フタコブラクダ |
フタコブラクダがいた。家のすぐ裏、厩舎へ行くたび通る中庭のような、裏庭なような曖昧な場所に。彼は、羊たちが住む放牧場のフェンスのそばの小道に立っていて、私を見ている。彼は、私を見ても動こうとはせずぼんやりと私を見ているだけ。なんとも気まずい気分だ。 無視するべきか追い払うべきか。ヒトコブラクダなら間違いなく撃ち殺しているが、ウチの裏庭にいるこいつの背にはどう見ても二つ、コブが付いている。 「後にしよう」 早朝の寝ぼけた頭で私はそう思い、早急に厩舎に向かった。まともな暖房がないにもかかわらず外より馬の熱気で少し暖かい厩舎に入ると、ボブが馬に餌をやっていた。 「おはようございます。」 「おはよう。ボブ、君の時もフタコブラクダいたか?」 「?何を言っているんですか、 つまり、さっきのあののんびりとしたフタコブ君はボブが厩舎に来た後やってきたのか。そんなに機敏な動物には見えなかったけれどな、と私は頭の中でそう言い、騒がしい馬に餌をやるボブに声をかける。 「変わるから外を見てこい。」 「?……いいですけれど」 ボブは私を怪訝そうな目で一瞬見たのち、飼料が積んである猫車を私に渡した。彼はカウボーイハットをあげ、ハゲ頭を掻いたあと足早に厩舎の入り口に向かう。 数秒後、彼は戻っていた、 「……マジでいました。」 「だろ?」 「珍しいもんですね」 「ああ」 我が国、オーストラリアは住まう動物たちで有名だ。跳ねるカンガルー愛くるしいコアラ、卵を産むアヒル口のカモノハシなどと個性的な在来種が居るが、あまり知られていないのは外来種にも結構強烈なのがいるということだ。 由来がわからない馬や牛、やたら増えた兎ならまだしもオーストラリアに似つかわしくない水牛までもいる。そんな中で強烈な存在感を放っているのがラクダだ。さすが砂漠の動物。あっという間にオーストラリアのアウトバックに馴染んでしまった。 最近政府の駆除が始まったが、一時期……いや、もしかしたら今でもかもしれないが、世界で一番野生のラクダがいたらしい。そのラクダ達は主にヒトコブラクダだ。が、今朝うちの庭にいたのはフタコブラクダ。 「初めて見たよ。フタコブラクダがオーストラリアにいるって噂じゃ聞いてたけれど、まさか本当にいるとは」 「はい。にしても、……」 ボブは気がかりなように、裏庭の方を見る。 「邪魔ですね」 「ああ」 あのフタコブラクダは羊の放牧場と放牧場の間、フェンスのそばにいた。その放牧場と放牧場の間は小道になっていて、動物の世話をするのに毎日使っている。その小道はずっと向こう、アウトバックまで続いている。おそらく、あのフタコブ君はその小道を辿って私の家の庭にたどり着いたのだろう。で、彼はたどり着いたはいいが、どうすれば良いかわからなくなって、その小道から庭を見ている。つまり、彼のでかい体が道をふさいでいるわけだ。 他の道がないわけでもないが、考えるだけでめんどくさい. 「勝手にどっかいってくれると良いな……」 「はい」 私とボブはその後、フタコブ君が勝手にどっかいってくれると祈りながら馬の世話を開始した。厩舎の馬の世話が終わった後、放牧地の動物の世話だ。 彼は、フタコブ君は、退いていなかった。 ぬぼーっとした顔して、体感身長2メートルの巨体を小道にがっつりと落ち着かせている。 「………あのー。すみませーん」 私はどうすれば良いかわからなくなって、おざなりに彼に声をかけた。彼は体格の割に小さな頭を動かし、こちらを見、瞬きをする。 「すみませーん。退いてくださると嬉しいんですが……」 今度はガン無視。さっきのは物音に反応しただけだったか。 うん、前通路をカンガルーの群れに占領されたこともある。大丈夫。今日は諦めて遠回りしよう。 私が馬に乗って放牧場の動物を世話しに行き、帰ってきたのは昼過ぎだった。さすがにあのフタコブ君は退いていると思い、そして間違っていなかったが、新たな問題があった。 