マッキー












 えー、毎度馬鹿馬鹿しいおはなしを。
 子は親の鑑とはよく言ったものでして、自分の癖やしぐさが、気付けば子どもにも移っていたりするものでございます。先日、女房の残したエビのしっぽを私がむしゃむしゃ食べていると、その隣で小さい息子がエビの頭をボリボリ頬張っておりました。


 さて、松本という男が、友人の浜田と会った時のおはなしです。松本は最近子どもが生まれたばかりで、既に子どもを持つ浜田に色々教わりたかったのでございます。
「お前の息子さん、何歳になったんだい?」
「早いもんでね、もう八歳になるよ。そりゃ、俺も歳を取るわけだ。そうそう、この前息子と東京ディステニーランドに行ったんだい。そんで入場ゲートをくぐったら、誰が居たと思う? 何と、いきなりマッキーに会えてよお!」
 マッキーとは、ネズミのマスコットでございます。ちなみにマッキーは愛称で、本名は槙原年男、年齢は五十八歳と設定されております。
「え、マッキーに? そりゃ、お前さんもツイてるな」
「それだけじゃない。おまけに、マニーも居たんだい!」
 マニーもネズミのマスコットで、マッキーの不倫相手にあたります。ちなみにマニーも愛称で、本名は田しずえ、年齢は七十二歳と設定されております。
「そりゃ、さぞかし息子さん喜んだだろうよ」
「それがそうじゃねえんだって。息子の野郎、マッキーに会うや否や、マッキーの顔面をポカポカ殴り出してよお」
「何でい、男の子なら普通のことじゃないかい」
「殴るだけならいいんだけどよ、何やら喋りながらやってんだい。よく耳を澄ますと、『カネもらって人気者になれるなんて、お前いい仕事してんな』とか何とか言ってんだい」
「そりゃ本当かい!? 八歳にしては、えれーませてるなあ」
「こりゃ、このままじゃいけねえと俺も思ってさ」
「そりゃそうだ、親としてしつけは大事だ」
「おい、やめろ。マッキーの中の人だって、蒸し暑い着ぐるみの中で、必死に手振ったり頑張ってんだい、って諭したんだ」
「そりゃちょっと違うんでねえか……まあいいや、それでどうなったんだい」
「それでもポカポカ殴ってんだい。マッキーのヤツも、ふらふらよろけてさ。周りに居た小さい子どもたちも、人気者の無様な姿見て泣いてんだ」
「遊園地が地獄絵図になっちまったな、そりゃ悲惨だ」
「だから、もう一度言ってやったんだい。マッキーの中の人だって安い時給でやってんだ、殴られることまで請け負っちゃ、割に合わねえだろって。そしたら、『確かにそうだ』とか何とか言って、ようやくやめたんだ」
「聞いちゃあいたけど、子どもを持つってのも随分大変なんだなあ」
「その場を去ろうにも後味がわりいからよお、マッキーにお詫びしようと思ったんだ。そんで、息子に聞いたんだ。マッキーの好きなものやろうじゃねえか、頭にチの付く、って」
「ネズミだからどうせチーズだろ?」
「そうだい、ちょうど60Pチーズを持ち合わせてたからよ」
「60Pチーズって、あれかい。あの円盤状のケースの中に、チーズが60個に分かれてるやつかい」
「そうだい、それがどうかしたのかい」
「あれ、60個も入ってるから、内容量がチーズより銀紙の方が多いらしいぜ。夕方のニュースで安藤優子が言ってたんだ」
「本当かい? でも、安藤優子が言うんじゃ間違いねえなあ」
「ああ、石原良純ならいざ知らず。で、息子さんはチーズって答えたのかい?」
「いいや、息子はどうせチップだろとか言い出してよ。わかったから千円よこせとか言うんでい」
「へえ、チップとは日本も随分グローバルになったもんだなあ。思えばマッキーも、一昔前は槙原さんって呼ばれてたもんなあ」
「確かにマッキーの中の人にとっちゃ、チーズよりカネの方が喜ぶと思ってよ、息子に千円渡したんだ。そんでマッキーに手渡しするのかと思ったら、『マッキーがカネ握ってたらおかしい』とか言い出してよ。マッキーの頭をパカッって開けて、その隙間から投げ込んだんだい」
「……お前の息子さん、絶対サンタさん信じてねえだろ」
「これで丸く収まったと思ったら、マッキーが両手合わせて腰低くして、『ごちそうさまです』みてーな格好を俺にしてんだい。それ見たら何だかむかついてよお、マッキーのケツに思いっきりケリかましてやったんだ。そしたらマッキーの野郎ビクッとして、エビ反り状態になってやがった。ざまあみろってんだ」
「そんなことしたら、息子さんに悪影響じゃねえか」
「いや、千円もやったんだ、今度は割に合うだろ」

 浜田から子どもというものを色々教わった松本は、子どもを持つ大変さを痛感したのでございます。
「ところでお前の息子さんは、何だってそんなにませてるんだい」
「俺が特別教えた覚えもねえんだけどなあ……。まあ俺も女房も一流大学出てるし、普段の会話から色々学んだんでねえかい?」
「そうかい、ありがとな」

 松本が帰宅すると、赤ちゃんを抱えて女房が出迎えました。
「おう、今帰った。おっと違った……ただいまでちゅ」
「ただいまでちゅ? ……どうしたの、一体?」
「どうしたのじゃねえ、おかえりでちゅだろ! 子どもは子どもらしく育ってもらわねえと面倒で仕方ねえや」

