漂泊者
 ――死ねと教えし父の顔


 妹との性交の、背を焼くような背徳感と、疲労との余韻が、まだ身体に残っているのを、ある種の『快』と感じつつ、僕は『義務』である登校をする。バッグには教科書とナイフとを入れて。
 黒色のアスファルトを踏み歩く。全ての色彩を吸収し、喪に服するような、黒色をしたアスファルト。その両脇に立ち並ぶ住居は、いずれも赤や青や黄などの原色に、外壁を彩られていた。それら種々の色彩は、互いに孤立し合い、そして闘争しあっているようであった。
 ふと空を見上げる。空は、青かった。まるで、電車に轢かれて轢死した者の、バラバラになった身体を覆う、青いビニールシートのように青かった。青空は、住居の闘争しあう孤立した色彩を、穏やかに和解させるように、覆っていた。空は、子宮なのかも知れない。すべてを抱擁する、優しい子宮。すべての孤独者を、愉快な仲間にするような子宮。そうだとすれば、僕は子宮に敵意を抱く。僕は自由でありたい。誰とも和合せず、孤独であることを望む。僕は祈る。僕の祈りは神ではなく、犯罪者にこそ捧げられる。 
 前方を幾人かの生徒が歩いており、なんとなくその背を眺めながら歩いていると、不意に大きなエンジン音とアスファルトを蹂躙する音が遠くから聞こえてきた。機械の咆哮のような音は、段々とこちらへと近づき、大きくなっていった。いつもの事であった。怪物的なエンジン音を響かせ、辺りを覆っているのは、戦車であった。装甲の塗装を剥がして、銀色の鉄部分をあらわにし、さらに鏡面のように磨きをかけた、光の怪物のような戦車。その上に片膝をたてて、だらしなく座っているのは、鷹志であり、その姿はまさに、戦車の主といった光景であった。
 彼は石油王の息子であった。ここら辺に油田はないけれども、石油王の息子であった。彼は石油王の財産でもって建てた、高射砲塔に住んでいた。僕はときどきそこへ遊びにいき、彼や、彼の雇っている性的奴隷と、桃色遊戯に耽った。高射砲塔の脇にあるガレージには、何台もの戦車があり、彼はそれに乗って、登校するのだった。操縦は、鷹志の隻眼の召使いがしていた。
 陽光を乱反射させる、光の怪物のような戦車は、僕の脇に停車した。鷹志は僕に「おっす」というと、おもむろにハッチの脇にある、対空機銃をあやつり、発砲した。火薬の炸裂する、大きな音が、連続的に響き、銃身から火を吹いた。前方にいた幾人かの、登校中の生徒らが、五十口径の弾丸に、身体を引きちぎられ、肉と血が宙を舞い、黒色のアスファルトを鮮血で汚した。黒かったアスファルトは、ところどころに大きな花が咲いたように、赤色に染まった。 

