縁起の雫





 悲しく寂しい流れのほとり。あの世の旅路のその途中。わらべが集う寂しい河原に今日も冷たい風が吹く。賽の河原に吹くその風が、わらべの顔を撫でていく。小石を積む手は血が滲み、涙も枯れ果て、喉もつぶれて、ひゅうと息つくことすらつらい。
一重積んでは父のため。二重積んでは母のため。友は河原の石ばかり。水面に投げ入れ、ちゃぽんといえば、薄く微笑み手を叩く。
三重積んではふるさとの兄弟我が身と回向して、昼はひとりで遊べども、日も入りあいのその頃は鬼が来たりて、石崩す。
「ててご恋しや、かかさま恋し」
か細いうめきが水面に浮かぶ。今宵も聞こえる鬼どもの、金棒振る音子守歌。悲しきわらべは河原のほとりで、今宵も父、母夢に見る。




「まいったな、ほんと歩きにくいや」
 真っ白い着物に身を包んだ少年が、河原をひょこひょこ歩いていく。
「わらじにあんこを塗るなんて、いったい誰が考えたんだろう」
 少年が履いているわらじの裏には、一見泥のように見える黒いあんこがべったりと塗られている。それが滑るのだ。なぜか、いくら歩いてもそのあんこは取れない。試しに横を流れる川の水に足をつけてじゃぶじゃぶと洗ってみたが、流すそばからまるで浮き上がるように、あんこがわらじの底に張り付いてしまう。裸足で歩こうとも思ったが、ごつごつした石もあり、痛くてとても歩けない。あきらめて我慢して履いているのだが、大人の拳ほどの石がごろごろとしている河原を、あんこ付きわらじで歩くのはなかなか至難のわざだった。
「ふうっ」
 少年は大きめの岩を見つけると腰をおろし、一息ついた。
頭の上を見上げてみたが、何もない。そこには空と呼べるものも無かった。鼠色をしているが、雲ではない。お日様が在るわけでもなく、雨が降りそうなという感じでもない。何もないのだ。
 ついで目線の高さで周りをぐるりと見渡した。見えるのは目の前を流れる、向こう岸が見えないほど大きな河。一見、海のようだが、よく見ると確かに左から右へ流れている。川岸には、大小様々な石がごろごろと転がっており、河縁の流れは緩やかだが、遙か遠く、河の真ん中あたりは波濤がぐわんぐわんとうねっている。どれだけ自信があったとしても、とても泳ぐ気にはなれないだろう。
「あーあ。つまんないな、何で死んじゃったんだろ」
 少年は、両手を何もない頭上に突き上げて伸びをしながら言った。 
 少年の名前は大野亮太。ごく普通のどこにでもいる、少し野球が好きな小学四年生だ。享年九歳。



あれはいつもと変わらない朝だった。元気よく家を出て、いつも通りの通学路をいつも通りひとりで学校へと歩いている途中。
 亮太の記憶はそこまでだ。気が付いたとき彼は、奇妙な停留所の待合室のような場所にいた。あの朝はお気に入りの青いTシャツを着ていたはずだったが、その待合室で亮太が着ていたのは真っ白い着物で、頭には三角の鉢巻きのようなものが巻かれていた。そして、足にはあんこが塗られたわらじ。
 亮太の隣には人のよさそうな老婆が、ちょこんと座っていた。やっぱり白い着物に三角鉢巻をつけている。
「ぼうや、いくつだい?」
消え入りそうな、それでいて優しい声で、老婆は亮太に話しかけてきた。
「九歳です」
 質問には、はきはきと答えなさい、そう学校では教えられていた。だから、大きな声で答えたのだが、そこにいた幾人かのうつむいていた人たちは、上目遣いで煩わしそうに亮太をじろっと見つめた。
「そうかい、まだ九つかい。不憫だねえ」
 老婆が、その開いているのか閉じているのか分からない目を亮太に向けながら言う。
「あのう、もしかして僕、死んじゃったんですか?」
 亮太は、その答えがなんとなくわかっていたものの、恐る恐る聞いてみた。
「そうだねえ。ここは生きている人が来られる場所じゃないだろうねえ」
 少年は、今更ながら背すじがぞっとするのを感じた。あらためて停留所の待合室のベンチに座る人たちを見渡してみる。
 みんな同じ格好をしている。白い着物に三角鉢巻き。そこには十人ほどがいたが、ほとんどが老人で、若い人は髪の長い女の人ひとりだけのようだ。子どもは亮太しかいかなった。亮太は寂しさを紛らわそうと、老婆にわらじの裏のあんこについて尋ねてみた。
「ああ、それはね。旅の途中、坊やがお腹をすかさないように塗ってあるんだよ。今はとんと見かけなくなったが、まだそんな風習が残っているところがあるんだねえ」
 老婆のわらじにあんこは無かった。
「これからどこに行くんですか」
 亮太は続けて訊いた。
「さぁてねえ。話にはいろいろ聞いているけど、私も来たのは初めてだからねえ」
 老婆は、コホンとひとつ咳をしてから続けた。
「私らはきっと閻魔様のところでお裁きを受けるんだろうねえ。それで極楽へ行くか、地獄に落とされるか決まるんだね。でもねえ、坊やはまだ小さいからねえ」
「子どもは天国には行けないの」
 亮太は、不安な表情で老婆を見つめた。
「坊や、お父さんとお母さんは元気かねえ?」
「うん。今日、僕が家を出るときには元気に見送ってくれたよ」
 老婆の表情が少し、曇った。
「そうかい。それじゃあ、坊やの行く先は天国じゃあないだろうねえ」
 どこなの、そう尋ねようとした亮太の言葉を遮るように待合室の扉が開いた。外を見ると馬車が停まっている。大きな真っ黒い馬が二頭つながれており、御者はいない。後ろに幌馬車のような客車が付いていた。
 誰に何を言われるでもなく、待合室からみんながゆっくりと出て行き、馬車に乗り込んで行く。亮太はみんなに続いて、一番最後に乗り込んだ。
 さっきまで話していた老婆とは座る位置が遠くなってしまったため、結局自分がどこへ連れて行かれるかは分からないままだった。
 亮太の隣には、あの髪の長い女の人が座っていた。鼻筋の通った綺麗な人だった。亮太は勇気を振り絞って聞いてみた。
「すいません。これからどこへ行くか知ってますか?」
 その若い女は、亮太を見ることもなく答えた。
「知らないわよ」
 小さくそして、冷たい声だった。亮太は聞かなければ良かったと後悔しつつ、馬車の後ろを振り返った。
そこは真っ暗だった。ガラガラと回る車輪の音だけが、確かに馬車が進んでいることを教えてくれてはいたが、後ろに伸びる道も見えず、客車の中のか細いランプの光では、外の様子を知ることはできなかった。単調に馬車に揺られていた亮太は、いつの間にか眠りに落ちていた。そして、次に気が付いたときにはもう、この河原に一人で取り残されていたのだ。

