春の日にわかること
 心地よい春の日、まさか今日に限って、姉さんの友達に会うとは思ってもみなかった。
「あれ、修君じゃない?久しぶり!大きくなったね」
 すっかり神木さんも成長していて、はじめは誰かわからなかったが、声を聞いて小学校の頃の記憶がよみがえった。いつも姉さんと一緒にいた神木 優香さんだった。俺が小一だった頃に姉さんと神木さんが小六だったから、会うのは十年ぶりだ。
「神木さんも、もう大学生ですか?」
「そうそう、今は就活頑張ってるところ」
 一緒に食事でもしようよ、と誘われて、近くのマックに入る。それぞれ食事を買って、席に着く。
「就活ってほんと大変」
「あれっ、神木さんって有名大学に通ってるんじゃないんですか?」
 一時期、近所で神木さんが有名大学に受かったと噂になったのを覚えている。その噂と同時に姉さんのことも語られたから、はっきり覚えているんだろう。
「有名大学に通ってても内定とれるわけじゃないのよ。結構大学生だって忙しいの。修くんも高校生のうちにしたいことしといた方がいいよ」
 昼間の時間帯だから、マックもすごく混んでいる。ところどころ神木さんの声が人々の声で聞こえない。
「俺、したいことも見つからないし、姉さんみたいに優秀でもないんです。それに見てのとおり姉さんみたいに真面目じゃないし」
 平日の昼間にマックに高校生がいる時点でまずいだろう。しかも、ここ一週間ほとんど学校に行っていないわけだし。
「えっ意外、修君ってすごく勉強とかできそうじゃん。それに春奈の弟なわけでしょ」
「姉さんはうちの家族の中で突然変異で生まれたのかって感じだったんです。だから、俺は全然姉さんみたいに頭がよくないんです」
 ふむふむと頷きながら、ポテトを食べていた神木さんが驚いたように目を見開いた。
「嘘、だって春奈は修君は頭がいいって自慢してたよ」
 そっちのほうが嘘だ。姉さんは一度だって俺を褒めたことなんてなかった。姉さんはいつだって俺をみてイラついていた。どうして自分の弟がこんなやつなんだっていうふうに。姉さんは平凡な両親と平凡な弟を忌み嫌っていた。
「俺が覚えている姉さんは、ちっとも優しくなかったし、俺を褒めたことなんてないです」
「春奈の印象といえば、弟想いって感じだったよ。修君が一年生で、私たち学校の行き帰り一緒に帰ってたじゃない?それで、一回修君いなくなったことがあったでしょう。あのときほど春奈が焦ってるところみたことなかったよ」
 そういえば、そんなこともあったかもしれない。あのとき、俺はどこにいっていたのかは思い出せない。ただ、帰ってきたときすさまじい形相で姉さんに怒られたのは覚えている。
「全然想像できません」
 姉さんはいつだって冷めた表情をしていて、友情とか家族愛とかそういうものには興味がないって感じだった。だから小学校にあがって神木さんと笑いあっている姉さんをみて意外に思った。姉さんがこんなに明るいひとと一緒にいるなんて思ってもみなかったからだ。
「春奈って昔から大人だったしね。でも、春奈のお母さんとお父さんが喧嘩しているといつも弟が助けてくれるっていってたよ」
 俺らの両親は小さい頃から喧嘩ばかりだった。姉さんもよくそれに巻き込まれていて、泣いていた。そのたびに俺は、姉さんを励まそうとしたけれど、励まそうとすると睨まれた。
「でも、姉さんは全然嬉しそうじゃなかったです」
 神木さんは少し悲しそうな顔をして
「春奈は素直な修君が羨ましかったんだろうね。だから優しくできなかった」と呟いた。
「俺が羨ましかった?」
