私小説 −1−
 携帯の通知が光ったので、内容を確認すると、いつものくだらない相談だった。
―うちの彼氏、やっぱり女と会ってるかも。
 地下鉄のホームで次の電車を待ちながら、ぼくは小さくため息をつく。
―だから1回距離置いたらどうだって。
 上下を水色の線で囲われたチャット画面に打ち込んだ文字を確認し、送信ボタンに触れる。

 仕事へ向かう道すがらのやり取りだった。
 頭上には三階建てのビルを横倒しにしたほどの大きさの電光掲示板が掲げられ、来月から配信が始まるドラマの予告が流れていた。
 ホームに駅員の低い声でアナウンスが響き、トンネルの奥から黄色い灯りが迫ってくる。

 接客業は苦手だった。
 苦手というか、誰かに命じられなければ勧んでやろうと思わない仕事だ。
 一浪した大学で音楽活動にのめり込み、卒業も半年遅れた人間を新卒採用で受け入れてくれる枠は狭い。身から出た錆だ。
 とはいえ、仕事を任されるからにはそれなりの努力をした。
 コミュニケーション力を高めるため、近所にあるバーの扉を独りで押し開き、マスターと常連が話す輪の中に恐る々々加わってみたりもした。

 彼女と知り合ったのもその一環だった。
 マッチングアプリとまではいかない無料のチャットアプリで、全国どこかしらにいるユーザーとつながってメッセージを送り合う。

 カナダへ留学後、国際線のCA勤務を経て今はLCCに添乗しているとのことだった。
 昭和の時代にはスッチーと呼ばれ持て囃されていた頃と比べ、今はその職業ブランド価値も下がってきたようだ。
 給与は手取りで20万にも届かず、ダブルワークで家庭教師や被写体モデルなどをこなすCAも少なくない。

 しかしそんな現状を知ったり気にしたりするのは業界内だけのこと。
 CAとして合コンへ参加すれば今でもカースト上位を獲得し、恋愛の相手に事欠くことはないという。
 そのため多くのCAはお金を持つ彼氏に依存し、年齢の価値が損なわれないうちに早めに結婚して身を固めるのが王道コースといえる。

 しかし機を逃すと、彼氏が他の女へ目移りするのも早い。
 職業が武器となるのは付き合うまでのわずかな期間のみで、職業で選ぶ男もまた興味本位で近づいてくる場合が多いという。
 所属企業にもよるが、彼女の働いている会社は制服で空港外を出歩くことを基本的に禁じられている。
 私服でデートをする時に聞く話の中には同僚や不規則なフライトスケジュールについての愚痴も多く、一般人が持つ華やかなイメージとは一転、地方都市のOLが話す内容と大差なく、CAが恋人だという特別感を感じられるのも最初だけだ。

 付き合うと減点方式になってしまうことは免れない現状で抱える悩みを、だれか見知らぬ人に聞いて欲しい。
 そんな経緯でたまたま知り合った隣の県に住む彼女から、こうして連日にわたり恋愛相談が送られてくるようになった。
TAKE
2024年08月09日(金) 10時29分31秒 公開
■この作品の著作権はTAKEさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
作者からのメッセージはありません。

この作品の感想をお寄せください。
感想記事の投稿は現在ありません。

お名前(必須)
E-Mail(任意)
メッセージ
評価(必須)       削除用パス    Cookie 



<<戻る
感想管理PASSWORD
作品編集PASSWORD   編集 削除