猟奇殺人犯
 近隣に住む猟奇殺人犯のせいで、この田舎街の街頭には子供の姿が無くなった。彼が子供を誘拐しているのは解っていたが、しかし誘拐して何をしているのかは判然としなかった。とはいえ、人肉食や性的な行為など、おおよその見当はついていた。
 猟奇殺人犯は、僕の家のすぐ隣に住んでいた。夜中になると子供の悲鳴が聞こえ、五月蝿かった。なかなか眠れない夜など、特に苛々し、時に猟奇殺人犯を殺そうとさえ思ったが、そうすると自分が正義の味方みたいになってしまう事を恥じて、しなかった。
 そんなある日、件の猟奇殺人犯に夕食の招待を受けた。祖父の畑仕事の手伝いを終えて、肉色の夕焼けの下の、きらきら光る道で、一輪車を押している時だった。
 猟奇殺人犯は、血に塗れたジャージ姿で、道路の向こう、肉色の夕焼けから悪魔のように歩いて来た。猟奇殺人犯の頭部は牛だった。首のあたりを境にして、肌色の肌から、茶色の硬そうな毛が密集した牛の頭部があった。僕はその境界を見る度に、鉈で切断してみたい衝動に駆られる。
「精が出ますね」
 牛の頭の猟奇殺人犯は、おおきな口を開閉してそう言った。
「祖父はもう80越えてますからね。僕が畑の仕事を覚えないと」
「真面目でけっこうですね」
 猟奇殺人犯は、夕日があたって紫色になっている目で、周囲を見渡してから言った。
「ところで、今夜ご一緒に夕食でもどうです?」
 僕は少し迷って
「人肉食ですか。ご免ですね」
 と言った。
「いえ、人肉食など出さないですよ。あれは心理的には美味ですがね、純粋に味だけを言えば、豚にも劣りますよ」
「豚以下ですか」
「ええ、人の肉なんてそんなものです。私はそういう児戯には飽きましたよ」
 僕は夕食をタダで食べれるという下心もあって
「なら、行きましょう」
 と言った。

 *

 家に入ると、がさがさする足触りのカーペットがあった。それはよく見ると、人間の皮を繋ぎ合わせて出来たものだった。僕はしかし、あまり驚かなかった。猟奇殺人犯のやる事など、凡そ見当がついている。中に入れば殺された子供の剥製でもあるのだろう、馬鹿馬鹿しい。
 僕は家から持ってきた、腰から下げた鉈がぶらぶらするのを手でおさえながら、部屋の中へ入ると、猟奇殺人犯が、奥の暗い闇からぬっと現れ、両手を広げて「ようこそいらっしゃった」と言った。
 僕は猟奇殺人犯を無視して、周囲を見渡すとやはり殺された子供の剥製が、壁にあった。処理が下手なのか、所々が青緑色に糜爛していて、腐臭を放っていた。
 大きな縦長のテーブルに案内された。テーブルの上には燭台があり、幾本かの蝋燭が、暗い光を放っていた。
 やがて猟奇殺人犯は、ビーフシチューの皿と幾枚かのパンと、赤ワインの瓶を持ってきた。
 猟奇殺人犯は、僕の向かいのテーブルにつくと、「この部屋についてどう思いますか?」と聞いた。
 僕は率直に「馬鹿馬鹿しいですね。実に下らない」と答えた。
「そう、下らないです」
 猟奇殺人犯はそう言った。
「もう、こういった事に飽きました」
「そりゃ、飽きるでしょうね」
「しかし私は猟奇殺人犯として生きてきた。他に生き方が見つからないんですよ」
「ふつうに働けばいいでしょう」
「私の罪は許さるのでしょうか。最近、いままで殺してきた子供たちの夢をよく見ます」
「許されますよ。どんな罪でも許されます。平然と働けばいいと思います」
「言うのは簡単ですがね」
 そう言って猟奇殺人犯は俯いた。
 なら、と僕は言って、腰から下げていた大型の鉈を鞘から抜いて、きらきら光る刃を出し、「これであなたの首を両断しましょうか? これまでの罪を償うために」と、言った。
 すると猟奇殺人犯は首を振り、
「そういった事が一番、馬鹿馬鹿しいですね」
 と答えた。
「でしょう? 平気な顔して平気に働きましょう」
 そういうと彼は笑った。
 僕たちは笑い合いながら、夕食を食べ終えた。
 家へと帰宅したあと、寝る準備をしていると、子供の悲鳴が、また聞こえた。飽きたと言っていたのに。子供を刻んで、自分探しでもしているのだろうと思った。
 ワインのアルコールが効いていることもあって、僕は床についてすぐに眠った。

