海辺にて
 女は手をふっている。
 女の頭部は、髪がほとんど抜け落ちていて、顔中の皮膚がただれていた。まるで頭蓋骨に液体のゴムを流し、何の手も加えぬまま硬化させたかのごとく、表皮は不均質だ。
 しかし、そのような頭部とは対象に、首から下の姿態は、女のそれであり、スカートから伸びた足は、細く、長かった。
 僕はそのような女の頭部と、首から下の対比を、美しいと思った。
 女は手をふっている。
 焼け付く砂浜。陽の光が、砂の一粒一粒を、白色に輝かせている。砂浜のつくりなす凹凸は、黒々しい陰を落としていて、眩いコントラストを形作っていた。
 女は陽のひかりを全身に浴びて、まるで自らが光芒を放っているかのようだった。
 朽ちた流木に座り、煙草を吸っていた僕は、女から目を反らし、足もとの砂に目をやる。白い砂の上を蟹が歩いていた。素足の踵で踏みつぶすと、潰れた蟹の殻が、足の裏に、いくつか突き刺さった。踵に手をのばし、赤い蟹の殻を引き抜く。踵は、蟹の潰れた内臓で、茶に染まっていた。
 女は手をふるのを止め、何をしているの、と、聞く。
 蟹を踏みつぶしたら殻が突き刺さって内臓と血が混じったそれを引き抜いていた、と、答えた。
 女は波打ち際を歩いている。波が寄り、砕ける、その辺りを歩いていた。砂浜は白色に輝いている。海は、群青色だった。陽の光りが波頭を輝かせ、そこだけが白く、眩しかった。
 僕と女がこの海辺で合った時、僕は便意をもよおし、糞をしようとしていたのだが、どこを探しても便所が見つからず、やむを得ず、砂浜の奥にしげる草むらの中へ入り、尻を出し、しゃがんだ。僕は、生暖かい糞がながれおちるのを肛門に感じつつ、前方を見やると、草むらの隙間から、ゴム状の頭部が見えた。それは良く見ると、女の頭部だった。
 僕は糞を垂らしたまま立ち上がると、女は大量の黄の花を、両腕に抱えていて、そこからただれた皮膚の顔を覗かせていた。女の頭部の髪は、全て抜け落ちていたが、僕はその時、美しいと思い、ぼんやりと眺めていると、女は抱えていた黄の花を空にむかって投げ、花は太陽の色と同化していった。
 女がこちらへ歩いてきている。
 点々と、砂浜に足跡を刻み、その跡は黒々しい陰になった。
 女は朽ちた流木の、僕の隣に座った。僕は煙草を砂浜になげ捨て、素足の踵で、潰した。
 空では雲がうすく棚引いている。空はまるでこの海辺を覆う膜のように見え、雲は貼り付いているように見えた。
 太陽は、空を切り裂くようにしてあった。
 僕はぎらつく陽光をうけ、汗が全身をたらたらと流れ落ち、着ているシャツが肌に貼り付いているのを感じた。
 ふと、女はおもむろにライターを取り出し、回転石をこすりはじめるが、沖から吹いて来る風のせいで、なかなか着火しない。
 なんどか火花を飛ばした後、炎が灯った。女はそれをゴム状の、ただれた顔で凝視する。
 そして、あなたこの炎で自分の顔を焼いてみる気にならない? と言った。
 ならない、と答えた。
 でも、あなたはあたしを美しいと言った。
 女はそう言って、手に持ったライターの炎を揺らす。
 僕はため息を吐き、しかし、と言った。
 しかし僕は俗人だ、今のままが相応しい。
 女は、視線を下へ落とし、そう、と呟く。
 でも、と僕は言った。でも、僕はこの海から去り、明日になれば、また仕事だ。僕は今日、休暇で、何処へ行くあてもなく、ただ歩いていたら、ゴミのようにこの海へたどり着いた。君を見て美しいと言ったのもそのせいだと思う。
 じゃあ、焼いちゃえ、と、女は笑いながら言った。
 そうしちゃおうかな、と、僕は言った。
 やっちゃえ、やっちゃえ、と、女は言った。
昼野
http://hirunoyouhei.blog.fc2.com/
2011年04月23日(土) 14時38分31秒 公開
■この作品の著作権は昼野さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
旧作です。
要望があったので投稿しました。
宜しくお願いします。

