2人の奇妙な利害関係 |
パソコンの画面を、見つめる。 右手はマウスの上で指のみを動かし、左手でポッキーなんかつまみながら。 「うぁっ……や、やだ、まってぇっ!」 彼女の静止など聞こえない。快楽に突き動かされるまま、麻美の腰をつかんで、ずん、と、アレを根元まで入れた。 「はっ……や、あぁっ!」 麻美はベッドのシーツを強く握り締め、ひくん、と、お尻を振るわせた。 音量、もう少し下げようかな。 この声優さんの喘ぎ声、たまに高すぎてうるさい。 「はぁっ……はぁ……はぁ……はぅ……う……ばかぁっ……」 フルハイビジョンにも対応しているという24インチのモニターでは、肌色率の高いシーンが続く。それにしても……画面のCGが変わらない。アニメーションじゃないから止め絵なのはしょうがないけど、所詮体験版、「実際の製品とは異なる可能性があります」だからしょうがないにしても、1回の情事に対して使われる枚数が少ないような気がするなぁ。 ちなみに、この体験版に収録されているヒロインの麻美ちゃんは、長い黒髪の日本美人だ。性格はおっとりしていて、家が神社なので否応なしに巫女さん。黒髪ロングな日本人女性の職業は巫女さんしかないのかと疑いたくなるのは私だけだろうか? 私だけだろうなぁ。 勿論美人でプロポーション完璧の彼女。設定的には同じ歳のはずなんだけど……どこをどう頑張ったら、そんな成長が出来るんだろうか。小一時間問い詰めたい。 画面の向こうは主人公の部屋。体験版なので場面転換がいきなりだ。けれど……いくら思いを寄せているとはいえ、巫女さんやってるのに、男の1人暮らしにホイホイあがりこんで、しかもこんな勝負下着っぽい可愛い下着を身に着けている(+上は脱がせやすそうなブラウスだし)なんて、「あらかじめ想定してました」って言っていいんだよ? っていうか言っちゃえ。 まぁ、突っ込み始めると止まらないんだけど……体験版だけで既に4時間というボリュームと絵のクオリティ高い(+好みだ)から文句言うまい。 気になるのは、こういうシーンになるといきなりうるさく感じる、ちょい高すぎなBGMとボイスくらいかな。 「待ってって……言ったでしょぉ……」 ……やっぱりこのキャラの音声オフにしようかな。でも、聞きたくないわけじゃないんだ。嫌いじゃない声優さんなんだけど、実際日常のシーンは可愛いんだけど……。 頬を赤く上気させて、潤んだ瞳で肩越しに振り返る麻美。 汗で肌に貼りついた黒髪が色っぽくて、ぞくり、と、背中が震えた。 「……すごく、敏感になっててっ……んっ……挿れられただけで、私っ……」 うん、よし、決めた。飛ばそう。 私はマウスを画面左端まで動かし、オプションを表示させる。その中にあるコマンドを使って未読の本文を早送りして……彼らの二回目を豪快にすっ飛ばしたところでセーブ。 よしオッケー。 と、ここで画面が切り替わる。学校や公園などのマップ上に、デフォルメされたヒロインが表示された。この金髪ツーテールは……ツンデレアイドルの那美ちゃんだな。 「って、まだ続くの? 普通はここで終わりでしょ? マップ上に彼女がいるってことは、彼女とのそーゆーシーンも体験できちゃうわけですか!? こんなに盛りだくさんで本当に大丈夫か製品版!!」 メーカー側の太っ腹ぶりに、私が腕を組んで簡単の息を漏らしていると、 「……相変わらずだな、沢城」 この部屋の主人が読んでいた本から顔を上げ、私に向けてぽつりとつぶやいた。 バカにされたような気がして、座っている椅子を回転させて彼のほうを向く。椅子に座っている分、私の方が彼を見下ろす形になる。お互い視力は底辺ギリギリなので眼鏡着用。ノンフレーム眼鏡の彼と、視線が一瞬交錯して、 「いやー、まさか、ここで終わらないとは思わなかったのよ。昨日から頑張ってるんだけど……って、新谷氏、相変わらずってどういうこと?」 「言葉通りの意味だよ。沢城の心の声が聞こえたからね」 1時間ぶりの会話が中二病発言である。彼が何を言っているか分からないまま……右耳につけたカナル型のイヤホンを外し、肩をすくめる私。 「うーん……エッチシーンになると音がやたらうるさく聞こえるのよねー。体験版って特にそう思う。コンフィグで調節してもBGMとキャラクターの声のバランス悪いこともあるし、あと、」 「あー、ありがとう。沢城のエロゲ語りは間に合ってるよ。その持論を聞くのも5回目だからね」 手を振って話を終わらせた彼。いつもの反応だ。 そう。今、私がパソコン上で進めていたのは、18歳未満お断り要素満載のゲーム(の、体験版)。世間的な言葉で言うとエロゲ。 今回はオーソドックスな恋愛学園コメディなんだけど、SF、RPG、陵辱、ジャンルは問わない。まぁ、キャラや物語が好きなら年齢指定でなくても構わない。面白そうなら、私の波長に合うなら何でも来いという雑食なのだ。 ただ、プレイ中に(男性にしてみれば)先ほどのような暴挙に出ることも多々あるけど。 純粋にグラフィックの美しさやシナリオの面白さで楽しみたい場合は、こういうゲーム最大の売りである濡れ場を豪快にすっ飛ばしたって構わなかったりする。第一、女の子の喘ぎ声を聞いて興奮するほど飢えてないし。 飛ばすくせに、文句を言うくせにゲームをプレイする理由は、今回の場合、ヒロインが可愛いからに他ならない。今回の麻美ちゃん、彼女はさっきの声さえ気に入れば、メーカー通販での購入を本気で検討したんだけどなぁ……。 女の私視点だから余計に思うんだけど、こういうゲームのヒロイン、人間的に素晴らしい場合が多い。 料理得意、世話焼き、成績優秀、ナイススタイル。ファッションが可愛ければ参考にしたいし、仕草が可愛ければ見習いたいし。まぁ……実際無理だけど。 リアルな私は、そんな彼女たちと間逆の位置にいるだろう。かろうじて肩付近までのびたゆれるストレートの髪に、少し淵のある眼鏡。特にコレといって特徴のない風貌を飾ることもなく……っていうか、化粧なんて学校で習わなかったから知らない。動きやすい格好が好きなので、いつもジーンズ着用。 そう、こんな私だから……長い髪の毛を可愛くアレンジして(現実的に不可能な髪型の女の子もいるけどね)、普通にスカートはいている彼女たちを妙に尊敬してしまうのです。 冬なのに、とか、思いながら。 言い足りない私の雰囲気を察しているのだろう。彼は強引に話をまとめた。 「まぁ、興味があるなら大樹に聞いておくよ」 「ありがと」 毎度の心遣いに感謝しつつ、私がポッキーをもう一本口にいれたところで、彼は読書を再開。手元の本に視線を落とし、カバーがかかった文庫本に挟まっているしおりを引っ張ると、開いたそのページから読み始める。 基本無表情なのだ。面白いからって大声で笑ったりしないし、そんなシーンだからって1人で興奮したりもしない。されても困るけど。 彼は外見が計算されたように整っているので、こういう文庫本がオプションとして似合うのだ。知的というか、インテリというか。 本当に、普通の表情だから……彼が読んでいるは一般文芸の文庫本なのかって思ってしまうんだけど。 違うんだな、コレが。 彼が読んでいるのは耽美小説。最近の言葉を借りるならBL――ボーイズラブ、美少年と美少年(きっと皆18歳以上、多分)が繰り広げる禁断の世界を、そりゃーもう濃厚かつ理想的に描いている小説なのだ。 挿絵も少女漫画並のキラキラ具合で、受けキャラは正直、女性かと思うくらい可愛いことも多々。 正直、私は専門外、っていうか楽しみが分からないジャンルなんだけど……きっとそれはお互い様なんだろう。 そして……さっき散々、画面の向こうのヒロインに突っ込みをいれたけど、よく考えると自分も似たような状況なんじゃないかって、ふと、思うこともある。 先ほどちょっと述べたように、この部屋の主人は私じゃない。今、胡坐をかいて小説の世界に没頭している彼なのだ。 要するに、「男の1人暮らしにホイホイあがりこんで」っていうのは私にも言えること。 先人達は言う、「男は狼だ」と。自分の無防備さに多少なりとも危機感を抱いてはいるんだよ、多分。 ただ。 私にそういう計算があるとか、彼にそういう下心があるとか……そういうことではない。 私たちの関係は、一種の利害関係。きっと世間的には誰からも認められないであろう、そして、可能ならば誰にも知られたくない、そんな関係。 私は彼が読みたいBL小説を友達から借りて、 彼は私がやりたいゲームを友達から借りてくれて、交換する。 加えて私は真下に住んでいる彼の部屋に上がり込んで、ハイスペックなパソコンにゲームをインストールして遊び、 彼は私が部屋に居る間に小説を読み、私が帰る頃に本を返す。 そういう関係だ。 私と彼が出会ったのは、今から2週間ほど前。まだ桜が残っていた、4月上旬のこと。 「初めまして。えぇっと……沢城都さんだね」 入口の前で出迎えてくれた長身の美人が、凛々しい顔に優しい笑みを浮かべてくれる。 ハスキーで少し低い声。緒方恵美さんと斎賀みつきさんを足して2で割ったような感じだろうか……暖かくなった風が、イケメンボイスを持つ彼女のポニーテールをゆっくりなびかせた。 国道から細い道を入った突き当り、濃いクリーム色の外壁に白い窓枠やベランダが栄える、築7年の軽量鉄骨2階建てのアパート。 裏手には閑静な住宅街、国道へ出ればすぐにコンビニがある。最寄の駅とスーパーまでは自転車で10分という中々の好条件。 大学へ入学するこの春から、念願の一人暮らしが始まる。退去する人との兼ね合いがあってギリギリになってしまったけど……ここが、今日から私の城になるのだ! 「あたしはここの管理人代行、101号室の藤原千佳。何か困ったことや要望があったら、遠慮なく言ってね」 花柄でマキシ丈のワンピースに白いパーカーという春らしい服装が、背が高くて足も長い彼女――藤原さんのスタイルの良さを引き立てていた。ボーダーのTシャツにジーパン、足元はスニーカーという私とは実に対象的。ちょっとだけ羨ましい。 同性だし……もっとまじまじと眺めても不審者扱いされないだろうか? それとも、初対面だし、いい加減に視線を逸らしたほうがいいだろうか? 私は迷わず前者を選択し、改めて彼女を見つめる。 っていうか……こんな美人の管理人さんがいるなんて聞いてないんですけど!? 今どき住み込みの管理人さんだなんて(代行って言ってたけど、実質同じだよね!?)……生協から斡旋してもらった物件に思わぬ副産物。なんと言う俺得!! 「おーい、沢城ちゃーん? 口が半開きになってるよー?」 「はっ!?」 し、しまった……ついうっかり観察してしまったっ!! そして、コレが私のダメな悪癖なのだが、美人な人、カワイイ人、私の好みに合致する女性を見ると、ガン見するあまり口が半開きになって、何とも情けない顔になってしまうのである。 我に返って口を閉じた私は、慌てて頭を下げた。 「初めまして、沢城都です! 今日からよろしくお願いします!!」 藤原さんは「こちらこそ、よろしく」と言葉を返し、私の眼前に銀色の鍵をちらつかせる。 「おねーさんの話を聞いてくれない子には、この鍵を渡すわけにはいかないなぁ?」 「す、すいません……緊張しちゃって……」 こんなに綺麗な人を目のまえにすれば誰だってもう!! 本音半分、建前半分で釈明すると、彼女は鍵についているリングを指にひっかけ、くるくると回しながら説明開始。 「まぁ、堅苦しいルールがあるわけじゃないよ。基本的に学生さんしかいないところだから年齢も近いしね。ただ、廊下ですれ違ったら挨拶する、共用スペースは綺麗に使う、ゴミ出しのルールは守る、両隣りには迷惑を掛けない、とか、常識的な行動をしてちょうだいね。未成年とはいえ家主なんだから、そのへんはヨロシク」 「分かりました」 私の答えに、藤原さんは満足そうな表情でうなづいた。 「確か、沢城ちゃんの荷物は部屋に届いていたと思うから。部屋に入って水道と電気や家電を確認して、問題があったら今日中に教えてくれるかな」 そう言って、鍵を私へ放り投げる。受け取った私は藤原さんに一礼して、アパートの入口をくぐった。 入口の先には共同ポストがあるエントランスがあり、そこを抜けると二手に分かれる。 目の前には2階へ続く階段、右手には1階の部屋への入り口が続く廊下。 私の部屋は2階なので階段へ。踊場でターンして上へ登ると、澄み切った空を背景に、これから生活する街を少しだけ見渡すことができた。 県内第2の都市であるこの町は、中心部に出れば駅ビルや新幹線の駅等がひしめき合う都会だが、モノレールで大学のあるこの地区まで足をのばせば、私の地元と相違ない住宅街とスーパーに安心する。 勉強を頑張っていた1ヶ月前までの私に感謝しつつ、廊下を進み、突き当りへ。 204号室、角部屋。ここが今日から……私の城っ!! マホガニー色の扉、ドアノブの下にある鍵穴に鍵を入れて、ゆっくり回すと……扉が、開く。 この物件は家具付きなので、私が持ち込んだのは自分の洋服と、簡単な道具(カップ麺のお湯を湧かす鍋とか)と、パソコンくらいのもの。 扉を開くと、手狭な玄関からフローリングの廊下が5メートルほど伸びている。右手にIH付きのキッチンがあり、左手にはお風呂、その先にトイレへの扉。廊下の奥にある扉の先が居住スペースだ。 前もって実家から送った段ボールは5つ。玄関先にないってことは奥にあるんだろう。ひとまず靴を脱いで、備え付けのスリッパをはいた。ひんやりする。 見知らぬ天井と小奇麗な香りに、自分の部屋だと分かっていてもよその家にお邪魔している錯覚。廊下とお風呂、トイレの電気がつくことを確認して、いざ、扉の向こうに広がるメインスペースへっ!! ドアを開くと……約10畳、縦に長いフローリングの部屋が広がる。白い壁と天井が眩しい室内は、左手にインターフォンの電話機、その奥に4段の白い梯子。梯子の上にベッドが備え付けられ、ベッドの下が収納スペースとして使えるようになっているのだ。ちなみに、コートなどが掛けられるクローゼットは反対側に完備。 ベッドと同じ壁側に、液晶テレビが置いてある棚が窓の近くまで続く。折り畳み式の椅子が立てかけてあり、棚の足元がぽっかり空いているところもあるので、そこにパソコンを置いてゲームに興じればいいかな。ふひひ。 床には丸いテーブルが1つ。ここで食事を取ればいいけど……うーむ、これはクッションを買ってこなければ。 レースのカーテンの向こうがベランダ。物干し竿が見える。洗濯機は共用のものを使うことになっているのでこの部屋にはないけど……そういえば、洋服って何日おきに洗えばいいんだろう。今まで制服だった+親に任せていたからよく分からないけど、洗濯物を入れて持ち運ぶかご的な物が必要だな。 そして、実家から厳選した段ボールが6箱、テーブルの近くに重なっていた。 ……ん? 6箱? こちらから送付したのは5箱だと思っていたけど……親の判断で急遽追加されたのだろうか。私は首を傾げつつ箱へ近づき、張り付いている伝票を確認する。 結果、 「新谷……薫……?」 1つだけ、宛先が私宛ではないものがあった。 住所を確認すると……あらら、丁度真下、1階に住んでいる人の荷物らしい。 運送会社のロゴが入っている同じ段ボールだし、指定の期日、時間帯まで同じだった。この時期は何かと運送業界も忙しいだろう。私の荷物が足りないのであれば文句を言わなければいけないが、今回はまぁ……特に連絡しなくてもいいかな。私が届ければいいだけのことだろうし。 ジーンズのポケットから携帯電話を取り出す。時間を確認すると、午前11時45分……これを届けたらそのままコンビニに行って、昼食でも買って来ようかな。 伝票に書いてある内容だと、この箱の中身は雑貨らしい。私の力でも1階まで運べるといいんだけど……。 中腰になり、恐る恐る持ち上げてみる。 「ぐぬっ……!?」 開始2秒で諦めた。いやもうだってこれ……えぇ!? 「これ……本当に雑貨なの?」 絶対に雑貨じゃなくて書籍か何かだろうと思うほどの安定した重量感。どう頑張っても無理だし、第一、見ず知らずの人の荷物だ。私のせいで破損したー、なんてことになったら私だって困る! 伝票をもう一度見た。さて、どうしよう。 困っているかもしれないし、思い切って訪ねてみようか? 会ったこともないし、運送会社も気づくだろう。連絡があるまで放置しておこうか? 迷いつつ、改めて伝票を見つめる。 『新谷薫』、名前だけでは性別が分からないけど、綺麗な女性だったらこれをキッカケにお近づきになりたいっ……! それに、こんなに重たいものなら、自分で運べないから1個だけ宅配便に頼んだのだ。それはきっと彼女(勝手に決定)にとって大切なもので、届くことを心待ちにしているに違いない!! こうなったら……。 「新谷さん、いるかな……」 挨拶も兼ねて訪ねてみよう。一人暮らし初日にして大冒険だ。 手土産は……ないけど、必要ならば後から持っていけばいい。第一、いるかどうかも分からないんだし。 「ひとまず……証拠として、伝票だけ写真撮っておくか」 一瞬剥ぎ取ろうかと思ったけど、名前と住所が分かるように携帯電話で写真を一枚。 それをズボンのポケットに押し込んで、私は玄関へ向かった。 階段を下って、1階の廊下の突き当り。私の部屋と同じドアの前で立ち止まる。 表札はないけど、伝票の住所はここで間違いないはずだ。 ……うーむ、何も考えずに来てしまったけれど、綺麗なお姉さんじゃなくて、いかついお兄さんが出てきたらどうしよう……新興宗教とか勧誘されたら、どうやって切り抜ければいいのだろうか……。 「……まぁ、その時考えよう。管理人さんもいるし」 何事もあまり深く考えないのが私の性格。ひとまず行動、動いてから考えるっ!! ぴーんぽーん。 典型的なチャイムの音が響き、 『……はい?』 インターホン越しに男性の声が聞こえた。お姉さんじゃなかったことに落胆。 でも、思ったより怖くない? 某21世紀最初のガンダムの主人公のような柔らかい声音。 私は一度呼吸を整えると、よそ行きの声と言葉遣いをインストールして、 「あ、えぇっと……突然すいません、今日、上に引っ越してきた沢城といいます。えぇっと……新谷さん、で、間違いないですよね?」 『え? あ、はい、新谷ですけど……?』 声に少しだけ警戒が混じっているように聞こえた。まぁ、当然か。 「怪しいものじゃない、っていう時点で怪しいな……早速本題に入ります。実は、我が家に新谷さん宛のダンボールが間違って届いてしまったんです。それについてのご相談なんですけど……」 『僕宛のダンボール……?』 「はい。伝票の住所がこの部屋だったんです。本当は持ってきたかったんですけど、雑貨って書いてあるんですけど超重たいんです。勝手に開封するわけにもいかないし……心当たりがないなら運送会社に連絡するんですけど……」 刹那――がたん、と、部屋の奥から物音が聞こえて、 『ちょ、えぇっと……ひとまず開けるから、そ、そこにいてもらえますか!?』 先ほどとは打って変わって、分かりやすく焦った声が響いたかと思えば……がちゃり、と、内側から鍵の開く音が聞こえる。そして――扉が半分ほど開き、 「あ、えぇっと……どうも、初めまして。新谷です」 自身の体で扉を押さえながら、私より頭ひとつ背の高い男性が登場。 外見だけで判断すると年上。一言で言うならば……雑誌から切り取ったような、ノンフレームのメガネがよく似合う、実に爽やかなイケメンさんだった。 白いブラウスに濃紺のジーパンというシンプルな服装。飾り立てなくても華がある爽やかさ、最近は顔が付いているパターンが増えてきたギャルゲーの主人公というよりも、乙女ゲームやBLゲームの攻略キャラにいそうな印象を受けた。 正直、一瞬見とれてしまったのはここだけの話。一応私も生物学的に女だったんだなー、と、変なことを思ってしまった。 それはさておき。 「改めて……本日上に引っ越してきました、沢城といいます。これ、伝票を写メったんですけど、確認してもらえますか?」 ペコリと軽く頭を下げてから、私は表示しておいた画面を彼に見せる。 目線が住所と名前を追い、頭上から浅いため息。 「僕の荷物で間違いないです。届くのを待っていたんですけど……まさか、間違って届いていたなんて」 「苦情は後で、本人から直接お願いしたんですけど……あれ、新谷さんで運べますか?」 荷物の中身を思い返したのか、彼は一瞬思案して、 「多分大丈夫です。今から取りに伺っても平気ですか?」 申し訳なさそうな彼の申し出に、私はひとつ返事でうなづいた。 「むしろお願いします! 今なら荷物を一切広げていないので……」 数時間後には乱雑に散らかった室内と化してしまうことだろう。第一、初対面の男性に自分の趣味――美少女ゲーム関連の雑誌やソフト――を見られるかもしれないなんて、最上級の羞恥プレイだ。 そんな私の心情など知るはずのない彼は、安心しきった笑顔を向けて、 「ありがとう。大事な荷物だから助かります」 毒気のない彼の態度に、心臓が高鳴ったのは……ここだけの話だ。 それから彼を自室へ誘い、問題のダンボールとご対面。念のために本物の伝票も確認してもらい、これが彼のものであることを決定してもらった。 「じゃあ、これは引き取ります。運送会社には僕から連絡しておきますから」 「助かります」 両手でダンボールの底を持ち上げ、少し苦しそうに笑顔を作る新谷さん。 そしてそのまま廊下を抜けて、靴を履き、扉の前に立った。 ……あれ、動きが止まった。扉の前で立ち尽くす新谷さんに、私は恐る恐る背後から近づき、 「ドア……開けたほうがいいですよね?」 私の申し出に、彼は無言でうなづいた。 それから……私の部屋のドアに始まり、階段の段差を伝え(階段の幅が狭いので足元が見えないとのこと)、鍵を借りて新谷さんの部屋のドアを開いたところでお仕事完了。 「本当にありがとう……この御礼は、いずれ……」 呼吸を乱しつつ、笑顔を作る新谷さん。どんだけ爽やかな人なんだと思いつつ、私も自分の昼食を買うという目的を果たすために長居は無用、彼の真似をして爽やかな笑顔で別れよう。 そう、思っていたのだが。 私が踵を返した瞬間――かさばるものが幾つも落ちる重たい音が響いて。 何事かと思って振り返ると、しゃがんで足元をおさえる新谷さんの姿と、彼の周囲に散らばる数十冊の本。 サイズは文庫や新書サイズが多いが、雑誌も混じっている。一人暮らしの部屋にこんなに持ってくるなんて、本を読む人なんだな。 これでダンボールが重たいことも納得。でも、これなら『雑貨』じゃなくて『書籍』って書けばいいのに。 突然の事態に、本も悲惨な状態だ。ページが開いた状態で風に吹かれたり、雑誌で表紙をこちらに向けて……。 ……え? 一瞬目を疑った。予想していない中身に私の眼鏡が異世界を映しているのかと思って瞬きしたけど……違う!! 底が抜けたダンボールからの襲撃を受けた新谷さんは、まだこの『惨劇』に気がついていない。幸いなことに周囲にはまだ私しかいないけれど、この音を聞いて管理人の藤原さんでも来てしまったら……ヤバい!! 私は慌てて散らばった本を拾い上げるためにしゃがみこんだ。その瞬間、同じ目の高さに新谷さんの顔があり……目が、合う。 ようやく現状に気づいた彼は、先程の笑顔とは打って変わって、色んな意味で顔面蒼白だった。その心中は察するけれど……お願いだから、今はその感傷に浸ってないで、 「手伝って!!」 「え……?」 刹那、彼の目が驚きで見開かれる。 私は重ねあわせた文庫本を10冊ほど、彼へとつきだして、 「いいから手伝ってください! 『これ』を、同類である私以外の衆目に晒しても構わないというなら話は別ですけどっ!!」 「っ……!」 彼は躊躇った後、私の手から本を受け取った。 二次元のイケメン同士が完全に抱き合っている美しい文庫の表紙や、その下の某アニメショップでは女性向けーコーナーに陳列されている雑誌に、一瞬、視線を落として。 廊下に散らばった30冊くらいの本や数枚のCDを、迅速に全て室内へ運び込んで。 気がついたら……私は、彼の部屋の中で昼食が出てくるのを待っていた。 間取りが同じなので、家具の配置も同じ。テレビから流れるお昼のワイドショーを聞き流しつつ……壁に背中を預け、ぐるりと室内を見渡した。 すっきり片付いた室内には、備え付けの家具やテレビと……テレビの隣にワイド液晶のボードPCが見える。パソコンチェアは備え付けでなく、背もたれや肘置きと、足元にローラーがついた黒い椅子。 テレビの下にある黒い箱はレコーダーか……うわ、BDって書いてある。うらやましい。 ベッドの下にある三段ボックスには、小難しい本やカバーのかかっている文庫等が整然と並べられている。その隣にある同じボックスには何も入っていないから……なるほど、この本の行き先はあそこなのか、と、勝手に予測。 どうしてこうなったかといえば、彼がこんな申し出をしてくれたからだ。 「散々迷惑をかけてしまったので、お詫びに昼食でも食べて行きませんか? パスタくらいしか用意出来ないけど……」 今になって思えば、口止め料も含まれていたのかもしれない。まぁ、正直……新谷さんがどんな人なのか興味があったので、初対面なのに図々しいかなと思いつつ、こうして今、彼の部屋に転がり込んでいるのであった。 しっかし……エプロンを付けて台所に立ち、二人分の昼食を用意してくれている新谷さんの姿が、まぁ様になっている。正直、私よりもずっと女子力が高いだろう。そうに違いない。そうであって欲しい。 程なくして、お盆に昼食をのせた新谷さんがやってきた。白いお皿に映えるミートソースののったパスタと、これまた白いお椀(?)で水面を揺らすインスタントのコーンスープ。美味しそうな香りに胃袋が動いたのが分かる。 二人分の食事を乗せたテーブルは目一杯。隙間に何とか水の入ったガラスコップを配置した新谷さんは、私の正面に腰を下ろして、 「出した後で聞いてもダメだけど……アレルギーとかで食べられないものはない?」 「大丈夫です。早速ですが遠慮せずにいただきますっ!」 空腹マックスの私は、返事もそこそこにフォークを握りしめた。 そのまま無言で食事を続けること5分。先に口火を切ったのは、新谷さん。 「今日引っ越してきたってことは……沢城さんも新入生なの?」 確信に触れない、他愛のない話題。スープでパスタを流しつつ首肯する私。 「あ、ハイ。入学式3日前なんてギリギリになっちゃったんですけど……って、今、「沢城さんも」って言いましたか?」 「実は僕も、越してきたばっかりの新入生だよ。現役じゃないから沢城さんより年上になっちゃうと思うけどね」 「そうなんですか……」 お皿に残ったミートソースをフォークで拾いつつ、私は彼を見つめる。 近くでまじまじと見つめると、本当に整ったお顔立ちでいらっしゃることこの上ない。 多分、いや絶対、女性に困らない人生を歩んできた、今後も困らないのではないだろうかと勝手に予想。 「沢城さん?」 無言で見つめたからだろうか、彼の訝しげな視線に気づき、私は慌てて取り繕った。 「へっ!? あ、えぇっと……気になるのでそろそろ聞いてもいいですか? あの」 あの――私は、扉近くにある本に視線を向けた。 まさか引越し初日に目にするとは思っていなかった、例の物。 「どう見てもBLにしか見えない本は、新谷さんの所有物ってことですか、ね?」 1分ほどの沈黙の後、彼は無言で……静かにうなづいた。 なるほど。 男性がBLを読んじゃいけないなんて法律も暗黙の了解もない。ただ、ちょっと本気を出せばリア充どころかハーレムさえ形成出来そうな彼の愛読書が、角川書店でもルビー文庫だとは思わなかっただけだ。 しかし、どうしようこの沈黙。彼はうつむき下限で水をすすっていて、私の反応を待っている様子だ。私が親友の綾美ならば、新谷さんと意気投合して大いに盛り上がることができたかもしれないけど……残念、私はBL畑の素人。「あの作家さんいいですよねー」とか、「あの絵師さん最高ですよねー」、なんて……。 ……絵師? 「そういえば……さっきの本の中で、CARNELIANさんっぽい表紙の雑誌もありましたけど、BLブランドも立ち上げてましたっけね。好きなんですか?」 「え?」 ぱっと顔を上げた新谷さんは、少し驚いた表情で私を見つめる。 「え、えぇっと……」 しどろもどろだ。何がそんなに予想外だったんだろうか。 しかし、この反応は嫌がっていない(だろう)。私は脳内の知識を総検索して、彼と共通に話せそうな話題を作る。 「美少女ゲームとBLを両方手がけてる人もぼちぼち増えてると思いませんか? 私が知ってる限りだと樋上いたるさんだってそうだし……って、あれ? 新谷さん?」 こちらの頑張りが届いているのかいないのか、肝心の新谷さんは先程から表情を変えないまま……正面にいる私を見つめ、恐る恐る尋ねる。 「沢城さんも……僕と同じ側の人だって思っていいの?」 今更こんなことを聞かれた。察してくれ。 「あぁ、はい。とはいっても……BLにはほとんど詳しくないんです。むしろ真逆です」 「真逆?」 問いかけられ、打ち明けていいのかと一瞬言い淀むが……まぁ、今更、隠す必要はないだろう。 私は残った水を飲み干し、自信満々で答える。 「だって私、美少女ゲームが大好きですから」 それはあまりにも突然な……出会ってわずか1時間でのカミングアウト。 奇妙な二人の利害関係は、ここから始まっていたのかもしれない。 同類だけどある意味正反対の新谷薫さん。 私が彼の部屋に入り浸るようになったのは、以下、実に切実かつ無視できない重要なファクターがあるからだ。 互いにカミングアウトを終えて、新谷さんが出してくれたコーヒーで一服していた時。 興味本位で彼が所有するBLゲームの雑誌を開いた私は……折り目のついていたページに、どこかで聞いたことのある名前を見つけた。 「あれ、この名前……綾美、だったような……?」 それは、新作の同人ゲームを紹介するページ。2ページ見開きの『期待の新作!』というコーナーで、白衣の俺様キャラ(外見だけで判断)と、なぜかナースの格好をした受け担当の美少年(外見だけで判断)という、私でも思わず興味をひかれるイラスト……の、下。原画家の名前。 そこにあったのは、BL同人誌を発行している親友のペンネームだった。確か。(興味が薄いのでうろ覚えではあるが……) 確かに彼女の同人誌は人気があるとネットで見たことがあるけど……今や同人とはいえ、雑誌で紹介されるようなゲームの原画も手がけるようになっていたとは。 そういえば綾美、私をBL畑に引きこもうとあの手この手を使ってくるんだよなぁ……会うたびに文庫本を数冊渡されるんだけど、どれも口絵イラストだけで挫折してしまうチキンな私。今回も引越しの選別だって強引な理由で、とあるゲームのノベライズを渡されたっけ。箱の奥底で眠らせているけど。 読んだ感想を教えろ、と……たまに鬼気迫る表情で詰め寄る彼女をかわすのも、ちょっとしんどいのが本音。でも、悪意がない(はずだ)から、あんまり邪険に扱えない。 ……そうだ、新谷さんなら読むんじゃないか。むしろ読んで素晴らしい感想をくれるんじゃないか。そう思った私は、記憶の断片をつなぎあわせる。 「あのー、新谷さん知ってますか? えぇっと……何ですっけ、あれ、四字熟語みたいなタイトルで、主人公が二重人格っぽい眼鏡のやつ……」 「熟語に……二重人格? 眼鏡?」 新谷さんに与えた情報量はやっぱり断片的で実に少ない、のに、 「もしかして……鬼畜眼鏡のこと?」 「ビンゴ!」 そう、それ!! 印象的な漢字4文字が出てこないところに、私の関心のなさが伺えるというものだ。 それはさておき。 「実は、私の友達に新谷さんと同じジャンルが好きな友達がいるんですけど……渡した小説の感想が聞きたいってしつこくて。新谷さん、そのゲームのノベライズ、読んだことないですか?」 「残念ながら……読みたいとは思っているんだけど」 なんと、これは又と無いチャンスだ!! 彼の言葉を受けた私の瞳は、最近のアニメでおっぱいを不自然に隠す光より輝いていただろう、多分きっと。(例えがヒドイ) 「じゃあ、私の代わりに読んでもらえますか? 勿論読んでもらえますよねだって読みたいって言いましたもんね今っ!!」 「えぇ!? あ、その……まぁ……読めるなら……」 一方的に話を進める私に気圧されつつ、彼がおどおどとうなづいたのを確認!! 「ちょっと待っててください! 持ってきますからっ!!」 「えぇぇ!?」 善は急げとばかりに部屋を飛び出して数分後……食器が片付けられたテーブルに、青い袋に入った3冊の本を置き、 「どうぞ! そしてぜひとも感想をお願いします!!」 「は、はい……」 完全に流された新谷さんは、呆けた顔で机上の本を見つめていたが……次に、彼の正面で正座して待っている私を見つめ、 「あの、これって……今日中?」 私は大きく首を縦に振った。 「全部は無理だと思うので、最初の1冊で構いません。明日、その友達と会うことになっているんです」 「えぇっと……読んだ感想を、ってことだけど……本気?」 「本気に決まってるじゃないですか! あ、私が邪魔なら、読み終わった頃を見計らって再び訪ねますよ。そうしたほうがいいですか?」 「いや、あの、えぇっと……この部屋にいるのは構わないけど……1時間くらいかかるよ?」 「1時間でいいですか? 待ちます」 「……」 私に何を行っても無駄だと悟ったのか……彼は不意に人差し指を立てると、彼の斜め後ろにあるパソコンを指さして、 「暇つぶしにネットでもやってる?」 「いいんですか?」 「いいよ。そこに座って見られる方が読みづらいから」 親切な申し出に甘えることにした私は、そそくさとパソコンの前に座ったのだった。 そして、きっかり1時間後。 「……とりあえず、終わったよ」 1冊読み終わった新谷さんに声をかけられた私は、椅子ごと回転して彼の方を向いた。 「どうでした?」 神妙な顔で尋ねる私に、彼は一度、深呼吸をしてから―― 「表紙から分かってたけど御堂ルートを思い出すには必要十分な内容だったよ。ゲーム内のフルボイスも勿論魅力的なんだけど、活字にして更に詳しく読めることで、あのシーンだ、とか、このシーンだ、とか……いやもう、そんな形式的なことどうでもいいな。最初は厳しかった御堂が徐々に堕ちていく様子がたまらないね。でも、最後はちゃんとハッピーエンドだって分かってるから安心して読めるよ。特に彼の視点で物語が進んでいくからゲーム中に気づかなかった発見もあったし、メインのライターさんが本文を書いて、挿絵も原画を描いた人がやってるから、キャラクターに違和感なく入り込める。とにかくああいう強気キャラはガンガン攻められればいいと思うんだ! 特に職場で!」 「……」 妙にハイテンションな彼が一気に感想をまくし立てるではないか……やばい、これ、覚えられない、と、内心冷や汗。 「あと、外伝まで収められてるなんて感涙モノだよ、とにかく僕の御堂さんに骨の髄まで萌えるしかなくて……!」 「わ、分かりました!! もう大丈夫です十分ですありがとうございます!!」 くそう、御堂って誰だよ! 分かんないけど新谷さん一押しのキャラだということは留めておこうと思う。 えぇっと、新谷さんは何だって? とにかく、強気な御堂さんが主人公に攻められて堕ちていく様子が克明に分かったから興奮したってことでおk? あれ、何か違う? いつの間にか立場が逆転している気がする。私が必死に頭の中で情報を整理していると……彼は目をキラキラ輝かせながら、こんなことを言うのだ。 「沢城さんには、素敵な友達がいるんだね」 素敵!? 一方的にBLをおしつけて感想を求める友達が素敵なのか!? その発想はなかった。私は慌てて言葉を取り繕う。 「えぇ!? えぇっと……あー、まぁ、なんだ、新谷さんにとっては素敵でしょうね……」 「いやもう全くその通りなんだよ。そこで、これも何かの縁だと思って、1つ、お願いがあるんだけど」 「お願い?」 この状況で私に何を頼もうというのか。真意が読めない。 訝しげな表情で首を傾げる私に、彼は満面の笑みでこう続ける。 「これからも、その友達から……そういうジャンルの本を借りる事って、出来る?」 「え? そりゃあ勿論。その筋の本は大体買っちゃう生粋の腐女子ですから、新谷さんからのリクエストでもあれば、それを持ってるか確認して借りるくらいなら……」 「本当に!? 僕としては是非お願いしたいところだよ」 そ、そんなに読みたいのか新谷さん。でもまぁ、これで綾美も喜ぶ、かなぁ……私が誤解されちゃうことにはなるけど。 私が彼の申し出を了承すると……今までホクホクした笑顔だった彼が、急に、真面目な表情に戻る。 「でも、このままじゃ公平じゃないな。沢城さん、僕に出来ることはある?」 「新谷さんに出来ること、ですか?」 