スター
「絶対、変わり者だよ」
 ついて来なければ良いのに。
「昔っから?」
 同じ質問を何度、繰り返せば気が済むのだろう。
「ねえ、小学校でも良いし中学校でも良いんだけど、修学旅行の時のバスの席って先生の隣の補助席とかじゃなかった? あの、友達のいない『あぶれた子』の定位置。学校でさあ、お弁当とか給食とかって一人きりで食べてなかった?」
「……。ウルサイ」
 僕は黙って見上げていた。星が綺麗だ。

 屋上。四階建てのビル。一階に印刷会社の事務所。二階が学習塾。三階と四階が賃貸になっている。僕らの部屋は四階の一室。大抵、僕は徹夜で作業をする時、煙草を吸う為に屋上に上がる。

「何で、僕の部屋なのに煙草を吸っちゃいけないんだろう?」
美枝も見上げている。僕は屋上の手すりにもたれ掛かりながら、胡坐をかいて座っている美枝を見ている。 
「喫煙は時代遅れなの。日本はもう、アメリカになってるんだから」

 いや、まだ日本だ。まだまだこれからだって日本だ。こういう訳の解らない発言は無視する事に決めている。否定しようものなら、美枝は『The Star Spangled Banner』を大声で歌いかねない。とにかく。
「とにかくとにかく。ここでこうして煙草を吸いながら星を見ているのが僕にとっての一番の安らぎなんだよ」

 美枝は僕の言葉を鸚鵡返しする。
「とにかくとにかく。ここでこうして煙草を吸いながら星を見ているのが僕にとっての一番の安らぎなんだよ……。って、気持ち悪いよね。やっぱ。絶対に変だよね。ウイスキーの空瓶の中にピンセットで船作ったりしてるでしょう?」

 僕は煙草を携帯灰皿の中に捻り込む。灰皿を持っている左の掌に熱を感じる。微妙に熱い。

「だから、だったら来なければ良いだろう? そんなに文句タラタラ言うなら、部屋で寝てなよ」
「一緒に外に出られて、話が出来るのはここくらいでしょう?」と、美枝は間髪入れずに言う。僕はこのまま、こうして、夜空を見上げているだけで良いのだろうか?

「ねえ、あたしは、貴方の事が、まあまあ、好きよ」
 僕は吹き出してしまった。
 美枝は僕を見て、微笑んでいる。
「まあまあ、好きよって何だよ? 喜べないよ」
 美枝は立ち上がり、僕の右隣に。手すりに両腕の肘をつく。そして両手の甲を両頬に添えて、頬杖をつきながら前方に視線を向ける。
「サッポロ一番塩ラーメン。白菜シイタケニーンジン。季節のお野菜いかがです?」と、美枝はあのCMソングそのままを歌った。
「え?」
「これ、良い歌だよね?」
 僕らは声を潜めて笑った。クククって。
「ふう……。あーお腹痛い。あのね、あたしはこのままの生活で良いと思ってるの。本当に。あたしが働いて、貴方が家事をする。別に変じゃないわ。うまくいってるし。あたしは一応、スターだし。イトーヨーカドーの婦人服広告には欠かせないモデルだし。生理の時だってこの笑顔よ」
ニッと笑った顔が切ない。僕は美枝を見つめている、だけ。
「別に変な意味じゃなくってよ。嫌味とかじゃなくて。結婚して幸せにして、とかじゃなくて。そうじゃなくて、どうあるべきなのかなって。どういう風にあたしたちは進んでいくのかなって。貴方はどう? どう、考えているの?」
 唐突に投げかけられた質問はとても、とても難解だった。遠くで歓声が上がった。ロケット花火の「キューン!」という音が聞こえる。江戸川の土手に数人の人影が動く。また、歓声が上がった。

「僕は美枝が好きだ。好きで好きで好きで好きだ」
 美枝は歓声の上がった方をじっと、見つめている。
 沈黙。四階建てのビルの屋上。静かだった。
「ふーん、まあまあ、好きよ。そういうの」
 刹那、見つめあい、僕と美枝は笑った。今度は少し声を出して笑った。