 亮太は立ち上がるとまた、河原をぐるっと見回した。馬車で来たのだから、どこかに道があっても良さそうだったが、亮太が目を覚ましたところからも、そして今歩いてきたところからも道など見えなかった。大きな河と高い崖に挟まれた河原がどこまでも続いているのだ。河原はちょうど野球のグランドほどの幅がある。
 亮太はそれまで、流れに沿って水際を歩いていたのだが、崖の方を確かめてみることにした。滑りながらよたよたと歩くことどれくらいだろうか、ようやく崖の下へとやってきた。上を見上げる。
「高いなあ。てっぺんが見えないし、とても上れそうにはないよなあ」
 何もない空にまるで吸い込まれるようにどこまでも続く崖。手足をかけられないこともないが、とても登りきれるとは思えなかった。
「あれ、穴が開いてる」
 そのまま崖沿いを歩いていると、岩肌がくぼんでいた。のぞき込むと、ちょうど亮太ひとりがたったまま入れるくらいの横穴が穿たれている。足下はごろごろした石ではなく、さらさらの砂で覆われていた。
「へえ、なんか居心地良さそうだな。ここで少し休もうかな」
 そう言って亮太は腰を下ろした。それまで冷たい石ころしかさわっていなかった亮太にとって、そのさらさらの砂はとても柔らかく感じた。しばし、手を砂に埋めたりして遊ぶ。
 その穴から外を見ると、まるで白黒のスケッチのような風景が見える。広い河原と粛々と流れる大河、そして灰色の空がない空。いつしか亮太の瞳に涙が浮かんでいた。
「僕は死んだんだ」
 亮太の小さな胸を、不安と寂しさが支配した。
「いってらっしゃい。気をつけていくのよ」
 背中で聞いた母親の声が、亮太の耳に張り付いている。
去年、妹が産まれてすぐのころには、あまりかまってもらえなくて拗ねた時期もあったが、ようやく亮太にも兄というものの自覚が芽生え、「頼りになるお兄ちゃん」という自分を楽しみ始めた頃だった。
「男の子は強くなきゃ駄目だ。亮太はもうお兄ちゃんなんだからな」
 キャッチボールをしながら父親が言った言葉を思い出した。
「泣くもんか。泣かないぞ」
 亮太は涙を拭うと、もう一度穴の外を見て考えた。
「あのおばあさんは、僕は天国には行けないって言ってた。でもここは地獄じゃあないみたいだな。だってそんなに怖い場所には見えないもんな」
 相変わらずの灰色の景色だったが、少し暗くなって来たようだ。
「ここにも夜があるのかな。そうだ、きっと日が暮れるんだ。だって、あの馬車から見た外は真っ暗だったもん」
 風も吹いてきたようだ。亮太が居る穴の中にまで冷たい風が吹き込んでくる。そして、辺りはみるみるうちに暗くなっていった。
「何も見えなくなっちゃう」
 あまりに早い夜の訪れに、亮太はそう心配したが、空がない空は、かろうじて自分の手が見えるくらいの明るさを残してくれていた。満月の夜のような、とまではいかないが、河原や川面はかろうじて眺められた。
相変わらず、風は強く吹いている。幸い足下の砂が巻き上げられることはなく、亮太は穴の奥でじっと寒さに耐えることにした。
「なんで死んじゃってるのに寒いんだよ」
 悪態をついてはみても、それを聞いてくれる人もいない。穴の入り口で吹き付ける風が巻く、ごうごうという音がやけに耳に入ってくる。亮太の胸がまた締め付けられるようにしぼみかけたその時だった。河原の方からなにやら物音が聞こえてきた。
何かが河原にいる。ようやく現れた変化に微かな期待を抱きながら、亮太は這うように穴の出口に進むと、河原に目をこらした。
河原に船が着いていた。大きい。それは安宅船と呼ばれる古い時代の船なのだが、亮太はそれを知る由もない。ただ、そのあまりの大きさにびっくりしていた。普通の二階建ての家ほどもある。舳先には、大きなかがり火が二本焚かれ、油が燃える黒い煙を上げている。
亮太が近づこうか、やめようかと逡巡しているうちに、船から誰かが降りてきた。片手に松明を持ち、舳先から下ろされた縄ばしごを、ゆっさゆっさと揺らしながら、それは降りてくる。松明に照らされて浮かんだその顔を見て、亮太は叫び声を上げそうになった。
伸ばしっぱなしと言っていいほど、まとまりなく肩口までとどく真っ黒い頭髪。そこから突き出るまるで雄牛のような二本の角。顔の大部分を覆うぼさぼさの前髪から金色にぎらぎらと光る目が覗いている。大きな鼻の下には耳まで届くかというこれまた大きな口。厚ぼったい唇からは下から上に向かって伸びる牙が白く突きだしている。ぼろぼろになった着流しをまとい、その裾を腰帯までたくし上げて、筋骨隆々たる四肢をめいっぱいに出し、手には松明と、持つ者の身長と同じくらいの長さの六角形の金棒が握られている。船から下りてきたのはつまり、鬼だった。
 船から降りた鬼は二人。そのまま亮太がいる穴にむかって急ぐでもなく真っ直ぐに歩いてくる。鬼が歩くたびに、その太い足首につけられた金色の金輪が揺れる、かしゃんかしゃんという音が河原に響く。
 亮太は何も考えられなかった。ただ、穴の奥で両足を抱えて縮こまると、じっと鬼がやってくるのを見るしかなかった。そしてついに、それはやってきた。赤ら顔の鬼が穴の前に座り込み、中をのぞき込んできた。
「おい、わっぱ」
 鬼の野太い低い声が穴の中に響いた。
「ぬしはなぜ石を積まんのだ」
 亮太は何のことかわからないまま、ただ穴の奥で震えている。
「こやつ、新入りではないか」
 後ろからのぞき込んだもう一人の鬼が言った。こっちの鬼は青白く、角が片方欠けている。
「なるほど。わっぱ、ぬしはいつここに来た」
 すぐに取って食らおうというわけではなさそうな雰囲気に、幾分落ち着きを取り戻した亮太は、消え入るような声で答えた。
「今日です」
 鬼達は顔を見合わせて頷いた。赤ら顔の鬼が、亮太に向き直って話し始めた。
「よし、わっぱ。よく聞けよ。ここは賽の河原じゃ。知っとるか」
 亮太は、これでもかと言うほど首を左右に振った。
「近頃ここに来る者は、みんな知らん。いちいち講釈するのも難儀じゃのう」
 片角の鬼がぼやいた。そのぼやきを咎めるように赤ら顔の鬼が言う。
「まあ、そう言うな、富士坊。詮方ない事よ。いいか、わっぱ。あの目の前を流れるのが三途の川じゃ。これは知っておろう」
 亮太は、今度は首を縦に何度も振る。
「よし、よし。その川岸、つまりここが賽の河原じゃ。ここはな、親よりも先に死んだ童らが来る場所じゃ。今のぬしのようにな。親より先に死ぬと言うことは、至極、親不孝じゃ。つまり、ぬしらは罪人よ」
 亮太は固まった。罪人とは一体どんな罰を受けるのだろう。その不安がまるで凝固剤のように亮太の体をこわばらせていた。
「ぬしがその罪を償うためには、身内の功徳を積まねばならん。親兄弟のためにその功徳を積んでやらねばならんのだ」
 亮太は、何のことかわからないまま頷いた。
「ここから救われるにはのう、この河原の石を積み上げるのじゃ。この河原の石、ひとつひとつがぬしの身内の功徳となる。夜が来る前に、ぬしの背丈と同じだけの石を積み上げて塔をつくれ。その塔が夜明けまで立っておれば、ぬしの魂は極楽へと迎えられる」
 抜け出す方法がある。そう思うと亮太の胸に希望の火がともり、同時に勇気も湧いてきた。亮太は、深呼吸して鬼の顔を見据えると、尋ねた。
「じゃあ、石を積まなかったらどうなるんですか」
 鬼達は、また顔を見合わせると今度は豪快に笑い声を上げた。片角の鬼が言う。
「よし、わっぱ。石を積むのに飽きたら一晩積まないでいるがいい。その時にわしが教えてやろう。どうなっても知らんがな」
 赤ら顔の鬼が、歌うように言葉を重ねた。
「わっぱよ、わっぱ、忘るるな。努々(ゆめゆめ)、我らを忘るるな。ぬしは石を、積まねばならん。積めば愛しき夢も見よう。積まねばいかようにかならん。げに恐ろしき鬼達の宴に招いてその身をば、喰らいて骨まで呑み下そう。わっぱよ、わっぱ、忘るるな」
 鬼達は、去っていった。やがて鬼が乗り込んだ安宅船は、ゆっくりと向きを変えると滑るように岸を離れ、あっという間に見えなくなってしまった。
 亮太は、大きく息をした。生臭い臭いが残っている。まるでぎしぎしと音を立てるのではないかと思うほど、恐怖でこわばった体を伸ばして、砂の上に横たわった。恐怖から解放されたその体は、急激に疲れを覚え、亮太の意識はそのまま眠りの淵からその谷底へと転落していく。死んでいる少年は、死んだように眠りについた。

