アイドルの華は散らない

月曜のお昼のニュースは騒がしく、金曜の夜に開催されたアイドルグループのコンサートの模様を伝えていた。煌びやかな衣装に可愛らしい容姿の少女たちが踊り、可愛らしい恋のメロディを歌っている。どうやら新曲が発表されたらしく、どこのテレビ局でも最新曲と謳って同じ曲を何度も流している。
そのニュースは短く、1分かそこらでドラマの撮影現場へと移った。時をを同じくして、家のドアベルも来客を知らせる。
身だしなみを最低限に整えて入るが、タバコを咥え髪型も服装も気合の入ったとは言い難い印象の主婦は立ち上がり、付けっぱなしだったエプロンを外した
「はいはいはい」
家の壁越しじゃ聴こえようがないと知りながらインターフォンに返事をした彼女は玄関でスリッパを適当に脱ぐ。なにか宅配を頼んだ覚えはないが、どうせ夫だろうと、彼女は勢いよくドアを開けた。
そこには、宅配人とはまるで違う二人がいた。テレビ越しに見覚えのある、二人の可愛らしい少女が。
「まなみんさん、お久しぶりです」
まなみんさん、と呼ばれた主婦はタバコの煙を吐いた。そして彼女は二人をしげしげと見、呆れたように口を開く。
「ゆうたん、来るときはメールひとつぐらいいれてよね」
「すみません」
全く悪びれる様子のないゆうたんと呼ばれた少女はそう言い、もう一人の少女の腕を引っ張った。
「で、こっちがさっきー。」
「は、初めまして、まなみんさん」
'まなみんさん'は彼女の声には答えず、ドアをさらに開ける。彼女はタバコの煙を再び吐き、突然訪ねてきた二人を迎え入れた。


