〜高速道路〜ババアとオレと、時々、オンナ。 |
ババアが死ぬかもしれない。 そう、サトシに連絡が入ったのは街で女を引っ掛けた直後のことだった。 三つ離れた兄、コウジは電話口の向こうで呻くように呟き、 「帰って来れるか?」 と、そのあとを続ける。声が震えていた。無理もない。両親が早くに亡くなり、サトシとコウジと祖母、三人だけの家族。そのうちの一人がこの世からいなくなろうとしている。 「すぐ行く」 サトシは頷くと電話を切り、乗っていた車のギアをドライブに入れ、アクセルを踏み込んだ。スポーツタイプの車はグングン加速して、金曜日の夜にしては空いている大通りを矢のように進んでいく。 「ねえ、何かあったの?」 助手席で楽しそうにしている女、エリカが弾んだ声を出した。肩まで伸びた茶色い髪に原色の派手な服、真冬だというのにミニスカートから肉付きの良い生足を覗かせている。もう一度エリカが訊いたが、サトシは答えない。代わりに艶かしいその脚を一瞥し、また前を向いた。 ほどなくして、車は高速道路に進入した。 ババアの家、つまり実家は高速に乗ればすぐのところにある。千円にも満たない金を惜しまなければあっという間だ。 だが、その考えが裏目に出た。何台もの赤いテールランプが二人の目に焼き付いた。渋滞だ。サトシはあからさまに嫌な顔をして舌打ちを放つ。目の前に広がる、人工的な赤色を見つめながら女が、「キレイ」と素っ頓狂な声を上げた。フロントガラスの向こう、上空は分厚い雲が覆っていて今にも雨が降りそうだ。ゼンマイに似た形の電光掲示板には「渋滞5キロ」の文字。サトシはまた舌打ちを放つと苛立ちをごまかすようにハンドルを強く握った。 サトシは祖母のことをババアと呼ぶ。決して憎んでいるわけではなく、祖母がそう呼んでくれと二人に頼んだからだ。理由は知らない。訊いても祖母は答えずに、ただ笑いながらそう呼べというばかりだった。おそらくだが自負があるのだろう、と二人は思った。長く生きてきたプライド、それがババアという呼称に表れている。 初めのうちこそ遠慮がちに呼んでいたものの、次第に気にならなくなっていった。不思議なものである。これが血の繋がり、絆というものか……。サトシはぼんやりと考えていた。 「ねえ、何か面白い話して」 エリカが悪戯な笑みを浮かべて言う。とても可愛らしい笑顔だ。こういう顔をすれば男は皆気持ちよくなる、というのを知っているかのような計算された微笑みだ。ご多分に漏れず、サトシも苛立ちをどこかへ追いやると何を話してやろうかと思いを巡らせる。 「――ババアの話だけど」 そう前置きして、サトシは話し始めた。 ババアは常々、「男は女に優しくし、真面目に生きろ」と兄弟に言い聞かせていた。兄、コウジはその言葉を額面通りに受け取り、勉学に励むと公務員になった。地味で家庭的な女を妻に でも、サトシは違った。女に優しくはするが、それはsexという快楽のためであり、決して相手を思ってのことではなかった。仕事に関してもそうだ。しがないサラリーマンだが、真面目に従事しているのも女を釣るためのアイテム(例えば高級車や腕時計)を得るのに金が必要だからという以外なかった。 「ババアは何で自分のことそう呼ばせたの? 変わってて面白いねェ」 エリカがケラケラ笑う。よほど面白かったのか、興奮したチンパンジーのように両手をパチパチと叩き出した。女の下品な振る舞いに、幼い思い出を踏みにじられたような気がして、サトシは途端に不機嫌になった。 ノロノロ運転ではあるが車は進み、左手前方にパーキングエリアの入口が見えてきたとき、電話が鳴った。ドキリと心臓が跳ね、早鐘を打ち始める。 まさか――、その思いに急かされながら通話ボタンを押す。 「――ダメだったよ」 落胆した兄の声。黒い色を纏った溜息が傍で薄く咲いた。 「でも、来年米寿だったからな。長生きしたほう――」 兄の言葉を待たずに、サトシは電話を切った。エリカが眉根を寄せ、彼のほうを見やる。その視線を無視するように携帯を上着のポケットに戻すと、ウインカーをつけて静かに車を走らせた。道路状況の割にパーキングはガラガラで、入ってすぐのところにある、大型車の駐車スペースに車を停めた。乱暴に停めたせいか、前タイヤが車線からはみ出している。 「ねえ、どうかしたの?」 「……」 「あたしさァ、海が見たいんだ。