レンシンショウ
 不運だったのは、落としたのが排水溝ということだった。
 中学の時、初めて買ってもらった携帯電話。当時のわたしにとって、それはたくさんの友達とわたしをつなぐ魔法の道具だった。今となっては、たまにお母さんからおつかいを頼む電話がかかってくるくらいで、誰かとつながることの方が珍しい。
 拾い上げた電話機は、傷つき、塗装が剥げていた。防水加工がされていると説明書には書いてあったけれど、役に立たなかったらしい。何も映らなくなった黒い画面を見つめて、わたしは呆然と立ち尽くした。
 壊れて困るほどメモリに番号が入っていないのは、不幸中の幸いだと思う。
 携帯電話がなくても、わたしの一日には何の不自由もなかった。朝、誰よりも早く登校して席に着く。同級生たちと机を並べ、黒板の文字を書き写す。その日の授業を終えて、ひとりきりで下校する。
 こんな風に、誰とも言葉を交わすことなく一日を終えることが一週間に五日ほどある。寂しさみたいなものには慣れているつもりだけど、改めて、「自分には初めから携帯電話なんて必要なかったんだ」と気付かされる。
 このまま持たなくてもいいかな、と考えた。いっそ無人島に逃げてしまえば、鳴らないノックの音に胸を痛めることもない。
 学校の帰り、バス停に向かう途中で携帯ショップに立ち寄った。店頭でパンフレットを一枚だけ引き抜き、バスの中で眺めた。
 自分の持っていた電話機はもう旧世代として隅の方に追いやられていた。新しい機種がどんどん登場して、きらびやかに紙面を飾っていた。
 ページをめくることに夢中になっていたら、バスが到着した。わたしの家は終点なので降り忘れる心配はないのだ。
「携帯電話が壊れたから、日曜日に買いに行こうと思うの」
 夕ご飯の食卓でわたしはお母さんに言った。その日はたまたまお父さんの帰りが遅く、二人だけの食事だったから、チャンスだった。お父さんが聞いたら絶対に反対するだろうと思った。遊びに使うくらいなら持たない方がいいと、お父さんは以前から言っていた。
「ごめんね咲希。お母さん、日曜日は出かけるのよ」
「わたしだけでも機種変更できるかな」
「たぶん大丈夫だと思うわ。お父さんの時も私が代理で契約できたし」
 お母さんからお金を受け取り、わたしはそれをお年玉で返すと約束した。
 日曜日、わたしはバスに揺られて学校近くの携帯ショップに向かった。パンフレットを穴が開くほど眺めていたから、欲しい機種は決まっていた。それが先週のわたしにとって唯一の楽しみだった。
「これの緑色をください」
 ひととおり事務的な手続きを終えると、店員さんはわたしに尋ねた。
「ご本人と確認できるものをお見せ頂けますか」
「……それって、身分証とかですか?」
 うっかりしていた。保険証は家に置いてきたし、学生証も普段は持ち合わせていない。 そうすると、あとは『あれ』くらいしか。
「名前と生年月日を確認できればいいので、『レンシンショウ』でも大丈夫ですよ。今、お持ちですか?」
 持っています……。答えながら、わたしは鞄からそれを取り出した。他人に見せるのは本当に久しぶりだった。
 電話機の入った箱を受け取って、わたしは逃げるようにそのお店を後にした。帰り際、見送りに出てきた店員さんの笑顔を、素直に見ることのできない自分がいた。
 あの店員さんは、わたしの恋身証を見てどう思っただろうか。

 このおかしな制度が始まったのは、わたしが生まれる少し前のことだったらしい。
 二〇一〇年代初頭、少子化の波に歯止めをかけようと、政府は思い切った補助金給付に打って出た。目論見どおり初婚年齢は急激に低化したが、社会は混乱を見せた。精神的に未熟な親が子供を虐待したり、子供が親を傷つけたり、悲しい事件が続いた。
 その反動なのか、わたしの親世代に当たる大人たちは、他人と家庭を作ることに対して懐疑的になっていた。一生を共にするパートナー選びは、あくまで事務的に、慎重に行うというのが社会の風潮だった。
 他人同士がきちんと相手のことを知るためには、過去の恋愛遍歴の自発的な開示を促すことが不可欠だと、何やら偉い人たちが主張した。それをきっかけに、国会に提出された恋愛身分証明書法案――通称レンシン法は可決され、施行が決まった。
 制度の具体的な運用は、内閣府に設置された同法の推進委員会が担当することになった。
 ……と、こういった知識のほとんどは中学の公民の時間に勉強したものだ。本当の所はどういった経緯があったのか、わたしにはよく分からない。
 とにかく。恋愛身分証明書、略して『レンシンショウ』は、結婚を前提にお付き合いをする大人同士が、お互いを深く理解するための手段として導入されたものだ。
 だから、高校生であるわたしたちがこんなものを持つのはおかしい。それでも、それが決まりだった。わたしが小学生くらいの頃、選挙権に関わる成人年齢の引き下げと一緒に、恋身証が発行される年齢は十五歳に変わった。
「彼らを大人の一員として認めるのなら、身分証を携帯させるのは当然」
 推進委員会の人たちは『試用期間』と言っているけれど、恋身証を持つことはもう義務みたいなものだ。記載内容が任意という性質上、恋身証は当時から複製しやすいとされていた。制度変更を言い訳に偽造防止の予算が欲しい、というのが本音らしい。
 そんなわけで、今や高校生でも恋身証を持つのは当たり前、十五歳の誕生日を迎えると地域の役場で恋身証が発行されることになっている。
 中学三年の修学旅行の時、同じ部屋になった女の子に、作ったばかりの恋身証を見せてもらったことがある。
「あたしなんて、別に普通だよ」
 ――林間学校で初めて彼と手をつなぐ。
 ――掃除の時間、音楽準備室に隠れてキスをする。
 プラスチック製の恋身証には、思わず赤面してしまうような、世界に一つしかない恋の記録が子供らしい言葉で綴られていた。彼女は照れたようにはにかんで、わたしに尋ねた。
「咲希ちゃんのは?」
 多くの人と付き合いたいとは思わない。
 ただ、自分が大好きな人に、自分のことを好きだと言ってもらいたい。身を委ねたら、同じ強さで寄りかかられたい。そんな相手が一人でも目の前に現れてくれたら、どんなに幸せな気持ちになれることだろう。
「咲希ちゃんの恋身証、何も書いてないんだね」
 それから、白紙のままの恋身証は、ずっと鞄の奥の方にしまっておいた。

 わたしにも好きな人がいたことはある。中学の三年間、わたしは陸上部のマネージャーをしていた。中距離走の選手だった、一つ上の先輩。
 マネージャーはわたし以外に三人いて、四人はクラスも一緒だった。休み時間は一人の席に集まってお喋りをした。とても仲が良く、校内ではいつも行動を共にしていた。
 わたしにとって先輩は入学してからずっと憧れの人だったけれど、先輩はマネージャー仲間の一人と付き合っていた。だから、わたしの先輩への想いは、誰にも打ち明けられることなく胸のうちに秘められた。
 ある日の部活終わり、わたしが部室のそばでドリンクを入れるボトルを洗っていた時のことだ。偶然立ち寄った先輩が、わたしに声をかけてきた。
「一人で大変そうだな。手伝おうか?」
 一瞬、マネージャー仲間の顔が浮かんだ。彼女は部活が終わると、いつも先輩と一緒に帰っていた。しかし、すぐそばに先輩の顔があることを意識した途端、それは散るようにかき消えてしまった。
「いえ、あの……」
 もともとわたしは用意なしに人と話すのが苦手だった。急に意見を求められても、気の利いた返事ができない。何気ない会話でも必要以上に気を遣い、家に帰ってからその日に話したことを反芻しては、ひどく後悔したりした。
 異性の前ならなおさらだった。好きな人の顔を見て話すことなんてできないし、相手のことを意識しすぎて、考えているのとまるで違うことを言ってしまう。
「半分やってやるよ」
 断りきれないまま、結局わたしは先輩に手伝わせてしまった。
 先輩と話すのは本当に楽しかった。時間も忘れて、わたしはしばらく先輩と話し込んだ。この人の彼女になれたらきっとこんな感じなんだろうな。そんな叶わない願いを抱いた。
 次の日、朝のホームルームが終わってから、いつものように一人の子の席に集まった。なんとなく、わたしは居心地の悪さを感じた。三人の視線はどこか白々しかった。
「咲希、真由子に何か言うことあるんじゃないの」
 普段と違う声の調子に、わたしは冷えた氷を首筋に当てられたような気がした。
 本当に何を言われているのか分からなかったので、わたしは正直に尋ねた。
「わたし何か、まゆの気に障ることをした……?」
 わたしの質問に、彼女たちは目を見合わせて、驚きの表情をして見せた。
「いいよ、分からないなら」
 真由子が言った。彼女たちはそれきり、わたしと目を合わせてくれなくなった。
 わたしにとってそれは突然の出来事だった。いきなり目の前にカーテンが下りてきて、彼女たちとわたしの間を隔ててしまったように、わたしたちは疎遠になった。
 無視から始まったそれは、やがて嘲笑や陰口に変わり、いつの間にかわたしはクラスでひとりぼっちになっていた。
 話しかけようとすると、彼女たちはわたしなど存在していないように、わたしの傍から離れていった。何人かのおとなしい子たちは相手にしてくれたけれど、わたしが近づくと見るからに嫌そうな顔をした。
 人に避けられるのが怖くて、今まで以上に考えながら話をするようになり、だんだんとわたしは口数が少なくなった。
 それでもなんとか辛かった時期を乗り越えて、高校は同じ中学の子が行かない私立校を受験した。けれど、他人とどうやって接していいか分からなくなってしまったわたしには、高校生になっても友達を作ることができなかった。

