なんとなく
「ありがとう」
「こちらこそ」

 少しだけ坂になっている道を歩きながら、僕と円香は、ほほえみあう。
 道にはぽつぽつと緑があり、古びた家が瓦の屋根を履いて、空は水色と薄雲が混じり合っている。風は穏やかで、地味に散歩日和だ。
 名も知らない鳥のチィチィという高い鳴き声がする。その音に調和した、遠慮がちに弱いのでもなく、不自然に張り切るのでもない、二人の間を行き交う声。思ったことをそのまま伝え、思われたことがそのまま伝わる、距離感。自然と平行線を描く二人の歩幅。
 そう振り返ると、今までの道が奇跡のように思えてくる。

 畑から鳩が音を残して飛び去る。土地には輝きを失った黄金色の枯草と、まだつぼみの白い木、梅の花かな、が植わっている。

 僕の通い慣れた近所の公園、円香にとっては僕を通してはじめて知った公園、そこに行き着く。円香との付き合いたてのデートでは、商店街やアミューズメントパーク、観光地を巡っていた。それが、コロナで近場の人の少ないこの公園に二人で行く機会が多くなり、そして実際はディズニーのパレードで騒ぐよりも、ここで心休める方が、二人には合っていることを知った。ここでお互いの顔を見て、お互いの近況を話す、それが落ち着くとお互いの想い出を話す。なんとなく、これが心満たされるひと時になる。

 広く取られた樹々のスペース。木は葉を落とし、裸になり、冬の空気に直にさらされ、今にも寒そうに震えている。少し遠くのグラウンドからは、青年たちの野球チームの掛け声が聞こえる。見えなくても、今にも円陣を組んだユニフォーム姿が浮かんでくる。
 日曜日と言うこともあって、平時は人がほどんどいない公園には、4,5組の子供連れの家族が、ブランコや滑り台の前でたたずんでいる。何をするわけでもないとは思うのだが、子供の顔はほんとうに幸せそうだ。いかにも人生を楽しんでいる、笑い声がそこから聞こえる。

 自動販売機がある。最近、少し値上げをしていて、一缶140円もする。そんな話を円香にしたら、「セコイな」と言われた。あたたかいカフェオレを二つ買う。「俺がおごるよ」といったら、がんとして許さず、彼女は彼女のコーヒー代を払う。「20円の誤差で文句を言うあなたにわたしからの施しよ」とかなんとか何時もの謎理論で押し切られてしまった。
 公園の家族連れを見ながら、カフェオレ片手に、最近の話をする。と言っても年老いた愛猫や、身体の調子や、天気や、近くのカレー屋さんの話。脈絡もなく、どうでも良いことだが、話が弾む。カフェオレを飲みながら、マスクを外して素顔で笑い、ほがらかに話す。これが永遠に続けばいいのにと、ちびちびとカフェオレを口に付けるが、それはあっという間に過ぎてしまう。缶をゴミ箱に入れた彼女は、またマスクをつける。
 近代アートだろうか、妙にクネクネと曲がった銀色の巨大なシンボルの近くで、子供たちがおいかけっこをしている。母に近くで見守られながら、幼児がブランコをこいでいる。砂場の近くのベンチで、父と母と娘が、まどろんでいる。そういうのを見て。
「家族っていいなぁ」
「そうねぇ、あなたは、ケン君は持ちたい? 家族を?」
「わからない、でもいつかは持ちたいなぁって」
「誰と?」
「そりゃ、もちろん、君と」
 そんな会話をする。
 そんな会話をしていたはずが、円香は妙に縮こまって下を向いている。しまった、と思った。僕が上手い言い訳を考える間もなく。
「それって、プロポーズ?」
 クリティカルに弾んだ話に、ええいと思う。
「そうかもしれない」
「かもしれない?」
「いや、いやいやいや。うん。うん。プロポーズってことにしといて」
 なんとなく、プロポーズしてしまっていた。
「返事は?」
「崎陽軒のしゅうまい弁当。あの中華街の、昔コマーシャルしてた」
「え?」
「あれ、おごってくれるなら、いいかな」
 実に彼女らしい答えだ。
「ありがとう」
「こちらこそ」

 彼女の髪をなで、それからマスクをとる。あらわになった、彼女の薄いくちびるに、キスをする。
えんがわ
2023年01月25日(水) 00時38分38秒 公開
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No.6  えんがわ  評価:--点  ■2023-04-15 08:16  ID:PyFRimgEhSs
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>ゆうすけさん