 *

 翌日、畑へと向かうと、猟奇殺人犯が鍬をもって、慣れぬ手つきで畑を耕す姿が見えた。
 声をかけてみると、彼は汗塗れの顔をきらきらさせて、笑った。
昼野陽平
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2014年04月29日(火) 18時47分59秒 公開
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No.12  昼野陽平  評価:0点  ■2015-01-13 17:11  ID:qCFnGix/Fnc
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>ローズさん

感想をありがとうごさいます。返信遅くなってすいません。
舞台は東北のつもりで書きましたが、やはり猟奇殺人というとアメリカの田舎ですかね。
主人公もちょっとクレイジーですねw そういう人間は好きで。
ありがとうございました。
No.11  ローズ  評価:30点  ■2014-11-13 23:52  ID:3e88VX7UizM
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舞台はアメリカ南部あたりでしょうか?冷静沈着、人の剥製を見ても驚かない、主人公は元軍人か何かでしょうか。overall、いい話です。殺人鬼の話にいい話とはおかしいですね。では。
No.10  昼野陽平  評価:0点  ■2014-06-11 17:33  ID:r1htNQQ7Z.M
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>無線不通さん

感想ありがとうございます。
猟奇殺人犯とか出してドロドロの話やるのもなんかベタでいやだなとか思いながら書いてたらこんな感じになりました。
風景は畑と田んぼばっかりある東北みたいなイメージで書いてましたが、描写が足りなかったなと思います。
岸本佐知子は知らなかったので喜んでいいのかどうなのかわかりません…。
ありがとうございました。
No.9  無線不通  評価:30点  ■2014-06-09 21:58  ID:REWrcN63gRI
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風通しのいい、スッキリした文章がいいと思いました。夏場に吸うマルボロメンソールのような、あるいはカリフォルニア産の安いワインに氷を入れて飲んだような、一服の清涼剤となった感じ。温暖湿潤気候の日本の田舎といえば田園風景ですが、本作は高温だが湿度の低い荒涼とした荒れ地が思い浮かびます(猟奇殺人といえばアメリカ南部が似合うと私が勝手に思っているせいかもしれない。それか、地域性のある描写を私が読み飛ばしているのかもしれない)。誉め言葉になるかどうか解りませんが、岸本佐知子が編纂した本に収録されていそうな佳作だと思う。
俺は気にしないからお前らも気にするな、という誰に向けたわけでもない想いが籠められている気がしました。
No.8  昼野陽平  評価:--点  ■2014-05-08 18:38  ID:NnWlvWxY886
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>zooeyさん

感想をありがとうございます。
ロマンティシズムは好きでよく書くのですが、飽きる時もあって、この作品ではそういった感情を書いてみました。伝わったようで嬉しいです。
情景が浮かぶようなシーンは今作ではあまりないですね。もうちょっとイメージを浮かべて書かないとなと思います。
ありがとうございました。
No.7  zooey  評価:40点  ■2014-05-07 16:15  ID:L6TukelU0BA
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読ませていただきました。
面白かったです。
語り手の冷静な視線が効果的で、
皮肉の利いた作品になっているな、と、なんとなく思いました。

