その十年間
十年。
それは長かったのか短かったのか。

「もう、十年か」
日が暮れきった夜に近い夕方の高速。最終レースが終わり、バレットの桜木春華を送っている時、俺はふと、ポツリとそう呟いていた。
「何からですか?」春華は窓から俺に視線を移し、聞き返した。
「お前が俺のバレットになってから。正確には一年と数ヶ月だがな。」正直に言うと、忘れてた。なぜ、今日いきなり、俺はそんな事を思い出したのだろう。
「……もう、そんなに。
私、忘れていました。」彼女は息を吐き出した。
「俺も忘れていた……二年前も思ったが、十年間とは案外早いものだな。
……子供の頃は一年でさえ半永久的に続きがしたものだがな」二年前、デビュー十周年の時、朝の稽古の時、いきなり記者に『十周年迎えましたが、心境の方は?』と問われて、ビクリとしたことを思い出した。

「私にとっても、この十年、あっという間でした。
でも、多分
……悠馬さんが騎手になってから、私が悠馬さんのバレットになるまでの二年間は私史上一番長い二年間だったと思います。」彼女は、暗い外を覗き込むように言った。
「そうだったのか? 意外だな」幼馴染でもある彼女は一度もそのような事を言っていなかった。
「それは、私が言わなかったからだよ、」ゆうちゃん、と言う古い呼び名は春華の口から出ることはなかった。

幼馴染から関係が大幅に変ってから、俺と春華の距離は幼馴染だった頃から縮んだのかもしれないし、開いたのかもしれない。さっきのように、春華がタメ口を尋くのも十年と数ヶ月ぶりだろう。十年間の間にいろいろあった気がする。大レースを制して、海外行って、素晴らしい馬達と出会えて。でも、俺と春華の関係ーー騎手とバレットとしての関係は全く変わらず、今日まで続いている。十年前、春華、いや、はるちゃんが俺のバレットになった時、幼馴染、としての関係性は完全に終わって、千切れた。今では幼馴染だった頃を色褪せた写真でしか思うことが出来ない。なぜ桜木が俺に着いた時、幼馴染としての関係性を完全に千切ったのだろう。若さ故の不器用さだったのかもしれない。何か誰かに言われたのかも知れない。

車が春華のアパートに静かに止まった。
「桜木、お疲れ」
「宮下さん、お疲れ様でした。すみません、送ってもらっちゃって」
「いいよ、俺の大切なバレットに何かあったら困るし。」
「……私、嬉しいですよ。悠馬さんのバレットになれて。」
「俺も、春華が俺のバレットで良かったと思っている。
十年間、ありがとう。これからも、よろしく頼むぞ」
「これからも、よろしくお願いします。
十年間、本当にありがとうございます。」

そして、彼女は昔から変わらない、綺麗な笑顔を見せてくれた










ローズ
2014年10月18日(土) 20時47分28秒 公開
■この作品の著作権はローズさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
すこし、ふわりとした感じ。

*バレットとは、騎手の鞍を用意したり、鞭を渡したりします。
マネージャーとは違います。

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No.2  ローズ  評価:--点  ■2014-10-20 12:35  ID:JRdJZW/4KHM
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感想ありがとうございます。

バレットの件を指摘して下さってありがとうございます。
作者からのメッセージ欄に書き足しました。

ローズ
No.1  辰巻  評価:20点  ■2014-10-19 20:42  ID:ULN/hIWlPbo
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 こんばんは。作品読ませて頂きました。

 無知なもので、「バレット」という言葉が何をさすのかが分からず、困りました。騎手や馬、という言葉から競馬関連の言葉なのかな、とは思ったのですが……。
 個人的には、そういった知らない言葉を知ることが出来るのが文章の面白さのうちのひとつだと思っています。なので、そういった解説も含まれていたらありがたかったです。
総レス数 2  合計 20

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