、○○愛子さんが、病欠をとった三日後には、急遽、人材派遣会社から苗字に愛の字を含む登録人材を派遣してもらったため、本件誤表記の商品が出荷されたのは三日間に限られ、販売店舗も特定できました。該当商品をお買い求めのお客様には、適正な商品との交換か代金の払い戻しをさせていただくとともにご迷惑をおかけしたことをお詫び申し上げます」
「こんどはファーストネームではなくて苗字に限定したということは、たとえは愛川太郎さんというように男性が作っている可能性もあるわけですね」
 勘のいい記者だな、まったく。オレは、記者たちに見せつけるように顧問弁護士の服部と目配せをしてから樫山の説明を引き継いだ。
「個別の従業員の情報については先ほどと同じくお答えしかねます。なお、弊社は雇用機会均等法の観点から性別を就労可否の要件にすることは禁止されております」
 ヤロウのこねたチョコが食えないというのなら労働大臣に文句をいってくれ――いやいや、ヤサグレている場合じゃない。冷静にならなくては。
「偽装表示のほかにもう一つ問題があったとのことですが……」
「偽った表示を行う意図はなく、従業員の病欠に伴う事故であったことは、これまでのご説明でご理解いただけたかと存じます。従って表示の誤り――誤表示ではありますが、偽装表示ではありません」
 無駄かもしれないが、悪意のこもった表現にはならないように釘をさして、話題を変える。
「もう一点の不具合ですが、製造工程に『愛情を込める』工程があるのですが、先ほどの不具合をご当局にご相談申し上げた際に、食品添加物の表示欄に、込めているはずの『愛情』が標記されていないと表示不備を指摘されました」
 オレが事実を述べ、品管の羽佐が間髪を入れずに続ける。
「愛情は食品衛生法の食品添加物に該当する物質ではないというのが弊社の見解であり、人体への影響もありませんが、ご当局のご指導に従い、添加物欄に『愛情』を今後標記いたします。既に出荷してる製品と標記が整合いたしませんが、内容には変わりありませんのでご安心ください」
 後ろの席に陣取っているシニアの女性記者が目をつり上げてかみついてきた。
「ちょっと待ってください。愛情には人体への影響がないというのは聞き捨てなりません。愛情がこもったチョコを食べれば、胸も高まるし、草食男子だってたちどころに落ちるかもしれないじゃないですかぁそんな夢を壊すようなことを言わないでくださいぃ」
 多分に感情的になって半泣きの記者――もしかしたらうちの製品を買って本命のターゲットに贈るつもりだったのかも――もはや単なる婚活女子の素地を露わにした記者の攻勢にたじろぎ、オレは雛壇ひなだんの上で服部弁護士や樫山、羽佐と顔を見合わせた。そのとき、それまで放心状態だったCEOがやおら立ち上がって話し始めた。
「たしかに愛情を摂取すると、心拍数が昂進するかもしれません。自宅に帰るのを違えて、贈り主と一晩を過ごしてしまうなんて食べた人の判断に影響を及ぼすおそれもあります」
 うわー、そんなのシナリオにないぞ。ぼんぼんの暴走だ。オレは固唾かたずをのんでCEOの次の言葉を待った。
「すなわち、『愛情と健康は関係がある』というのはご指摘の通りだと思います。そのことに思い至らなかった自らの不明を恥じいるとともに、ご指摘に感謝申しあげます」
 記者も毒気を抜かれたのか、会見場に気まずい空気が漂い始めたところで、会場のホテルのボーイが、そろそろお時間です、と耳打ちしてきて、会見はうやむやのうちに終わってしまった。
 ※ ※ ※
 翌日から、「愛情込めて愛が作ったラブラブラブリーバレンタインチョコ」は、原材料欄の最後に「愛情」と書き加えられただけでなく、表面積の三〇%を占める馬鹿でかいシールか貼られて出荷されていった。そのシールには黒々とした極太の活字で次のように記されていた。

「愛情はあなたの健康に影響を及ぼすおそれがあります。愛情のとりすぎに注意しましょう」
苗穂 乂
2014年02月13日(木) 15時36分32秒 公開
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No.6  苗穂 乂  評価:0点  ■2014-02-26 02:16  ID:BrU745UO/7Y
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楠山歳幸さま
過分な高評価ありがとうございます。楽しみながら書いたので、楽しんでいただけて嬉しいです。
冒頭に緊張感を高めて、会話劇で緊張感を上滑りさせながら内容の馬鹿馬鹿しさで弛緩させていくという企みでしたが、最後までご高覧いただきありがとうございました。とても励みになります。
No.5  楠山歳幸  評価:50点  ■2014-02-26 00:03  ID:3.rK8dssdKA
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 読ませていただきました。

 面白かった!!です。
 僕は野鳥撮影をしていたので、大口径が並ぶ異様さを思い出して冒頭に引き込まれました。頭を下げないという所も並みならぬ事態を期待させられました。ぼんぼんの社長も効果的で、場を収めた所もキャラらしくて面白かったです。
 記者とのやり取りも緊張感があって、馬鹿馬鹿らしさが逆にリアルというか、とても良かったです。
 作品全体から感じる皮肉っぽさが嫌味にならない所もいいですね。あまり感情的にならずに俯瞰しているような書き方と感じたからかなあ、と思います。
 女性は男性に比べて愛情に敏感なのかなあ、と少し考えられさせられました。

 楽しませていただきました。
 
No.4  苗穂 乂  評価:0点  ■2014-02-15 19:03  ID:BrU745UO/7Y
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おさま ご高覧ありがとうございます。お楽しみいただき嬉しいです。
リスクマネージメント蘊蓄の小ネタでコメディをつくってみようと言うのが出発点だったのですが、途中で小難しくてスラップスティックな台詞回しの方が面白くなってあれこれ盛り込んでしまいました。スラップというほど大暴れはさせていませんが。確かにひな壇の登場人物同士や記者との心理戦を表現できれば深みが出ますねぇ。でも私の筆力だと無駄に文字数が増えそうで、バカ話を引っ張るにはちょっと辛いような……もっとシンプルに読ませすべきという方向性もおっしゃる通りです……精進しますっ!
No.3  お  評価:30点  ■2014-02-15 16:12  ID:P4L5JGTUzFo
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読ませて頂きました。
皮肉が利いてますね。ニヤリとしてしまいました。
欲を言えば、面向きの平静さに相対して、内側のドロドロした関係性をもっと際だたせても面白かったのかなあとも思いました。
掌編としてはもう少し言葉を厳選してはすっきり読ませる方が良いかもしれません。
No.2  苗穂 乂  評価:--点  ■2014-02-15 05:09  ID:BrU745UO/7Y
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家達写六さま 御高評ありがとうございます。ちょっといろいろ詰め込みすぎたかなと思っていましたが、楽しんでいただければ幸いです。今後ともご指導、ご批評のほどよろしくお願い申し上げます。
 初稿から、一部アップロードミスで欠落していたところを補い、読み返してみて多少設定を変更してみました。
No.1  家達写六  評価:30点  ■2014-02-14 13:43  ID:0H/tY0Rvzkg
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 シニカルな時事ネタを、ショートショートとしてうまく仕上げていますね。内容の馬鹿馬鹿しさで引っ張るのなら、このくらいの長さがちょうどいいかな。ラストの一行も秀逸ですね。
総レス数 6  合計 110

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