 お後がよろしいようで。
桜井隆弘
2011年11月08日(火) 01時54分14秒 公開
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No.5  桜井隆弘  評価:0点  ■2011-11-18 22:50  ID:0fv1iDIaXSk
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>Physさん
名前は便宜上必要だったので、どうせなら有名人から拝借しようかなと……。
関西人なのに江戸っ子調でちぐはぐですね(苦笑)

笑いのツボは人それぞれだと思いますので、その中でPhysさんにも笑っていただける箇所があって良かったです。
僕は独り暮らしで6Pチーズみたいな手軽に食べられるものが身近にあるので、これが60Pだったら面白いな、銀紙の方が多くなりそうだな、と派生していきまして……。
大体の空想は阿呆過ぎて没になります。
本当は600Pチーズにしようかと思ったのですが、元ネタがわからなくなりそうだったので……60でも大人しくした方です(笑)

新人研修、頑張ってください!
新人研修の内容をほぼ覚えてない僕でも、社会人やっていけてるので大丈夫ですよ。


>ノボルD坂さん
孤高の文才に褒めていただけるとは、光栄極まりないです。
そうですね、今度は割に合うだろで確かに一度オチた感はありましたね。
ただ笑い以上に、ストーリー的にも綺麗にまとめたいという思いが強かったので……。
いやー、ケリの方がツボのD坂氏は、いかにもサディスティックだなと思うのですよ。


>YEBISUさん
いえいえ、意味不明でしたら、率直に面白くなかったと言っていただいても構いませんよー。
シュール……確かにシュールですね。
大衆的な笑いを取るのは難しいですね、自分の尺度の中に大衆性が無いといけませんし。
何度もお付き合いいただいて幸いです、YEBISUさんの世界観を広げることに貢献できました(笑)


>ゆうすけさん
ゆうすけさんのSFギャグは品が良くて、NHKでも放送できそうなわけですよ。
そんなゆうすけさんに笑っていただけたとは意外でした。

ゴーカイジャーですか。
先日、幼い子を持つ上司に「君はゴーカイジャーも知らないのか」と怒られました(笑)
子どもが可愛いのも数年間なのかもしれませんね、ライオンも子どもの頃は可愛いですからね。
牙が生えるまで、可愛がってくださいね(笑)
No.4  ゆうすけ  評価:30点  ■2011-11-13 14:25  ID:YcX9U6OXQFE
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ははははは、ああ可笑しい。ギャグは笑えてなんぼですからね。
知人の娘、小学四年生だったかな、携帯ショップの着ぐるみが、頭を脱いで休憩しているのを見てから、どの着ぐるみを見ても「中に人が入っているんだよ」と言いふらすようになってディスニーランドに行けないそうです。
ゴーカイジャーショーの怪人に恐れおののく我が子が、なんと愛しい事か!

常日頃から話のネタを探しておりますね。行住坐臥常にネタを探す姿勢を持ち続けたいと思います。
No.3  YEBISU  評価:30点  ■2011-11-12 18:27  ID:AdjJZ9RooXE
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読ませていただきました。
‥私はあまりデレビとか見ないので、部分的には意味不明なところも多かったのですが、全体としては妙なシュール感というか、異様なリアリティがあって、う〜ん、何だこれは? とか思いつつもう一度じっくりと読み返すと、少しづつ面白くなってきて、もう一度読み返して、わたしもシュールな笑みを浮かべてしまいました。
末文にて失礼ながら、こんな風に何度も読み返せるといのは、やはり、文章がしっかりしているからだと思うし、実に参考になにました。
No.2  D坂ノボル  評価:40点  ■2011-11-11 20:33  ID:cPQ6sklUjQ.
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面白いですね! 落語は挑戦してみたいけどいままで成功していないジャンルなので、羨ましい。
いい出来だと思います。
「千円もやったんだ、こんどは割に合うだろ」が面白すぎて、そのぶんほんとうの落ちが弱く思えますが、とにかくふたりのやりとりが面白い。
落語のテイストはちゃんとあるのに、非常に現代的でオリジナリティに溢れてますね。
素晴らしいです。また読みにまいりますよ。
No.1  Phys  評価:30点  ■2011-11-10 22:51  ID:DQ3h2DJ2yiQ
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拝読しました。

マッキーの絵。芸術的です。桜井さんは絵心もあるのですね。(私はゼロです)
こんばんは。読ませて頂きましたので、感想を書かせてください。

ほのぼのしていて、桜井さんらしいお話だと思いました。日曜日の昼下がり、
仲良く遊園地に遊びに出かけた親子の姿が浮かんできます。名前が有名お笑い
芸人さんのお二人なのに、話している言葉は標準語なのがちぐはぐで、楽しく
読めました。

>マニーもネズミのマスコットで、マッキーの不倫相手にあたります
>「60Pチーズって、あれかい。あの円盤状のケースの中に、チーズが60個に分かれてるやつかい」
このあたり、つぼでした。冴えてる時の桜井さんの笑いは天才的だと思います。
小説で笑わせるというのはとても難しいことです。読んでいて思わず笑みが
漏れてくるようなお話を書けるのは、桜井さんの才能ですし、センスなのだと
思います。

普段何気なく過ごしていて、どんな思考をしたらこういう発想が出てくるのか
私にはただただ驚きです。というか、『60Pチーズ』ってことは一個当たり
角度が6度ですね。めっちゃ小っさい!笑 工場の加工も大変そうです……。

新人研修の勉強で死にそうな現在の私にとっては、いい息抜きになりました。
なんだか、桜井さんの小噺を読むと安心します。これからも長く続けていって
欲しいシリーズの一つです。

また、読ませてください。
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