フルートの音がきこえる(※連載中)
プロローグ

15年間を運動で過ごしきた俺は高校に進学しフルートと出会った。

 春の訪れは暖かな日差しとピンク色に染められたアスファルトを踏みしめる事で「ああ春なんだな」と俺は感じていた。高校に進学する俺は羽生第一高校にこの春入学する。まだ固いロファーを踏みしめて高校の校門を跨ぐと先輩方が新入生歓迎と部活動への勧誘の為ビラを配っている。桜が舞い散る中よそよそしく先輩たちの前を通り過ぎ「さてどの部活にはいるか? 」なんて妄想を膨らませながら歩いていた。中学時代は「剣道」をやっていてガチガチの体育会系の体つきに剣道青年を絵にかいたような坊主頭であった。中学3年間で学んだ剣道という「武道」は15年しか生きていない俺にとって正しい人生の生き方と自分を正しく成長させてくれたことに感謝している。「剣道は武道であってスポーツではない」といった師匠の言葉は15歳の俺にとって、どんな教科書に書かれた名言や語集よりも生きた言葉であり心に深く刻み込んだ言葉である。スポーツは互いと競い合「勝つ」事を目的としたものだが、剣道は違う自分自身を鍛え上げ精神と肉体を鍛えるためのものだ、と稽古後の黙想後によく師匠から聞かされていた。そのためか平成に生まれた俺はどことなく古風な考え方と価値観で生きている。剣道と出会う前の俺は「糞ガキ」だった。とてもやんちゃな少年で一日一回は必ず先生に怒られ自分より背が大きく強い相手と喧嘩し体育の授業は人一倍まじめに参加するくせに他の授業をねてしまうという、絵に描いたような「糞ガキ」だ。そんな俺に「礼儀」を叩きこんでくれたものが剣道であった。

 「どんな部活動に入るか? 」なんて事を考えていると今までの自分がどういう人物であったかなんて思い出していた。やはりここは武道に感謝の念も込めて剣道部に入るのが筋だよなぁー何せ坊主だし。自分の坊主頭を「ボリボリ」と擦りながらやっぱりそうなるかと半ばどの部活動に入るかなんて決まっていた。校舎の様子を見ながら下駄箱に差し掛かると楽器を持った先輩たちが何やら演奏の準備を始めている。

「これから歓迎演奏会やりまーす」

 身長175cm位であろうか。ボーイッシュな感じなのに乙女といった美しい先輩がプラカードを持って客寄せをしている。男なら誰でも惹かれるであろう、しかし女子も「あの先輩かっこよくない? 」「あんな先輩に憧れるよね」「キャー」なんて声が聞こえる。ふむたしかにそうだなーなんて自分も思いながら「歓迎演奏会」とやらを聞くことにした。高校の制服である紺のブレザーに黒いローファーを履き髪をきちっとポニーテールに縛り上げている楽器を持った先輩達は背筋を伸ばし下駄箱前のエントランスに入ってきた。皆中学生から上がってきた新入生とは違ってどこか大人らしさを感じる出で立ちで1年か2年かでこんなに変わものなのかと驚いた。女の先輩ばかりなのになぜかかっこよく見えるのはどうしてだろうか? 一人ひとりを見るとやはり女の子だなぁーなんて感じるのに、全体を眺めると軍隊の様な統一感を先輩達は醸しだしていた。春の風が俺の坊主頭をなでている。こしょばい感じと頭をなでらているような感覚に俺は再び頭を擦った。

「では、新入生歓迎演奏会を開始します! 」

 大きな声でキリッとしまった声を聞いた俺を含む新入生達は皆黙り込み、興味を示さなかった者たちも立ち止まり演奏の始まりを待っていた。今は春に吹く風の音しか聞こえない。これからどんな演奏が始まるのだろうか。音楽なんか全然興味もない俺は音よりも先輩たちの醸し出す空気が気になっていた。指揮台の前にさっきまで宣伝をしていた先輩が立っている。高身長と自信が顔から滲み出ている。男の俺ですら「かっこいい」とつい口に出してしまいたくなる。「カンッカンッ」と指揮棒を指揮台に当てて皆の注目を集めた。そして新入生である俺達に先輩は、かっこよく手を前にふるって手を胸に当て日本ではまずする事のない西洋の一礼をした。とても様になっている。剣道をやっていた俺にとって礼とはとても重要なものである。そんな一礼にうるさい俺ですら先輩の一礼は美しくかっこよかった。一礼をすますとくるっと体を回し楽器を持った先輩たちを見下ろしている。後姿もかっこよく美しい、映画のワンシーンを見ているようだ。指揮者の先輩はササッと長い両手をかっこよく広げた。その両手を広げる合図を見ると、楽器を持った先輩達は銃を構える軍隊のように楽器をかっこよく構えた。

 俺は体がブルブルっと震えた。まだ演奏すらしていないのに何故か体が震えている。

 指揮棒を持った先輩は手を前に翳し、指揮棒を振るった。
 その瞬間小さな体に似つかわしくない大きな楽器を持った、小動物みたいな女の先輩がこれまた全然似つかわしくない低い音を奏でた。その小動物みたいな先輩からは想像できないほど大きな音量が下駄箱前のエントランスに鳴り響き俺の体を震えさせた。坊主頭を「ゴリゴリ」となでられたような感じがする。俺は再び体をブルブルッとさせ演奏している先輩たちを見た。指揮棒を持った先輩は今度は大きく腕を振るうと様々な楽器から一斉に音がした。銃を持った軍隊が敵と戦闘を開始した時のように音を奏でている。女の子達が演奏しているとは思えないほどの大きな音が校内に響きわたる。見ている観客を包み込み、通る者は皆足を止め、遠くにいる者はこちらの様子を伺がっている。先輩達が演奏している音は視ている者を掴み取り、自然と皆の体を揺さぶった。自分も知らぬ間にリズムを刻んでは足先をパタパタと動かしている。