「僕が叶えられそうなことなら、喜んで協力するよ」 突然の申し出に、私はしばし考え込み、 「そうですねぇ……例えばですけど、新谷さんの友達に美少女ゲームが好きな人がいて、その人から製品版のゲームを借りて、この部屋にある画面の大きなパソコンでプレイ出来たら最高ですよねー」 それは、私にとって夢の様な話。先ほどネットサーフィンをしている時から、この大きなモニターと高スペックでサクサク動くパソコンで思う存分ゲームが出来たら最高だと思っていたのだ。 私も一応、ノートパソコンを持っているけど……OSは1世代前だし、最近は処理が遅いし、HDDの空き容量も決して多くない。体験版でさえたまに固まるのだから、アルバイトをしてゲーム用のマシンを買おうかとさえ考えたくらいだ。 でもまさか、そんな都合のいい話、あるはずないんですけどねー。さて、どうしましょうか。アハハハハ。 私が冗談で流そうとした刹那、彼は実に涼し気な表情でこう言った。 「なんだ、そんなことでいいの?」 「えぇ!?」 そ、そんなことって……今、そんなことって言ったんですけどこの人!? 驚きに口が開いたままの私。彼はポケットから携帯電話を取り出して、笑顔を向ける。 「じゃあ、沢城さんの期待に応えられるかどうか聞いてみるよ。何かリクエストはある?」 「ちょっ……ちょっと待って……お願いだからちょっと待ってくださいっ!!」 そのまま知り合いに発信しようとした彼を、慌てて静止したのだった。 そして――2週間後、要するに現在。 サークルにも所属せず、私は彼の部屋でゲームに溺れるようになっていた。 ダメ人間? その汚名も甘んじて受け入れよう! 受験勉強を頑張った自分へのご褒美、受験で抑圧されていた反動が一気に来たんだよ! そういうことにしよう! あれから変わったことと言えば……大学に入学したこと、お互いにアルバイトを始めたこと、年齢は違うけど学年が同じだから敬語を取っ払ったこと、あとは、 「新谷氏、全部読んだの?」 ゲームに区切りがついたので問いかける私に、さも当然と言わんばかりの表情でうなづく彼に敬意を評す。 彼は本当に、二次元のBLが好きなんだということを再認識していた。 「沢城こそ、終わったみたいだね」 「おかげさまで。ちょっとむず痒かったけど……だがそれがいいっ!!」 やっぱり学園モノは甘酸っぱくていい。ヒロインがアイドルで、主人公(私)と付き合ってることを秘密にしなくちゃいけないのに、主人公(私)が全校生徒の前で意を決して告白した、という、那美ちゃんルートのクライマックスの余韻に浸りつつ……休憩を取るためにディスプレイの電源を切って、イヤホンを外した。 そんな私の視線の先には、これまた達成感に浸っている新谷氏がいる。 私が渡した小説を、彼は脇に積み重ねていた。今日は奮発して5冊(とあるシリーズ全巻(インデックスでもレールガンでもない)・外伝は除く)渡したんだけど……もう全部読むなんて、侮りがたし。 ちなみに今回の本は新谷氏からのリクエストだ。橋渡し役である私は、どんな内容なのか知らないけど……本の持ち主である綾美からは、「分かってるわね、都。最近は花嫁がブームなのよ!」と、力説されてしまった。 どう言葉を返せばいいのやら……とりあえずうなづいたけど。 椅子の上から、ウェディングドレスを着た男性が白いタキシードを着た男性にお姫様抱っこされている表紙を見つめ、やっぱり理解できない世界だなぁと、この扉を開くことがあっても、それは相当遠い未来のことだろうと、しみじみ感じてしまうのである。 「……ねぇ、新谷氏?」 私はいつの間にか、彼にことをそう呼んでいた。ちなみに彼が私を苗字で呼び捨てなのは、私がそうしてくれと言ったから。 呼びかけに顔を上げた新谷氏へ、素朴な疑問をぶつけてみることにした。 「BLの魅力って、何?」 「魅力って……いきなり何?」 「いや、私には申し訳ないけれど分からないんですよ。世間の女の子や新谷氏がうっとりしながらはまっていく理由が」 そう、私には理解できないし、気になっていることだった。最近一部業界ではノーマルカップリングがマイナージャンルであるようにさえ感じてしまうのだから。悲しいよ、うん、結構悲しい。大好きなヒロインが自分の相手を親友(男)にとられているなんてっ!! それに……新谷氏は、何と言うか、BLに性的興奮を求めているわけでもないだろう。その辺は私と同じで――私がギャルゲーの攻略対象ヒロインに欲情しないのと同じで、ある程度第3者的立場から楽しんでいるような、そんな気が、するから。 私の言葉に、彼は少し考え込んでから、 「僕の思考と世間の……女性が好きになる理由は違うような気がするけど、あくまでも僕個人の見解、ってことでいい?」 「おっけー」 頷く。 すると彼は一言、端的にこう言った。 「何というか……安心出来るのかな」 「あ、安心?」 意味が分からず、オウム返しに聞き返す私。 新谷氏は一度足を組み直し、少しだけ、目を細めた。 「作品にもよるし、こんな言い方したらダメかもしれないけど……基本的にどんな困難があっても、ハッピーエンドで終わることが多いと思ってるんだ。社会的立場とか現実的な問題とか、そんなの一切無視したりして」 「そりゃあ……まぁ、二次元だしね」 「分かってる安心、っていうか……頭を空っぽにして読める、僕にしてみればすごく魅力的な非現実なんだ」 BLを頭を空っぽにして読む、ですか……綾美に伝えたらなんて言うだろうか。 しかし、次の瞬間……新谷氏はどこか頬を赤くして、 「それに、そのー……カッコイイ、し」 「カッコイイ?」 何が? 言ってくれなきゃ分からないと無言の圧力をかけると、彼はまるで初恋の人を告白するような乙女の表情になって、 「白い学ランを着て品行方正かつ沈着冷静生徒会長が、放課後はイメージと真逆のドMキャラになるとか、権力とお金であらゆる問題を解決しちゃうワイルドなおじさまとか、外見の期待通りに裏表なく攻める知的な眼鏡で白衣の医者とかっ!!」 「……」 ゴメンナサイ新谷氏、私ではマジ理解1000%とはいきません。 でも、それでも……やっぱり私が美少女ゲームを好きな感覚に近い。そう思った。 「そっか……なんとなく分かった。好きなものは好きだからしょうがないってことにする」 強引にまとめてみた。でも多分、間違いじゃないと思う。 自分のことを話してくれた新谷氏に少しだけ近づけた、そんな気がした。 そんな満足感があったから、この時の私は、疑問にも思わなかったのだ。 分かってる安心なら、魅力的な非現実ならば、別にBLじゃなくても……そう、例えば、男性をターゲットにしている美少女ゲームでもいいんじゃないか、って。 それから数十分後、アルバイトがある新谷氏の部屋を出た私は、 「――お、沢城ちゃん、こんにちは」 自室へ戻る途中、階段の前にいた管理人さん――千佳さんと出会った。 長い髪の毛を揺らし、浅葱色のワンピースがよく似合う憧れのお姉さま。ちなみに、下の名前で呼んでいるのは、本人の申し出によるものである。嬉しいけど。 「千佳さん、こんにちは」 身長が高いので、モデルさんかと思うくらい綺麗だから、話すだけでも緊張してしまうけど……あぁ、目の保養。大学にも綺麗な人は一杯いるけど、こんなに近くで、あまつさえお話出来るなんて、千佳さんくらいだもんね。 しかしこの集合住宅、住民のレベルが高すぎて困る。私の隣人もその隣人も別タイプの美少女だし……神様なんて年末と受験前しか信じなかったけど、ありがとう神様!! そんな千佳さんの手には、スポーツブランドのトートバッグが握られている。 「お出かけですか?」 「そ。これから労働なのよ。大学近くのファミレスだから、沢城ちゃんも遊びに来てね」 そういえば……千佳さんは大学生じゃないらしい。専門学生でもないらしい。管理人って職業? ってことは、この建物は千佳さんのもの? 謎が謎を呼ぶお姉さまは、今日も普段通り、どこまでも余裕のある立ち姿で私を見つめている。 ヤバい、1対1なんて心臓に悪すぎる……こ、今度、部屋でお茶をしながらゆっくり話そうなんて誘われたらどうしよう……千佳さんのお部屋だから、きっとモノトーンで、スタイリッシュな家具とか……いや、家具は備え付けだろうけど、インテリアとかこだわっていて、圧倒される私の手を優しくとって、その、少しハスキーな声で、「おいで、子猫ちゃん」的なことを言われて誘われたら断れないんですけど!! ……口を開きかけたことに気づいてひっそり自重した。一人で妄想して一人で楽しむ。こんな私の邪な思いなど知る由もないだろう。いつの間にか、千佳さんが何やらニヤニヤした表情でこちらを見つめ、 「沢城ちゃんって……やっぱり、新谷くんと付き合ってるの?」 「……」 うーん、これを聞かれるのは何度目だろうか。しかも「やっぱり」ってどういうこと? 最近は千佳さん以外の見知らぬ女性から突然聞かれることも多いホットな質問に、用意している私の答えはいつもひとつ。テンプレートだからブレることもない。 「はい。新谷氏と私は初対面で意気投合して付き合ってますっ♪」 「違いますよ。新谷氏とは趣味が合う友達です」 答えは当然後者だ。 笑顔で、これ以上は言わないことにしていた。趣味について突っ込まれたら、読書ということにしている。 ここで、 「か、勘違いしないでくださいっ! 新谷氏のことなんか全然好きじゃないんデスっ!!」 ……なーんて、強気になって否定するのは、本当に脈があるツンデレだもんね。 千佳さんはまじまじと私の顔を見つめながら、「うーむ」と腕を組んでぽつりと呟く。 「まぁ、あの新谷くんだから、沢城ちゃんのことが嫌いってことはないと思うけど……沢城ちゃんに恋愛感情がないんだったら、今の彼にとって幸せかもしれないね」 「え?」 よく聞こえなかった。千佳さんは「まぁ、ここでは恋愛とか外泊とか一切禁止してないし、よっぽどでなければ親御さんに連絡したりもしないから、安心してね」と笑顔で告げると、エントランスから外へ出ていく。 その背中を見送る私に、夕刻の少し冷たい風が吹きつけた。 こんな私たちの関係を保つためには、友人の協力が不可欠である。 「みーやこっ★」 携帯電話でメールを送ろうかと思った刹那、名前を呼ばれて顔を上げた。 彼女との待ち合わせ場所は、毎度おなじみになりつつある駅ビル地下のカフェ。店内は白で統一された明るい内装。デザートと軽食がお手頃価格で充実しているので、私たちみたいな若い娘さんがよく利用する。うん、周囲をぐるりと見渡すだけで目の保養。 ケーキセットのオレンジジュースで時間を稼いでいた私は、相変わらず快活な雰囲気全開で近づいてくる友人の姿に、思わずため息をついた。 彼女は後藤綾美。私とは高校で知り合った親友であり二次元文化仲間。攻め。今でも地元――ここから電車で片道1時間弱――の実家から、この駅近くにある専門学校に通っているので、互いの都合がつけばこうしてお茶を飲んで雑談している。電車で通学しているから、定期券でここまで来れるしね。 少しクセのある長い髪の毛を一つにまとめ、高校時代から更に進化した、均整の取れたスタイルは私も憧れてしまう。今日はスキニーの細いジーンズなんか余裕で着こなしちゃってさー……顔がきりっとした美人なのだから、神様はやっぱり不公平なのだと、黙って立っていれば最高だと、色んなことを考えては自分が虚しくなるのである。 勿論、異性からの関心も非常に高く、新谷氏に負けないくらい告白されているはずなのだ、が……彼女に交際を申し込んだ男は全員玉砕している。 と、いうのも、彼女の好みは「テニス部の跡部様」であり、「でも、アスランみたいなタイプもいいわね」と平気で口に出すのだ。世の男はテニス部で跡部という苗字の男子部員を血眼で捜し(一人偶然いたんだよなぁ……あれは面白かった)、アスランという名前の外人タレントをネット検索するのだった。 っていうか綾美、君が言っている二人って……間逆だよね、うん。あえて突っ込まないけどさ。 こんな彼女は現役で同人誌を出している同人作家でもあるのだ。ちなみにコミケではシャッター前になることもあるほどの実力者。最近はゲームにおける原画や数多くの出版社からアンソロジーに参加しないかと話を持ちかけられるほどの腕前であり、姉御的な性格(実際はゴーイングマイウェイなだけ)との相乗効果で、固定ファンもイベントの度に増えているとか。 綾美が原画を担当したゲーム、新谷氏が持っている雑誌にも見開きで特集されたし……私が思っているよりも、ずっと凄い人なのかもしれない。 ……ただ、私は彼女の売り子だけは、もう二度とやらないけど。 私はカバンに携帯電話を片付けて、遅刻してきた親友を見上げた。 「綾美、遅いよ。集合時間は20分前だったと思うんだけど?」 「いやーゴメンゴメン。コンビニのコピー機が混雑してたのよ」 私の正面に座った彼女は、B5サイズの書類がすっぽり収まるトートバックを足元において、水を持ってきた店員さんにケーキセットを注文した。 そして、私が飲んでいたコーラを横から掻っ攫い、にんまりとした笑みを向ける。 「でも、都もハイペースね。正直、あんたがここまで好きになるなんて思わなかったんだけど……さすがあたしの親友だわ!」 うーん……良心が痛むというか、何と言うか。 「はは、まぁ……ね」 曖昧に笑って誤魔化すのは、彼女は私が彼の家に入り浸ってギャルゲーに精魂捧げていることを知らないからである……そもそも新谷氏のことだって、まだ彼女には話していない。 理由は単純。行動力だけは某世界を大いに盛り上げる団の団長に引けを取らない綾美である。新谷氏の存在を知れば最後、彼に引き合わせろ、仲間を、同士を自分に紹介しろとしつこく詰め寄ってくるはずなのだ。それは、綾美がオリジナル本を描く時のネタにするために違いない。 彼はあまり自分の興味関心を表に出したくないみたいだから(まぁ、当然か……)、自室のパソコンまで借りている手前、これ以上迷惑をかけるわけにもいかないし。 と、いうことで、今、「綾美のおかげで私がBLに興味を持ち始めたから、大先輩である綾美に本を借りて勉強させてください。とにかく色んな世界を知りたいの!」……ということにして、彼女から新谷氏へ横流しする本を借りているのである。 しかし、その話を持ちかけたときの彼女といったら……いきなり何事かという疑いの眼差しはどこにもない。私たちが初めて出会ったのが高校入学当時、偶然席が近くて当時私も読んでいた某テニス漫画の話題で異常に盛り上がったのがキッカケだったけれど、その時以上の目の輝き。むしろ私が何事かと思ってうろたえたのだが、彼女がカバンからいきなり数冊取り出して一言、 「ただのBLには興味を示さなくていいわ! これを読みなさい!」 以上。 逆らうことの許されない命令形。 聞けば私がいつかその世界に目覚めることを信じて本を貸し続け、いつカミングアウトしても対応出来るように初心者向けの小説を持ち歩いてくれていたと言うではないか。 ……いや、そこまでしなくていいから。 元々彼女は話の通じる私がギャルゲーに陶酔しているのがあまり面白くなかったのだ。「まぁ、あたしも嫌いじゃないけどさ……コッチの世界の方も、むしろコッチの世界の方が、面白いと思うんだけどな」という、彼女にしてみれば控えめな言葉を、会う度にさり気なく口に出しては、ため息をついていた。そんな彼女を受け流すのが、毎回の通過儀礼。 だから最近、「本を貸してください。」と一言メールを打てば電話がかかってくる。そこで読みたいジャンルなどを細かく聞かれ、すぐに時間と場所を指定され、いざ、待ち合わせ場所では、 「ハイ、持ってきたよー、例のシリーズ」 周囲にはほとんど無警戒で、ヲタモード全開フルスロットルなのである。 私も一応、学校では自分の趣味を隠蔽し、胸の奥に秘めて、大学では当たり障りのないように、エビちゃんとか(名前しか知らないけど)、ドラマとか(見てないけど。テレビ雑誌の情報しか知らないけど)音楽とか(普段アニソンばっかりだけど)……頑張って周囲に話を「合わせる」のである。 いつしか「ふーん」とか「へぇー」とか「ほぉー」などという感嘆符が多くなり、人の話を聞いてるフリは、前よりももっと上手になったと思うよ。 ただ、綾美の前でエビちゃんの話に花を咲かせたことはない。私が櫻井さんの眼鏡が好きだと言えば、彼女は福山さんの眼鏡の方が好きだという。私が神谷さんの話をすれば、彼女は小野さんの話題で返してくる。私がゆうきゃんラブと言えば、彼女はフリーダム杉田という、気がつけばそんな会話で数時間経過しているから世も末である。 綾美はご機嫌な笑顔で脇においたカバンを自分の膝の上に乗せて、その中へにゅっと手を突っ込んだ。 彼女のトートバックから出てきたのは、青い袋。濃い青なので中身までは確認できない。勿論、某店長が熱い店の袋である。うん、あの店は聖域、私たちのユートピア。コレは少し褒めすぎた? ちなみに綾見の言う「例のシリーズ」とは、新谷氏が前回読んでいたシリーズの続編にあたる新作、らしい。うーん、私は表紙を見ただけで条件反射で拒否してしまったんだけど……ハネムーンのその後をシリーズ化しますか作者様。私たち読者に任せると、好き勝手に妄想して暴走するからですか? 「都もコレが好きなんて、さすがあたしの親友だわ。ねぇ、やっぱり先輩受けの後輩攻めなカップリングが一番でしょ?」 彼女の生き生きした瞳が私に訴える。 う、聞かないでほしいだって私は読んでないから。 お昼過ぎのカフェで、ここから段々周囲からは理解不能な会話に興じる乙女が2人。 何も言わないでください。別に悪いことしてるわけでもありませんから。っていうか邪魔するな部外者。 綾美目当てで近づいてきた男を彼女自身が雰囲気と目で追いやり、私は相変わらずだなぁと思いながら、残っていたジュースを喉に流し込んだ。 ただ、彼女が嬉々として私に意見を求めてくるのは予想できる。こういう事態に私だって何も備えていないわけではない。そのためにわざわざ新谷氏の部屋に居座って、彼の感想を直接聞いているんだから! したり顔で、いかにも「知ってます、ええ知ってますとも」という表情で、 「私はどっちかっていうと、保健医と先輩の方が好きかもなぁ。だってあの先生、絶対先輩のこと狙ってるもん。夏のビーチにあの格好(ご想像にお任せします)で登場したときは、本気でどうしようかと思った。不覚にもときめいたね」 「あー分かる! やっぱり都は目の付け所が違うわよね。大体、旅行先で偶然出会うわけがないっつーの。でも、あのイラストは傑作だったし、そういう策士で鬼畜な部分がそそられるのよねー☆ 今度ドラマCDになるんだけどさ、先生の役って森川さんなんだって。嬉しくてツイッターで延々と語ってしまったわ」 ひとたび彼女好みの話に持っていけば、あとは延々と喋ってくれるのだ。ちなみにさっきの言葉は全て新谷氏の意見である。最近は彼からおおまかな内容とキャラクターに関する情報を聞いておけば、ある程度なら綾美の話にも付き合うことが可能になった。 ちなみに、新谷氏が大好きな「御堂さん」は綾美もイチオシらしく、どんなキャラなのか、何となく分かったよ! 多分、誤解と偏見が混じっていると思うけどね! そしてそう遠くない未来、私はこの作品のドラマCDを笑顔の綾美から手渡されるのだろう。EXILEでも嵐でもなく、コレを。 うぅ、BLのドラマCDってどんな感じなんだろう……怖いもの見たさ(聞きたさ?)というか、私の好きな声優さんも出演してるらしいから(綾美情報)複雑というか。 綾美の前にケーキセットが運ばれてきた。香りの良いホットコーヒーで一息つく彼女の表情には……うっすらと、疲労の色が伺える。 「そういえば綾美、コピー機って……」 「あぁ、今回はイベントまでちょっと時間がなくてコピー本になりそうなの。描きたいネタはあるんだけど、まだ自分の中で固まってないから、本当は新刊ナシでもいいかなって思ったんだけどさー……サイトとかに結構要望のメールが多くてね。つい、頑張っちゃったのよ」 てへ、と笑う彼女だが、毎度のことに私は呆れてしまうのだ。 「またぁ!? 綾美の頑張りは人間生活との交換条件で成立してるんだから……たまには10時間くらい寝なさいよね?」 「分かってるわよ。あとは綴じるだけだから、今日は布団で眠れそうだわ」 一体どれだけ修羅場だったんだ。特に目の下にくまがあるわけでもない、けろっとした顔で語る彼女に、私がこれ以上言うことはなにもない。 彼女が一人暮らしではなく実家から通っているのも、自身の部屋にある同人関係の道具や秘蔵グッズを移動させるのが大変だという理由もある。 ちなみに。 「ねぇ綾美、私がそっちの世界に足を踏み入れたっていうのに……相変わらず、本は見せてくれないのね」 彼女はどういうわけか、私に自分が書いている同人誌を見せてくれない。18禁でもないのに。過去に一度だけ、どうしても人出が足りなくて売り子を頼まれたとき、私がサンプルの中身を見ようとするとすっごい勢いで止められたのだ。売り子なのに。 彼女のイラストは当然だが上手い。私も過去、彼女にリクエストをしてイラストを描いてもらったことがあるけど……本人が無理して描いたと言う割には、普段彼女が描かない美少女が完璧に微笑んでいたりして。 友人付き合いも地味に長いし、私が綾美の趣味嗜好をある程度理解している。今更何を見せられても動じないし、叫ばないし、白い目なんか向けないよ……うん、多分。 ジト目を向けて訴える私に、彼女はパフェをつつきながら、無駄に綺麗な(この表現はひがみ)、それでいて妙に悪戯な表情で返答するのである。 「あたしの本はまだまだ、初心者の都には刺激が強すぎるからね」 うん、そうだと思う。心の中で素直に納得しながら、彼女から預かった文庫本数冊を、自分のバックにしまいこむのであった。 後日、新谷氏に小説を渡す際、何となく綾美の話(本を提供してくれる友人の話)になり、実は彼女は同人作家で、こんな名前で活動しているんだよー……ということをぽつりと呟いた。綾美のPNを彼に告げたのは、彼の持っている雑誌にも名前があったし、何かのアンソロジーで読んだことがあるかもしれないと思ったからなんだけど、 「本当に!? あ、あの人……あの人、沢城の親友なのか!?」 という、予想以上の食いつき。しかも何やらプルプル震えてるんですけど!? 「やっぱり知ってたんだ。まぁ、最近は商業のアンソロにも参加してるみたいだし……」 「あ、あのさ……」 唐突にスケッチブックを手渡された。 ……ちょっとマテ。今、どこから出したんだ、これ。 意図を察してとりあえず受け取るものの、私を見つめる新谷氏が尋常じゃないほど目を輝かせている。そんなキラッキラさせなくても分かってるよ。ちゃんとフルカラーで描いてもらうから。名前も入れてもらったほうがいいですか? ただ、 「一応聞くけど、キャラのリクエストはあるの?」 「そんなに好きなら自分で直接頼めばいいじゃない、面倒だなぁ……」 内心面倒だと思っていても、彼には色々と恩があるし、本人がこの事に関してはガラス細工よりも繊細だから無下に扱えない。私が聞いても分からないかもしれないと思いつつ希望のキャラを尋ねると、返ってきたのは意外すぎる答えだった。 「だ、誰でもいいよ! でも、あえて言うなら「Fa○e」のアーチャーかランサーが……」 「えぇ!? そのカップリングには一定の理解を示すけどどうして!?」 「沢城こそどうして知らないんだ!? あの人は受けのアーチャーを描かせたら日本一なんだぞ!」 「ちょっ……! 私の(心の)兄貴を受けとか言わないでーっ!!」 ……私の親友は、色んな所で既に有名だということがよく分かった。 そんな彼の人気は、私が知らない所で非常に高いらしい。 「って、都ちゃん……本当に知らなかったのですか?」 学内の『パーラー』と呼ばれているこの場所には、丸い4人かけのテーブルが均等に配置され、壁際には自動販売機が並んでいるフリースペース。大きな窓から暖かい光が降り注ぐので、昼寝にうってつけだ。実際に寝ている人もいるし。 勉強する人、私達と同じように雑談をして時間を潰す人など目的は様々。そんな場所の一角、窓際の席にて。私の正面に座っている彼女は、両手でオレンジジュースを握りしめたまま、大きな瞳を更に大きく見開いて問いかけた。 「だって、新谷くんですよ、あの新谷くん。学部を問わず、新入生でいっちばん人気がある人なんですからねっ!!」 「へー」 「浪人中に某雑誌の読者モデルを頼まれたことがあるらしいんですけど、勉強が大切だからって断ってるんです。まぁ、当然と言えば当然なんですけど……元々頭がいいから予備校に通わずに独学で突破してるんだそうですっ!!」 気のない返事を返す私に力説する彼女は、私と同じ新入生にして隣室の友人・香月奈々。 リボンの付いたゴムで結い上げたツーテールの先が肩口で揺れる。フィギュアかと思うほどの美少女顔を持ち、誰に対しても敬語の混じった、少し舌っ足らずな喋り方、身長は148センチ……外見年齢は確実に中学生という、歩く合法ロリっ娘だ。 好きな色はピンクと公言しているだけあり、本日も薄いピンクのふわっとしたワンピースに、ジーンズ素材のジャケットを羽織っている。足元は白いタイツと茶色いショートブーツ……うん、申し訳ないけれど同じ年には見えないっ! そんな彼女は音楽系のサークルに所属していることもあり、交友関係が広い。そして、最近はもっぱら……なぜか、話題が新谷氏のことになる。 しかし、私はさして新谷氏の日常に興味がないので、口元を引き締めながら、目の前の美少女が熱弁する様子を観察することにしよう。 「顔もいいし性格もいいってことで、毎日1回は告白されてるって噂なのですよ。でも、全部断ってるんだそうです」 「へー」 「へー、って……んもーっ! 都ちゃん、さっきからそればっかりですっ! もうちょっと興味持ってくださいよぉ……」 がっくりと頭ごと肩を落とした奈々は……ちらり、と、反則的に可愛らしい上目遣いで私を見上げ、ぽつりと呟いた。 「奈々はむしろ、都ちゃんが不安なのです……」 「不安?」 言葉の意味が分からず、首を傾げる私。 奈々は姿勢を正すと、右手の人差指をぴっと立てて、 「あのねー、奈々がこんな話をするのは……調べて欲しいと言われているからなのですよ、ぶっちゃけますけど」 「調べる? 何を?」 「同じサークルの女の子たちに頼まれて、新谷くんのことを。ほら、奈々は……って、都ちゃんもだけど、住んでるアパートが同じですから」 「へー」 「んで、都ちゃんは新谷くんと友達で、あだ名なんかで呼んじゃって、あまつさえ、新谷くんの部屋で二人っきりで遊んだり出来る仲良しだから、それを羨ましーとか、妬ましーと思っている人もいるわけなのです。都ちゃんはきっと気づいてないと思いますけどね」 「はぁ……」 奈々の言葉に面白みのない相槌しか打てない。 羨ましい? 妬ましい? 私が? それは……私が彼の部屋で電気代も、パソコンの空き容量も、食事をごちそうになることも気にせずゲームをしているリア充だから? あれ、これってリア充? しかし、実費の支払いはことごとく断られているし、そのぶん、新谷氏には彼の希望に沿った本を渡している。それを受け取った時の輝いた瞳は、私が居座ることなど歯牙にもかけないほど強烈だ。 だから、いーじゃないか。これが私たちの利害関係なのだから。 ……と、思っているのが本人だけってこと? 「奈々、要するに……私が最近、妙に知らない女性に話しかけられて新谷氏のことを聞かれるのは、彼女たちが新谷氏のことを好きで、新谷氏の近くにいる私が彼女かどうか分からないからってこと?」 私の問いかけに、彼女はこくんと首を縦に振る。 「そうですよ。むしろ、それ以外に何があると思ってたんですか?」 いやー、てっきり、女の子が私に興味があるけれど私が新谷氏と一緒にいるからどんな関係なのか気になって頑張って話しかけてくれたんだと思ってました……なんて、言えるはずもなく。 「でもさ、奈々……」 私が言葉をはさもうとした次の瞬間、 「――ねぇ、沢城さんってあなたのこと?」 刹那、頭上から第三者の声。奈々と同じタイミングで見上げると、見知らぬ美少女がこちらを……私というより奈々の方を見下ろし、値踏みするように目を細めた。 私は知らない顔なので、奈々の知り合いだろうか。染めたと思われる栗色の髪の毛を高い位置でお団子にまとめ、後れ毛が顔にかかっている。目元ぱっちり、つけまつげ上等の完成された顔。白いニットワンピースに茶色のハーフブーツが似合う、今をときめくAKB的な、素直に可愛いと思える風貌、なのに……目付きが怖いです。 しかも、「沢城さん」って尋ねたのに、奈々の方ばかりを睨んでいるのはどういうことだろうか。 普段はほんわかした笑顔で社交的な奈々もさすがに狼狽して、ワタワタしながら尋ねる。 「えぇっと……どちら様、ですか?」 持てる勇気を雑巾より振り絞って、引きつりながらも笑顔を作った。 が、彼女はにこりともせず、奈々を敵のように睨んだままだ。 ……私のことは、アウトオブ眼中。 まぁ、ロリ美少女(奈々)VSアイドル系美少女(名前不明)という私得な対決を堪能できるから、いっか。 周囲が好奇の視線を向ける中、彼女は「沢城さん」(奈々)へ、次の質問をぶつける。 「あなたこそ、先輩の何なの? 答えなさいよ」 「せ、先輩……ですか? あのー、誰のことでしょうか……」 「とぼけたって無駄。調べはついてるのよ。先輩と同じアパートだからって、先輩が優しいのにつけこんで、馴れ馴れしく部屋に押しかけてることくらいねっ!」 感情が高ぶっているんだろう、真実はいつも1つと言い出しそうな勢いで問い詰める。 と、さすがに苦笑いを浮かべた奈々が、まだ自分の間違いに気がついていない彼女へ答えを告げた。 「……なんとなく気づいてましたけど、間違ってますね」 「はぁ? 何言ってるのよ。沢城さんが先輩のところに……」 「だからですね、間違いは「沢城さん」が奈々ではないってところですよ」 「え? 奈々……?」 刹那、彼女の目が丸くなった。それを好機とみた奈々は、正面に座って傍観していた私を指さして、 「お探しの「沢城さん」はこちらですよ、宮崎林檎さん。ちなみに奈々は香月奈々と申します。よろしくお願いしますね」 宮崎林檎さん、そう呼ばれた彼女は……奈々と私を交互に見比べ、しばらく、その場に立ち尽くしていたのだった。 1分後。 「あなたが、沢城さん……?」 彼女が奈々から私へ視線を移し、 「あっ、あなたこそ先輩の何なの!? 答えなさいよっ!!」 「そこから!?」 ビシッと私を指さして、序盤から仕切りなおした。 顔が真っ赤になっている。自信満々で間違えたことが恥ずかしいんだろうけど……だからって、改めて同じ言葉を言わなくてもいいだろう。テンパッてるなぁ。 だけど……これ、付き合うべき? 意地悪に「違います」って言ったら、彼女――宮崎さんはどんな表情に変わるだろうか。 そんなことを考えていると、奈々が「それは駄目だよ都ちゃん」と言わんばかりの表情で、首を横に降った。な、なぜバレたんだろう……というか、初対面の宮崎さんをフルネームで知っているなんて、奈々って何者? 「どっ……どうなのよ! 先輩と付き合ってるの!?」 宮崎さんが焦っているのを感じるけど……1つ、確認してもいいだろうか。 「あの、1つ聞きたいんだけど……『先輩』って、新谷……新谷……新谷薫さんのこと?」 ナチュラルに普段の呼び方で呼ぼうとして自制した。名前しか知らない私に喧嘩を売りつけようとする人だ、これ以上親しいなんて思われたら面倒な事になりそう。 そして、私は完全に忘れていた。新谷氏が年齢では『先輩』に当たるということを。 私の問いかけに、彼女は腕を組んだ仁王立ちのままうなづき、 「それ以外に誰がいるのよ。愚問だわ」 どうやら自分のペースを取り戻したらしく、私への敵意を表に出し始める宮崎さん。なんだろう……外見はアイドル、中身はお嬢様、時々ドジっ娘、これで間違いないだろうか。 私が脳内評価表で採点していると、彼女からの視線に苛立ちが上乗せされたのが分かった。 「さっさと私の質問に答えてくれない? 時間を無駄にしたくないの」 「自分が勝手に間違えて時間を無駄にしたのに……」 「悪かったわね! こんな地味な人が先輩の彼女候補だなんて思わなかったのよっ!」 多分きっと、私は今悪口を言われたんだろう。ただ、嫌な気分にならないのは……私と新谷氏が本当に友達だからだ。 だから、 「えぇ、付き合ってるわよ。見てて分からないの?」 「違います。断じて誤解です」 ここは絶対にふざけない。私は違うことを断言し、強めの口調で言葉を続けた。 「私と新谷さん……私と新谷氏は付き合ってない。友達以外の何でもない関係です。確かに彼の部屋に行ったこと、二人でいたことは事実だけど、それだけで彼女なの?」 「はぁっ!? 何言ってるの信じらんない!! 家に行ったことがあって、あまつさえ同じ部屋で二人っきりなんて付き合ってるも同然だってセブンティーンに書いてあったんだから!」 「えぇ〜……」 価値観の違いというやつだろうか。それにしても面倒くさい。 「あのー宮崎さん、本人が違うって言ってることを信じてもらえなかったら、これ以上どうしていいか分かんないよ。っていうか、気になるなら新谷氏にも聞いてくれないかな。間違いなく私と同じ答えだから」 刹那、宮崎さんの表情が先ほどとは別の意味で赤面した。 「そっ……そんな、先輩に直接聞くなんて……!」 声のトーンまで明らかに変わる。先ほどまでの殺気はどこへやら。視線が泳ぎ、何となくモジモジしている。 しかし、これは絶好のチャンスだと思うのだ。幸い、授業の合間に暇を持て余している学生が私たちのやり取りに注目している。ここで私の潔白をズキュゥゥゥンと証明しておかなければ、折角のキャンパスライフが色々と面倒な事になってしまうッ……! 「そうと決まれば早速連絡連絡ゥッ!!」 私が一方的に決めて、カバンから携帯電話を取り出した。 新谷氏の部屋へ押しかけるタイミングを確認するために連絡先は交換している。普段はメールばっかりだけど……えぇい、試しに電話してやれ!! そんな私の姿をワクワクした表情で見守る奈々と、すっかり狼狽しているけれど何も言えず立ち尽くす宮崎さん。 「あらら、都ちゃんってば大胆ですねぇ……」 「そ、そんな……先輩の連絡先を知ってるなんて……!?」 簡素なコール音が3回ほど続いただろうか。 『もしもし、沢城?』 「あー、どうも新谷氏。元気?」 『一応五体満足だけど……電話なんてどうしたの? 忘れ物?』 「いや、あのさー……新谷氏、今、どこにいるの?」 『どこって、本館のパソコンルーム前だよ。これからメールアドレスの設定を……』 「本館のパソコンルームね。悪いけど、今すぐ地下のパーラーまで来れる?」 『ごめん、全く意味が分からないんだけど。どうして僕が?』 「事情は後で説明するけど、新谷氏にも関わることだから。10分ぐらいでいいよ、私に時間くれないかな?」 『……分からないけど分かった。そこで待ってて』 通話終了。ボタンを押した私は、ドヤ顔で宮崎さんを見やり、 「本人も交えてきっちり説明すれば納得出来るでしょ?」 「……分かったわよ」 頬の色を赤くしたまま……宮崎さんは憮然とした表情で首肯した。 そして、10分後。 「おーい新谷氏、こっちこっち」 地下への階段を降りたところでキョロキョロしている新谷氏に、私が片手を上げて自分たちの居場所を主張する。 「沢城に香月さん、それに宮崎さんまで……知り合いだったの?」 細身の黒いパンツに同系色のパーカーという薄暗い服装の新谷氏がやってきた。 そして、この場に居合わせたメンツを確認して、目を丸くする。 奈々が座ったまま軽く会釈をして、宮崎さんは……あらら、完全に彼に背を向けていた。 よし、この場は私が取り仕切ろうではないか。そんな気分になった私は席から立ち上がると、宮崎さんの隣に並んで彼に苦笑いを向けた。 「いやー、いきなりゴメンね新谷氏。でも、彼女がちょっと誤解したままで可哀想だからさ、それを解いてあげたほうがいいと思って」 「誤解?」 「そうなんだよ。さぁ、続きは本人からっ!」 「えぇぇっ!?」 何の前触れもなく宮崎さんを指さすと、今までそっぽを向いていた彼女が悲鳴と共に振り向き……新谷氏と対峙する。 これは一応、私なりの気遣いのつもりだった。新谷氏にフォーリンラブな宮崎さんだもの。きっと、自分で直接確認したいに違いない。私は口を挟まずに事の成り行きを見守ろう。そう思ったのだ。 刹那、今までモジモジしていた彼女が――すっと、綺麗な顔を上げて 「お久しぶりです先輩っ! 大学が一緒なんて嬉しいです」 先ほどまでの彼女はどこへやら、私と奈々が思わず絶句するような……男性受け抜群の完璧スマイルを向ける宮崎さん。当然ながら声音も違う。 思わず両目がハートになってしまいそうな破壊力だが……それを正面から受け止めた新谷氏は普段通り、優しい笑顔を向けた。 