 学校は、生き物だった。校舎の外壁は黒々しい、縮れた剛毛にびっしりと覆われていて、風が吹くとザワザワと不吉に揺れた。今日は、なまあたたかい南風が吹いており、剛毛は北の方向になびいていた。校門を入ると、そのすぐ脇には駐輪場があり、銀色にかがやく自転車が並ぶなかに、鷹志の戦車があった。僕はおもむろにペニスを露出し、戦車のキャタピラに放尿をした。尿を浴びて汚穢をまとった戦車は、さらにその美を増しているようだった。
 びっしりと生えている剛毛を、腕でかきわけて校舎に入る。校舎の内壁は、桃色の膣壁であった。膣の内部には幾つもの、子宮状の、袋のような教室が並んでいる。僕は自分の子宮=教室へ行く前に、知的障害者が通う、特殊学級の教室を覗いた。そこではダウン症や自閉症などの生徒らが、窓から射し込む陽光を浴びて、戯れている。その光景は美しく、楽園のようだと思う。
 桃色の廊下を歩き、子宮状の教室内へ入る。教室ではいつものように、苛めが行われていた。苛めは二カ所で行われており、一方は男子による男子への苛めで、一方は女子による女子への苛めであった。いずれも教室の隅で行われていた。男子による苛めは殴る/蹴るなどの、子猫のじゃれあいのようで、見ていてもどかしくなるような不徹底なものだった。不意に窓際に座っていた鷹志がやってきて、苛めの輪に入ると、「いいか、暴力ってのはな……」と言った。
「こうやってやるんだよ!」
 そう叫ぶと、苛めっ子の一人の陰嚢を、全力で蹴り上げた。破れた陰嚢からこぼれたと思しい、白い睾丸が、うずくまっている生徒のズボンの裾から転がり落ちて、桃色の床の上で、真珠のように光った。鷹志はつぎつぎと生徒らの陰嚢を蹴り上げ、その度に睾丸が転がり、床を多くの睾丸が散らばった。苛められていた生徒が「ありがとうございます」と言うと、鷹志はその生徒の陰嚢をも、蹴り破った。
 女子による女子への苛めは幾分か徹底していて、仰向けになっている女子生徒の顔面にまたがり、ばしゃばしゃと放尿をし「美味しい? ねえ、美味しい?」と聞いていた。やがて女子生徒のスカートをからげてパンツを降ろすと、テニスラケットの柄の部分を、膣に挿入して前後させ「気持ち良い? ねえ、気持ち良い?」と聞いていた。
 僕はふと、涼子の方を見る。涼子は窓際の机に、頬杖をついて座っていて、つまらなそうに窓の外を見ている。涼子はクラスで一番の美女と噂されていたが、本人にとっては自分の美的な感覚と、一致しない顔であるそうで、かわいいと言われるたびに、不服そうな表情を浮かべた。
 涼子と鷹志と僕は、他人と群れない人間だった。孤独を大切にしていて、他人の孤独も尊重していた。その点で僕たちは一致しており、なんとなく行動を共にするようになっていた。僕は孤独が好きだった。僕にとって敵とは干渉してくる全ての者だった。
 やがて校内を鐘がなり響き、教師が入ってきた。教師は苛めの現場を見ると、腰から桜の棍棒をぬいて、走っていき、苛めていた女子の頭蓋を打ち砕いた。頭蓋の割れた部分から、崩れた脳が飛び、壁や床を汚した。教師は苛めていた女子の頭蓋を、つぎつぎに割り、どういうわけか、最後には苛められていた女子の頭蓋をも、割った。 
 
 授業が終わったあと、僕と鷹志と涼子で、学校の近くにある海へ行くことにした。僕たちの毎日の日課であった。駐輪場に停めてある鷹志の戦車の上へ、皆で乗る。操縦はやはり鷹志の召使いがしている。ブオオオという、大きなエンジン音を響かせて、戦車が発射し、校門を出る。杉林に囲まれた道を走る。ぼんやりと風景が移動していくのを眺める。戦車の鏡面状に磨かれた車体に、杉林が反映している。やがて斜面にさしかかり、のぼり終えると、前方には海が広がっていた。午後の光をきらきらと白く反射させている青い海。風がふき、それとともに潮の香りが運ばれて、鼻をつく。
 砂浜に戦車を停車させ、僕たちは砂浜へと飛び降りる。砂浜は陽光で焼けていて、熱気がたちのぼっているのを皮膚で感じた。黄色い砂のうえを、血色の蟹や、灰色のフナムシが、ちょろちょろと歩いていた。
 波打ち際では男児と、その母親と思しき女が居た。男児は素足を波に浸して遊んでいて、母親がそれを見守っている。
「けっこうなこったね」と、鷹志がつぶやく。
 僕たちは砂浜に並んで座り、それとなく水平線を眺める。頭蓋に焼き付けるようにして僕はそれを眺める。波のさざめく音を聞く。こうしていると、精子以前の記憶に退行するようだと思う。
 ふと鷹志が立ち上がり、戦車に乗り、対空機銃を操り、海の沖へ向かって発砲した。波の音を圧し、引き裂くように、炸裂音が響く。潮の香りを押しのけて、火薬の燃える匂いが漂う。
 やがて弾丸を撃ちつくし、鷹志は「帰るか」と言った。
 僕は立ち上がって制服についた砂を払っていると、涼子が身体のあちこちをさすっているのに気付いた。身体のあちこちが赤く腫れている。
「痒いの?」僕はそう聞くと。
「なんか、こないだから」と、涼子は答えた。