こちらにも感想ありがごうございます。
ゆうすけさん、ありがとう。でも無理しないでね。

ゆっくりと緩やかにシーンをスケッチするように書こうと思いました。
今回は自然体な感じになったのは、ほんと嬉しいです。
「なんとなく」のタイトルは自分でも気に入ってます。
No.5  ゆうすけ  評価:40点  ■2023-04-04 20:31  ID:QOM0ArBj2LA
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拝読させていただきました。
なんとなく、というタイトルが実に見事にはまった作品ですね。背伸びせず、無理せず、自然と繋がっていく感じ、ああ、そんな時があったっけかな。そんな思いを抱かせてくれる、決して味付けは濃くないけど、心地よい風味を感じさせてくれました。最近疲れているのでこういうので不意に癒されます。
当たり前の日常を共に感じながら過ごせる相手、これですな。
創作って楽しくないとできないので、楽しく書いていきたいなと私も感じます。
No.4  えんがわ  評価:--点  ■2023-01-28 22:28  ID:PyFRimgEhSs
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天祐さん

>丁寧に描写をされていますが、些細な言葉選びの違和感が引っかかってしまって、一文のテンポを乱してしまっているように思います。

>描写を細かくすることと無駄を省くことは相反する作業で難しいですが、もう少し研磨や推敲ををされるとより思いが伝わると思います。

あああああ、はい。
うーうー。
自分は文章力無いんだけど、どこらへんが悪いのか自分では良くわかってないんですー。
自分は正確さよりも、文章のテンポとか響きとか優先しすぎちゃってんのかなー。
ほんと。そこねー。自分でも課題ですー。

ご指摘になった部分で明確にわかるのは「今にも」が被っちゃうのはいかんですな。

もっと読みやすく伝わりやすい文章を心掛けたいです。
推敲もきちんとやんないとーん。

長編かー。最近長いの書けてないんです。少しずつ、射程距離を伸ばさなな。

ではー。丁寧なアドバイス、ありがとですー。
No.3  天祐  評価:20点  ■2023-01-28 20:48  ID:F2cSASWZGBA
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拝読しました。

丁寧に描写をされていますが、些細な言葉選びの違和感が引っかかってしまって、一文のテンポを乱してしまっているように思います。

例えば以下の部分。

木は葉を落とし、裸になり、冬の空気に直にさらされ、今にも寒そうに震えている。少し遠くのグラウンドからは、青年たちの野球チームの掛け声が聞こえる。見えなくても、今にも円陣を組んだユニフォーム姿が浮かんでくる。

私の読解力の無さかもしれませんが、「今にも寒そうに震えている」は「今にも寒さで震えだしそうに見える」などとしたほうが伝わるかもしれません。また、直後に「今にも円陣を組んだ」とありますが、「今にも」という表現が重なってしまっていますし、「今にも声を張り上げそうに円陣を組んだ」などとしたほうが読み手にはイメージしやすいように思います。
描写を細かくすることと無駄を省くことは相反する作業で難しいですが、もう少し研磨や推敲ををされるとより思いが伝わると思います。


文章全体の雰囲気はあたたかく、居心地の良さを表現されている語り口だなと感じました。
長い物語の抜粋のように感じました。この雰囲気の長いお話も読んでみたいなと。
次回作も楽しみにしております。
No.2  えんがわ  評価:--点  ■2023-01-26 14:49  ID:PyFRimgEhSs
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アラキさん

ありがとうございます。幸せを書こうと思いました。
二人の間の信頼感が伝わったようで、嬉しいです。

昨日はめちゃくちゃ冷えました。
まだまだ冬本番です。アラキさんもお体をお気をつけて。
No.1  アラキ  評価:30点  ■2023-01-26 07:42  ID:pu1HY/1I14U
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拝読しました。
周囲の風景が寒い分、ほんのりとした温かさが感じられる作品でした。
プロポーズなどという重大な出来事が日常の一部としてサラッと行われてしまったところに、二人の睦まじさを感じます。
彼らにとって結婚はごく自然なことだったのでしょう。年をとっても同じように二人で語らう姿が目に浮かびます。
二人してちょっと照れ屋なところも微笑ましいです。お幸せに。
総レス数 6  合計 90

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