 休日には、家の近くを散歩したり、本を読んだりして過ごした。家の周りには落葉樹の森林が広がっており、木漏れ日の中を歩くのはとても気持ちが良かった。
 教室で手帳を広げては週末の予定を話し合うクラスメイトたちの姿が、脳裏をよぎった。彼女たちの手帳は一か月先までたくさんの予定で埋まっており、それは素晴らしい未来が詰まった宝箱のように思えた。
 ひとりきりで家にいると、嫌でもそのことを意識させられる。森の中を散歩していれば自然と気が紛れた。落ち葉の柔らかい感触を靴の底に感じながら、わたしはその森を奥へ奥へと進んだ。
 ふと野鳥の羽ばたく音がして、わたしは視線を横に向けた。谷の間を縫うように、細い川が流れていた。小さい頃はよくここで水遊びをしたものだった。
 森の中から河原に歩みを進めると、強い日差しが首筋に降ってきた。うっすらと背中に汗を感じる。手で顔の前にひさしを作り、わたしは前方の渓流を眺めた。小さな紋白蝶が花の周りを飛んでいた。
 いつもと何も変わらない、静かな十一月の昼下がりだった。
「すみません」
 そのとき、背中越しに低い男性の声が聞こえた。振り返ると、色の白い痩身の男の子が立っていた。暖かそうなリブ編みのセーターを着ている。
 わたしの中の人見知り回路はフル稼働して、途端に言葉を作る部分を混線させた。
「お尋ねしたいんですが、この辺りの方ですか?」
 逆光で顔がよく見えない。彼は、どうやらわたしに訊いているようだった。
「え、いや……」
 彼が首を傾げる。
 血液が顔いっぱいに集まるのを感じながら、わたしは早口に続けた。
「……いえ、わたし、昔からここの人間っていうわけじゃないんです。お母さんの実家が千葉で、わたしが生まれたばかりの頃はあっちに住んでいた時期があって――」
 そんなことを聞かれているのではないのだと、言った後で気が付いた。
 穏やかな午後のそよ風に、森の木々はさらさらと音を立てた。
「でも今はこの辺りに住んでいるんでしょう? 道を訊きたいんです。森を歩いていたら迷ってしまって」
 森は広く、入り組んでいるから、奥に入ると右も左もよく分からなくなる。
「ああ、分かります。そうですよね。最初は迷いますよね。わたし、この辺りをよく散歩するんです。とても空気がきれいで、歩いていると嫌なこともぜんぶ忘れられるんです」
 まくしたてるように言って、わたしは沈黙した。またやってしまった。緊張するとこうやって聞かれてもないことを口走ってしまう。恥ずかしくなり、わたしは目を伏せた。
 枯れた大小の枝が積もる足元を、リスのような動物が走り抜けた。わたしが驚いて顔を上げると、彼はわたしに向かって微笑んで見せた。
「お散歩には良さそうですね。ぼくが前まで住んでいたところに比べると、ここは静かで落ち着きます。好きになれそうです」
 最後の一言に、わたしは意味もなく反応した。自分のことを言われているのではないと分かっていても、いちど意識した胸の音はしばらく鳴りやまなかった。
「引っ越してきたんですか?」
 彼がこくりと頷く。おとといのことです、と彼は話した。
「良かったら、森の外に出るまで案内してもらえませんか」
 お名前は何ていうんですか。引っ越してきた家って、どの辺りですか。訊きたいことはたくさんあったけれど、わたしは「付いてきてください」とだけ言って、背中を向けた。
 それからは終始無言になった。落ち葉を踏む乾いた音だけが、沈黙を埋めていた。
 やがて開けたところに出ると、彼は深々とおじぎをした。角を曲がる彼の姿が見えなくなるまで、わたしはいつまでもその背中を見つめていた。

                  ***

 休日の間、彼のことが頭を離れなかった。熱に浮かされて眠っている時のように、同じ場面ばかりが何度も頭の中で再生され、わたしの胸はわけもなく高鳴った。
 そんな状態で、月曜日の朝を迎えた。
 教室でいつものようにひとり教科書を広げていると、なんとなくいつもより騒がしいと感じた。どこか浮足立った雰囲気とでも言うのだろうか。クラスのみんなの表情は、近いうちに楽しい行事を控えているような、理由の分からない期待に満ちていた。
 机の上で足を広げる男の子たちや、窓のそばでブランケットをかけている女の子たち。本当は輪の中に入りたいけれど、わたしはいつも彼女たちの会話に耳を傾けるだけだった。
「このクラスに来るらしいよ。男の子だって」
 クラスに来る。というのは、転校生だろうか?
「どんな子だろ。かっこいいかな」
「だといいよね。うちのクラス男子のレベル低いし」
 ――引っ越してきたんですか?
 そういえば、先週会った彼は、『おととい』に引っ越してきたばかりだと言っていた。まさかとは思うけれど、この高校に転校してきたりは……。
 ――好きになれそうです。
 また彼のことを思い出して、わたしは頬が緩みそうになるのを必死で我慢した。
 やがて、始業の鐘が鳴った。担任の先生が教壇に立つ。わたしたちは居住まいを正し、例の転校生を待ち構えた。「もう何人かは知っていると思う」と先生は話し始めた。
「今日は、転校生が来ることになっているんだが――」
 いったい、どんな子が来るんだろう。
 わたしは軽い緊張を覚えて、息を飲んだ。
「初日から遅刻している。から、紹介は帰りのホームルームに延期な」
 そういうわけでホームルーム終わり。先生がそう言うと、日直が号令をかけた。みんな立ち上がって礼をする。
 初日から遅刻の転校生さん。とりあえず、朝は弱いみたいだ。
 わたしたちはしばらく転校生の登場を待っていたけれど、結局その子が午前中に現れることはなかった。そのままお昼を食べて、午後になった。
 午後の最初の授業は化学で、移動教室だった。わたしは資料集を携えて、ひとり廊下を歩いていた。渡り廊下の角を曲がったとき、見覚えのある立ち姿とすれ違った。
 記憶の糸が、頭の中でぴん、と張る。忘れもしない。それは先日、森の奥で迷っていた彼だった。わたしは振り返ったけれど、彼は気付いていなかった。
 このままじゃいけないと思った。このまま帰りのホームルームを迎えて、ただのクラスメイトの一人にはなりたくなかった。せめて今だけは、彼にとっての特別でいたかった。
「迷子のお兄さん!」
 大きな声が響いて、廊下を歩いていた人がいっせいにわたしを振り返った。
 ――わたしは何を言ってるんだ。
 鏡を見なくても、自分の顔が赤くなるのが分かった。
「きみは――」
 ゆっくりと彼が歩み寄ってくる。照れたように頭の脇をかいていた彼は、「実は廊下を歩いていたら迷ってしまって」と笑った。
「良かったら、職員室まで案内してもらえませんか?」
 わたしはスカートの端を両手で握り締めながら、ほとんど泣きそうな声で言った。
「その前に、お名前を訊かせてください」
 それが、わたしと彼の二度目の出会いだった。

 その日の放課後になってようやく彼はみんなに紹介された。この前はずっと彼に背中を向けていたから、目を合わせることができなかった。広いクラスの中の一人という立場になって初めて、きちんと彼の姿を見ることができた。
 ――神崎友哉といいます。
 クラスの女の子が騒ぐほどカッコ良くはなかったけれど、優しげに細められた瞳と薄い唇は、彼の内面にある繊細さの表れのように思えた。
 少なくとも、わたしはいっぺんに彼の顔が好きになった。それは彼の顔が好きになったというよりは、彼の顔だから好きになった、と言った方が近いかもしれない。
 友哉くんはわりあい無口な子だった。自分の立ち位置を変えないというか、揺るがないものを持っていた。どんな人に対しても、きちんと相手の目を見て話をした。同じ無口のわたしとは違い、それは人に悪い印象を与えなかった。
「友哉くんは、どこから来たの?」
 休み時間に、何人かが近寄っていろいろと質問を寄せると、彼は親しげな表情を見せて応対するのだった。
「前は東京。親の仕事の都合で、今まで一年以上同じ場所にいたことがないんだ」
「引っ越しってどんな感じ?」
「寂しいよ。仲良くなった頃にまた引っ越しになったりして、小さい頃は辛かった」
「今は慣れたんだ」
「ぼくの意思で決められることじゃないし、仕方ないからね。それに、いろんなところに友達がいるって思えば、悪くないよ」
 愛想はいいけれど、友哉くんは自分から積極的に誰かと話そうとはしなかった。
 そのことに、わたしは軽い安堵を覚えた。彼に対して特別な気持ちを抱いている自分に気が付いて、わたしは驚いた。
 まだ何も始まっていないのに、何かがわたしの中で動き始めていた。
「飯島さん、帰り道同じだよね。バス停まで一緒に行かない?」
 放課後、彼がわたしに誘いをかけてくれた時、わたしは天にも昇る気持ちになった。
 実際、半分は昇りかけていたと思う。
「わたしでいいの?」
「いや、いいっていうか、君しかいないよ」
 学校にバスで通う生徒は少なかった。だから、帰り道はいつも二人きりだった。
 最後の一言に意味もなく反応したわたしは、ひとりでドキドキしていた。彼にはなんのことだかさっぱり分からないと思うけれど。
 ――今のはちょっと、効きました。
 高校生になってから、誰かと一緒に帰ることなんて一度もなかった。一人で帰ることの寂しさなんて、とうの昔に通り過ぎてきたはずだった。わたしはそのとき初めて、自分が優しく声をかけてくれる存在をずっと求めていたことに気付かされた。
 それから、わたしは放課後を待ちわびるように日々を過ごした。

「なんだか最近、いやに機嫌がいいんじゃない? 咲希」
「そうかな? 気のせいだよ」
 鼻唄を唄いながらお風呂から出てくるわたしを、お母さんは珍しいものでも見るような目で眺めた。
 確かに最近は気持ちが安定していると自分でも思う。コアラのマーチを床に落としても寛容でいられたし、見たかったドラマが野球中継で延期になっても、腹を立てたりはしなかった。(そんなことでいちいち怒ってたの? と言われると言い返せないけれど)
「彼氏でもできたかしら」
「なっ、何言ってるの。歯磨きするから邪魔しないで」
「歯磨きって、それで?」
 わたしが手に持っていたのは、お父さんのカミソリだった。
「ああっ、間違えた……」
「どれどれ、こういう時の恋身証だね。お母さんに見せてみなさい」
「やだ。恋身証はそういうことに使うものじゃないって、テレビでも言ってたじゃん」
 恋身証はあくまで任意の自己表明であり、プライバシーを侵すものであってはならない。恋身証が果たす社会的な役割については、これまでも何度か議論されてきたことだ。その辺りのルール作りはすべて、例の推進委員会の人たちが管理している。
「ますますあやしいね。まあいいわ。高校生にもなって恋の一つもしてないんじゃ、私も母親として心配になっちゃうから」
「ご心配なくー」
 べっ、と舌を出して自分の部屋の扉を閉めると、わたしはベッドにうつぶせになった。
 ――高校生にもなって恋の一つもしてない、か。
 焦りはある。けれど、今はこの気持ちを大切にしたい。わたしはそう思っていた。