「久しぶり。学校が一緒になるのは初めてかな……これからよろしくね」 「はいっ! よろしくお願いしますっ!」 隣にいるからちゃんと見えなかったけど……きっと、宮崎さんの目がハート型になっていただろう。 さて、そろそろ本題を切り出して欲しいところなんだけど……。 「それで宮崎さん、沢城が言ってる誤解って……」 をを、気遣い紳士の新谷氏、話題を振ってくれてありがとう!! と、今まで笑顔だった彼女が、急にしおらしくなってモジモジと切り出した。 「あ、あの、先輩……沢城さんとは一言で言うとどういう関係なんですかっ!?」 「沢城と?」 ちらりと見えた横顔では、目が潤んでいるように見えた。胸の前で握りしめた両手が少し震えている。なんだかもう……迫真の演技かもしれないけどここまで来ると痛々しくて、自分が悪者なんじゃないかと錯覚してしまいそうになった……このまま倒れたりしないだろうか。 まぁ、新谷氏の返事は決まってるから、それを聞いて彼女の心拍数も安定するだろう。 私はその確信を胸に、彼の言葉を待つ。 新谷氏は少しだけ考えた後……何か思い出したのか、どこか嬉しそうな表情になって、ぽつりと呟く。 「そうだね、一言で言うと……特別な関係、かな」 刹那、宮崎さんがその場でぶっ倒れた。 どうやら新谷氏の中では、私との関係は『特別』らしい。 「特別だと思うけど。違うの?」 床に座ったまま、彼は私を見つめ、きょとんとした表情でこう言うのだ。 あの後……放心状態の宮崎さんをその場に残し、私たちはそれぞれの授業や用事を済ませるために解散。その日の夕方、最初から新谷氏の部屋に行くことになっていたので押しかけた私は、パソコンチェアに座る前、テーブルに本を置いてから彼の正面に座って、聞いてみたのだ。 曰く、あの発言はどういうことだ、と。 そしたら先ほどの言葉が返ってきた。そりゃーもう非常にナチュラルに。 えぇっと……この発言は、あまり深読みせずに解釈するならば、 「つまり、私と新谷氏は周囲に知られたくない趣味を持っていて、それを共有するだけでなく足りない部分を補い合って互いに満足感を得ている、これって普通の友達というよりも特殊、それを一言で言えと言われたからルールを守って特別な関係だと言った、これでいい?」 「うん」 「……そうですか……まぁ、確かにそのとおりなんですけど……」 彼の迷いない答えに、私はただうなづくしかない。 きっと、これが新谷氏なのだろう。下心や悪気など一切感じさせない物言い。何に対しても正直で……でも、大事な所で豪快に抜けている。 まぁ、新谷氏にしてみれば、私は自分の隠れた秘密を知っている同士。確かに特別……かも、しれない。 でも、それを……宮崎さんの目の前で言わなくてもよかったんじゃないか? 「そうだ新谷氏、宮崎さんって何者なの? 新谷氏のこと『先輩』って呼んでたけど」 大事なことを聞き忘れるところだった。『先輩』と呼ぶってことは、単純に高校の時の先輩後輩かもしれないけど……それにしても羨ましい立場だぜ新谷氏。 私の質問に、彼は少しだけ苦笑いを浮かべて、 「高校時代の……友達の妹さんなんだ。学校は違ったけど、家に遊びに行ったときに何度か会ったことがあってさ」 「そうなんだ。大学で同じになるなんて偶然だね」 何となく……宮崎さんは新谷氏を追いかけてきたんじゃないかと邪推してしまうけど、そこまでは口に出さず。 「そうなんだよ。久しぶりに会ったけど、変わってなかったな」 笑顔で首肯する新谷氏。そうか、彼女は昔からああだったのか……同性から嫌われなきゃいいけど。私は分かりやすくて嫌いじゃないわ!! まぁ、どう転がっても私には関係のない話だということがよく分かった。今後、宮崎さんが誤解したまま突っかかってきたとしても、その他大勢と同じ態度で接することにしよう。そうしよう。 自分の中で結論を出した私は、立ち上がってパソコンの前へ移動。主電源のスイッチを押して椅子に座り、自分のイヤホンを接続すると……。 「新谷氏、今日のバイトは?」 振り向かないまま、彼の予定を尋ねる。 「本日はお休み。ちなみに夕食はオムライスの予定」 「食費を出すから居座っていいですかっ!?」 どこまで料理のスキルが高いんだろうかこの人は。背を向けたままで右手を垂直に上げる私に、「ご心配なく。沢城の分も計算済みだよ」という、神の声が返ってきた。 本日のゲームは、某大型メーカーの作品でアニメ化もされた有名な一作。オーソドックスな学園生徒会モノかと思いきや、メインヒロインが吸血鬼らしい。個人的にはちっちゃいお姉ちゃんが気になるけど、寡黙なクラスメイトも捨てがたいな……。 さすがに食後は眠気が襲ってくる。プロローグ部分をオートで進めながらあくびをこらえ……ふと、このゲームを貸してくれた新谷氏の友人はどんな人なのかと想像してみる。 新谷氏の友達だから、イケメンなのかな。 それとも、美少女ゲームヲタクだから……チェックのシャツとリュックが似合う人なのかな。 名前しか知らない、田村大樹さん。後者だったら面白いのに……新谷氏曰く、イケメンらしい。彼とは高校時代からの親友で、今は県外の大学へ進学。実家から通っているので、一人暮らしを始めた新谷氏とはあまり会えなくなったとのこと。残念そうに呟いた新谷氏の表情は当分忘れない。 彼は雑食の美少女ゲーム好きで、新谷氏が頼めば翌日にはゲームディスクがメール便で届くという素晴らしき即日対応なのだ。 ま、まさかその人が宮崎さんのお兄さんってことはないと思うけれど……苗字が違うから義理のお兄さんという設定でもないと思いたいけれど……今のところ、私のリクエストに対してのレスポンスはパーフェクトだ。今は亡きメーカーのゲームをリクエストしても大丈夫なのだから、どれだけ部屋に積んでいるのかと不思議でたまらない。 そういえば……私の親友にして、新谷氏との関係の生命線・綾美も、部屋には資料と言う名のBL本やゲームが楽園を形成している。彼女の場合は商業でもイラストを描いているから、出版社やゲーム会社からもらえることもあるらしいけれど……それでも自分で買っている方が圧倒的に多いだろう。好きなモノは好きだからしょうがないんだってさ。 ゲーム内では、主人公(私)が、メインヒロインの秘密を知ってしまって、更に彼の兄貴の陰謀も手伝って、なし崩し的に生徒会へ入ることになってしまった。最近はフルボイスが多いので耳も幸せ。 「この声……イ○ケンさんか?」 こういうゲームの声優さんって、名前が違う某有名声優さんってことも最近は多いけど、この兄貴もどこかで聞いたことがあるから、多分……。 私のダメ絶対音感は、訓練しなくても感度良好。 「そろそろ選択肢を慎重に選ばなきゃね」 さて、そろそろプロローグが終わりそうだ。本格的に誰から攻略しようかと脳内で会議を開いて……はた、と、思うことが1つ。 「もしかしてこのゲーム、攻略の順番が決まってるってことはないよね……?」 たまに、2週目以降じゃないと特定のヒロインが攻略出来ないという仕掛けがある。ゲームによっては完全に順番が決まっているものだってある。物語の進行上しょうがないにしても……自分の好きなキャラが序盤に終わってしまったら、そこで辞めるか、惰性だけで続ける作業ゲーになってしまうかの二択。(物語の世界観が好きになった場合は除く)個人的には最初は一番気になるキャラに特攻して、次はゲームプレイ中に気になったヒロインへ移りたい。要するに、自分の意志で順番を決めたいのっ!! 確認したくてネットのブラウザを起動したが……いやいや、うっかり物語の重要なネタバレを見て凹んだのはつい先日じゃないか。このソフトは売れたし、発売されて時間も経過しているから、今回も同じ悲劇が待っているかもしれない。 悩むこと数秒。そして、結論――ひとまず、自分が思ったとおりにやってみる。それで行き詰ったら攻略サイトに助けてもらおう。 脳内会議で攻略する順番を確定した私は、登場した学園のマップで最初に狙いを定めた寡黙なクラスメイトのアイコンをクリックした。 「順番、か……」 ぽつりと呟いて、視線をチラッと後方へ――今日は床に寝転んで読書を楽しんでいる新谷氏の背中へ向ける。 時折、足をブラブラさせてページをめくる彼の姿が、妙に可愛いんだけど……。 「……」 新谷氏の中で、宮崎さんは一番じゃないんだろう。宮崎さんの中では、新谷氏が揺るぎない一番なのに。 そもそも、新谷氏の一番はいるのだろうか。これだけ告白されて断っているんだ。一番も二番も今はいないのかもしれない。だったら宮崎さんはその他大勢と横並び、むしろ、高校時代からの知り合いというアドバンテージもある。顔だって可愛い、性格は……まぁ、新谷氏を困らせることはしない……と、いいよね。 でも、もしも今後、宮崎さんが新谷氏の彼女になったら……私、こうやってゲーム出来なくなるに決まってる!? だって、片思いであの態度。初対面の私に真正面から喧嘩を押し売りしてきたんだから……自分以外の女性が彼の部屋にいるなんて現実、我慢できるはずがない。 それは……私とって残念なエンディング。せっかく、思う存分好きなゲームが出来る(たまに食事付き)環境を手に入れたのだ。それをわずか数週間で手放すなんて……! 「新谷氏!!」 無意識のうちに、彼の名前を呼んでいた。 読みかけの本に指を挟んだまま、新谷氏が顔だけをこちらに向ける。 この時の私は、自分が過ごしやすい場所を守ることしか考えていなかった。 だから、 「宮崎さんとは付き合わないで! どうせなら私と付き合って!!」 刹那、新谷氏の目が大きく見開かれる。 そして私も、自分が口から出した言葉を脳内でリピート再生して……。 「……って違う! そうじゃなーいっ!!」 新谷氏のことを一切悪く言えない、己のトンデモ発言に頭を抱えたのだった。 「……ゴメンナサイ間違えました」 数分後、即座にゲームをセーブした私は、体を起こして胡坐をかいている新谷氏の前でとりあえず土下座した。 そして、先ほどの発言を訂正すべく頭だけ上げると……完全に乾いた笑いを浮かべた新谷氏が私を見下ろしている。 「沢城……その言葉の真意を一言で言うなら、嫉妬?」 刹那、上半身を起こした私は頑張って釈明しようとした。 「違う! あぁでも違わないかも……って違うの! そうじゃない!!」 釈明失敗。自分でも何を伝えればいいのか見失いそうになる。 やっぱりそう思われるよね! でも違うの! 新谷氏と宮崎さんがカップルになることは一向に構わないんだけど、私がこの部屋でゲーム出来なくなることが嫌なんだよぉぉ! ……って、言いたいのにどうして言えないの!? 動揺しすぎてるよ自分!! 私が一人で混乱していると、新谷氏が顔に薄笑いを貼りつけて尋ねる。 「どっちなんだか……どっちでもいいけど、結局沢城は僕のことが好きなの?」 「だから違うの! そーゆーどうでもいいことじゃなくてもっと重要なことが足りていないの!!」 「どうでもいいって……」 嘆息。そして……彼の表情が苦笑いに変わる。 「そこをどうでもいいって言っちゃうのが沢城なんだよなぁ……」 「いや、だって重要なのはそこじゃないんだってば! 重要なのは、最優先事項は……そう、新谷氏が宮崎さんと付き合っちゃうと、私がこの部屋でゲーム出来なくなるでしょ? それが困るの!!」 よし言えた! やっと言えたっ!! 力説する私に、新谷氏が苦笑いのままで尋ねた。 「それにしても、どうせなら私と付き合ってっていうのはどういう意味?」 「それは当然、私に付き合ってこうやってダラダラ過ごしてっていう意味っ!!」 それ以外の理由は必要ない。私が朗々と宣言すると……彼は一度ため息を付いて、 「そっか」 一言、ぽつりと呟いた。 その表情がどこか寂しそうに見えて……私の勢いが急速にしぼんでいく。 「新谷氏……?」 彼はきっと、笑ってくれると思ったんだ。こうやって互いに干渉せず趣味に没頭して、気が向いた時に会話して、たまに食事をして……私にとっては凄く楽しい時間。彼にとっては自室を提供しているから私以上に気を遣う部分があるかもしれないけど、それを差し引いても楽しい思いが残ってくれて……だから、笑ってくれると思っていた。 だけど。 私の目の前にいる新谷氏の表情には、喜びでも呆れでもない、物悲しさがあった。 「もしかして……迷惑、かな」 恐る恐る尋ねると、彼はゆっくり首を横にふる。 「いいや、僕にとってはありがたいけど……寂しい気もするかな」 「寂しい?」 彼の言葉の意味が分からず、首を傾げる私。 すると新谷氏は……いつの間にか頬を赤く染めて、ぽつりと呟いた。 「だって、僕は……沢城のこと、好きだから」 ……え? 私は自分の耳を疑い、次に、自分の目を疑う。 熱でもあるかと思うくらいに顔を真赤に染めた新谷氏が……私を真っ直ぐに見つめていたから。 嘘だ、嘘だ……頭の中で誰かが現実を否定する。 でも、目の前にいる彼の……私を見据える瞳、これは、嘘じゃない? どうして? なんで? 疑問ばかりが浮かぶけれど誰も答えてくれない。だって、フラグを立てた覚えがないんだから!! 「いきなりこんなこと言い出して……ゴメン。でも、僕は――!」 「――っ!?」 がだだっ!!!! 意識が覚醒した瞬間、体がバランスを崩したことは分かった。だけど、 「いだっ!!」 やってくる厄災を防ぐ術はない。椅子からバランスを崩して転がり落ちた私は、冷たい床に頭と頬をつけて……一気に目が覚めた。 えぇっと……これは一体、何が起こったの? 誰か私に説明プリーズ! 「沢城!?」 ベッドの上にいた新谷氏が慌ててはしごを降りてこちらに近づく。 そして、床に転がっている私を恐る恐る見下ろした。 「だ……大丈夫?」 「大丈夫……」 ズキッと痛む頭を押さえながら上半身を起こすと、心配そうな表情でこちらを見つめる新谷氏と目が合った。 刹那、先ほどの光景が脳内でフラッシュバック。慌てて打ち消す。 「新谷氏……私、何してたの?」 「え? 何って……ゲームだよ」 当然と言わんばかりに彼が指さす先、パソコンのモニターには……肌色9割、完全にアウトのイベント絵が自己主張していた。 このキャラ……ツンツンクラスメートが明らかにデレているってことは……そっか、私はこのルートに入ったんだ……。 ……って違う! 今確認すべきはそこじゃない!! 「し、新谷氏……」 「何? どこか痛い?」 「いや、それは大丈夫なんだけど……そう、新谷氏はどこで何をしてたの?」 私の質問に、彼は後方にあるベッドを指さす。 「僕はベッドで本を読んでたんだよ。今日はやけに静かだと思ったら沢城の声がして……」 そうか、私と彼は毎度おなじみ、それぞれの趣味に興じていたのか。 ……いつから? 「えぇっと……ゴメン、新谷氏、ちょっと今までリアルな夢を見ていたから、どこまでが現実なのか自分の中で整理させて欲しいたんだけど……まず、宮崎さんが何者なのか新谷氏に聞いた?」 私の質問に、彼は首を横に振る。 「ううん、聞いてない。本をテーブルに置いたら真っ先にパソコンの電源を入れてたじゃないか」 そこから夢ですかーっ!! じゃあ、この急に襲ってくる耐え難い空腹は……まさか……。 「お、オムライスは?」 「オムライス? 食べたいなら今度作ってもいいけど、沢城の好物なの?」 食べてないよね、食べてないよね夕ご飯! でも、新谷氏がオムライスを作れることが分かった。よし、今度是非ごちそうしてもらおう。 と、いうことは。 「新谷氏が、私との関係を特別だって言ったのも……夢?」 「それは昼間のことだから夢じゃないよ。でも、よくよく考えれば、あれは僕も言葉が足りなかったと思うんだ。僕の真意としては……」 「あ、あぁ、うん、分かったありがとう。もう大丈夫、把握した」 内心、新谷氏の発言も夢ならよかったのに、と、思う。でも、私の誤解を招く「付き合って」発言も夢だったのか、良かった良かった……脳内で呟きながら、ポケットの携帯電話で時間を確認。小窓に『22:12』と表示される。予想以上に遅い時間だった。 「うわ、もうこんな時間……長居してゴメン。そろそろ帰るね」 明日も授業があるし、簡単な予習も必要なのだ。立ち上がった私に彼が差し出すのは、自分の読み終わった本が入った青いビニール袋。 それを受け取った私に、彼が申し訳なさそうな表情で告げる。 「明日と明後日は夜にバイトだから、沢城にパソコンを貸せないんだ。それに、僕も続きが読めない……」 そこまで言ってがくりと項垂れる新谷氏。いや、そんなに落ち込まなくても……それに、私も明日と明後日はバイトだから都合が付けられないんですよ。聞いてないみたいだけど。 「そんなに読みたいならドアの前に置いておくけど?」 私の提案に、彼は首をすごい勢いで横に振って、 「それは遠慮するよ、藤原さんに見られるとややこしいことになるから」 「そうだね……」 二人で納得。彼の部屋の前にあるから、私のものだという言い訳も少し苦しくなる。 やっぱり私達の趣味は、こうやって密室で楽しむものだと実感するのである。 「さて……じゃあ、おやすみなさい」 「うん、お休み」 笑顔の新谷氏に見送られ、私は部屋を後にする。 外に出た瞬間、春先の冷たい夜風が全身を包んで……一瞬、身震いした。 「寒っ……夕ごはんどうしよう……」 部屋にある夕食候補は、買い置きのお惣菜か焼きそばか。数秒考えてからレンジでお惣菜をチンして食べることに決定。部屋への階段を登りつつ……つい、先ほどまで見ていた夢を思いだしてしまうのだ。 「だって、僕は……沢城のこと、好きだから」 顔を真赤に染めて、それでも真剣な顔で私を見つめた……妙にリアルな新谷氏。 起きた後も、気恥ずかしくて彼の顔をマトモに見ることが出来なかった。今、彼と目があったら……私は彼を変に意識してしまう、そんな気がして。 「……どうでもいい」 ぽつりとつぶやき、2階に到着。廊下の奥にある自室を目指しながら……私は改めて、自分に確認するのだ。 私が新谷氏と接触する目的、彼の部屋にいる目的、それは……ゲームなのだと。 そこがブレたらこの関係は終わりだ。そして、幸いなことに……今の私は、この目的以外で彼に近づく理由が見つからない。 「……どうでもいい」 そう、私にはどうでもいい。宮崎さんが新谷氏をどう思っていても、新谷氏が宮崎さんをどう思っていても……新谷氏が、私をどう思っていても。 そう思っているのは、やっぱり本人だけらしい? 「……うぅ」 トイレの個室でため息ひとつ、ふたつ……大量。 今週、いや、今日何度目だろうか、宮崎さんには大学内ですれ違うたびに痛いほどの敵意を向けられ続けている。こちらから頑張って話しかけようとしても完全無視。隣にいる奈々が苦笑いを浮かべるのが日常茶飯事になっていた。 この原因は私なんだろうか……否、どう考えても新谷氏なんですけど。 彼女の態度は間違いなく、新谷氏の「特別」発言にある。しかも、コレに関して私が釈明したところで火に重油を注ぐだけだ。第一、私の話なんか……聞いてくれないだろうし。 余談だが、あの後新谷氏から改めて、宮崎さんと過去にどんな関係があったのか聞いてみた。答えは私が夢で見た通りで……正直、あれは本当に夢だったのかと疑いたくなるシンクロ率。 要するに、新谷氏の高校時代の知人の妹である宮崎さんだが、彼女の私に対する態度が硬化しているせいで、沢城都は新谷薫と付き合っているという噂が真実味を帯びているんだよー、とは、奈々からの情報。確かに最近、他の女性からも若干注目されているような気が、するよーな、しないよーな……。 お陰で、大学内で一番落ち着ける場所がトイレの個室になってしまっている。奈々とだって全ての講義が同じわけじゃない。他の友達と話をしていても何かと聞かれるし、何かと聞かれるし……。 「……面倒くさい」 自分でも驚くほど暗い声で本音を呟いていた。人とのコミュニケーションは取れるけど、元々人付き合いは得意じゃない、友だちだって最低限でいいと思って生きてきた。異性には特に興味がない、恋愛なんてゲームで十分、むしろ可愛い女の子とキュンキュン出来ない現実なんかどうでもいい……私はただ、自分の好きなことをやっているだけなのに……。 「私が気にしなきゃいいんだろうけどさぁ……」 対処法は分かっている。気にしなければいいのだ。 だけど……初めての環境、イチからの人間関係、聞き逃せない授業、その他諸々、色々と対応することが多すぎてオーバーワーク。 「結局、宮崎さんって……新谷氏の何なんだろう」 改めて思う。彼女が彼を好きなことは知っているけど……じゃあ、どうして告白しないんだろう。 勿論、宮崎さんが新谷氏とうまくいったら、私が彼の部屋へ行くことはなくなるだろう。しかし、例えば大学で本やゲームを交換してそれぞれの部屋で楽しんだっていいのだ。むしろ、今からそういう対応に切り替えていけば、宮崎さんも落ち着く……かも、しれない。 でも、そうすると、あの高スペックパソコンでぬるぬるゲームが出来なくなる。そろそろアドベンチャー系にも手を出したいのだ。エウシュリー系とかやってみたいのに! ……それだけ? 自分の中の誰かが問いかける。 正直なところ、違う理由があることも事実、それは認めざるを得ない。 「折角……気兼ねせず話せるようになってきたんだけどなぁ……」 最初は男性の部屋で2人っきり、という、ありがちだけど実際に遭遇すると非常に困るシチュエーションに緊張していたけれど、最近は素の自分を出して、新谷氏との会話も続くようになってきたのに。 久しぶり……綾美以来だった。こんなに飾らずに話が出来るなんて関係は。 話をしてみると、新谷氏が色々残念であることを実感する。むしろ私からは彼を男性として見ることなんか出来るはずもなかった。だって、彼の熱視線の先には、次元の違う男性がいるのだから。 それに、 「……よく考えなくても、他人の片思いに私が気兼ねする必要はないっ!」 宮崎さんか、他の女性が新谷氏の「彼女」になるまで、私が何を遠慮する必要があるというのか。いや、一切ないはずなのだっ!! ……とは、いうものの、 「宮崎さん、どうしよう……」 目の前の問題はちっとも解決しないまま、私は再度、ため息をつくのだった。 どこか重たい気分のままトイレから出た私に、 「――ちょっと、いい?」 「ひっ!?」 不意打ちで声をかけられたので喉から変な声が出た。動機を抑えつつ、声がした方を慌てて向くと、 「み、宮崎……さん……」 女子トイレの入り口に立っていた彼女が、可愛い顔に似つかわしくない、鋭い眼光でこちらを睨んでいた。 「あ、あのー……何か?」 引きつった笑顔で尋ねると、彼女は外へ出る自動ドアの方を指さして、 「ちょっと確認したいことがあるの。付き合ってくれない?」 だが断……れない。拒否権が発動できない空気。私は無言で頷くしなかった。 4月にしては暖かい午後、彼女の後をついて案内された先は……食堂前にある自動販売機コーナー前。ベンチがあるのでその場で雑談をする学生も多いその場所に、 「沢城?」 「新谷氏!?」 先客である新谷氏が、缶コーヒーから口を離して私の名前を呼ぶ。 本日はグレーのパーカーに濃紺のジーンズ。モノトーンな格好を好む彼らしいスタイルだが、地味に見えないのは流石というべきか。 昼食の時間帯でもなく、講義中でもあるので人もまばら、ここには彼一人だけ。恐らく呼び出されたのだろう……私の隣にいる彼女に。 何事かと思って視線だけ宮崎さんを見ると、彼女は既に新谷氏しか見ていなかった。 「先輩、お忙しいところスイマセン」 私には問答無用だったのに……言いかけた言葉を飲み込み、彼女の真意を探ることに集中しようそうしよう。 相変わらず爽やかなオーラしか見えない新谷氏は、宮崎さんにいつもの笑顔を向けて、 「僕は大丈夫だよ。それよりも宮崎さんって、沢城と仲が良かったんだね」 刹那、彼女の口元がひきつったのがはっきり見えた。 「え? 沢城さんと……ですか?」 「うん。だって、この間も地下で一緒にいたからさ」 「あ!? えぇっと……まぁ、新入生同士、ですから」 前回も、そして今回も、彼女が一方的に近づいてきたんだけど……苦笑いで誤魔化す宮崎さんは、「そんなことよりもっ!」と、話を仕切りなおした。 「今日は……先輩に聞きたいことがあるんですけど」 「僕に?」 ある程度予想していたのだろうか。新谷氏は笑顔を崩さずに彼女と対峙している。 しかし、ここで彼女が投げたのは――予想できない変化球だった。 「はい。この間……沢城さんと特別な関係って言ってましたよね。それは……沢城さんが先輩の彼女で、先輩はもう、女性と付き合えるようになったってことなんですか?」 「え……」 刹那、新谷氏の表情が固まったのが分かった。質問をぶつけた宮崎さんは、真意を確かめるように彼を見据えている。 そして私は、先ほどの彼女の言葉を脳内でリピートしていた。 『もう、女性と付き合えるようになった』……? 要するに、今までは無理だったってこと? それを知っている宮崎さんだから告白せずに遠慮していた? 私が黙って事の成り行きを見守っていると……少しだけ視線が泳いでいた新谷氏の両目が、私を真っ直ぐに見据えた。 ……え? 私? 一瞬の既視感。彼に理由を問いただすより早く、 「――そうだよ」 少し低い声で、はっきりと、虚構を肯定する新谷氏。そして、 「だって、僕は……沢城のこと、好きだから」 既視感再び。どこかで聞いたことのある言葉が刺さる。 また夢オチかと思って反射的に右手をつねってみると……痛かった。 これは何のイベント? 私はいつフラグを立てたの? 生まれて初めての告白は青空の下、しかも、ライバル(?)の目の前で、誰もが羨むハイスペックのイケメンから。 ゲームよりも秀逸なシチュエーションなのに、私は意識を保つのが精一杯。コレは先日の夢の続きだと思って今度は左手をつねってみるけど……痛みが現実を突きつける。 ヤバい、リアルに熱くなってきた。動機が早い、きっと顔は真っ赤になってるんだろう。 私を真剣な表情で見つめる新谷氏と、彼を真っ直ぐ見据える宮崎さん。誰を見て何を言えばいいのか……でも何か、何か言わなきゃ……! 「あ、の……えぇっと……しん、」 「そういうことだから! ねぇ、沢城!」 唐突に同意を求められた!? 何がそういうことなのか一切分からないが……私を見つめる彼は頬を紅潮させるでもなく、こちらを見据える目は緊急かつ切実に、「話をあわせて欲しい」と訴えている、そんな気がした。 ……まさか、私の頭の中で浮かぶ1つの可能性。でもまさか、あの新谷氏がそんなこと言うのか? 「沢城さん……どうなの?」 気がつけば、宮崎さんも私の方を見ている。至近距離で見るとやっぱり可愛いなぁと脳内で現実逃避しつつ……さて、どうしたものかと少しだけ冷静になって考えてみた。 「い、いきなり何を言い出すの新谷氏! 変な嘘はやめてよ!!」 「そ、そういうことは……恥ずかしいから人前で言わないで欲しいんだけどな……」 もしもコレが、新谷氏の芝居であるならば、私がここで話をあわせておけば……宮崎さんも諦める、そして、平穏無事な日々がやって来る!! 先程まで悩んでいた問題が解決する絶好のチャンス、こう思ったら合わせましょう、協力しましょう、打ち合わせもない一発本番のこの演目を! 私は脳内で即興のキャラクターを作った。そう確か、この間トゥルーエンドまでコンプリートした那美ちゃんは、こんな感じのことを言って誤魔化していたよね! 「新谷氏……そういうこと、恥ずかしいから人前で言わないで欲しいんだけどな」 これを聞いた新谷氏の口元が少し緩んだのを見逃さない。大丈夫、私の態度は彼にとって間違いじゃない。 刹那、宮崎さんが私から視線を逸らして、悔しそうな表情で呟いた。 「沢城さん、この間は先輩とは付き合ってないって……!」 チクリと心が痛む。でも、ここで流されたら全てが崩れてしまう。私はなるだけ淡々とした口調で、彼女が傷つくことばを口に出した。 「それはあの時の話でしょ。私だって心のある人間だし……嘘なんかついてないよ」 「でも!」 「じゃああの時、私も好きだって言ったところで、宮崎さんの私に対する態度は変わらないし……結論も変わらないよね」 「っ……!」 口ごもった彼女は、俯いて両手を握りしめた。 彼女にしてもまさかの展開なのだろう。ここで新谷氏がフリーであることをはっきりさせて、新たな作戦に突入したかったのかもしれないが……ご愁傷様。 これでいいのかと尋ねる私もいる。だって、私と新谷氏を繋いでいるのは、間違いなく友情という名前の縁なのだから。 しかし、私は新谷氏に話を合わせることを選んだんだ。今更……引き下がれない! 「とにかく、そういうことなの。だから今度から……」 今度からもう、私を睨んだりするのはやめて欲しい。 そう言おうとしたのだが。 「……認めない」 私より少しだけ早く、彼女は顔を上げず、低い声ではっきりそう言った。 そしてそのまま踵を返し、本館の方へ歩いて行く。 泣いているように見える背中を見つめながら……私は、彼女に背を向けた新谷氏へ尋ねた。 「これで、良かったの?」 「……ありがとう」 自分への好意に対してあまりにも残酷すぎる行動をとった彼が、少しだけ疲れた声でそう言ったのが聞こえた。 特に渡すものはないけれど、今日の晩に事情を説明するよう約束を取り付けて一度解散した。授業へ向かう新谷氏と、授業を終えて帰宅する私。大学の敷地内を出て国道沿いの歩道を歩きながら……先ほどのことを思い返し、頭をひねるばかりだ。 どうして新谷氏はとっさにあんなことを言い出したんだろうか。宮崎さんに対して「今は誰とも付き合う気がない」と言ってしまえばそこで終わりじゃないのか? 宮崎さんの言葉も気になる。彼女が新谷氏に確信的なアピールをしなかった理由は、彼を気遣ってのことだったんだろうか……そうだとしたら何て健気な娘さんなんだ。新谷氏に対しては、だけど。 私一人で考えたって分かるはずがない。だって、私は第三者なのだから。 「……帰ろうっと」 思考を切り替えて、ウォークマンにつながったイヤホンを引っ張り出した。 そしてその日の夕方6時30分、毎度おなじみ、新谷氏のワンルームにて。 彼は私を招き入れると、そのままクッションの上に座らせて、 「ひとまず今日は……ありがとう」 そう言って、テーブルを挟んだ向かい側に腰を下ろす。 テーブルの上にはホットコーヒー。側にある砂糖とミルクを入れてかき混ぜ、一口飲んで口を潤してから、彼の真意を問いただすことにした。 「一応確認しておきたいんだけど……あの言葉は嘘なんだよね?」 あの言葉、それは勿論、私に対する想い。 私的には確認しておきたい、当然の質問だと思ったのだが……。 「あ、それは……えぇっと……」 尋ねられた本人が明らかに狼狽えているのはどうしてだろうか。もしかして、 「もしも、私に嘘の告白したことを悪く思ってるなら……はっきり謝って」 私に対して罪悪感があるならば、ちゃんと口に出して欲しい。 はっきりと告げると、彼は一度、深呼吸をしてから……頭を下げた。 「……本当にゴメン。自分が最低なことをしたことは、分かってるつもりなんだ」 「そっか」 それを聞いて少しだけ安心した。彼が無自覚でこんなことをやったのであれば、ゲームとかそういう利点を抜きにして、新谷氏との付き合いを考えなきゃいけないかもって思ったから。 「あと、これだけは教えて欲しい。新谷氏は……宮崎さんのこと、嫌いなの?」 敢えて「好きなの?」とは聞かなかった。だって、わざわざ偽の告白をしてまで遠ざけようとしたのだ。むしろ嫌いなんじゃないかと思って当然だと思う。 私の質問に、頭を上げた彼は首を横に降った。 「嫌いじゃないけど……少し苦手で、女性として見てない、かな」 「そっか……うん、分かった。もういいや」 4月までの新谷氏に何があったのか分からない、宮崎さんとの関係もよく分からない。 だけど……コレ以上踏み込む気分にはなれなかったのだ。 理由は単純、私と新谷氏の関係は、今の利害関係で十分だから。 それに……考えるべきはむしろ、これからのことかもしれない。 「それよりも新谷氏、これからの打ち合わせをしておいたほうがいいと思わない?」 「これからのこと?」 あぁ、やっぱり気づいていないよこの人……私は彼にも分かるようにため息をついて説明する。 「新谷氏はその場凌ぎの嘘とは言え、私に告白めいたことを言っちゃったことは事実なの。それを他の人が聞いていたら、とか……考えてた?」 私の指摘に、新谷氏は目を丸くする。まるで今気がついたような反応だ。 「え? でも、あの場には誰も……」 「いたの! 私たちの後ろを通ってた人とか、食堂に出入りしてた人とか……地味にいたんだよ!?」 大学が無人なわけがないだろう新谷氏! あの位置から気づかなかったのか新谷氏!! 私はあの場に3人でいることに、人目が気になって仕方がなかったというのに!!(告白後はそれどころじゃなかったけど……) 次の瞬間、事の重大さを理解した新谷氏の顔が白くなった。 「あの、えぇっと……ど、どうしよう……」 気づけよ! 気づくのが遅すぎるんぢゃぁぁっ!! 「そんなこと言われても困るんですけど!? っていうか、言った後のことは何も考えてなかったの!?」 「あの場には僕達しかいないと思い込んでて……宮崎さんが信じてくれればいいと思ったんだ」 「さいですか……」 行動は地味に悪質だけど本人に一切悪意がないので質が悪い、あまりきつく責めることもできないまま……二人でひとまず途方にくれてみる。 沈黙のまま約1分、新谷氏がおずおずと手を上げて、 「すごく無神経な提案をしてみてもいいかな」 「無神経って自分で言うんだ……まぁ、今はどんな意見でもとりあえず聞くよ、何?」 「……ひとまず、付き合ってることにしない?」 「ほほぅ、新谷氏は私を愛人にするおつもりですか」 「いや、愛人って表現は違う気がするけど……そうしておけば、沢城が僕の部屋にいても、前より言い訳しやすいんじゃないかな」 「それは、そうなんだけど……」 彼の提案が一番スマートなのは理解していた。当人たちが口裏さえ合わせれば済む話なのだから。 だけど、 「新谷氏は、それでいいの?」 宮崎さんの言葉が気になった。女性と付き合えないとか何とか……何だっけ。 そんな私に、彼は苦笑いで返す。 「僕よりも沢城の気持ちを優先すべきだよ。僕の状況ばっかり優先して、沢城が嫌かもしれないのに……」 結論は私に委ねられたらしい。だけど、私の中で色々計算した結果は既に出ている。 「私は構わないよ。自分から言い回るわけじゃないし……人に聞かれたらそう答えるってだけでいいよね」 ここで否定する方が余計なトラブルを引き起こしそうな気がした。新谷薫を振った沢城都には、他に本命がいるんじゃないか、それなのに彼の部屋へ通っているのか……とか。 基本的に静観、聞かれたらそう答える、それでいいじゃないか。 麦茶をもう一口飲んで……少し落ち着かせて、とりあえず口元に笑みを。 大学入学と同時に、少女漫画では使い古された展開の当事者になれるなんて……。 「……上等!」 考え過ぎたって何もついてこない。新谷氏は最初からどこか抜けていたんだ、こんな展開になるのはしょうがないんだっ!! 本人の前で言うと落ち込むこと必至の思いは胸に秘めたまま、私は……思い切って、1つ気になっていたことを聞いてみることにした。 「1つ聞きたいんだけど……今回の作戦は、私が新谷氏のことを異性として好きじゃないっていう前提条件が覆られたら成立しないと思うんだよね」 「え? 沢城、それはどういう意味?」 「いやあのだから……私が本当に新谷氏のことを好きだったらどうすんのって聞いてるの」 思い切って口に出した言葉を、彼は満面の笑みで、自信満々に、 「大丈夫。そんなことないから」 否定した。 ……えぇ〜……? ま、まぁ、確かにそうなんだけど……事実なんだけど……こうもあっさりばっさり否定されると聞いた自分が恥ずかしくなるじゃないか……。 「いくら僕でも、そんなこと思ってないよ」 「事実だけど……根拠を聞いてもいい?」 「だって、年齢指定のゲームをプレイしながらその魅力を力説して、あまつさえ『そういうシーン』のCGをディスプレイに残したまま帰る沢城が、僕に興味があるわけがないじゃないか。あ、ちゃんと新規でセーブしておいたから心配しないでね」 彼の的確な解説に、何も言い返せない私なのだった。 話がまとまった所で二人とも空腹だという状況が一致し、ひとまずコンビニで何か調達しようということになった。 そういえば、新谷氏と一緒にコンビニへ行くのは初めてのような気がする……先に外へ出た私は、すっかり暗くなった空を見上げ、何を買おうかとぼんやり思案していた。 そこへ。 「――都ちゃん!?」 少し離れた場所から名前を呼ばれた。 「奈々?」 聞きなれた声に彼女を探すと、2階への階段を登ろうとしていた彼女が、私の姿を見つけるなり……血相を変えて駆け寄ってくる。 