正義の味方っぽくなることを恥じて、とか
子供の剥製がおいてある部屋や、 猟奇殺人犯の首を両断することを
くだらないという一言で切り捨ててしまったりとか、
そういった部分に、ヒロイズムやロマンティシズムへの風刺を感じ、いいなと思いました。
もともと、ヒロイズムへのこういった視線は昼野さんの作品でよく目にするな、かっこいいなと思っていたのですが、
ロマンティシズムは、むしろ含まれている作品が多かったように思います。
今回、暴力への憧憬を突き放した冷静な書き方も大変に面白いなと思いました。

ただ、ひとつ前の烈日と比べると、
情景の鮮明さがもう少し欲しかったなと思いました。
昼野さんの作品は、ありありとその場面がイメージとして浮かび上がってくる、
だからこそその世界観を体感的に感じられる、
というのがあると私は思っているのですが、
この作品はややその部分が少なかった気がします。
猟奇殺人犯が走ってくるところなどは、大変鮮やかにイメージが湧いてきましたが、
その他は私はそこまで鮮明に描くことはできませんでした。
牛の頭を持った猟奇殺人犯がいる世界を、
もう少し鮮やかに描き出して欲しかったなと、贅沢な感想を持ちました。

面白かったです。ありがとうございました。
No.6  昼野陽平  評価:--点  ■2014-05-03 19:21  ID:NnWlvWxY886
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>こむさん

感想をありがとうございます。
なんか綺麗にまとまっちゃってますね。それだけでもいけないのかなとも思います。
ラストの汗まみれの顔のところが僕としては一番伝えたいところだったので指摘していただいて嬉しいです。
ありがとうございました。
No.5  こむ  評価:50点  ■2014-05-03 01:10  ID:eM8nTjX2ERc
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拝読しました。綺麗な掌編だと思います。
透徹した主人公のおそろしさと、なんだか色々不器用な殺人犯の愛嬌が好きです。
ラストが精液塗れの顔ではなくて、汗塗れの顔になっているのがぼくとしては驚きでした。けれども、どっちとも爽やかだなぁと思います。
ありがとうございました
No.4  昼野陽平  評価:--点  ■2014-05-02 16:21  ID:NnWlvWxY886
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>楠山歳幸さん

感想をありがとうございます。
なんか乾いてますね。主人公もちょっとクレイジーなところがあって。
安心して読めたとのこと嬉しいです。
あちらは僕も怖いですw
ありがとうございました。
No.3  楠山歳幸  評価:50点  ■2014-05-01 19:54  ID:3.rK8dssdKA
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 読ませていただきました。

 残虐ものは苦手なのですが、全体にもキャラ同士にもなんだか乾いた雰囲気が漂っていて凄いです。
 文章が田舎らしさを出していて、安定していて、安心して読めたことも原因かなあ、と思いました。いまさらですが、上手いです。
 迫力がありました。

 あちらは怖いのでこちらに感想を書かせていただきました。
 失礼しました。
No.2  昼野陽平  評価:--点  ■2014-05-01 18:02  ID:NnWlvWxY886
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>ノーネームさん

感想をありがとうございます。
僕なりに筋の通ったものを書こうと思って書きました。
筋が裏返っているのは、どう受け取られるかなと思ってましたが微妙だったかもです。
ありがとうございました。
No.1  ノーネーム  評価:0点  ■2014-04-30 12:01  ID:QJx6tpj/kAo
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 こんばんは。作品を読ませていただきました。
 感情移入は出来なかったのですが、奇妙なことに筋が通っていると思いました。特に猟奇殺人犯が「そういった事が一番、馬鹿馬鹿しいですね」というところ。うまく言葉に出来ませんが、ここで「宜しくお願いします」とでも言ったら「猟奇殺人犯として生きてきた」、という言葉が嘘くさくなっていただろうなと思います。
 ただその筋がきれいに裏返ってしまっているというか、そんな感じでしょうか。内容を考えなければ、静謐で静かな文体でした。
 是非についてはとても私には判断できないので、無評価ということにさせてください。
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