M183号とズバークレーの街 |
黒い狼が街、ズバークレーに現れたのは五月のとある晴れた夜だった。それは前日に繋がりのある研究チームから2歳のオス、M183がこの街へ向かっていると言う一報を受け現場に急行したばかりの日。M183はここから200マイル離れた森の中で初めて観測された黒いオスで今は放浪の旅に出ているようだった。ズバークレーの街に初めて現れたM183を目撃したのは研究者の中でも下っ端のケインだ。 ケインは事に落ち着いて対応した。M183の首の周りのGPSを確認し、写真を撮り、彼が痩せ気味だと観察した。彼は先輩研究員に連絡し街の方にもオオカミが出たと連絡した。そして夜遅くを通り越して早朝に近い時間の会議に眠い瞳を擦りながら出席する。結論は簡単かつ適当、そして長い経験に基づいていた。 「オオカミは人間を避けるし、放浪のオスだ。朝にはいないだろう」 実際、朝にはM183は姿を消し、彼の首元から発信されるGPS信号は彼が街から10マイルは離れたところにいると示していた。 M183は長い間人の前には姿を現さなかった。が、彼の首輪に付けられたGPSは信号を発信し続け、そのうち彼が再びズバークレーに向かったことも示す事になった。 そんな訳で、この街に再び足を踏み入れた研究者がいる。朝から彼の携帯にはひっきりなしに連絡が入り、そしてついにはM183の信号が街のすぐそばまで来たという話が来た。その話のすぐ後、再び携帯が震える。後輩からだ。 「先輩。M183が街に入っていきます」 「見たのか?」 「はい」 ジョン・デゲンコーヴァは食べている途中だったサンドイッチを口の中に強引に押し込み、コーヒで流し込んだ。車のキーをまわし、老いぼれのエンジンを強引に唸らす.まさか真昼間から現れるとは。 「周りの人は?」 「遠巻きに見てます。一応コヨーテだかなんだかだと思っているみたいです」 当然の心理だ。自分たちの街の中に平然とオオカミが入ってくるなんて思わない。ジョンはいけない事だと知りながらハンドルと携帯を同時に操作する。 SNSでコヨーテと検索する。 「間違いねぇ」 『コヨーテが居たんだけど』的な投稿が無数に見つかり、一つには写真が付属されている。間違いない。あの夜現れたM183だ。ついたコメントには『オオカミじゃね?』と言うものは存在しない。良かった。ジョンはハンドルを回し、携帯を元に戻す。現場はもうすぐだ。後輩の車が見えた。 ジョンは車を止めキーを引き抜きドアを開ける。後輩のケインが望遠鏡を首から引っ掛けカメラのファインダーを覗き込んでいるのがわかった。 「ケイン。M183は?」 「あのアホは、あそこですよ」 『あのアホ』が何を指しているか一瞬わからなかった。が、すぐにわかった。ケインが指差す先には痩せっぽちのオオカミがゴミ箱漁っている。アホとは昼食頃に人間の街をうろつくオオカミの事か。 「もうすでにSNSなどでコヨーテが出たとかは拡散されている。誰かがオオカミだと気がつくのも時間の問題だ」 「まぁ、この街は野次馬とか心配しなくてもいいと思いますよ。コヨーテはまぁまぁ出るし、鹿の群れがメインストリートを歩いている時もあるし。」 そうかねぇ、とジョンは首をひねった。そう言ってている間に、M183はゴミ箱の中身を美味く感じなかったのか移動を開始した。 「なんでメインストリートの方行くんだよあのアホは」 「気まぐれとでも呼んでやれ」 お昼の時間が終わりに近づいたせいか、先ほどより人影は少なくなっている。ジョンは車にケインを乗せ、小走りでコンクリートの道を進むM183を追った。 「どうしやす?」 「この街に美味いもんはないと気がつく事を祈るか」 M183が足を止めた。彼は道端に捨ててある食べかけのチーズハムサンドを頬張り始めた。 「完全に味しめたな」 「前より痩せているって事は彼、狩が苦手なんじゃないですか?」 「苦手だったらここまで育ってねーよ」 あっという間にチーズハムサンドを終わらせたM183は今度は骨を見つけた。おそらく鶏のものだろう。 「誰だよ歩きながらKFC食べていた奴」 だいたい骨とはいえケンタッキーフライドチキンのような化合物と香辛料に塗れたもの食べても大丈夫なのだろうか。 「とりあえずオニオンが入ったバーガーを奴が見つけない事を祈っておくか」 「だな」 その日、M183は街をそのまま散策し、拾い食いをし研究者2人をハラハラさせながら街を貫通し出た。 街を出てくれたのはいいが、数日後にはまた街に来た。 そしてその数日後も。 そのまた数日後も。 そしてまた。 その頃になれば街は黒いイヌ科生物のことをオオカミとして認識していた。