断絶への散文 |
ぴり、ぴり、ぴりと引き裂かれたものは。チケットではなく、僕自身だったのかもしれない。 終わらせないでくれとすがる僕を睥睨した貴女は、わずかに考える仕草をして、微笑んだ。 「あなたには、もっと釣り合う方がいるでしょう?」 「あいつのことを言ってるなら、違うんだ、ただ相談に乗っていただけで!」 「あなたがそう言うのなら、そうなのでしょうね。けれど、私はそのような些末事には関心がないのです。奇しくもあなたが言っていたように、あなたと私では釣り合わない、そのことが私にもよく理解できたと申し上げているのです。無駄な努力はもう致しません。」 「待って、ねぇ、違うんだ!」 「何がです?」 「僕は馬鹿だから、君の言うこと全てはわからない。でも、僕が君を好きなことに変わりはないし、君にそれを許してほしいんだ」 「で、す、か、ら、釣り合わないと言っているのではありませんか。私が求めているのは対等な関係と理解です。自らを下げて愛を乞う、乞食のような真似をやめてください。対等な関係を望めないなら、私には恋愛をする意味すらないのです。私が許して母性愛を注ぐだけなら、それこそ未来ある子供たちを守り育てる方が良い。どうかこれ以上、無意味な反発をして私を困らせないでください。もはや言葉は尽きました。」 「何で、何で、君はそうなの?」 「私はあなたに届く言葉を持たないし、あなたは私の言葉を捉える器を持たない。それだけのことがこれほどの隔たりを生むのです。わかりますか? あなたと話せば話すほど、私は孤独になります。今まさにあなたが感じているように、ね。私はもうそれに堪えられない。ですので、私は僅かな可能性を忘れます。あなたと私が愛し合うことは不可能だと断定することに致しました。」 「そうじゃなくて、どうして理性で恋をするんだよ! 別々に生まれて、別々に育って、それで相手のことを完全に理解だなんてできるわけないじゃん! フィーリングで恋をしちゃいけないっていうなら、一生恋なんてできないよ!」 「それが何だと言うのです? あなたと私では恋愛に求めているものも違えば、相互理解に必要な言語感覚も違う。何となくでよくわからないものを好きになって、思ってたのと違ったからと言って離れていくのですか? あなたは一体何人の女性を踏み台にすれば気が済むのです。よく考えもせずに不誠実な言葉を吐いて、それで許してほしいだなんてよくも言えますね」 「ごめん、何のことを言ってるのかわからない」 「それが全てです。もう終わりにしましょう? あなたの謝罪も甘えも私を引き留める理由にはならない。この先あなたが何を言っても、私にはあなたを信じ頼ることができません。あなたはもっと、やさしい女を好きになった方が良いでしょうね。私は自分に合う方を探します。」 「そんなやつ、絶対いないって! マジで。今まであんたみたいな男も女も見たことないもん」 「あなたの交友関係と一緒にしないでください。確率は低いですが、いることはいます。老若男女問わなければ。」 「ろーにゃくなんにょ、って、だったら俺で良くない? 少なくとも金銭的不自由はさせないし、夜の方だって、」 「黙れ下衆が。打たれたいのですか?」 「女王様降臨っ!」 「耳が腐る前に言っておきますが、どうであれ対等でない関係は結構です。」 「あ、やっぱりいたんだ。そんな感じしたもん。ね、諦めた方が楽だよ?」 「ふざけないでください。私は、断じて認めません。」 「無茶だと思うけどなぁ。君がその性質を押し殺そうとすればするほど、男はそれを暴きたくなってハマるし、だからといってオープンにしたらその手の男しか寄ってこないし。八方ふさがりだから諦めな? 君の前でいつまでもニュートラル保てるような自制心と良心に溢れた男、現代日本にはいないよ? 君、うっかりだしね。僕も頑張ったけど、ぞくぞくしてたまらなかった。喰われてもいいから、君のかったい理性をほどいて、君の中身に触れて見たい。あわよくば、甘い蜜でぐちゃぐちゃにされたい。それってそんなに悪いことかな? 恋なんて所詮、堕ちるもの、だよ」 「ま、た、か、この悪魔が! 欲望にまみれた薄っぺらい心配を止めなさい。