 桃色の多い調度品に飾られた、妹の部屋で性交をする。
 部屋を見回し、なぜこうも桃色が好きなのだろうと思う。ベッドやカーテン、それにテレビまでもが桃色に塗られており、まるで子宮のようだ。僕はそれら桃色を破壊するように、妹との近親相姦をする。肉が肉を打つ、湿った音が室内を響く。膣にペニスを受け入れている妹は人形のように、無表情だ。初めに妹を強姦したころ、僕が中学に入ったばかりで、妹は小学五年生だった。妹ははじめ、泣いて抵抗したが、今では諦めの感情とともに受け入れている。
 妹との性交は、欲情という以上に、近親相姦という悪をなしているのだという背徳感が快感であった。それに嫌がる妹を犯すことは、僕がまぎれもなく個人で孤独だということを確認できた。ヒリヒリと金属が焼けるような孤独感が、僕は好きだった。
 射精をして脱力感が身体を襲い、妹に覆いかぶさった姿勢で、項垂れていると、妹は無表情のままに母のように優しい手つきで僕の頭部を撫でる。僕は自分がひどく哀れな生き物であるように感じ、それに抵抗するようにして、ふたたびペニスを挿入し、膣内射精をする。妹が妊娠したら、全力で腹を蹴るつもりだ。
 ベッドに仰向けになり、天井をぼんやりと眺めていると、不意に涼子のことが頭をよぎった。涼子はあれからずっと学校を休んでいる。涼子は子宮をもつ女だったが、不思議と女であることを、あまり感じさせない存在だった。冷酷な性格といい、妙にしらけたような眼差しといい、中性的な服装といい、調度品があまりない殺伐とした部屋といい。対して妹は女的な女だった。部屋の調度品もそうだが、とくに女をアピールする、服装のセンスには反吐しそうだ。
 眠気が襲い、半睡状態になっていると、妹がふたたび母のような手つきで、頭を撫でた。

 鷹志の高射砲塔に、性的な遊戯をしにいく。
 高射砲塔は高さ四十メートルほどもあり、空を貫くようで、空へ対する冒涜であるように感ぜられた。外壁は、ハリネズミのように対空砲や高射砲におおわれている。頂上部にはとりわけ大きな対空砲が伸びていた。そういった攻撃的な砲に覆われつつも、砲や外壁は、淡い黄や橙色や空色に塗られていた。この怪奇な組み合わせは、鷹志という人間の、攻撃的でありつつ、例えばプルーストを愛読し、優雅さに憧れているような人格を、よく表しているように思った。
 インターフォンを押し、中へ入る。内部は曲線を多用した金色や淡色の装飾におおわれている。所々に大理石の彫像がたっており、天井にはシャンデリアがあった。
 やがて鷹志がやってきて「入れよ」と言い。彼の部屋へといく。
 鷹志の部屋は大きなベッドを中心としていて、壁にはラファエルロの画があり、その両脇には裸婦の彫像があった。
 彼の部屋には、十数人の性的奴隷たちがいる。彼らはすでに全裸であった。様々な年齢の、男に女、それに両性具有もいる。
 僕も服を脱ぎ捨てて、全裸になる。鷹志も全裸になり、ペニスを露にする。そして互いに入り乱れて性器を刺激し合う。僕たちは個をすてて、互いに性的に溶け合い、イトミミズの塊のように、一つの酷く下等な生き物のようになる。
 こういった時には、僕は孤独でありたいという願望を捨てて、底の見えない崖に落ちるような愉悦に浸る。すべてをかなぐり捨てて、性的に癒着し、感性的な死を体験する。僕は暗闇に浸透する、個体としての輪郭線を消去して。
 性器を痙攣させて精液を放ち、ふと我にかえる。その僕の肛門を、十歳くらいの少年が吸い、ふたたび勃起をする。そして射精をする。鷹志がよつんばいで近寄って来て、僕に覆いかぶさると、乳首を吸い、肛門に指を挿入する。やがて勃起したペニスを愛おしそうにしゃぶる。卑猥な音が室内をしめっぽく覆い、やがて僕は射精をした。
 陰嚢がカラになるまで射精をし、入り乱れる。生臭い体液の匂いが部屋を充満する
 ペニスが痙攣しても精液が出ないほどに射精をし、僕たちは深い倦怠に支配されてベッドに横たわった。ただ呼吸する音が響くだけの部屋で、そのまま眠った。