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No.7  青山カヲル  評価:50点  ■2012-04-28 02:03  ID:7o6OMGvVWos
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いやあ、これはよかったです。
なんともいえない世界ですね。
たまらない魅力があります。
意味なんて、矮小ですw
素晴らしい。画が浮かびましたよ。
この切なくも美しい異形の世界に50点。
No.6  ω ̄)  評価:50点  ■2011-05-21 15:56  ID:qwuq6su/k/I
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その永元氏の評を読み、散文詩と取れば 50点だと思った。ストーリー性は、、、確かに 少ないかも知れない。回想の始まる部分へ《是から回想が始まります。読者の皆様、心して読みましょうね》と案内が有ってはどうだろうか?
No.5  弥田  評価:40点  ■2011-04-29 01:48  ID:ic3DEXrcaRw
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前に読んだときは、なんてコメントしたのか、そもそもコメントしたのか、ちょっと覚えてないのですけど、あらためて読み返してみると、なるほどなあ、という感じで、なんというか、昔は表面的な部分というか、刺激や毒性の強い部分ばっかりに目を向けていたんだなあ、なんて思ったりして、みたいな。

すこし最近の作風に似ているようなやっぱり違うような、そんな印象でした。女性と、クックドゥードゥルドゥーの主人公と、すこし立ち位置が似ているのが意味深だなー、と思いつつ、みたいな。

オチは、もう何度読んでもよくて、さすがだなーすげーなー、と思います。

なんか、感想にすらなりきれてないよくわからない文章ですが、こんな感じで……!
No.4  昼野  評価:--点  ■2011-04-27 22:10  ID:MQ824/6NYgc
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皆さん感想ありがとうございます。

>zooeyさん
僕はグロ好きなところと潔癖なところと併せ持っているようで、作品化するとこんな感じになってしまいます。
概ねこちらの意図を読み取っていただけたようで嬉しいです。
状況はたしかにちょっとわかりにくかったですね。
ありがとうございました。

>キットキャットさん
そういう見方もあるのですね。
ありがとうございました。

>永本さん
意味がわからないから小説じゃないとか、何を考えて言い出したのかわかりませんが、もうちょっと読書しましょう。小説の世界はあなたが思っているよりもずっと広大です。
ありがとうございました。
No.3  永本  評価:10点  ■2011-04-26 22:00  ID:/PnctNWIznY
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正直に言うと何故これを書いたのか意味が分からない、というのが正直な感想です。『醜い人魚』を読んだ時もこれは抱いた感想なのですが、悪い意味でオナニーになっています。というよりオナニー以外の何物でもない。
かといって詩的な作品かといえばそうでもない。掌編を読んだような満足感も得られない。
ただ描写が美しく見事なのは良いのですが、なんというかやはり意味が分からない。小説というものを勉強した方がよいのでは? というのが正直な感想でした。
No.2  キットキャット  評価:30点  ■2011-04-24 23:21  ID:heA3e64V7ZQ
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顔よりカラダの美しい人が好きです。カラダの美しさというのは、顔が美しくないと余計に愛しく思えます。カラダが美しいと得です。顔が美しいよりお得です。だって、カラダが美しいんですもの。

みたいな感じが美しかったです。とても。
No.1  zooey  評価:50点  ■2011-04-24 18:17  ID:qEFXZgFwvsc
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読ませていただきました。

これも大変良い作品だったと思います。
本当の意味で美しいものって、グロテスクなんだと私は思っています。
人間の心情においても、暗い部分が真であって、
それを具現化したグロテスクさは、嘘のない美しい芸術だと思います。
この作品は、なんか、そういう私の考えに触れるものがあって、とても共感できました。

描写も、美しい表現と美しくない単語のバランスが良くて、センスを感じました。

女がライターを取り出し「あなたこの炎で自分の顔を焼いてみる気にならない?」というところが、異質な雰囲気を放ち、物語の転機として、うまく機能していますね(私はこういうのが書けないです(;_:))。
でも、断られた後の「そう」という女のつぶやきが、なんか好きでした。切ない感じがします。

ラストの「やっちゃえ、やっちゃえ」というのは、独特の読後感を与えている気がします。

ただ、これは読めてないだけのような気もしますが、状況が分かりにくかったです。
二人が何してるところなのかとかが。

とても面白かったです。
総レス数 7  合計 230

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