お前は俺の心の分身
 北風から逃げてる友人から半年振りに連絡が来た。熊本で三日間カップラーメンを食べて過ごしているそうだ。ボクは味噌汁を作るのに忙しく、少し迷惑でもあった。白味噌に趣向を変えて二日目だったのだ。やはり人間、好きなことに夢中になっていると、それが第一になってしまうものだ。ボクは味噌汁が大好きだ。災害があればとにかく味噌汁を持って逃げる。無人島へいくなら味噌汁を作れるセットを持っていく。味噌汁の無い国には住みたくない。そんなの考えただけでも恐怖である。と、いうわけでボクは夢中で味噌汁を作っていたわけである。そこへ、おかしな思考をもった友人から急に着信がきた。ケータイが鳴った時、はじめは甥っ子だと思った。午後三時に桜上水の幼稚園に迎えに行くことになっていた。甥っ子は幼稚園でも電車でも、どこでも電話をかけてきた。ケータイで人と話すのが好きみたい。まつ毛の長いパッチリオメメのボクの甥っ子。可愛すぎて、この先、大人になるなんて想像もつかない。ボクはお風呂にも入りたかった。味噌汁をじっくり味わって、その余韻に浸りながら湯船につかる。それから、最愛の甥っ子のお迎えに行くという幸福な一日の流れを送るはずだった。天気も良好だし。友人は何度も繰り返し言った「いますぐ熊本へ来てくれ!」。そのたびに無理だ、と言ってもきかない。昔から頑固な奴だったな。ボクはお風呂のお湯を止めて、立ち昇る湯気を眺めた。雨の日の心斎橋でいつか友人がボクに言った言葉を思い返していた。

「お前は俺の心の分身だよ」

 空港に到着して感じたのは、熊本は東京より大気が明るいというものだった。タクシーに乗り込み、待ち合わせのマクドナルドに向かった。運転手の横顔が中学時代の嫌いな奴と瓜二つで、一瞬たじろいだ。だけど、ネームプレートを見てようやくホッとできた。同じ姿かたちの人間がこの世にもう一人いるんだな、と思った。ボクは腕時計を家に忘れてきたことに気づいて、ふと溜め息がもれてしまう。運転手はちらっとミラーを通してこちらの顔を確認した。大谷さん、ですよね? と彼は恐る恐る聞いてきた。いいえ、違います。

 マクドナルドで友人と再会した。彼はバニラシェイクとチキンを食べていた。ボクの顔を見て、おまえちょっと猿に似てきたな、と言った。お腹が空いていたのでビックマックを注文し、それをがぶっとかぶりついた。友人はタバコを吸いながら一生懸命に地図を見ている。で、緊急事項って何? ポテトをかじりボクは聞いた。早いところ用事を済ませてしまいたかった。実はな、アメリカ陸軍のお偉いさんとちょっと知り合ってな。友人は地図から目を離さなかった。俺の研究に興味があるっていうんだよ。

「何それ、君の研究って北風から逃げるってやつかい?」

 違う、と言って友人はトイレに立っていってしまう。仕方なく窓の外を眺め、甥っ子のことを考える。妹は無事に彼を家まで送り届けただろうか。彼女はいつもどこか寄り道して、帰りが遅くなるのだ。甥っ子はまだ幼い子供なのだ。変な習慣をつけてしまうと、やっかいなことになりかねない。ボクは心配でたまらなかった。

「水戸の光圀の秘密の洞窟についてだよ」

 友人は戻ってきて言った。髪形が少し変わっていた。ふーっと大きく息を吐き、彼はチキンの残りを口に放り込んだ。水戸の光圀はな、熊本にきて洞窟をつくったんだ。ふんふん、ボクはうなずいた。それを俺は見つけたわけ。

「すごいじゃないか!」ボクは拍手した。

 ところがだ、その洞窟の奥の扉がどうしても一人じゃあけられないんだよ。友人は地図に何やらメモを記した。なるほど、でもわざわざ何でボクを東京から呼ぶ必要があったんだい? 窓の外で子供がケンカをしている。真っ赤な顔でお互いの髪を引っ張り合っていた。君以外に信用できる人間はいないからね、と友人は言った。これを知っているのはアメリカ陸軍のお偉いさんと俺たちの三人だけだ。でも、なんで君が水戸の光圀の秘密の洞窟を研究してることをアメリカ陸軍のお偉いさんが知ったんだろう、とボクは聞いてみたが、友人は一言「長崎でな、奴に見つかっちまってな」と独り言みたいに呟いて、さぁ行くぞと立ち上がってしまった。ボクはコーラを一気に飲み干した。

 軽トラックに乗り込み出発し、十分ほど走ってファミリーマートの駐車場でマークXに乗りかえた。なぜ乗りかえるのかと聞くと、なんでも必要があるから事は変えられるんだと、運転する友人は言った。なんだかその言葉にしっくりいかなかったが、黙っていようと思った。洞窟は漁村から二十分ほど歩いた崖の下にあった。ここから桜島が見える。しかし、なんだか妙であった。洞窟の入り口に徳川の家紋が印されていた。友人はポケットからペンライトを取り出しそのまま奥へと進んでいった。足が水につかったままボクらはひたすら歩く。か細いライトは闇しか映さなかった。あとはジョボジョボという水の中を歩く音だけ。磯の香りが漂い、それで味噌汁が飲みたくなった。早いところこの用事を済ませてしまいたい。甥っ子にも会いたい。友人は一言も口をきかなかった。

「扉って、二人で押せば開くとか、そんな具合なのかな?」

 友人はボクの言葉を無視した。その沈黙が空気に重量を加え、なんだか嫌気が差しそうであった。ボクは続けた。

「アメリカ陸軍のお偉いさんって日本語を話すの?」

 友人は足を止めた。そして叫んだ「ここだぁ!」。ボクはふいをつかれ驚いた。か細いライトは何か岩のごつごつを照らしていた。よく見ると、そこにも徳川の家紋が印してある。ボクは近づきさらによく見た。やはり、なんだか妙であった。ごつごつに触れてみる。辺りを確認する。これは妙だ。

「これは壁だ!」ボクは叫んだ。
たるべーら
2011年05月07日(土) 15時21分12秒 公開
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No.1  イロリ  評価:20点  ■2011-05-08 21:09  ID:2y6FnMSOK3.
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初めまして。イロリと申します。
御作品、拝読させて頂きました。
ある特定のストーリーラインというものを読み取ることは出来ませんでしたが、「どんな人間でも掘り起こしていけば、ニヤリと笑えるようなことを1つや2つ持っているのだな」ということを感じさせられました。
また、ストーリーの焦点も絞られておらず、様々な情報や要素(主人公の嗜好や登場人物以外に台詞中のみで登場する人物等)が多く登場し、必要性を疑ってしまうような要素もありましたが、しかし、「メッセージ性のない、完全にコミカルな雰囲気を出す為の文章」と捉えれば合点がいきます。

深く読解出来ていなかったら、申し訳御座いません。
これからも執筆活動、頑張ってください。
総レス数 1  合計 20

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