 涼子が三ヶ月ぶりに登校をした。涼子は制服から出ている、顔や腕や足といった、すべての皮膚に包帯をしていた。唯一、目と口の部分だけが開いていた。それは影になっていて、眼球は見えなかった。生徒達は涼子の姿を見てざわめく。
 涼子はしかし、とくに何ごともないかのように、自分の席へ座り、いつものように退屈そうに頬杖をついて、窓の方を眺めている。窓の向こうは棕櫚の樹が並んでおり、葉が風に揺れている。
 鷹志は今日は休んでいた。プルーストの新訳を入手したので、家で読書に耽るそうだ。鷹志のいない教室は、どこか味気がなく、欠落しているように思った。
 教室内では、いつものように生徒達が狂気のように暴れていた。奇声を発し、奇行をするその姿には、何か切実な動機から来ているような、悲壮さがあるように思える。僕と鷹志と涼子はそういった生徒らの、行動には加わらない。奇行をすることはむしろ好きではあったが、人と群れるのが嫌いなのだった。
 やがて鐘がなり、教師が入ってきて、奇行をしている生徒を認めると、腰から桜の棍棒を抜き、つぎつぎと頭蓋を打ち砕いた。割れた頭蓋から緋色の、グニャグニャしたものが飛び散った。

 授業が終わり、教科書などをバッグにしまっていると、包帯に包まれた涼子が、話しかけてきた。
「ちょっと、いい?」
「何?」
「海、行かない?」
「いいよ」
 心なしか涼子は、いつもより自信に満ちあふれ、沈着さのなかに、生き生きとした炎が燃えているように思った。
 二人でバスに乗った。バスは林道を抜けて、海辺に停車し、僕たちは降りた。僕たちはそれとなく砂浜がある方ではなく、テトラポッドの蝟集している方へと行った。
 涼子が先導し、僕はその後をついていく。なんとなく自分が白痴になったような気になる。涼子はテトラポッドの先端に立ち、キラキラと星屑のように陽光を反射させる海を背景にして、振り返って、僕と向き合う。
 そしておもむろに包帯を解いた。沖から吹く風に、包帯が妖怪のようになびいて、やがて飛ばされた。
 包帯のしたには、見事な奇形顔があった。顔面の表皮はドロドロに溶けたようになっており、目や鼻や口といった、顔面のパーツのそれぞれが、溶けたように垂れた皮膚で覆われたようになっていて、曖昧になっていた。皮膚の質感は、きみょうにテカテカしており、光を反射していた。髪の毛や眉毛はすべて抜け落ちていて、人間というよりは怪物そのものの顔であった。
「この顔、どう?」涼子がそう聞く。
 一瞬、間をおいて、
「綺麗だよ」と答える。
 キラキラした光を内包する海を背景にしての、涼子の奇形顔は、本当に美しかった。
「でしょう?」
 涼子はそう言って、溶けたような顔を歪ませ、笑う。
 僕は、瞬間に恋に落ちた。涼子がいままでに持っていた唯一の女らしいものであった顔が、奇形と化し、もはや怪物めいた者になったのだった。
「俺と付き合って」僕はそう言うと、
「えー、君の顔は普通なんだもん」と涼子は言って、断った。
 その後、テトラポッドに座り、海を眺めた。やがて陽が傾き、橙色に海と空とが染った。夕日の橙色の光を、テカテカした皮膚で反射させている涼子の顔は、やはり美しかった。