「春奈が求めていたのは、学力なんかじゃなくて、心を休められるところだったんだよ。でも両親のせいかな、昔から自分の好きなものを壊そうとしたの。せっかく仲良かった友達とわざと離れようとしたりね。もちろん、春奈は私たちにとって頼れる存在だったんだけど、友達はしょっちゅう変わってた」
 そんなこと知らなかった。姉さんは自分の心の闇を吐き出さないまま死んでしまったから。首をつって自分で死んでしまったから。
「でも、神木さんはずっと姉さんと友達だったじゃないですか」
 神木さんはジュースをすすって黙った。そして、しばらくして
「私ね、春奈が羨ましかった」と呟いた。
「みんなに囲まれて、優しい弟がいて、頭がよくて、そんな春奈が羨ましくてねたんでた。だから、友達になったあと春奈の悪口を春奈の目の前でいってみせたりした」
 神木さんの思わぬ告白に衝撃をうけた。優しそうなこの人がそんなことするとは思ってもみなかった。
「でも、言い訳のように聞こえるかもしれないけど、ねたんでいても私は春奈のことが好きだった。たぶん春奈が修君を本当は大切に思っていたように。そして結果、春奈が私との関係を壊そうとする前に、私の方が春奈に冷たくあたることになったのよ。そうしたら、そんな私の傍に春奈はいるようになったの。だから、いつも私は、春奈のことを求めたり突き離したりしたの」
 顔をふせながら語った神木さんになんと声をかければいいのかわからなかった。でも、この人は決して悪い人ではない、と思った。
「昔、珍しく姉さんが俺の質問に答えてくれた時があったんです。どうして神木さんとは仲がいいの?って。そうしたら姉さん怒った風に似たもの同士だからって答えました。今、ようやくその意味がわかった気がします。それに、姉さんは私立に進学したあと一人も友達を作らなかったと思うんです。たぶん、神木さんが最後の親友でした」
 神木さんは何もいわなかった。でも、俺には神木さんが泣いている気がした。たぶん最後まで姉さんをここまで理解していたのは、この人だけだっただろう。もし、姉さんがこの人とずっと同じ学校にいたなら、姉さんは自殺なんてしなかったかもしれない。
「修君、こんなこときいていいのかわからないけど、ご両親は離婚なさったの?」
「はい、姉さんの自殺のあとさらにこじれて、ようやく離婚しました」
 姉さんが死んだのはどちらの責任かおしつけあい結局両親は離婚した。そもそも、姉さんは遺書も作らずに死んだから、誰も姉さんの真の心を最後まで理解できなかった。率直にいえば、両親が離婚してくれて嬉しい。姉さんはならどうだっただろう?
「なら、春奈も安心できただろうな。春奈は修君があの両親をみながら成長するのが不安だって言ってたし」
「でも、俺は結局姉さんが思っていたような素直な俺のままではいられていません。姉さんみたいに、真面目で優秀でもないし」
 神木さんはそれを訊くと、ふふふと笑ってこういった。
「春奈は真面目なんかじゃなかったよ。しょっちゅう授業を抜け出したりしてたし。それに、春奈は勉強ばっかりしているより、自分のことを精一杯考えられる人間に修君がなっていれば文句は言わないとおもうよ」
 俺は、いくつになっても姉さんを理解できないだろう。でも、姉さんが死んだ年を追い越す今、俺なりの生き方を考えているとは胸を張って言える気がした。
「今度お墓参りにでも行くときは、修君がいなくなったあのとき、持って帰ってきて春奈にあげた花でも持っていってあげたら?きっと春奈も喜ぶよ」
 その言葉で俺はやっと思い出した。姉さんに公園の花を摘んであげたら、怒って俺の手から花をひったくって説教をしだしたのを。そのあと確か、恥ずかしいと嫌がる俺の手をつかんで、どこにもいかないようにとか理由をつけて、手をつないで帰ったことを。