元アイドルで現在は主婦な女性は二人の後輩を招き入れ、リビングに座らせた。ローテーブルの周りに腰掛けた二人を見、館脇愛美はキッチンで紅茶を淹れ始める。コンロに火を入れ、やかんを乗せた彼女はリビングの方を振り返った。高野優香と'さっきー'。二人のも愛美の後輩だが、愛美は優香と違って'さっきー'とは直接面識がない。'さっきー'はおそらく愛美が辞めた後に入ってきた子で、多分じゃなくても先輩の優香に逆らえずここまで来たのだろう。
愛美はお湯が沸くのを待つ間、2人のところへ戻った。彼女の姿に'さっきー'が緊張したのを見、愛美は彼女に笑いかける。
「初めましてだよね、さっきーちゃん。」
改めて火が付けられたタバコから上がる煙と共に愛美は少女に語りかけた。少女は、大先輩に丁寧に頭を下げる。
「あの、初めまして。私、森川沙希って言います。16歳です!よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくね。私は館脇愛美。」
愛美は再び煙を吐いた。湯が沸きつつあるのを彼女は横目で見ながら、注意を優香へと向ける。
「んで、ゆうたん。どうしたのいきなり」
「べつに、何でもないけれど」
「そーいってみんな来るけれど」
愛美は湯が本格的に湧き出したのを見、立ち上がる。彼女は頭の中で突然来た人リストの名前を転がしていく。みーちゃん、まりりん、まなったん、今いるゆうたん、そしてひろぴょん。"ん"で終わる名前が多いなとどこかで思いながらお湯をポットに入れ、布巾をかぶせる。
「てか私がいなかったらどうするつもりだったのよ。特に今日はさっきー連れていたんだし」
「けれど平日昼間でまなみんさんがいなかったことはないってまなったんさんが。」
「まなったん……なにを。」
愛美と漢字違いの同じ名前を持つ同年代の女性を思い、愛美はため息を吐いた。まなったんは確か館脇家への出没率が一番高いはずだ。数えたことはないが。
「そういえば娘さんは?幼稚園?」
「そうよ。今年の春から。」
愛美は再び煙を吐く。彼女は紅茶をカップに注ぎ、沙希と優香の方に渡した。ちょっぴり濃く出てしまったな、と愛美は思い、再び煙を吐く。そんな彼女に、沙希が緊張した面持ちで声をかけた。
「あの、まなみんさんは何で芸能界辞めたんですか?」
「何でって、べつに続ける理由無かったし」
愛美はアイドルグループを卒業した数ヶ月後、突然それなりに人気な俳優と結婚して都心から離れた。そしてそのまま芸能界を引退し、そのまま主婦になって、今では一児の母だ。人気アイドルを卒業して5年経っていないにもかかわらずただの主婦になった彼女はいろんな意味で伝説になっている……らしい。
「私は、アイドルが好きだったから。女優もモデルも歌手も、バラエティータレントも、みんな嫌だからあの人と結婚して、こんな所に。主人の事、一番近くで支えたかったから、私は芸能界辞めて、普通の主婦なったの」
「ただしヘビースモーカー」
「ゆうたん、それはいいでしょ。」
優香の言葉を適当に流した愛美は再び煙を吐いた。彼女は短くなってきたタバコを灰皿に押し付け消す。そんな彼女の指先をぼんやりと優香が眺めていたと思ったら、彼女は急に立ち上がった。
「そうだ、まなみんさん、そういえばさっきーまなみんさんのソロ曲、今度のコンサートで歌うんですよ!」
「もう次のコンサートの話?」
「そうそう。ね、さっきー」
沙希は、少し頬を赤らめながら微笑んだ。彼女は照れた調子で言葉を紡ぐ。
「もう歌とか振り付け入れているんだけれているんです」
「へーじゃぁ踊ってみてよ。歌はいいわ。喉を傷つけたらまずい。」
愛美はほぼ無表情で無茶振りをする。彼女はポケットからスマートフォンを取り出し、動画サイトにアクセスする。例の曲名を入れ、一番上に出てきた動画をタップした。
激しく、若干切ないところもあるメロディーが流れ出し、沙希は動き出す。激しい曲調に対応するように体を動かし、くるりとスピンする。
沙希は数分で踊りを終え、ぺこりと頭を下げた。彼女はこの曲の主の反応を窺うようにそろりと愛美の方向を見る。愛美は瞳を少し伏せ、口を開いた
「色々と足りていないわ。色っぽくもないし、切なくもない。歌詞の意味わかっていないでしょう、あなた。激しくてポップな感じのメロディーに騙されないで。」
「ちょっとまなみんさん!」
愛美の苦言に優香は驚いたように声を荒あげる。彼女はもうすでに座っていた沙希の方を気にかけるように向いたが、それは必要なかったようだ。沙希は落ち着いたようすで何か考えている。
「すみません。やっぱり、まなみんさんからしたらまだまだですか、私。」
「そうねぇ。まぁ16歳の子にこの曲は分かりずらいし、わかっても困るわよ。だって一晩の恋の切なさの曲よ。16歳の子が分かったら色々とどうしようもないって。」
「そうだけれど」
優香は二十歳を超えているにもかかわらず幼い顔を少し歪め、口を開いた。
「確かこの曲、まなみんさんが19の頃もらった曲ですよね?」
「そう」
「……あ、さっきーが踊ったのでまなみんさんも踊ってください」
「ちょっと、ゆうたんさん?」
優香の突然の提案に、愛美はさっきのスマートフォンを手に取った。先ほど、沙希が踊る際流した映像のリプレイボタンを押す。
画面には、二十歳の頃の愛美が映る。自分に与えられた曲を激しく美しく、そして少しばかり切ない表情で踊りこなす自分に、愛美は顔をしかめた。
「今思うと恥ずかしいわ。」
「まなみんさん、すごいかっこいいです!」
「いやいや、踊ってくださいって映像の中のまなみんさんじゃなくて今のまなみんさんのことですよ!」
優香はどうやらどうしても愛美に踊らせたいらしい。愛美は呆れたように灰皿を叩いた。
「今じゃ無理よ。タバコすごく吸っているし、何よりも時を過ぎた花美しくないのよ。」
「まなみんさんは枯れていませんよ!」
優香はそう言い、映像を最初へ戻し一時停止にしたが指はその上を離れない。愛美は、仕方無しに立ち上がった。まったく、先輩を無理やり踊らす後輩って色々とどうなのか。
優香がスマートフォンの中心、再生ボタンをタップした。
愛美の表情が変わった。スピンとともに髪の毛がふわりと舞、その表情がなんとも言えない色っぽさを醸し出す。柔らかく体がしなり、重力を感じさせずに彼女は超越する。
彼女はアイドルだった。花は枯れず、ドライフラワーのようになっていただけだった。物が散らばったオシャレでもなんでもないリビングが彼女のステージになり、彼女のあの日に引き戻す。
彼女は輝いていた。星のようにステージ上で煌いていた少女は今や大人になって、子供もいる。けれど、彼女はアイドルだ。
振付を完璧に覚えているとは思わなかった。けれど。体が、魂が覚えている。その数分間、愛美は魔法にかけられたように、踊った。


時は永遠ではない。すぐに魔法は解け、愛美は肩で息をしながら床に座り込んだ。彼女はポケットからタバコを出し、火をつける。
「凄かったですよ、まなみんさん」
「ほんと、時間ががあの時から経っていないみたい」
「まっさか〜」
アイドルは散らない。たとえ時が経とうと、アイドルはアイドルだった。まなみんと呼ばれていた女性は、ふわりとファンを魅了した笑顔を顔に浮かべ、毒煙を吐いた。

ローズ
2015年08月23日(日) 15時14分44秒 公開
■この作品の著作権はローズさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
………微妙だということはかなり自覚しております。

この作品の感想をお寄せください。
No.4  ローズ  評価:--点  ■2015-08-31 12:16  ID:te6yfYFg2XA
PASS 編集 削除
感想ありがとうございます!