 たらいに氷水をつくり、脇にオロナインの瓶を置く。おもむろにガスコンロを点けて、消す。陰嚢が痛むような、激甚な恐怖に駆られつつも、ふたたびガスコンロを点ける。青い炎が、輪をつくる。意を決して、その中に顔を突っ込んだ。
 目を閉じているにも関わらず、瞼の裏から炎の光が見える。やがて凄まじい痛みを顔中に感じる。反射的に顔を上げそうになるが、僕はそのまま顔を焼いた。皮膚の焼けるしゅうしゅうという音が鳴り、タンパク質の燃える匂いが鼻をつく。五秒ほど焼いて、顔をあげ、たらいの氷水に突っ込んだ。涙が溢れた。恐慌に駆られるほどの痛みで、思考することが不可能になり、痛みに脳を支配される。氷水に一分ほどつけた後、床をのたうち回った。奇声を上げてのたうち回っていると、妹が部屋からやってきて、呆然と僕の姿を見つめる。
「なにしてるの?」そういう妹へ、
「神聖な儀式だ」と言った。
 妹は不可解そうな表情を浮かべて、自室へと去った。
 やや気持ちが落ち着いたころ、ふたたび氷水に顔を突っ込み、そのあとオロナインを塗りたくった。
 自室へいき、鏡を見ると、顔面の皮膚のあちこちが、地図のような形に、黒く壊死して、その周囲を赤いケロイドが覆っていた。目や鼻や口などのパーツは、ぼこぼこに腫れ上がって、区別がつかない状態になっていた。眉毛は完全に燃えてなくなっていて、髪の一部分も焼失していた。僕は鏡の前で、笑った。

 数週間ほど学校を休んだあと、顔中に包帯を巻いて、登校した。包帯を巻いた僕の姿に、教室内がざわめく。
 鷹志はまだプルーストの新訳を読んでいるようで、学校を休んでいた。
 涼子はもう包帯を巻いておらず、奇形顔を露にしていた。かつてはクラス一の美女と謳われていたが、今では人に恐怖を与えるような顔になっており、涼子の周囲にだけ、誰もおらず、陥没したようになっている。しかし涼子は、むしろ得意げなようで、いつも通り机に頬杖ついて座っており、気持ち良さそうに、鼻歌を歌っていた。窓から射し込む光が、涼子の奇形顔を天使のように覆っていた。
 鐘が鳴り、やがて教師が入ってきた。今日はふしぎと皆、静かにしていたが、教師はおもむろに桜の棍棒を腰から抜き、一人の生徒の頭蓋を打ち割り、脳漿が飛沫した。

 やがて授業が始まった。黒板に数式を書いている教師の目を盗んで、僕は涼子にメールを送る。
 ――あとで、いい? そう送ると、
 ――いいよ。なんか想像つくけど。と、返ってきた。
 授業が終わり、涼子と海辺へと行った。僕が涼子を先導して、テトラポッドの蝟集している方へ行く。テトラポッドの先端の方へいき、涼子の方へと振り向き、包帯を解いて捨てた。包帯は、風に吹かれて、寄生虫のようにヒラヒラし、やがて飛んでいった。
 涼子は僕の顔を見つめると、どろどろした溶けたような顔の皮膚を、ひきつらせるようにして笑い、
「付き合ってもいいよ」と言った。

 子宮の学校が月経になり、校舎の入り口からどす黒い経血を吐いている。そのせいで、しばらくは休校であった。
 涼子と休校中に、何日か遊んだ。主に海辺でぼんやりと水平線を眺めたりしていた。
 ある日、二人で海辺にいると、急に雨が降ってきて、近くにあった廃屋で雨宿りをした。僕たちは濡れた服を脱いで、全裸になった。涼子は顔のみでなく、全身の皮膚が溶けたようになっていた。妙にテカテカした表皮は、ピンク色をしており、エロティックだった。僕は性的に興奮してき、キスをし、胸部を撫でて、性交をした。
 涼子は月経で、性器は血塗れだった。僕は、かまわずペニスを挿入し、腰を打ち付けて、射精をした。ペニスは血塗れになった。
 涼子は処女ではなかった。それとなく、初めは誰とだったか聞いてみると、「父親と」と答えた。涼子も僕が初めとは誰とだったか聞き、「妹と」と答え、僕たちは笑い合った。
 僕はいま、部屋のベッドの上で仰向けになり、呆と天井を眺めている。天井には木目が印刷されており、その模様を目でなぞるようにみる。
 それとなく、僕にいまできる、最大の悪とは何だろうと考える。考えつつも、やがて眠気が襲って来て、ぼんやりとした意識のなかで、僕はふと、鷹志を殺すことを思いついた。仲間である鷹志を殺すこと、何の恨みもないのに、ただ悪のためだけに殺すこと。その発想は、僕をひきつけ、地獄に落ちるような魅惑にとらわれた。

