I only of rabbit・U |
「薫訊いてる?あのね、2位じゃ意味無いのよ、 1位じゃないと」 目の前で長々と説教たれる母親の話を聞きながら、 薫は俯いて唇を噛んでいた。手は自身の服を握り 締めている。 「あの点数はなに?ーーーーーーーーーーーー」 ぎゅうっと、握り締める手に力がこもった。1位 じゃないと、否、中学生から、母はテストの結果を 報告する度に薫を叱る。だから薫はこの時間が一番 嫌いだった。毎回服を握る事で、唇を噛むとで、こ の時間を乗り切っていた。 (………仕方ないじゃない、いっつも満点近く点数取る 化け物にどうやって勝てばいいの) 薫は天才では無かった。いや、がむしゃらに努力で きる人が”天才”であるならば、薫ほどあてはまる人 はいないと思うが。だが、それが”天賦の才”であっ たなら、薫は凡人の域だった。それを今まで努力し て努力して、天才達を打ち破ってきたのだ。だが、 あいつはそこらの天才では無かった。文字通り、格 が違う。 頭がいい上に運動も飛び抜けてよく、ついでに顔も そこそこという。性格は覇気がなく、いつもマイペ ースだが、そこがツボだという女子もいる。まさに 絵に描いたような完璧少年だ。 「薫訊いてるの!?貴女の為を思ってーーーーーーーーーーーー」 出た、”貴女を思って”。薫はそう思った。何が貴女を 思ってだ、何が貴女の為だ、そんなの母親のエゴだ。 確かに母の方が人生経験が長い。その分色々な事を知 っているんだろう。薫も分かっているつもりだ。今や 学歴社会だし何になるのも勉強しないといけない。だ がそれまでにまだ時間もある。何を急ぐ必要があるの だろうか。薫にとっては、母親がさせることが自己満 足にしか思えなかった。 (まあ、別にやりたい事があるわけでも無いし、反抗す る勇気も無いんだけどね) 何時ものように話を聞き流して、思ってもいない謝罪 を述べて、その日をやり過ごした。 ■□■□■□ カリカリ シャーペンが紙を擦る音がする。薫はこの音が嫌いで は無かった。テストの最中、塾のプリントの時間、周 りから聞こえてくるこの音は、薫に闘争心と集中力を 与えてくれる。その中で薫はこの上ない程意欲が湧い てくる。隣のやつのせいでそれも意味を無くしてしま ったけれど。 「サーメーちゃーんーーー」 「………………何?」 余りにも煩いのでペンを走らせる手を止めて隣のうる さいやつ、もとい兎月ルカの方に顔を向ける。兎月ル カはやっと向いたーと更に煩くなった。今現在二人は 教室に居る。時間は放課後で二人以外、人は居ない。 「あのさぁ、次僕が勝ったらっていう話をしてたんだ けど、聞いてなかったでしょ?」 「うん、全くね、興味ないから、だって、次勝つのは 私なんだから」 よく云うよ、そう言って兎月ルカはプイっと拗ねたよ うに他を向いた。そんな幼い仕草をする少年のどこに あんな知識を蓄える場所があるのだろうか、薫は不思 議に思う。胸の奥に黒くて汚い感情を押し込めて。兎 月ルカはそのまま黙ってしまった。 「ねぇ、兎月く」 「ルカ!」 え、と声を漏らすといつのまにか此方を向いていた兎 月ルカと目が合った。 「僕が次勝ったら、僕の事、名前で呼んで」 どうやら次の勝負に賭けるものらしい。彼はいつもど うでもいい様な事ばかり願うのだ。前は誕生日教えて だったり、その前は好きな事教えてだったり。それで いいのかと訝しんでいると、彼は気付いたらしく、優 しく微笑んで口を開いた。 「それでいいんじゃない、”それが”いいんだ」 ■□■□■□ テストの結果が掲示された。 予想していたことが、キレイに当たっていた。何時も のように、1位に兎月ルカの、2位に鮫島薫の文字。 もう悔しさも、悲しさも感じていなかった。