Zooeyさんの感想で私が自分が書いた小説に感じていた違和感の正体が分かった気がします!まなみんに足らなかったのは元アイドルとしての芯とかカリスマでした!なんかスッキリしました、ありがとうございました。
他の人に話を読んでもらうのは良いですね。自分では気付けなかった事に気づけます。

ありがとうございました!
No.3  zooey  評価:30点  ■2015-08-31 08:15  ID:L6TukelU0BA
PASS 編集 削除
読ませていただきました。

冒頭の方、小さな動作の中から生活感がにじみ、
リアルな印象を与える筆致で、とても好感が持てました。
全体としても、「彼女たちにとって」だからこそ、大切なことというのが描かれていて、好きだなと思います。

ただ、少し欠点も見えた気がします。
まずは、必要な情報が精査されきっていない、且つ、提示の仕方が適切でない気がしました。
冒頭のアイドルグループについては、短い中に多くの情報を盛り込んでいるのに、
後のキャラクター達の関係や背景については、なかなか見えづらく、
また、会話の進行に併せて情報を小出しにしていく書き方で、全ての情報が見えてすぐに物語は終わってしまったように感じました。
もっと分量が長い小説であれば、情報を小出しにするのは有効だと思いますが、
これだけ短い物語だと、はじめの方にまとめて説明してしまった方が、
その後の物語やキャラクターの心情の機微に集中して読めるのではないかなと。
あと、冒頭のアイドルグループの説明は続く展開には関係がないのでむしろ省き、
テレビで歌って踊る彼女達の姿を描写するのみにとどめた方がすっきりするようにも感じます。

それと、冒頭の生活感はとても良かったのですが、
印象としては中年の主婦、といった感じで、
若い元アイドルというふうには読めませんでした。
人物設定が曖昧な状態のまま進んだので、後に続くまだ若いもとアイドル、「まなみん」という通称、
そういった要素との不一致感が強く、全体の違和感に繋がってしまっているように感じます。
生活感自体はとてもいいし、物語のテーマ的には必要な要素だと思うので、
その部分は残しつつ、
それとは相対する未だに若さと可愛らしさを残す外見の描写や、
アイドル時代から抜けきらない所作なんかを交えて書くといいのかなと感じました。

最後に、物語のテーマで、タイトルでもある「アイドルの華は消えない」という部分。
これをしっかり描くためには、「まなみん」の芯に根ざすアイドルとしての魅力やカリスマ性を描かなくてはならないと思います。
それがないと、どうしても読み手に訴えるものが少なくなってしまうというか。
方法はいくつもあると思いますが、そのひとつがゆうすけさんが仰っているストーリー性というところで、
優れた解決策だと思います。
ただ個人的には方法はそれだけではないと思うので、ご自身にあったやり方で「まなみん」の内に秘めた消えないアイドル性というものを描き出していくといいのかなと感じました。

いろいろ書いてしまってすみません。
面白かったです。
ありがとうございました。
No.2  ローズ  評価:--点  ■2015-08-28 12:40  ID:te6yfYFg2XA
PASS 編集 削除
こんにちは感想ありがとうございます。
正直この話は微妙だと思っています。けれど何がどうなったら微妙じゃ無くなるのかどうしてもわからなくて、このまま投稿した次第です。

確かに、元アイドルが今でもアイドルの華を持っているというテーマの存在感のなさはありませんね、指摘ありがとうございます。幼稚園で踊ると泣き止まない子が泣き止むっていうのは思いつきませんでした。子供がいる設定も活かせますし。


感想、ありがとうございました!
No.1  ゆうすけ  評価:0点  ■2015-08-27 19:03  ID:jE4RG11eTPI
PASS 編集 削除
拝読させていただきました。

微妙だということを自覚しているとのことなのですが、微妙なのを微妙なまま投稿するのはいかがなものかというのが正直なところです。
文章作法など、雑すぎです。推敲をしたように思えません。
さてどうすれば面白くなるのか考えてみましょう。
元アイドルが、すっかり所帯じみてしまっていてもアイドルとしての華をもっている、このメインテーマをより強く打ち出すストーリーが必要だと感じます。例えば、保育園などで泣きやまない子供達の前で踊ったら子供が笑うとか、街中で踊ったら誰もが振り向くとか、いろいろ可能性がありそうです。
総レス数 4  合計 30

お名前(必須)
E-Mail(任意)
メッセージ
評価(必須)       削除用パス    Cookie 



<<戻る
感想管理PASSWORD
作品編集PASSWORD   編集 削除