 学校の月経が終わり、何日かぶりに登校をすると、鷹志が出席していた。プルーストの新訳を読み終えたのだろう。鷹志は僕の顔を見ると、「涼子といい君といい、どうしたんだ」と言い、「俺もグチャグチャに整形とかしようかな」と続けた。
 鷹志に恨みを抱いている者は多かった。鷹志の暴力で、眼球を抉られた者、耳を削がれた者、腕をちぎられた者、睾丸を潰された者。とくに鷹志は、睾丸を蹴り潰すことが好きだったので、睾丸が一個しかない者が、幾人も居た。僕は彼らをけしかけて、鷹志を殺さないかと言うと、ほぼ全ての生徒が承諾した。
 僕と彼らとはホームセンターへ行き、武器の買い出しへ出かけた。バール、鉈、拳銃、サブマシンガン、それにロケット砲などを買った。その後、僕の家へ行き、部屋で武器を広げた。重々しい武器は、畳の上でゴキブリのよう鈍い光沢を放った。そして僕たちは、使用法の確認や手入れなどをした。彼らは武器の手入れを嬉々として行った。

 翌日の放課後、鷹志に海へ行かないかと誘うと、いいよ、と答えた。
 僕と鷹志と涼子とで、戦車に乗り、海辺へといく。陽が傾いて、海辺は血色に染まっている。
 砂浜に戦車を停車させると、葉叢の茂みからぞくぞくと手に武器を持った生徒達が現われる。生徒達は戦車の前に、横一列に並ぶ。彼らはへらへらと笑っている。
「どうなってんだこれは」鷹志はそういって、僕を見る。
 鷹志の視線を無視して、僕と涼子は戦車から飛び降り、生徒らの列に加わる。生徒の一人から、僕はバールを受け取って、涼子に「どっか隠れてろ」というと、涼子は「嫌だ、見てる」と答えた。
 生徒らが戦車に向けて、銃を構えて、やがて一斉に火を吹いた。戦車の装甲に雨のように銃弾があたって、火花が散り、鷹志はあわてて戦車の中に隠れる。
 戦車の砲塔が旋回し、こちらにむけられる。やがて砲から火炎放射が吐き出され、生徒らの幾人かが燃え上がった。ガソリンの匂いと、タンパク質の焦げる匂いが鼻をつく。
 戦車の銃眼がチカチカと閃光を放ち、生徒らが次々と肉片となって宙を飛び散る。
 すぐ脇で伏せている、ロケット砲を持った生徒が、戦車の後方に回ると言い、走っていった。僕たちは援護射撃をした。銃弾を浴びてキラキラした火花を散らす戦車。
 後方にまわった彼は、エンジングリルを狙って、ロケット砲を放つ。パシュッという音とともに弾頭が放たれ、炎を吹きながら飛び、やがて着弾し、爆発音を響かせた。
 エンジングリルが破壊され、戦車が燃え上がる。装甲を鏡面のように磨き上げられた車体に、炎がめらめらと反映していた。
 鷹志が慌ててハッチから身体を乗り出し、砂浜へと飛び降りる。僕はバールを振り、全力で鷹志を殴打する。鷹志はうめき声をあげて、砂浜に倒れる。
「君にべつに恨みなどない。君とは仲間だからこそ殺すんだ」と、僕は言うと、鷹志は口端を歪ませて笑い、
「お前が俺を殺すのでなければ、俺がお前を殺してたよ」と、言った。
「だろうね」
 僕はそう言ってバールを振り上げて、鷹志の腕を打った。ゴキという骨を砕く感触が、手に伝わった。やがて武器を手にした生徒らが、鷹志を囲み、バールやバットなどで、めった打ちにする。打つたびに骨が砕け、だんだんとグニャグニャになっていった。
 ふと涼子が僕の傍らに立ち、囁くようにして「ねえ、私、興奮してきちゃった」と言った。涼子の下腹に手を入れると、膣液でぬるぬるになっていた。僕のほうも完全に勃起をしていた。
 僕と涼子は、鷹志が私刑されて、ときおり血が飛ぶのを眺めながら、性交をした。後背位であり、深々とペニスを挿入し、互いに何度も絶頂に達した。