そして、きょとんとする私を泣きそうな目で見上げて、声をつまらせた。 「み、みみみ都ちゃん……!」 「えぇっと……奈々、どうしたの?」 刹那、その表情が満面の笑みに変わる。 「ほんっとうにおめでとうございますっ! 奈々は……奈々は嬉しいです!!」 ぽかんとする私を差し置いて万歳三唱。まるで選挙に当選したみたいだ。 「へ? あ、あの……どうしたの?」 「またまたとぼけちゃってー。奈々が知らないと思ってるんですかぁー?」 心の中で何となく嫌な予感を感じながら理由を尋ねると、ドヤ顔の奈々がその理由を教えてくれる。 「サークルの子に聞きましたよ! 新谷君から堂々と告白されたって!!」 「……」 ですよねー、ですよねその話ですよねー。 ここまでは予想の範囲内だった。しかし、目の前の奈々は、私の予想を軽々と凌駕することを口にする。 「しかも、あの宮崎さんの目の前で『宮崎さん、ゴメン、俺が愛してる女は沢城だから』、みたいなことをビシッと言っちゃったんですよね! 三角関係を経て強い絆で結ばれた二人……少女漫画の王道な展開に、奈々はもう胸キュンなのですっ!!」 「……」 「しかもしかも、都ちゃんもその場で認めて抱きついたって言うじゃないですかーっ!! もーぉ、やっぱり二人はラブラブだった……って、都ちゃん? 都ちゃーん?」 奈々の声をどこか遠くに聞きながら……私は改めて、濃紺の空を見上げる。 嗚呼新谷氏、君がまいた種は……恐ろしい勢いで成長しているみたいです……。 あの後、部屋から出てきた新谷氏にもハイテンションで祝福を述べた奈々は、颯爽と2階へ消えていった。 その場に立ち尽くす私たちは、同じ方向を――奈々が消えた階段の方――見つめたまま……改めて、彼女の情報を整理することに。 「ねぇ、新谷氏……私、抱きついた?」 彼は遠くを見つめて首を横に振る。 「安心して、そんな記憶はないから。それより沢城、僕は『俺が』……『俺が愛してる女は沢城だから』、なんてことを言ったの? 一人称から違うんだけど」 私もまた、首を横に振る。 「ううん、そんなキザなセリフ、攻めじゃない新谷氏は絶対に言わない」 「それを聞いて安心したよ……とりあえず、食糧難を解消しよう」 互いに前を向いたまま、コンビニへ向けて歩き出したのだった。 ……現実逃避じゃないよ!? 正直、色々心配だけど、明日のことは、明日の私が考えればいい。 と、いうわけで。 「……フルコンプー!」 清々しい気分でマウスから手を放す。 メインヒロインのトゥルーエンドまで到達した私は、エンディングを聞きながら……心地良い疲労感に包まれていた。 コンビニで調達したお弁当を食べた後は個人作業。私は勿論スーパーゲームタイム! 無口なクラスメートから優しい幼なじみに浮気して、更にそのお姉ちゃんにも手を出して、ロリな後輩と愛を育んだ後にメインヒロイン……途中オートスキップを使ってしまったところはあるけれど無事に完遂、我ながら王道な流れだと思う。 しかし、最近のギャルゲーは男性キャラも気になるものが多い。今回だってあのお兄ちゃんズがいい味を出していたと思う。声だってどこかで聞いたことのあるプロのイケメンだったし……。 「さて、次はどうしよっかなー……」 スタッフロールを見つめながら、次のターゲットを思案する私。 約1ヶ月でフルコンプしたゲームは4本、途中で挫折したゲームが3本……我ながらハイペースだと思うけど、受験勉強で抑圧されていた願望が解き放たれたのだからしょうがないという言い訳で自分を納得させることにしていた。 ギャルゲーは好きだけど、今までは年齢的な制約があり、コンシューマ向けしかプレイ出来なかった。それがようやくオールグリーンになった今……ここは、絶対に移植されないジャンルに手を出してみるのも一興。 ゲームの画面を最小化して、ウェブブラウザを起動。名前だけ知っているメーカー名で検索して……品定め開始。 「陵辱陵辱っと……」 画面が全体的に暗いホームページを開いて、その会社が出しているラインナップを物色。このピエロとロリな女の子が出てくるゲームか、靴下が美味しいという噂のゲームか、蟲か……うぅ、これはちょっとグロテスクかも……。 初めてのジャンルに悩むこと数分、私は1つの結論を下す。 「体験版だ!!」 そう、公式サイトから体験版をダウンロードして世界観やキャラクターを掴み、拒否反応が出ない+続きが気になるゲームを田村さんにリクエストすればいいのだ。 エンディングが終わったゲームを完全に閉じて、とりあえず2つほど体験版をダウンロード開始。光(回線)の速さで完了したそれを展開し、いざ、インストールっ! 私が椅子の上で背伸びしながら完了するのを待っていると、 「沢城、ちょっとパソコンを借りてもいいかな」 今まで座って読書を楽しんでいた新谷氏が、本に栞を挟んでこちらへ近づいてきた。 おいおい、どうして持ち主がそんなに下手になってるんだよ。 「借りていいかなって……新谷氏のパソコンでしょ、これ」 持ち主の頼みなのでおとなしく明け渡しますよ、キリもいいし。 立ち上がる私と入れ違いに椅子へ座った新谷氏は、画面に広がる黒いホームページを数秒間無言で見つめた。 「……次は、コレなの?」 「候補。今から体験版をやってみて決める。個人的には女教師にあんなことやこんなことをしてみたい気もするんだけど……どこか女教師に定評のあるメーカー知らない?」 「僕が知ってるわけないだろ? それに、女教師は……僕は、ちょっと」 「あら、新谷氏は興味ない? 二次元の女教師は最高じゃない! 巨乳で、タイトなミニスカートにガーターベルト、耳に響く大人のお姉さんボイスっ!! あんなことやこんなことをされても最終的には従順になっちゃうんだから……あぁ、よだれが」 「へーふーんそうなんだー、うん、もう何でもいいや。今更、僕の沢城に対する評価は変わらないけど……イヤホンを絶対に忘れないでね。僕が色々疑われるから」 終始棒読みのまま、新規タブからポータルサイトを開いた新谷氏は、ブラインドタッチで英単語を検索して……表示された結果からリンク、画面を見つめ、ため息をついた。 「……変更か……」 ぽつりと呟いたその言葉の端には、憂い。 「何が?」 彼の後ろから画面を覗き込む。そこには「アニメ化決定! メインキャスト発表!」という太字と、有名声優さんの名前が4人。キャラクターの顔だけで判断すると、受け1人、攻め2人、判断できないのが1人。言うまでもありませんがそこにいるキャラクターは全員男性です。 これだけで何となく彼の憂いを察する私に、本人が答えを呟く。 「キャストだよ。ドラマCDからの続投だって信じてたのに……」 アニメ化に伴って、ゲームやドラマCDからキャストが総入れ替えになるのはよくある話だ。それを良しとするかしないかは、完全に個人の価値観。今回の新谷氏は後者らしい。 改めて画面を見ると、実に豪華なキャストに見えるのだけど……。 「主役が梶さんじゃダメなの?」 「実際聞いたらダメじゃないと思うけど……俺の中では完全に福山さん固定だったんだ」 「そっか……って新谷氏、ドラマCDも持ってるの!?」 私の言葉に彼は首だけをこちらに向け、一度うなづくと、 「聞く?」 「えぇっ!?」 まさかの展開に思わず大きな声を出してしまった。彼は書籍しか持っていないという先入観があったものだから……えぇっと、でも、どうしよう……。 「ち、ちなみに、他のキャストさんは?」 「他は……えぇっと、帝王と勇者王とアジアNo.1と……」 「なん……だと……!?」 彼が別タブで開いたページには、主役級のキャストが名を連ねていた。 アニメ版のキャストも豪華だと思ったけど……うぅむ、このドラマCDには敵わない、かもしれない。 気になる。私の好奇心がうずく。 でも……アニメでも漫画でも小説でもゲームでもなく、いきなりドラマCDから入って刺激が強すぎないだろうか? そんな私の悩みを察したのか、苦笑いを浮かべた新谷氏から、こんなアドバイスが。 「んー……ちょっとだけ濡れ場的なシーンがあるから、沢城にはキツイかもな」 この忠告に従って、彼の申し出を謹んで辞退する私なのだった。 「そういえば……どうして沢城はギャルゲーが好きなの? 世の中には乙女ゲーもあるっていうのに」 私にパソコンを開け渡した新谷氏が、床のクッションにあぐらをかいて尋ねる。 乙女ゲー、ね。過去、綾美に興味本位で借りたとあるコンシューマゲームを思い出した。 まぁ、綾美にしてみれば……乙女ゲーはネタの宝庫でもある。だからわざわざ持ってるんだろうけど。 「プレイしていて思ったの。私、基本的に可愛い女の子が好きなんだって」 イケメン、神ボイスのキャラクターと異世界を冒険したり同じ学校に通ったりすることは非常に楽しんだけど……私が気になったのは、主人公の友達の女子キャラだったのだ。 「それで、コンシューマのギャルゲーをやってみたら……あぁ、私が求めていたのはコレだ、って、気がついちゃったんだよね」 二次元の女の子は外見や内面のバランスが理想的であることが多い。それが三次元の私には憧れの対象でもある。 実際の女の子はそんなにむっちりでもボインでもないし、無駄毛の処理だって……いや違うこれは自主規制。何でもないですよ、ええ、何でもありませんとも。 私にとって、美少女は憧れなのだ。遠くから人知れず見つめるのが好き。断っておくが恋愛対象ではない。ゆりゆららららゆるゆり大事件くらいならまだ許容範囲だけど、桜Trickは……個人的にアウト。 「今、18禁のギャルゲーをプレイしているのは、 「好き」って言葉に込められているのは、そんなリアルな願望だけじゃない。 そして、私が求めていたのは、そんなリアルじゃない。 「本気で女の子と恋人になりたいなんて思ってないよ。ただ、そんなにリアルばっかり追いかけたって疲れるじゃない」 それは、人付き合いが特に苦手だった頃。少数の友達といるときは楽しいけど、大多数になったら急に萎縮して、どう立ち回ればいいか分からなくて……口数が少なく、印象の薄い存在になっていた私。 今もきっと、その名残りはあるけれど……あの頃よりも悩まなくなったと思う。うん、だって、全員と友達にならなきゃいけないっていうルールはないんだから。 だから私は、大学での人付き合いは最低限にしている。今はイレギュラーだけど……おかげで、随分と肩の力が抜けたと思うんだ。 そんな私が更に肩の力を抜いて楽しめるもの。それが……ギャルゲーなのだよ。 「私の場合、波長が合ったのがギャルゲーってだけだと思う。世の中にはアイドルを追っかける人も大勢いるわけだしね。私みたいな亜種が生まれたって、現代日本の風潮を考慮すれば、可能性はゼロにならないと思うんだよ」 ゲームに明確な性別はないと思ってる。面白いと、好きだと思った人間が楽しめばいい。 空想でいいんだ。架空でいいんだ。むしろ……その方が、いいんじゃない? 現実ばかり見ると疲れてしまうから。逃げ場のない人生なんて、両脇から壁が迫ってくる日々。ただ潰されるのを待つだけなんて冗談じゃない。私はその壁に穴をあけて、たまに抜け出している、多分そういうことなんだと思う。 そして、穴を開けた先にあった世界がギャルゲーの世界だった。そういうことなんだろう。 そういうことにしておこう。 それから、インストールした体験版を1時間くらいプレイして……自分の部屋に戻った私は、携帯電話に届いた友達(奈々を含む)からのメールを見て、ため息をつくしかなかった。 いや、だって、もう……内容が全部、新谷氏とのこと。真相を知る本人はテンションがこんなに低いから、その落差に笑いすらこみ上げてくる。 「まぁ、相手が私だからなぁ…‥…」 BGMとしてTVのスイッチを入れ、買ったばかりのクッションの上に座る。 問題のメールに返信しようとして……諦めた。否定するのも面倒だし、肯定するわけにもいかないし。 しかし、予想以上の反響に戸惑いさえ感じてしまう。新谷氏って私が思っている以上に有名人だったんだなぁ、なんてことを思いつつ、 「……気になるよね、やっぱり」 一人で呟く。フラッシュバックするのは、彼女が発したあの言葉。 「それは……沢城さんが先輩の彼女で、先輩はもう、女性と付き合えるようになったってことなんですか?」 宮崎さんの声で何度も響くその言葉には、私にとっては今すぐ詳細を検索したいキーワードばかり。 女性と付き合えるようになった、それはつまり……。 「新谷氏って……今まではリアルでもBL嗜好だったってこと?」 本人に聞きづらい疑問が出来てしまった。 そんなことがあった翌日。 「先輩っ!!」 「あ……先輩、こんにちは。これから授業ですか?」 「先輩、お昼ごはんってもう食べちゃいましたか?」 「先輩には……その、沢城さんがいるって分かってるんですけど……」 「そんなことよりも先輩、大学の近くに美味しいパフェのあるお店があるんですよっ♪」 私が大学内で聞いた、宮崎さんの声。 それは全て、新谷氏に向けられた言葉だった。 うん、以前と何一つ変わっていない……っていうかむしろ悪化してる? 自分でせっせとフラグを建てようと果敢にアタックする宮崎さんと、華麗にスルーする新谷氏……大学内を移動中、私が遠目に見たのは、二人のそんな姿だった。 あの、偽装告白から1週間が経過しても、彼女の勢いが衰えることはない。現に今、私と奈々は地下の『パーラー』へ続く階段の上にいるんだけど……その先、『パーラー』と売店の入り口近くで話をしている新谷氏と宮崎さんの姿が見える。 地下から1階にかけては吹き抜けになっているので、彼女の甲高い声が余計に響くのだ。 「宮崎さん、凄いですよね……」 パステルオレンジのワンピースが似合う奈々がぽつりとつぶやき、私を見上げて尋ねる。 「都ちゃん、いいんですか?」 「いいって……何が?」 質問の意味がわからずにきょとんとした表情を向けると、奈々があからさまなため息をついて、 「何が、って……新谷君は都ちゃんの彼氏さんですよ!? それは宮崎さんが誰よりも分かってるはずなのに、あんなにアピールしちゃうなんて!!」 笑顔で談笑する二人――新谷氏と宮崎さん――を見つめ、頬を膨らませた。うん、可愛い。 そんな奈々の横顔を盗み見ながら、私もまた、二人の姿を生暖かく見下ろし、 「……確かに許せないよね。私がいるのに」 「……まぁ、いいんじゃない? 好きにさせておこうよ」 迷わず後者を選択した。 「んー……まぁ、いいんじゃない? 気の済むまでやらせてあげようよ」 「えぇ!?」 驚いた奈々をおいて、私は次の教室へ歩き出す。慌てて追いかけてきた彼女が、確認するように問いかけた。 「ほ……本気ですか、都ちゃん……」 「へ? 本気かって……どういう意味?」 「そのまんまの意味ですっ! 宮崎さんにガツン!と言わなくていいんですか!?」 「ガツン!と、ねぇ……」 2階への階段を登りながら……ダメだ、苦笑いしか浮かばない。 だって、結果が容易に予想できるから。 「毎日変わらずあの態度なんだから、今の宮崎さんに私が何を言ってもダメだよ」 宮崎さんが私の言葉を聞くとは思えない。むしろ余計面倒になる結果しか見えなかった。こういう嫉妬心の強いヤンデレ的なキャラクターが近くにいるなんて……うん、やっぱり、極端なキャラクターは二次元で十分だとしみじみ思う。鉈で殺られたくないし!! 私としては傍観者のつもりでこう言ったのだけど……奈々にはそれが、「必死に我慢する健気な彼女」に見えたらしく、 「新谷君もヒドイです。都ちゃんのことが大切なら、宮崎さんを拒絶するくらいの勢いで接しなきゃ……誠意がありませんっ!!」 教室に到着するまでブツブツと不満を呟く奈々を横目に……私は、今後の自分の態度を決めかねていた。 私が新谷氏の「彼女」という設定を貫くならば……ここで嫉妬したほうがいいのか、当初の予定通り、自分から干渉せずに傍観したほうがいいのか。 この選択肢の場合、私はどちらを選べばいいのだろうか。 その辺を新谷氏と打ち合わせをしておきたいと思うけれど……本日、彼も私も夜はアルバイト、更に新谷氏は明日もバイトなので、顔を付き合わせての打ち合わせは難しい。 電話したほうがいい? そんなに急がなくていい? 結論が出ない。 授業終了後にサークル活動へ向かう奈々と別れてから、一人、建物の出口を目指して歩く。そして、 「……あ」 自動ドアの前、扉が開いた正面にいる彼女と目があって……背中を嫌な汗が流れたような気がした。 髪の毛は相変わらず高い位置でのお団子、後れ毛グッジョブ。 重力に逆らうまつげは流石、艶のあるピンクのリップグロスも可愛い。食べちゃいたい。 明るいピンクのキャミソールロングワンピースに茶色のブーティーという、相変わらず女子力の高いスタイル。真似しないけど眺めていたい。上から下まで舐めるようにっ!! 贔屓目なしに見ても可愛い、そんな彼女は恋する女子大生・宮崎林檎ちゃん!! ……って、ノリノリで解説してどうするよ自分……うわ、めっちゃ睨まれてるんですけど私……。 思わず開きかけた口元を引き締めた。話しかける言葉が一切思い浮かばなかったので、首だけの会釈をしながら彼女の前を通り過ぎる。 刹那、 「……先輩との関係、いつまで続けられるかしらね」 彼女が自信満々のロリボイスで呟いた言葉がはっきりと聞こえる。 体ひとつぶんすれ違ったところで思わず足が止まった。背筋に嫌な汗がつたっていく錯覚。何とか首だけを動かして彼女を見やると……勝ち誇った表情の宮崎さんが、完全に私を見下した目付きでこう言い放つ。 「沢城さん、貴女、本当に先輩の彼女なの? あんなに隙だらけなんて……情けない」 「す、隙だらけ?」 「そうよ。先輩は、私が話しかけてもいつも通り応じてくれるし……ううん、むしろ前より優しくなってる気もするっ! きっと、あの時は沢城さんに気を遣ってあんなことを言ったのよっ!!」 「……」 彼女の中で結論が出たらしい。朗々と言い放つ姿が今の私には眩しかった。 あぁもうコレ以上関わるのは疲れる……言い返す気力もなく、言葉さえ浮かばなかったので黙っている私へ、彼女は勝ち誇った声で続けた。 「おかしいと思ってたのよ。先輩がこーんな平凡な人を彼女に選ぶなんて、遊び以外に考えられないんだから」 「……」 饒舌に語るのは別に構わないんだけど、どうしてだろう、どこか違和感。 遊び……あの新谷氏が? 無理だろうどう考えても。それは私よりも長い時間一緒にいる彼女がよく分かっていることではないのか? 違和感はこれだろうか……私がその原因を探している間も、彼女の口は止まらない。 「はっきり言って、釣り合ってないのよね。コレ以上惨めな思いをする前に身を引いたほうがいいと思うわよ」 「……」 私を牽制しているのか、自意識過剰なのか分からない、どちらでも別に構わないんだけど……何だろう、この、どこかずれた感覚は。 確かに彼女は可愛い。可愛いは正義だ、そこに異を唱えるつもりはないよ、ないんだけど……。 「あんなカッコイイ先輩の隣にいるのが沢城さんなんて、先輩の評価を下げるだけだわ」 先輩の評価。付き合う人間を選べという忠告なら、直接本人にするべきだ。 「……それはつまり、自分のほうが新谷氏に相応しいって言いたいの?」 何となく気づいた、私が感じた違和感の正体。 それは、新谷氏に対する彼女と私の認識の違いにあるような気がする。 確認したくて問いかけた私に、当然と言わんばかりの気迫で返す宮崎さん。 「当然じゃない。あんなカッコイイ先輩の隣に相応しいのは、少なくとも沢城さんよりあたしだと思うわ」 「それはつまり、カッコイイ新谷氏の隣にいるのは見栄えがいい宮崎さんの方がいいってことで、宮崎さんは、新谷氏の外見がカッコイイから彼氏にしたいってことなの?」 自分でも驚くほど冷静に問いかけていた。そんな私の態度を防御だと理解した宮崎さんは、攻めの姿勢でたたみかける。 「勿論、先輩の魅力はそれだけじゃないけど……あたし、面食いだから。あんなカッコイイ人が彼氏だなんて、皆に自慢出来るじゃない」 自慢? さっきから何を言っているんだろう彼女は。 彼氏は――新谷氏は見せ物じゃない。貴女のステータスのための道具じゃないのに。 「じゃあ、新谷氏の見てくれが並、もしくは中の下だったら……宮崎さんは好きになってなかったってこと?」 「そうかもしれないわね。少なくとも、興味は持たないんじゃないかしら」 「じゃあ例えば、新谷氏が……秋葉原にいるような、チェックのシャツにリュックとか背負っちゃう、そんな外見だったら?」 「あーもーヤダヤダ、そんな先輩考えられない。っていうか……そもそもあたし、オタクってキモイし、大嫌いなのよねー」 刹那、普段は滅多に反応しない私のこめかみが……ぴくりと動いた。 嫌いなのは別に構わない。生理的に合わないことは誰にでもある。 気に入らなかったのは……完全に見下した、彼女の口調だ。 無言になった私の反応を好機とばかりに、宮崎さんが追い詰める。 「もしかして、沢城さんもそっち系なの? だとしたら……ますます冗談じゃないんだけど。先輩に悪影響じゃない」 「悪影響……?」 「当然でしょう? オタクなんて、考えてるのはアニメとかゲームとか偏った世界ばっかり。一方的に話し続ける、少しでも否定すると何されるか分かんない……たまにモバゲーにいるソッチ系の人からダイレクトでメッセージが届くけど、関わるのが面倒なのよね。まぁ、先輩が万が一オタクだったら……彼氏にしても評価が下がっちゃうから、声もかけないだろうけど。もしくは、私の力で抜けだしてもらうかな」 「……」 ……私は彼女の評価を改めなければいけないようだ。 傍観すべき恋する乙女から――立ちふさがる敵へ、と。 彼女へ向ける視線に、段々と怒りが上積みされていく。 「沢城さんも……えぇっと、そう、『ふじょし』って呼ばれる類なんでしょ? 少しは知ってるんだから。男同士の恋愛なんて成り立つはずがないのに、それが好きなんて信じらんない。ムリムリ」 彼女の語ったことには偏見があると思う。だけど、狭いコミュニティから少しだけ外へ出てみれば……こういう捉え方をされることもあるってことだ。 しかし、それにしても……偏ってるな、色々。なんというステレオタイプ。 「宮崎さんは……新谷氏の外見ばっかりなんだね」 ぽつりと漏れた正直な感想も、宮崎さんは鼻で笑い飛ばす。 「あら、それは沢城さんだって同じでしょう?」 違う――少なくとも私は違う。口に出さなかったんじゃない、出す必要がなかった。 仮に言ったところで、彼女との決定的な溝は埋まらないから。 コレ以上話を続けると、私は彼女に掴みかかってしまうんじゃないか……私が彼女との違いを決定的に理解した次の瞬間、 「――あ、先輩っ!!」 急に彼女のトーンが1オクターブ上がった。ハートマークが浮かぶ目線の先を辿って行くと……案の定、約50メートル先、授業が終わって移動する人の中に、新谷氏の姿が。 っていうかどうして見つけられるんだ!? 私なんか眼鏡で矯正しても無理なのに……恋する乙女の眼力がハイスッペクです!! その場に立ち尽くす私の脇を小走りで駆け抜けた彼女は、新谷氏の正面に立ち、軽く会釈。 「こんにちは。これから授業ですか?」 「うん。宮崎さんは終わったの?」 「いいえ、私はこれからなんです。ちょっと眠たいんですけどね……」 ……みたいな会話を繰り広げているんだろうか。うん、私の位置からは宮崎さんの後ろ姿と新谷氏の頭だけしか見えないし、声も聞こえません。だから妄想です。 ただ、立ち止まった新谷氏が足早に立ち去る気配もない。周囲がちらほら見ていることなんか気にせず、仲良しオーラなのだ。 と、そこへ、別の女性が加わった。髪が長い、私が知らない彼女、年上だろうか……あらら、宮崎さん、そんな露骨に不機嫌そうな顔してると、新谷氏にバレちゃうよ。 私が観察できたのはそこまで。宮崎さんは授業があるんだろう、建物の方へ走って行き……新谷氏とロングヘアーの先輩(仮)は、そのまま大学の外へ向けて歩いて行く。 その場で動かないまま……やっぱり絵になるなぁ、素直にそう思った。 私が隣にいるよりも、ずっと。 先ほどの彼女の言葉が脳裏をかすめる。いっそこのまま新谷氏は何も知らずに宮崎さんと付き合えばいいんじゃないだろうか。新谷氏(の、外見)に陶酔している彼女のことだ、見た目がいいんだから今は完全否定でもいずれは彼の二次元BL趣味だって寛大な心で受け止めて、もしかしたら嫌よ嫌よも好きのうちで一緒にはまってしまうかもしれない。宮崎さんが腐女子になってくれたら、私とも……もうちょっと仲良くなって、お近づきになって、可愛い笑顔とロリボイスで「沢城さんっ♪」なんて呼ばれたりして……。 「……いや、それはないな」 完璧な笑顔を向けてくれた脳内妄想を、自分で打ち消す私なのだった。 だけど……当の本人(新谷氏)は、どういうつもりなんだろうか。 真正面から(嘘とはいえ)あんなことを言った女性と……談笑するか、フツー。 私の立場、意味が無いじゃないか。 ……なーてんことを私の頭だけで考えたって何も分からない。モヤモヤばかりが積もって……消えない。不完全燃焼なんだよ、そうなんだよ。 宮崎さんは新谷氏の外見に大きな魅力を感じている、しかもアンチヲタク文化。そんな彼女に以前通り優しく接する彼が哀れでもあるけれど……このモヤモヤは、私が宮崎さんみたいなタイプは生理的に嫌いだということに起因すると思う。 でも、だからってどうすればいいのだろう。私が彼女のことを嫌っているからと言って、正面から文句を言っても変わらない。多分、彼女も私のことは嫌いだから、文句の言い合いになって終わりだ。 そうじゃない、何というか、こう……一泡吹かせたいというか、ギャフンと言わせたいというか。 でも、あそこまで断言する彼女に対抗するためには、それこそ、予測不能、それでいて一撃必殺の方法でないと、何度でも蘇りそう。それはゾンビですか、いいえ、面倒な現代の若者です。 「……人生、しゃーなしだな」 自室までの帰り道、残念ながら奇策は思い浮かばない。イヤホンから流れる歌を口ずさみながら、国道を曲がり、突き当りのアパートを目指す。 「……ん?」 20メートルくらいの距離まで近づいたところで、入り口のところで立ち話をしている背中が二つ。特徴的だから、後ろ姿だけで誰か分かる。 私に気づいている様子はない。風向きのせいなのか……断片的に、会話が聞こえた。 「沢城ちゃん……てない……しょ?」 「それは……るいのは僕……から……」 「……もさ、それは……だと思うんだけどな」 自分の名前が聞こえたことよりも、二人の親密な空気の方が気になってしまう。だって、私といるよりも圧倒的に絵になってるから。 ど、どうしよう……今日はこんなのばっかりだ、このまま近づいていいのか、話が終わるまでコンビニで時間を潰したほうがいいのか……私がその場で足踏みをしていると、 「――あ、沢城ちゃん、お帰りー」 私に気づいた千佳さんが、笑顔で手を振ってくれた。 Tシャツにジーンズというラフなスタイル、下ろした髪の毛が風でふわりと揺れる。 隣にいた新谷氏も視線をこちらへ向けて、どこか安心したような笑顔を向けた。 隠れる必要がなくなったので二人に近づくと、新谷氏から私へ声が掛かる。 「沢城も今終わりだったんだ。お帰り」 「え? あ、まぁ……ただいま……」 彼があまりにも通常営業だったので拍子抜けしてしまった。 「じゃあ、僕はバイトがあるから失礼します」 そんな私の様子に気づいているのかいないのか……新谷氏は千佳さんとの会話を切り上げ、そのまま自室へ。残された私が千佳さんを見ると、彼女は困ったような表情で彼の部屋の方を見やり、 「ったく……新谷君、やっぱり悪い癖が出てるね」 「悪い癖?」 「そう。まーた女の子にいい顔してるんでしょ? そういうのはもうやめなさいって言ってるんだけどね……」 そういう彼女の横顔には、「またか」という諦めも感じられる。 「千佳さんは……新谷氏と知り合いなんですか?」 思い切って尋ねると、千佳さんがこちらを向いて苦笑いを浮かべる。 「彼の高校時代から、ね。どうにも優柔不断っていうか、八方美人でさー……自分への好意も敵意も全部受け入れようとしちゃうの。彼の場合、圧倒的に女性からの好意の方が多いから、それがトラブルの種になるって本人が一番良く分かってるはずなんだけど……」 「過去に何か……あったんですか?」 宮崎さんの言葉が頭をよぎった。私が知らない新谷氏のエピソードを千佳さんはきっと知っているはずだけど……彼女はそれ以上語らず、ゆっくり首を横にふる。 「それは、あたしの口から言えることじゃないな……ゴメンね。沢城ちゃんは新谷君と付き合って間もないから、まだ知らないことが多いと思うけど、本人が話せるような過去になるまで、待っててあげてくれないかな」 その言葉に違和感を感じた私は、自分でも驚くほど躊躇いなく言葉を返していた。 「千佳さんは分かってますよね。私と新谷氏が付き合ってないって」 刹那、千佳さんの目が一瞬だけ泳いだ、ように見えた。 「……どうしてそう思うのかな?」 「さっきの会話の雰囲気とか、あと……新谷氏の過去を知っている人は、彼が女性と付き合うってことを心から疑っていますから」 顕著な例を目の当たりにしているので確信もあった。すると、千佳さんは……にやりと口元に笑みを浮かべて、 「中々鋭いね。ご明察、真相は新谷くんから聞いてるけど……でも、お姉さん的には、新谷くんは沢城ちゃんに脈があるんじゃないかって思ってるのよ」 「いや、それはないです」 私は即座に首を振った。そんな私の否定を、いやいやと否定する千佳さん。 「だって……さっき、新谷くんから沢城ちゃんに話しかけたでしょ?」 「え?」 さっきって、帰ってきた時に声をかけられた時のことだろうか。でも……それが、何か? 意味が分からず首を傾げると、千佳さんが悪戯っぽい笑顔を向けて、 「新谷くんから女子に話しかけるなんて、本当に稀なんだから。自分の部屋に招き入れるなんてことも、さすがの彼でもよっぽどの好意か損得がなければ出来ないと思わない?」 「……挨拶程度でそんなこと言われても困ります」 千佳さんの言葉が本当だとすれば、新谷氏はただのコミュ症じゃないか。 それに、間違いなく損得勘定で一緒にいるんですけどね私達……。 その後も目を輝かせて私たちの関係を美化していく千佳さんの話を聞き流しながら……私はますます、「新谷薫」という人物のことが分からなくなりそうだった。 「都……どうしたの? 不機嫌オーラが漏れ出てるわよ?」 翌日の午後、いつもの喫茶店に珍しく約束の時間通りに現れた綾美が……開口一番にこう言った。 髪の毛をサイドテールにまとめ、白と黒のボーダーのニットワンピースにレギンス、足元はスニーカー。相変わらず、自分に何が似合うのか分かっている。 そして、今日も相変わらずポロシャツとジーンズという格好の私は……傍から見ても不機嫌な様子らしい。 「……別に」 某有名女優の真似をしてみた……スイマセン出来心です。訝しげな表情で私の前に座る綾美は、店員さんにケーキセットを注文して、 「どうしたっていうのよ。大学デビュー失敗したー、なんてわけでもないでしょ?」 机上に本が入った青いビニール袋を置きながら尋ねる。 私は、先に注文しておいた紅茶のレモンをフォークでつつきながら、 「ちょっと、現実が色々面倒な事になってね……」 「まあ大変。潔く諦めなさい。現実はクソゲー、思い通りになんかならないのよ」 「厳しいんですけど……」 「あら、あたしが優しい言葉をかけられるタイプだなんて思ってないでしょ?」 綺麗な笑顔で言い放つ親友は、机上のビニール袋を私の方へすすすと押しながら、 「まぁ、あんたが怒りを覚えるんだからよっぽど想定外のことが起こってるんでしょうけどね……で、どうしたの?」 「実はさぁ……」 私が事情をかいつまんで説明すると……話を聞いている綾美が、段々と笑いを隠せなくなっていく様子が手に取らなくても分かる。 そして、一部始終を話し終えた所で彼女を見ると。 「ふっ……うふふふふ……」 机に突っ伏して、体を震わせていた。 「あ……綾美……?」 「な、何それ……都、大学入学と同時にリア充、しかも面倒な女にいちゃもんつけられてるなんてっ……すぐに中古価格が下落しそうな乙女ゲーみたいな展開ね!」 「私の話聞いてた!? あと色々謝れ!!」 微妙に脚色されているけれど要点は抑えている……ような気がする彼女の理解にはコレ以上突っ込まない。綾美は丁度やってきたケーキセットのコーヒーにミルクを入れながら、暗いため息をつく私をニヤニヤした表情で見つめ、 「結局、都は……その女をギャフンと言わせたいってことでおk?」 「うーん……まぁ、そういうこと」 先日の宮崎さんの態度が、私の中でどーにも腹立たしい。 何とか……何とか彼女をギャフンと言わせるようなことが出来ないか、そんなことばかり考えてしまうのだ。 レモンをかじりながら正直にそう言うと、彼女は口元にニヤリと笑みを浮かべて、 「ねぇ都、その……都と知りあったイケメン君が『こっち系』なのは間違いないのよね?」 「『こっち系』って……A&G的な事に理解があるかってこと? それは間違いないよ」 「個人的には、そのイケメン君について小一時間問い詰めたいところだけど、今の問題はそこじゃないわね。その彼は受け?」 「間違いなく受け」 「うむうむ」とうなづきながら腕を組む綾美。切れ長の瞳が段々と力強い光を帯びる。 ケーキをつつきながら考えること1分。 「……ふっ、やっぱり、この禁じ手を使うしかないわねっ!!」 結論を出した彼女の瞳は……今までにないほど爛々と輝いていて。 「都、こんなシナリオはいかがかしら? 丁度いい人材もいるのよ♪」 嬉々として語りだす彼女の作戦は、とても私のような凡人には思い浮かばない……正に私が待ち望んだ奇策、それはもう『綾美らしい』内容だった。 さて、そろそろ……傍観者をやめよう。 その日の深夜11時30分、アルバイトを終えた新谷氏を、 「……どもっす」 「沢城?」 原始的にドアの前で待ち伏せしてみた。終わりの時間は分かってるから、実際に待機したのは5分前からだけど……春先の冷たい風が吹きつける野外、地味に寒い。 特に連絡はしておかなかったので、驚いた表情の彼がこちらへ近づく。 私は手元のビニール袋――スーパーで調達したお菓子やジュース――を掲げ、ある提案を。 「お疲れのところゴメン。ちょっと話がしたいんだけど……時間、取れる?」 表情がはっきり確認できる距離まで近づいてきた新谷氏は、「いいよ」と優しい声で首肯してから、わざとらしく普段以上に私へ近づき、至近距離で見下ろす。 「こんな時間に、そんな装備で、一人暮らしの男の部屋にホイホイ上がりこんで大丈夫か?」 新谷氏にしては攻めの言葉に思えたので、妙な反抗心が芽生える。 私も負けられない。何となく見慣れてきた彼の顔を真っ直ぐに見据えて、こう言ってやった。 「大丈夫だ、問題ない。私、新谷氏の『彼女』ですから」 夕食としてインスタントラーメンをすする新谷氏はひとまず放っておいて。 「ゴア様キター!! 何かよく分かんないけどキター!!」 某陵辱ゲームの体験版をプレイする私。 謎の美少女と謎のゴア様が登場して、物語が進みだす……んだろうけど、悲しきかなこれは体験版、核心に触れることは出来ない。個人的には3人のヒロインよりも主人公のお姉ちゃんが気になっているんだけど……攻略ルートはあるのだろうか。今のところグロテスクな要素は抑えめだし、やっぱり導入はこのソフトで決まりかな。 「やっぱ、コレかなー……」 吸血鬼モノも気になっていたけれど、前回と微妙にかぶってしまうので保留。私の中で優先順位が固まった所で、 「新谷氏、食べ終わった?」 「……まだだよ。自分の都合で僕を動かさないで」 コンビニのおにぎりを両手で食べる新谷氏のジト目に、乾いた笑いを返す私なのだった。 「それで、沢城……話って?」 数分後、ゴミを片付けて缶ジュースをすする新谷氏が、正面に座ってポテチをかじる私に切り出した。 「ふん、ひつふぁね」 「いや、ちゃんと飲み込んでから喋って」 冷静に突っ込む新谷氏に、私は口の中のいも成分を炭酸飲料で流し込み、 「新谷氏に……確認したいことがあって」 「確認?」 「そ。新谷氏は……今の自分と宮崎さんの態度を良しとする?」 刹那、彼の表情が曇った。だけど、ここで躊躇できない。彼の過去を何も知らない私だからこそ、彼が自分から言わないことを免罪符に言えることがあると信じて言葉を続ける。 「ここから少し、無神経なこと言うよ。新谷氏から直接言われたにも関わらず諦めない宮崎さんも厄介だけど……そんな彼女の態度を批判せずに受け入れている新谷氏も厄介だと思う。好意がない相手にあんなに優しくすると、あっちも諦めもつかないんじゃない?」 「……」 彼女の本音を伝えるなんてことはしない。