連れてってよ」 「……」 「――ねえ、聞いてる? もしもーし」 「うるさいッ」 助手席の女の横っ面をひっぱたくと、首を絞めながらそのまま覆いかぶさった。剥き出しの脚が腹や太ももを叩いたが関係ない。抵抗する女を無感情のまま睨みつけると、指先に力をこめていく。呼応するように足のバタつきが強くなったが、それでも締め続けてやるとだんだんと弱まっていき、そのうち動かなくなった。 車内に尖った静寂だけがあった。ふと、我に返ったサトシはとんでもないことをしてしまったと後悔し、すぐに倒れているエリカの胸に耳を当てる。脆弱な鼓動が聞こえた。ただ気を失っているだけだった。 ババアは死に、無知な女は生きている。 なぜかわからないが無性に腹が立った。怒りに突き動かされるように右拳をサイドボードに叩きつけた。何度も何度も。そのとき股間が屹立していることに気がついた。あまりの出来事にぐらりと頭が揺れたが、そうだ、とサトシは思い立つ。 「この女に俺の遺伝子を入れてやろう。ババアの遺伝子を含んだ俺の遺伝子を、だ」 スカートをたくし上げると、シルクでできた下着を剥ぎ取った。そして露わになった女性器に屹立した自分の分身をためらうことなく挿入した。 ババア、生き返れ。 ババア、生き返れよ。 ババア、生き返ってくれ。 呟きながら何回も腰をぶつけた。常軌を逸した激しさにシートのスプリングが悲鳴を上げる。甲高い音が女の断末魔のように狭い車内に響いた。 ――ババア、今までありがとう。 息を切らしながらそう言うと、サトシはひとり、果てた。 汚した女の顔、その陰にいつかの祖母が見えた気がして、思わず手を合わせた。 しばらくして放出された白い液体が女の股間から流れ落ち、それはまるでババアの嬉し涙のように、ゆっくりと座席に染み込んだ。 ――了―― |
藍山椋丞
2014年02月11日(火) 16時36分01秒 公開 ■この作品の著作権は藍山椋丞さんにあります。無断転載は禁止です。 |
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No.4 藍山椋丞 評価:--点 ■2014-02-14 19:59 ID:i/iCocdcxPo | |||||
天祐さん、感想ありがとうございます! そうです。勢いだけの作品です!笑 他にアップしている小説もろくにプロット立てずに書いたのですが、これはもう全く立てませんでした。 >次回作も頑張ってください。 応援ありがとうございます。頑張ります! |
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No.3 天祐 評価:30点 ■2014-02-14 18:10 ID:ArCJcwqQYRQ | |||||
拝読しました。 勢いがありますね。 それが個性なのでしょうが、もう少しディテールがはっきりすると、もっと読者を引き込めるかと。 書きたいことを勢いに任せて書いただけという印象でした。 話の核はできていると思います。 もう少し表現を膨らませてみたらいかがでしょうか。 偉そうに感想でした。 次回作も頑張ってください。 |
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No.2 藍山椋丞 評価:--点 ■2014-02-13 21:33 ID:i/iCocdcxPo | |||||
おさん、感想ありがとうございます! 頭の中にあったものをプロットも立てずに10分ほどで書きました。 最近私の周りにいる、とある♀がとても生意気だったので小説の中でお仕置きしてやりました!笑 |
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No.1 お 評価:30点 ■2014-02-13 13:59 ID:P4L5JGTUzFo | |||||
読ませて頂きました。 怒りと悲しみが錯綜する勢いのある作品でしたね。人生における戸惑いの瞬間というのかな。 読者対して理不尽に進み、理不尽に終わる展開が、そんな感じを抱かせました。 |
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総レス数 4 合計 60点 |
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