妻と息子は、風の中に立っていた。私は「風景画のように人物画を描きたい」と思っていた。
 当時、私は光に魅せられていた。アトリエで制作するのが嫌になって、外で仕事をするようになった。光に溢れた外の世界こそ、私のアトリエだった。
 モデルになってくれた妻と息子を前に、私は『日傘をさす女』を完成させるため、一心不乱に筆を動かす。
 日傘を持った妻が急に左を向いて私を見た。





 次の瞬間、妻はヴェールの中で、優しく微笑んだ。

 四年後、妻は死んだ。妻は、生活苦から三人目の子供を堕胎したことが原因で、衰弱して死んでいった。貧乏画家の私が殺したようなものだった。
 妻が死ぬのが怖くて、私は別の女に恋をし、恐怖から逃れようとしていた。医者に頼る金もなく、どう看病すればよいものかわからず、死が迫っていた妻を家に残し、デッサンをするため外出ばかりしていた。
 妻であって妻でなくなったものをぼんやり眺めているうち、私は無意識のうちに筆を手にして、妻の死顔に差す夜明けの光を追いかけ、絵を描き始めた。
 時間の経過と共に死顔の光は変化してゆく。





 突然、私は自分が何をしているか気づいた。自己嫌悪に襲われ、画具を全て床に投げ捨てた。
 私は「妻の死顔」を絵にしたかったのではない。「妻との永遠の別れ」を残そうとしたのでもない。「変わってゆく光」に心を奪われていたのだ。
「カミーユ!」
 妻の名を叫ぶと、私は冷たくなった彼女に取りすがって泣いた。
 涙が尽きるまで泣き、口からは「許してくれ」という言葉しか出なかった。

 カミーユの死から七年後、私はもう一度、『日傘をさす女』に挑戦することにした。
 パトロンの娘をモデルにし、日傘を持たせ、カミーユと同じような服装をさせた。
 仕事は順調に進んだが、顔を描こうとした時、筆が止まった。
 目も、鼻も、口も描くことができない。
 私は苦笑した。
『日傘をさす女』に、顔など必要なかった。ヴェールの中の優しい微笑みは、私の追憶でしか見ることができない。
 顔を描くのはやめよう、と思った。ただ、私の愛と贖罪しょくざいを風景に溶かし、亡きカミーユに捧げればいい。





 絵は完成した。これを最後に、私は二度と『日傘をさす女』を描くことはない。
闇の吟遊詩人
2011年06月03日(金) 01時41分11秒 公開
■この作品の著作権は闇の吟遊詩人さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
今は亡き作家・辻邦生が発明した「名画を悪用するお話」。病気のため、長い小説は書けないので、「顔のエピソード」のみを扱う超短編にしました。文中の語り手「私」の正体はあえて教えませんが、「カミーユ」と『日傘をさす女』で検索すればすぐにわかります。なお、内容は創作ですが、「私」の伝記・コメントも参考にしています。三枚目の『日傘をさす女』のほか、同じ時期に描かれた四枚目の『日傘をさす女』が存在しますが、挿絵が三つまでしか使用できないため、挿入はあきらめました。完全版は他の場所に投稿しておきます。ただ、「光だけでなく、鮮やかな色彩感覚や絵の中に描かれた自然風の存在、下から見上げるような視点、黒ではなく薄い青色で表現された人間の視覚により近いに影の描き方」は無視します。それを書かないことを「名画の悪用」と言っているもんで。そういう描写をするなら「画像なんて最初からいらない」でしょう。二号様の批評は「正論」ですが、「画像がない」ときに参考にさせていただきます。

この作品の感想をお寄せください。
No.5  闇の吟遊詩人  評価:0点  ■2011-06-13 16:23  ID:tmcPS3zsem.
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Physさん、感想ありがとうございます。仕事が忙しいので「次回作」は少し待ってください(笑)。後、Physさんの「おしまい」も理解しました。「了」は「賞に応募したくなった時」のみ使用してください。
No.4  Phys  評価:30点  ■2011-06-12 09:29  ID:CgrmgIDoPgg
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拝読しました。

まず、絵が素敵でした。(いや、文章もですけど)
ご病気とのこと、大変な中執筆された作品なのですね。私みたいな者が感想を
書くのは躊躇われるのですが、稚作を読んで頂いたのに私が何もレスポンスを
しないというのもなんだかなので、ちょっとコメントを聞いて頂けたらと思います。

私は審美眼とか芸術的センスみたいなものが悲しいくらい皆無なので、絵画を
個人的に解釈して物語の筋に乗せるということがどのくらい高度なことなのか
計りかねますが、お上手だなぁと思いました。

悲しい物語や救いを描くためには分量が少な過ぎるのかもしれませんが、闇の
吟遊詩人さんがご病気を克服されて「気合いを入れて」書いた時にそれは形に
なるのだと思います。ですから、この作品はプロローグのようなものですね。

読み終えてから、絵描きって孤独な仕事なんだろうなぁと想像させてくれる
お話でした。TCで色々な人の作品に触れて、自分の中の狭い価値観や世界観を
広げていけることが私にとっては貴重な時間です。ありがとうございました。

また、読ませて下さい。
No.3  闇の吟遊詩人  評価:0点  ■2011-06-07 01:29  ID:6X8bzIOa1F6
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二号さん、気にしなくていいですよ。私も昔、「拙いコメントで不快な思い」をさせてしまった経験がありますから。二号さんの「批評」に関しては「正論」です。ただ、「批評するときに『少ない情報を元に、創作姿勢まであれこれ言うのは危険だ』」ということを知ってもらいたかっただけです。

……私もこれで大失敗した「苦い過去」を背負ってまして。二号さんに同じ失敗をしてもらいたくなかったのです。私もまた、二号さんに「謝罪」して余計なコメントは消しておきます。
No.2  二号  評価:0点  ■2011-06-11 02:04  ID:ryO5XzxegP2
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 拙いコメントで不快な思いをさせてしまって申し訳ありませんでした。前のコメントは削除することにします。次回作、楽しみにお待ちしております。
No.1  闇の吟遊詩人  評価:--点  ■2011-06-03 10:06  ID:/OPFohzmWlY
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二号様、感想ありがとうございます。仰る通り、『顔』は「手のかかった作品」ではありません(苦笑)。今の私は「大した成長」を望んでおらず、「楽しんで書いたもの」しか投稿できません。TCの合い言葉「切磋琢磨」をしたくても、「脳の病気・精神錯乱」と戦う身では「気合いが入らない」のです。病気が悪化する前に書いた「オリジナルの中編・長編小説」は存在しますが、事情があり、ネットでは公開できません。「外部に公開しない」という約束のもと、数人の友人に預かってもらっています。メルアドを私に教え、「公開しない」という約束を守ってくださるなら、二号様にも「保管」をお願いしたいです。

……「長編・中編」どころか「短編」もろくに書けなくなった現状では、TCに「楽しんで書いたもの」を投稿し、「ほかの人の作品を真面目に批評する」ことしか、私にはできません。ですが「楽しんで書いた駄文」でも、二号様のような批評をいただければ「無益」とは思いません。何とか病気に打ち勝ち、二号様の声を活用し、「気合いを入れて書く」ことができるよう頑張りたいと思います。私とて死にたくないし。

後、私は「詩人」ではないので、誤解しないでください。「詩が好きなだけ」です(笑)。
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