 転校から一月が経っても、友哉くんは不思議のベールに包まれたままだった。わたしの知る限り、とくべつ仲がいい相手はいないようだ。たぶん、いちばん長く一緒にいるのはわたし……。なんて。
 周りの目がないところでは、彼と積極的に言葉を交わした。今読んでいる小説や、昨日見たテレビ番組について、とりとめもなく話をした。
 気が付くとわたしばかりが喋っていた。彼はいつも相槌を返しながら聞いてくれた。
「わたしの話、つまらなくない?」
 たまに不安になって、こんな風に尋ねることがあった。すると彼は決まって、
「ぼくは話を聞いてる方が好きだから」
 と答えてくれた。そうして、わたしはそんな彼の優しさに甘えるのだった。
 つまるところ、彼はとても器用な人間なのだと、わたしは結論付けた。そして、それはわたしが最も必要とする能力だった。わたしは彼のことをもっと知りたいと思った。
 謎めいた友哉くんに興味を持っていたのは、わたしだけではなかった。何人かが、彼に恋身証を見せて欲しいと冗談交じりに頼むことがあった。しかし、彼がそれを他人の前で取り出すことはなかった。
 そのことはいくつかの憶測を呼んだ。
「彼の恋身証、見たくない?」
「確かに気になる」
「けっこう東京では遊んでたりして。だから見せたがらないとか」
「涼しい顔して意外とやることはやってそうだもんね」
 その一つ一つがわたしをひどく不安にさせるものだった。彼に干渉できる立場になんてないのに、彼だけは自分と同じでいて欲しいと、わたしは勝手なことを思った。
 彼とは毎日一緒に帰っていたけれど、ただ隣にいるというだけで、わたしは彼のことを何も知らなかった。その日も、授業で分からないところを話し合ったり、先生のおかしな口癖について共感を示したりしながら、高校からバス停までの道のりを歩いていた。
「友哉くん、恋身証っていま持ってる?」
 高揚するような、それでいて後ろめたいような気持ちを抱きながら、わたしは訊ねた。夕陽に染まった道の上に、二人分のかげぼうしが並んでいた。
「持ってるけど、どうして?」
「見せて欲しいなって、思ったから」
 わたしにとってそれは大きな一歩だった。男の子に恋身証を見せて欲しいと言うことは、相手をそういった対象に見ているという、告白にも近い行為だったから。
 正直なところ、訊いているわたしでさえ半々だった。彼の過去を知りたいという興味と、そんなものは見たくないという怖れが。
「無理に見せてなんて言わない。でも――もし、もし友哉くんがわたしに見せてもいいと思ってくれるなら……」
 ――あなたのことを、もっと知りたい。
「たぶん、見てもおもしろいものじゃないよ」
 そう言って彼が取り出した恋身証を、わたしはおそるおそる手に取った。
 神崎友哉。IDは『TOKYO―3141―5926』。
 この国では、恋身証を発行する自治体が国民一人一人に番号を割り当てることになっていて、それが健康保険証などと共通のIDとして記録される。
 友哉くんの恋身証は、わたしと同じ、白紙のままだった。
「恥ずかしいんだけど、これまで彼女ができたことないんだ。だからあんまり人には見せないようにしてる。でも、飯島さんになら」
 少しだけ意味深にもとれる言い方だったけれど、そのことよりも、わたしの心は静かな感動に満たされていた。
 彼もまた、わたしと同じまっさらな恋身証を持っていたのだ。自分だけじゃなかった。そのことがわたしは素直に嬉しかった。
「わたしも同じだよ。ほら、なんにも書いてないの。あのね、今までこんなこと、誰にも言えなかったから。わたし嬉しくて……」
 頼まれてもいないのに、わたしは自分の恋身証を取り出して、彼に掲げて見せた。彼は少し驚いてのけぞっていたけれど、わたしは興奮のあまりそれどころではなかった。
 IDは『NAGANO―2718―2818』。その下の空欄は、大切な未来を空けて待っている。それはパートナーのIDを書き込むための場所だった。
『TOKYO―3141―5926』
 あの番号がここに書かれる日は、いつか来るのだろうか。
 気が付くと、二人の間にいつもとは違った種類の沈黙が流れていた。バス停に置かれたベンチに腰かけて、暮れていく街並みを眺める。目に映るすべてが夕陽の色に濡れていた。
「あ、バス来たよ」
 わたしはわざとらしく言って、逃げ込むようにバスに乗り込んだ。

 恋身証を見せあったことが一つの転機だった。それからのわたしたちの関係は、まるで行き先を見失った船のように、ぎこちないものになってしまった。
 ただ、わたしが意識しすぎているだけなのかもしれない。机を並べて同じ教室に座っている彼のことを、わたしは特別な思いを持って見つめるようになっていた。
 恋煩いと言ってしまうのは簡単だった。けれどもそれは、初めて罹ったおたふく風邪のように、免疫のないわたしには少々こたえた。
 近いうちに、二人の間に変化が訪れる。それは予感にも似たひとつの確信だった。
「……ねえ飯島さん。ひとつ、訊いてもいいかな」
 それは、帰りのバスに乗っていた時のことだった。どこか真剣な面持ちで、友哉くんはわたしに尋ねた。何か大事な話をしようとしていると、わたしにもなんとなく分かった。
「飯島さんは、どうしていつも一人でいるの?」
 友哉くんがわたしのことを話題にするのは、その時が初めてだった。
 それがこんな言葉だということが、わたしは悲しかった。
「なんで、そんなこと」
 思わず声が震える。追い立てるように、彼は続きを言った。
「だって、飯島さんが学校でぼく以外と話しているの、見たことがないから」
 非難されていると思った。友達がいないからって、ぼくに近寄るのはやめてくれないか。彼に、そう言われた気がした。
 友達のいない子と一緒にいれば、その人だって周りから変な目で見られることになる。今までわたしは自分のことに精一杯で、そんな彼の立場にさえ頭が回っていなかった。
「わたし、みんなと上手く話せないから……」
「今はこうやって話せてるじゃない」
 それは友哉くんだからだよ。そう言いかけて、口をつぐんだ。
 彼はずっと我慢してくれていたのだ。鬱陶しく近付いてくるわたしに嫌な顔一つせず、つまらない話にも相槌を打ってくれていた。
 それはきっと、同情以外の何物でもなかった。
 もう彼と一緒にいてはいけない。そのことを、わたしは思い知った。
「ありがとう。今まで気を使ってくれてたんでしょ。でも、もう大丈夫だから。わたしのことは気にしないで。これからは無理に一緒にいてくれなくていいから。優しくしてくれなくていいから」
 言葉を重ねるたび、胸が苦しくて張り裂けそうだった。裏腹なことばかりが、口元から溢れてくる。本当はいつも一緒にいて欲しかった。わたしには、寄り掛かることのできる人が必要だった。
 いつの間にか、わたしは声を上げて泣いていた。最後の方は鼻声になりながら、何度もごめんなさいと謝った。
 バスの中は冷房が効いていて、二人だけの車内にわたしの泣き声はよく響いた。驚いた運転手さんが、フロントミラー越しにこちらを見ていた。
 沈黙を破るように、彼は口を開いた。
「本気で、そんな風に思っているの?」
 初めて聞く声だった。怒っているのかどうかも、よく分からない。わたしを真っ直ぐに見つめる彼の顔は、プールの底から見た映像のように、ゆらゆらと揺れていた。
「飯島さんはきちんと相手の気持ちを考えられる人だよ。相手に嫌われたくないって思うから、自分の話す言葉に対して慎重になり過ぎちゃうんだ。きみはもっと、自分に自信を持っていいと思う。話せば、みんなきみのいいところを分かってくれる」
「どうして」
 言葉にならないわたしの声に、彼が首を傾げて耳を寄せてきた。涙に滲んだ景色の中で、隣にいる彼の輪郭だけがはっきりとしていた。
「どうして友哉くんにそんなことが分かるの……」
 曖昧な立場からそれを言うのは、ずるいと思った。優しくされればされるほど、確かなものが欲しいと思った。
「ぼくはきみのことが好きだから。だから、ぼくには分かる。……これでいいかな?」
 それで十分だった。十分過ぎて、もう溢れた感情の行き先が分からなかった。
 ハンドルを握る運転手さんが、もう一度フロントミラーをちらりと見た。そのことには気付いていたけれど、わたしはそのまま、彼の胸に身を預けた。

                  ***

 わたしに、恋人ができた。
 ずっとずっと、わたしが待ち望んでいたひと。それはふいに訪れた春のような自然さで、わたしの元にやってきた。
「友哉って、呼んでもいい……?」
「いいよ。じゃあぼくは、咲希って呼ぶね」
「それはまだちょっと、恥ずかしい」
「慣れるまでは今まで通りでいいんじゃないかな」
「うん」
 二人の間に劇的な変化はなかった。学校では相変わらず人の目がないところでしか話をしなかったし、帰りのバスで話す会話の内容も、さして変わらなかった。
 友達と恋人の境界というものは、わたしが思うほど、確かな線ではないようだった。
 ただ一つ、変わったことがある。休日にも彼と会うようになったことだ。
 手帳のページにピンク色の水性ペンで書いた『デート』の文字は、昨日を忘れ、明日を迎える勇気をわたしにくれた。手帳の表面をゆっくりと指でなぞりながら、わたしは次の日曜日を待ち遠しく思った。
「待った?」
「ううん。全然待ってない」
 多くの場合、わたしたちは駅前の噴水広場で待ち合わせをした。まさか一時間も前から待っていたとは言えず、わたしはついさっき来たというような素振りを見せた。
 短い丈のピーコートに、細い線の入ったスラックス。私服姿の友哉くんは、制服を着ている時とは違った雰囲気を纏っていた。
 思わず頬が上気するのを感じながら、わたしは目をそらした。
「じゃあ、行こっか」
 彼が歩き出すと、わたしは横について彼と歩調を合わせた。手と足が同じタイミングで前に出ていたので、「なんか兵隊さんみたいになってるよ」と彼に言われた。
 街ですれ違う人たちは、わたしたちを何の疑いもなく恋人同士だと思っている。それは新鮮な体験で、見慣れたはずの街並みが、わたしにはとても特別なものに感じられた。
 歩いているうちに、彼の目が気になってきた。このワンピースは最後まで悩んだけど、果たして野暮ったく思われていないだろうか。前の日は緊張であまり眠れなかったから、目の下のクマがお化粧できちんと隠せているかも心配だった。
「――あってる」
 信号待ちでそんなことを考えていたら、彼が何か言った。
「……え、なに?」
「その格子柄のワンピース。飯島さんに似合ってる」
 一瞬、時が止まった。もちろん、それはやっぱりわたしの中だけのことで、信号が青に変わるとみんながいっせいに歩き出した。
「ありがとう……。うれしい」
「どういたしまして」
 甘く溶けるような言葉も、胸を焦がすような駆け引きもいらない。ただ静かに、こんなささやかな幸せを、彼と一緒に一つずつ拾い集めていきたい。わたしはそう思った。