ラクダ(mini ver)がいた。 「……縮んだ?」 んなわけはない。だだの子供だ。 ん?子供? あれ?もしかして、あのフタコブ君はフタコブちゃんだったのだろうか。いや、あのフタコブの子供だと限ったわけじゃないと私は思い、厩舎に顔を出した。 「リック!」 厩舎の中で相葉の毛並みを整えている大男に私は早急に声をかける。 「外のラクダの赤ん坊、なんだ?」 「え?いるのは大人でしょう?」 「え?お前ここに、いや中庭通ったのいつ?」 「 ……5分ぐらい前ですね」 五分の間に何があった。私は頭をかきながら厩舎の入り口へ向かい、中庭を見た。 増えてた。さっきのフタコブ君改、フタコブちゃんとさっきいた子供のラクダ。さっきなぜ子供フタコブが一人だったかはわからないが、相変わらず邪魔だと言うことはわかった。 「リック、ちょっとこい」 「はいはい、」 リックは彼の声を追うように戸口へ来た。彼は私の後ろから外を見、へ?という強靭な大男らしからぬ間抜けた声を出す。 「親と子?」 「………のようだな」 「どうします?」 「私が知りたい」 私は乱雑に頭を引っ掻き、再び二匹を視界に入れる。近寄ればびっくりして逃げるかな、という安易な思いが浮かび、頭を振った。 この調子じゃ明日もいそうだ。ちょうど羊の放牧場だから干し草食い放題だし。 「リック、銃を持ってこい。」 「……まさか」 「撃てとは言わない。けれど私が襲われそうになったら頼む」 「……。わかりました」 リックはどこか嫌そうにそういい、引っ込んでいった、手頃なライフルでも持って戻ってくるだろう。私が彼の雇い主でなかったら、彼はきっと反論していただろう。そう、ふと思った。 フタコブラクダの親子には馬に乗って近づくことになった。馬の方が、私なんかに比べ、逃げ足はずっと早い。だから、きっと、自分の足で彼らに近づくよりは安心だろう。 馬を彼女らに向け、ゆっくりと歩かせる。馬の筋肉が緊張で硬くなるのがわかったが、あの二匹は私たちの距離に気分を害していないようだ。 少しづつ、少しづつ、私は近づき、親のフタコブが警戒したように私と馬を見る。が、彼女は動こうとはしない。子供のフタコブに至っては興味があるのか私の方に一歩近づいた。どうやらそいつは生まれたばかりのようだ。まだ背中のコブがほとんどない。 5メートル以内に入った。馬はあからさまに緊張していて、親フタコブは子供を後ろに隠した。が、まだ逃げない。 四メートル、三メートルとじっくり距離を縮めても、彼女は動かない。近づけば近づくほど大きくなる彼女に気圧されてしまいそうだ。 二メートル。体感的にいてば距離ゼロだ。そこで、馬が前に進むことを拒否した。彼の本能を信じよう、そう思った時、親フタコブが動いた。 後ろにではなく、前に。頭を。 彼女は長い首を伸ばし、そして一歩前に進む。馬の方が震え、そして私もすぐに逃走できるように準備した。 彼女は、その唇で私のカウボーイハットに触れる。殺気が厩舎の方から感じられ、リックの事を思い出した。そんなうちに、親フタコブが唇でカウボーイハットをつまみ、そして私の頭から持ち上げた。 そして、彼女は、ゆっくりと後退した。ベージュ色のカウボーイハットを咥えたまま。 彼女は少し後退した後、小道の中、器用に方向転換する。 そして彼女はアウトバックへ帰っていった。私のカウボーイハットを持って。いくら日が経とうと彼女の行動は意味わからなかった。 ある日、朝厩舎に向かう時、彼女がいた例の場所に何かが置いてあった。例のカウボーイハットだ。 ますますわけがわからない |
ローズ
2015年12月13日(日) 18時51分03秒 公開 ■この作品の著作権はローズさんにあります。無断転載は禁止です。 |
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