ただこの 後の説教をおもって、無意識に唇を噛んで、服を握っ ていた。と、そこへ聞き慣れた声が聞こえた。 「サメちゃん、約束、覚えてる?」 「………うん、ル、カ………くん」 途端に兎月ルカは顔を背けた。言い慣れないと思いな がら、薫は兎月ルカに近づいた。 「ルカくん?どうし」 「くるな!」 反射的に肩がビクッとなった。何か気に障る事でもし ただろうか。見ると、兎月ルカの耳が赤くなっている。 「…えーっと、もしかして…照れてる?」 「………………………………………うるさい」 兎月ルカはこちらをジトっと睨みながら言う。そんな 赤い顔で言われても全然怖くないけれど。照れてる、 そう分かった途端目の前の完璧少年が可愛く思えてき て、ふふっと笑ってしまった。 「何が可笑しいわけ?」 「あはは、可愛い、ルカくん可愛い!」 「っな!?」 可愛いって言われても全然嬉しくないし!と言う少年 にまた笑いが込み上げてくる。 「あはは、はははは」 「っ笑いすぎだっつの、」 兎月ルカが近づいてきた時にあ、やらかしたと思った。 ジリジリと近づいてきて、薫は後づさりする。トン、 と、壁に背中がついた。兎月ルカとの距離は、あと50 センチも無かった。 「あ、あの、ごめ」 ドンっと横の壁を叩かれた。ビクついて目を閉じる。 次に目を開けると、顔が互いの鼻スレスレまで近づ いていた。端正な顔立ちが近い。これまでに無い、 兎月ルカの真剣な顔に目を見開く。不覚にもドキッ とした。 「言っとくけど、可愛いのはお前だから、この鈍女」 兎月ルカはそう言って去っていった。壁にズルズル と座る。鼓動がドクドクととめどなく鳴る。薫はそ の背中が見えなくなるまで動けずにいた。 「な………によ、それ………」 薫の問いに答える者は居なかった。 ■□■□■I only of rabbit・U 終わり■□■□■ |
yu-ri
2016年10月01日(土) 21時25分36秒 公開 ■この作品の著作権はyu-riさんにあります。無断転載は禁止です。 |
|
この作品の感想をお寄せください。 | |||||
---|---|---|---|---|---|
No.1 逃げ腰 評価:30点 ■2017-04-04 18:37 ID:QmqNILQPWJs | |||||
はじめまして。感想を。 一度下まで読んで、もう一度読み返しました。 結構気づきもあったりしました。 >>出た、”貴女を思って”。薫はそう思った。何が貴女を >>思ってだ、何が貴女の為だ、そんなの母親のエゴだ。 ここに共感するあたり、まだまだ俺も子供だな思ったりしました。 >>途端に兎月ルカは顔を背けた。言い慣れないと思いな >>がら、薫は兎月ルカに近づいた。 この当たりから、微妙に薫がリードするんだけど、 >>兎月ルカが近づいてきた時にあ、やらかしたと思った。 >>ジリジリと近づいてきて、薫は後づさりする。トン、 >>と、壁に背中がついた。兎月ルカとの距離は、あと50 >>センチも無かった。 このあたりでまた逆転されるわけかな。 読み間違ってたらごめんね。 兎月ルカは小悪魔系王子なのか。 良いじゃないですか。 俺が読む小説では出てこないタイプで、文章にすると力関係を意識しないと書けないので難しいんだろうなぁと思いました。 I only of rabbit・Uとタイトルがあるように続きモノになりますか。 ここでは続き物は禁止されていますが、形を変えて二人の恋愛を見てみたい気持ちあります。 王子系キャラの根強い人気の理由を教えて欲しい。 (なんかうるさくてごめんね、ではでは。) |
|||||
総レス数 1 合計 30点 |
E-Mail(任意) | |
メッセージ | |
評価(必須) | 削除用パス Cookie |