スポットライトからさよなら

ドームが揺れている。サイリウムが草原の草のように揺れて、ああ、綺麗だなって思った。何度も、他のメンバーの卒業で見てきたはずなのに。
「超ーっ絶可愛い!まーにゃ!」
まーにゃ。そんなこっぱずかしいニックネームにもいつの間にか慣れてしまった。オンになっていないマイクを下ろして、そのまま叫んだ。
「ありがとーっ!みんなーっ」
「おおおおおっ」
私の声に応えるみたいに、歓声が上がる。いつまでたっても慣れない。こういうことは。ってか奥の方の人、聞こえてないよね。ごめんね。


「はい!元気いっぱいなお転婆さん、10歳の最年少、まーにゃこと奥地麻耶です!」
「はい!元気いまだ継続中!15歳のまーにゃこと奥地麻耶です。・
「はい!大人になったのにいまだにから騒ぎ!20歳のまーにゃこと奥地麻耶です」
「はい!最近制服衣装に無理のある、25歳のまーにゃこと、奥地麻耶です!」
この15年間、何回もこっぱずかしい自己紹介をしてきた。けれど、それも最後だ。曲の間のmc、息を飲んで、私はマイクに向かって言った。
「はい!元気いっぱいなお転婆さんだった!25歳、まーにゃこと奥地麻耶です!」
再び、観客がおおおおっと揺れる。変則パターンだったからかな?最後だからいつもと同じにするか、変則にするか悩んだんだけど、変則にしてみた。絶対いつもの聞き飽きているでしょ。
「まーにゃさんといえば、いまだに最年少オーディション合格記録を持っていますけど、覚えています?」
司会ポジに入った20歳の後輩がそう聞いてくる。彼女の前で、うーんと悩むそぶりはしたけれど、本当はもう答えは出ている。
「オーディションの時の事?覚えていますよー。ヨボヨボのおばあちゃんになっても絶対覚えているし。」
本当に。覚えている。その時は年上の人の方が多かったのに、いつの間にか年下の方が多くなってしまった。昔は宿題を教わっていたのに、いつの間にか教える側になっている。
「私、正直、まーにゃさんが後輩だった頃をイメージ出来ないんですよ。いっつも宿題教わっていたから」
噂すれば影というか。なんというか。
「じゅっちゃんにはいつも教えていたよねー」
「ねー」
「でも、まーにゃさんも、先輩から宿題教わったこともあるんですよね」
「そりゃあねぇ。だから私は、まりっかさんから教わった事を、じゅっちゃんに教えていたわけ」
「えーなんか光栄ですー」
まりっかさんとは、このグループが始まったころのセンターで、何かと崇められる立場の存在だ。結構普通の人だったのに。今このグループで、あの人と同時期に在籍していたのは、もう、私だけだ。
「でもでも、まりっかさん、結構普通の人だったてば」
「まーにゃさんはそればっかり!」
「でも、まーにゃさんだって、まりっかさんのこと、さんで呼ぶじゃないですかぁ」
「だって、年上じゃん。私、10。まりっかさん20よ。」
「え?そんなに離れているの?」
「まりっかさん若いから」
まりっかさんは、おっちょこちょいだった。小学生の私の宿題のレベルのなのに意味なくミスったり、ポテチ開けようとしたら、変にビリっとなってチップスを飛び散らせていたりする、すごく可愛いけれど、普通の人だ。
人伝いの人物像は、割と湾曲されている。いつか、私もそんな風になっているのだろうか。



次の曲はフォーメーションで踊る曲だ。こういう大きいコンサートだと見る側からしたら、私たちは豆粒だろうといらない心配してしまう。
このグループ、ルミナスは、比較的安定した人気のグループだけれど、人気の浮き沈みもある。いまは人気が高い方の時期だから、私はドームで卒業できる。
私はセンターじゃない。けれど、それで良いと思っている。
曲が始まり、私は踊り出した。次の次の曲は、私のソロ曲披露だ。けれど今は集中。ターンして右移動。この曲は、私がお披露目された頃からあるから、振り付けは骨の髄まで染み込んでいる。
「きみーがいるーから、ah、僕、」
いい曲だけれど、今からしたら少し古いかな?だから最近披露されないんだろう。腕を突き出して、頭を振って。あ、次のパート苦手なんだよね。よくミスっちゃってたな……
そして次の次の曲は、待望の?ソロ曲披露。この曲は、私が20の時、作ってもらった曲。私が、長くいたから、もらえたってだけの曲。
けれど、私の好みに合わさった曲。好きな曲。思うだけで、体が動き出す。
クールな感じな曲。二十歳のプレゼントだから。背骨をくねらせて、私は踊る。私が将来、ボケちゃってもこの音楽がかかれば踊る気がする。
「超絶可愛い!まーにゃ!」
有難う。でもそのコール、曲の雰囲気に合わない気がするの。
曲の雰囲気に合わせて、表情を変えながら踊って、くるっとターンして、膝を着けば曲は終わりだ。
短い。フルでも4分弱。みんなが私だけを見ている時間は、それしかない。