ただ、客観的に見た事実を伝えるだけ。 このままの新谷氏は、彼自身も望まない泥沼バッドエンドへ進みそうな気がする。今は宮崎さんも自重しているけど、そのうち、彼の部屋の前で待ちぶせとか、自宅て連れ込んで軟禁とか……いや、それは現実世界で犯罪だった……とにかく、押して押して押しまくって、結果、新谷氏は圧倒される。 個人的には彼の自業自得なのだからその選択の結果を甘んじて受け入れろと思うけれど……セーブしたところからやり直すことは出来ない。自分の選択をどれだけ悔やんだって、なかったことには出来ないのだ。 だったら、ここから新しいルートに入るしか無い。そのためには、ちょっとした冒険が必要なのだよ新谷氏。自分では普段選ばないルートを選ぶ冒険心がねっ! 「って、私が新谷氏に説教出来るような経験はないんだけど……このままじゃ、今の設定を受け入れている私の立場もなくなっちゃうんだよね。そこでもしも、新谷氏が本気で宮崎さんと距離を置きたいなら……私の計画を実行してみない?」 「沢城の、計画?」 「そう。正確には綾美原案・監修なんだけど……新谷氏も気に入るんじゃないかな?」 右手の人差し指をぴっと立てて、私は、『綾美発案・新谷氏補完計画』の沿革を語る。 最初は素直にうなづいていた新谷氏の表情が……次第に、固まっていった。 そして、私が話し終えると、頬を紅潮させた新谷氏がブンブンと首を大きく横にふる。 「む、無理だっ! そんなこと出来るわけない!!」 「えー? ちょっと頑張ってみなよ新谷氏。劇薬だから効果は抜群だよ、色んな意味で」 「それは……そうかもしれないけど……って第一、僕一人じゃ出来ないじゃないか!!」 「あぁ、その辺は心配しなくていいみたい。計画立案者の綾美の知り合いに、打って付けの人材がいるんだって」 「そんな都合のいい展開が……!」 「あるんだなー」 再びポテチを口に含みつつ、新谷氏の動向を観察する私。 先程から何度もジュースを喉に流しこみ、目が完全に泳いでいる。この奇策に賭けてみたいと思う自分と、思いとどまれと制止する自分との間で板挟みになっている様子だ。 彼の戸惑いは分かる。だけど……あの宮崎さんにはこれくらいのことをやらないと効果は期待できないと思うぞ。 「まぁ、今すぐ返事をしろとはさすがに言えないけど……早いうちに先手を打ったほうがいいと思うよ」 考えておいて。今日はここまで言って帰るつもりだった。 刹那、彼がため息をついた。それが一体何に対してなのかは分からないけれど……ジュースの缶をテーブルに置き、私を上目気味に見つめて。 「……やるよ」 「え?」 「だから、沢城の計画に乗るよ。僕にどこまで出来るのか分からないけど……」 「新谷氏……」 これが、彼なりの決意。この現状を変えたいという願いが生み出した勇気ある決断だ。 ただ、自分から言い出しておいてあれだけど、 「……考えなおしていいよ?」 正直、もうちょっと悩んで欲しかった。 世間がGWを待ちわびる4月下旬。私は、アパート近くのコンビニに宮崎さんを呼び出した。 「……いきなりこんな場所に呼び出して、何? あたしだって暇じゃないんだけど?」 桜を散らす風が通り抜ける、暖かな昼下がり。珍しく下ろした髪の毛とパステルブルーのワンピースが可愛い彼女は、最強の武器であるはずの笑顔を完全に封印して、私に明らかな敵意と疑いの眼差しを向ける。 グレーのパーカーにジーンズという毎度おなじみのスタイルの私は……彼女からの痛い視線を、沈痛な面持ちで受け止めた。 「な、何よ……」 普段とは違う雰囲気を感じてくれたのか、眉間にシワを寄せる宮崎さん。私はそんな彼女を真っ直ぐに見つめ、こう、切り出した。 「宮崎さんは……知らないんだよね。新谷氏のこと」 「なっ!? 何言ってるのよ! 先輩のことだったら、あたしのほうがずーっと知ってるわ!!」 「――そうかな」 思わず声を荒げた彼女を、私は一言で制した。 刹那、吹き抜けた風が……彼女の髪を揺らし、その動揺した表情を鮮明にする。 「もしも知ってるんだったら……あんなアピール、出来るわけないと思う」 「どういうこと? もっとはっきり言ってもらわなくちゃ分からないわ」 「……新谷氏が私を彼女にした『理由』を知りたいなら、ついてきて」 そう言って、私はアパートの方へ歩き出した。 「……」 数秒遅れて彼女が後に続く。よし、ここまでは作戦通りだ。 新谷氏の部屋の前、扉にもたれかかっていた『彼』が、私達に気がついて顔をあげた。 薄手のセーターとチノパンが似合う、背の高い、新谷氏とはベクトルの違うイケメン。少し伸びてきた様子の毛先をワックスで遊ばせ、猫のような、掴みどころのない雰囲気がある。 彼はこちらと向き合うように立ち、私の後ろにいる宮崎さんは、必死に何かを思い出そうと首をひねっている。 そして、私は、 「連れてきましたよ、彼女」 そう言って横に退いた。彼と宮崎さんが対峙するように。 「おう、ありがとな」 低い声で私に礼を告げる彼が、一歩近づき、宮崎さんを見下ろして……。 「なるほど……やっぱり君か。俺の薫に付きまとってるっていうのは」 「……え?」 刹那、宮崎さんの目が、大きく見開かれた。 驚きで次の言葉を紡げない彼女とは対照的に、彼はにんまりとした笑顔で続ける。 「いやぁ、都ちゃんに聞いたときはまさかと思ったけど……でも、納得したよ。さすがは宮崎林檎ちゃん、お姉さんとは対照的だね」 「な、何でそんなこと……!」 「それはほら、俺が薫の恋人だからだよ」 「はぁっ!?」 宮崎さんの裏返った声が廊下に響いた。無理もない。ここで絶句しなかったことに敬意を表するべきなのかもしれない。 「あ、あなた……今、何を……?」 「聞こえなかった? 俺が、薫の恋人だからだよ」 「だから! あなたが、し、新谷先輩の……ば、ババババカなこと言わないでよ!! そんなこと……!」 バランスを崩したのか、一瞬、右足が浮く。コンクリートの床に甲高いヒールの音が響き、彼女は改めて、突然現れた恋敵と対峙する。 「ど、どうせ、沢城さんが仕組んだことなんでしょ!? あるはずない、そんなの……あるはずないんだからっ!!」 「あるはずない、ね。じゃあ、本人に直接確かめてみようか」 「え……!?」 刹那、宮崎さんの目が狼狽する。 彼の声が届いたのか、部屋の扉が開き、 「し、新谷先輩……」 鎮痛な面持ちの新谷氏が部屋の中から出てきた。 そして、宮崎さんをちらりと見つめ、 「宮崎さん、その……この間から騙すみたいになっちゃってゴメン。でも、僕は……僕が一番好きなのは……」 一呼吸の間。そして、次の瞬間、 「一番好きなのは……大樹なんだ」 明言した新谷氏が、彼――大樹さんの腕をギュッと掴んだ。 刹那、宮崎さんが私を見つめる。 本当なのかと無言で問いかける彼女に、私は……一度、大きくうなづくのだった。 「そ、んな……新谷先輩が、そんな……」 直視できない現実を目の当たりにした宮崎さんは、何度も首を横に振って、振って、振って……それでも変わらない光景をどう飲み込んでいいのか分からない様子。 無理もない。目の前にいる自分の想い人が、頬を赤らめ、まるで恋する少女のような瞳で、男性の腕にしがみついているのだから。 あー……今後、新谷氏を見る目が変わるなぁ、確実に。 のへほんとした細目で事の成り行きを静観する私と、かたや、世界の終りが訪れた宮崎さん……対照的な立ち姿である。 「新谷先輩、お願い、嘘だって……嘘だって言ってください。だって、そんなこと……そんな、ことっ……!」 時折声を震わせながらも、宮崎さんは何とか言葉を紡ぐ。そんな彼女に、彼が勝ち誇った顔で追い打ちをかけていくのだった。 「宮崎林檎ちゃん、目の前にあるのが現実だ。これは届かない恋なのを認めなって」 「あなたに聞いていません! 私は、新谷先輩と話がしたいんですっ!!」 「おお怖い。でも、薫に今更何を聞くつもり? 薫が自分の言葉で告白して、ここまで態度で示してるのに……言葉でもう一度言わせようなんて、結構残酷だね」 「黙っててこの泥棒猫!」 私の目の前ではまるでドラマのような修羅場が繰り広げられているのに……何だろう、この、圧倒的な違和感は。しかも、宮崎さんから頂きました「泥棒猫」!! 「――沢城さん!!」 「ひっ!?」 自分は枠外だと油断していたので、不意に名前を呼ばれて変な声が出てしまった。 慌てて彼女の方を見ると、眦を吊り上げ、だけど、どこか泣きそうな目をした宮崎さんが……私を真っ直ぐに見つめている。 普段は強気な女子が必死に折れまいと踏みとどまっている切迫感……イイネ!! それはさておき。 「沢城さんも何か言いなさいよ! 騙されてたのよ!?」 「だ、騙され……?」 「そうでしょう!? だ、だって……先輩が、そんな……先輩が……」 彼女は混乱しているようだ。無理もない。 だけど……残念ながら、私は味方じゃないんだよ、宮崎さん。 私は笑顔で宮崎さんを見つめた。そして――彼女の心に隠し持ったナイフを突き立てるのだ。容赦なく、ずぶりと。 「ゴメンね宮崎さん、知ってると思うけど……私、こういうの大好きだから。二人のことは心から応援してるし、協力できることは惜しみなく協力してるんだ」 「……」 刹那、彼女の顔面が真っ青になった。笑うのは我慢しなきゃ……全てが壊れてしまったら元も子もない、もう少しなんだから。 「宮崎さんは苦手みたいだから黙っておこうと思ったんだけど……コレ以上深入りしてショックが大きくならないうちに、知っておいてもらおうと思って」 大きな目を更に見開いて私を見つめる宮崎さんを尻目に、私は……彼らに満面の笑みを浮かべて、 「と、いうわけで、私はこれからも協力させていただきますから。お二人は好きなだけ愛を育んでくださいね」 目があった彼は、私に負けないくらい、満面の笑みでうなづく。 「ありがとう、都ちゃん。薫は幸せものだよなー……こんなに理解のある友達がいるんだから」 「……そう、だな……」 顔を真赤にした新谷氏が、どもりながらもしっかり首肯した。 さて、トドメをさされた彼女はどうなかったか……横目で見ると、両手をギュッと握りしめ、俯いたまま立ち尽くしている。 彼女の中にどんな感情が渦巻いているのか、今の私には全く分からないけど、でも、彼女のことだから、多分きっと……。 「ふ……」 「ふ?」 聞き取れずに問いかけると、 「不潔よーっ!!」 顔をあげた彼女は涙目でこう言い放つと、その場からかけ出したのであった。 ……宮崎さん、貴女、本当にこっち側の人間じゃないんだよね? 彼女が消えた方を見つめても、答えなんか返ってこなかった。 「――はい、終了。コレでオッケーなのかな、都ちゃん?」 「満点ですよ、田村さん。でもまぁ……見事な演技力でしたよ。綾美の相棒は伊達じゃないですね」 「そんなことないって。都ちゃんこそ大物女優だよ。さすが、綾の親友だね」 「いえいえ、私なんてまだまだです。まぁ、ひとまず……お疲れ様でした」 私と彼は口元にニヤリと笑みを浮かべ、成功を讃え合う。 「……これでよかった、のか?」 事の元凶である新谷氏は、苦笑いを浮かべるだけなのだった。 さて、今回のネタバレは下記の通り。 発端は、先日、私が綾美に人間関係の愚痴を話したこと。 「……ふっ、やっぱり、この禁じ手を使うしかないわねっ!!」 私の話を聞いて結論を出した彼女の瞳は……今までにないほど爛々と輝いていて。 「都、こんなシナリオはいかがかしら? 丁度いい人材もいるのよ♪」 嬉々として語りだす彼女の作戦は、とても私のような凡人には思い浮かばない……正に私が待ち望んだ奇策、それは、 「ズバリ、ベーコンレタスバーガー作戦よっ!!」 ……? 「……べ?」 昼間の喫茶店で朗々と言い放つ彼女の言葉が理解出来ず、首をかしげる私。 綾美は右手の人差指を私の眼前にかざして、 「あたしの勝手なイメージだけど……その女、正攻法じゃ意味が無いわ。完膚なきまでに打ちのめさなきゃダメ。そのためには、彼女が一番耐性のない方向から攻めなきゃね」 「なるほど……」 ここまでは私の考えと一致している。でも、私はこの先へ進めないのだ。 私からの話を10分ほど聞いただけの綾美は、果たして、どんな作戦で彼女を攻略しようというのか。 「その女は、相手が都だから自分にもまだ可能性があると思ってるのよ」 「それは……私の容姿が並以下だから?」 「違うわ。都が女だからよっ!!」 「……は?」 またもや首を傾げる私。自信満々に断言した綾美は、ショートケーキの頂点に君臨する苺へとフォークを突き立てて、 「彼は、誰に対しても優しいんでしょ? その女は誰よりもそれを知ってるから、彼が都と付き合ってるのは、彼が優しくて断りきれなかったからだって思ってる。だったら、自分が都よりももっとアピールすれば、断りきれなくて都に成り代われるんじゃないか……って、ね。まぁ、諸悪の根源ははっきりしないその男にあるような気がするんだけど、今成敗すべきはその女だもの、彼の罪を追求するのはやめておくわ」 言い終わると同時に苺をぱくり。 うーむ……新谷氏と綾美は、まだ引き合わせないほうがいいかもしれない……。 でも、 「でも、綾美……それと私が女だってことと、どう関係してるの?」 「分かってないわねー、都。性別が違ったら、その女だって勝てないと思うわよ」 「性別が……違う?」 やっぱり分からない私へ、コーヒーをすすった綾美が決定的な一言を告げる。 「つまり、その彼に『同性』でそこそこ顔のいいの恋人がいるって分かったら、その女も勝てないと思うに決まってるわっ!!」 つまりは、そういうことなのだ。 話は恐ろしく順調に進んだ。 綾美が用意した「新谷氏の恋人役」が、なんとまぁ、新谷氏のリアル友達であり、あろうことか私へゲームを横流ししてくれていた人物だということが判明し、本人(新谷氏)の意思を聞く前に行われた打ち合わせは10分で終了、したらしい。私も誘われたのだが、残念、バイトがあって同席出来なかった。 そして、私が新谷氏本人の意思を確認し……今日、ぶっつけ本番の勝負に出た、というわけなのだ。 発案者兼脚本の綾美は、残念ながら都合がつかずに居合わせることが出来なかったんだけど……先ほどの宮崎さんの反応を見る限り、全て綾美の計算通りだったんじゃないだろうか。というか、綾美、影から見てたんじゃないの? そして、見事演じきった役者が集まる楽屋――新谷氏の部屋では、 「改めて自己紹介をさせてもらうよ。俺は田村大樹。綾の友達っていうだけでも驚きだけど、いつも薫が世話になってるみたいだね。ありがとう」 座布団の上に胡坐をかいた彼――田村さんが、善良な笑顔を向ける。 新谷氏とは高校時代の同級生だという彼は、とある大学の2年生。そして、知る人ぞ知る美少女系に強い同人作家さんなのだとか。 そんな彼と綾美の接点は、勿論イベント。即売会で出会った二人は意気投合し、今では夏と冬の2回、合同で同人誌を作成しているらしい。 そんな田村さんの正面に座っている私は、彼の隣で苦い表情のままの新谷氏を見つめた。 先程から一言も発しない彼は、まるで……恋人の隣に座ってモジモジしている女の子みたいです。いやもう本当に。 綾美が見たらよだれをすすってデッサンを始めそうな構図だ。私には特に響かないのが惜しい……かも。 「それにしても……薫、都ちゃんに感謝しろよ。元はと言えばお前の優柔不断が招いた結果なんだからな」 「……わかってるよ」 ぽつりと呟いた新谷氏は、姿勢を正して私を見つめ、 「沢城には……迷惑ばっかりかけてるね。本当にありがとう」 「え!? あ、いや、そんな改まってお礼を言われるようなことじゃないよ!」 まさか、宮崎さんがヲタクを毛嫌いしていることにムカついたことが発端だとは白状できず、必死で笑顔を作った。 そんな私たちを見つめていた田村さんは、急に神妙な顔で腕組みをすると、 「――都ちゃん」 「は、はい?」 先程よりも低いトーンで名前を呼ばれ、思わず挙動不審になる私。そんな私をじーっと見つめる田村さん。 「ちょっと、今から俺の質問に幾つか答えてくれるかな」 「質問、ですか?」 「そう。申し訳ないけれど……俺はまだ、綾の親友とはいえ、都ちゃんも本当は薫に接近するために俺たちと同類だって設定にしているんじゃないかって疑ってるんだよね」 「大樹!」 刹那、新谷氏が珍しく声を荒げた。そんな彼を制した田村さんは、目元に不敵な笑みを浮かべて、 「いくつか質問をさせて欲しい。もしも都ちゃんが俺と同類だったら、迷いなく答えられる簡単なものばかりだよ」 「仮に……もしも私が答えられなかったら?」 「そうだな、その時は……二度とこの部屋には入らないで欲しい」 「……」 一瞬、息を呑んだ。田村さんが私を見つめる目が、あまりにも真剣だったから。 「大樹、沢城は違うんだ。それは僕が保証できるから……」 「悪いな、薫。俺は自分の目で見たものじゃなきゃ、心から信じられないんでね」 腕を組んだまま、田村さんが私を見つめる。 ――さぁ、どうする? と。 そんなの、最初から決まっていた。 「分かりました、私も疑われたままじゃ気分が悪いです」 「そうこなくっちゃね。じゃあ――いくぜ!」 口元ににやりと笑みを浮かべた彼と、思わずファイティングポーズの私。 オロオロした新谷氏を外野に――今、勝負の火蓋が切って落とされるっ! 「まずは小手調べだ。KanonやAIRを作ったゲームブランドは? 言っておくけど、これに答えられなかったらニワカもいいところだぜ」 「Key。主な原画家は樋上いたるさん、一番好きなのは川澄舞ちゃんです。でも、私はAIRが先だったので観鈴ちんを見ると泣けます。どろり濃厚は無理ですけど」 「なるほど、ちなみに俺は秋子さんだ。じゃあ次、ヤンデレヒロインといえば誰だと思う?」 「ヤンデレ……アニメまで含めるとSHUFFLE!の楓ちゃんだけど、ここはベタに言葉様で。君が望む永遠は、まだやったことがないから噂程度しか知りません」 「そっか……ドロドロに耐性があるなら、今度貸してあげるよ。じゃあ最後、都ちゃんが今イチオシのゲームメーカーは?」 「今はSAGA PLANETSですかね……。ちゃんとプレイ出来たのは先日借りたやつだけですけど、ネットの評判でもコンスタントに良作を出してるみたいですよね。絵も可愛いし、塗りも綺麗だし、歩ちゃん可愛いです、ふーりんイチオシです!」 至って通常営業、真顔でどこまでも正直に答えた私に対して、 「……型月や葉っぱやニトロ、曲芸でも8月じゃなくてSAGA PLANETS……!」 私の回答を反すうした田村さんが、無言で右手を前に差し出して、 「疑って申し訳ない、都ちゃん。よく考えれば……ゴアをリクエストしてきた時点で疑う要素はないって思うべきだったね」 「いえいえ、分かっていただけたのであれば嬉しいです」 私も手を伸ばし、その手をしっかりと握り返した。なんとまぁ、美しい光景!! 置いてけぼりの新谷氏が目を丸くしているけど、それはそれとして。 握手を解消した後、私は田村さんに尋ねる。 「とりあえずここまでは、全て綾美の計算通りなんですけど……これで、宮崎さんは諦めてくれると思いますか?」 「さて、それは薫の態度次第じゃないかな」 そう言って新谷氏へ視線を移す田村さん。当の本人は少しうつむき加減で、 「……努力、します」 ぽつりと呟くのが精一杯という現状。不安は残るけれど……まぁ、後は本人の努力次第だ。私が干渉出来ることではない。というか、これで本人が努力しなかったら許さんぜよ。 そう思っていた私へ、田村さんがこんな質問をした。 「都ちゃんは……気にならないの? 薫のこと?」 「へ? 新谷氏のこと、ですか?」 意味がわからず尋ね返す私に、「いや、だって」と、田村さんが続ける。 「いくら似通った趣味があるとはいえ、ここまで献身的に協力してくれて……でも、都ちゃんは、薫のこととか、宮崎さんとの関係とか、何も知らないわけだろ? ここまで深入りしているのにバックボーンを調べない都ちゃんは……こんな薫のことをどう思っているのか、ちょっと気になったんだよね」 「……あー、そうですか」 自分でも驚くほど、低い声で呟いていた。 あぁ、そうなのか。結局……私と新谷氏の関係を語るには、私が彼の近くにいるためには、私が疑似体験しまくっている、そういう甘ったるい感情が必要なのか? ……ううん、そんなことない。結論は一瞬で出た。 だから、私は口元に笑みを浮かべて、田村さんを見据え、こう、断言する。 「新谷氏は私からBL小説を貪り取りますが、見返りとして私にパソコンを貸してくれて電気代を支払ってくれるだけでは飽きたらず、たまに夕食まで提供してくれるお人好しです。私にとってはすこぶる居心地がいいので、これからも是非仲良くしていただきたいのですが……私は『今』の新谷氏にしか興味がないので、『過去』に美少女と何があろうが、二股三股していようが、この関係が壊れないのであれば詮索するつもりはありません。というか、聞かされても私にはどうすることも出来ませんから……聞き流すかもしれませんね」 「……」 呆気にとられた田村さんは、私をまじまじと見つめ……豪快に笑った。 「あははは……あぁ、そっか、そっか。いやぁさすがは綾美の親友だよ。都ちゃんみたいな子がそばに居てくれると、俺も安心だな、うん」 私を見ては何度もうなづき、そして――新谷氏を見て、意地悪な一言。 「これは……都ちゃんを攻略するのは大変そうだな、薫」 「大樹!!」 「?」 本日2度目、声を荒げた新谷氏は、意味がわからず眉をしかめる私を慌てた表情で見つめる。 「な、何でもないから! 大樹が言ったことは気にしないでくれ!!」 必死に取り繕う新谷氏の肩をポンと叩き、悪戯っぽい笑みを浮かべた田村さんは、饒舌に話を続けた。 「いーや都ちゃん、薫の友人として本日最後のお節介をさせてくれ」 「お節介?」 「そう、これは俺のお節介。都ちゃんにとって余分な情報だと思うけれど……薫、都ちゃんのことが好きみたいなんだよね」 ……思考が停止した。 田村さんの言ったことを素直に解釈していいのか分からなくて。 答えを探して新谷氏を見ると……顔を真赤にした彼がきまり悪そーに俯いていて。 あぁもう、勘弁してくれ。内心こう思ったのは事実だった。 「新谷氏は……優しいよね、それが新谷氏だもんね、わかってるから」 「沢城……?」 こんなこと言うつもりじゃなかった。口に出しちゃいけないことだって分かってた。 だけど……もう、無理だよ。コレ以上。 ベッドの上で本を読んでいた彼が起き上がって私を見つめた。 その表情はどうなっているんだろう……あれ、おかしい、よく見えない。眼鏡は外してないのに。 視界がぼやける。その原因が涙だということに気がついたのは……頬を伝って、落ちてしまったから。 「沢城……」 「あ、れ……あ、えぇっと……ゴメン、えぇっと、ね……」 人前で泣くなんて何年ぶりだろうか。自分が一番混乱しているけど……でも、その中で目の前の彼に伝えたいこと、それはたった一つ。 「もう……やめよう」 「やめる? 「そう。この関係は成立しなくなっちゃったの。だから……やめにして欲しい」 「理由を聞いてもいい?」 新谷氏はその場から動かない。その行動が、今の私にはありがたかった。 だって、私は―― 「好きに、なっちゃったんだよ……新谷氏のこと……」 ――ピリオド。ここで打ち止めだ。 ……という夢を見たんだが、どうすればいいんだろう。 「……うぅ……」 掛け布団をギュッと掴み、意識を眠りの世界へ置きに戻ろうとするけれど……一度覚醒を始めた意識はグングンと回路をつないでいく。数十秒後、眠りそこねた私は、布団の中でもぞもぞと体を動かすのだった。 枕元の携帯電話で時間を確認する。現在時刻は午前7時。アラームをセットした30分前に起きてしまうなんて何となく勿体無い。でも、今日は1時限目から講義があるので二度寝をすると危険なのだ。 ……と、分かっているけれど起きられないのが自堕落的な一人暮らしの典型的なパターン。5月のどことなく憂鬱な気分を引きずった感覚で上半身を起こすと、循環していない生ぬるい空気に気持ち悪ささえ感じる。 「……お茶……」 水分を求めてベッドからおりる。体が重い。疲れが抜け切れていないのは……多分、精神的に落ち着いていないからだろう。って、冷静に分析してどーする。 冷蔵庫からペットボトルのお茶を取り出し、ガラスのコップに注ぐ。それを一口、口に含むと、空きっ腹に水分が落ちていく感覚。 「……なんだろう、あの悪夢……」 自問自答、ぽつりと呟いても答えなんか返ってこない。 いやだって、あんな……イベントみたいな展開、一番面倒じゃないか。 事の発端は、言うまでもなく昨日の爆弾投下にある。 「いーや都ちゃん、薫の友人として本日最後のお節介をさせてくれ」 「お節介?」 「そう、これは俺のお節介。都ちゃんにとって余分な情報だと思うけれど……薫、都ちゃんのことが好きみたいなんだよね」 田村さんがこう言ったのは、場を茶化すためのネタだと思った。 きっと、新谷氏が「馬鹿なこと言うなよ! 僕が一番好きなのは……大樹に決まってるだろ!」って言って、それに対して田村さんが「分かってるって、薫。ちょっと言ってみただけだよ。俺の一番も薫だから」「大樹……!」っていう……綾美発狂の展開になるのかと思っていたのに。 新谷氏が頬を赤くして俯いていたら、私がどうすればいいか分かんないじゃなイカ!! こんなとき、なんて言えばいいの!? 「新谷氏……本当なの?」 「い、いや、田村さん、それはないですよさすがに……ぶっちゃけありえない!!」 ここで私まで雰囲気に流されちゃいけない! 否定することに集中しよう! 「い、いや、田村さん、それはないですよさすがに……ぶっちゃけありえない!!」 一人で動揺して口が回らない。焦る私とは対照的に、田村さんはニンマリした表情で問いかける。 「おお、どうしてそう思うのか聞いていいかな?」 「だ、だって……そんな話聞いたことないですし、それに……恋愛感情がなきゃ男女は一緒にいちゃいけないんでしょうか! 最近、特に、外野からずっと、ずーっと、ずーーっと、そんな話ばっかりふられて、いい加減うんざりしてたところなんです!! 私は本人から聞いた言葉しか信じません、新谷氏が言ってくれたら考えますが、それ以外のアオリはもう沢山なんです!」 気づいたら、呼吸が荒くなっていた。何だが田村さんに八つ当たりしただけになった気もするけど……でももう、いい加減ウンザリしていたところなのだ。 「私と新谷氏は、実に奇妙で絶妙なバランスで成り立っている人間関係なんです。でも、当人同士はこのバランスが調度よくて、これ以上でもこれ以下でもダメで……とにかく、今のままが一番なんです!」 「僕も沢城と同じ意見だよ、大樹」 こう言って、諫めるように自分を見た新谷氏に……田村さんは一度、浅く息をついた。 そして、おどけた表情でこう言う。 「あーあ、このままくっついちゃえば面白かったのにねぇ、都ちゃん?」 「面白半分で人の感情を捏造しないでください!」 反省が見られない彼に私の声が届いたのかどうか分からない。 だけど……新谷氏が否定するでもなく、終始静かだったのが、少しだけ、気になった。 あの後、私は逃げるように新谷氏の部屋を後にした。 どうしてだろう、胸がざわつくというか……落ち着かない感覚が消えなかったから。 バイトもなかったのでそのままグダグダと時間を過ごして……気がついたら寝ていた、そして今に至る、と。情けないほど自堕落的な生活である。いや、今回だけだよ!? 「……どうしたんだろう、私」 どうたんだろう。靄のかかった頭で考えた。 これでハッピーエンドなのだ。宮崎さんは(申し訳ないけれど)撃退して、私にやっと、希望通りの日常がやって来る。それなのに……。 「気が抜けたのかなぁ……」 綾美原案、あまりに突拍子もない計画が驚くほど上手くいったもんだから、安心して気が抜けたのだろうか。 それとも……内心、昨日の言葉が事実であって欲しいと思っていた? 「――っ!?」 一瞬紅潮した頬を抑えるために、残っていたお茶を一気に飲み干した。 講義のために大学へやってきた私を待ち構えていたのは、 「ですので、唐突にそんなことを言われても困りますっ!! ゴメンナサイ!!」 朝から泣きそうな奈々と、 「ちょっと!? まだ話は終わってないんだから!!」 何やらテンションの高い宮崎さん。 ……え? どうしてこの二人の組み合わせなの? 理解不能なんですけど……。 元々、奈々と同じ講義のため、本館四階にある講義室の前で待ち合わせをしていたのだ。 んで、今、エレベーターを降りて教室の前に来てみれば……扉の前で押し問答(?)を繰り広げる二人。学生が好奇の眼差しを向ける中、防戦の奈々と攻め続ける宮崎さん……何故? いやまぁ、見ている分には美少女同士の百合ん百合んな戯れって感じで目の保養なんだけど……。 「あ!? 都ちゃ〜ん!!」 ……やっぱり傍観者は許されないらしい。見つかったので重たい足で二人へ近づき、 「あ、あのー……奈々、宮崎さん、どうしたの?」 介入した次の瞬間、奈々が「ぐわしっ」と私の服を掴んで、心底困惑した顔で訴えた。 「助けてください都ちゃん! 宮崎さんが意味不明なことを言うんですよぉぉっ!」 「ちょっ……! 失礼なこと言わないでくれる!? こっちだって真剣なんだから!」 「あの話のどこが真剣なんですかっ!」 話が全くわからない。私を盾にする奈々をちらりと見やり、事の顛末を聞いてみなければ。 「あの、奈々……宮崎さんに何か頼まれたの?」 「それが、そのー……男性同士の親密な関係を崩すためには、自分も女性同士で親密な関係を見せつけるとか何とか……うわぁぁんっ! 奈々もよく分かんないんですよぉっ!!」 ……えぇ? 衝撃の内容、さすがに目が点になってしまった、が。 私の目の前にいらっしゃる宮崎さんは……それはもう、真面目な、まじめーな顔で、 「何よ。悪い?」 自信満々のドヤ顔。思わず、私の考えがマイナーなのかと思ってしまうけど。 ……周囲からの視線が痛すぎて、「そんなことない」と自身を持って言えるっ!! 「いや、その、悪いというか、えぇっと……!」 でも、この状況では言えないチキンです! あぁもう! どうしてそーゆー考えに至るんだこのプリン脳!! 次の瞬間、私は二人の腕を掴み……その場から全力で逃げたしたのであった。 5分後、誰もいない地下のパーラーにて。 私は二人を正面に座らせ、ようやく一息つくことが出来た。 あー……講義サボることになっちゃったよ……でも、あのまま2人をほうっておくことも出来なかった。 完全に怯えて萎縮している奈々と、その隣で不満そうに頬を膨らませる宮崎さん。 とりあえず現状を把握するために、諸悪の根源から話を聞いていくことにしよう。 「それで、宮崎さん……どういうこと?」 彼女は腕を組み換え、はっきりと答えてくれた。 「どうもこうもないわ。私はまだ新谷先輩を諦められない。でも、一人で立ち向かうにはあまりにも強大でイレギュラーな状況だもの……そこで思ったの。まずは今の新谷先輩を理解することから始めようって」 「はぁ、理解……」 あの状況でまだ諦めないのか。その根性と彼に対する愛情は凄いと思う、けど。 「新谷先輩が……その、やっぱり異性に興味がなくて同性に走ってしまうんだから、私もそうしてみようと思ったのよ!」 「どうしてそうなる!?」 私のもっともなツッコミに、目を丸くする宮崎さん。 初めて自分の行動に疑問を持ったような空気が漂い始める。 「え……? 何か間違ってるの?」 「言いづらいけど……私は間違ってると思う……」 あくまでも「私は」という一人称をつける。まぁ、個人的な意見だし。 と……ただでさえ小柄なのに更に萎縮して場の成り行きを見守っていた奈々が、トントンと机を叩いた。 「あ、あのー……都ちゃんと宮崎さんの間では共通認識があるみたいなんですけど……それって、奈々がもっと細かく聞いても構わない内容だったりするのですか?」 困惑した彼女の表情に、思わずネタをばらしたくなる衝動に駆られたけど……で、でも、新谷氏的にこの話はあんまり広げられたくないだろうし(根本的に嘘だしねぇ)、どう説明しよう……。 と、私が一人で困惑していると、宮崎さんが真剣な表情で口を開いた。 「口外しないでほしんだけど……新谷先輩に新しい恋人が出来たの」 「えぇ!?」 驚きのあまりパーラー中に響く声を上げる奈々。慌てて口をふさぎ、挙動不審にキョロキョロと周囲を見渡す。 「それ……本当なんですか?」 「残念ながら事実なの。多分、知っている人はごく限られていると思う」 「ちなみにそれは……ここにいる都ちゃんではないのですか?」 「違うわ。万が一……いいえ、億が一沢城さんなら、私もこんなに悩んだりしないもの」 刹那、宮崎さんにちらりと見られた気がする。奈々は完全に目を輝かせて、話の続きを待っていた。 「だけど、新谷先輩の相手が……男性だったの」 「へぇー。さすが新谷くんです。奈々にはますます神秘的なのですよ」 「だけど、私にはどうしても、同性に対する恋愛感情っていうのが分からなくて……だから……」 「なるほどー……それで、手っ取り早く奈々を練習相手にしようとしたってわけなのですね。まぁ、どうして奈々が選ばれたのかは分かりませんが……」 話はつつがなく進んでいく……って、ちょっと待って!! 「ちょっと待って!! 奈々、状況をすんなり受け入れすぎじゃない!?」 「えぇー? そうですか?」 「そうですか? って……ゆるいよ、ゆるゆ……違う、普通疑うでしょ、普通……」 この独特の空気には溜息を付くしか無い。そんな私の反応を見た奈々は笑顔で首をかしげ、にべもなく言い放つ。 「奈々は、情報対して偏見を持たないようにしているのですよ。聞いたことに対してあまりにも矛盾があれば別ですけど……少なくとも、宮崎さんが新谷くんのことに対して嘘をついてまで奈々を巻き込むとは思えないのです。それに、宮崎さんが新谷くんを陥れたくてこんな話を作ったのであれば、都ちゃんが反論するはずですし……それが見られないってことは、事実なんだろーな、って」 この言葉に、奈々の本性を垣間見た気がした。ただのほんわかかわいいロリっ娘ではないということだ。末恐ろしや。 ……それはさておき。呆気にとられた私ではなく、ぽかんとしている宮崎さんの方へ向き直った奈々が、ピッと右手の人差指を立てて、 「とにかくっ! お話は何となく把握しました! 奈々にお任せなのですっ!」 「ほ、本当に……?」 「まず、出会っていきなり恋愛感情を抱くのは非現実的ですしご都合主義なのです。まずはお友達から、なのですっ!」 「う、うん……」 「お友達の証として、奈々はこれから宮崎さんのことをあだ名で呼びます。宮崎林檎さんなので……うんっ! りんちゃんと呼ばせていただきます! いいですか?」 「べ、別にいいけど……わ、私も?」 「当然なのです! まぁ、奈々は奈々と呼ばれることが多いので、奈々と呼んでいただければ幸いなのです」 「な、奈々……」 「はい! これが重要な第一歩なのですよ! 思い出してください……新谷くんも、きっと、お相手のことは苗字+さん呼びじゃなかったはずなのですっ!」 「た、確かに……!」 私の目の前で、宮崎さん――りんちゃんが、ものすっごい勢いで攻略されていく。 と、ここまで傍観者だった私を、奈々がにやりと見やり、 「じゃあ、次は……都ちゃんのことも、下の名前かあだ名で呼んでみてくださいっ!」 話がいきなり飛んでキター!? 想定外の事態に言葉が浮かばず、無言になる私。 「えぇっ!? い、嫌よ! 沢城さんは、まだ……ライバルなんだから!!」 これにはさすがの宮崎さんも難色を示した。しかし、そんな言い訳、既に奈々の計算通りなわけでして。 「よく考えてください、りんちゃん。この中で一番新谷くんの近くにいるのは……残念ながら、都ちゃんなのです。でも、新谷くんの想い人が都ちゃんではないこともはっきりしましたよね? だから、まずは都ちゃんとも距離を近づけて、新谷くんとお相手の現状を知る、というのは、実に有効だと思うのですよっ♪」 「……」 奈々は暗に、「私を利用して新谷氏の様子を探ればいい、利用できるものは利用しなきゃ損だよ♪」と言っているわけなのだ。うん、実に効率の良い作戦。それをこんな短時間で思いついて実行しろとけしかけるなんて、奈々……恐ろしい子! 私の表情から何か察したのか、一瞬目があった奈々がペロリと舌を出した。 それは、そのー……「巻き込んでゴメンね」ってことなんだろうか。あぁもう別にいいですよ可愛いから何でも……。 しかし、先日まで私を虫以下の存在として毛嫌いしていた宮崎さんである。唐突に距離を詰めるということによほど抵抗があるのか……うつむいたまま膝の上で両手を握りしめ、何やらゴニョゴニョつぶやいているが言葉にならない。 個人的に予想外の展開だった。