呼び名は多かったが一貫性はなかった。ブラッキー、黒いの、オオカミ、痩せっぽち、アホ、ばか、気まぐれ、ロンサム、 「最近、ロンサム太ってないか?誰か餌付けしたんじゃ?」 「してないですよ。本当に。残飯って以外と太りますよ」 今日も再びM183は街に現れた。初めて彼がズバークレーに現れてからカレンダーはめくられ、夏は猛暑モードだ。そんな中でも、少し太った印象のM183は街の鳩を捕まえて食べている。最初は鳩の餌を頑張って食べていたM183だが、鳩を食ったほうが良いと気がついたらしい。 カレンダーがもう一度めくられ月が満月から満月へ、そして通り越し三日月になった頃、事件が起こった。夜、街から出ようと急ぎ足で進んでいたM183とどっかの酔っ払いが運転する車が衝突したのだ。 急激なブレーキ音とオオカミの悲痛な叫びが街を切り裂き、眠い瞳を擦りながら周辺の人が飛び出してくる。 M183は尻尾を巻いて、血をだらだら垂らしびっこ引きながら現場から逃げた。街外れまでなんとか逃げた後、彼は茂みの中に潜り込んで、意識を失う。彼を追う人の手があると気付かずに。 M183が再び目を開けたところは、白くて、灰色で、狭い所だった。人間の香りがし、他の生物の香りもほのかにした。見れば己の足には白いのが巻き付けられている。立とうとしたが、右足の肩から足先までを猛烈な痛みが遅い、断念することに。 そこに、人間の足音が聞こえてきた。音から逃げようと、体をひきづって後退りしたが、すぐに壁にぶつかった。背中が痛む。 現れたのは人間の男だった。彼はM183の姿を覗き込み。口を開く。 「起きたか?」 彼が得た答えは低い、唸り声だったが人間は笑った。彼はケージの隅で縮こまる患者に向かって笑いかけ、再び口を開く。 「元気なのは良い事だ。」 答えは唸り声だ。 「はは、そう怒るな。」 M183のしっぽが限界まで股の間に入り、先端が腹にぺたりとくっついている。 「今日から、お前の名前はバカでいいか?」 再び唸り声。 「残飯漁りに行くのはいいが、車にひかれてもう野生に戻れないとは随分と間抜けだからな」 M183は恨めしいものを見るような目で、男を見つめた。男は手に持っていた手袋を、ケージの中に放り込む。そこからは、男の、強い香りがする。 「慣れておけ。」 M183が慎重に首を伸ばし鼻を手袋に寄せたのを見、男は部屋のドアへと向かう。彼は一度、振り返り笑った。 「ま、これからよろしくな、ブラッキー」 彼の手には、GPS。今のM183には必要が無いものがぶら下がっている。もう彼をトラックする必要は無いのだ。 人の手によって命を救われたオオカミは、これから一生人の管理下で過ごすことになる。 監視されていることは前から変わらないが。 |
ローズ
2015年09月24日(木) 15時06分39秒 公開 ■この作品の著作権はローズさんにあります。無断転載は禁止です。 |
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No.2 ローズ 評価:--点 ■2015-09-27 13:47 ID:te6yfYFg2XA | |||||
土門さん、感想ありがとうございました。 題名は……確かに良くない印象ですよね。けれど彼は狼というより人によって番号をつけられたM183号なので、M183号で。 いつも感想ありがとうございます。あ、悪ガキの話、面白かったです。 |
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No.1 土門 評価:30点 ■2015-09-26 23:49 ID:o7hllq9AgaY | |||||
カレンダーをめくる、という表現すごいなと思いました。私には思いつきません。 そして、最期に「救われた」と「管理下で(監視されている)」という部分も相対するような言葉でうまいな、と思いました。 お話自体整っていて読みやすかったです。 欲をあげるならば、題名をもう少し工夫できたのかな、といったところです。読者の目を引くタイトルでしたら、M183号より孤狼とかの方が話のつかみになると思います。 あと一つだけ、今作にジョン・デゲンコーヴァという名前は要らなかったかな、と。狼がメインですから、人間の名前を出す必要性がないかなと感じました。すみません、人のこと言えないですが…。 流れもテンポもよくて、短編としてきれいにまとまっているなと思いました。 |
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