 かわいそうな少年は、瞼の向こうに光を感じて、目を開けた。きっと暗くなるときと同じように、唐突に明るくなったのだろう。亮太は、どうして死んでいるのに眠くなるのだろうなどと、どうでもいいことを考えながら体を起こした。穴の向こうにはやっぱり灰色の景色がある。
「そうだ。石を積まなきゃ」
 昨夜の鬼の姿が悪夢のように亮太の脳裏に焼き付いている。しかし、あれは夢ではない。昨夜、鬼が座り込んだ穴の入り口には、亮太の頭を簡単にわしづかみにできるほど大きな手形が、砂の上にくっきりと残されていた。それを見た亮太は、鬼との会話を振り返り、自分がしなければならないことを思い出した。
 亮太は、砂に刻まれた鬼の手形をあんこ付きわらじで踏みつけながら河原に飛び出すと、手近な石を積み上げ始めた。
「石を積むだけで天国に行けるのかあ。よし、どうせならめいっぱい高く積んでやろう」
 亮太はせっせと石を集めては、積み上げていく。死んだと言われても、特段苦しいわけではない。風が吹けば寒いし、河原で石を掴み上げれば手も痛くなるが、こらえられないほどの試練ではない。なんだ、こんなものかと思いながら、亮太は石を積むことに熱中した。熱中している間は、余計なことを考えないで済む。両親のことも、幼い妹のことも、昨夜の鬼のことも、そして自分が死んでいるということも。目の前の石ころ一つ一つに集中しながら汗を流し、息を乱して、一心不乱に積み上げていく。
 いつしか石の塔は亮太の手が届かない高さにまで成長していた。
「よおし、もういいだろう」
 亮太はへとへとになって、その場にしゃがみ込んだ。座ったところから積み上げた石を見上げる。灰色の空に向かって、灰色の石の塔がずずっと伸びている。亮太は、大人がよくするように腕を組むと、満足そうに何度も頷いた。
 気が付くと、喉がからからに渇いている。
「あの水、飲めるかなあ」
 あの水とは、もちろん三途の川の水のことだ。
「よし、どうせ死んでるんだし、かまわないさ。飲んでみよう」
 亮太はひょこひょこと川岸まで歩いた。両膝を付いて流れをのぞき込む。流れの縁(ふち)は砂や泥ではなくてごろごろした石がずっと川底に繋がっているようだ。そこをまるでいつかテレビで見た、河の上流にある清流のような具合で、澄んだ水がさらさらと流れていく。
「これなら飲めそうだ」
 亮太は両手でお椀を作ると、ざばっと流れをすくい取った。そのままこぼれないうちに、と急いで口へと運んだ。冷たく、ほんのり甘い。カルキ臭い水道水に慣れている亮太には新鮮な味だった。
「お、意外においしいぞ」
 亮太はまた両手を河に突っ込み、水をくみとった。今度はさっきよりもゆっくりと味わって飲んでみる。その水は、やっぱりほんのり甘く、体中に染み渡るように喉を流れていく。
「なんだか水を飲んだら、お腹がへってきたな」
 死んでから何も食べていない。極めて滑稽な矛盾を感じる亮太ではあったが、実際腹が減っているのだ。何か食べられるものは無いかと辺りを見回した。見えるのは、河と崖と石ころばかりの川岸だけ。流れを泳ぐ魚の姿も見えない。
 溜息をついて足下を見た亮太の目にわらじが映った。
「あ、これかあ」
 三途の川の水を飲んだのだ。この際、何でも良かった。それに石の塔はできたし、明日には自分は天国へ行ける。天国にはきっと素晴らしいご馳走が待っているはずだから、わらじの裏のあんこを食べるのも今日だけの事だろう。そう考えた亮太は、意を決してわらじを脱いだ。
 もちろん、汚れたあんこをそのまま舐めるようなことはしない。まずは河の水でわらじの裏を洗った。それからわらじを水からあげると裏返しにして、しばし待つ。すると程なくじわじわと、わらの間からあんこが沁みだしてきた。
 亮太は、それを人差し指で少しすくうと一口舐めてみた。もちろん、甘い。おいしかった。もう一口。そして、もう一口。指ですくっては口へ運ぶ。そうする内に、いつしか亮太の頬が濡れていた。
亮太にとってそれは、母の味だった。亮太は自分が、母の作るおしるこや、おはぎが大好きだった事を思い出した。わらじを握りしめる。お母さんは、どんな気持ちでこのあんこを作ったのだろう。どんな顔をして、このわらじにあんこを塗ったのだろう。亮太は涙が止まらなかった。
「お母さん! お母さぁん! 会いたいよぉ!」
 叫んだ。声の限りに、広い広い川面に向かって叫んだ。叫び声は流れに吸い込まれて呑まれて行く。返事は帰ってこない。
亮太は、死んだのだ。今更ながらに、彼は死というものに恐怖した。あの停留所からこの河原までは色々とありすぎてじっくりと考える時間がなかった。頭では自分が死んだということを認識していても、それが一体どういう事なのかを実感するいとまがないままだったのだが、生きていた自分との接点に触れた瞬間、溢れるように想いがこみ上げてきたのだ。
 ふと振り返ると、涙で霞んだ視界にさっき積み上げた石の塔が見えた。あの石ひとつひとつが、自分の家族のクドクになるという。クドクというものが何かは亮太には分からなかったが、とりあえず自分が石を積むことが家族のためになるらしいことは理解できた。
 亮太は涙を拭いながら積み上げた石へと駆け寄ると、その隣にまた石を重ね始めた。無我夢中で、積んでいく。父を想い、母を想い、幼い妹を想った。寂しく、悲しく、切ない気持ちをどうにか抑えようと、石をかき集めては積み重ねていく。力を込める指先が赤く腫れ上がり、爪にはひびが入った。息が上がり、だんだんと腕が上がらなくなってきた。それでも亮太は歯をくいしばり、石を積み続けた。
 やがて、積み上げられた石の塔が十を数える頃、亮太はくたびれ果てて河原に大の字に転がった。肩で息をする。視線の先には、相変わらず灰色に広がる空間があった。気が付くとだいぶ風が強くなっている。最後に積み上げた塔のてっぺんに乗せた小さな石ころが、風に煽られてころんころんと落ちてきた。
「きっともうすぐ夜が来るんだ」
 昨日見た光景で学習した亮太は直感した。砂の敷かれた穴蔵へと潜り込む。程なく辺りが薄暗くなり始めた。風がどんどん強くなる。
「塔は倒れないかなあ」
 亮太は不安げに呟いた。昨夜、鬼達は言った。次の朝まで塔が立っていたら極楽へ行けると。この風の中、果たして明日まで石は崩れないだろうか。それができれば天国に行けるというくらいだから、実はすごく難しいことなのかも知れない。
「でも、あれだけ作ったし、きっと大丈夫だ」
 亮太はそう声を出して自分に言い聞かせると砂の上に横になり丸くなった。辺りはもうすっかり暗くなっている。冷たい風からできるだけ隠れるように身を縮め、川の流れと風の音に耳を澄ますうちに彼はいつしか眠っていた。

 亮太は夢を見ていた。彼は自分の家のベッドにいた。見慣れた自分の部屋。机の上にはランドセルが置かれている。それは何故だか、ずいぶんと傷だらけですり切れているようだった。
 ベッドから下りた亮太は、立ったまま部屋を見渡す。なんとなくなつかしい景色と匂い。そこには亮太の日常があった。
不意に目の前のドアが開き、母親が現れた。ずいぶんと顔が青く、やつれているように見える。
「お母さん!」
 亮太は叫んで近寄った。が、母親はうつろな目で部屋を見回している。
「お母さん!どうしたの、僕だよ!ねえ、お母さん!」
 亮太は母親の目の前で声を上げているが、彼女はまったく気が付かない様子だった。
「宏子」
 母親の向こうから父親の声がした。ドアの外から腕を伸ばし、母親の肩を引き寄せる。
「宏子、しっかりしろ。亮太はもう、いないんだ」
 その声に、母親の瞳から涙があふれ出した。
「あの子がね。亮太がここにいる気がするの。寂しそうに私を呼んでいる気がするのよ」
 むせぶように母親が言う。
「俺だって、亮太がいないのはつらい。でもな、現実を見つめるんだ。俺たちがしっかりしなかったら亮太だってきっと心配する」
 妻の両肩に手を置きながら、彼は諭すように話しかける。
「美咲だってまだまだ小さいんだ。亮太の分までしっかり愛してやらなくちゃ」
 亮太は二人をじっと見つめた。自分の死を受け入れようと苦悩している両親を見ているのは本当につらかった。その場から逃げ出すように部屋を出ると階段を駆け下りて居間へと入った。
 そこにあったのは線香のあげられた小さな祭壇と、野球帽を被って微笑む自分の写真だった。しばし、眺める。祭壇の前には、去年の誕生日に買ってもらった青いグローブが置かれている。
「そうだ、今度の土曜日は試合だったのに」
そのグローブを手に取ろうかと迷っていると後ろに何かの気配を感じた。
 振り向くと小さな女の子が、危なっかしい様子でふらふらと立ち上がりながら、亮太を見つめていた。
「美咲……」
 亮太は身をかがめると、両手を幼い妹に差し出した。美咲はよたよたと亮太に歩み寄る。
「美咲、僕が見えるのかい」
 まっすぐに彼の腕にむかって歩いてくる妹に、亮太は微笑んで話しかける。
「だあ、だあ」
 声を上げながら手に持ったクマのぬいぐるみを振って嬉しそうな笑みを浮かべる妹。その愛らしさに亮太は涙した。
「おいで。お兄ちゃんだよ。さあ、おいで」
 亮太は手を叩いて美咲を呼ぶ。もう少しでかわいい妹を抱きしめられる、そう思った瞬間だった。突然、がらがらと何かが崩れるような音と共に、亮太の視界が真っ暗になった。かわいい妹も、両親も自分の部屋もなくなってしまった。
暗い暗い場所で、亮太は一人になった。

 前日と同じように、亮太は目を覚ました。違うことと言えば、頬に残る涙の流れた跡くらいだろうか。亮太は、起きあがろうと背中に力を込めた。
「痛っ」
 背中が、痛い。手をつくと、二の腕にもずきんと痛みが走る。筋肉痛だ。昨日の石積みで無理をした体が、悲鳴をあげていた。しかし、その痛みが亮太を動かした。確かめなければ。亮太は這うようにして穴の外へと首を出した。そこに石の塔は無かった。
「あんなにたくさん作ったのに」
 亮太は、心底がっかりした。しゃがみ込み、半ば呆然としながら外を眺める。十基も作った塔は、ひとつも残っていない。全て風で吹き飛ばされてしまったのだろうか。亮太は痛む体にむち打ちながら、よろよろと穴から出るとその名残を確かめる。
 昨日、夢中で石を積み上げた場所は、土台にした大きめの石ころだけがわずかに痕跡を残すだけとなっていた。亮太は、おおきな石をひとつ、つかみ上げた。指先に力が入らず、二の腕には痛みが走る。ようやく持ち上げたが、支えきれずに取り落とした石は亮太の足の上に落ちた。
「痛い!」
 わらじの上に、頭ほどの大きさの石を落としたのだ。痛くないわけがない。猿のように背中を丸めてうずくまり、足を押さえる亮太はべそをかくように泣き出した。溢れる涙と共に、昨夜の夢が思い出される。あたたかい自分の家とやさしい両親。そして、かわいい妹。幸せが当たり前だった生活から遙か遠い世界に来てしまった自分を、心から恨めしく思う。苦しく、切なく、情けなくなって、亮太は声を上げて泣いた。泣きながら石を掴む。そして、泣きながら石を積んだ。体が痛い。心が痛い。亮太の泣く声が、崖に反響しては、河に吸い込まれて流されていく。誰にでもいい、聞こえて欲しい。そう思いながら亮太は泣く。泣いては石を積み上げる。
この日、亮太はまるで山のように石を積み上げた。その積み上げた石の下で、疲れ果てて眠るかわいそうな童の指は、爪がはがれて血が流れ、白い着物に点々と真っ赤な模様を作っていた。
 