彼女が新谷氏に対してまだ本気なら、感情を押し殺し、割りきった営業スマイルで私との提携を申し込んできそうな気がしていたから。 「……や、ぉ……」 「?」 気がつけば、宮崎さんは顔を真赤にして、まるで、想い人に自分の気持ちを告げるような雰囲気まで身にまといつつ、 「……みや、こ……?」 上目遣いで確認するように名前を呼ばれ、あまりの破壊力に思わず心臓が止まるかと思いました、ハイ。 今までツンツンした彼女しか知らないので、思いがけないデレ(?)に頭が混乱してくる。宮崎さんってこんなキャラだったっけ!? 私が口を半開きにそて、目を極限まで見開いて彼女を凝視していると、その視線に気づいたのか、顔を完全に上げた彼女がまくし立てるようにこう言った。 「かっ! 勘違いしないでよね! 別に沢城さんと……み、都と友達になりたいわけじゃなくて、あくまでも新谷先輩の情報を仕入れるために利用させてもらうんだからっ!!」 「は、はい……」 テンプレートを有効活用したとしか思えないセリフに首肯するしかない私。そんな私の反応が気に入らないのか照れ隠しなのか、宮崎さんの攻撃(自衛? 自爆?)は続く。 「な、によ……! どっ、どうせ私は大学で女友達が少ないわよ! だ、から……慣れてないの! 誰かを下の名前で呼ぶなんて、ましてや貴女を呼ぶなんて想定外なのよっ!」 饒舌な宮崎さんは、聞いていないことまで丁寧に教えてくれた。 そんな彼女の隣でニコニコしていた奈々が、椅子を蹴って勢い良く立ち上がる。 「じゃあ、次のステップなのです! 奈々とりんちゃんは友達以上恋人未満という関係なので……よしっ! 近くのファミレスでパフェを食べさせあうのですっ!!」 いつの間にか設定が更新されている気もするのだが……奈々の言葉に宮崎さんが耳まで赤くする。 「と、ととと友達以上恋人未満!?」 「あれ? 違うのですか? まぁいいです、とにかくレッツゴーですっ!!」 「え!? あ、ちょっ……なっ……!」 半ば強引に引きづられていく彼女を見送りながら……あーぁ、私は結局宮崎さんを名前で呼べなかったー、と、ちょっと残念な思いがよぎるのであった。 そして勿論、その後になってから、美少女同士が仲良くパフェを食べ合うという現場に突撃しなかった自分を猛烈に呪うのである。 「……と、いうわけだから。宮崎さんも諦めてないみたいだけど、しばらくは新谷氏に突っかかってくることもないんじゃないかな?」 数日後、時間は午後9時過ぎ、相変わらず新谷氏の一人住まいにて。 ゲームの世界へダイブする前に、宮崎さんが奈々に手懐けられていることを、とりあえず新谷氏に報告しておいた。 新谷氏は奈々にまで今回の狂言がバレていることに愕然としていたけど……あれから校内で一度も宮崎さんからの突撃を受けていない理由が分かって納得した様子。 ちなみに、あの日から奈々と宮崎さんがどんな交流をしているのか詳しくは知らないけど……明らかに宮崎さんの態度が丸くなっているというか、奈々に飼い慣らされているというか……百合百合した雰囲気は実に微笑ましいので静観するつもりだ。うん、私への実害もないしねっ!! 「これで新谷氏も平穏な生活を送れるといいね、という、希望も込めた報告でした」 「ありがとう、沢城。それにしても……女性はタフだね、本当に」 心からの独白には同意せざるを得ない。本当、宮崎さんのモチベーションはどこからきているのかと思う。 そこまでさせる魅力が……目の前の男性にあるそうな。思わず彼をまじまじと見つめてしまった。確かに顔はカッコイイと思う。優しいとも思う。付き合うことが出来れば、自分を好きになってくれれば、大切にしてくれるんじゃないかと勝手に思う。 だけど、私が宮崎さんだったら……一度目の前で別の女性が好きだと言われ、その後に実は男性が好きだったんだと言われ……無理だ。さすがに諦めて距離を置くんじゃないかと思う。 自分に脈が無いことを遠まわしにアピールしても挫けない。それは、単に愛情の強さというよりも、ここで諦めなければいずれ勝算がある、必ず自分のターンになる、という確信があるんじゃないだろうか? それは、きっと……私の知らない彼の『過去』が関係している。そんな気がする。 「ねぇ、新谷氏……宮崎さんはどうして君を諦めないんだろうね……」 「え……?」 「いや、だって、ゲームの場合、フラグが立ってない女の子は自然と出て来なくなっちゃうのよ。プレイしててこっちが寂しくなるくらいに。現実も似たようなものだと思ってたんだけどさ、宮崎さんは絶対に身を引かないというか、今は我慢して新谷氏の側にいれば、いずれ自分のルートになるっている……確信があるんじゃないかって思っちゃって」 例えがギャルゲーになってしまうのは申し訳ないけれど、個別ルートに入ってしまうと、そのヒロインが中心になってしまうので……他のヒロインの影がどうしても薄くなってしまうことがある。友達という名目で会話に参加したりするけれど、それ以上になることはない。(三角関係のゲームは除く・あくまでも私のイメージです、イメージ) だけど、例えば……今の新谷氏は田村さんルートを選択したのに、選ばれなかったルートのヒロインである宮崎さんが、田村さんルートをねじ曲げてでも自分のルートに新谷氏を引きこもうとしているんじゃないかという印象。ゲームならば重大なバグだ。 そこまでして彼に固執するのは、愛情? それとも―― 「新谷氏、過去に宮崎さんを手ひどくフッたりしたんじゃないよね?」 宮崎さんは最初から恨みと嫌がらせありきなんじゃないだろうか? そんな私の疑問に、彼が苦笑いを浮かべた顔を横に降った。 「人聞きの悪いこと言わないでよ……ある意味では逆だから」 「え? 逆?」 言葉の意味が分からない。オウム返しに問いかける私に、彼は一度、ため息をついて、 「かいつまんで話すけど……僕が高校生の時に、宮崎さんのお姉さんと……付き合ってたんだ」 「えぇ!?」 何ですと!? あの宮崎さんのお姉さんだから……きっと、美人に違いない!! 「び、美人!? 美少女? クール? 不思議ちゃん? なに系でもない!?」 「沢城落ち着いて。ちなみに美人でクール系だと……思う」 「やっぱり!! そうなんじゃないかと思ったんだよねーっ! しかもクール系ってことは、宮崎さんとは対照的に、長い黒髪が似合う神秘的な人なんだろうなぁ……あぁ、よだれが……ぐへへ……」 ひとしきり脳内妄想したところで……はた、と、我に返った。 「……過去形……だったよね、新谷氏」 「そう、過去形。高校を卒業する直前まで付き合ってた。学校は違ったけど、彼女の家に行ったこともあるから……その時に何回か会ったことがあるんだ」 「いやぁ、都ちゃんに聞いたときはまさかと思ったけど……でも、納得したよ。さすがは宮崎林檎ちゃん、お姉さんとは対照的だね」 あの茶番の時に抱いた疑問、田村さんの言葉の意味がやっと分かった。 田村さんが新谷氏の元カノを知っていることは不思議じゃない。 「高校3年の秋に、僕がちょっと、ある女性から言い寄られるというか……一方的に好意を持たれることがあって、僕は迷惑だってはっきり言ったんだけど、そのことで彼女が逆恨みされたんだ。そこから彼女への嫌がらせが始まって……彼女は当然僕から離れていく。そうしたら、次のターゲットは僕になった。ストーカーみたいに付きまとわれて、精神的に追い詰められて……結果、受験にも失敗したんだから情けないよね」 「……」 「何とか今年、受験に成功して……実家にいると想い出すから一人暮らしをすることにしたんだ。藤原さんは俺の高校時代からの知り合いで、相手のことも含めて全部知ってるから、万が一、嫌がらせをした彼女がここに押しかけてきても追い返してやるって言ってくれて……それで、ここにお世話になることにしたんだ」 ここで千佳さんが登場し、役者が揃った。 この場所は、新谷氏が新しい一歩を踏み出すために手に入れた、安息の地だったのか。 予想外に重たい展開。しかし、そこまで新谷氏を追い詰める女性がいたなんて……そりゃあ、しばらく女性と付き合う気にはならないし、女性との距離感も分かんなくなるよね……ドロドロしたゲームの後は純愛ゲーがプレイしたくなる心情と同じだよね……違う気がするけど。 だから、今の新谷氏は、相手に対して強い態度に出ることが出来ないのだろうか。自分が拒絶することで生まれたマイナスな感情の矛先が、自分以外の誰かに向かうかもしれない恐怖が身に染み付いている。だったら全てを曖昧なままにしておけばいい。相手が自分を見ていれば、自分の周囲に害が及ぶことはないから。 それが……新谷氏の処世術なの? 何も言えなくなった私に、新谷氏が苦笑いを向けた。 こんな重たい話をしてゴメン、と。誰よりも泣きたいのに涙を我慢して、相手に頭を下げる人なんだ。 「余談だけど、僕がBLを初めて読んだのは、最初の受験に失敗した頃。大樹はギャルゲー専門だから色々進められたけど、どうしても女性が出てくるゲームに手を出す気にならなくて……その時、大樹の部屋にたまたまあった同人誌を読んで、BLに目覚めたんだ」 「まさか、その同人誌……」 それが綾美の作品だということは容易に予想がついた。なるほど、そこから彼の楽しいBLライフが始まって……女性に益々興味がなくなったというわけか。 ……約1年であれだけ本を揃え、雑誌を購入していた、だと……!? よほど反動が大きかったんだろうなぁ。それで受験に合格する新谷氏は凄いよ。 ――さて、ここまでの話と宮崎さんの行動を関連付けて考えてみよう。 「要するに、宮崎さんは……新谷氏が過去に女性からトラウマになるほどの仕打ちを受けて、女性不信になったことを知ってる。だけど、そんな彼が私と親しくしているものだから、そのトラウマは克服したんじゃないかと思ってる。しかも今は、私と彼が恋人じゃないことも分かったから、自分は諦めなくてもいいじゃないか、新谷氏は押しに弱いから、このまま真っ直ぐゴー!……という結論に達している、ということなのかな……」 憶測でコレ以上推測しても意味が無い。詳細は本人に聞いてみたいところだけど、改めて思う。 「それにしてもタフだ……本当に好きなんだね、新谷氏のこと」 逆に、私を好きだと言ったかと思ったら田村さんが本命だというような、新谷氏のフラフラしたところは気にならないんだろうか。 ……恋は盲目、見えていないだけかな。 宮崎さんも計算高いようで本能で行動してる可能性もあるからなぁ。自分の行動に対してこちらが思うほど深い理由はないのかもしれない。 そう、一言で片付けるなら――好きなモノは好きだからしょーがないっ!! ……嗚呼、なんて便利な言葉。 私がひとしきり納得したところで、新谷氏がこちらの様子を伺うように、おずおずと問いかける。 「沢城は……今の話を聞いて、どう思った?」 「へ? ど、どうって?」 まさか感想を求められるとは思っていなかったので狼狽えてしまう。相変わらず私の斜め上を行く人だなぁと思いつつ、自分なりの意見をまとめた。 「えぇっと……正直、相手が悪かったねー、としか言えないかな。新谷氏に落ち度はないのに、一方的に恨まれて、壊されて……私が好きなヒロインが事前告知なく唐突にそんな展開になって実はトゥルーエンドがあります的な救済がなければ、フルプライスで買ってもディスク割って某掲示板に悪評を書き込もうとすると思う」 ゲームならそれが許される(実際はやっちゃダメだよ!! 例えだよ!!)けど……現実世界でそうはいかない。新谷氏が色んなものを失って手に入れたこの平穏な世界は、彼にとって、どれだけ居心地がいいのだろうか。 ふと、思う。 ……私、ココにいていいんだろうか? そんな漠然とした不安が、急に、襲いかかってきた。 「新谷氏……私、ココにいて大丈夫?」 素直な疑問が口からこぼれ落ちる。 「そりゃあ、私は特殊だし、新谷氏にとっての私はBL本の運び屋で電気代を貪る迷惑な奴だっていう認識だと思うけど……そこまでの過去があるんなら、同じ部屋に私がいることが、実は内心苦痛だったりする?」 最初は気にしてなかったけど、最近は段々目障りになっている、とか……。 「い、今更遠慮はナシだよ! 正直に言ってくれていいから!!」 そう言われてもしょうがない。今は、新谷氏の安楽が最優先なのだから。 渋い表情の私に、彼は笑みを向け、首を横にふった。 「思い出してよ、沢城。この部屋でパソコンを使っていいって言ったのは僕の方からだ。あの時は自分でもあんな提案をするなんて思ってなかったけど……実際、沢城が来てくれて楽しいことの方が多いから、僕も感謝してるんだ」 「感謝……!? いや、それはむしろ私がすべきだから!!」 Hシーンの途中で放置してもしっかりセーブしてくれたり、陵辱ゲーまでやらせていただいて本当にありがとうございます! でも止めないけどなっ!! 不意に、新谷氏が私の背後にあるパソコンを指さす。 「だから……沢城はこれからも気にせず、僕にBL小説を貢ぎながらゲームをしていればいいんだよ」 にんまりした口元の新谷氏に、私は無言で親指を突き立てて、 「オーケー、把握した。後悔したって知らないんだからね」 改めて、この関係を続けることを互いに約束し――笑みを交わした。 ――新谷薫ルート、グッドエンド。 パソコンの画面を、見つめる。 右手はマウスから指を離し、左手でポテチなんかつまみながら。 「……はぁ……長かった」 イヤホンを外し、率直な感想を呟く。ぶっ続けでゲームをプレイしていたので……特に眼精疲労がすさまじい。これは休憩が必要なレベル。 ちらりと、手元にあるコピー用紙が目に入った。このゲームの分岐が書いてあるスクリプトであり、全ての選択肢と分岐点が事細かに記載されている攻略本……もとい、攻略用紙。 勿論、コレに添って要所要所でセーブはしてきたけれど……これを見る限り、フルコンプまではまだまだ遠いことが分かるっ……! 「やぁーっと1ルート終わりか……でも、これを見ると……新谷氏のバッド、トゥルー、大樹君のバッド、グッド、トゥルー、2周目からじゃないと攻略不可なルートもこんなに……おいおいちょっと、同人でどれだけ頑張ってんだよ……」 今更だけど、現実の私――ギャルゲー大好き女子大生・沢城都――は今、とある同人ゲームをプレイしていた。今までの物語は全て、画面の向こうで繰り広げられたノンフィクションのフィクションである。 本日は土曜日。授業は2限目のみ、バイトもないという絶好のゲーム日和だ。昼食後から腰を据えてプレイした結果、あのエンディングに辿り着いたというわけだ。 ディスプレイの右下に表示された時間は、18時35分。読み物系だからもう少し短時間で終わるかと思っていたけど、休憩や回想を挟みつつ進めたので、4時間近くかかってしまったことになる。 このゲームの主人公は私の立場(っていうか私)で、新谷氏と交流を深めて恋人になってもいいし、趣味の合う大樹君とのエンディングを目指してもイイ。2周目からは頑張ってBLエンド(隠し)や、奈々と宮崎さんを含めた百合エンド(隠し2)まで可能になるという親切設計。ちなみに、開発中なのでスチル(イベントをばーんとイラストにした一枚絵)はまだない。どのシーンが欲しいか意見を頂戴と言われたことを今思い出した……やば、没頭しすぎてそこまで考えてなかったよ。 ……新谷氏と大樹君のBLエンドが18禁になりそうなのを全力で阻止したのはつい最近のことだ。 「原画も背景も綺麗だし、面白い誤字や脱字もないし、音楽もいいし、ボリュームもそこそこあるからムカつくのよねー……ボイスがないのはしょうがないけど、むしろなくてホッとしたけどっ……!」 感情が高ぶる。思わずスクリプト用紙を床に叩きつけたくなった自分を制止。落ち着け私の右腕。 活動開始5周年の記念に、有志で同人ゲームを作成したという綾美から取材協力を依頼されたのは半年前、テストプレイを頼まれたのは3日前のこと。 彼女曰く、「乙女ゲー、BL、百合、全てが楽しめる画期的なADVよっ!!」ということだったんだけど……確かにそうかもしれないけど……でもっ! 「……こんなに実際のエピソードばっかり入れなくてもいいじゃない……」 『このゲームはフィクションです。登場する人物や地名は実際のものと一切関係がありません。詮索したりググったりしたら負けです♪』という前書きはあったけれど……奈々と宮崎さんの百合とかまさかの展開で俺得だけど……私、綾美にここまで細かく話をしただろうか? 特に、最後の新谷氏のくだりはほぼ事実だけどゲームにしていいのか? っていうか、全員名前が本名のままなんだけど、本当にこれから修正されるんだろうな……まぁ、開発者である綾美と大樹君の名前もあるから、そこは大丈夫だと思うけど。 っていうかコレ、新谷氏はオーケーを出したのか? 疑問が増えていくけれど、テストプレイを頼まれたのが彼ではなく私だということに答えがあるような気がする。 ……うわぁお。 私の視線の先にいる新谷氏――二次元BLに陶酔する残念なイケメン・新谷薫――は、壁にもたれかかって読書にふけっていた。こうして遠目に見ると、眼鏡が似合う爽やかなイケメンが文庫本に視線を落としている、という、雑誌を切り取ったようなシチュエーションなんだけど……うん、表紙の肌色率さえ気にしなければ、ね。 当然ながら、ここは新谷氏の一人暮らしワンルーム。私の階下にあるこの部屋で、私がゲーム、新谷氏が読書……というソロプレイに興じるようになってから、それなりの時間が経過していた。 季節もめぐり、大学は後期の授業が始まっている。ゲームで春先の出来事を追体験してきたけれど、コレが随分昔のことのように思えた。 それだけ、この部屋で過ごす時間が当たり前になったのだろうか。 と、私の視線に気づいた新谷氏が顔を上げ、文庫本にしおりを挟んだ。 「さっきから騒がしいと思ったけど、終わったの?」 どうやら、私のひとりごとが気になって、読書に集中できなくなった様子。スイマセンね、騒がしい女で。 私は首を縦に振ると、椅子の上で背伸びをした。 「とりあえず1ルートだけ……自分の直感に従ってプレイした結果、新谷氏との熱い友情を再確認して終わったよ」 そして、左手でもう一枚ポテチをつまみ、口に放り投げた。油分を含んだ指をウェットティッシュで拭くことは忘れない。 「新谷氏は読み終わったの?」 「ひと通り読み終わったんだけど、続きが非常に気になる終わり方をしているんだ。だから……ワガママ言って申し訳ないけれど、可能な限り早めに続きが欲しい」 「了解。善処しまっす」 明日には綾美と会うことになっているから、彼の願いを叶えることが出来るだろう。続きが気になるのは精神衛生的にもよくないからね。 どうやら彼も、自分がどんな二次元キャラになったのか気になるらしい。立ち上がって私の側まで近づき、後ろから画面を覗きこむ。今はゲームのトップ画面が表示されていて、新谷氏、大樹君、宮崎さん、奈々、この4人がそれぞれにポーズをとっているイラストだ。 その中の1人を指差し、私の斜め上から尋ねる新谷氏。 「眼鏡をかけてるってことは……このキャラが、僕?」 「ご名答。綾美渾身のデザインを目の当たりにした感想はいかがですか?」 「……原画、欲しい」 ぽつりと呟いた本音を、そろそろ自分の口で本人にも伝えられるようになってほしい。新谷氏と綾美の関係はゲーム中通りで、同人作家としての綾美を崇拝する勢いの新谷氏は、未だに、綾美への用事は私という仲介を通してでないと伝えられないというヘタレっぷりだ。 新谷氏は、その隣にいる男性キャラを指さして、 「ってことは、これが大樹?」 「その通り。コッチが宮崎さんで、コレが、奈々」 「全員、特徴を捉えつつ、しっかり二次元キャラになってるな……ってあれ? 沢城は?」 「私? いるわけないでしょ。主人公に立ち絵は不要なのよ」 最近は主人公にもデザインがついている作品が多いけれど、今回に関しては不要だと思う。私の立ち絵が増えるくらいなら、奈々や宮崎さんの私服差分を増やして欲しい!! パジャマや水着でもいいよ!! 私が自分の脳内で2人の差分を妄想していると、新谷氏が、全ルートが記載されているスクリプトに視線を落とし、 「ゲームって大変なんだな。こんなに細かく考えなきゃいけないなんて……」 「そうだよね。いつもは自分勝手に楽しんで、自分勝手に意見を垂れ流すだけなんだけど……多少なりとも関わってみると、迂闊に批判出来なくなりそうだよ」 「ゲームの中の僕は、どんなキャラだった?」 「うーん、基本性格はそのまんまなんだけど……そうそう、アレは酷かったね」 「え?」 そう、新谷氏の名誉のために、コレは説明しておかねばなるまい。私は首を動かして彼を見上げ、ニヤリと笑みを浮かべた。 「私が新谷氏ルートに入ったからだと思うけど、新谷氏、自分に好意を持っている宮崎さんの目の前で私に嘘の告白をした挙句、私と恋人同士のフリをしてくれって頼んできたんだよ」 「えぇぇ!?」 刹那、彼が目を見開いて絶叫した。うん、知ってるよ新谷氏、実際の君がそんなこと出来る性格じゃないってことくらい。 私と新谷氏が恋人のフリをしたのはゲーム内のフィクション。実際、確かに、現実世界の宮崎さんも新谷氏に対して積極的だし、私に対しても嫌悪感を持っているけれど、だからといって彼女を騙すようなことは何もしていない……。 ……訂正。ヲタクをバカにされた私の腹いせとして、ゲーム通り、綾美原案・新谷氏と大樹君の三次元BLを見せつけたのは事実だった。いやぁ、実に楽しい思い出ですよ、ハッハッハ。 こうしてみると、何が現実で何が虚構なのか、ゴチャゴチャになりそうになるなぁ……。 それはさておき、ゲーム内の自分(を、モデルにしたキャラクター)の行動に、本気で落ち込んだ表情の新谷氏をフォローしておくことにしよう。 「そんなに落ち込まないでよ。恋人のフリなんて、今まで何度も使われてきた王道展開だから、恋愛ADVとして成立させるには重要なファクターだったんだよ。それに、実際の新谷氏はそんなこと出来ないって知ってるから、逆に新鮮で面白かったよ」 「……そうか、ゲーム内の僕が鬼畜眼鏡だったわけじゃないんだね」 「おいおい、そんなことあるわけないでしょ」 まぁ、他ルートでどんな扱いなのかは、まだ知らないけどね。 自分の中で安心できたのか、一度ため息を付いて普段通りの表情に戻った新谷氏は、手元のスクリプトをパラパラとめくりつつ……ふと、手を止めた。 「新谷氏?」 首だけで後ろを向くのが疲れてきたので、椅子ごと回転させて彼と向かい合い、見上げる。彼は直立不動でとあるページを読みながら……あれ、いつの間にか耳まで真っ赤にしていた。 「新谷氏、どうしたの?」 「……いや、あの、なんというか……」 「ひょっとして、大樹君とのBLエンドのところ読んじゃってるの? 18禁は回避したはずだから、あるとしても上半身裸で抱き合うくらいじゃない? いいじゃないその程度、どうせフィクションだよ。お望み通りの鬼畜眼鏡でしょ」 「沢城はBLに妙な誤解があるような気がするけど……いやそうじゃなくて、その、いくら二次元とはいえ、僕と沢城が、そのー……」 何だこの新谷氏。随分歯切れが悪いというか、なんというか。 「私と新谷氏が、何? っていうかどうしたの? さっきから歯に何か詰まったみたいな言い方してさ」 疑問符だらけの私に、新谷氏は、彼が読んでいた用紙を私に渡した。そこはまだ、私が攻略していないルート。ネタバレになるからあんまり先に読みたくなかったんだけどなー……内心でそう思いながら、ざっと目を通す。 ――1分後。 「……ほっほぅ……なるほど綾美、こうきたか……」 流れを把握した私は、口角を上げ、再度、ニヤリと笑みを浮かべた。 そして、みたび新谷氏に視線を向けると……残念、露骨にそらされる。でもまぁ、それはしょうがないことだろう。 「そりゃあ、新谷氏は複雑な気分だろうけど……でも、朝チュンからのピロートークという流れは、乙女ゲーム的にアリだと思うのよ。それに、何度も言ってるけどフィクションだからコレ。実際にこんな事実ないから、もっと客観的に読めばいいのに」 「そっ、そんなこといきなり出来るわけないだろ!?」 顔を真っ赤にした新谷氏が、ブンブンと首を横にふる。新谷氏がうっかり読んでしまったシーンは、新谷氏トゥルーエンドで、プレイヤーと無事にラブラブになった直後だった。同じ布団で一夜を共にした翌朝、新谷氏がショートケーキに練乳を全力でぶっかけたような甘いセリフを囁いている。うん、ここは必ずスチルが必要だね! 一例を申し上げれば、「こうして今、沢城(ちなみに、名前変更は可能)が隣にいるなんて、夢みたいだ」「これからずっと、僕が独り占めしていいんだよね」「離さないから……ずっと、一緒にいよう」……あれ? この新谷氏、病んでないよね? 個人的にはココを新谷氏にアフレコしてもらいたいところだけど……そこまで遊ぶのはやめておこう。 「さ、沢城は……」 「ん?」 「沢城は……恥ずかしくない、の?」 「うーん、今のところは特に恥ずかしくはないよ。ゲームだし」 しれっと答える私を、心底驚いた表情で見つめる新谷氏。 まぁ、実際にゲームでこのシーンを目の当たりにしたら、それなりの気恥ずかしさに襲われるかもしれないけど、でも。 「なんというか、実際の私と新谷氏って、これだけ同じ空間にいるのに、基本はひたすらソロプレイヤーとして時間を過ごすっていう関係でしょ? ゲームの中の方が、よっぽど健全な友達だった気がするし……それが新鮮で、面白かったんだ」 「……」 新谷氏の無言を肯定だと受け取った。そう、現実の私達は、ゲーム内よりももっとあっさりしている。 互いの趣味に没頭し、たまに休憩してはヲタク談義で盛り上がり、再び己の欲望のまま、趣味に没頭する……それの無限ループなのだから。 確かに現実でも宮崎さんは厄介だし、前述のとおり大樹君と協力して新谷氏から遠ざけたけれど……結局、宮崎さんはどういうわけだか立ち直り、再び新谷氏へ自分をアピールしている。奈々との百合的展開も期待出来ない。 そう、今までのことはゲーム内の刺激的な日々。でも、ゲームだからこその刺激的な時間。 現実の私と新谷氏は、自他ともに認める奇妙な利害関係で繋がっている友達なのだ。 「さて、次は誰にしようかなー……でも、今日はそろそろ――」 「――ゲームの中の方が健全な友達……か」 不意に。 ぽつりと、私の言葉を反すうする新谷氏。 その表情がどこか寂しそうに見えて……私の勢いが急速にしぼんでいく。 「新谷氏……?」 彼はきっと、笑ってくれると思ったんだ。こうやって互いに干渉せず趣味に没頭して、気が向いた時に会話して、たまに食事をして……私にとっては凄く楽しい関係。彼にとっては自室を提供しているから私以上に気を遣う部分があるかもしれないけど、それを差し引いても楽しい思いが残ってくれて……だから、笑ってくれると思っていた。 だけど。 私の目の前にいる新谷氏の表情には、喜びでも呆れでもない、物悲しさがあった。 「もしかして……私、迷惑だった?」 恐る恐る尋ねると、彼はゆっくり首を横にふる。 「いいや、そんなことないよ。僕も沢城を放っておいて読書してるのは事実だし。ただ……ゲームの方が健全っていうのは、ちょっと寂しい気もするかな」 「寂しい?」 彼の言葉の意味が分からず、首を傾げる私。 すると新谷氏は……いつの間にか再び頬を赤く染めて、ぽつりと呟いた。 「だって、僕は……沢城のこと、好きだから」 ……。 ……え? デジャブに目眩がした。そして、次に気づいた時……椅子から豪快に落ちた私は、全身を駆け抜ける痛みに、これが現実であることを嫌というほど痛感したのである。 私はまだ、ゲームの世界にいるのだろうか? 否、受け身をとれずにフローリングへ転がった体は痛いし、心臓が全力疾走後くらいの勢いで波打ってるのが分かるし……それに、 「さ、沢城!? 大丈夫!?」 眼鏡がずれて、視界がブレる。私を心配してしゃがんでくれた新谷氏の表情も……はっきり、見えない。 「新谷、氏……」 「とりあえず起き上がれる? ほら、つかまって」 差し出してくれた手を取り、体を起こす。放心状態の私。そんな私と向かい合うところに座り込んだ彼は、俯いたまま、ぽつりと呟く。 「いきなりこんなこと言って……ゴメン。でも、嘘じゃ……ないから」 「え、えぇっと……あ、いやえぇっと、その……」 「前に沢城が、僕が言ったことしか信じないって言ってたよね。だから、直接言わなきゃって思ってたんだ」 「そ、そっか、そうだよね……えっと……あー、そのー……」 こんな時、なんて言えばいいんだろう。ありがとう? でも、何に対するお礼なんだ? あぁもう出てこい選択肢! 私もラノベ主人公みたいに選択肢が見えるような能力が欲しい!! 青天の霹靂とは、今の私のことを表しているのだろう。驚きすぎて、脳内が真っ白。言葉を紡ぐことも出来ないのに口がカサカサだし、頭に血が登って、クラクラしてきた。 「新谷氏……ちょ、ちょっと、麦茶もらっていい?」 「え? あ、ああ、ちょっと待ってて」 私の要望に応えるため、一旦立ち上がって台所へ向かう新谷氏。その背中を見つめながら……改めて、先ほどの彼の言葉を整理してみようか。 「僕は、沢城のことが好きだから」――前後の文脈や彼の性格から察するに、この「好き」が男女の甘酸っぱい感情を意味していることは認めねばなるまい。 と、いうことは、新谷薫は、沢城都に対して恋愛感情を持っていることになる。 どうして? いやもう本当にどうして!? 私は自分でフラグを立てたつもりなんて毛頭なかった。いや確かに、一人暮らしの男性の部屋に入り浸れば誤解させることだってあるかもしれないけど……でも、あの新谷氏に限ってそんなことはない、そう思って、安心しきっていた。 だって、BL本をキラキラした目で受け取った直後にベッドに転がって読み始めるし、読み終わるまで私とは一切の会話がないし、感想を語るその姿は乙女そのものだし……。 勿論、見てくれはパーフェクトだし、優しいし、気遣い出来るし、八方美人だから苦労していることも多いみたいだけど、誰かを傷つけるなら自分が我慢しようって思っちゃいそうな性格だろうし……。 ――こんな人が彼氏になってくれたら、きっと、人生楽しくなるんだろうな。 そう思ったことがないと言えば嘘になるだろう。でも、いやまさか、でもそんな!! 「こんなゲームみたいな展開なんて嘘だーっ!!」 「沢城!?」 麦茶をテーブルに置いた新谷氏が、唐突な大声にビクリと体をすくませる。 一瞬、視線が交錯した。そして、彼がちょいちょいと私を手招きして、 「麦茶、置いとくよ」 その表情があまりにもいつも通りだったから、思わず拍子抜けしてしまう。ストン、と、肩の力が抜けた感覚に襲われた。 「ふへっ!? あ、ありがとう……ございます……」 変な声が出た挙句、敬語……一旦落ち着こう、そうだ、落ち着こう。麦茶でも飲んで落ち着こう! 立ち上がらずに四つん這いでテーブル前まで移動した私は、彼の正面に座り直した。そして、ガラスのコップを右手でつかみ、その中身を口に含もうとして……。 「沢城!?」 「げふっ、げほっ……!」 本日何度目か分からない彼の声。コップを傾け過ぎてお茶が予想以上に口へ入り込んだ結果……むせた。着ていたTシャツの襟元から胸元にかけてを、お茶が盛大に濡らしている。 慌ててふきんを持ってきた彼は、呼吸を整える私にそれを差し出して、 「大丈夫?」 「だ、だいじょ……げほっ……ご心配、なく……自業自得だから」 あぁもうどうしてこんなに醜態ばかり晒しているんだろう。あぁもう、どうして……。 「……新谷氏、こんな私のどこが……いいと思ったの?」 濡れた部分を拭きながら、単純な疑問を率直にぶつける。気恥ずかしさに負けて、「好きになってくれたの?」とは、聞けなかった。 浅く息をついた新谷氏は、「そうだね、多分……」と、あの時のことを語りだす。 それは、ゲームの続きになるエピソード。 「だから……沢城はこれからも気にせず、僕にBL小説を貢ぎながらゲームをしていればいいんだよ」 にんまりした口元の新谷氏に、私は無言で親指を突き立てて、 「オーケー、把握した。後悔したって知らないんだからね」 改めて、この関係を続けることを互いに約束し――笑みを交わした。 「あー、少しシリアスしたらおなかすいちゃった。新谷氏ー、夕ご飯買いに行かない?」 「え? ああ、別にいいけど……レトルトカレーなら準備出来るよ?」 立ち上がった私に、台所を指差す新谷氏。しかし、今日の私は彼の申し出を断ることに決めていた。 「いやいや、毎回お世話になるばかりだと気が引けるから……よし、ココはバイト料の入った私が新谷氏の財布係になろうじゃなイカ! と、いうわけで、夕ご飯とおやつを調達しに行くのですよ!」 「どうしたんだ、沢城……随分太っ腹だけど、本当にいいの?」 「いいからいいから。行っくよー」 戸惑う彼の横をすり抜け、私は玄関を目指す。少しだけ何かを考えていた彼だったが、結局、私の勢いにおされて……鍵と携帯電話を持って後に続くのであった。 数分後、お弁当屋さんの袋を持った新谷氏と、コンビニスイーツの入った袋を持った私は、アパートまでの道を並んで歩いていた。 車が行き交う県道の歩道に、私達以外の人影はほとんどない。たまに自転車とすれ違うくらいだ。居酒屋の前を通り過ぎると、中から若者の騒がしい声が聞こえてくる……私が苦手な雰囲気のやつが。 タバコと焼き鳥の混ざった煙に顔をしかめながら歩いていると、今まで無言だった新谷氏が、ぽつりと呟く。 「……ありがとう」 「え?」 「沢城は気を遣ってくれたんだよね。僕があんなことを言ったから」 やっぱり気づかれてしまった。慣れないことを唐突にするもんじゃないなぁと思いつつ……でも、それだけじゃないことを、ちゃんと伝えておこう。 「まぁ、正直、それもあるけど、でも、今日はこれから宴なのよ新谷氏。私と新谷氏の奇妙な関係が、これからも続くことを祝して!」 車の音や周囲の喧騒に負けないよう、努めて明るい声を出した。歩きながら見上げた空は薄曇りだけど、隙間から見える星が、何となく嬉しい。 「今まで、新谷氏側の事情は積極的に聞かないほうがいいんだろうなぁって思ってたんだ。宮崎さんも千佳さんも知ってるみたいだから、そこから探りを入れることも出来たのかもしれないけど、コレは、新谷氏から直接聞かないとダメだなって。まぁぶっちゃけ、変に首を突っ込むのは面倒事になりそうだなぁという思いもあったけど、本人が話したくないことを外野から聞き出すなんて、絶対にやっちゃダメだって思ってた」 そう、本人が言いたくない事実を本人以外から聞き出そうとするなんて、新谷氏への裏切りに思えていた。 だから、本人が話してくれるまで待とう、そう言い聞かせて、日常を過ごしてきたんだ。 ただ。 「でも、もの凄くもどかしかったのも事実なんだよねー……信頼されていないんだろうなって思ったりしたけど、そもそも信頼される要素ないじゃん私って。だから、今日、新谷氏が私に話してくれて、地味に嬉しかったんだ。やっと全員と同じ土俵に立てたというか、これで私も、少しは信頼してもらえたのかなって、さ」 「……ゴメン。沢城を信頼してないとか、そういうつもりじゃなかったんだ。ただ……」 「いいよ、新谷氏の感覚は正常。まだ1年くらいしか時間も経過してないんだから、笑い話になんて出来るわけないんだよ。むしろ、よく話してくれたなーと思ったし。それが多分嬉しくて、財布の紐が緩んじゃった、と、そういうわけなのですよ」 彼の荷物を背負うことは出来ないけれど、その荷物を重く感じないような、楽しい時間を提供したい。 それが、今の私の役割に思えたから。 大通りから角を曲がり、突き当りのアパートを目指す。いきなり喧騒から遠ざかった空間で、私と新谷氏の足音が妙に響いた。 「だからね、新谷氏……これからも、私に変な気を遣う必要はないから。互いに詮索しない、目の前の嗜好品にのみ集中するって関係で、今まで上手くやってきたんだからね。でも……私でよければ、話し相手にはなれるから。あんまり1人で鬱々と考え込んじゃダメだよ」 こういう私に、黙っていた新谷氏がプッと吹き出して、 「沢城が僕の話し相手になってくれるの? ゲームしか目に入ってないのに?」 「うっ、うるさいなー……そういう心構えがあるってことだけ知っててくれればいいよっ!」 思わぬ反撃にたじろぎながらも、私達は並んで歩いて、その後、一緒に夕食を食べた。 そして当然のようにゲーム&読書タイムに突入し、日付が変わる前に別れたのだ。 「あの時の沢城の距離の取り方が、僕にとっては凄く心地よかったんだ。でも、それと同時に、今までの沢城にはどんなことがあって、今の沢城になったのか、気になるようになった。