「サキちゃん、ちょっと変わったね。あたしほどじゃないけど」
「あ、ありがとう……」
 膝をついて、わたしは目の前に立つ彼女の目線に合わせた。久しぶりに会った従姉妹のつぐみちゃんは、髪を紺色のリボンで結び、ワンピースの腰紐に手を当てていた。
「相変わらずつぐみは生意気だねー」
 お母さんが近寄ってきて、つぐみちゃんの頭をぐりぐり撫でる。「やめてよ、これ今朝セットするのに一時間かかったんだから」とつぐみちゃんは頬を膨らませた。
 お母さんの妹に当たるおばさんは、洋室でお茶をすすりながらわたしたちのやり取りを眺めていた。
「大きくなりましたね、つぐみちゃん」
「何言ってんの。あたしからしたら咲希ちゃんも十分大きくなったわよ。ちょっと前まで小学生だと思ってたら、もう高校二年生なんだもんねえ」
「はい」
「今年の正月に会ったばかりなのに、なんだかぐっと女っぽくなったじゃない? これはステキな人でもできたかしら」
「ひみつです」
 姉妹で同じような顔をして同じことを訊いてくるんだなぁ、とわたしは感心した。姉の方はさっきから畳の上でつぐみちゃんと走り回って遊んでいる。
「サキちゃんこっちに来て。特別に、あたしの恋身証を見せてあげる」
 つぐみちゃんは遊び疲れたお母さんを適当にあしらうと(立場が逆である)、わたしを和室に呼びつけた。突然、恋身証なんて言われたものだから、わたしはぎょっとして訊き返してしまった。
「つぐみちゃん、恋身証を持ってるの?」
「あれ、もしかしてサキちゃん持ってないの? なんだ、ごめんね」
 つぐみちゃんはキャラクターのロゴが入ったポーチから何かを取り出しかけて、やめた。わたしが頼むと、彼女はいかにもしぶしぶといった様子で、わたしにそれを手渡した。
 十歳も年下の女の子に気を使われていることに苦笑いしつつ、わたしは彼女に渡されたものを手に取った。恋身証はアクリルのケースの中に入れられていて、首から下げられるようにストラップがついていた。
「おばさん、これ、本物ですか?」
「なわけないでしょ。つぐみはまだ七歳よ。それは、ただのおもちゃ。この前デパートの売り場で『買わないと帰らない』って泣き出して、それはもう大変だったんだから」
 よくよく見ると、プラスチックの表面にシールを貼ってあるだけだった。でも、それにしては良く出来ている。ちょっと見ただけでは印刷と見間違えるかもしれない。
 つぐみちゃんの差し出したおもちゃの恋身証には、まだ覚えたての平仮名が可愛らしい手書きの文字で並んでいた。
 ――すぐるくんはそのきになればおとせるとおもう。でも、わたしがすきなのはてつやくんだから、あんまりきょうみはない。
 どうやらつぐみちゃんは、なかなかのやり手のようだ。
「ねえねえ、サキちゃんのは? ひとのばっかりじろじろ見ないでよ」
「わたしのはしばらく更新してないから、何も書いてないの」
 つぐみちゃんは拗ねたように唇の端を歪めて、ふっと微笑して見せた。
「サキちゃんは、さびしい女なのね」
 くっ、と喉を鳴らすような音に振り向くと、顔のよく似た姉妹が二人で笑っていた。

 外出することが多くなり、わたしは今まで以上に洋服やお化粧に気を使うようになった。彼の誕生日を記念したデートということで、わたしは気合を入れて鏡と向き合っていた。
「どこか出かけるのか?」
 たいてい休日にはゴルフに行っているお父さんが、その日は珍しく家にいた。
 どこかに遊びに行く時は、誰とどこに行くのか、何時に帰ってくるのかを言わなければいけない。門限は夕方の六時。今まではそれが当たり前だったから逆らったりしなかったけれど、最近は少しだけ「面倒くさい」と思っている。
 わたしがとっさに言い訳を考えていると、お母さんが助け船を出してくれた。
「『お友達』と映画を見に行くのよね、咲希?」
 お母さんはわたしに片目でウインクして、和室に積まれた洗濯物を畳み始めた。昨晩に雨が降ったらしく、開いていた和室の窓から、濡れた金木犀が甘い匂いを運んでくる。
「帰りは何時になるか分からないけど、メールするね」
 お母さんに緑色の携帯電話を掲げて、わたしは手提げのバッグを手に取った。
 玄関の扉を閉める時、「咲希、携帯変えたのか?」と尋ねるお父さんと、「気のせいじゃないの?」ととぼけるお母さんのやり取りが聞こえて、少しおかしかった。
 待ち合わせ場所で合流すると、わたしたちはそのまま市街に向かうバスに乗り込んだ。 お母さんの言うとおり、その日は二人で映画を見ることになっていた。
 休日のバスは混み合っていて、座るスペースはなさそうだった。友哉くんは吊革に手を伸ばす。わたしは背が低いから、椅子の背もたれを掴もうとした。
「あっ」
 ぐらり、と足元が揺れてバスが動き出す。バランスを崩したわたしの手を、友哉くんの手のひらがしっかりと掴んだ。おかげで、わたしはかろうじて倒れずに済んだ。
 彼の手は温かく、ごつごつしていた。しばらく手を握ったまま、わたしたたちは黙って動き出す外の風景を見つめていた。
「もう大丈夫だよ」
 わたしが言うと、彼は照れ臭そうに手を放した。そこに残った彼の温もりを、わたしはちょっぴり名残惜しく思った。

 繁華街の駅でバスを降りる。天気は良好。のどかな秋晴れの空だ。
 とりあえずお昼頃まで時間をつぶすことにした。午前中は雑貨屋さんで小物を見て回り、本屋さんでは彼におすすめされた小説を何冊か買った。
 行きのバスのことがあったからか、わたしは気が気でなかった。例えば彼の左に立って道を歩いているとき、気付けばわたしは彼の左手を見ていた。目下の敵は彼の持っているトートバッグだった。
 お昼ご飯を食べてから、映画のチケットを買いに行った。二人で相談して、洋画を見ることに決めた。パンフレットによると、スパイ映画のような、はたまた恋愛映画のような話らしい。なんだかよく分からないけれど、とにかくドキドキするのは間違いないはず。
「もういっぱいだね」
 映画館は満席に近かった。席に座り、上映時間が近づくと、室内がふっと暗くなった。
 映画の予告篇や、配給会社の広告が流れる。大画面に映し出された映像と、スピーカーから流れる大音響が、わたしの視覚と聴覚を麻痺させた。
 その喧騒に紛れて、おもむろに彼が腕を伸ばしてきた。
 座席の手すりに置いたわたしの手に、彼の左手が触れてくる。相手を探し彷徨っていたそれは、遠慮がちにわたしの手を握りしめた。
 ゆっくりと、わたしたちは指を絡めた。
 もう本編は上映しているのだろうか。聞こえてくるのは体中を巡る鼓動の音ばかりで、あとは何も耳に入ってこなかった。
 ――あなたが好き。
 その気持ちを、どうしようもなく伝えたくなった。
「……なにか言った?」
 彼が小声で尋ねてくる。なかなか、耳のいいひとだ。
「何でもない」
 まだ届かなくてもいい。今のわたしには、この手の温もりだけで十分だから。
 その言葉は、もっと大切な時のために、胸の隅っこにとっておこう。
 映画館を出てからも、わたしたちは手を繋いだままだった。今度は、「もう大丈夫だよ」なんて言わなかった。繋がれた二人の手は、その瞬間、この世のどんな鉱石よりも強固な結晶だった。
「映画の最初の方、ぜんぜんストーリー分からなかった」
「おもしろかったよ。敵のスパイだった彼女が彼と恋に落ちて、組織を裏切ったところは知ってる?」
「ああ、だからずっと逃げてたんだ」
「えー。分かってないのに最後泣いてたの? 逆にすごいなぁ」
 映画のクライマックス、ヒロインの代わりに主人公が拳銃で撃たれてしまうシーンで、わたしはぼろぼろ泣き崩れてしまった。おかげで上映後はすぐにトイレに駆け込み、化粧直しをする羽目になった。
「だって、自分がいなかったら、彼は死ななくて済んだんだよ」
「そうかな。でもそれだと、物語が始まらないよ。結末を否定することは、始まりを否定することと同じになっちゃう」
 そうじゃないと、わたしは答えた。
「映画はあそこで終わりだけど、彼女にはそれから先の人生が待ってる。わたしだったらきっと一生後悔し続けると思うの。だから悲しくて」
 なるほど。そう言って彼が頷く。
「映画のその後まで見たわけだね、飯島さんは」
「最初は見れなかったけど」
「何か集中できない理由でもあった?」
 彼がくすくす笑うので、わたしは怒って手を放した。「もう繋がない」と断言すると、彼が慌てて謝ってくる。そんなやり取りが楽しくて、わたしの方からまた彼の手をとった。
「今度は反対の手」
「こういうとこ、甘え上手なんだもんなぁ」
 この場所は、誰にも渡したくないよ。
 呟きは雑踏の中に紛れて、すぐに消えてしまった。

 薄暗くなった空を、翼を広げた鳥が連れたって飛んでいた。わたしたちはバスを降りて道に立った。辺りはどこか寂しげで、わたしは繋いだ手に力を込めた。
 バス停の周りは人気もなく、ただ鬱蒼と茂る森が背後に広がっているだけだった。排気ガスを吐き出してバスが行ってしまうと、二人の間にささやかな静寂が訪れた。
 もう少しだけ、一緒にいたい。それは、彼も同じだと信じたかった。
「森を歩かない?」
 わたしの心を見透かしたように、彼が提案した。
 あの日、彼を案内したのとは逆向きの道を辿る。森の地面はまだ昨晩の雨で湿っていて、中に入るとすえた落ち葉の香りがした。
 背の高い木々が柱のように幹を連ね、頭上に梢のアーチを作っていた。稀薄な夕暮れの大気は、どこか甘い夢のような香りをたたえている。肌寒い十月の空気に、吐く息は白い煙に変わった。
「ここを歩いたのは、どのくらい前だっけ?」
「友哉が転校してきたのが十一月だから、一年ないくらいかな」
 色づき始めた楓やクスの木の合間から、沈みかけた秋の夕陽が暖かな光を投げていた。空には雲もなく、その奥にわずかな星が散っている。
 やがて川のほとりに辿り着いた。二人が初めて会った場所。わたしは膝を折り、落ちていた木の枝で川面に円を描いた。緩やかな流れには小さな渦が生じて、またすぐに消えてしまった。
「思い出すね」
 一年前の記憶が強い色彩を持ってわたしの胸に迫ってくる。わたしは立ち上がり、彼の正面に向き直った。
「はいこれ。わたしからの、誕生日プレゼント。開けてもいいよ」
 リボンのついた包装紙を開いて、彼は中を覗いた。
「すごく暖かそうだ。ありがとう。大切にする」
 褐色を帯びた太陽が水面に映りこんでいた。流れる川の音が柔らかなリズムを奏でる。大きく息を吸うと、辺りは穏やかな日差しに満ちていた。
 ふっと訪れた感情が、ひそかに胸の奥を突き上げる。
 わたしは鞄の中から恋身証を取り出して、彼に開いて見せた。
「まだ、白紙のままなの」
 遠くで秋風が震えている。
 木々はざわめき、川面を波立たせた。
「うん」
 彼はわたしの編んだセーターを下に置いた。わたしは一歩だけ後ずさりをする。それに合わせて、足元の砂利が音を立てた。
 頬に彼の手が添えられたことに気づいたとき、わたしはそっと目を閉じた。触れあった鼻先はひどく冷たかった。それとは正反対の符号で、唇から温かいものが注がれてきた。
 痛みにも似た感情に震えながら、わたしは涙ぐんでいた。
「どうして泣いてるの……?」
 こんな光景を、ずっと夢のように思い浮かべていた。
 ――前は東京。親の仕事の都合で、今まで一年以上同じ場所にいたことがないんだ。
 満たされていく心と同期するように、わたしの中で彼を失う恐怖が膨れ上がっていた。この幸福な夢がいつまでも続くのなら、他にはもう何もいらないと思った。
「お願い。どこにも行かないで」
 彼は一度だけ頷いて、優しくわたしを抱き締めてくれた。
 二度目の口づけは、それからしばらく、わたしの胸に甘い余韻を残した。