この夜も、亮太は夢の中にいた。
亮太がいるのは学校だった。四年一組。自分の教室に亮太はいた。クラスメートがみんな座って算数の授業を受けている。みんな、どことなく上の空のようだ。
亮太の机には、白や黄色の菊の花が生けられた花瓶が置いてある。その自分の席から亮太は周りを見回した。ついこの間まで一緒に遊んでいたクラスメート。ゲームや野球の話で盛り上がったり、お気に入りの女の子にちょっかいを出してみたりした仲間達。みんなそれぞれの日常を当たり前のように過ごしている。亮太は席に着こうとして椅子を引いたが、その椅子はびくともしなかった。両手で体重を掛けてみても全く動かすことができない。仕方なく、少し開いていた机と椅子の隙間から無理矢理に体を入れて、ようやく椅子に座った。
「分数の足し算は、みんな分かっているかな」
 担任の山中先生の声が、静かな教室に響いている。教師二年目の若い女の先生。グレーのパンツスーツに白いスニーカーを履いている。ひとつに縛ってある長めの髪が、背中でゆらゆらと揺れていた。
「じゃあ、復習しましょう。この問題わかる人いるかな」
 誰も手を挙げない。生徒は皆、うつむいて下を見つめている。
「みんな、元気ないわね。誰かわかる人いないかしら」
 そう言いながら山中先生は教壇を下りると、教室の中央を机の列にそって左右を見ながら歩いていく。誰も顔を上げない。そのうち、どこからともなくすすり泣く声が聞こえてきた。
 亮太の隣の席の女の子が泣いているのだ。
「志保ちゃん、どうしたの」
先生が隣にしゃがみ込んで、その子の顔をのぞき込む。
 亮太は自分の席で、その様子を見ていた。その子は、よく亮太がからかっていた女の子だった。自分ではわからないほどかすかな恋心があったのかも知れない。つまり、気になる女の子だった。
 志保と呼ばれたその子は嗚咽の中、小さな声で答えた。
「亮太くんが、いなくて寂しいです」
両手を膝の上で握りしめて、漏れそうな声をこらえるように口を結んで涙を流すクラスメート。それが合図となり、教室のあちこちから嗚咽が聞こえてきた。先生は立ち上がり周りを見回した。教室が、生徒の泣き声で静かに悲しみに満たされていく。程なく先生の頬も涙で濡れた。
「みんな、聞いて」
 絞り出すような先生の涙声。
「お友達がいなくなって寂しい気持ちはよくわかります。先生だって悲しいの。でもね、みんながいつまでもめそめそしていたら、きっと亮太君は心配でいつまでも天国には行けないでしょう。亮太君は、このクラスのみんなを今もきっと見守ってくれているはずです」
 亮太は胸がきゅうっと締め付けられた。ここにいる。みんな、僕はここにいるんだ。そう叫びたかった。亮太には自分の声がみんなに届かない事はわかっていた。机を動かそうとしても、やっぱりびくともしない。亮太は、自分が無力であることを知った。
「さあ、みんな。亮太君の分まで一生懸命頑張りましょう。先生も頑張ります」
 亮太は体をくねらせると、机と椅子の間から抜け出した。自分の為に悲しみに沈む教室は、やっぱり居心地が悪い。それでも、自分の為に泣いてくれる人がいることを嬉しく思った。亮太は教室の後ろの出入り口に立つと、クラスメートの方に向き直り叫んだ。
「みんな、ありがとう!」
 そのまま直ぐに向きを変えると、昇降口を目指して廊下を走り出した。亮太は見なかった。彼が叫んだ時に、クラスの全員が何かを感じて後ろを振り返ったのを。
 走りながら亮太はまたあの何かが崩れていく音を聞いた。やはり、自分の周りが真っ暗になっている。そして、亮太はなにかに引きずり込まれるように、意識の奥底へと墜ちていった。

 孤独だった。ただ、ただ、孤独だった。亮太は口を開けたまま、呆然と目の前を見つめた。あれだけ積み上げた石の山は、きれいに無くなっていた。残されたのは、体中の痛みと悲しい夢の記憶だけ。嘆く言葉さえ見つからなかった。
 亮太は、痛む体を引きずるようによろよろと水際へと歩くと、河の水を一口すすった。初めて飲んだときほどの感動はない。きっと体がなじんでしまったのだろう。そのまま見るともなく流れを見つめた。
「亮太君が、いなくて寂しいです」
 夢の中の志保の言葉が、はっきりと耳に残っている。瞳を閉じれば、山中先生やクラスメート、そして父、母、妹の顔が浮かぶ。あの夢は現実なのだろうか。自分がいなくなったあの世界は、とても夢とは思えない質感をもっていた。あまりにも生々しくて、余計に心に刺さるのだ。毎晩あのような夢を見るのだろうか。亮太は、自分の心が夢の破片でずたずたにされるのではないかと思い、恐ろしくなった。その漠然とした恐怖を振り払うように頭を振ると、石の塔についてもう一度考えをめぐらした。
「そうだ、今夜は明るくなるまでずっと起きていよう。風で崩れるそばから積み上げれば、きっと大丈夫だ」
 我ながら名案だと思いつつ、亮太は石を積み始める。今度は特にたくさん作ることも、大きくも作る必要もないのだ。手頃な大きさの塔を一つ積み上げればいい。それを夜通し見張るのだ。体中が悲鳴を上げていたが、よい案が浮かんだお陰か気持ちは少し楽になった。今度こそ、明日には天国に行ける。そう信じて、ゆっくり一つずつ石を積み上げていく。ひとつ積んでは休み、ひとつ積んでは休み。ゆっくりと石の塔は高くなっていく。どれくらいたっただろうか。それはようやく亮太の背に並んだ。
 最後の石を積み上げると亮太は、河に向かって這うように歩いた。じんじんと脈打つ痛みを抑えようと流れに両手を突っ込んだ。その冷たい水は傷には沁みたが、それに慣れると幾分腫れが引いていくように心地よく感じられた。
 両手を浸しながら亮太は遠くを眺めた。目の前を滔々と流れる大河。これが三途の川だと鬼は言った。亮太の想像していた三途の川はもっと狭くて、おどろおどろしいものだった。実際見てみるとあまり怖い印象はない。無味であると言ってよいくらい、空虚な景色であるのだ。本当の恐怖とはそんなものなのかもしれない。少年はその心の内で次第にふくれあがる不安と恐怖から、できるだけ目を背けておきたかった。
「よし、だいぶ楽になったぞ」
 努めて明るく声を出した。実際、幾分体の疲れが癒されたような気がする。少し気分を良くした亮太は、手近にあった小石を拾うと、振りかぶった。
「ピッチャー大野。振りかぶって、第一球投げました!」
自分で実況しながら、河に向かって石を投げ込んだ。ちゃぽんと音を立てた川面は、小石が掻き立てた波紋を下流へと押し流していく。他に何もすることがない亮太は、日がな一日、石を投げ続けた。乾けば河の水を飲み、飢えればあんこを舐める。気が向いたら石を投げ、時折、積み上げた石の塔を振り返る。それを何度繰り返しただろう。いつしか、あの冷たい風が亮太の頬を撫で始めていた。
「よし、夜がくるぞ。ここからが勝負だ」
 気合いを入れて石の塔の下に陣取ると、両足を抱えて座り込んだ。あたりはいつも通り、すうっと暗くなる。びゅうと一陣の風が、亮太を撫でていった。
「もっと吹いてみろ。今日は崩させないぞ」
 亮太は、風に向かって吠えた。吹き付ける風は、それに応えるように次第に強くなっていく。亮太はいつ崩れ始めてもいいように、両手に石を持って待ちかまえている。風はどんどん強くなるが、まだ、石を吹き飛ばすほどではなかった。
「なんだ! こんなもんか!」
 煽るように怒鳴る。しかし、風はそれ以上強くはならないようだった。亮太は振り返って石の塔を確認したが、それはまだ積み上がったときと同じ高さでそこにあった。
「今日は風が弱いのかな。それとも僕がいるから強くならないのかな」
 亮太は首をかしげたが、まだ油断はできないと思い気を引き締めた。
「よし、この調子だったら明るくなるまでは大丈夫そうだ。がんばるぞ」
 両膝を抱えて丸くなり、吹き付ける風と寒さに必死に抵抗する。石を吹き飛ばす程の強さはないが、風に向かって目を開けていることは困難だった。
始めこそ、薄目を開けて周囲を確認していたのだが、次第に眠気が亮太の意識を浸食し始めた。首をこっくりと落としては、はっと目を覚まし、その数秒後にはまた、うつらうつらと意識と無意識の堺を彷徨い始める。
 どれくらい時間がたったのだろうか。何十回目かのこっくりのあと、うっすら目を開けた亮太の視界に赤い光が二つ、ぼうっと映った。それは河の上に浮かんでいる。亮太はその正体に思い当たり、体を硬直させた。
「鬼だ」
 それはこの間見た安宅船だった。ゆっくりと舳先を回し、川岸に着いた。縄ばしごが投げ落とされる。そして、下りてくる二人の鬼。
亮太は恐怖のあまり、その場で動けなくなっていた。目を背けることすらできずに、二人の鬼が近づいてくるのをじっと見つめていた。風の音に混じって聞こえるかしゃん、かしゃんという足首の輪が擦れる音が、どんどん大きくなる。片手に松明をかざし、片手に金棒を引きずるようにもって、ずし、ずしと近づいてくる。
二人の鬼のうち、最初に亮太に気が付いたのは先日「富士坊」と呼ばれた青白い鬼のほうだった。
「おや、赤城坊よ。今宵はわっぱが起きておるぞ」
「おう、ほんとじゃ。寝ておれば、いい夢を見られておったものを」
 赤ら顔の鬼、赤城坊が答えた。
 鬼達は亮太の前に仁王立ちになる。富士坊が亮太に尋ねた。
「わっぱ。なぜ起きておる」
 亮太は震えながら答えた。
「石が風で倒れないように見張っていたんです」
 鬼達は顔を見合わせた。一瞬間をおいてから大声で笑い出す。ひとしきり笑うと、赤城坊が亮太に金棒を突きつける。
「そこを退(の)け。わっぱ。うぬが石塔、なにゆえ倒れたか教えてやろう」
 亮太は、自分の腕ほどもある六角形の金棒に押しのけられた。赤城坊は、そのまま金棒を振りかぶると野球のスイングよろしく横一線に振り抜いた。竜巻のような風を巻き起こしながら振り抜かれた金棒は亮太が苦心して積み上げた石塔を、その一撃で跡形もなく粉砕した。
 唖然とする亮太に富士坊が言う。
「わっぱ。この河原を吹き抜ける風はのう、我ら鬼たちが、石塔を崩す時に振り抜いた金棒が巻き起こすものよ。この河原は、存外広いのじゃ。鬼も童もそりゃ沢山おるのよ。この河原の其処此処で、我らが金棒を振るものじゃから夜通し風が吹くことになる。わっぱの石塔を、夜な夜な崩したのは我らの仕業よ」
 亮太は心の深部から湧き出す怒りを使って、枯渇しかけていた勇気を精一杯振り絞ると鬼の顔を見返して言った。
「じゃあ、朝までなんて絶対立っているわけないじゃないか!」
「然り!」
 赤城坊が亮太を睨み付ける。
「わっぱ、ここは曲がりなりにも地獄じゃ。容易に救いがあると思うたか。おろかなり、わっぱ。いと、おろかなり」
 ずん、と金棒を突き立てるとさらに続ける。
「石を積めば、身内の夢を見せてくれよう。ただし、石塔が我らに崩されるまでじゃ。石を積まねば我らが取って喰らってやる。悲しきわらべよ、夜な夜な親兄弟の顔を見て泣くが良い。我らを恨むることなかれ。現世(うつしよ)で功徳が積めなかったぬしの報いじゃ。明くる日も、その明くる日も我らは石を押し崩す。石を積め、わっぱ。努々、我らを恨むことなかれ。我らを恨むことなかれ」
 再び二人の鬼は大声で笑うと、船へと帰っていく。亮太は、今度はじっとしていなかった。痛む体を無理矢理動かして鬼達の後を追う。そして、追いつけないとみるや、石を一つ拾い上げて投げつけた。石は、片角の鬼、富士坊の足下に落ちてころがる。富士坊の足が止まった。ゆっくり振り返り亮太を睨み付け、金棒を持つ右手を高らかに振り上げる。
「去(い)ね」
 ひとこと言うと、金棒を振り下ろした。一陣の風が巻き起こり、亮太は吹き飛ばされて昏倒した。遠のく亮太の意識の中に、鬼の笑い声がこだました。