沢城って自分のことは一切語らないし、香月さんに何となく聞いてみたこともあるけど、彼女も大学からの知り合いだから分からないって言われて……」 「そ、そうなの……」 まさか、奈々にまで探りを入れていたとは……知らなかった。 しかしながら、私の高校生活は波瀾万丈とは程遠く、実に内向的なものだった。綾美や他の友達と知り合えたことは非常に大きいけれど、それくらいしか収穫もない。共学だったけど、男子生徒と話をしたのは必要事項くらいのものだった。俗に恋バナと呼ばれる話には一切花が咲かず、アニメ、漫画、ゲームの話題ばかり。 リア充爆発しろ、そう思っていた……なんてこと、言えるわけないじゃないか……。 その反動が今、一気にきているのかもしれない。目の前には私に好意を寄せているらしいイケメンがいっぴき。ゲームでこれから攻略しようとしていたのだが、現実で立場が逆転してしまうとは思わなかったよ。 私が自分の過去を思い返してなんとも言えない気持ちになっている時、正面の新谷氏は、優しい笑顔を向けてくれた。 ……ヤバい、意識しちゃうじゃないか。口にたまった唾を飲み込む。 「それから、沢城のことが気になって……大樹に相談してみたら、ニヤニヤしながら「恋心入っちゃったかー」なんて言うから、茶化すなって怒ったりしたんだけどね」 大樹君、みでしみんだったのか……いいよね小紅ちゃん。ロリ小姑も捨てがたいけどね。 「気づいたら、部屋にいる沢城を目で追うことが増えたんだ。距離を縮めたいと思ってたけど……沢城は、僕との間に恋愛関係はいらないって思ってるよね。どうしたものかと思っていた時に、あの、停電があって……」 「……あ」 そういえばすっかり忘れていた。確かお盆前の時期だったと思うけど、ゲリラ豪雨と雷が酷かった夜があって、ゲーム中に停電するという悲劇に見舞われたのだ。 ……私と、新谷氏、2人して雷が大っ嫌いだということが判明し、2人してガクブルしながら、いつも以上に近い場所で、停電をやり過ごしたことがある。 「あの時、沢城とアニゲー縛りのしりとりしただろ? 決着が付く前に復旧したけど……いつもなら辛いはずの時間も辛くなかった。それに、あんなに情けない姿を見せても、沢城は僕を笑ったりしなかったから」 「わ、笑ったり出来るわけないじゃない……お互い様なんだから」 というか、新谷氏に強キャラは求めてないから、むしろポイントが加算されるところだと思うよ。 でも確かに、あの時のしりとりは思わぬ盛り上がりを見せた。特に、ラブライブ→ブリドカットセーラ恵美→未確認で進行形→イオシス、という謎の流れ。新谷氏が「ラブライブ」や「未確認で進行形」を知っているとは思わなかったけど……恐らく大樹君の影響だな。間違いない。 うっかり「ぶらばん」って言って、ゲームを終わらせるところだったよ……ありがとう、ブリドカットセーラ恵美さん! 私があの時の自分にグッジョブ!と思っていた時、一息ついた新谷氏が、手元の麦茶を一口飲んでから、言葉を続ける。 「って、キッカケは多分、こんなことだと思う。僕はこれからも沢城と一緒に……出来れば、もう少し近い場所で一緒にいたいと思ったから、一方的に思いを伝えることにしたんだ」 「……」 一方的に、だなんて……寂しいいこと、言わないでほしかった。 そりゃあ今は混乱しまくっていて、どう答えていいのか分からないのが正直なところなんだけど……でも、 「……嫌いじゃ、ないんだよ」 コレが、今の私の本音。 「新谷氏のこと、嫌いじゃないんだよ。むしろ、人として見習いたいところあるし、側にいて楽しいことばっかりで……ただ、その、えぇっと……ゴメン、ちょっと、整理する時間が欲しい。正直、驚いて……混乱してる」 そしてこれも、間違いない本音。 情報が一気に押し寄せて、私はどこに流れていけばいいのか、自分の進みたい方向を見失いそうになっている気がする。 だから……少しだけ、時間が欲しかった。 たとえ、結論が変わらなかったとしても。 そんな私に、新谷氏は笑顔で頷いて、 「焦らなくていいから。ゆっくり考えて……沢城の答えが出たら、教えて欲しい」 その言葉に、私も一度だけ頷いた。 そして、 「えぇぇぇっ!? どうしてその場で答えてあげなかったの都ちゃんってばーっ!!」 「まぁまぁ奈々ちゃん落ち着いて。その辺をこれからじっくり、たっぷりと聞いてあげようじゃない」 ……あれ? どうして私の目の前には奈々と千佳さんがいるの? 思いだせ沢城都、あの後、新谷氏の部屋を出て自分の部屋に戻ろうとしたら、階段のところで奈々と千佳さんが立ち話をしていて、挨拶だけでスルーしようとしたけど、私の挙動不審ぶりを不審に思った千佳さんが、 「沢城ちゃん、顔が赤いけど大丈夫? 新谷君と何かあった?」 と、聞いてくれて、放心状態の私が、 「いえ、その、大丈夫です。ちょっと新谷氏から告白されて、動揺してるだけですから……」 なんて馬鹿正直なことを呟いてしまったものだから、 「うっふっふ……沢城ちゃーん、そのお話、今すぐお姉さんに詳しく聞かせてくれるわよねー」 「あぁっ! 千佳さんズルいです! 奈々もその女子会に参加しますっ!!」 という流れで、千佳さんの部屋にお邪魔することになったんだったーっ!! ……自業自得じゃないか。ゴメン、新谷氏。 初めてお邪魔する千佳さんの部屋は、間取りや大まかな家具の配置こそ私や新谷氏と同じだけど、テーブルやシーツ等がモノトーンで統一された、落ち着きのある空間だった。センスが良い人って羨ましいなぁと心の底から思いつつ、丸テーブルの周囲に配置されたドーナツ型のクッションに腰を下ろすと、奈々が私の右隣にぺたんと座り込む。 台所から人数分のティーカップをお盆にのせて運んできた千佳さんが、各々の前にカップを置いた。白いシンプルなマグカップからは、オレンジピールの甘い香り。奈々と2人して、思わず無言でその香りを堪能してしまう。 一口チョコレートや個包装されたビスケット等が盛ってあるカゴをテーブル中央に置いた千佳さんが、無言で匂いを嗅いでいる私と奈々を交互に見やると、 「勝手に紅茶にしちゃったけど、苦手だったら遠慮なく言ってね」 そう言って腰を下ろし、中身を一口すすった。 つられて私も一口。苦味はなく、甘くて優しい味。心の底からホッとしてしまった。 そんな私の様子を見ていた千佳さんが、「さて」と話を切り出す。 「んでんでんで〜、遂に新谷君から告白されちゃった感想を聞いてもいい〜?」 「感想、と言われても……正直、本当に考えたことがなかったので、どうすればいいのか分からないんです」 「どうすればいいか分からない、ってことは……沢城ちゃん、まだ、新谷君に返事してないってこと?」 「へっ!? そんなの当たり前じゃないですか! いきなりあんなこと言われて、その場で決められるわけがっ……」 刹那、奈々が飲んでいた紅茶を吹き出しそうな勢いで私を見つめる。 「えぇぇぇっ!? どうしてその場で答えてあげなかったの都ちゃんってばーっ!!」 「まぁまぁ奈々ちゃん落ち着いて。その辺をこれからじっくり、たっぷりと聞いてあげようじゃない」 千佳さんがチョコレートを口の中に放り込み、ニヤリと、綺麗な口元に笑みを浮かべた。 「要するに、新谷君からの告白は、沢城ちゃんにとって青天の霹靂だった。新谷君からのアピールが足りなかったのか、沢城ちゃんのスルースキルが高いのか分からないけど、とりあえず彼への答えは保留にしてきたってことだよね。ってことは……沢城ちゃん、新谷君のこと、そこまで好きじゃないの?」 「と、言われても……本当に考えたことがなくて……」 お恥ずかしながら、リアルでの恋愛経験がゼロである私に、新谷氏からの好意(部屋でゲームをさせてくれる、たまにご飯もくれる、話し相手にもなってくれる)が、誰に対しても同じことをするのか、同士を迎え入れたときのものだったのか、恋人になりたいからポイントを稼ぐためのものだったのか、なんて、判別出来るわけもない。 というか……こんな私に女性としての価値を求めてくれる存在が現れるなんて、思ってもみなかったのだ。 それに、 「どうして私なんだろうって……新谷氏に好意を向けている女性なんて、日替わりで現れるくらい多いですよね。その中には当然、宮崎さんみたいな美少女もいるわけで、言葉は悪いですけど選びたい放題じゃないですか。なのに……」 「そりゃあ沢城ちゃん、新谷君が求めていたものは、外見じゃなかったってことでしょ」 「そうかもしれませんけど、でも……」 どうして、私なんだろう。 確かに私は、彼の趣味を知った上で親しくなってきた。その上で今の関係が成立しているわけで……これ以上にもこれ以下にもしなくていいじゃない、現状維持で何が悪いんだ、そんな思いが渦巻いている。 それに……あの新谷氏の彼女になると、間違いなく今以上に妬まれるだろう。もう大学生なんだから、露骨なイジメみたいなことはないと思うけれど、思いたいけれど……目立つことは嫌いだ。 煮え切らない私の態度に、千佳さんは紅茶をすすりつつ、言葉を続ける。 「あたしの主観で申し訳ないけど、新谷君、ずっと沢城ちゃんのことを気にしてたと思うわよ。たまに立ち話することがあるんだけど、自分のせいで沢城ちゃんが嫌な思いをしてるんじゃないかって、心配してたこともあるし」 「私が……嫌な思い?」 「ほら、えぇっと……そう、宮崎林檎ちゃん、だっけ? 彼女みたいな分かりやすいライバル視とか、他の新谷君ファンによる陰口とか、そういう感じのやつよ。それらが全部、自分よりも沢城ちゃんに向けられてること、本人なりに気にしてたから。だったら沢城ちゃんと付き合ったことにでもして彼女を守れって言ったこともあるし」 「えぇぇ!?」 驚いて、思わず大きな声を出してしまった私に、千佳さんは大きなため息をついて続ける。 「その時は「考えておきます」なーんて言ってたんだけど……結局、いつの間にか好きになってて、でも、今日までその思いは沢城ちゃんに伝わらずじまい。あれだけ2人っきりのチャンスがあるんだから、もっとアピールしろって言っておけば良かったわね」 「アピール……」 新谷氏がそんなことを考えてくれていたなんて、ちっとも気が付かなかった。 それは、私が意図的な無関心を装っていたから? 私は、新谷氏が発していたメッセージに気がつけなかった? ――彼に深入りすると面倒なことになるって思ってた? 正直、そう思っていたこともある。だから、意図的な無関心を装った。 そう思っていた私に、新谷氏からの好意を受け入れる資格なんて……あるんだろうか。 俯いた私に、奈々がぽつりと呟く。 「都ちゃん……考えすぎだと思います」 「え?」 顔を上げた私の額を、奈々はピッと指差して、笑顔を向ける。 「ほらほら、眉間にシワ寄っちゃってますよ。難しく考えすぎなんだってば」 「そんなこと言われても……考えちゃうでしょ」 「何をですか?」 「だから、どうして私なんだろうとか、新谷氏には何か考えがあるんじゃないだろうかとかっ!!」 「論破しまーす。どうして都ちゃんなのかは、新谷君が都ちゃんのことが好きだから。新谷君に考えがあるかどうか? あの新谷君が、そんなに腹黒い人だとは思えませんね。それは、都ちゃんが奈々よりもよく知ってることだと思ってたけど、違いますか?」 「ぐぬぬ……」 言いくるめられた私にドヤ顔を向ける奈々は、私の口の中へ強引にチョコレートを放り込んで、笑顔を向けた。 「こういうことって、直感に従えばいいんじゃないかと思いますよ。都ちゃんが新谷君を好きかどうか。それに……もしも都ちゃんが、周囲の女の子を気にしてるんだったら、奈々的には「何を今更!?」なのですよ。だって、そんな女性たちの目を気にせずに、今まで新谷君の部屋に入り浸ってた都ちゃんでしょ?」 それは……まぁ、確かにそうなんだよね。今までは「彼女でもないクセに彼の部屋に入り浸るなんて! ムキー!」だったのが、「彼女面しちゃって生意気よ! ムキー!」に変わるだけなんだよね。 むしろ、「彼女」っていう大義名分があれば、今以上に部屋へ入り浸っても問題ないのかな? あれ、ちょっと魅力的に思えてきたぞ、新谷氏の「彼女」。 ……って、打算的に考えてしまう自分が、今はあまり好きになれない。 それに……私にはもっと気になることが、どうしても、1つ。 「2人に参考までに教えて欲しいんですけど……恋人同士になったら、何をすればいいの?」 そう、ココが悩みどころ。いざ恋人になったとして、今後の私達はどうなっていくのか。 そ、そりゃあ、私だってそーゆーゲーム的な知識ならありますよ? 大切なことはゲームが教えてくれたよ? でも、そのゲームの知識に頼ると、大人への階段を数段飛ばしで登ってしまうことにもなりかねない気がするんだよ……そ、そりゃあ、最終的にたどり着くのはそこかもしれないけど、でも、そこに至るまでにはどうすればいいのか分かりません! 誰か教えてA to Z!! 勇気を振り絞って尋ねた私に、千佳さんは首を傾げつつ答えてくれる。 「何をすればいいかって……デートとかじゃないの? 新谷君、あんまりアウトドアなイメージないけど。っていうか、そういうことは新谷君と話し合って決めればいいじゃない」 そうか、デートか!! プールで水着イベントや、お祭りでの浴衣イベントはお約束じゃないか! 冬ならばクリスマス的なイルミネーションを見に行けばいいんだよね! それを忘れていたなんて私としたことがっ! しかし、私達の好きなことは果てしなくインドアなものばかり。もっと親しくなったら、一緒に買い物とかに行きたくなるのだろうか……アニメイト以外のお店にも。 私が脳内であれこれ考えていると、奈々が右手を挙げて「しつもーん」と私を見つめる。 「結局のところ……都ちゃんは、新谷君とお付き合いするんですか?」 「……それは……」 口ごもってしまった。それは、私の中にまだ明確な回答が浮かんでいない証拠。 「……今の関係が居心地良すぎて……壊したくない。恋人になったら、何か変わっちゃいそうな気がして……」 怖いんだ、私は。 一歩踏み込んだ結果、今よりも関係が悪くならないのか、悪くなる可能性があるんだったら、踏み込まないほうが良いのではないか。そんなことばっかり考えて……踏み出せない。 そんな私に、奈々はビスケットを食べながら嘆息した。 「……なんにも変わんないと思う。やっぱり奈々は、都ちゃんの考え過ぎだと思うんですけどねー……」 翌日の日曜日。互いに午後から用事があるので、午前中の待ち合わせになっていた。 綾美と会っているいつもの場所に向かうと、店の中でコーヒーを飲みながら待っていた彼女が、私の姿を見るなり足を組み替えて、一言。 「都……寝不足って顔してるわよ。まるで昨日突然BL君から告白されて悩んでるみたい」 私の現状を的確に言い当てた綾美が、ニヤリと口元に笑みを浮かべた。それで私もある程度察する。 うわー……その顔、絶対知ってるじゃないか私の現状を。大方、大樹君から情報が回ってきたのだろう。説明する手間が省けるのは助かるけれど、でも、綾美にリアルな恋愛相談をするのは初めてだ。果たして、どんなアドバイスを頂戴出来るのやら。 綾美の前に座り、私もコーヒーを注文した。正直寝不足というか、ほとんど眠れなかったから……今日はこれからバイトなのに困るなぁ。自業自得だけどさ。 程なくしてコーヒーが目の前に運ばれてくる。眠気を覚ましたくて、ブラックのまま一口すすった。当然のように苦い。もう一口飲んでみるけれど、苦いだけで……ダメだ、頭は冴えない。 ブラックコーヒーは諦めて、いつもどおり、ミルクと砂糖を手にとった。そういえば、新谷氏が部屋で出してくれるものには、最近、最初から入っているようになってたっけなぁ……私、教えたことないのに。 それだけ、私のことを気にかけてくれていたのか……それとも、これが、新谷氏のデフォルトなのか。 無意識のうちにため息をついていた。空気が重たい私の前に、綾美が毎度おなじみ、文庫本が入っている青い袋を差し出す。 「はいコレ、いつもの。そういえば、ゲームはプレイしてくれたの?」 「へっ? あ、ああ、一応新谷氏ルートを1週……友達エンドだったけど」 そういえば、あのゲームでも私と彼は友達止まりだった。それは全て、私の選択によるもの。今のままの自分では、それ以上先に進めない……そう見せつけられた気がした。 綾美は自分のコーヒーを一口すすると、ぼんやりしている私をちらりと見つめ、 「あのゲーム……BL君、もとい、新谷君に頼まれて、都にテストプレイヤーやってもらったのよ」 「え?」 「ほら、ゲームのシナリオを作る時に、都に色々と聞き込みをしたでしょ? 同じことを大樹を通して新谷君にもしたの。その時はまだ、都のこと、意識してなかったみたいだけど……あんたのことを意識するようになってから、何度か大樹に相談してたみたいね。んで、大樹からあたしに話が来て、何とか都の関心を自分に向けられないかと思った結果、あのゲームを通して少しは彼を意識してくれればいいかなー……なんて思ってたのよ。そのために、キャラクターの名前を全員実名のままにしておいたんだから。でもまさか、告白までしちゃったとは思わなかったわ」 「綾美も前から知ってたんだ……」 本当に、知らなかったのは私だけなんじゃないかと思ってしまう。それだけ私が鈍いのか、それとも……。 あぁもうダメだ、また落ち込みそうになってしまう。こんな私が新谷氏の彼女になっていいのか? そもそも私は……彼女になりたいと思っているのか? 悩みだすとマイナスオーラしか発していない私に、綾美は机に頬杖をつきながら問いかける。 「……で、都はさっきから何をウジウジウダウダグダグダ悩んでるのよ」 「なんかもう……何を悩んでるのかも分からなくなりそう」 「らしくないわねー面倒な女ねー、都はもっとスパッとしたものの考え方をするんだと思ってたわ」 「私もそう思ってたんだけど、今回は全然ダメなんだよぉぉ……」 頭を抱えて涙目になる私に、コーヒーを飲み干した綾美が、脇に置いていたトートバックからA4サイズの茶色い封筒を取り出した。 「はいコレ、あげる」 「綾美……?」 彼女にBL本以外のものを頼んだ覚えはなかった。首を傾げつつ、ちらりと中身を見て……。 「えぇっ!? ちょっ……綾美、これって……」 そこに入っていたのは、ゲーム内での新谷氏が、後ろ姿しか見えない女性を抱きしめた状態でイタズラっぽく舌を出しているイラストだった。 ゲームのポスターの見本かと思ったけど、これ……手描きのイラストだよね。 もしかしてだけど、この女の子って……私が尋ねるより早く、綾美がニヤリとほくそ笑む。 「いいから受け取っておきなさい。願わくば、このイラストみたいになってくれることを願ってるわ」 そう言ってくれた彼女の笑顔が、立ち止まって動けない私の背中を、少しだけ押してくれた気がした。 しかし、状況に変化がないまま、更に3日が経過してしまった。 その間、新谷氏とは会っていない。メールも返信出来ないままでいた。今出会ってしまったら、私は彼に答えを告げなくちゃいけない。それがイエスでもノーでも彼は受け入れてくれるだろう。でも、それによって、今後の関係性が大きく変わってしまう。だからこそ慎重になってしまうんだけど……こんなに考えがまとまらないなんて、自分に嫌気がさしてきた。 大学からアパートまでの帰り道、大通りから細い路地に曲がり、無意識のうちにため息をついていた。 季節は秋へシフトしていく。蒸し暑かった空気もいつの間にか乾いて、太陽の光も穏やかになる。そして……たまに吹き抜ける風が、冷たい。 肩にかけている鞄が地味に重たかった。教科書や参考書籍が入っているのは勿論だけど、新谷氏に渡す予定の本も、ずっと持ち歩いているのだ。今日こそ彼に会おう、会って伝えよう……会う口実はあるというのに、気持ちばかりが先行して、具体的な一歩を踏み出せないでいる。あぁもう、綾美の言うとおりじゃないか、どれだけ面倒な女なんだ私は。 もしも私が新谷氏の立場だったら、そろそろ何かアクションが欲しいところだ。彼は優しいから、絶対に私を急かしたりしないけれど……その優しさにいつまでも甘えているわけにはいかない。これは、私が決めなきゃいけないことなんだから。 ……でも、決められないんだよなー……。 ――かつ、ん。 前から、ヒール靴の音が聞こえた。 俯いていた顔を上げた私は、目の前にいる彼女を認識して……そりゃーもう、苦々しい表情をしてしまったのだろう。 「人を見るなり、そんな顔しないでもらえる? 不愉快なんですけど」 私の10メートルくらい先に立っていた宮崎さんが、虫を見るような目で私を見つめていた。 ……どうして彼女がこんなところにいるんだろう。 「あ、あのー、宮崎さん……どうしたの?」 「沢城さんにちょっと聞きたいことがあって、待ってたの」 素直に答えてくれた宮崎さんが、動けない私の代わりに、コチラへヒールの音を響かせながら近づいてくる。 今日の彼女は髪の毛をおろし、落ち着いた赤いニットとブラウンのスカート、膝までのハーフブーツという秋色な出で立ち。これだけで女子力の違いが分かるってものですよ……いやー可愛い。 長袖Tシャツの上からパーカーを羽織り、下はジーパンとスニーカーという私とはほぼ対局に位置する彼女は、私が脳内でデレデレしていることなど気づいていないだろう。いや、バレたら大変だけど。 思わず緩みそうになった口元を引き締めた。多分、今の宮崎さんは、私に対して敵意しか持っていないはずだから。 案の定、私と1メートルの距離まで近づいてきた彼女は、私を上から下まで値踏みするように眺めた後、こう言った。 「……どうして、先輩に答えてあげないのよ」 「え?」 刹那、私の背中を冷や汗が流れていく錯覚。いやちょっと待ってくださいよ宮崎さん、まさかとは思っていたけど、今の私と新谷氏がどういう状況なのか、把握しちゃってるわけですか!? 情報源はどこだ!? 裏切り者は誰だーっ!! でも、もしかしてみんな知ってるの? 知らないのは私だけってこと? 「あ、あの宮崎さん、その情報、どこで……」 「それは言えないわ。でも、あたししか知らないし、言いふらすつもりはないから」 「あ、そう、です、か……」 とりあえず、宮崎さんは口が軽いタイプではないだろう……そうだと信じたい。信じてるからね! 秋空の午後、ヒールのおかげで私と向かい合っている宮崎さんは、どう見ても煮え切らない私の様子に、苛立ちを隠しきれなかった。 「新谷先輩から告白されたんでしょう? さっさと白黒つけてもらわないと、あたしもどう動いていいのか分からないから困ってるのよね」 「そんなこと言われても……第一、宮崎さんの事情なんて知らないよ」 「あら奇遇ね。あたしも、沢城さんの事情なんて知らないの。先輩が沢城さんに告白したってことは、あの時の男性とは上手くいかなかったってことだから、あたしとしても早めに自分の行動計画を立てたいのよ」 ……あ、まだあの話を信じてくれていたのか。彼女の中で特に疑問もなく処理できているのであれば、私から真実を告げる必要はないだろう。 「それに、悩むってことは先輩のことを好きじゃなくて、どう断ればいいのか悩んでるってことでしょう? だったら簡単よ、先輩にはハッキリ言ってあげてね。変に期待を持たせると先輩が可愛そうだから。そうしてくれると、傷心の先輩にも近づきやすくなるわ」 「宮崎さん……前々から思っていたけど、割とゲスいところあるよね」 「それだけ、先輩に本気ってことよ。あたしは2年……ううん、それ以上思い続けてきた。お姉ちゃんとのトラブルがあって、先輩と会う機会もなくなって、諦めようと思ったこともあるわ。でも、志望大学が同じだって分かって、本当に嬉しかったの。これはきっと、大学で再会する運命なんだって……まさか、こんな厄介なライバルが現れるなんて思ってなかったけどね」 どうやら私は、一応、宮崎さんの中でライバル認定されているらしい。嬉しくないけど。 「はっきりさせましょうよ、沢城さん。あなたは先輩のことが好きなの? それとも何とも思ってないの?」 「それは……宮崎さんには関係ないでしょ!?」 「いいえ関係あるのよ。あなたの答えによっては、今後のあたしの行動が――」 ……ああ、もう嫌だ。 どうして私は、こんなに、こんなに……っ!! 「好きだから悩んでるのよ!! 大事なことなんだからじっくり考えさせてよね!!」 宮崎さんの言葉を遮って言い返した瞬間、今まで出てこなかった言葉が、堰を切ったように溢れ出してくる。 あぁもう、どうして私はこんなに、自分の素直な感情を言葉にして伝えるのが苦手なんだろうか。 「何とも思ってなかったら、即効でその場で断ってるわよ! でも、突然だったから動揺して返事も出来なかったし、時間をもらって何かそれっぽい言葉を考えてみるけど何も浮かんで来ないし! そもそも私国語苦手だしっ!!」 宮崎さんは何も言わず、ただ、無言で私を見つめている。 「そもそも……私と新谷氏が釣り合いとれてないなんて、私が一番よく分かってるんだよ! だから、深く関わるのはやめようって思った、彼のことを知ったら……私も好きになっちゃうかもしれないって分かってたから! でも、あんなことになって、新谷氏はもっと可愛い彼女を探せばいいのにって……どうして私なんだろうって、ずっと考えてた。でも分かんないの、私は新谷氏じゃないから、あの残念なイケ眼鏡が何を考えているかなんて分からないんだよ!」 「残念なイケ眼鏡……沢城さん、先輩のことそう思ってたの?」 「だってそうでしょう!? 自分はハーレム作れるくらいモテまくって、浪人しても予備校通わずに合格出来るくらい頭も良くて、眼鏡かけてて、誰に対しても優しくて……これだけハイスペックなのに女性として意識してるのは私、なんて、残念にも程があるわよ! どーなってんのよ新谷氏の頭の中は!」 そう、彼は非常に勿体無い、残念な人なのだ。本気を出せば選びたい放題の女性たちには目もくれず、私が持ってくるBLに陶酔し、運び屋の私にはパソコンや食料を供給してくれる、実はたまに大学のレポートも手伝ってくれる、非常に「良い人」。 ……だからこそ、私の前では、コレ以上「良い人」じゃないくていいと思うんだ。 「私は……そんな新谷氏が非常に気になってる。寝ても覚めても考えてる。そうよ、恋心入っちゃったのよ戸惑いつつ入っちゃったのよ! それを今、もう少し整理して本人に伝えようと頑張ってるところだから……外野は引っ込んでて! これ以上、余計なこと言わないで!!」 一気にまくし立てた私は、両肩で呼吸を整えていた。声の大きさとか内容とかどうでもいい、こうやって自分の口から出た言葉が、今の私に一番必要な……正直な想いだから。 そして、改めて自覚したというか、自分自身がどう思っていたのか、ハッキリした。 どうやらというか、やはり私は、新谷氏のことが好きになっていたらしい。こういう形で自覚するのは自分でもダメじゃんと思うけれど……うん、よかった、スッキリしたよ。 意外にも、私の叫びを最後まで聞いてくれた宮崎さんは、ふと、目を細めて腕を組み、「面白くないわー」という表情になると、ちらり、と、私の背後に視線をうつし、 「……だ、そうですよ、先輩?」 嫌味たっぷりの口調で、そう、言った。 ……え? …………せ、せせせ先輩? 嫌な予感しかしない。全身の毛穴から冷や汗が吹き出し、真夏でもないのに汗が垂れてきそうだ。錆びついたロボットのようにぎこちない動きで振り返った私は……口元を抑えて、それでも赤面を隠し切れない新谷薫と、目が、合う。 ――うわぁぁぁっ!? 「うわぁぁぁっ!? し、新谷氏!?」 彼を認識した途端、全員が震えた。心臓がうるさいくらい脈打っているのが分かる。まさか、まさか……その可能性にかけて、私はぶっ倒れそうになる自分を何とか保ちつつ、彼に問いかけるのだ。 「あ、あのー……さっきの言葉、聞いてた?」 彼がたった今、私が話し終えた瞬間にこの場へやってきた、彼はイヤホンをしていて私の言葉など何も聞こえなかった……という可能性を信じて問いかけると、彼は、無言で首を縦に振った。 ――うわぎゃぁぁぁっっ!? 刹那、私はその場からアパートへ向けて走りだしていた。 「あ、ちょっ……沢城!?」 数秒遅れて私の後を追う新谷氏。そんな彼を無言で見送った宮崎さんは……彼の後ろから悠然と歩いてきた人物に、これまでで一番苦々しい表情を向ける。 「……これで満足なの? 香月さん」 「はいっ! さすが宮崎さんです、お疲れ様でした」 フリルの付いたワンピースが似合う奈々は、ツーテールをひょこひょこなびかせながら宮崎さんへ近づき、横に並ぶと……ため息をついた。 「ほんっとうに、世話が焼ける2人なのですよー。まさか、恋敵の宮崎さんの力を借りることになるとは……都ちゃんの鈍感さと考えすぎは、時に残酷なのですね」 「……そういう香月さんも、友達の恋敵に情報を流しすぎなんじゃないの?」 横目で見る宮崎さんに、奈々は首を横に振る。 「いえいえ、このくらいなら問題無いと判断してますです。宮崎さんには申し訳ないですが、新谷君の都ちゃんに対する思いが半端無くピュアといいますか……放置プレイされてもひたすら待ち続ける姿を見るのが、ちょびっと痛々しかったのですよ。これは都ちゃんが出ている答えから目をそらして放置したバツなのです」 「問題ない、ねぇ……沢城さんの猿芝居の情報も流してきたくせに……」 「猿芝居? 奈々は「新谷君と都ちゃんは相変わらず仲良しだし、都ちゃん以外の人の出入りは見られない」と言っただけなのですよ。宮崎さんが何を見たのか、奈々は本当に知りませんよ」 上目遣いで宮崎さんの顔を覗きこむ奈々は、その口元にニヤリと笑みを浮かべる。 「目の前であんなのを見せられた後に、こんなことを言うのは心苦しいのですが……宮崎さんにはまだまだ新谷くんを諦めないでいて欲しいのですよ。でないと、奈々もつまんないですからねっ」 「言われなくても、この程度で諦めたりしないわよ。あたしは……沢城さんなんて、認めないんだから」 そう言った宮崎さんの表情は、何かを吹っ切ったような……そんな晴れ晴れしさがあった。 「――沢城、待って!!」 マンションの前で新谷氏から鞄を掴まれた私は、その場に立ち止まるしかなかった。 突然に全力疾走したものだから、息があがり、膝が笑いそうになっている……普段の運動不足を猛烈に呪いながらも、新谷氏から顔を背けることしか出来なかった。 「沢城……あの、さっきの……っ……」 私と同じように呼吸が乱れている新谷氏だが、それでも、鞄を掴んだ手を離してくれそうにない。 あぁもうどうした覚悟を決めたんだろう沢城都、自分の気持ちを確認して、後はそれを新谷氏へ伝えるだけだ、しかも新谷氏本人があそこまで聞いているなら話は早いじゃないか! だから……だから言っちゃえ! 勇気を出して、本当の気持ちを! 「あ、の……新谷氏、私……」 「沢城……」 「……喉が乾いた……お茶、飲みたい……」 「……いいけど、また吐き出さないでね」 苦笑いを浮かべながら、新谷氏は私の鞄を離してくれた。そして、自分の鞄から鍵を取り出しつつ、自身の部屋を目指して歩き出す。 そんな彼の背中を見て歩きながら……ふと、思った。新谷氏の顔を見るから緊張してしまうのではないか? 彼の背中を見ながらだったら、動揺せずに、自分の気持ちを伝えられるのではないだろうか。 そう、思ったから。 部屋の前まで来て、彼が鍵を開けて、扉を開く。 私も後に続いて……靴を脱ぎかけていた彼の背中に、抱きついた。 ……あれ? これでいいのか? 「さわっ……!?」 動揺した彼の声が上の方から聞こえた。でも無視、今はとりあえず無視っ!! 体をねじって私を確認しようと頑張る新谷氏に、巻きつけた腕の力を強くすることで抵抗する私。 「あっ、あの沢城!? どうしたの? いきなり走って気分でも悪くなった? 脇腹でも痛いの? 確かに僕たちは運動不足だけど、でも、あれくらいの距離で体を悪くするのは……」 「失礼なこと言わないで! さすがに大丈夫だよっ!!」 天然なのか意図的なのか分からない新谷氏のボケっぷりに、思わず腕の力が抜ける。初めて新谷氏の体温を間近で感じた。暖かくて……安心出来る。強ばっていた体が、すっと楽になったような感覚。 今なら、言える。 「あ、のね……新谷氏、こんな私でよければ、彼女に……してくれるかな」 「……っ!」 新谷氏が息を呑んだのが分かった。表情は見えない、願わくば……不安な表情でありませんように。 今まで待たせたのが何だったのかと思うほど、すんなり出てきた言葉だった。 しかし、新谷氏が無言になってしまったので、私は焦って言葉を続ける。 「いっ、今のうちに断っておくけど、私、基本スタイルを変えるつもりはないからね。これからも新谷氏には綾美からのBL本とかを届けに来るし、私はこの部屋でギャルゲーさせてもらうし。ただ……」 ただ、そこから先は少しだけ、今までと違う時間の過ごし方をしようと思っているんだ。 「ただ……1日30分くらいは、2人で話す時間を作りたい思ってる。私、もっと新谷氏のこと……知りたいから」 「沢城……」 「私、ご覧の有り様で女子力とは程遠いし、やっぱりギャルゲーが好きだし……でも、新谷氏が好きだから、BLだって勉強するよ! とりあえずパソコンで「学園ヘヴン」と「鬼畜眼鏡」から頑張るからっ!」 「いきなり18禁から!? さ、さすが沢城、僕に出来ないことを平然とやってのける……」 「へっ!? そうなの!? さ、さすがに18禁から手を出すのは……じゃあ、新谷氏オススメの作品から頑張るよ。取っ付き易くアニメとかゲームだと助かるかな。うん、そんな感じでっ……!」 言い終わる前に、新谷氏が私の手を握りしめた。突然のことに驚いて、背中に抱きついたままビクリと反応してしまう。温かくて大きな手が、私を掴んで離さない。 「沢城は変わらないで。僕は、今の沢城がいいんだ。勿論、BLを知りたいっていうなら協力は惜しまないけれど……無理やり付きあわせたくない。でも、沢城が興味あるんだったら、全力で協力するから!」 ワクワクしている彼の声に、私も覚悟を決めなければならないようだ。努力……します、ハイ、まずはあまりハードじゃない作品からお願いします。 彼の背中に自分の頭をくっつけた。そしてそのまま、グリグリと押し付ける。 「そーゆーわけですからっ! 今後ともよろしくお願いしますっ!」 「痛い痛い、そこは痛いよ沢城……あと、そろそろ靴を脱いでお茶を準備してもいいかな?」 そういえば、一息つこうと思って上がり込もうとしたんだった。とりあえず、自分の言いたいことは言えたし、新谷氏にも伝わった……だろう、多分きっと。これで伝わっていなかったら別の手段を考えよう。 すっかり満足した私は、彼に回していた腕を解いた。自由を手に入れた新谷氏は靴を脱ぎ、冷蔵庫の前へ向かう。後に続く私も靴を脱いで、コップくらい準備するべきかと思ったから、シンクの前に――新谷氏の隣に、立った。 刹那、 「沢城」 名前を呼ばれて彼の方を向くと、 「――へっ!?」 少し強引に腕を引っ張られ、バランスを崩した先に――新谷氏がいて、そのまま、抱きすくめられる。 「しっ……!?」 「……さっきのお返し」 ぼそりと私の耳元でそう呟いた彼が、自分の右手を私の頭にのせた。 身長差があるので、私の目の前には彼の洋服の襟がある。少しでも上を向いて彼の表情を確認したいところなのだが……頭ごとがっちりホールドされていて、そう簡単に動かせなかった。 こ、こういう時は私も腕を回した方がいいんだろうか……突然のことに頭が追いつかず、直立不動のまま、私の両手が行き場をなくしてしまっている。 そんな状況の中で分かっているのは……新谷氏の心臓が、そりゃあもう早く脈打っていることだった。大丈夫かと心配したくなるレベルで。 そのまま、少しだけ互いに無言で時間が流れる。3分くらい経過しただろうか、脈拍が落ち着いてきた新谷氏が、一度、大きく息をついて、唐突に尋ねる。 「……沢城に聞きたいんだけど、ギャルゲーではこういう状況の後、どんな選択肢が待ってるの?」 「え? そりゃあ勿論相手の部屋で……」 勿論、相手の部屋で思いっきりおっぱじめるに決まって……って、そんなこと言えるかぁぁっ!! ナチュラルにとんでもないことを言いそうになった自分を必死で押さえ込んだ。まぁ待て、待つんだ私、ここは私がしっかりしなきゃ! 新谷氏が私にどんな答えを期待しているのか分からないが、私は精一杯言葉を選んで答える。 「……とりあえず、上から脱がせるか下から脱がせるかの選択肢が出ると思うよ。だからここでセーブして、後から差分を回収しに来ないとね」 「ふぁっ!?」 刹那、新谷氏が変な声を出した。腕の力が緩んだので彼の顔を見上げると、色々察した結果茹でダコより真っ赤になった彼が、私から露骨に目をそらす。 おーい……自分で聞いたんでしょー……。 「……新谷氏、私がどんなゲームをプレイしているのか、忘れて聞いたでしょ」 「そ、そんなことないよ! よ、よし、上か、下か……!」 