 神木さんと道でわかれて、俺は懐かしい公園へ向かう。いつも姉さんと神木さんと通った道。今でも、そこにその花は咲いていた。俺はそこから少しだけ、花をもらって家に帰った。あまりに早く帰ってきた俺を見て、びっくりした顔の母さんに花をあげた。きっと、姉さんはこのひとのことも父さんのことも憎み、そして同時に大切に思っていたのかもしれない、と。でも、姉さんは全くそんなこと思っていなかった、かもしれない。結局、俺にわかるのは、こういう心地よい日は姉さんの機嫌が良かったってことだけだった。
水川 朝子
2011年03月29日(火) 14時48分51秒 公開
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No.11  水川 朝子  評価:--点  ■2011-04-03 20:51  ID:u3lyy/5P.xY
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zooey様、読んでいただきありがとございます。

共感していただけて、嬉しい限りです。
切なくていい雰囲気と褒めていただけたこと、これからも励みにしていきます。
心の内の感情を、面と向かうとどうしても表せなくなる。でも、自分ではどうしようもないことのもどかしさやすれ違いの切なさが描きたいな、と思って書きだしたお話だったので、それが伝わっていることがわかり安心しました。拙い文章ですが、好感をもっていただけたとのことで、これからも精進しながらもっといい文章を目指します。

ラストの部分、もっと工夫を凝らしていけるよう頑張ります。
主人公自身のことに絡めていく、ですね、アドバイスありがとうございました。
No.10  zooey  評価:40点  ■2011-04-03 17:34  ID:qEFXZgFwvsc
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初めまして、読ませていただきました。

こういう話、大好きです。
別に同じような状況におかれたことがあるわけでもないのに、激しく共感しました。
不器用な愛情の在り方が、切なくていい雰囲気を作っていましたね。

自分は相手に愛情を持っているのに相手はそれ息づかずこっちを嫌っている、お互いにそう思っている。
そういう誤解がなんだか切実で、それを解くこともできないまますでに姉は自殺してしまっているというところに何とも言えない読後感がありました。
悲しいことですが、情緒におぼれることなくさわやかに仕上がっていて、好感が持てます。

ラストの花の部分も、とてもよかったです。
でも、ここはもうひとひねりできるところじゃないかなと、思うので、
もっと、主人公自身のことに絡めていくと、よりいいかなと思いましあ。

あまり大したこと言えなくてすみません。
とても良かったです。
No.9  水川 朝子  評価:--点  ■2011-04-02 20:30  ID:u3lyy/5P.xY
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読んでいただきありがとうございます。

自殺を使うか、使わないかは本当に悩みどころです。でも、やっぱり自殺はきついかなと思ったり……
いいお話と言っていただけてほっとしました。感想ありがとうございました。
次はもっと頑張ろうと思います。
No.8  楠山歳幸  評価:30点  ■2011-04-02 00:30  ID:sTN9Yl0gdCk
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拝読しました。

 心理描写と言うか、人の感情が伝わりました。淡々とした感じ(?)が良かったです。それだけに自殺は(印象深いですが)ちょっときつかったかな、と感じました。その反面、やっぱり必要かなとも。ベテラン様方の感想を(後で)読んでご指摘の通りとも思いましたが、全体的に見て、いいお話と思います。

 拙い変な感想、失礼しました。
 
No.7  水川 朝子  評価:--点  ■2011-04-02 00:13  ID:u3lyy/5P.xY
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RYO様、読んでいただきありがとうございます。

的確なご批評、とても参考になりました。短く書きすぎたような気もします。現実的にも、私の勘違いがたくさんありました。まだまだ人生経験が足りないですね。矛盾しているところもたくさんあったようで、教えていただけてよかったです。推敲の大切さも思い知りました。もっと彼女らしいエピソードを考えて今度書きたいと思います。
説明じゃない小説が書けるようになれるようもっと頑張りたいと思います。
No.6  RYO  評価:10点  ■2011-04-02 00:01  ID:lW1/uIoyzI2
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こんばんは。読みましたので感想を。
率直な感想を言えば、書こうとされたことは理解はできてても、感じることはできなかった、といったところでしょうか。
部分部分が安直的な感じが強いのが原因と思われます。
食事しようと誘われて、いきなりマック。じゃあ、今までどこにいたのでしょう。
就活が大変なことはわかりますが、そのリアクションが有名大学うんぬんとかでは安易に思います。
通っている大学に「有名」がついたなら、多少、謙遜とかないのかとも思いました。
べつに高校生がマックにいてもいいわけで、真面目に通ってないならなおさらであるし、一週間学校に行っていない高校生にしては、性格がやたらと素直ですよね。学校に行っていない理由も直接的なものは見当たらないように思います。姉の自殺が原因としても、時間的なものが見えないので、なんともいえません。「昔、聞いた」とあるとなおさら、分からない。
それにしても、十年ぶりに姉の友人に会ったというにしては、「最後の親友でした」と、さらっと言って、縁遠いのか、どうかといった感じがします。
最後の公園のエピソードも唐突すぎて、印象としては薄いです。
で、心地良い日というのが一つのキーワードになっているように思いますが、一行目の「まさか今日に限って」というほどのものがどこにあったのかと思います。