 絶望。
亮太は目を覚ましたが、起きあがる気にもならない。河原で大の字になり、茫然自失のていで、遙か高く無限に広がる灰色を眺める。涙も出なかった。ただ、ただ、現状に絶望する。
 石を積まねば、鬼に喰らわれる。石を積めば夢幻の家族に会えるが、鬼に石を崩されてまた、この河原へと連れ戻される。なまじ、家族や友人の姿を見てしまうから、余計にこの河原が寂しく切ない場所となっていくのだ。
 亮太は、ここがまさしく地獄であることを理解した。決して抜け出すことができない無限の回廊。意識を支配する無力感はしだいに体の力を奪い取り、少年を河原の石ころに押しつける。苦しい。もがけばもがくほど、心がぎりぎりと締め付けられていく。
 つまらないことでも友達と笑いあい、喧嘩をしていた。親には時に怒られ、時に褒められていた。妹の寝顔を愛で、おむつを替え、ご飯を食べさせる。当たり前のことが、あんなにも幸せであったと気づくには、まだ早すぎる年齢である。亮太の瞳にまた、涙が溢れてきた。
 漠然と考える。自分が生まれた意味とはいったい何だったのだろうか。こんなにも早く死んでしまった自分の生には何か意味があったのだろうかと。情けなくもあり、そして自分がなぜ死ななければならなかったのかを知りたいと思った。
「よし、石を積もう」
 亮太は、痛む体にむち打ち、立ち上がった。手近の石を手に取ると足下に並べる。
 夢の中で、探そう。家族や友達を見守りながら、自分の生が一体どういうものだったかを知りたい。亮太はそう決心した。

 来る日も来る日も、亮太は石を積んだ。石を積み上げ夜を待ち、夢を見ては石を崩される。明るくなればまた、石を積み、夢を見ては涙する。
 亮太は様々なことを知った。自分が登校の途中に若者が運転する車にひき逃げされたこと。その若者は逃げる途中、信号無視で交差点に突っ込み、ダンプと衝突して即死したこと。毎日、沢山の友達や親戚、お父さんの会社の人たちが慰めに来てくれたこと。
 どうやら石を沢山積み上げた時は、夢を見ていられる時間も長くなるようだった。おそらく鬼が石を完全に崩すまでは夢を見ていられるのだろう。石塔が多ければ多いほど、夢の内容は濃いものになった。
 時間の流れだけはよくわからなかった。河原の昼の長さは、毎回違うような気がする。長く感じたり、あっという間に暗くなったり。夢の中で見る現世の時間も毎回違うようだ。夢の中では季節が急に変わったりしている。妹の美咲も急に大きくなったように感じられた。
 亮太は自分がここに来てからどれくらいの月日が経ったのか全くわからなくなっていた。一ヶ月だろうか、それとも半年だろうか。もしかしたらもう何年もここにいるのかも知れない。
 石を積んでは夢を見る。夢を崩されては石を積む。はじめの内こそ、その夢の内容に一喜一憂していた亮太だったが、そのうちにその夢を淡々と見るようになっていた。
 変化があった。次第に夢の中の家族や友人の会話に自分の姿が無くなっているのだ。自分がいなくなった世界は、自分を忘れかけている。
 母親は前と同じように家事をする。父親は前と同じように仕事へ行く。妹はもちろん自分のことなど覚えてもいないだろう。友人も同じだった。亮太のいない生活にみんなが次第に慣れていく。それが当たり前なのだろうと思いながら、亮太はいつしか嘆くことも無くなっていった。
 本当の孤独とはこういう事なのかも知れない。亮太が積み上げる石塔はだんだんと低くなっていった。
そしてある夜、亮太はついに石を積まなかった。

「わっぱ。ぬしはなぜ石を積まぬ」
 その夜、石を崩しにやってきたあの鬼達は、いつか聞いたような台詞を亮太に言った。
「もはや知らぬわけではあるまい。ぬしはすでに古参じゃ。石を積まねば我らが餌食となるのは知っておろう」
 富士坊が言葉を重ねた。
 亮太は膝を抱えて座りながら、二人の鬼と向かい合った。
「どうせ……」
 消え入りそうな声。赤城坊が声を荒げる。
「なんじゃ!かようにか細い声では地獄耳にも届かんぞ!」
 亮太は、びくんと体を震わせた。そして、赤城坊の赤ら顔をしっかと見据えて言った。
「どうせここにいたって、ひとりぼっちなんだ! 早く僕を連れて行け!」
 鬼はいつものように二人顔を見合わせた。頷き合うと、今度は富士坊がずいっと首を突き出し、言う。
「わっぱ、良く吠えた。ここがいやと申すなら、ぬしを本当の地獄へと連れて行ってやろう」
 亮太の襟首を富士坊の太い腕がむんずっと掴んだ。そのまま、まるで猫のように持ち上げると、河に向かって歩き出した。
「わっぱ。地獄にはのう、八熱とよばれる場所がある。その八つ、どれもが恐ろしい場所だが、何処へ行くかはわしにもわからん。三途の川の流れが決めてくれよう。あの川底が、地獄の入り口じゃ。あちらでまみゆることあらば、我らが存分にかわいがってくれようぞ」
 そう言うと、そのまま亮太を放り投げた。大きく放物線を描いて亮太が落ちた先は、あの波濤渦巻く河のど真ん中だった。
 声を上げるまもなく、流れに呑まれる。まるで洗濯機の中で回される靴下のように、ぐるぐると流れに弄ばれる。したたかに水を飲み、苦しむ。死んだ身なのにもう一度死ぬのかなどと考えながら、もがき苦しんだ。亮太は遠のく意識の中で、両足を何かに捕まれて、川底へと引っ張られていくのを感じた。このまま、地獄の奥深くへ引きずり込まれるのだろう。そう覚悟を決めた。視界が真っ暗になった。

 亮太は、夢を見た。家族の夢ではない。光が周りに溢れている。あの河原の灰色の景色を見慣れていた亮太の視界には、まぶしすぎるほどの輝きを持った景色だった。見上げると空はうっすらと雲に覆われ、その雲は極彩色に輝いている。どこからともなく鳥のさえずる声が聞こえ、足下には見たこともないような色とりどりの草花が茂っている。
 亮太は誰かに手を引かれていた。繋がれた手を目で追って見上げると、見たことのない人が亮太を見下ろしている。
 白い布を肩から体に巻き、頭は坊主という朴訥な格好だが、その背にはうっすらと虹色に輝く後光をまとっている。まだ青年といって良い容姿だった。すっと通った鼻すじ。穏やかな瞳は見るからに慈愛に満ち、口元に微かに浮かんだ笑みは亮太をやさしく包み込むような安心感を与えていた。そして、声が聞こえた。
「悲しきわらべよ、忘るるな。我はわらべと共に在る」
 心に直に響くような、やさしい声だった。

