女子高生のパンツ
 片手に膨らんだスーパーの袋を持ち、ゆっくりとだるそうに歩いている良介は童貞である。袋の中の大量のカップ麺は彼には生きていく上で必需品だ。ろくに家事もできず、高校中退後に職を転々とし、アルバイトで食いぶちを繋ぐ、四十七歳童貞の顔には常に憂鬱な内面が表れている。彼は俯き気味で夏の夕陽が作り出す斜め前の自らの動く影をぼんやりと眺めては、自宅までの道のりがまだまだ遠い事を思い出した。蝉があわただしく鳴くこの田舎道で彼は一人ポツンと歩いている。こんな時程、良介は一層強く自らの孤独を実感する。

 良介は常に孤独を感じていた。小、中、高、その後の人生、一貫して内向的な性格を発揮し、男友達が一人もおらず、ましてや女友達もおらず、母以外の女と話した記憶すらなかった。唯一、話した事がある母すらも最近死んだ。父は良介が生まれて間もなく死んだ。
 幼少期から良介は重い皮膚病を患っていた。体全体の皮がずるずると剥けた。顔の皮も当然、剥けた。
 幼少期のある日の母との食事中、良介の顔を見た母が、一度えずいた後、トイレにかけ込んだ。母はその後、我が子に謝り通したが、幼い良介は傷つき、徐々に内向的な性格へと誘われて行った。おそらく、良介の不幸な人生は、この出来事が原因であろう。高校で凄まじい苛めに合ったのもこの内向的性格が災いしたのだろうと思う度に、死んだ母を恨んだ。

 寂しく歩いていると、背後で男女の声がした。蝉の声で消え入りそうな程小さな声だった。男女だろうと確信する間もなく、徐々に背後の声は大きくなっていき、二つの声が近づいてきている事を悟った。そしてそれが、男女の声であると確信できた。

 内向的な人程、大きな妄想をよくする。良介は妄想家であった。そして、現実を不幸に思えば思う程、妄想の中で果てしない幸せを実現するのである。
 背後に聞こえる男女の声はまさに妄想の中の、美男子化した自分と美少女だった。しかし、現実の自分は、この男女と離れた所で一人ポツンと夕陽に照らされている。現実と妄想を比べられ、妄想はあくまで妄想である。とわなわなと実感させられた。

 男女は自転車に乗っているのだろう。背後の声はどんどん大きくなって近づいて来ていた。背後の声が大きくなる程、距離が近くなる程、良介は妄想と現実の境界線をまざまざと見せつけられる様な恐怖で、心臓は大きく膨らみ、小さく萎む事を速く繰り返した。
 しかし良介には逃げ道があった。背後の男女の顔が不細工であればあるほど、良介の妄想の中の自分と彼女と、背後の男女は違う事が明らかにされる。そして、彼は自らの幸福な妄想と、現実の自分との境界線を実感せずに済むのである。なぜならば、不細工な男女は彼にとっては現実味を帯びているからだ。

 およそ心臓の鼓動の早さが絶頂に達した時、すぐ背後に男女の気配が来た時、良介は自分を守る為、意を決して振り返った。
 振り返った目の先に学生服を着た男が自転車に乗っている光景を見た。その男の腰に抱き付く白い腕が見え、その後、男の後ろにちらりと制服を着た女が見えた。未だ、良介にはこの女が不細工であることを確認できていない。
 良介はそれから二人を顔と目で追って、ちょうど良介が右真横を見た時、つまり、二人が良介の右真横を通った時にそれは起こった。
 自転車の荷台に座り、風に長い髪をふわりとなびかせている女子高生は、前にいる男に抱き付く形になっていた。
 風に髪がなびく同様、スカートがなびいていた。
 良介は、女子高生の夕陽に照らされ、薄くオレンジがかった白く柔らかそうな足を、下から上へと舐めるように見た。
 女子高生の足は美しかった。太股辺りでは柔らかさが増しているように見える。なびくスカートが太股の上部に揺れる影を落とす。そして、激しくなびいたスカートの暗闇からパンツが見えた。白いパンツだった。一瞬の出来事であるが、これは良介の記憶に深く深く刻みつけられた。

 パンツの美しさに、良介は少女の顔を見る事をすっかり忘れていた。
 気が付くと、男女は良介を追い越していた。パンツの感動の余韻に浸りながら、遠ざかる、女子高生と、風になびく長い黒髪を見た。

 『あのパンツはきっと、俺の幸福の妄想が俺に与えた幸福だ!そして、あの二人は、妄想が叶う事を俺に教えに来たんだ!』
 『今、俺の幸福の妄想が、妄想の域を越え、現実になろうとしている!パンツが見えた事が第一歩だ!これから着々と一歩ずつ、妄想が現実化していくだろう!!』
 彼はこう思わずにはいられなかった。

 蝉の声が一層大きくなり、彼の幸福への未来を祝福しているように聞こえた。
 未来に希望を持った彼の瞳に、夕陽の赤色が映った。自宅までの果てしない道のりも苦に感じられなかった。
w55
2012年05月25日(金) 17時30分59秒 公開
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No.3  ひじりあや  評価:30点  ■2012-05-29 01:53  ID:ma1wuI1TGe2
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こんにちわ。

これは難しく考えないで、最後の部分でくすりと笑えばいいのでしょうか? タイトルも笑いを意識していると思えるので、間違いではないと思いますが・・・。女子高生の下着がちらっと見えて希望がみえるのなら、結構ポジティブな人ですよね(^_^;)
No.2  ぢみへん  評価:30点  ■2012-05-27 23:09  ID:lwDsoEvkisA
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これがストーカーとかサイコパスか、何かになる前のきっかけとしてのエピソードだとしたら、科学的事実は別として、読者には結構効果的だと思います。
No.1  Phys  評価:30点  ■2012-05-26 08:23  ID:X63HRgJWA.s
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拝読しました。

最後の
>俺の幸福の妄想が、妄想の域を越え、現実になろうとしている!パンツが見えた事が第一歩だ
のところに思わず笑ってしまいました。今後、主人公さんが犯罪に走らない
ことを願うばかりです。

ただ、前半の主人公さんの過去が重すぎて、結末とのバランスには混乱して
しまいました。悲しい気分になればいいのか、楽しい気分になればいいのか、
分からない感じです。

小説を読むときには作者様の狙いどおりに泣き、笑い、喜びたいと考えている
読み手なので、これは切ない話で、これは面白い話、といったようになるべく
分かりやすい方向に誘導してもらいたいなあ、と思いました。もちろん単純に
私の趣味の問題ですので、聞き流していただいて構いません。

タイトルから読むかどうか逡巡してしまいましたが、非常に丁寧に書かれた
文章でした。おもしろかったです。読めて良かったです。

また、読ませてください。
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