とりあえず、彼の様子を観察してみよう。あさっての方向を見ている新谷氏は、私の頭にのせていた右手を首の後まで下ろすと、フードのパーカーをギュッと握りしめて……。 さあ、下ろすのか? 脱がせるのか新谷氏!? 私が彼の行動を生暖かく見守っていると、プルプル震えていた彼の右手が……急に、ガクリと脱力した。 「……ゴメン、ギャルゲーの展開がそんなに早いなんて思ってなかった……舐めてました」 結局、最後まで彼は私と目を合わせてはくれませんでした。 「新谷氏……何がしたかったの?」 「僕も、沢城が好きなものを勉強しようと思って……丁度、ここからどうすればいいのか分からなくなってたから。でもまさか、手をつなぐより先にそんな展開が待っているなんて思ってなかったんだ!」 いやいや、抱きしめた時点で「手をつなぐ」もすっ飛ばしているような気がするのは私だけなのか? 大きなため息をついた新谷氏が、ようやく私を正面から見下ろす。 「沢城の言うとおり、僕はヘタレで残念な眼鏡なので……過度な期待はしないでください。ダメだと思うことはハッキリ言ってくれていいから」 「いや、私そこまでひどいこと言ってないと思うんだけど……っていうか、新谷氏に攻めの要素なんて期待してないから、大丈夫だよ?」 「それはそれで凹む……」 ゴメン、今、ちょっと面倒って思ってしまった。 でも、その凹んでいる表情は……なんとも言えない、形容しがたい愛しさがあって。 同時に、びっくりするほど無防備だったから。 気がついた時、私は自分から、彼との距離をゼロにしていた。少し背伸びをして、彼の唇に自分のを軽く押し当てる、ただ、それだけのこと。 重なったのはほんの一瞬で、自分でもどうしてそんな行動に出たのか分からないけど、でも――次の瞬間。 どすんっ!! 何か重たい物が床に落ちたような音が響き。 「新谷氏!?」 私の視界から一瞬で消えた新谷氏は……腰が抜けたような姿勢で座り込み、泣きそうな顔で私を見つめていた。 ……あっれ? 「あ、あの、新谷氏……大丈夫?」 「さ、さささ沢城っ! い、今、今……」 「えーっと……その、嫌だったのならゴメン。調子に乗っちゃっ……」 「い、嫌じゃないよ! 嫌なわけがないよ何言ってるんだよいつでもウェルカムだよ! で、でも、ほらそういうことは自分が好きな人にしないと! ぼ、僕は沢城のことが好きだから問題ないけど!」 「……へ?」 「あ、あれ? 僕、何言ってるんだろう……ああもうゴメン! 沢城、僕を殴っていいから!」 「どうしてそうなる!? ちょっと落ち着いて、ね?」 私の予想以上に混乱している新谷氏は、床にへたり込んだまま、ゼーハーと呼吸を整えている。 同じ目線になるように私もしゃがみ込み、呆れ顔を作って彼を見つめた。 目を見開いて赤面している今の新谷氏に、爽やかなイケメンの風格はない。 「……なーんか、イメージ変わっちゃったなー新谷氏。もっとしっかりしてる人だと思ってたのに」 「ゴメン……」 おどけた口調の私に、マジトーンで謝る新谷氏。 「罪悪感が残ってるから聞いておきたいんだけど、さっきのは……その、嫌じゃなかったんだよね?」 「嫌じゃない、むしろ嬉しかったけど……それ以上にびっくりしたんだ。沢城が……」 「私が、何?」 「……可愛かった、から」 今度はこっちが赤面する言葉を絞り出した後、飼い主に怒られた犬みたいに、ガクリとうなだれる彼。幻滅された、そう思っているのかもしれないけど……でもね、実際は逆なんだよ。 自分の右手を、彼の頭の上にのせた。そのままポンポンと2回、軽く撫でる。 こういう一面を見せてくれるのが、非常に嬉しい。彼に一歩踏み込むことが出来た、そんな気がするから。 だから、正直に伝えておこう。今の私が思っていることを、そのまま。 「……新谷氏も、変わらないでね」 「沢城……?」 顔を上げた彼と目があった。私は自然と笑顔になれる。 「イメージと変わったって言ったのは、いい意味で変わったってことだよ。新谷氏は、そのままでいいの。今のままの……本気出せばハーレム作れるくらいイケメンで、頭も良くて、眼鏡男子で、社交的で、でも八方美人だから自分の首しめちゃって、二次元BLに逃げながら身悶えしてる新谷氏が……」 私は、そんな君のことが。 「そんな新谷氏が、私は、好きだから」 その言葉を聞いた新谷氏が、もう一度、私を正面から抱きしめた。今度は私も、彼の背中に自分の腕を回す。 「ありがとう……そう言ってもらえて、嬉しいよ」 彼の声が震えていることには、目をつぶっておくことにしようかな。 「やっぱり沢城は……凄いや。僕が言って欲しい、ことを……言ってくれる。僕は……」 腕の力が強くなる。彼の唇が私の耳に触れた。 「……沢城のこと、好きだよ。ここにいる沢城のことが、大好きなんだ」 改めて伝えてくれた言葉に、混乱も戸惑いもない。素直に嬉しくて、嬉しくて……泣きそうになる自分を制した。今は私の番じゃないような気がしたから。 新谷氏は呼吸を整えると、ぽつぽつと自分の思いを言葉にしてくれる。 「今まで……僕が知らない人から、何人も告白された。僕のことを何も知らないのに「好きだ」って言うんだ……正直、気持ち悪かったこともあるよ。でも、それは失礼だと思って、何度か会って話をしたり、自分なりに頑張ってみるんだけど、結局、イメージしてたのと違うって言われてさ。もう、僕にどうしろっていうのか……分からなくなって、でも、悪意を向けると過去の二の舞いになる気がして、いい顔して、そんな自分に嫌になって……」 私は、彼の苦悩がどうだったのか、全てを理解することは出来ないと思う。 だけど、だからこそ……何も言わずに話を聞こう。 私が信じるのは、新谷氏の言葉だけなんだから。 「辛いことばっかりで、結果としてBLに逃げたけど、だから沢城に出会えた」 泣き言を押し込んで、笑顔で全てを背負い込んできた彼の背中を、回した腕でポンポンと叩く私。 大変だったねとか、辛かったねとか、かけたい言葉はいくつもあるけれど、今はとりあえず、この一言を。 「新谷氏の人生はイージーモードだって勝手に思ってたけど……実際は思ってたよりハードモードだったんだね。お疲れ様」 今まで頑張ってきた新谷氏を労うのは、この言葉が一番適しているように思ったから。 新谷氏が、言葉を続けた。 「沢城だけなんだ、僕のことを深く知って、それでも近くにいてくれたのは。それだけでも奇跡みたいなことなのに、沢城も僕のことを好きだって言ってくれるなんて……嘘みたいだ」 「さっきから大げさだなぁ、新谷氏は。残念だけど、嘘でも夢でもないんだよ」 そう、これは現実だ。だから、今の私の言葉で彼に伝えよう。 彼がこれ以上、1人きりで思い悩んで、傷つくことがないように。 「んで、新谷氏が1人で辛い時期もオシマイ。今までのことがあるから、いきなり変わるのは無理だと思うから……少なくとも、私には遠慮しないで欲しいんだ。さっき新谷氏も言ってたけど、嫌なことは嫌だって、はっきり言ってくれていいんだから。嘘や隠し事も出来るだけやめて欲しいし……ダメ、かな?」 私の言葉に、彼は一度だけ、首を縦に振った。 いままでずっと、1人で頑張ってきた彼だから、これからもそう簡単に周囲への態度を変えることは――彼が我慢することを止めることは出来ないかもしれないけど、じゃあ、せめて私に対しては、彼が本音で付き合えるようにしたい。そして、そんな彼のストレス発散に役立つよう、今後も甲斐甲斐しくBL的なサムシングを献上することにしよう。 これからは私ももっと見聞を広めておかなくては。要するに、今後もギャルゲー、ごくごくたまにはBL道にも精進せねばっ!! 顔を上げた彼の額に、自分のをくっつける。彼の泣き顔とは対照的な表情を――自分なりの笑顔を作って、私は、彼にこう言うのだ。 「実は……綾美から預かってる文庫本がココにあるんだけど、読む?」 待ち焦がれていた新谷氏が、涙を吹っ飛ばす勢いで首をブンブン縦に振ったことは……言うまでもないだろう。 私達の基本的な日常は変わらない。 だけど、少しだけ……変わり始めていることがある。 「あら、沢城ちゃんに香月ちゃん、今からお出かけ?」 外出から帰ってきたらしい千佳さんと、階段から降りてきた私と奈々が、エントランスで鉢合わせをした。 今から私は駅前でとある待ち合わせ、奈々はサークル活動のため大学へ。これまた偶然に部屋を出たところで鉢合わせしたので、途中まで一緒に行くことにしたのだ。 という事情を説明すると、千佳さんがニヤリと意味ありげな笑みを浮かべて私を見つめる。 「そういえば……新谷君も今日は用事があるって言ってたっけなぁ? 沢城ちゃんもそんな格好だし、もしかして、デートなの?」 千佳さんの期待に応えられなくて申し訳ないけれど……私は苦笑いで首を横に振った。 「いやぁ、デートというよりも、満を持しての邂逅という感じで……とにかく、今日の主役は新谷氏で、私は付き添いを頼まれただけです」 詳細を伝えられないのがもどかしいけれど、千佳さんがそれ以上深く追求することはなかった。 「よく分かんないけど、2人は順調ってことでいいのよね? 喧嘩とかしてない? 困ったことがあったら、いつでもお姉さんに相談してねっ」 ウィンクしながらそう言ってくれた千佳さんは、凄まじい破壊力(可愛い的な意味で)があった。 「でもでも、今日は本当にデートじゃないんですか?」 大学までの道を歩きながら、奈々が小首を傾げつつ尋ねる。 平日の夕方なので、帰宅する小学生や買い物帰りの主婦等、歩道の人通りはそれなりに。車の通りも、もう少しすれば多くなるだろう。私達のような大学生ともたまにすれ違った。 吹き抜ける風が少し冷たい。でも、視界に見える空の色は澄んだ茜色。明日も晴れそうだ。 「奈々としては、最近の都ちゃんが妙に可愛らしくなったといいますか、今日だってジーンズ素材だけどスカートに、ニーソ風のタイツという、今までジーパンばっかりの都ちゃんでは考えられないようなコーディネートなので、これはもうデートだろうと思ってたのですが……」 「……スイマセンね、自分でもこんな格好が似合うなんて思ってないよ」 Tシャツにジーパンという飾り気のない格好がデフォルトのまま生きてきた私なので、いくらタイツをはいているとはいえ、膝より上のスカートというのは慣れない。高校の制服のスカートだって膝下で丁度よかったんだから。 余談だが、この格好は……いや、何でもない。思い出すのはやめよう、虚しくなる。 自虐的にため息をつく私を、奈々はニコニコした表情でフォローしてくれる。 「そんなことないのですよ、ちゃんと可愛いっす。都ちゃんが恋する乙女モードなので、見ている奈々はニヤニヤキュンキュンしてしまうのですが……そういえば、その新谷くんはどうしたのですか?」 「新谷氏は、バイト先から直接向かうことになってるの。さっき、バイトが終わったってLINEのメッセージが来たから、私より早く着くんじゃないかな」 「なるほどなるほど、2人の連絡手段はLINEっと……」 何やら奈々がスマホに打ち込んでいるけれど……その情報、何に使うつもりなんだろう。 私はまだ、奈々がどんな人物なのか、よく分かっていない面があるのかもしれない。ただ、少なくとも。 「差し支えない範囲で構いませんので、今の可愛い都ちゃんを見た新谷君の様子や感想など、奈々に思う存分惚気けてくれて構わないのですよ。今の奈々は、都ちゃんの恋バナが大好物ですからねっ!」 イタズラっぽい表情でそんなことを言う奈々が、一番可愛いと思うのは私だけだろうか。 大学へ向かう奈々と別れて、私はモノレールの駅のホームで、モノレールの到着を待っていた。 運行状況を示す電光掲示板を見ると、到着まであと5分というところだろうか。私以外にも到着を待っている人が、ホームにパラパラと散らばっている。そういえばさっき、新谷氏からもう一回メッセージがきてたっけ……肩にかけているトートバックの中に手を入れて、ゴソゴソと探す私。仕切りがないバックの中で迷子になったスマホを見つけて引っ張り出したその時だった。 「――あ。」 ホームへ登ってくるエスカレーターを降りた彼女が、私の姿を見つけて、ちょっと不機嫌そうな声をもらす。 反射的に私も声がした方を向いて……ジト目を向ける宮崎さんを発見した。 今日の彼女は、髪の毛を右側でゆるくまとめ、結び目にはシュシュをつけている。ワイン色のカーディガンの下は白いブラウス、モスグリーンのキュロットに黒いハイソックス、足元は茶色のパンプスを身につけ、肩にかけている大きめの鞄(教科書等が入っているんだろう)も茶色。相変わらずファッションが秋色で、でもそれがよく似合う美少女っぷりを遺憾なく発揮していた。グッジョブ! ……と、私が口を半開きにさせたまま脳内でデレデレしていると、不機嫌なままの宮崎さんが、無言でこちらへ近づいてくる。 何事だろうか。新谷氏の告白を受け入れてから、彼女と話をするのは今日が初めてだった。 私との距離が2m位になるまで近づいてきた彼女は、そのまま無言で、ジーっと見つめてくる。 「あの、宮崎さん……何?」 さすがに耐えられなくて問いかけると、宮崎さんはチークがバッチリのっているほっぺたをぷぅっとふくらませた。カワイイ。 「……この程度で勝ったと思わないでよね。あたしはまだ、諦めたわけじゃないんだから」 そしてこの負け惜しみである。いやいやいや、新谷氏から告白された時点で私のほうが優位だし、今は……一応、彼女という立ち位置なのだ。これを勝利を言わずにはいられない。口には出さないけど。 しかし、これが彼女が彼女たる由縁なのかもしれない。勢いにおされても口が半開きのままポケーっとしている私に、彼女はビシっと指を突きつけて、朗々と宣言するのだ。 「あたしは今でも、あたしの方が先輩に釣り合ってると思ってるし、あたしの方が先輩を好きだって思ってる! 彼女面してられるのも今のうちなんだからね!」 要するに、宮崎さんは今後も新谷氏のことを諦めずに、今までどおりアタックしては砕け散っていく、それでも更に這い上がってくる……と。彼女がいたって本当にいいよ、と。 ここまでくると、彼女は何かに取り憑かれているのではないかと疑ってしまうが……でもまぁ、誰かを好きだという気持ちは、抑えるのが難しいものなんだろう。そしてそれは、新谷氏の「彼女」になってしまった私では、決して理解できない、理解しているなんて口が裂けても言えない感情に違いない。 そう、理解したから。 「……はぁ、分かりました……」 釈然とはしないけれども返答する私。当然のように、そんな私の態度が気に入らない宮崎さんは、綺麗な眦を釣り上げて大きな声を上げた。 「分かりましたじゃないでしょう!? ったく……どうしてあたしはこんな人に負けたんだかっ……!」 苛立ちを隠し切れない宮崎さんが、私への文句を続けようとした瞬間……モノレールがホームに滑りこんできた。 これ幸いと乗り込む。車内の乗客はまばらで、ベンチのようになっている7人がけの座席にも余裕で座ることが出来た。同じ扉から乗車した宮崎さんは、違う車両へと歩いて行く。あぁよかった、これから目的地到着(終点なんだけどね)まで、隣で延々と文句を言われ続けるのかと思ったよ……。 小さくなる彼女の背中を見つめながら……まだまだ気を緩めるわけにはいかないかなぁ、面倒だなぁ、っていうか彼女がいるのに諦めないってそれはそれでどうなのよ、まぁカワイイからたまにつっかかってくれてもいいけどね、と、最後まで口を半開きにしたまま、色々思う私なのだった。 さて、到着しました駅前繁華街。 平日の夕方、学校帰りの学生に会社帰りの社会人も混ざって、駅ビルは大いに賑わっていた。 そんな駅ビルの一角、綾美といつも会っていた喫茶店で……既にもう、憧れていたあの人との邂逅は始まっていたらしい。 「あら都、遅かったじゃない」 いつもどおりの綾美と、 「おぉ、都ちゃん久しぶり。薫が迷惑かけてない?」 いつもどおりの大樹君と、 「あ、ふぁぁ……さ、沢城、僕はこんなの、き、きき聞いてなかったんだけど……」 完全に気が動転した新谷氏がいた。 4人がけの席で、綾美と大樹君が隣同士に座り、綾美の正面に新谷氏が座っている。必然的に私が新谷氏の隣に座ることになるんだけど……隣の彼、意識あるだろうか。 「もしもーし、新谷氏ー?」 「あ、あぁぁ……うぁぁ……」 うつむき加減で、何やら意味不明な呟き……というか、口から漏れだす声を抑えきれない新谷氏へ、営業スマイルの綾美が話を切り出した。 「改めまして、後藤綾美といいます。都の彼氏が大樹の友達ってだけでも驚いたのに、あたしの本も読んでくれているんですよね。嬉しいです、ありがとうございます」 「い、いえ、僕は……その……」 「もしよろしければ、今度の新刊、お送りしましょうか?」 「いぃいいえ結構です! 好きな作家さんの本は自分で買うことにしてますから!!」 挙動不審のままだけど、精一杯己の信念を主張する新谷氏。あーあ、黙っていれば完璧なイケメンなのに……今の姿を宮崎さんが見たら卒倒しそうだ。 そして、綾美は完全に面白がっている。普段の彼女ならば、もう少し砕けた話し方をしそうなものだけど……大樹君と目があって、私と同じことを考えていたのか、同じ苦笑いを浮かべてしまった。 今回のことは、私と綾美が主導で企画したことだった。綾美がどうしても、自分が本を貸しているBL君に会ってみたいと言い出したのだ。しかし、新谷氏へ素直に打診すれば、頑なに拒否することが予想出来る。そこで私から、2人で買い物したいから付き合って欲しいと呼び出したのだ。 そして、新谷氏への配慮として、大樹君の同行も(綾美を通じて)お願いした。その結果、何も知らない新谷氏が、待ち合わせ場所にいる綾美と大樹君を見つける→今回の計画を知り、不整脈状態(動悸、息切れ)→私へLINEを使ってメッセージ→確認しようとしたら宮崎さんに絡まれたので、結局返信出来ずに今に至る、というわけ。 と、苦笑いで見つめ合う私達に気づいた新谷氏が、泣きそうな表情で私の服を掴んだ。 「沢城も大樹もひどいよ! ぼ、僕だって心の準備をする時間が欲しかったのに……!」 「新谷氏の準備が出来るのを待ってたら、いつまでたっても綾美と会えないだろうなーって思ったの。勿論、真実を言わないまま引きあわせたのは申し訳ないと思ってるよ」 「そうだろうけど! でも、こんな……スケッチブックも持ってきてないのに!!」 「ヲイヲイ、イベントでもないのにスケッチブックにイラストを頼もうとしてたの? それに、イラストが欲しいなら、直接本人に頼めばいいじゃない」 私が「ほら」と綾美に視線を向けると、彼女は「さぁどーぞ」と言わんばかりの営業スマイルを新谷氏へ向ける。 新谷氏はしばらくの間、「あー」だの「うー」だの、声にならないうめき声を漏らしていたけれど……一度、大きく息をつくと、改めて綾美を真正面から見据えた。 眼鏡越しの瞳には、何かを決意した強さがある。 私と大樹君が固唾を呑んで見守っている前で、新谷氏が……あれ、心なしか潤んだ瞳で綾美を見据えると、一度、頭を下げた。 「僕は……人生で一番辛かった時期に、後藤さんの同人誌に救われました。本当に、ありがとうございます」 予想外の展開に、珍しく狼狽える綾美。 「か、顔を上げてください。あたしの本に救われたなんて、そんな大それたこと……」 「事実ですから。一度お会い出来るなら、お礼を言いたかったんです。本当に……あのエジプトまでの逃避行は最高でした! まさか、あんな解釈があるなんて!!」 刹那、綾美は軽く目を見開いた。 「分かってくれますか? あれ、実は賛否両論だったんですよね……」 「僕は支持します! 特に、フェリーの中での2人のシーンが好きで……体を重ねることは出来ないけれど、心はずっと一緒にいるってことが痛いくらい伝わってきて……!」 ……私と大樹君は、さっきから新谷氏が何を口走っているのか分からない。 ただ、熱弁する新谷氏の話を聞いている綾美が、今までに見たことないくらい、嬉しそうな表情になっていて。 ひとしきり話を聞いた綾美は、コーヒーを一口すすって……グッと、自身の右手を握りしめた。 まるで、何かを決意したような表情だ。 「新谷さん、ありがとうございます。おかげで決心がつきました」 「え……?」 「その解釈での続編を書きたいって思っていたんですけど、どうしても批判的な意見ばかり目についてしまっていたんです。でも、こうやって面と向かって褒めてもらえると、凄まじくモチベーションが上がっちゃうんですよね、あたし」 「ほ、本当ですか!?」 新谷氏の声が一段と高くなった。まるで、大御所作家にビクビクしながら原稿を依頼して、快諾してもらった編集者のようだ。知り合いにそんな人いないけど、何となく。 刹那、綾美が横目で大樹君の方を見た。そして、口元にニヤリと……醜悪な笑みを浮かべ、猫なで声で問いかける。 「ねー大樹ぃ、今度の冬コミはぁ、何を出すつもりなのかしらー?」 「今度の冬コミ? まだ本決まりじゃないけど、カラーイラスト集と、缶バッチと、トートバックと……」 「ってことは、マンガ原稿はないってことよね?」 「へ? あ、でも、合同本はどうするんだよ。確か、今回は「Free!」で……」 「来月3日から1周間、空けといてねー♪」 有無をいわさず一方的な約束を押し付けた綾美は、残りのコーヒーを飲み干して、満足そうな表情。 そんな綾美を羨望の眼差しで見つめる新谷氏は、それはもう、幸せそうだった。 新谷氏にとっては、夢の様な時間が終わり……その後。 綾美、大樹君と解散して、新谷氏の部屋まで戻ってきたのが午後8時過ぎ。私も自室へ戻るべきなのかもしれないが……ほら、やっぱりやりたいじゃない。折角だから。 そんな私の邪な感情など、目の前にいる彼は一切気づいていないだろう。 「ど、どうしよう沢城……僕は今日、興奮して眠れないかもしれないよ……!」 綾美から色々とレンタルも出来て、顔がとろけそうな新谷氏。 「とりあえず落ち着こうか新谷氏。あ、パソコン使わせて――」 私はそんな彼を横目で見ながら自分の定位置――パソコンの前――に行こうとしたのだが。 「――うぇっ!?」 思いっきり腕を掴まれ、引き止められる。 「え? 新谷氏、どうしたの? パソコン使う?」 彼をまじまじと見つめつつ尋ねてみた。新谷氏は黙って首を横に振る。 「ううん、使わないけど……沢城がゲームを始める前に、お礼を言わなきゃと思って」 「お礼?」 感謝される心当たりがない私は、首を傾げるしかない。そんな私へ、満面笑顔の新谷氏が、理由を教えてくれた。 「沢城のおかげで……まぁ、大樹もだけど、後藤さんに会えて、直接お礼を伝えることが出来たから。それにまさか、あの本の続きが読めるかもしれないなんて信じられない……夢じゃないよね、夢じゃないよね!?」 「落ち着いて新谷氏! 夢じゃない、大丈夫だから!」 鼻息荒く迫ってくる彼をなだめる私。何とか我に返った新谷氏は、「と、とにかく」と話を仕切りなおすと……不意に、私の眼鏡を外して丁寧に折りたたんだかと思ったら自分の胸ポケットに滑り込ませた。次に、自分がかけていた眼鏡も外す。 ……なんだろういきなり。綾美の決意が嬉しすぎて、通常では理解できない行動に走っているのか? 裸眼での視力が0.05以下の私は、すっかり世界の輪郭がぼやけてしまった。新谷氏の顔も、目や鼻というパーツが何となく分かるだけで、見慣れたけど相変わらず端正な彼の顔立ちを詳しく確認することが出来ない。 「新谷氏……どうしたの?」 彼の真意がつかめないまま尋ねる。そんな私の額に、彼が自分の額をくっつけた。 さすがにこれだけの至近距離ならば、新谷氏の表情も確認出来る。少し気恥ずかしそうで……でも、何かを企んでいる表情の彼と、目があった。 「今日のことは勿論感謝しているんだけど……でも、後藤さんに会えることを僕に黙っていたことは、ちょっと不満があるんだ。沢城ってば、LINEで電話もメッセージも送ったのに、無視するし」 「あっ、あれは不可抗力! 宮崎さんに偶然会ったから……!」 「でも、仮に宮崎さんと会ってなかったとしても、結果が変わらなかったように感じているのは僕だけかな?」 それは……まぁ多分そうだと思いますが……でも! 焦点の合いづらい瞳で彼を何とか見据え、私は精一杯の反論を試みた。 「でも、私だってちゃんと約束は守ったでしょ!?」 「約束は守らなきゃダメだよ。確かに沢城の貴重なスカート姿が見れたことは嬉しいし、カワイイから今後も自主的に続けてくれて構わないんだけど、今回の問題はそこじゃない」 約束……それは、私が新谷氏を誘い出すために、「買い物に付き合って欲しい」という嘘の理由で約束を取り付けようとした時に交わされたものだ。 実は、綾美と大樹君のスケジュールがギリギリまで分からず、新谷氏への打診も直前になってしまったのだ。案の定、彼には先約があったみたいだけど、私が頼み込む姿に、ちょっとだけ考えを巡らせて……こんな提案をした。 その買い物に、沢城が――私がスカート姿で来てくれるなら、僕も都合をつけるよ、と。 結果がこれである。私としては頑張って、直前に何とか用意出来た代物なのだ。それに対する感想をようやく聞くことが出来たけれど……あんまり嬉しくないのはどうしてだろう。 冷静に、でも1つずつ追い詰められていく感覚がある……無意識のうちに後ずさりをしていた私は、自分の手がパソコンデスクに触れたことで敗北を悟った。 そして新谷氏は、パソコンデスクに自分の腕をおいて、私を完全に包囲している。 相変わらず私の額に自分のをくっつけたまま、上から目線で。 「今回の沢城の場合、嘘をついていたことが問題なんだ」 「で、でも、その嘘で新谷氏は幸せになったんだしっ……!」 「うん、そうだね。でもやっぱり、嘘は良くないと思うんだ。あの時に沢城が言ったんだよね、嘘や隠し事はナシにしようって。だから……今回はペナルティとして、僕からのお願いをきいてもらおうかと思ってる」 「お願い……?」 笑顔で詰め寄る新谷氏は、萎縮している私にとんでもない爆弾を投下していく。 「今日はこのまま、帰さないから」 「へ……?」 一瞬、彼が何を言ったのか分からなかった。否、分かりたくなかった。 目を見開いて呆然とする私に、新谷氏は満面の笑みで丁寧に言い直してくれた。 「だから、今夜は一晩中、僕に付き合ってもらうからね」 「でえぇぇっ!?」 色気など一切ない叫び声が室内にこだまする。私の大声に一瞬顔をしかめた新谷氏だが、すぐに冷静さを取り戻すと、自身の右手を私の頬に添えて、こんなフォローを。 「大丈夫、優しくするから」 そういう問題じゃないんですけどね!? 「えーあーいやあのそのえぇっと!? し、新谷氏、落ち着こう、落ち着きなよ自分が何言ってるのか分かってるんだよね!?」 「勿論。僕は最初からそのつもりだったから。沢城こそ落ち着きなよ。顔が真っ赤になってるよ?」 「あっ、ああ当たり前だよっ! だ、だって、私……」 当然ながらリアルなそーゆー経験などあるはずがない。唐突に攻めへ転じた新谷氏についていけなくなりそうになりながらも……でも、お付き合いしている男女なんだからそういうことになっても致し方ないんじゃないかと、でもでも、出来れば事前に告知が欲しかったというか、この服は脱がせにくいんじゃないだろうか、いや違うそんなこと私は考えなくていいから、そのー……。 彼から目を逸らしてゴニョゴニョ呟く私に、新谷氏は優しい表情で目を細めて、こんなフォローを。 「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。最初は慣れないかもしれないけど、やみつきになっちゃうかもしれないから」 「新谷氏……」 「沢城が本当に嫌だったら、途中で止めるから。とりあえず、僕に全部任せてくれないかな?」 「……分かった」 好きな人にここまで言わせて、私も引き下がるわけにはいかない。 それが、我慢も遠慮もしていない新谷氏の望みだとすれば、私は……。 首肯した私から一度離れた新谷氏は、いつの間にか、左手にCDを持っていた。 そうそれはまさに本日、綾美から借りてきたBLドラマCDで……。 ……って、まさか。 私はそのCDを指さし、恐る恐る問いかける。 「あ、あのー、まさかと思うけど新谷氏……そのドラマCDを私に聞かせようとしてる?」 「うん」 「いや、『うん』じゃなくて……そうだ思い出した、私これから、スィーリア先輩と写生大会の続きを……」 「今日は沢城がゲーム出来ないように、眼鏡を没収したから。まずは聴覚でBLを勉強してもらうからね」 「えぇっ!?」 そういうことだったの!? 慌てて取り戻そうと新谷氏へ飛びかかるけど、無駄のない、華麗な身のこなしでかわされてしまう。 と、とりあえず今は眼鏡を諦めよう……いつの間にかパソコンの電源を入れて、ドライブにそのCDを挿入している新谷氏の後ろ姿を、見守ることしか出来ない私。 まさか、まさかとは思いますが新谷氏。 「ひょ、ひょっとして……一晩中ドラマCD?」 「安心してよ、僕が持っているものも含めれば、12時間くらいあっという間に過ぎるから」 「夜が明けてる!?」 いつの間にか持ってきたパイプ椅子に腰を下ろした新谷氏が、私をパソコン用の椅子に座るよう促す。 その手にはイヤホンが2セット。パソコンのヘットホン端子に二股のアダプターまでセットして、私に両耳でイケメンボイスを堪能しろというのかっ……! 恐る恐る、イヤホンを手にとった。普段は美少女の声ばかりが聞こえてくるそれは、きっと今日もいい仕事をしてくれるだろう。 パソコンの画面を見つめた。普段はゲーム内の華麗なビジュアルを映し出しているディスプレイには、音楽再生用のプレイヤーが起動して、いつでも再生出来る状態になっている。総トラック61分……い、1時間あるのか、コレ。 手元にあるCDケースを手に取り、裏面を見てキャストを確認する。全員、私が名前を知っている、声もある程度知っている方々ばかりだった。うぅ、あのアニメとかこのアニメとか、今度から見る目が変わったらどうしてくれるんだよ新谷氏! 不満を訴える目で彼を睨むが、新谷氏は既にイヤホンをセットして、私の準備が出来るのを待っている様子だ。 しかもこの状況、私にプレイヤーの再生ボタンをクリックしろということなの!? 私の準備が出来ればいつでもカモーンってことだよね!? ……一度、ため息を付いた。そして、自分に言い聞かせる。 そうこれが、新谷薫じゃないか、って。 攻めるのはBLに関することだけ、普段は手を繋ぐのだって、キスだって、よく考えたら私からばっかりじゃないか。そんな彼が……キス以上のことを自分からやろう、なんて、言い出すわけがない。 それに……もしも、万が一、そういう状況になれば、彼は事前に私の了解を取りに来るだろうから。 こんな状況を作って、あまつさえ押し倒すなんてこと、隣にいる残念なイケヘタレ眼鏡が出来るわけないじゃないか。ゲームじゃあるまいし。 だからこそ、私は。 「……そんな新谷氏だから、好きになったんだよね」 ぽつりと呟いた独白は、イヤホンをつけた彼には聞こえなかったらしい。まだかまだかと羨望の眼差しを向ける彼の期待に応えるべく、私も耳にイヤホンをセットして。 「よ、よし……いざ、めくるめく甘美な世界へっ……!」 生唾を一度呑み込んでから、プレイヤーの再生ボタンをクリックしたのだった。 こんな感じで。 私達の……特殊で、だけど愛しい日々は、これからも続いていく。 |
霧原菜穂
http://www.geocities.jp/frpsupi 2014年06月18日(水) 21時50分03秒 公開 ■この作品の著作権は霧原菜穂さんにあります。無断転載は禁止です。 |
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No.4 霧原菜穂 評価:0点 ■2014-07-16 13:04 ID:O7WTVi72aR2 | |||||
楠山歳幸 さん 感想をいただきまして、本当にありがとうございます。 そして、お返事が遅くなり、申し訳ございませんでした。 私の中で「これ以上書くと読者さんがドン引きしてしまうのでは!?」というボーダーがあったのですが、まだまだ踏み込んでも大丈夫そうなので、もう少し書き足してみたいと思います。 ロマンスグレーの上司…どうしても出てくるキャラクターの年齢が似通ってしまうので、こういう球を妄想でぶち込むのはアリですね。 改めて、長い物語に興味を持っていただきまして、本当にありがとうございました。 |
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No.3 霧原菜穂 評価:0点 ■2014-07-16 13:07 ID:O7WTVi72aR2 | |||||
陣家 さん 感想をいただきまして、本当にありがとうございます。お返事が遅くなってしまい、申し訳ございませんでした。 自分の狭い世界の中から生まれた物語なので、一般人的な目線のキャラがいない(林檎にその役割を与えたつもりでしたが、弱かった)ことに気がつくことが出来ました。 エピソードはいくらでも継ぎ足しが出来ると思っていますが、そうか、イチャコラか…頑張ります。 これ以上長くなると、読むのが嫌になるんじゃないかと思っていたのですが、もう少しインパクトのあるイベントを考えて、読み手を飽きさせない工夫をしなければいけないと感じました。 改めて、こんなに長い物語に興味を持ってくださって、本当にありがとうございました。 |
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No.2 楠山歳幸 評価:30点 ■2014-06-29 19:15 ID:3.rK8dssdKA | |||||
読ませていただきました。 陣家さんがとても良い感想を書いていますので僕が書くのは恐縮ですが。 一人称の主人公が可愛らしくて、書き慣れていらっしゃるのでしょうか、すんなり安心して読み進めました。 しかし、この尺だとダイナミックな所が欲しいと思いました。今のエロゲーは知らないのですが僕もエピソードが少ないとも思いますし、どうせオタク注意と書いているのならばギリギリまでなまいき美少女や合法ロリやロマンスグレイの上司をとろけそうになるまで攻める描写(妄想可)が欲しいとも思いました。 失礼しました。 |
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No.1 陣家 評価:30点 ■2014-06-29 02:04 ID:oCQUpHz7uGg | |||||
いやぁ、マニアックだなぁ。 ぼかぁ君といる時がいちばんマニアックなんだ。 というわけで、オタクxオタクな主人公と彼氏。 ついでに脇役もそれぞれみんなオタクばっかり。 どうしてもこういう感じになりがちですよね。 作者の趣味を反映しちゃうと。 でもそこは教科書的というか、定石的にはいわゆる一般人的な目線、立ち位置キャラを加えるのが無難な手法のように思います。あくまで一般小説に限って言えばの話ですけど。 さて、こういう作品って単体で見ればあんまり一般受けはしないように感じる人は多いかもしれませんが、視野を広げてみれば需要はありますよね。 例えばノベルゲーっぽいシナリオテキストとか。 そういう視点から見ると、この作品はとてもレベルが高いところにあると思います。 文章は簡潔だし、正確で平易。 2ちゃんっぽいネットスラングが多すぎるのはちょっと目につきますが、テキストなど消耗品と割り切るならば問題なしでしょう。 流行りの言い回しを入れれば入れるほど、賞味期限は短くなるでしょうが、そんなことは承知の上で書かれてるでしょうから、いっそ清々しいです。 その観点から見たときに難点と思えることがひとつあります。 それは短すぎるということです。 最近のノベルゲー、いやさ、はっきり言いましょうエロゲーはどんどん長大化していく傾向にあります。 一本のゲームに使用されるテキストは文庫本にすれば三冊ぶんくらいは必要とされるのが普通になってきました。 つまり、やおいものとして成立させるにはエピソードが少なすぎます。 もっと延々とイチャコラ展開を続かせないとユーザーは満足しないでしょう。 筆者さんにはその力は十分にお持ちだと思います。 慌てず騒がず、自分が楽しいと思うものをひたすら書き綴ってみてください。 きっと支持を得られると思います。 それでは。 |
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総レス数 4 合計 60点 |
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