【改訂版】ゆめ |
「お前、いったい月にどれだけ携帯代が掛っているのか分かっているのか?」 ――わかってるよ。でも、1万も満たないようにしたじゃないか。 「ほら、これが今月の請求書だ」 はらり。差し出された一枚の紙ペラに書かれた文字は『7万円』小学生の漢字練習の様な太くはっきりした文字。 ――こんなの、払えるわけないじゃないか! 叫んだところで目が覚めた。額がじんわり汗ばんでいる。布団の中もやや湿っぽい。降って湧いた三連休に私は不幸にも風邪を拗らせて寝込んでいた。調子が悪いといつも悪夢を見る。最近は、やたらとリアルな夢が多い。 「なんなんだよ。ほんと……っあー! むしゃくしゃする!」 ぼやいたところですっきりしない。布団から這い出して、風呂場へ向かう。こんな時は水に流してしまうのがいい。着ていたものをホイホイ脱ぎ捨てると、さっさとシャワーの蛇口をひねる。 キュッ さー…… シャワーの音と一緒に鼻歌が漏れる。よしよし。今日も上り調子だ。体はだるいし、口の中もカラッカラ。でも、心は元気になる。それだけで十分だ。それだけで先ほどの悪夢は鳴りを潜める。 「この間は何だったっけ? あー、あれだ。バイト先でお客さんに追い詰められる夢。あれは、最悪だった」 そう。その夢は最悪最低だった。いくらシャワーで流そうとも消えない。心の中にずっと巣食っている。そうして、弱い部分から確実に腐らせていく。暗い闇。誰も何も言わないのに聞こえてくる声。それにずっと追い立てられる。 早くしろ、早くしろ。 使えない。 邪魔だ。なんでいるんだ。 現実だったのか夢だったのか。今ではどちらが本当かなんて、分からなくなるほどに。恐ろしい声だった。 あの時の私は、周りが何も見えなくなっていた。だから、何かを見ても心を閉ざし、そしてすべての声が恐怖以外の何者でもなかった。悪意のある言葉。それだけなら、何とか乗り切れたのかもしれない。だが、あの時私を確実に追い詰めていったのは、悪意のない悪意の言葉だった。ただの同意。ただの同調。よくある話だ。だが、あの時は堪えられなかった。そして、暗く重い空気のままに仕事をすれば、失敗が増え、ジレンマが増え、そして表情が消えていく。どうやったらうまく笑えるのかすら分からなくなる。 ――消えてしまい。 その思いが私をどんどんと駆り立てる。そして、両親の些細な言葉に神経を尖らせて…… 「もう、あれは去ったんだ。過去の話だ。気にしたら、ダメなんだ」 そう言い聞かせて、風呂場から出る。シャワーを浴びた素肌に部屋の冷気が刺さる。 「さむっ」 慌てて暖房を入れる。そして、身支度を始める。支度が終わるころには暖房で髪も渇いた。 もう大丈夫だ。悪夢を忘れて、日常に戻れるだろう。そう思い直して、部屋を出た。 がちゃり。 鍵をかける。 そう。ゆっくり忍び寄る悪夢に背を向けて。 |
青海斗馬
2014年02月20日(木) 00時01分03秒 公開 ■この作品の著作権は青海斗馬さんにあります。無断転載は禁止です。 |
|
この作品の感想をお寄せください。 | |||||
---|---|---|---|---|---|
No.2 青海斗馬 評価:0点 ■2014-02-20 14:55 ID:p72w4NYLy3k | |||||
家達写六 さま 感想ありがとうございます。 普段あまりショートショートを書く機会がなく、言葉の運びに不安を持ちながらのご提示になってしまいました。 そうですね。煮詰めていってより良いものに仕上げようと思います。 どうぞ今後ともよろしくお願いします。 |
|||||
No.1 家達写六 評価:20点 ■2014-02-20 11:11 ID:0H/tY0Rvzkg | |||||
夢オチのタブーを逆手にとって、ショートショートのメインテーマに持ってくる。斬新な発想に感心しました。もっと煮詰めて短編小説にすれば内容が深まるかもしれませんね。 | |||||
総レス数 2 合計 20点 |
E-Mail(任意) | |
メッセージ | |
評価(必須) | 削除用パス Cookie |