やがて、亮太は目を開けた。水の流れる音がする。そこはあの灰色の河原だった。
「気が付いたかい」
 突然背後から聞こえた声にびっくりして振り返ると、そこには亮太と同じくらいの少年があぐらをかいて座っていた。
「君はだれ?」
 亮太が尋ねると、その少年は薄く微笑んで答えた。
「忘れちゃったよ。自分の名前なんてさ」
 坊主頭と大きな瞳が印象的だった。服装は亮太と同じく白い着物を着ている。少年は立ち上がると亮太をしげしげと眺めて言った。
「君は何で流れてきたの?」
 亮太は話した。賽の河原について何も知らなかったこと。それを知り、救いのないこの河原に嫌気が差して鬼に放り投げられたこと。そして、夢の中の不思議な光景のこと。
 少年はまた、にこっと微笑んだ。
「君を川底から救ってくれたのはお地蔵様だよ」
「お地蔵様ってあのよく道に立っているお地蔵様のこと?」
 亮太の通っていた通学路にもお地蔵様が立っていて、よく花や団子が供えてあった。しかし、亮太の頭の中で、あの石のお地蔵様と夢の中の人物がどうも結びつかなかった。
「そうさ」
 坊主頭の少年は、そのくりくりの頭を自分で撫でながら答える。
「地蔵菩薩様はいつも賽の河原にいる子ども達を見守ってくれているんだ。そこにいる子どもが本当につらくなったときには手を差し伸べてくれるんだよ」
 少年は、亮太にいろいろなことを教えてくれた。まず、賽の河原にはそれはたくさんの子ども達がいるのだが、河原がとても広いのであまり大勢が一緒になることは無いのだそうだ。少年はもうかなりこの河原にいるようなのだが、亮太以外に顔を見たのはほんの数人だと言う。
「その子ども達は今どうしてるの?」
 亮太が問いかけた。
「君と同じように河に飛び込んだ子もいるし、歩いてどこかへ行ってしまった子もいるよ。お地蔵様が連れて行った子は一人だけだったね」
「えっ、お地蔵様がどこかへ連れて行くの?」
 少年はやっぱり微笑んでいる。
「うん。きちんと功徳を積むことができた子は、お地蔵様が極楽へ連れて行ってくれるんだよ」
 亮太は今度こそ道が開けた気がした。急激に胸の中で膨らんでいく希望を押さえきれずに、吐き出すように言葉にする。
「君はそれを見たの?」
 少年は頷いたが、その表情は少しだけ曇ったようだった。亮太は身を乗り出すようにしてさらに尋ねた。
「ねえ、どうしたら連れて行ってもらえるのさ」
 少年は、ゆっくり立ち上がると、亮太に背を向けて河の流れに目をやりながら話し始めた。
「女の子だったよ。あの時、お地蔵様が連れて行ったのはね。その女の子とふたりでいつも通り石を積んで、いつも通り明るくなって目を覚ましたら、その子が泣いていたんだ。どうしたのと尋ねたら河の方を指さしてね。ちょうど君が座っているあたりだよ」
 亮太は、思わず腰を浮かせた。
「その女の子が積んだ石は全く崩れていなかったんだ。どうしてだと思う?」
 少年の問いに、亮太は首をかしげた。
「現世で、その女の子は完全に忘れられてしまったんだよ。その子を知っている人はみんないなくなってしまったんだ。死んでしまったか、本当に名前すら忘れてしまったかは知らないけどね。つまり、もう石を積む必要が無くなったんだ。女の子は夢の中でそれを知ったんだよ。自分が忘れ去られてしまったことをね。だから、目を覚ましたときに泣いていたんだ」
 亮太は息をのんだ。少年は、少し声を小さくした。
「地蔵菩薩様の懐に抱かれたその女の子は、とても悲しい顔をしていたよ。これから極楽へ行けるというのに、本当に寂しそうな顔をしていたんだ。そして、最後に僕に言ったんだ。残酷ね、だって」
 坊主頭の少年は、足下の小石を一つ拾うと河に投げ込んだ。ぽちゃんと音を立てた小石は流れに呑まれ見えなくなった。少年は振り返らずに、そのまま小石が呑み込まれた場所をじっと見つめている。亮太は、発するべき言葉が見つからずに黙ってしまった。
 まったく残酷な話だ。自分を忘れてもらうために石を積み続けるなんて。自分が忘れ去られたときに救われるなんて。そこで亮太は思い当たった。自分が見た夢のなかで、日に日に自分の影が薄くなっていったことを。このまま、自分も忘れ去られてしまうのだろうか。そう考えると、あの河の中で足を捕まれたときと同じような、底知れない恐怖感を感じた。
亮太は、もう一度少年を見た。その少年は石を積み始めていた。
「君はそれでも石を積むの?」
 少年の背中を見つめながら、亮太は尋ねた。
「ああ、そうさ」
 そう言って振り向いた少年の顔は微笑んでいた。
「石を積めば家族はきっと極楽へ行ける。そうしたら会えるかも知れないじゃないか。極楽もここに劣らず広いらしいから、会えるとは限らないし、もしかしたら僕の事なんてほんとに忘れているかも知れないけど、それでも会えるかも知れないじゃないか」
 少年は、そう言ってまた石を一つ積み上げた。
「でも、寂しくないの?夢を見るんでしょ。みんなが自分の事を忘れていく夢を見るんでしょ」
「うん、毎日見ているよ。もう僕を知っているのは、すっかり年老いてしまったお父さんだけだもの。昨日見た夢の中で、お父さんは病気で伏せっていたよ。きっともうすぐお父さんは極楽へ行くんだ。そうしたら、きっとお地蔵様が迎えに来てくれる」
 亮太は、どきんとした。この少年は、自分の父の死を待ち望んでいる。いつか、自分も身内の死を願うようになってしまうのだろうか。亮太は、行き場のない怒りに体を震わせた。
「だめだよ!」
 気が付いたとき、亮太は叫んでいた。
「自分のお父さんじゃないか!お父さんが死ぬのを待ってるなんて、だめだよ!」
 坊主の少年は自分の背中越しに亮太を見た。猿のように背を丸くして振り向いた少年の顔は、ついさっきまでとはまるで別人のようだった。微笑みは消え、能面のように表情を消して、うつろな目をしている。さっきまでの快活な話しぶりが、まるで嘘のようだった。
「君に何がわかるんだい。僕はずっとずっと前に空襲で死んだんだ。それからずうっとここにいて、来る日も来る日も石を積んで、同じ数だけ崩されてきたんだ。お母さんが死ぬのも見た。かわいい妹が病気で死んでいくのも見た。あとはお父さんだけだ。お父さんがこっちに来てくれればまた、一緒になれるんだ」
 亮太は頭を振った。
「僕にはわからないけど、どんなに寂しくたって、悲しくたって、家族が死ぬのを祈るなんて駄目だよ」
 亮太の反論に少年は立ち上がった。まるであの鬼のような形相になっている。
「うるさい!俺は、はやくこんなところを抜け出したいんだ!もうすぐなんだ!あと何回かあの寒い風の吹く夜を越えれば、きっと迎えが来るんだ!」
 少年は顔を紅潮させて地団駄を踏む。亮太にはその姿がひどくあさましいものに見えた。亮太は口を閉じた。もう言うべき言葉が見つからなかったのだ。静かに座り込むと足下の石を拾って二つだけ積み上げた。もう鬼に連れて行かれるのは嫌だったし、たくさん積み上げて家族の顔を見せられるのも嫌だった。きっと石ころ二つだけなら夢などほとんど見ずに明日になるだろう。
 亮太は、そのまるで小さな雪だるまのように積んだ石ころ二つの前であぐらをかくと、もう一度少年を見た。彼はまた、石を積み始めていた。その背中はひどく小さく、悲しく見えた。

 その夜、亮太は少年とは離れた場所で寝た。風が吹き始め、暗くなるとあの坊主の少年の微かに笑う声が聞こえてきた。その少年のすぐ後ろには立派に石が積み上げられていた。
 どれくらい時間が経ったのだろうか。亮太はふと目を覚ました。妹の声を聞いたような気がしたが、夢だったのだろうか。亮太は石を二つしか積まなかった事を思い出し、ほっとした。あんな話を聞いた後に、まともに家族の顔を見ることはできないと思ったのだ。
 相変わらず、暗い。風は幾分収まっているようだが、それでも寒かった。亮太は少し気になって、あの少年を捜した。石塔の方を見た亮太は、ぎょっとして体を硬くした。
 石塔はまだ崩れてはいなかった。しかし、亮太が見たのはそれではない。あの少年は確かにそこにいた。二人の鬼と一緒に。
「もう、お前らなんかこわくないぞ!」
 あの少年の声がした。亮太には信じられないことだが、鬼に向かって怒鳴っているようだ。
「僕はさっき見たんだ。お父さんが死ぬ夢をね。これでもう僕を知っている人はいなくなったんだ。もうすぐ極楽から迎えが来るぞ!だから、お前らにその石は崩せないんだ!」
 亮太は体を動かすことができずに、じっとそのやりとりを見つめていた。寝ていると思っているのだろう。鬼達には気づかれていないようだ。
 その少年の言葉に応える代わりに、鬼の一人が石塔を振り返った。その鬼は額から右目を通って頬にかけて大きな傷がある。どうやら片目のようだった。
 その片目の鬼が、無言でゆっくりと金棒を振り上げた。
「崩せるもんか!」
 少年の声が河原に響いた。次の瞬間。鬼が振り下ろした金棒は、その石塔を粉みじんに砕いて吹き飛ばした。すさまじい風が亮太の上を通りすぎていく。亮太は息を止めて必死にこらえた。
「なんで……。なんで崩れるんだよ!」
 風がおさまると、また少年の声が聞こえた。その細く甲高い声をかき消すように、腹の底に響くような鬼の声が聞こえてきた。
「おい、わっぱ。ぬしのててごは、地獄行きじゃ。なぜだかわかるか? わかるまい。わしが教えてしんぜよう」
 鬼の顔が、卑しく歪む。震えている少年を見下ろしながら、その金色の大きな瞳が嗤う。
「それはぬしが邪(よこしま)な心持ちで石を積み上げ続けたからよ。ぬしが積み上げたのは、功徳ではなく、深き業じゃ」
 少年は口を開けたまま、唖然として鬼を見上げている。
「まあ、そう驚くな。今宵は良い知らせもあるぞ」
 もう一人の鬼が、少年の肩を金棒でこづきながら言う。少年はびくんと体を震わせた。
「ぬしは地獄の住人を増やしてくれたからのう、褒美として今日からわしらの仲間入りじゃ」
 そう言うと、片目の鬼はおもむろに懐から金の輪っかを三つ取り出し、いやがる少年の右足に無理矢理引っかけた。少年の叫び声が河原に響いた。
 亮太は恐怖から目をぎゅっと閉じた。少年の叫び声は続く。その声が次第に低く重たいものに変わっていく。そしてそれはついにうなり声のような嘆きに変わった。亮太は恐る恐る目を開けた。その瞳に映ったのは、三人の鬼だった。
 少年の変わり果てた姿。全裸の鬼。背丈は倍以上に伸び、がっしりとした筋肉がまるで彫刻のように体に影を作っている。坊主頭から大きな角が左右に突きだし、それを狂ったように振り回している。爪が鋭く伸びた両手を喉に当てて苦しそうに呻いていた。
 片目の鬼が言う。
「喉が焼けるようであろう。なあに、そのうち慣れる。我ら鬼は、永遠に飢え渇くのだ。そうやって己の業の深さを知るがいい」
 二人の鬼はひとしきり高笑いすると、少年のなれの果ての両腕を掴み、引きずるように船へと歩いていく。やがて、悲しい鬼のうめき声を微かに残して安宅船は去っていった。