 ロケット花火の「キューン!」という音が聞こえた。
 また、歓声が上がった。
小松菜 みず
2023年11月03日(金) 11時10分18秒 公開
■この作品の著作権は小松菜 みずさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
むかしの古いデータからむかしの短編が出てきました。ちょっとだけ整えましたが、ほぼそのまま投稿させて頂きます。

わたしって、超初期のころから「イトーヨーカドー」とか、急にわけわからない歌を歌ったりしていたんですね。

ある意味変わっていないんだなって思いました。そして、それはそれで安心してしまいました。

この作品の感想をお寄せください。
No.8  小松菜 みず  評価:--点  ■2023-11-19 19:54  ID:ELoqBiWqZQs
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昼野さま

お読みいただき、コメントもありがとうございます。
小松菜みず、です。

>注文をすれば主人公の変人ぶりについてもうちょっと具体的に言及した文章が欲しいところです。
>あと決定的に印象に残るような何かが足りないかなと思います。

仰る通りです。
当時もいまもそういうところを確り意識できていないかもしれません。
現在は本作よりは多少は良くなってきているとは思います。
もし宜しければ、「monogatary」でも書いていますので、何卒よろしくお願い致します。
No.7  昼野陽平  評価:30点  ■2023-11-13 19:43  ID:o2OosIKhWW.
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読ませていただきました。
読後感が爽やかで雰囲気小説としてなかなか上手くいってると思います。
注文をすれば主人公の変人ぶりについてもうちょっと具体的に言及した文章が欲しいところです。
あと決定的に印象に残るような何かが足りないかなと思います。
ありがとうございました
No.6  小松菜 みず  評価:--点  ■2023-11-12 09:38  ID:ELoqBiWqZQs
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えんがわさま

ありがとうございます。
「作者からのメッセージ欄」にも書きましたが、かなり昔のものですが、わたしは基本的に変わっていないのだと思いました。

サッポロ一番では、塩ラーメンが一番好きです。
いり胡麻が入っているのが優しいなっていつも思っています。

えんがわさんは、サッポロ一番シリーズでは何が一番…… とわたしの悪い癖です。ふふ。
No.5  えんがわ  評価:30点  ■2023-11-10 22:22  ID:PyFRimgEhSs
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ムードがありますね。
世界一ムーディなサッポロ一番の歌。ははw

何気ない会話からお互いがお互いをわかりあっている、思いあっているというのが感じられて好きです。

冷たい屋上の風に、ほんのした温かい人の情が染みるー。
No.4  小松菜 みず  評価:--点  ■2023-11-08 22:58  ID:ELoqBiWqZQs
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陽炎さま

お気づき頂きありがとうございます。
コメントも本当にいつも感謝しています。

そうなんです。わたしは昔からあまり変わっておりません。
良いのか悪いのか。。。ふふ。
No.3  陽炎  評価:50点  ■2023-11-08 16:29  ID:.T.XHKIbJ8o
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まぁまぁ好きっていうのはきっと
相当好きってことなんだろうな、なんて思いました
照れ臭いから言えないんでしょうね
その、ちょっと変わった彼に対して

イトーヨーカドーが出てきたから
てっきり続き物か、番外篇かと思いきや
昔の作品だったんですね
洋子の原点ここにあり、みたいな(笑)
No.2  小松菜 みず  評価:0点  ■2023-11-07 08:56  ID:06jxxJI4kmA
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ねこかわいいさま

こちらも読んでいただき、本当にありがとうございます。
ちなみにこちらはずっと生息していると思います。ふふ。

たまには大好きよって言うのは大切ですよね。
わたしは大人になるまで、なかなか難しかったです。

地上の星! 言い過ぎですってば。はは。
でも、嬉しいです。ありがとうございます。
大切な友達です。

ウイスキーのところ、書いたわたしが忘れてて、
わたしも笑いました。ははは。
No.1  ねこかわいい  評価:50点  ■2023-11-04 11:03  ID:9pxemaegKFc
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ふふふ。トーンがいつもより静謐な感じでした。
>ウイスキーの空瓶の中にピンセットで船作ったりしてるでしょう?
ぷっと笑ってしまいました。
三枝ちゃん、大好きよってたまには言ってあげてね。

小松菜さまは私にとっての地上の星よ。
総レス数 8  合計 160

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