忘れられない記憶のしこり。
最終コーナー。前は塞がれてる。俺の下の馬は不満げに手綱を引く。早く抜け出さないと、早く、勝ち目も何もあったもんじゃない。横にはレール、周りは馬。俺の馬がまた手綱を引いた。俺の目の前の青鹿毛が外に少しヨレ、レールと青鹿毛の間に細い隙間が出来た。行けるか、行けないか。リスクが高い、しかし……
「行け」俺は俺の馬の脇腹を蹴り腹をくくった。信じろ、この馬の能力を、この青鹿毛との間を抜けたら開けて馬券に絡む位置まで連れて行ける……
不意に青鹿毛が内側にまたヨレ、どう考えても近すぎるところに黒い尻尾があった。 青鹿毛とレールの狭間に上半身を突っ込んでた俺の馬の手綱を引く。パチっとも、カチッともつかない、明るい、ハッピーな音。恐怖の音。俺の馬が青鹿毛のひずめにひずめを引っ掛けた音。手綱を思いっきり引く。突然馬が首を振り上げ、タテガミで視界が遮られた。バキッと、聴きたくない音が響く。茶色い地面がせり上がった。とっさに頭をかばい目をつむる。背中から地面に俺はぶつかった。後続の馬が俺の脇腹を蹴って行った。目をあげると、俺の馬が、夏の終わりのセミみたいにひっくり返ってた。「レディ リナ。リナ!」俺はその馬の名を呼んだ。

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「ヒロ起きて、ねぇ、ヒロ。」とある夜、いや、早朝、私は彼氏のうめき声で目を覚ました。どうやら彼は魘されているようで、苦しそうだから起こそうと。で、起きない。さっきから揺らしてないのに起きないと。超寝起きのいい私の彼なんだがにっちもさっちも起きる気配がない。彼の、口が動いた。うめき声以外の声。ヒロは何に魘されているの?昨日遅くまで指輪物語を見ていたから?でも怖がってなかった……「り な」彼の唇が静かに、微かに、しかし目的を持って呼んだ。私に対してではない。りなは私の名前じゃない。私はアヤノよ、アヤノ。浮気?でも怪しい所無かったけれど、元々あまり会えてないし……「私はリナじゃない!」と私は怒鳴りながら彼を揺すった。
「ん……彩乃か?」彼の瞼が震え、開いた。彼は上体を起こした。「どうした、彩乃。まだ起きるのには早いだろう。」彼は布団に再び沈み込む。「どうにもこうも、あなたがうなされてるから、」私がそう言うと彼の表情が、申し訳なさそうなのに変わった。「すまん、起こしちまったか。まだ二時半だ、寝れるか?」彼は枕元の時計を持ち上げた。「ねぇ、りなって誰?」私の声が少し、震えたかもしれない。
「りな?」彼が困ったように眉毛を下げた。「心当たりないが。」いや、さっき寝言で言ってたデショと返すと、彼はなんか、悲しんでるような複雑な表情をした。「すまん、でも浮気じゃないよ。りなは夢に出てきたやつだ。彩乃?」私の表情がなんだったのかは分からない。でも相当な表情だったはずだ。「りなって夢の中では何に?恋人?理想の女?アイドル?りなって結構ある名前だよね?」いや、それともギャルゲーの女の子?彼は、ヒロは少しビックリした表情をした。そうね、私普段こんなに捲し立てる事ないものね。「リナってあれだ、レディ リナ。昔の馬だ。」いや、競馬騎手だからってその言い訳はないでしょ。そうつっこんだ時、彼が自分のスマホに手を伸ばした。何かを打ち込み、出した。レディリナ。 主戦騎手村元裕信。画面のトップにレディリナと書いてあって、馬の画像を挟んだところに私の彼氏の名前が書いてあった。

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「いや、なんで、夢に昔の馬が出て来るのか聞いてくる彼女をおいて俺は台所に来ていた。何度も見た夢だった。久しぶりだったけど、いつもと同じ、リナの事故で終わる夢。でもいつもと違ったのは寝言でレディリナの名を呼んで、そこに彼女がいたこと。「めんどくさいことにならなければいいが」そう一人呟き、コップを仕舞った。前の彼女とはこの問題で別れてる。せめて、レディリナがもっと馬っぽい名前ならば。。。
あの後、レディリナは予後不良と診断されて、安楽死処分された。リナが前足を前行く青鹿毛の後脚に引っ掛け、立ち直ろうとした時右前の骨がポッキリ逝ってしまった。助けようがなかったと後から聞いた。別に俺が乗った馬が死んだのはリナが初めてではない。でも、あれが海外で、日本でレディ リナが人気で、いろいろ重なって、リナのことを忘れられないでいる。コップに水を入れ、飲み干した。予後不良になった馬の話は俺はしたくない。俺は足が折れる音も馬の半身が支えを無くし、地面に叩きつけられる感触も知っている。とても説明できるものではないし、彩乃や他の人が知る必要はない。レディ リナの事は、俺の胸の中に、治らないしこりになって今だ残っている。

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ヒロが言ってたことは多分本当だとレディ リナの記事を読んで分かった。でも、私は知らなかった。いや、知ろうとしなかったのかもしれない。彼の職業について。彼の事、自分史上最高に好きだけど、彼の職業について興味は無かった。予後不良。馬の死。すべて私とは無縁なものだ。レディリナはもういない。でも、どうしようもなく、嫉妬している、ヒロの中の<<特別な存在>>なレディリナに。私は、叶わない気がする。なんで、そう思うんだろ。レディリナは馬だし、牝だけど馬だし、てか、死んでるし、ヒロは私の事を大切にしてくれている。自惚れかもしれないけど…… 「私、馬鹿ね。馬に嫉妬するなんて」そんな言葉が一つ、零れ落ちた。


ローズ
2014年11月12日(水) 15時04分37秒 公開
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■作者からのメッセージ
レディリナの話はホクトベガを少々モデルにしています。

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