 亮太は、震えていた。いつの間にか辺りは明るくなっていたが、亮太は先刻の恐ろしい光景にとりつかれていた。瞳を閉じなくとも、あの少年のなれの果てである鬼の姿が目の前に浮かぶ。耳を澄まさなくとも、あの苦しそうなうめき声が聞こえてくる。瞬きも忘れたかのように目を見開きながら、両膝を抱えてがたがたと震え続けた。
「いやだ。もういやだ。いやだ……」
 うわごとのように繰り返し、震えながら目の前の河を見つめる。河は相変わらず滔々と流れていく。
 地蔵菩薩の話など吹き飛んでしまっていた。どこまでも救われない世界。いっそ、あのまま地獄の底へと落ちてしまえれば良かったのに、とまで考える。
 絶望の淵にある少年は何かに操られるようにふらっと立ち上がった。そのまま、河に向かってふわふわと歩く。
「もう、いやだ。いやだ、いやだ」
 うつろな目で、虚空を見つめて呟きながら水に足をつける。じゃば、じゃばと河を歩いていく。亮太は何も考えていなかった。そこには、喜びも微笑みも悲しみも涙も無かった。そこに在ったのは空虚な絶望だけだった。
 亮太はもう胸まで水に浸かっている。流れも徐々に速くなっていた。じきにその流れに足をとられ、どこまでも流されることになるだろう。そして、流されながら地獄へと引きずり込まれるのだ。もうどうにでもなれ。亮太はそんな気持ちで足を進めた。
「どうしてそうすぐあきらめる」
 どこからともなく声が聞こえた。
「かれこれ、かれこれ。此が在れば彼が在り、此が無ければ彼が無い。此が生ずれば彼が生じ、此が滅すれば、彼が滅す。縁起なり、縁起なり」
 地蔵菩薩。手に持つ錫杖をしゃらんと鳴らし、後光をまとって岸辺に立つ。薄く微笑み、亮太を見つめている。
「大野亮太よ。こちらに来なさい」
 名前を呼ばれた。亮太はどきんと胸が震えた。名前を呼んでくれる人がいた、ただそれだけのことに、亮太は心を突き動かされた。涙が溢れた。川の流れをじゃばじゃばとかき分けて岸へ駆け上がる。地蔵菩薩に縋り付き声を上げて、泣いた。声の限りに、泣いた。
 亮太が泣くに任せていた地蔵菩薩が不意に言葉をかけた。
「因果応報。それを生むのが縁起の雫。雫はやがて流れとなり、流れはやがて、げに大きなうねりとなる。悲しき童よ。我が足下を見なさい」
 亮太は地蔵菩薩が足を置く台座に目を凝らした。何もないように見えたそこになにやら黒い渦が巻いている。さらに覗き込むとやがて、その渦が晴れて赤黒い景色が浮かんできた。
「今、そなたが見ているのは地獄の景色です」
 手に持った錫杖を足下の地獄の風景に差し伸べながら、地蔵菩薩が言う。錫杖の柄はするすると伸びていき、やがて地獄の地面へと達した。するとみるみるうちにその錫杖に餓鬼が群がる。細い錫杖に縋り付き、よじ登り、他の者を蹴り落とし、振り落として何百、何千という餓鬼達がそれをのぼり始めた。
「慈雨」
 頃合いを見ていた地蔵菩薩が、短く呟く。すると菩薩の手から清らかな水が溢れ始めた。その水が錫杖を伝っていく。菩薩の手のひらからちょろちょろと流れ出た水は、途中勢いを増し、餓鬼達に達する頃にはすさまじいまでの水流となった。
亮太は、錫杖にしがみついていた餓鬼達が、たちまち押し流されるのを見た。焼けただれた地面に水が触れ、真っ白い湯気が立ち上る。餓鬼達は流されながらも思い思いに体を冷やし、乾きを潤しているようだ。亮太はその景色の中に、小高い丘に登ったまま水に近づかずにいる一匹の餓鬼を見つけた。それはすぐ側に水があるというのに焼けただれた丘の上で、さも熱そうに転げ回っている。亮太は目を離せずにいた。
「あれが不思議ですか?」
 地蔵菩薩が、亮太の心の内を読み取ったように尋ねた。亮太は無言で頷く。
「あれが水に入れぬのは大野亮太、あなたがここに居るからなのです」
 亮太は地蔵菩薩の言葉を理解できなかった。問い直すかわりに上を見上げ、地蔵菩薩の端正な顔をじっと見つめた。
「あの餓鬼は、あなたを車でひいた若者のなれの果て。ここにあなたが居ることを悟り、罪の意識にさいなまれ、その眼前で水に身を預けることを拒んでいるのです」
 亮太は、焼けた丘の上でのたうち回る餓鬼に目を戻した。餓鬼を見つめる亮太の瞳に、たちまち憎しみの色が浮かぶ。あいつさえいなければ、自分はこんなところに来ることは無かった。その思いが、少年の心のひだを逆撫でていく。
「あの者が憎いですか」
 地蔵菩薩の声に、亮太は頷く。至極、当然であろう。あいつが居なければ、亮太が死ぬことも無かったし、家族も友人も悲しむことは無かった。眼下で転げのたうち回る餓鬼を見ながら亮太は拳を握りしめた。
「あの青年はあの日、病院へと急いでいたのです」
 錫杖を引き上げながら、地蔵菩薩が静かに言った。
「彼の父親が事故に遭い、瀕死の状態で病院に運ばれました。彼はその父親の元へと急いでいたのです。その途中、あなたをひいてしまった」
 亮太はまだ地蔵菩薩の足下を覗いている。あれほど流れた水もたちまち乾き、地面はもとの赤黒い色に戻っていた。餓鬼達はまた転げ、のたうち回りながら地獄の其処此処へと散っていく。
「あなたをひいた彼は、うろたえ慌てました。彼に母親は在りませんでした。小さいうちに死に別れていたのです。彼の家族は父親だけでした。その父親に会いたい。その一念で彼はあなたを見捨てました。彼にとってあなたをひいたのは避けがたい事故でした。なぜなら不意に道路に飛び出したのは大野亮太、あなただったのですから」
 亮太は驚いた。同時に、意識野に突如浮かんだ情景。歩道を歩きながらグローブにボールを放り込んでいる自分。握り損ねてつるっと抜けたボールが、グローブに納まらずに地面にぽんぽんとバウンドした。亮太はボールを追った。普段グラウンドでそうするように。そしてそこはグラウンドではなかった。
「なんと理不尽な事でしょう。父親想いの青年は、不運な事故で少年を殺め、そして病院につく直前、動揺しながらあわてて曲がった交差点で自らも事故死しました。結局、彼の父親も時を同じくして亡くなりました。彼はあなたを見殺しにした罪で地獄へと落ちました。彼の父親は極楽に居ますが、その親子がまみえることはないでしょう。さあ、大野亮太。彼を憎むのですか。あなたが彼を憎む理由は何処にあるのですか」
 地蔵菩薩の表情が微かに険しくなる。亮太は、自分の体が震えているのを感じた。気がつけば三途の川の流れる音に混じって、ひどく耳鳴りがする。気分が悪くなった。自分のせいで父親の死に目に会えなかったばかりか、自らの命を落とし、地獄へと堕ちた青年。どれだけ無念か、亮太には想像出来なかった。
「ごめんなさい」
 亮太は小さく呟いた。地蔵菩薩はその亮太の頭にそっと手を乗せた。
「謝ることもないのです。人は独りで生きるものではありません。そして、独りで死ぬるものでもない。此が在れば彼があり、彼が在れば此がある。すべては縁起のなせること。生けるものも、死せるものもすべての縁(えにし)が複雑に絡み合い、繋がっていくのです。そう、雫のたった一つが、やがて大河となるように」
 地蔵菩薩と亮太の足下に、まるで煙のように白い雲が湧いた。雲はそのままふたりをすくい上げ、音もなく空中に浮かび上がった。
 眼下に流れる三途の川。亮太は初めて対岸を見た。賽の河原とは対照的に、極彩色に彩られた景色。祥雲が浮かび、時折美しい鳥が空に舞う。それはこうして遠くから見ているだけで心が穏やかになる情景だった。地蔵菩薩が静かに歌う。
「あちらが彼岸。こちらも彼岸。空行く雲は釈迦無二の慈悲のお迎え御回向(おんえこう)。童は今日も石を積む。一重積んでは父のため。二重積んでは母のため。けして己の為ならず。ゆめゆめ、ゆめゆめ忘るるな。ゆめゆめ、ゆめゆめ忘るるな」
 地蔵菩薩の着物の裾に縋り付きながら亮太は唇を噛んだ。泣いたらいけない。そう強く自分に言い聞かせる。亮太は、自分がここにいる理由が分かったような気がした。
「あなたをすぐに極楽へと連れて行くことはできません。あなたはに分かっているはずです。あなたがここで何をするべきか。あなたに与えられているのは決して罰ではありません。あなたの大切な家族を幸せにするために、あなたは此処にいるのです」
 そうなんだ、と亮太は大きく頷いた。
 やがてまた灰色の河原に降り立つと、亮太は言った。
「お地蔵様。僕、歩くよ」
 河原を歩く。石を積みながら、ひたすらに歩く。亮太はそう決意した。自分と同じようにこの河原で絶望している子供達がいるかも知れない。その子供達が道に迷わないように話をして歩こう。亮太はそう考えた。どれだけ歩けばよいかなど、わからない。どれだけの仲間に会うか分からない。もしかしたら、誰にも会うことは無いのかも知れない。それでもただ、ここで石を積み続けるよりも、意味があるのではないかと考えたのだ。
 地蔵菩薩は何も言わずに、ただ微笑みながら浮かび上がる。そのままゆっくりと対岸へと去っていく。