ざっとこんな感じでした。
細かく読み込めていないところもあると思いますので、誤解があるかもしれません。そこは適当に流してください。
総じて、言葉の意味をなぞっているだけで、そういう姉がいたという説明に終わってしまっている作品になっているように思います。もっと姉についてのエピソードを詰めた方が、姉の人柄、その周囲の人について見えてきたと思います。
たとえば、「春奈は私たちにとって頼れる存在だったんだけど、友達はしょっちゅう変わってた」というのは姉についての説明なわけです。

上からものを言っているようで心苦しいですが、この辺りを詰めると、良いように思います。
乱文失礼しました。
No.5  水川 朝子  評価:--点  ■2011-04-01 23:48  ID:u3lyy/5P.xY
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らいと様、読んでいただきありがとうございます。

なるほど、空気感と緊張感が足りないんですね。自然な会話というのが、なかなか書けなくて……これから、頑張りたいと思います。また、見せるということをあまり考えたことがなかったので、教えていただけて参考になりました。ありがとうございます。
お互い頑張っていきましょうね。
No.4  らいと  評価:20点  ■2011-04-01 23:40  ID:iLigrRL.6KM
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今晩は。
読ませて頂きました。
率直な感想を言わせて頂きますと。もっと空気感があったらよかったんじゃないかと思います。
それと緊張感。空気感と緊張感はどうやって生まれるかというと、会話と情景描写じゃないかと思います。
会話主体の小説もたくさんありますが、そういった小説の会話は、かなり練られていて緊張感があると思います。
つまり説明っぽくないんですね、会話が。
そういった説明ではなくて、見せるに焦点を持っていくともっと面白くなると思います。
と、えらそうな事を書きましたが、自分もワナビなので一緒に頑張りましょう。
No.3  水川 朝子  評価:--点  ■2011-03-30 13:18  ID:u3lyy/5P.xY
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昼野さま、お様、読んでいただきありがとうございました。

昼野さま
勢いにまかせてかいてしまったため背景描写など、丁寧にかかずに安易に投稿してしまいただただ反省です。また、内容の起伏のつけかたもまだまだで、これからもっと練習したいと思います。ラストの見せ方ももう少し考えようと思います。率直な意見がいただけて、とてもうれしかったです。
これからも精進していきたいと思います。

お様
小説ではなく、会話という印象を受けたとのこと、自分の力不足を思い知りました。もっと経験を積んでから、再挑戦したいと思います。自殺という言葉に簡単に頼ってしまったようで、これからは気をつけたいと思います。批評していただけて嬉しかったです、ありがとうございました。次回はもっと努力しようと思います。
No.2  お  評価:30点  ■2011-03-29 23:43  ID:E6J2.hBM/gE
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うーん。会話だ。
会話ですね。会話です。
さて、会話ですが。
この手法自体は、ありかなしかというと、ありだろうと思うわけですが、ただこれ、ちょっとやそっては、なかなかうまくいかない。すごい感性か、すごい経験を要すると思うわけです。これがまた。
で、まぁ、本作でどうだったかというと……、
まぁ、会話 ですね。
うーん、小説? となってしまいました。
でまぁ、予想しなかったわけでもないのですが、降って湧いたようにラスト出てきた自殺という言葉に、僕は、ちょっと、なんだかなー。
書き手の意図はともかく、受け手としては、安易だし、アンフェアな気がしました。
とはいえ、物語りの一部としては、けっこう、好きな感じでした。
前後ときっちり描ければ、良いお話になりそうな予感。
頑張れ! (ちょっと無責任ぎみに)
でわでわ
No.1  昼野  評価:20点  ■2011-03-29 23:31  ID:MQ824/6NYgc
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読ませていただきました。

お話自体は面白かったのですが、見せ方がいまいちかなと思いました。
もうちょっと起伏をつけて、読み手をひっぱっていく工夫が必要だと思います。しょうじき読んでいてしんどかったです。
あと、背景描写が全くといって良いほど無いですね。作品に奥行きをつけるためにも描写が欲しかった感じです。
あと、ラストにちょっと期待して読んでたんですが、イマイチぐっと来なかったです。
あれこれ言いましたが、お話自体は良かったんで、今後に期待してます。
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