                  ***

 二人の交際は順調に続いた。水をやり、育っていく植物のように、相手を想う気持ちは長い時間をかけて確かな根を張った。
 けれどもそれは、いつでも仲が良かったというわけではない。喧嘩をして、一週間口もきかないことがあった。
 髪を切ったことに、彼が気付いてくれなかった。ただそれだけのことだった。わたしは不機嫌になり、わたしに興味がない証拠だと、つまらないことで彼をなじった。
 彼の前では強がっていたけれど、心の中では激しい後悔と自己嫌悪が渦を巻いた。
 結局はわたしの方から根負けした。泣き腫らした瞼をこすって素直に謝ると、受話器の向こうにいる彼も同じ思いだと知った。衝突と接近の繰り返しが、お互いの絆をいっそう強くするように感じた。
 彼と距離を置いている間、一人きりでいると、わたしは世界が終わってしまったような気持ちになった。もし彼と離れたら、自分はどうにかなってしまうだろうと考えた。
 以前は、今よりもずっと固い殻で自分の周りを覆っていたから、こんな風に浮き沈みを繰り返すことはなかった。寄りかかれる人を見つけたことで、わたしはいつの間にか弱くなっていた。
「一度くらい、二人だけでどこかに行こうよ」
 高校二年の冬。来年から受験生になって忙しくなる前に、二人で千葉の房総まで一泊の旅行をするという計画が持ち上がった。インターネットや旅行情報誌を参考にしながら、わたしたちは入念に準備を進めていった。
 一つの障害は、お父さんだった。門限を作るような人だから、男の子と二人きりで旅行するなんて絶対に許してくれないだろう。
「本当に大丈夫なの?」
「なんとかする。それに、お母さんが協力してくれると思うから」
 行き先がお母さんの実家である千葉ということもあって、お母さんはすぐに旅行に行くことを承諾してくれた。
「おばあちゃんに、実家に泊めてもらえるように言っておくわね」
「ありがとう。あと、このこと、お父さんには秘密にしておいて」
「当たり前じゃない。もし協力したなんて言ったら私まで怒られちゃうわ。でもね咲希。お父さんだって、かわいい一人娘が心配なのよ」
 なんだかお父さんを裏切っているような気がして、少し心が痛んだ。でも、友哉くんと二人きりでいられることを思うと、それもすぐに忘れてしまった。親不孝な娘である。

 当日は朝の五時から新幹線に乗ることになっていた。高校の勉強合宿に行くという嘘をお母さんが用意してくれていたので、お父さんは何も知らず車で送ってくれた。
「この時期から集中して勉強するっていうのは、いいことだな。こういう機会にきちんと基礎を固めておくと、後が楽になるんだ」
「うん。分かってる」
 嘘をついている後ろめたさから、なんとなく歯切れの悪い言い方になってしまう。
「受験勉強を始めるのは早いほどいい。後になって、お父さんも後悔したんだよ」
「……」
「どうした咲希?」
「しつこいな。そんなの分かってるって言ってるの」
 来年になれば、嫌でもわたしたちは将来を考えなければいけなくなる。今みたいに彼と頻繁に会うことはできなくなるだろう。受験という壁を前に、二人の関係が今と変わってしまうことが、わたしは怖かった。
 駅の改札を抜けて待ち合わせ場所の『みどりの窓口』に向かうと、友哉くんは一足先に待っていた。鞄の肩ひもをかけ直しながら駆け寄ると、彼は大きなあくびをした。
「楽しみで寝られなかったの?」
「いや、十時にはもう寝てた」
「へー。友哉はわたしと旅行に行くの、楽しみじゃないんだね」
「違うって。なんで寝つきがいいだけで咲希に怒られなきゃいけないんだ」
 少し前から、お互い名前で呼ぶようになっていた。今はもう慣れたけど、最初のうちは名前で呼ばれるたび、わけもなくわたしの心は震えた。
 電車の旅は距離こそ長かったが、二人で話していたらすぐに過ぎてしまった。世の中に時の流れる速さを決める変数があるとしたら、それは相手を想う気持ちに比例することを、わたしは発見した。
 太平洋に沿う房総の港町は、活気のある海鮮市場と牧歌的な田園風景からなる、自然の美しい場所だった。海岸に足を伸ばすと、金色の砂浜や湾曲した海岸線が、繊細な色彩を持って目の前に広がる。
「咲希は千葉で生まれたんだよね?」
 ――わたし、昔からここの人間っていうわけじゃないんです。お母さんの実家が千葉で、わたしが生まれたばかりの頃はあっちに住んでいた時期があって。
「覚えてたんだ。初めて会った時に言っただけだったのに」
「見ものだったからね。あの時の咲希の慌てようは」
 彼のお腹に拳を当てる。「もうちょっと手加減してよ……」と彼はうめいた。
 頬を滑るように海風が吹いている。盛りを終えた白い花が、道端に顔を俯けていた。
「友哉はどこで生まれたの?」
「生まれは関西の方なんだよ。いろいろ転々としてるから、関西弁は喋れないけど」
 防波堤に歩み寄り、その上に腰掛けた。二人で足をぶらぶらとさせる。冬の海では黒いゴムの水着みたいなものを着た男の人たちが、サーフィンを楽しんでいた。砂浜には誰もいなかった。
 そっと唇を重ねると、わたしたちはそのまま海を見つめた。ずいぶん自然になったと、自分でも思う。細い植物の切れ端がゆらゆらと海面に浮いていた。
 ――あなたが好き。
 波の音はわたしの想いを吸い込んで、そのまま返してはくれなかった。
「ぼくも好きだよ」
 驚いて彼の方を見る。どうやら、今度ははっきりと、わたしは言葉にしていたようだ。
 わたしは黙って彼の肩に頭を預けた。
 雲の裂け目から漏れてくる光は、二人にかけられた毛布のように柔らかかった。砂浜の奥に伸びる水平線は、遠くどこまでも続いている。
 二度と忘れることがないように、わたしはその景色をしっかりと目に焼き付けた。

 海の傍に水族館があり、わたしたちは水槽の中の魚たちやイルカのショーを見て午後を過ごした。お姉さんが笛で指示した通りにジャンプをするイルカたちを見て、
「水の中でも笛の音が聞こえるんだね」
 彼はよく分からないところに感心していた。
 楽しかった時間が終わると、あっという間に夕方になった。
 気が付くともうとっぷりと暮れていた。街を歩いたり水族館で魚を見ていただけなのに、一日はすぐに過ぎてしまった。そして、わたしたちはお母さんの実家に向かうことにした。
「ちょっと歩くみたいだけど、我慢してね」
 まるまると身をつけたキャベツ畑の傍を通り過ぎると、右手に小さな牧場が見えてくる。畔道の脇では、あちこちにビニールハウスが並んでいた。作業をしているおじさんに挨拶されたので、お辞儀を返した。
 お母さんからもらった地図を見ながら、わたしは縁石の上を歩いた。
「ねえ、危ないからやめなよ」
「へいきへいき」
 彼の注意に適当な相槌を打ちつつ、わたしはおぼつかない足取りでバランスを取った。門限を気にせず彼と一緒にいられるのは初めてのことだったから、気分が高揚していた。
 道に車の通りはほとんどなく、正直わたしは油断していた。
「やっ……」
 縁石の途切れたところで足を踏み外して、わたしは歩道から車道側に転んだ。
「咲希!」
 アスファルトに横たわって顔を上げた時、かろうじて見えたのは車のバンパーだった。
 咄嗟のことにわたしは足が震えて立ち上がれなかった。迫りくる死の衝撃を想像して、わたしは強く目を閉じた――。

 白い壁と、清潔な匂い。
 それから一時間後、わたしたちは病院にいた。
 待合室の前にあった椅子に座り、わたしは彼のことを待った。わたしは軽い裂傷を手に負っただけで、大事には至らなかった。彼が身を挺してわたしのことを守ってくれたのだ。
 車を運転していたのは、若い男の人だった。わたしたちとすれ違う前から、縁石の上をふらふらとするわたしに気が付いていたらしく、速度を落としていたのが幸いした。
 わたしたちを轢くすんでのところで、車は停止した。ただ、彼はわたしよりも前の方で車と接触したから、念のため検査を受けることにしたのだった。
「骨に異常はないって」
 診察室から彼が出てきたとき、わたしは人目も憚らず彼に抱きついた。わたしがあんな危ないことをしたせいだ。心の中は後悔の気持ちでいっぱいだった。
「起こってしまったことは仕方ないよ。言うだけで止めなかったぼくにも責任があるし、もう忘れよう。二人とも無事だったんだから」
 ――だって、自分がいなかったら、彼は死ななくて済んだんだよ。
 もし、運転手の人が速度を落としていなかったら。彼もわたしも無事では済まなかったかもしれない。一歩間違えれば彼を失っていたのだ。そのことがわたしは怖ろしかった。
 それからわたしたちは並んで、受付に向かった。最近改装した建物らしく、受付の中央ホールは豪奢な作りで、吹き抜けになっていた。
「三百二十六番でお待ちの方、お会計の準備ができました」
「友哉の番じゃない?」
「ああ、本当だ」
 革張りの椅子に腰かけながら、わたしは友哉が支払いを済ませるのを待った。
 彼がお財布から現金を取り出して、受付の人に差し出すのが見えた。
「医療費って、十割だとこんなに取られるんだね」
「後から申請すれば、返してもらえるんだよ」
「そうなんだ。知らなかった」
 そこでふと、ささいな疑問が頭に浮かんだ。彼に尋ねようと思っていたら、ポケットに入れた携帯電話が震えていることに気が付いた。
「電源切っておくの忘れてた……」
「出てきなよ。ぼくはここにいるから、咲希の番号が呼ばれたら教えてあげる」
「ありがとう。ちょっと行ってくるね」
 外に出ると潮の香りのする風が鼻先を通り抜けた。病院の前庭には柔らかそうな芝生が植えられていて、猫が何匹か寝転がっていた。空はもう夕暮れの色に染まっている。
「もしもし」
 受話器の向こうから聞こえてきたのは、お父さんの声だった。
「咲希か? ……今すぐ、帰ってきなさい」
 静かな怒気をはらんだ声の調子に、わたしは身をすくめた。急にどうして。そもそも、お父さんがわざわざ電話をしてくることからして、何か不穏なものを感じた。
「さっき警察の人から連絡があったんだ。事故に遭ったんだろう? 驚いて学校に電話をしてみたら、勉強合宿なんてないと言うじゃないか。親を騙して旅行に行くなんて……。とにかく、早く帰ってきなさい」
 しまった。未成年が事故に巻き込まれれば家族に連絡が行くのは当然のことだ。事故の直後で混乱していたけれど、そういえば警察の人からは名前と住所を訊かれた。
 結局、忘れられない思い出になるはずだった旅は終わり、わたしたちはその日のうちに帰ることになった。