年齢性別国籍には拘りませんし、それでもいなければ育てます」 「あはは、まぁ、疲れたらまた戻っておいで。可愛がってあげるから、さ」 「もう結構。むしろあなたと話している方が疲れます。付き合った私が馬鹿でした。さようなら。」 「りょーかい。あ〜あ、僕がオカシイんじゃなくて、貴女が純粋過ぎて狂ってるんだけどね。わっかんないかなぁ、ほんと。とりあえず、連絡先と写メ消すから確認して。僕の方は消さなくていいから。何、不思議そうな顔してるの? 言っとくけど、こういう事後処理ちゃんとしないと、痛い目見るからね」 「ご忠告どうも。あなたはそこまで卑劣な人間ではないと判断しただけですが。」 「それが甘いって言ってんの。つか、おじさんを不安で暴走させたくなかったら、大人しく言うこと聞いて。マジで」 「今度は脅しですか? やるなら自分でやりますよ。貸してください。」 「へぇ、いい子って、え? 何繋いでんの?」 「三分もあれば片付きますよ。そうそう、パスワードは文字と数を組み合わせたものにした方が良いですよ? 回数制限がないのですし。」 「ちょっと待って、今何してるの?」 「私のスケジュールと照合して、合致する時間帯の画像と動画を削除するプログラムを実行しています。余所見ごと消えますが、問題ないでしょう?」 「えっえええ!? 何それ!? 聞いてないよ!」 「あなたは一体私の何を見てきたのです? あなたの前で数学やプログラムの話をしたことは一度や二度ではないはずですが。」 「えっ? だってできないって話じゃなかったの? この間そう言ってたじゃん」 「構造計算のプログラムができずに結局外注したときのことですか? あのエラー祭には参りましたが、この事後処理プログラムはそこまで煩雑なものでもありませんから。作ったのも随分前のことですね。思えば重宝しています。ああ、終わりましたね。どうぞ、お返し致します。」 「ナニソレってかナニコレってかまずコワイんだけど」 「あなたが言うとおりにしただけです。私の理性の裏なんて、こんなものですよ。孤独と猜疑と不信の固まりで、自分でも呆れますが。納得していただけましたか?」 「えっいやあの、ええと、その。……頑張って、ください?」 「ええ、あなたも。今度はやさしい女を選ぶことですね。では。これも不要でしょうから始末して行きます。」 ぴり、ぴり、ぴりと彼女の細い指先が博物館のチケットを引き裂いていく。あるいはそれは、僕自身だったのかもしれない。 |
笹竜胆
2015年01月16日(金) 21時54分37秒 公開 ■この作品の著作権は笹竜胆さんにあります。無断転載は禁止です。 |
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No.1 Phys 評価:30点 ■2015-02-15 10:47 ID:8ktjPVZyMp2 | |||||
拝読しました。 ほぼ全編にわたって台詞だけのお話ですね。男女の痴話喧嘩、のように読んで いたのですが、なんだかだんだんと特殊な関係性が見えてきておもしろかった です。初めと終わりの文章が同じというのも技巧的で良かったです。 私が気になった台詞は、 > 君がその性質を押し殺そうとすればするほど、男はそれを暴きたくなってハマるし、だからといってオープンにしたらその手の男しか寄ってこない これが一般論として書かれているのかどうかは分かりませんが、ちょっと考え させられた一文でした。確かに、あまり多くをつまびらかにしない方が小説も どきどきしますし(ミステリーなどです)、女性と男性の関係もそうなのかも しれないですね。 最後に、小説と言っていいものかどうか、と作者さまは仰っていますが、小説 ってなんなのか、分からないです。「文章による自己表現」はすべて小説だと 私は考えていますが(例えば、TCの作品には俳句や詩も含まれていますね)、 作者さまはどうお考えでしょうか? 対になっているということなので、詩の方も拝見させて頂きたいと思います。 また、読ませてください。 |
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