 全身を殴打されて、骨という骨を砕かれて、軟体動物のようにグニャグニャになった鷹志を、海辺の近くにある畑の、肥溜めに捨てた。発酵した屎尿に浮かんでいるグニャグニャの鷹志は、クラゲのようで、その表情は、心なしか笑っているように見えた。
 街では石油王の息子が行方不明になった、という事で、大捜索が行われた。警察や軍隊が出動し、街中を装甲車が走り、無数の警官が、警察犬を連れて捜索した。僕はその様子を、部屋のベランダからビールを飲みながら眺めた。
 肥溜めに捨てられた鷹志は、三日後に、発見された。石油王は屎尿まみれの鷹志を抱き、激昂に駆られ、何が何でも復讐すると公言した。
 僕は幾人かの生徒を犠牲羊として自首させた。彼らは石油王が雇っている、拷問の専門家である《アンパンマン》に熾烈な拷問にかけられたあげく、絞首台で処刑された。

 仲間である鷹志を殺したものの、僕に背徳感はなかった。僕は悪徳を行うことに、ただただ無感動に行えるようになったのだった。僕は悪徳が勃起しているのを身体に感じた。
 
 季節は冬で、受験シーズンだったが、僕と涼子はまったく勉強をせずに、性交ばかりした。
 やがて三月になり、僕たちは卒業した。あの閉塞的な、子宮の学校から解放されたのだった。しかし、と僕は思った。しかし子宮の学校の外部はまた、巨大な子宮に覆われているのではないか? つまり子宮が入れ子構造になっている。僕はそう思って、あらゆる子宮から解放された生き方を、模索した。

 学校を卒業した僕と涼子は、アパートの一室を借りて同棲することにした。築三十年の、ひしゃげた木造アパートだった。
 家を出る時、妹が「元気でね」と寂しそうな表情を浮かべて言った。僕は不可解な想いにとらわれつつ「じゃあな」と言った。

 僕たちは強盗で生活をした。民家や商店などを襲い、何人も人を殺した。必要に駆られて殺したのではなく、ただただ加虐心に駆られて、虐殺したのだった。虐殺には主に、ナイフを使った。ナイフがペニスのように肉に埋まるのが快感だった。

 ある日、二人で部屋で夕飯を食べながら、
「私たちこれから、どうなるんだろう?」と涼子が言った。
「いずれ捕まって処刑されるか、誰かに殺されるかだろうね」と僕は手にしていた缶ビールを置いて、答えた。
 窓から吹いてくる風があたり、心地よかった。
「幸福が欲しいと思う?」涼子はそう聞き、
「いいや」と、答えると、
「だよねー」と涼子は言って、僕たちは笑い合った。

 ある日、僕たちは酒屋で強盗をして、店の外へ出ると、警官隊に囲まれていた。彼らはサブマシンガンや散弾銃で武装しており、こちらに銃口を向けている。
 僕と涼子は顔を見合わせて微笑を交わし、キスをした。
昼野陽平
http://hiruno.web.fc2.com/
2014年01月10日(金) 16時25分31秒 公開
■この作品の著作権は昼野陽平さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
ありがとうございます。
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この作品の感想をお寄せください。
No.3  清之介  評価:0点  ■2015-08-23 22:58  ID:sZUFwFROn9k
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気になった点をいくつか。
冒頭が重い。短編なのだからたらたらと長い説明や解説はいらない。冒頭から全開で読者を引き込んでほしい。
心理描写が皆無なのは小説としては致命的。
まるで警察の供述調書を読んでいるかのように物語に起伏がない。
No.2  昼野陽平  評価:--点  ■2014-01-11 16:22  ID:NnWlvWxY886
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>時雨ノ宮 蜉蝣丸さん

感想をありがとうございます。
そういった感動を与えられたらな、といつも思っているので嬉しいです。
励みになる感想をありがとうございました。
No.1  時雨ノ宮 蜉蝣丸  評価:40点  ■2014-01-10 18:26  ID:vrIFDh/.UMg
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こんにちは。読ませていただきました。

何だか凄い作品ですね。
昼野さんの小説を初めて読んだ時、頭蓋骨を金属バットで殴られたような気分になったのを覚えています。それからその陥没した頭蓋の隙間から、今まで在った自分の価値観が流れていきました。いろんな意味で衝撃的だったわけです。大袈裟じゃないです。
あまりこういう作品へのコメントが得意ではないので、こんな感じのことしか書けません。でもとにかく凄かったです。
すみません。ありがとうございました。
総レス数 3  合計 40

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