買います売ります。 |
うー、さっむい。 見かけの割りに保温性のない、部屋用という割りに人目を気にした、もこもこの靴下にブーティは窮屈だ。 チャックも上げず、ただつっ掛けていたそれを忙しなく脱ぎ捨てると、そのまま片足で靴箱の下へと払った。 靴箱の中はもう寸分の隙間もなく、絶妙にアンバランスなバランスを保っているから邪魔できない。 体を擦りながら電気ケトルの電源を入れ、束の間の自問自答。 ミルクティー、砂糖多めでいきましょ。 ティーバッグさん入りまーす。と一人ごちながら、よろしくお願いしまーす。とマグに放り込む。 ケトルの側面の熱を両手に移しながらじりじりと時が満ちるのを待つ。 いつの間にか、エレベーターの上り降りの移動すら着の身着のままでは厳しい季節。 やだ、いつの間にだなんて空々しい! 冬物のコレクションの先行予約だって秋にはもう一通り済ましていたじゃないですか。準備万端じゃないですか、と。 これだってきっと、そんなものの1つでしょうよ。 宅配ロッカーから取ってきたそれを見下ろすと、おもむろに段ボールのガムテープに爪を立てた。 そのためのジェルネイル、そのための月7000円、それは言い過ぎだけど、と私。 年単位には換算したくない、絶対にだ、と私。 段ボールの中にはパンパンに膨らまされたビニールの詰め物が我が物顔で占拠していた。 潰すとパーティー会場かと聞きまごう音が盛大に響き楽しいが、生憎我が家の壁は薄い。 たかが服1枚に過保護なんだよなぁ。 これまた長く伸ばした爪先同士擦り合わせて、ビニールでできたターゲットの息の根を確実に止めていきながら、待望の主役を手に取った。 この薄く根性のないワンピースが冬物とは思えないが、ブランドが言い張るならそういうことにしましょうか。 あー、これ結局買っちゃったんだ。 サイトで一目見た時から、買うか買うまいか博打だなぁとは思っていたような記憶があるが、今確信した。やっちまった。 誰も悪くないの、悪いのは私なの等と言いながらタグを探し当て、片時も手から離れないスマホをかざす。 今度は全体の写真、それから皆見てくれ、私はこいつにやられた、と公式サイトのルックブックをスクリーンショット。 それでは問題のこちらの画像の検証に移りましょう。 このモデルの体に沿うようなデザインは絶対に後ろで詰めているからだし、これとこれが同じものに見えるか? はい逮捕。 丈だって実物のが大分長くて野暮ったいやろが、ってそれはスタイルの差。 でも私は鬼じゃない、真実を明かした上で探すんだ、継承者を。 優しい、優しいと称賛の声が頭に鳴り響いた。 フリマアプリって本当に便利。 買い物は手にした瞬間で勝ち負けが分かる、ようするに通販には手を出すなって話なんだけど、先行予約やら市井の声やらに抗えずに買っちゃう時だって時にはあるんだよ、仕方ないの。 ごめんね素直じゃなくて、夢の中で言えたら十分。 昔は泣き寝入りするしかなかった。古着屋に売り付けに行っても二束三文。 そんなこともありました。 でも、今は違う。 出でよ…!次なる愚か者…!と思いながら出品という文字に指を添える。 フリマアプリを始めて今日でちょうど1週間だ。 この前引っ越ししたこともあって、既にあらかた断捨離済みだったのに、それでもこの1週間で150数点出品した。 出るわ出るわ、ここって宝の山だったみたい。 最初は自分にとっての有象無象がお金に変わることが楽しくて仕方なかったけど、やりとりや梱包、発送に追われる毎日、何だかむなしくなってきた。 だってひとつひとつは端金だし。端金の輪舞だね。 とは言え、家はすっきり片付いて、気分はミニマリスト。 服やコスメや靴で溢れかえることもなくなった。 でも、肝心の売るものがなくなった。 いやいや、フリマはうんざり、あんな貧乏臭いことって言ってたじゃない。舌の根も乾かぬ内に支離滅裂尻滅裂って思うでしょう? 私、買い物中毒の次にフリマ中毒になったみたい。 つまらないと思いながらも止められない、だってこれは中毒だから。 たった1週間で病み付きになるってあなたどれだけ中毒になれるものを探してるのって思うでしょ? せめて買い物を完全に辞められたらいいんだけどね、いけるか?私? で、話を戻すと、目は探しちゃうのね、売れるもの売れるもの…って。 別にお金が欲しいんじゃないの。 そりゃ欲しくないわけじゃないけど、もちろんあればあるだけうれしいけど、こんなに血眼で出品物になるものを探すのはそれだけじゃなくて、売ります買いますの関係が結ばれた時、顔も知らない名前も知らない相手と繋がる感じが癖になるから。 最低限の会話で、何だかロマンがある。考えすぎ? 何はともあれこんな私、今なら命…売らないけど、でも残ってるものをひとつ思い出した。 比較的薄いノートを買って、毎月使いきるって決めてるの。そう、それがこの日記。 こうして私、自分の日記を毎月他人に売ることにした。 はじめまして、あなた。 6月30日 午後3時 |
プルーム
2019年07月08日(月) 13時09分30秒 公開 ■この作品の著作権はプルームさんにあります。無断転載は禁止です。 |
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No.2 プルーム 評価:--点 ■2019-07-17 16:07 ID:a1gIIn8dHzg | |||||
感想ありがとうございます!励みになります。 日常に潜む小さな狂気、私も大好きなテーマなので、今回書いてみました。 |
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No.1 ナカトノ マイ 評価:40点 ■2019-07-12 00:27 ID:FLHCVOVt6M. | |||||
テンポが良くてスイスイと読み進み、これはどういうオチなのだろうかと思っていたら、まさか、という感じでした。女性の小さな狂気というか、こういったラストで全てを掻っ攫っていくような話が私は好きなので、とても面白かったです。 | |||||
総レス数 2 合計 40点 |
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