 電車は、濃い夜の大気を切り裂いて進む。ぽっかりと浮かんだ月が、冷たい石のような光を地上に投げかけていた。
 わたしは窓の外を眺めながら、物思いにふけっていた。闇の中に浮かび上がる街の灯がときおり目に入るばかりで、他には何も見えなかった。
 帰りの電車の中では二人とも無言だった。その日の朝からの出来事を思い出しながら、わたしはもう戻らない時間を思った。
 わたしは思い切って、ずっと考えていたことを彼に尋ねた。
「一つだけ、気になってることがあるの」
「うん? このとおり、レントゲンなら異常なしだよ」
 彼は手を頭の脇に掲げて、力こぶを作って見せた。
「真剣に聞いて」
「……なに?」
 ――医療費って、十割だとこんなに取られるんだね。
「どうして友哉は病院の会計で、恋身証を出さなかったの?」
 この国では、恋身証を発行する自治体が国民一人一人に番号を割り当てることになっていて、それが健康保険証などと共通のIDとして記録される。
 恋身証のIDは健康保険証と共通のものになっている。つまり、これを提示することで保険証の代わりにもなるのだ。実際、わたしはあの後、そうやって支払いを済ませた。
「忘れてたんだ。うっかりしていて」
 いつも人の目を見て話す彼が、そのときは明らかに目を逸らした。
 友哉は、動揺している。一年以上ずっと近くで彼のことを見てきたのだ。そのくらい、わたしにはすぐに分かった。
「おかしいのは、それだけじゃないよ」
 電車が一度大きく揺れるのを感じて、わたしは座席のシートに座り直した。
 それは、ある意味で決定的な矛盾だった。
「恋身証を見せて」
「……どうして?」
「いいから」
 有無を言わせないようにわたしは言った。わたしの真剣さが伝わったのか、彼は素直に鞄から恋身証を取り出した。
『TOKYO―3141―5926』
 友哉のID。先頭のアルファベットは、それが東京で発行されたことを示している。
 今や高校生でも恋身証を持つのは当たり前、十五歳の誕生日を迎えると、地域の役場で恋身証が発行されることになっている。
 ――前は東京。親の仕事の都合で、今まで一年以上同じ場所にいたことがないんだ。
 ――友哉が転校してきたのが十一月だから、一年ないくらいかな。
 ――はいこれ。わたしからの、誕生日プレゼント。
「友哉は転校する前、東京にいた。でも、それは一年よりは短い期間だったはずだよね? わたしたちは十七歳の高校二年生だから、友哉に恋身証が発行された十五歳の誕生日は、この前の十月のデートから二年前、転校してきた十一月からは一年以上前よ。それなら、どうしてあなたのIDは『TOKYO』なの?」
 彼は口ごもる。
 はっきりと、否定して欲しかった。きっと何か事情があるはずだと信じていた。それはただの勘違いだと、笑って欲しかった。
「なんとか言ってよ」
「咲希、ぼくは……」
「わたし、少し前にも、これを見たことがあるの」
 彼から渡された恋身証の横に爪を立てると、貼られていたシールは簡単に剥がれた。
 そう。彼の恋身証は、偽物だったのだ……。

                  ***

 家に帰ってから、お父さんにはひどく叱られた。
「勉強合宿なんて嘘をついてまで、行きたかったのか」
「……」
 黙ったままのわたしに言っても無駄だと思ったのか、矛先はお母さんに向かった。
「お前もお前だ。親が一緒になって、どういうことだ」
「咲希が本当に楽しみにしていたから……。千葉の実家に泊まるなら安心だと思って」
「それがこの結果じゃないか。咲希はまだ高校生なんだぞ。今回はかすり傷だけで済んだからよかったものの、もし何かの事件に巻き込まれたらどうする。それに男と二人きりで旅行だなんて……」
 お父さんには自由に喋らせておいたけれど、それに付き合う気はなかった。
「大丈夫だよ」
「……咲希?」
 黙っていたわたしが突然口を開いたことに、お母さんは不安げな表情を見せた。
 ここに帰ってくるまでの間に、もう決めていたことだ。別に何も躊躇うことなんてない。
「もう、彼とは会わないから。だから大丈夫。あと一年、頑張って勉強する。それ以外にすることなんてないし」
 偽物の恋身証を使い、彼はわたしをずっと騙していたのだ。そのことを問い質しても、言い訳すら言ってくれなかった。
 一年以上も一緒にいたのに、彼は最後までわたしに本心を見せてくれなかった。自分のすべてを無防備にさらしていたわたしにとって、それは何よりも残酷なことだった。
「今日は疲れたからもう寝るね。おやすみ」
「咲希、話はまだ終わって――」
 自分の部屋に入り、鍵を閉める。わたしはベッドに顔を押し付けると、声を押し殺して一晩中泣いた。今までわたしの心を満たしていた温かいものは、冷たい涙となって身体の外に押し出されていった。
 言葉通り、彼と会うことはなくなった。
 三年生になり、クラス替えが決まると、彼とは違うクラスになった。それはわたしには喜ばしいことだった。ふいに校内で彼の姿を見かけるだけで、身を切るような痛みが走る。それが毎日続くなんて、耐えられなかったから。
 悲しみは少しずつ和らいでいくように思えた。それでも、ふとした瞬間に訳もなく涙を流すことがあった。夜中に目を覚ましたとき、自分を取り囲む夜の闇に気が付いて、叫び出したい気持ちになることもあった。
 それは柔らかい沼地に足を踏み入れたような、抜け出しようのない後退の日々であり、わたしが失った彼という存在の大きさでもあった。

 予定のない日曜の夕方だった。緑色の携帯電話が、久しぶりの着信を知らせた。画面に表示された文字を確認して、わたしの胸はちくりと痛んだ。
「もしもし」
「……あなたと話すことなんてない。もう、かけてこないで」
 電話を切る。
 これでいい。これで、少しずつ、わたしは前に進むことができる。
 外は春の嵐だった。軋んで音を立てる窓枠を、わたしはぼんやりと見つめる。
 しばらくして、携帯電話がふたたび振動を始めた。今度はメールだった。
「話したいことがあるんだ。あの森の奥で、待ってるから」
 心がぐらりと揺れた。けれど――行ってはいけない。行ったらもう二度と、彼のことを忘れられなくなる。目を瞑り、わたしは携帯電話を閉じた。
 もしこれで友哉とやり直したとしても、彼が嘘をついていたという事実は変わらない。疑いと裏切りの恐怖を抱えながら彼と一緒にいるのは、わたしにはもう無理だと思った。
 何もできないまま、窓の外に夜の帳が下りてきた。空には細く痩せた月が浮かび、風に揺れる水田の水面が、その姿を映していた。
 彼はもう待ちくたびれて帰ってしまっただろう。きっと、そうに決まっている。
 一階に降りて、わたしはお母さんに夕食の献立について尋ねた。今晩は春野菜のポトフらしい。野菜の煮えるいい匂いが、家中に漂っていた。
 森にいる彼も、お腹をすかせているかもしれない。そんな考えが頭をよぎった。
「……お母さん。わたし行くね」
「行くって、どこに? あ、ちょっと咲希!」
 もう自分を欺くのは無理だった。初めから分かっていた。このまま、彼のことを忘れて誰かを好きになるなんて、わたしにはできないのだと。
 森の中を春の風がうめくように吹き荒れている。それは、遠くから聞こえてくるすすり泣きのような、悲しい響きだった。わたしは彼に会いたい一心で、力の限り走った。
「あっ」
 木の根に躓き、わたしはそのまま前転をするかたちで転倒した。幸い、地面は柔らかい落ち葉に覆われていたから怪我はなかった。ほとんど呼吸もできないくらい、肺が何かを求めて暴れていた。
「友哉……」
 口にすると彼がそこに現れるような気がした。わたしは星に願いを込めるようにして、ぎゅっと目を瞑った。迷子になった子供みたいに、わたしは彼の名を呼び続けた。
 気が付くと、そこはあの河原だった。
 どこかから飛んできた葉が一枚、静かな川面に舞い降りた。渓流は狭い谷の間を流れ、緑の木陰や岩の間を縫うようにして延びている。その傍らに、友哉が立っていた。
 彼の姿を見ただけで、心の輪郭がじわりと溶け出すのを感じた。
「咲希――」
 彼がわたしを呼ぶ。その声は、わたしの心を何度でも震わせる。やがて目元から溢れてきた熱いものを、わたしはブラウスの袖で力いっぱい拭った。

 動悸が落ち着くのを待ってから、わたしは彼に尋ねた。
「どうして、今まで連絡をくれなかったの」
 河原にある大きな石の上に腰を下ろして、わたしたちは月の浮かぶ夜空を眺めていた。
「ごめん。ぼくの方でも、いろいろあって。今日は、あの日に咲希に言えなかったことを話そうと思って来たんだ」
 川面は夜の色を映し、風に揺れる木々がその上に影を落としていた。彼の声が作り出す空気の流れが、わたしに忘れかけていた安らぎを与えてくれる。
「……聞かせて」
「咲希は、恋身証推進委員会って知ってる?」
 ――彼らを大人の一員として認めるのなら、身分証を携帯させるのは当然。
「うん。恋身証のルールとかを決める人たちでしょ」
「高校生に恋身証を持たせることは、確かに大人としての自覚を持つきっかけにはなるのかもしれない。だけどその一方で、恋身証が果たす社会的な役割については、これまでも議論されてきたことなんだ。それで、試用期間の間、恋身証がどのように活用されているのかをフィードバックする仕組みが作られた」
 フィードバック。……って、何だろう。
「恋身証は役所で発行するから、打ち込んだ情報は全国から集められて一元管理されてる。咲希みたいに何も書かない子は滅多にいないんだよ。どうせ任意記載だし、嘘を書いても分からないからね。だからそういう子には制度の欠陥に繋がる問題があるんじゃないかと疑われて、調査員が派遣されるんだ。ちょうど、あの映画のスパイみたいに」
「それって、どういうこと……?」
 彼の言っている意味がうまく理解できなかった。わたしが訊き返すと、彼はいつになく真剣な顔をして、わたしに答えた。
「ぼくは恋身証の実態を調べるための調査員。最初から、きみを調査するために転校してきたんだよ」
 春風が木々の間を吹き抜けていく。
 彼は小石を拾い上げると、川面に向かって投げた。ぽちゃん、と小さな波紋が広がる。
「調査では、相手に自分の素性を知られちゃいけない。だから、本当は必要以上にぼくのことを知られるのは避けなければいけなかった」
 一緒に帰ったり、クラスで他の人と話したりするとき、彼は決して自分のことを語らず、いつでも受け身だった。それは彼の控えめな性格のためだと、思っていた。
「でも、不器用で一生懸命なきみのことを見てるうちに、ぼくはきみに惹かれていった。ぼくは調査員でありながら、一年の調査期間を過ぎてもきみの近くにいようとした」
 あまりに突飛な内容だったので、話がうまくつかめなかった。ただ……少なくとも一つだけは分かった。彼がついていた嘘は、わたしを傷つけるためのものではなかったのだ。
「どうして? どうして言ってくれなかったの」
 混乱したまま問い掛けると、彼は苦しげな表情を見せた。
「すぐにでも言おうと思ったよ。でも、近付けば近付くほど、きみにそのことを言い出せなくなった。嘘をついていたことを打ち明けて、きみに嫌われるのが怖かった」
 彼が白紙の恋身証を掲げる。
「これがぼくの本物の恋身証。もう、ぼくには一年の期限なんてない。調査員としてじゃなく、きみに会いに来たってこと、信じて欲しいんだ……」
 神崎友哉。IDは『OSAKA―1414―2135』。
 その下に、『NAGANO―2718―2818』の文字。
 これから、わたしたちはやり直せるだろうか。もう一度だけ、彼を信じることができるだろうか。もちろん、答えはもう、決まっていた。
「わたしは友哉のことが好きだから。だから、わたしは信じる。……これでいいかな?」
 頬に温かい何かが触れる。それはごつごつとしていて、いとおしい感触だった。伸びてきた腕にそっと身を委ねると、彼の近くに強く引き寄せられた。
 わたしたちは体を寄せ合い、いつまでも星の降る夜空を眺めていた。

