花葬 |
サクラちゃんのお父さんは思ったよりも若く、でもここを訪れる多くのお客さんのようにどこか影をさした顔だった。 岐阜は山間。空は高く広く、日はイヤというほど眩しい。麦藁帽から汗がしたたる。サクラちゃんのお父さん、大木さんという、もまた慣れぬ山道を汗をかきかき登っていく。 雲は白い。夕立が降るかな。蝉がさんさんと鳴いている。偶に通るだけの新幹線。そして夏にいよいよ勢力を増す緑。春の鮮やかさから、濃く深い色に活き活きとそよいでいる。 「こちらです」 「花葬園ふくじゅ」に入ると、そこには色取り取りの花が咲き誇っている。綺麗に整備された一つの区画にそれぞれの個性、それこそ命がけの趣向を凝らしたさまざまな花たちが咲いている。今なら百合、あじさい、マリーゴールド、かきつばたとカラフルな白だったり紫だったり赤だったり、春よりも濃厚なもはや熱帯と言って良い日本の季節を反映した花々が並んでいる。下手をすると観光地になって、要らぬお客さんが「映え」のためにやってくるようなそんな雰囲気だが、わたしの師匠の前の「花葬園」もそれでダメになったそうだが、ここは人っ子一人いない。知る人ぞ知る、利用者だけが知るところだし、その性質柄、不必要にこの場所を教えようとする人たちもいない。ここには安らかに眠って欲しい大切な家族や友達が、静かに横たわっているのだ。大木さんもサクラちゃんのことを思ってか、花への眩しい喜びの表情の次には寂しさを忍ばせていた。 「もう半年になるんですね」 隠しきれない悲しさを隠すように大木さんはつぶやいた。 「はい。たったの半年ですよ。植物にとっては。樹々にとっては。たったの半年です」 「ありがとうございます」 大木さんはふと遠くの雲を見つめるように 「わたしも忘れないといけないと思うんですがね」 わたしも遠くを見つめながら 「幸せですよ。サクラちゃんは。今も思ってくれる人がいてくれて」 「それが、少しつらいです。家に帰ると迎えに来てくれたのはサクラだけだったのですから。娘も嫁もスマホでぽちぽちとつまらなさそうに暇をつぶしてる中、サクラだけが我先にへと僕にぶつかるようにつっこんできたなぁ」 わたしはこんな時かける言葉が見つからない。でも、見つからなくていいのかなと最近思っている。ただ、軽く頷く、それだけで少し人の荷は軽くなのではないかと。 「こちらです」 石の碑に「大木サクラ」と書かれていて、横には水やりの桶がかかっている。そしてその周りには赤みがかったヒマワリ、ハイビスカス、サルビアと赤を基調とした花々が元気よく咲いている。サクラちゃんの栄養を吸って。サクラちゃんの死体の栄養を吸って。 大木さんは右手の甲で目元をぬぐった。 「花葬園ふくじゅ」は文字通りペットの動物たちを「花葬」する為の施設だ。従業員は8人ほど。以前は3人で回していたので盛況なのだろう。ペットを土地に埋葬し、そこに花を植える。そのペットの主人の意向を聞きながら時にこちらがアドバイスし、時に一方的にオススメのままに植え、そして各季節に花がシーズンを迎えるたびに専門の写真家に頼み、その写真を送る。大抵は電子メールの添付ファイルになるのは時代の流れだが、やはりきちんとした装飾の凝らした写真入れで郵送することも多い。そして時には、大木さんのように利用者本人が訪れ、黙祷をささげ、また季節の花々を花束として捧げることもある。大木さんの渡したヒマワリ一杯の花束は、幾つかそのままサクラちゃんの埋葬場所に添えることになるだろう。 「前、訪れた時は桜の季節でしたね」 「ええ」 「桜、この木でしたっけ」 墓前の指差された樹にこくりとし 「ええ、八分咲きのときでした」 大木さんはわざわざ「サクラちゃん」に相応しい桜の木の前の土地を選んだのだった。桜の下には、という不吉なイメージのせいか、意外と人気がなくて、悲しんでいただけに、願ったりも叶ったりだった。 「あの時は、人の命も犬の命も、なんて儚いものだろうと思ったものですけど」 それから沈黙。言葉を継いでくれるのを待っていることを察してわたしが続ける。 「花の命も儚いです。でも花もまた次の年にはほころび、そして実をつけます。巡り巡り、回り回ります」 「今日はちょっと感じ方が違ってるんですよ」 意外なことにそう喋る大木さんの目には少し笑みがかかっていた。 「このヒマワリ。何気なくサクラに合うかなとリクエストしたんですけど、わたしも街中でヒマワリを見つけるたびに思い出したんですけど」 「はい」 「ここまで立派に堂々と育つなんて」 そう、田舎の良く陽を浴びて水をもらったヒマワリは、高く大きく美しく咲いていた。サクラちゃんの亡骸を糧に。 「立派だ」 「はい」 「まるで、わたしを勇気づけているみたいに」 大木さんはしばらく墓内を見守り、優しそうな目で見つめ、「家族に見せなければ」と失礼とわざわざお断りをしてデジタルカメラに収め、それから長い黙祷をし。 「さっきバカらしい思い付きをしたのですけど」 それから沈黙。 「いや、やっぱやめとこう」 わたしは穏やかに 「笑ってあげるから、どうぞ話してください」 「このサクラの遺したヒマワリ。そのヒマワリの種をいただいて良いですか。ハムスターでも飼おうかなって。すっかりわたしは寂しくなってしまったし。娘も寂しそうだし。まずはハムスターを飼って、それから」 喜ぶと思いますよ。わたしは笑った。心から。 |
えんがわ
2025年07月17日(木) 22時36分27秒 公開 ■この作品の著作権はえんがわさんにあります。無断転載は禁止です。 |
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