 賽の河原の行脚。それが地蔵菩薩がまだ解脱する前、人界の名前で呼ばれていた幼い頃に辿った道だというのを亮太は知る由もない。
「かれこれ、かれこれ。かれこれ、かれこれ」
 地蔵菩薩の難しい言葉は亮太にはまるで理解できないことばかりだったが、この小気味良いフレーズだけは耳に張り付いていた。それをまるでかけ声のように呟きながら、亮太は河原を歩き始めた。どこまでも続く灰色の世界が、亮太を待ちかまえる。
「かれこれ、かれこれ。かれこれ、かれこれ」
 童は、父を思い、母を思い、妹を思って歩く。これまでの友を思い、これから出会う友を思って歩いていく。どこまでも、どこまでも。どこまでも、どこまでも。
その横では、縁起の雫をかき集めた三途の川が滔々と流れていく。どこまでも、どこまでも。どこまでも、どこまでも。


ー 了 ー 

天祐
2011年08月17日(水) 22時03分57秒 公開
■この作品の著作権は天祐さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
古い作品です。
時期的に良いかと思いまして、友人のすすめもあり投稿します。
読んでくださった方に深謝。

この作品の感想をお寄せください。
No.7  夕凪  評価:30点  ■2011-09-17 00:20  ID:qwuq6su/k/I
PASS 編集 削除
 隣の女の子を苛めていたのに「寂しいです。」と言わせるのは、話にリアリテイーが無くなるやうな気がして・・・ 。この主人公は未だ幼くて、賽の河原に石を積まされて居るが あたしは先が短くてあの世が近いので 「成る程・・あの世は、こんな感じか。。。」と何故か、この話では、実感出来た。何故でしやうか?
天祐さんは、何か以前 有って、一度行き掛けたことが あるんだろうか?自棄に、生な現実味が強く・・・。これは、九つの少年の場合なんで、老婆の昇天した時ちゅうか 成人があの世へ行った時は 地獄の鬼や閻魔が出て来るんだろうか?又、書いて欲しい。近いんで。
No.6  山田さん  評価:50点  ■2011-08-20 00:37  ID:rn5fSzOB8II
PASS 編集 削除
 拝読しました。

 僕の記憶に間違いがなければ旧(あるいは旧旧か旧旧旧あたりか)TCで一度読んでいます。
 その時にどういうレスを書いたか忘れましたが、点数は多分満点をつけていると思います。
 もしかしたら、各板に三週続けて作品を投稿した際の一作品だったかな、なんて記憶もあります。
 違っていたらすいません。

 天祐さんの作品をすべて読んでいるわけではないですが、僕が拝読した中では一、二を争う作品です。
「生けるものも、死せるものもすべての縁が複雑に絡み合い、繋がっていくのです」
 このセリフが本当に胸に迫ってきます。
 生があるから死があり、また死があるから生がある。
 生と死はお互いに複雑に絡みあい、本人の知らないところでも深く広く根を張っている。
 生も死も、どちらかひとつだけではすべての世界は成立しない。
 まさに表裏一体なんでしょうね。

 亮太に対しても、亮太を轢いてしまった青年に対しても、いやいや、鬼を含めてこの作品に登場する全ての人物にシンパシーを感じることが出来ました。

 失礼しました。
No.5  ゆうすけ  評価:50点  ■2011-08-19 17:40  ID:1SHiiT1PETY
PASS 編集 削除
拝読させていただきました。三人の子供(男三人、4歳、2歳、生後一カ月)がいるゆうすけです。

読み始めてしばらくして、非常に悲しく、切なく、胸が苦しくなりました。子を失った親の気持ち、親に会えなくなった子の気持ち、それらが私の心に突き刺さってきたのです。地獄で一人苦しむ子、つい親の視点で読んでしまったのです。
なにやら法話のようですね。御坊さんが子供達を集めて話して聞かせれば、将来自殺したり、友達を殺めることのない人間ができそうです。或いは小学校高学年の教科書に載っていてもよさそうな内容だと思いました。いつか子供に読ませたい、そんな作品です。
「梅花の散りゆく宿命は」とともに、私の心に突き刺さり、大いに感動をもたらしてくれました。
また作品を読ませてくださいね。
No.4  楠山歳幸  評価:40点  ■2011-08-19 16:17  ID:sTN9Yl0gdCk
PASS 編集 削除
 読ませていただきました。

 文体というのでしょうか、とても読みやすく美しい文章でした。素晴らしいです。
 前半では、賽の河原ということもありやや展開が読めてしまった感じがありました。また、現実とあの世との区別があやふやな感じでやや混乱しました。片桐様のご指摘の通り、これは僕の好みかも知れませんが、あの世の描写にもっとくどい表現があっても良いかな、と思いました。
 僕はひねくれ者で、宗教嫌いということもあり、地蔵と仏教説話で正直プラウザを閉じてしまうところでしたが、天祐様の作品への信用ということで読み進めました。正解でした。亮太の心の葛藤、決意、荒涼の中の絶望から希望へと、とても素晴らしく、感動しました。

 拙い、失礼な感想、申し訳ありませんでした。
No.3  村雨  評価:40点  ■2011-08-18 23:15  ID:AHDXDYyLKo2
PASS 編集 削除
村雨と申します。

演劇的小説というような感触を持ちました。
この話をミュージカルなんかにすると、面白そうですね。
死後の世界でも人間は本当の孤独を味わえないのですね。
生きることは毎日が裁判の連続のようなものらしく、年端のゆかぬ亮太は死後の世界で鬼の口から生の裁判を次々と受け止めねばならない。

享年九歳の亮太にとっては、鬼たちの言葉、たとえば片目の鬼の恐怖心を煽るような言葉の真意もよく理解はできないのでしょうけども、それでも言葉を発する鬼の風貌などによって少年の心には大変な重石となって精神を圧殺していくことになるのでしょうか。

古典説話のなにかを思い出したいのですが、無理そうです。


面白かったです。
No.2  天祐  評価:--点  ■2011-08-18 21:59  ID:ArCJcwqQYRQ
PASS 編集 削除
>片桐氏
早速の感想ありがとうございます。
褒めすぎです。
じつはとても消化不良を感じている作品です。もっとできるはずでした。でも、力尽きました。そんな反省がある作品です。
伝えたいことは伝わったようでとてもうれしいです。
生きることは死を学ぶこと。死ぬことは生を痛感すること。生と死は紙一重。まだまだ生き足りませんが、そう実感しています。
頑張ります。

一段下げができてない部分が多々あります。ワードのデータをコピーしたら一段下げが反映されませんでした。
読みずらいでしょうが、申し訳ございません。
直す余裕ができたら直します。ごめんなさい。
No.1  片桐秀和  評価:50点  ■2011-08-18 17:47  ID:n6zPrmhGsPg
PASS 編集 削除
読ませてもらいました。
やー、朝に最適な話でしたw。という冗談はさておき、大変面白く、大変興味深い物語でした。僕は信心深い人間ではないのですが、しかし、この話を読んで、命は大切だなあと、命を大切しないとな、と自然に思わされている自分に気づいた次第。暗澹たる内容ではありつつも、最後に大きな転機があり、その転機を読んでいる時の感覚を一言でいうなら、まさに感動的でした。
関係ない話かもしれませんが、絶望の物語、救済の物語と仮に区分することができたとしても、実はそれは本質的には同じものではないかと思うことがあります。つまりは、人が、あるいは人という群体が、生きることへ向かっている。『此が在れば彼があり、彼が在れば此がある』という文句に通じる面もあるかな。とにもかくにも、僕にとってこの物語は、生きることへ向かったものであると強く感じました。そしてそういう力のある物語が僕は大好きです。

気になった点はなんだろう。うーん、文章はアクがなくて綺麗で、読み進めるのが気持ちいいのですが、あえていうならそこに好き好きがあるかもしれないってところでしょうか。この悲惨な世界を描くならば、もっとくどい表現があっても良いと思う人もいるかもしれない。とはいえ、僕はこの形で十分な気がするのですがねw。構成も言うことなしだなあ。
天祐さんの作品を多く読んできた僕の好みでは、ベスト3に入る作品でした。リクエストをいうなら、さらにパワーアップした天祐さんの作品が読みたい、ってことでしょうか。かんばってください。僕もがんばります。

と、こんなところです。ごちそうさまでした。
総レス数 7  合計 260

お名前(必須)
E-Mail(任意)
メッセージ
評価(必須)       削除用パス    Cookie 



<<戻る
感想管理PASSWORD
作品編集PASSWORD   編集 削除