 時は過ぎ、わたしたちには卒業の季節が訪れた。
「では、返却という形でよろしいですね」
 わたしと友哉は、二人で区役所を訪れていた。職員さんに言われて、わたしは隣にいる彼を肘でつついた。
「はい。ほら、友哉も早く」
「ちょっと待ってよ。うーん。ここにしまったはずなんだけど……あ、あった」
 机の上に二人の恋身証が並ぶ。印刷の擦れた表面には、ちょっと赤面してしまうような、二人が歩んできた日々の記録が綴られている。
「記念に取っておく方もいますよ」
 隣の友哉は少し思案してから、わたしに向き直った。
「別にいいよね? 思い出は記憶の中にあれば」
 時が流れるのは本当に早い。それを決める変数は、未だに彼への想いに比例している。
 高校を出てから、わたしたちは地元の国立大学に進学した。つかず離れずの関係を続けながら、今日無事に卒業を迎えたのだ。友哉は留年の危機もあったけど、研究室の教授とお酒の趣味が合うからなんとかなったらしい。(研究ってそういうものなの?)
「そうですか。では、確かに受理しました」
 受付のデスクを後にして、わたしたちは出口に向かった。自動ドアの前に立ったとき、後ろから誰かの声がしたので振り返ると、さっきの職員さんが何か言いたそうにしていた。
「月並みな言葉ですが、末永くお幸せに」
「……ありがとうございます」
 わたしたちは声をそろえて軽く会釈する。自分の父親くらいの年齢と思しき職員さんは、壊れものを扱うようにして、書類を棚に置いた。
 晴れやかな門出に、ふとわたしは大事なことを思い出した。
「……あ、そうだ。わたしまだちょっとここに用事があるから、先に外で待ってて」
「なに、用事って」
「いいから」
 ぶつぶつと文句を言いながら、彼は自動ドアを抜ける。
 わたしはもと来た通路を舞い戻って、さっきの職員さんがいる受付に向かった。
「どうかしました? もしかして、もう離婚届とか」
 いくらなんでも早すぎますよねえ、などと下世話なことを言って、職員さんは笑った。
「そろそろ三か月なんです。母子手帳って、もうもらえるんですか?」
 恋身証はこれで終わりだけど、わたしたち夫婦には、これから先の人生が待っている。
 今度ここに来るときは、『出生証明書』を持ってくることになりそうだ。
Phys
2011年09月22日(木) 22時41分58秒 公開
■この作品の著作権はPhysさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
 このサイトを見て回っていると、いろいろな感性を持った方が、みなさんの才能を存分に
発揮して自己を表現なさっています。それに刺激を受けて、私もいつか素敵な話を書ける
といいなぁ、なんて常々考えています。
 今回、これは小説にできるぞ、というアイディアが浮かんだので、投稿してみました。
脳内完結しているので、理解できない箇所が多いと思いますが、そういった点を指摘して
くださると嬉しいです。
 長くて退屈かもしれませんが、最後まで読んでくれた方に感謝いたします。ありがとう
ございました。

この作品の感想をお寄せください。
No.17  青空  評価:40点  ■2013-12-21 03:54  ID:wiRqsZaBBm2
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 虚像的恋愛ドラマ。全般的に見ていて甘い雰囲気が随所に溢れていて、このまま終わらせるわけにはいかないと、最後の結末に結びついていく。一人称で続く少女の告白文は繊細に描かれ、それが、物語のすべてに結びついている。
 深い。ここまで流れるように書けたなら……もっと、複雑な構成になればもっと面白いだろう。

 しかし、彼女の核が太い外郭でできて壊せない天才的な気質は見ていてあっぱれな状態です。
No.16  D坂ノボル  評価:40点  ■2011-10-29 13:46  ID:cPQ6sklUjQ.
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拝読しました。
恋身証ってアイデアが面白かった。
話の流れもスムーズで、特に事故が巧く使われていたと思います。
学生時代特有の閉鎖的な人間関係や心の機微なども描かれていて、これはなかなかじぶんにはできないな、と感心しました。
恋身証ってアイデアがよかったので、それを題材にオムニバス的にほかにも短編が生まれそうな余地を感じました。
それではそれでは。
No.15  Phys  評価:0点  ■2011-10-09 21:11  ID:U.qqwpv.0to
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境さんへ

この度は稚作をお読み頂きまして、ありがとうございます。温かいお言葉に、
感激しつつも、恐縮です。

描写を褒めて頂けたのは、自分が以前から描写力にコンプレックスを持って
いたこともあり、少しは成長しているのだと、嬉しくなりました。

>最後の場面に、なにかこう、足りないなあと思えてしまった
>父とのわだかまりが消化されていない
具体的で、非常に説得力のあるアドバイスをありがとうございます。今回は
設定の新規性を生かし切れない結果に終わってしまいましたが、いつの日か
必ずリトライして、納得していただけるような作品にしたいと思いました。
そのためにも、しっかりと作劇する鍛錬を怠らないようにします。

最後になりますが、作品の抱える問題点やこれからの課題を、分かりやすく
教示して頂きまして、本当にありがとうございました。

境さんはこのところ投稿されていらっしゃらないようですが、新作楽しみに
しています。失礼します。
No.14  境  評価:30点  ■2011-10-08 14:07  ID:Px0ukxwNsLk
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 読ませていただきました。
 上手いなあ、と思わずぐっと手を握るような描写がいくつかあって、とてもゆったりとした流れで読めました。

特に、>もちろん、それはやっぱりわたしの中だけのことで、信号が青に変わるとみんながいっせいに歩き出した。

 ここは、よかったなあ、と思います。
 何気ないんですけれど、主人公の立ち位置や心情を、とても暗喩的に表現していて、素晴らしいと思いました。描写的には、主人公に好意的なはずなんですけど、少し俯瞰してみると、まだ青信号が出てない主人公、という解釈にもとれるので、場面といい、最高の描写と思います。ごちそうさまです。

 物語としては、最後の付近、主人公が気付く場面では、父母を絡めてほしかったなあ、と思います。最後の場面に、なにかこう、足りないなあと思えてしまったのは、やはり父とのわだかまりが消化されていない点なので、さりげなくでも、一旦別れたあとに、父母との挿話があれば、家族という部分もつなげられように思います。エンディングを考えても、やはり、父母とのエピソードがもう少し、ほしかったなと。

 個人的な好みの感想ですいません。
 
No.13  貴音  評価:0点  ■2011-10-07 02:46  ID:dJ/dE12Tc8A
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Phys様
ここに感想ではないコメントを書くのは違う様にも思ったのですが
頂いたコメントのお礼をお伝えしたくて失礼します。
前に投稿したことを覚えていて下さってありがとうございます。
最近色々あってサイト自体見ていなかったので
ずいぶん久々のコメント投稿となりました。
少し余裕ができたので、また読んで頂けるような作品を作りたい
と思います。ありがとうございます。
No.12  Phys  評価:0点  ■2011-10-05 23:07  ID:U.qqwpv.0to
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貴音さんへ

冗長なお話をお読み頂きまして、本当に恐縮です。正直、ストーリーとしては
かなり自分の好きなように書いたこの作品が、こんなにたくさんの方から感想
をもらえるとは想像していませんでした。

間違っていたら申し訳ないのですが、以前、ファンタジー板で樹木の精さんが
出てくるお話を書いていた方ですよね? 詩を書くとおっしゃっていた記憶が
ありますが、最近はあまり投稿されていないように思っておりました。

架空の制度を設定に据えたことは、「私にはまだ早かった」というのが本音
です。SFやファンタジーを作るには、物語の構築力が貧困すぎますし、まだ
自分が至らぬ点ばかりでため息ばかりの日々です。

安定感……は、どうなのでしょう。私は描写や比喩がかなり下手だと自覚して
いるのですが、そのぶん、なるべくストレートで伝わりやすい言葉をえらんで
使っています。それが「特徴のない文章」だと言われないよう、技術を磨いて
いきたいと思っています。(思っているだけで実行できていませんが……)

温かいお言葉ありがとうございました。私は貴音さんの文体が好きなので、
また気が向いたら短編作品など読ませて下さいませ。楽しみにしています。
では、失礼します。
No.11  貴音  評価:40点  ■2011-10-05 13:39  ID:f8a3Jz3EZ8c
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読ませていただきました。
とても面白かったです。架空の制度を書くことは、
きっと設定が難しいのだろうなと想像するのですが、
引っかかる点もなく読み進められました。
それに、文章も流れるようで素敵です。
主人公以外の人物の恋愛の状況や制度の社会的背景の説明があれば
もっと主人公たちの気持ちが強調されたのかな、とも思いました。
それにしても、私は常に試行錯誤なのに、
こんなに安定してきれいに最後まで書けるなんてすごいですね。
また読みたいです。
No.10  Phys  評価:0点  ■2011-10-04 22:14  ID:U.qqwpv.0to
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おさんへ

恥ずかしい……。人に褒められるのが、こんなに恥ずかしいとは知りません
でした。能力の高い先輩や上司に評価してもらうと、仕事のやりがいを感じる
のと同じですね。ちょっと贔屓目に言ってくれているのはわかっていますが、
素直に嬉しいです。

>理想的なまでの緩急、情感の落差
構成が型にはまった感じになってしまうのは、私がミステリを好む人間だから
だと思います。人物・背景の紹介、事件が発生して、事件が深刻化したのち、
それが鮮やかに解決される。そういった形式美みたいなものが好きなのです。

読書体験のほとんどがミステリ作品なので、物語の筋を組もうとすると、必ず
トリック的な要素が入ってしまいます。本当に、気が付くとそういう話になって
いるんです。単調な物語しか書けない、ということの裏返しでもあります。

その意味で、私はzooeyさんのような七色の叙述や、おさんの文章から漂って
くる艶と色気、そして物語に風穴を開けるような作風をとても羨ましく感じて
います。あわよくば盗もうとすら考えています。笑

いずれにしても、本作は中身の設定に詰めの甘さが残ってしまったようなので
もう少し暴走しない程度に、地に足が付いた作品をこつこつ書いていきたいと
思いました。

冗長な物語をお目通し頂きまして、ありがとうございました。
No.9  お  評価:30点  ■2011-10-03 21:59  ID:E6J2.hBM/gE
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こんちゃ。
打ちひしがれています。
すごい。なんて、お手本的な、綺麗な展開なんだ。
僕は物語を組むの下手で下手で下手で下手で、もう、やになっちゃうくらい下手でダメダメなんですが、本作を拝読して、もう、なんだか自分のやってることが恥ずかしくなってきましたよ。
だって、