―――これが音楽か。

 俺はこの時初めて音楽を聴いた、いや視た。これも違うな「実感した」。音楽とはただ聞くものではなく、視て、聴いて、体を動かしリズムに合わせ、曲と一緒に流れるものなのだと俺は気が付いた。

 俺はいつのまにか音楽の虜になっていた。さっきまでの自分が何を考えていたかなんて思い出せないほど音楽を体感している。純粋にかっこいい。そしてうつくしい。いったいこれは何なんだろう。坊主頭の剣道青年には似つかわしくない音楽がここにある。だけどそんな音楽だからこそ俺にとって魅力的なのだ。流れる音に魅了され俺は音と一緒に体を動かした。聞けば聞くほど体を動かしてリズムと一体となった。演奏は演奏者だけで成り立つものではなくて聴く人も演奏者の一部なのだな、と音楽のことなんか今までこれっぽちも興味もない俺がなんとなくそう感じた。音楽に魅せられた俺は指揮棒を振るっているかっこいい女の先輩を見る。   

 ポニーテールを馬の尻尾のように揺らせては、彼女がこの演奏のリズムを創りだしている。彼女がこの音楽の心臓だ。ピシピシと指揮棒を振るうと、音は刃物の様に鋭さを持たせ。ゆっくりと滑らかに指揮棒を振るうと、音は春風のようなやわらかさと桜のような色合いを持たせ。体を縮こませちょこちょこ振るうと、音は地平線を見ているかのような静けさを持たせ。音は俺の体を異世界に連れて行く。俺はそんな気がしてか目を閉じて音を感じる事にした。瞼の裏側には暗闇が広がっている。しかし、気が付くと15年間で見てきた様々な情景が浮かんでくる。音は単なる音であってそれ以上ではないはずなのに俺に景色を見してくる。音楽が異世界に飛ばしてくれるのだ。


 ここは下駄箱前のエントランスのはずなのに気が付くと海にいる。遠くからは船の汽笛が聞こえては俺にあいさつをしているようだ。砂浜は遠くまで続きその先に山が見える。何故だろうあの山はじいちゃんとよく行く山だ。砂浜を歩きながら俺は空を見た。その瞬間空は暗くなり夜になる。驚いてあたりを見回すも暗くてなにもなく音もない。演奏が終わったのか? と思い目を開こうとすると俺の異世界に月がでた。

 丸くて大きな月。
 俺の視界の半分が月である。
 こんなに大きな月は初めて見て、月は青く輝いている。
 月は大きく、うつくしく、かっこいい。指揮者の先輩の様だ。
 俺は異世界に別れを告げ目を開く。

 指揮者であったはずの先輩が一人で音楽を奏でている。彼女はこちらを向いて俯き、銀色の横笛をリズムに合わせて上下させ俺の心を震わした。やはり異世界にあったあの月は指揮者の先輩が創りだしていた。不思議な感覚を覚えさせ音は音でなくその奏でる人物まで乗せて、人々のこころに響くのだ。俺は気が付くと銀色の横笛が好きになっていた。いや違うな好きというよりも俺も吹いてみたいという衝動に駆られた。

 そして俺は横笛を吹く女の先輩が好きになっていた。

 これが一目ぼれかぁーなんて自分の心臓に手を当てて鼓動のリズムを確認した。剣道の試合で相手と竹刀を交えてる時と同じ鼓動だもしくはそれ以上かもな。とやはり俺は先輩が好きになっていた。一目ぼれなんてしたことない俺が初めて一目ぼれをしたのだ。俺は演奏している先輩の顔をみた。目を瞑り音楽に自分の意識を乗せているようだ。彼女も音楽と一つになって皆の心を震わせてるのだろうか。


 そんなことを胸をドキドキさせながら思っていると、銀色の横笛を吹く彼女と目があった。


 俺は彼女の目を見ると金縛りにあったかのように体が動かない。そして心臓が更に高鳴った。

 彼女もこちらを見ている。なぜだろう、まわりにはたくさんの人がいるのに今だけは彼女と俺しかいないきがする。そんな景色を見せられた。目を開いては彼女の背後にさっき見た大きな青い月が見えている。幻想なんて初めて見た。いまの現状をよく理解できないうちに彼女は再び目を閉じた。

 俺は再び体を動かして彼女の呪縛から解放された。

 そして、音は止み。再び春風が耳に響いた。演奏は終わったようだ。聞いていた者たちは皆音楽に囚われて俺と同様異世界に行っていたようだ。数秒は春風が響き指揮者の先輩が姿勢を正すと一斉に拍手が起きた。俺も慌てて拍手をすると、女の先輩が演奏者達を立ち上がらせては一礼をさせた。






 俺が音楽と彼女と出会ったのはこれがきっかけだった。
きっかけなんていつも大体突然なのだ。だからおもしろくいいのではないだろうか。そしてきっかけには自分の人生を変えたり人を好きになったり人生の重要な要素が含まれているわけだ。

 俺は自分の頭を撫でまわした。
 音楽とは似つかわしくない坊主頭の中には銀色の横笛とそれを吹く彼女でいっぱいになっていた。

 俺は剣道部ではなく、吹奏楽部に入ることにした。
hiroki26
2012年10月14日(日) 15時54分13秒 公開
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No.1  運営者代行  評価:0点  ■2012-10-14 23:21  ID:l/PKERnlIUY
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