卒業の挨拶ってものがあって、私はずっとそれで悩んでいた。何を言っていいのかわからなくて、当日になっても原稿は上がっていなかった。
だから、私はまりっかさんに電話した。思い出したから。まりっかさんが卒業した時、彼女も原稿が上がってなくて、でも本番ではきちんと挨拶できていた。
まりっかさんは、思った事を言っただけだって言っていた。本番になると、頭に浮かぶからって。
そんなわけで、私は、話していた。めちゃくちゃで、辻褄があって無くてもいいって思いながら。

「私は、そんなに人気のメンバーだった覚えはないです。1番人気でも、不人気でもなく、可も不可もなく、歩んできたアイドル人生。そんな私がこんな声援を浴びているのは、私が長く在籍していたからってだけなんです。年功序列の、一番てっぺんに、私は偶然立ってしまっただけなんです。
だから、不当なの。こんないい式は。こんないい会場は。」
「そんなことないよー!」
「そんなことないよー」
ほら。やっぱりみんな優しい。あ、思ったことをいうんだった。
「やっぱり、みなさん優しい。だから、私は、ここまで来れたんです。10歳の小娘が、15年もアイドルやれたのは、皆さんのおかげです」
でも、。15年前から、ずーっと私を推してくれた人はいない。
「子供の頃の私が、好きだった人は離れて行きました。けれど、別の方がファンになってくれました。そのうち、私は大人になって、若い子、新しい子が好きな方は離れて行きました。けれど、別の方がファンになってくださりました。そうやって。私は今ここに居ます。」
あ、あともう一個言いたいことがあったんだ。半分自動的に目から涙が流れているのに、私の頭は至って冷静。
「私が、卒業するって言ってから、みなさんから聞かれました。何をするかって」
息を吸い込む。
「私。アイドルになりたかったんです。なれました。嫌になったことも、やめたくなったこともありましたが、15年間やれました。それも終わりです。私は、女優さんにも、モデルさんにも、なりません。」
あと、もう一押し。涙よ止まれ。泣きたいなんて思ってないのに。勝手に流れているだけなのに。
「私は。やめます。芸能界を。何をやるとか、全然決まってません。けれど、もう。皆さんとは。さようならです」
「うぇえええええええええええええ」
ドームが揺れた。私の隣にいる後輩も、えええええって言った。いいの。私を使いたいって思うテレビは無いから。わたしは、ルミナスのメンバーだったから価値があったの。
「今までありがとうございました。最後に一曲聞いてください!『今日までに』」
私のために、作ってくれた卒業ソング。どうせ一度しか歌わないのに。なんで作ってくれたんですか?
「超絶かわいい!まーにゃ!」
ちょっと声が揺れてた。彼らに会えないことは、寂しいことでも、安堵することでもある。たまに、ちょっと怖い人もいるし。
私は、明日から普通になる。今まで溜め込んでいた給料でしばらく過ごしながら、家でもできる仕事でも探す。もしかしたら、いつか誰かと結婚して、子供を産んだりするかもしれない。
だから。今日でスポットライトとは、さよなら。
サイリウムが揺れて、その光景が脳裏に焼きついた。
ローズ
2016年04月04日(月) 14時56分25秒 公開
■この作品の著作権はローズさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
作者からのメッセージはありません。

この作品の感想をお寄せください。
No.4  逃げ腰  評価:50点  ■2017-04-04 18:54  ID:QmqNILQPWJs
PASS 編集 削除
はじめまして。
いやー、すごいなー…。
新鮮だ!
最近伊藤計劃トリビュート2でSFアイドル流行りましたよねー、それを思い出しました。
(読んでない&SF勢でない&知識ひけらかしたいわけではない&どれだけ予防線貼るんだこいつ)
それと並べたいぐらい新鮮があったので!

文章も柔らかいし、ポップな小説に良くあってますよ!
アイドル同士の会話もそれっぽいし。

>>「きみーがいるーから、ah、僕、」
歌詞書かないと…。
段落下げて歌詞まで付けるとこの小説は化けます。
真似したいね。

ダンスの所作まで文章に書くとこのサイトの礎に残るような気がする!

ロングバージョンを後学のために読みたいので、書いてくださいね…。
No.3  ローズ  評価:--点  ■2016-04-05 21:23  ID:RZS1SxfqTqg
PASS 編集 削除
こむさん、感想ありがとうございます。
最後の一文は、割と偶然の産物ですが、褒めていただけて嬉しいです。

昼野さん、感想ありがとうございます。
ストーリーが一本調子ですが……確かにひねりとかない感じしますね。あんまりアクシデントがあっても……という思考回路なので、そうなってしまうのかも?

ともあれ、お二人とも感想ありがとうございました。
No.2  昼野陽平  評価:30点  ■2016-04-05 17:05  ID:uQhiKmCHatg
PASS 編集 削除
読ませていただきました。
なかなかいい話だなと思いましたが、ストーリーが一本調子という感じで、もうちょっと捻りとか起伏があるといいかなと思います。
No.1  こむ  評価:30点  ■2016-04-05 12:39  ID:g3emUcYnoi6
PASS 編集 削除
さいごの一文が作品全体をまとめあげるみたいでいいなと思いました。
総レス数 4  合計 110

お名前(必須)
E-Mail(任意)
メッセージ
評価(必須)       削除用パス    Cookie 



<<戻る
感想管理PASSWORD
作品編集PASSWORD   編集 削除