寂しげな出だし>ようやく訪れた春>幸せの最中の事件>哀しみのなかに>心の成長と信頼の回復>大団円

うーん、理想的なまでの緩急、情感の落差、読者の心を鷲掴み! 教科書に載せたいくらい!
陰 の後に 陽。穏やかさの後に破、そして急展開(破局?)。そこから主人公の苦悩があって、でも、やっぱり……そして最後急転直下の大団円。すばらかしい。

ひとつ。レンシンショウについては、最初から中盤ごろまで、この設定いるのかなぁと訝しんでいましたが、あぁ、なるほど、こう落とすわけですねと。ただまぁ、うーん、やっぱり、このネタは中高生向きなのかなぁ。現実的にはありえなくて、かといって突飛なわけでもない。合理主義が身につきかかった大人もどきには、その辺で入れ込みにくいネタではありました。国会とかなんとかそうりう現実っぽく聞こえる単語がなおさら少々白々しく感じるのも僕らの年代周辺かもしれません。一方、反対に、中高生からすると、そう言うのが、ちょっとリアリティのあるテイストになって良いのではないかと思いますが、その辺は世代が違うのでさだかではありません。
いずれにせよすごく良かった。勉強させてもらいました!
No.8  Phys  評価:0点  ■2011-10-02 21:43  ID:tNbVO9ZGUVA
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陣家さんへ(追記)

お応え頂きまして、ありがとうございます。「私の生まれる前の曲だ……」
とびっくりしてしまいました。ネット上だと、情報がハンドルネームや文章
のみになってしまうので、なかなか相手の顔が見えて来ないものですね。

もしかしたら、私のお父さんくらいの方なのかな……。なんて余計なことを
想像してしまいました。ちなみに私のお父さんは松田聖子さん世代、らしい
です。

それで、さっそく聴いてみました。ポップで可愛らしくて、松任谷さんらしい
歌ですね。私は中学生くらいの頃、カーステレオから流れてくる松任谷さんや
中島みゆきさんの歌を聴いて、『昔の女性歌手の方は歌詞に重みがあるなぁ』
と感動した覚えがあります。

正直『真夏の夜の夢』『春よ、来い』などの曲しか知らなかったのですが、
もっと聴いてみようかな。という気になりました。まずはベスト盤から……。

ラーメンも食べたくなりました。(夜食に食べたら大変なので我慢です。笑)
では、また機会があればご指導のほどよろしくお願いいたします。
No.7  陣家  評価:0点  ■2011-09-29 23:46  ID:1fwNzkM.QkM
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陣家です

松任谷由実 魔法のくすり 1978
です。
ttp://www.kasi-time.com/item-20192.html

いやあ、歳がばれるなあ、ってもう遅いですね。
まあ、いけいけ女視点の歌詞ですけどね。

あ、陣家ってラーメン屋であるみたいです。
No.6  Phys  評価:0点  ■2011-10-08 18:02  ID:Ee3yYWMigJ6
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らいとさんへ(お星さまがない!笑)

その、申し訳ありません。読者層を意識するというより、完全に今回は自分の
好きなように書き散らかした作品です。ということで、無意味な甘さはご容赦
くださいますよう……。

らいとさんのような、心理サスペンスを前面に出した作品を、そのうち書いて
みたいなぁと考えています。(いや、あの、考えているだけです……)

らいとさんの小説を読んで、もっとそういう面も勉強したいと思います。また
わくわくする作品をよろしくお願いします。
このたびは長い作品ながら、お読みいただきありがとうございました。


zooeyさんへ

やってしまった……。とお寄せいただいた感想を読んで思いました。今回は、
完全に失敗でした。男性であるらいとさんのみならず、女性のzooeyさんにも
苦手と言われてしまったのは、これからの課題だと思いました。
(もちろん単純な好みの問題だと仰っているのは理解しています)

たまに、こういう独りよがりな、長いだけの作品を書いてしまうことがあるの
ですが、めげずに精進していきたいと思います。zooeyさんのように、定型に
捉われない様々な作品を書ける書き手さんを目指して頑張ります。

ちなみに、私も書き始めたのは去年の七月(六月?)頃なので、一年と数か月
です。ちょっぴり私の方が先輩でしょうか? 先輩なのに、zooeyさんの方が
数段上手いのが悲しい……。

>いろいろ書いてしまってすみません。
いえ、とんでもございません。遠慮なく悪いところを指摘してくださった方が
嬉しいです! これからもよろしくお願いします。ありがとうございました。


夕凪さんへ

夕凪さんからこんな風に褒められるなんて、恐れ多いです……。でも、素直に
嬉しいです。これからの励みになります。

咲希の容貌や体躯、については、意図的に省いたところがあります。夕凪さん
の仰るとおり、彼氏が全くできないというからにはそれなりの理由が必要だと
思います。いちおう、引っ込み思案という性格上の問題がそこにあると考えて
いたのですが、むしろ、顔が良ければそういう子ってモテるんですよね……。

ただ、友哉が咲希を好きになったのは、きちんと内面を見てくれたからという
ことにしておいてください。世の中に悲しいことが多すぎるので、自分が描く
小説くらいは、綺麗ごとを貫きたいと思っていたりします。

温かい感想ありがとうございました。


陣家さんへ

陣家さん、って古風で素敵なお名前ですね。家族でハレの日に使うお食事処に
そんな名前のお店があった記憶があります。(勝手に店の名前にしてる……)

>男はいつも最初の恋人になりたがり 女はだれも最後の愛人でいたいの
とてもいい歌詞ですね。なんという歌ですか? 意味するところは、男の人は
相手を独占したいと思いがちで、女の人はあまり相手の過去に拘らないという
ことでしょうか。

恋身証というアイディアをベースに一気に書き切ったお話なので、陣屋さんの
指摘して下さったとおり、倒錯した世界のリアリティ(SF性)がいまいち
だなぁ、と作者自身が感じておりました。(なら投稿するなという話です…)

zooeyさんから指摘された『説明不足』の点もそこに根がありまして、新しい
制度が導入されたら、社会的にどんな問題・現象が生じるのかという想像力が
私に欠如していた故の甘さです。申し訳ありません。

長い作品をお読みいただけたことに感激しております。
ありがとうございました。


楠山さんへ

あわわ。なんだか感想を頂きまして、恐れ多いやら恥ずかしいやら、です。
私の中で楠山さんは『しっかり物語の世界観を作られる人』というイメージが
あります。そういう書き手の方に読まれると、設定の甘さをズバリと切られて
しまいそうだと思っていました。

でも、優しいお言葉で安心(?)しました。
>全体的にしっとりとした、雰囲気が素敵な作品
もったいないお言葉です。そのまま楠山さんにお返しします。

ありがとうございました。楠山さんの作品はファンタジー板にあるようなので、
現代板に生息地を限らず、たまにはそちらの方も見に行きたいと思います。
No.5  楠山歳幸  評価:30点  ■2011-09-27 22:41  ID:sTN9Yl0gdCk
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 読ませていただきました。

 恋身証とレンシンショウ、一見ありえなさそうな、でも本文を読むとありえそうな設定の中に主人公の気持ちの描写が生きていて良かったです。主人公が森の中であわてるシーンが可愛かったです。恋身証の見せ合いっこで彼女の近くにもし彼氏がいたら「止めてくれー!」と目から火が出るかもなあ、なんて想像までしてしまいました。
 僕は恋愛をまったく知らないおっさんなのでうまく言えませんが、読みやすく全体的にしっとりとした、雰囲気が素敵な作品でした。

 拙い感想、失礼しました。
No.4  陣家  評価:30点  ■2011-09-26 23:56  ID:1fwNzkM.QkM
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拝読しました。
初めまして、陣家と申します。

男はいつも最初の恋人になりたがり
女はだれも最後の愛人でいたいの

古い歌の文句を思い出しました。

恋愛身分証明書
これって女性にとってあまりにデメリットが大きいような気がしますが気のせいでしょうか。
自己申告制なら、なおさらなにも書かない女性がほとんどということになりそうな気がします。

いやあ、でも面白かったです。この倒錯した世界にけなげに生きる少女の姿が。
嵐の海に弄ばれる小舟のような危うさですね。
現実とは微妙にずれた価値観の世界だからこそ白馬に乗った王子様が生きてくるのかもしれませんね。
内気で引っ込み思案の主人公は読者が一体化するのには理想的な影絵だったと思います。
つい一緒にキラキラしてしまいました。

そして読み終わって作者様が女性だとするとまだまだ世の中捨てたモンじゃないなと思いました。
二十代女性のアンケートでつき合いたくない男のタイプの一位が童貞だったことなんて嘘のようです。
私をふくめ、世の妖精メタモ一歩手前の男性陣にはこの上ない福音になるんじゃないかと思いました。

ありがとうございました。
No.3  夕凪  評価:40点  ■2011-09-26 19:48  ID:qwuq6su/k/I
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 こんな長い話を、終い迄 面白く読ませる作品には 久し振りに出会った。只 自分は、現実派?なんで 友哉が調査員なのに、ボーイフレンドも居無い咲希を好きになると言うのは。。。文中に咲希の容貌や体躯の説明が欲しいと思った。色が白い丸顔で、鼻が低いお多福、とか美人では無いがほっそりしてか弱い感じとか・・・一人で近所の林を、遊び場にする自然の中の描写が雰囲気が出て居た。友哉も如何にも、調査員らしい 普通の男子が色目を使って女の子に近付く筈の感じが全然無く 妙に「何でこの子は相手が居無いんだ?」という調査する様子が良く出て居た。
No.2  zooey  評価:30点  ■2011-09-23 02:48  ID:1SHiiT1PETY
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読ませていただきました。

内面が直接的な言葉よりも、情景から描かれている部分が多くて、お上手だと思いました。
私自身、内面を言葉で語ってしまうことが多く、情景を取り入れることがとても苦手なので、見習わなければいけないなと感じ、勉強になりました。

ただ、正直に言うと、どちらかというと苦手なタイプのジャンルでした。
作品がどうのこうのというより、私の好みがこういうジャンルに不向きなんです。ごめんなさい。

ただ、もうちょっと甘さ控えめにしたほうが、このストーリーならいいのかなとも感じました。
恋愛だけでなく、レンシンショウ、それにまつわるちょっとしたサスペンス的な(ちょっと違うかな?)要素もあるので、
そちらの比重をもっと強めにすることで、たとえばこういった恋愛モノが苦手な読者も苦手を感じない作りになったのかなとも。

それと関係することですが、冒頭のレンシンショウの説明がちょっと不足気味かなとも思うのと、
レンシンショウがらみの社会問題等、もっと描けたら、興味深い設定がさらに面白くなったようにも感じました。
その方が後半の彼の素性のところにも味が出た気がします。

いろいろ書いてしまってすみません。
でも、また違った作品も読ませていただきたいなと思いました。
ありがとうございました。
No.1  らいと  評価:40点  ■2011-09-23 01:11  ID:sAatbHKtSqg
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拝読させて頂きました。
これは、僕のようなおっさんの読む作品ではなく、女性向きの話なのかなと思いました。
甘い、甘ーいお話でしたね。
拙い感想失礼しました。
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