バスに乗るまでの思考
黒く湿ったアスファルト。消えかけた白線。歩きながらイヤホンを解く。左手首に掛けたビニール傘の先が揺れる。そういえば今日は夕方まで雨が降るらしい。緑の葉や赤い花びらに雨水を乗せた庭の植え込みのツツジを思い出した。白く曇った空。どこまでも続く運河沿いの工場。ビルの陰。一面の灰色。水たまりの水面。小雨が落ちて震えている。映った電線が歪む。傘はまだささない。イヤホンを両耳に入れる。最近買ったばかりのアルバム。何度も繰り返し聴いてる。彼の声と曲調は今日みたいな日にぴったりだ。灰色の街。都市。気だるげな毎日。間抜けで感傷的な感情。恋人。愛。きっかけを必要としてくすぶる者。外国の古い映画を思い出した。タクシードライバーの彼。あの映画を見るには中学生の私は若すぎたと思う。未来が、可能性が十分にあった。
公園を通る。小学生のときに名前を覚えた雑草たち。うす紫の小さな花。つくつくと上に向かって伸びる草たち。四月はとっくにすぎて、植物の種はみんな芽吹いてその背丈をぐんぐんと伸ばしている。五月の爽やかさに少し夏の香りが混って、そうかと思えばいつの間にか梅雨の季節に入ろうとしていた。
公園を通り抜ける。自転車置き場の側の、影になった集合住宅のポストがある灰色の踊り場を外から眺めながら、そこにいた自分を思い出そうとした。仄暗くて狭い場所。多分小学生は誰もがみな、秘密の話をするための特別な空間を必要としているのだ。
バス停のある歩道に着いた。すでに数人が駅へ向かうバスを待っている。小柄なお婆さんとくたびれたシャツを着たさえない様子の男と、スポーツ・ウエア姿の日焼けした中学生。歩道は道幅の広い車道に面している。運河沿いの車道の両側には工場が立ち並び、早朝は大型のトラックが何台もそこから発車する。
列に並んで、スマホの画面を見るふりをしながら、目の前の道路を走る車の運転席を一台一台確認する。これはもうほとんど癖になっている。どんな車に乗っているかもわたしは知らないから。いつも、以前に出会った場所を通るたびに、辺りを見回している。街でよく似た背丈や顔立ちの他人を見て、どきりとする。1日のおわりによく考える。今日は誰があなただったの。それとも誰もあなたじゃなかったの。画面の雨水を指の腹で拭い、そっと電源を切った。バスが到着し、プシュー、という音を立てて扉が開く。私は人々の後に続いてバスへ乗り込んだ。
雨水らん
2017年05月31日(水) 02時41分40秒 公開
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■作者からのメッセージ
初投稿です。拙い文章ですが読んでいただければ幸いです。

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No.1  うづひこ  評価:40点  ■2017-09-05 21:12  ID:72J7l9WakjY
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>未来が、可能性が十分にあった。

素敵ですね。ちょっぴり後悔の混じる郷愁、自分も身につまされます。
総レス数 1  合計 40

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