居場所
 虫は夜、どこで寝ているのでしょう。鳥は夜、どこで過ごすのでしょう。魚は夜、どこで身を潜めているのでしょう。私は夜、どこで安心できるのでしょう。物心ついたときから、夜は嫌いでした。母親がいるから。母親はいつも不安でいつも曖昧でいつも私を避ける。父親がいないせいではない。彼氏と呼ばれる人はたくさん紹介された。ただの男には星の数ほど見てきた。母親の関心事といえば、男の人だけ。
 私が学校で何があったかも知らない。私が何時に起きるのかも知らない。私が少しずつ大きくなっていることも知らない。私が何歳かも知らない。最初は、随時報告していた友達のこともテストのことも遠足などの学校行事も右から左に流れるように聞き流された。私たちの間に水があるように、私の言葉は屈折して届かない。そのうち何もしないのが、母の望みだと気づき、それから私は話すのをやめた。学校から帰ってきて部屋にこもる。外にはいかない。遊びにもいかない。母親が帰ってくると確認もせず鍵を閉められるからだ。以前、帰りが遅くなった時、鍵は閉められ、インターフォンも反応がなく、2時間近く閉め出された。みかねた大家さんが合い鍵であけてくれ家に入れなかったら、一晩外で過ごすところだった。その時母は男の人といた。下着姿でベッドで寝ていた。その人が彼氏かただの男かは覚えていない。腹は立たなかった。そういう人間だとわかっていたし、そのことに悩むと私の頭がいかれていましそうだったから。人間考えないようにすると自然と頭の中から消えるのである。そう都会の雪がアスファルトに落ちて、解けてなくなるように。すーっと。力を抜いて、呼吸をするように。頭の中の母親という引出しを消す。
 私の本当の父親は母親でさえもわからないだろう。詳しいことは知らないが、男の人を切らしたことがないそうだ。と、縁を切ったおばあちゃんが言っていた。
 同じ女として軽蔑するが、その年にもかかわらず寄ってくる男にはもっと軽蔑する。実年齢より若く見える母親は、正直綺麗だ。その美しさはもろさの固まりで、触れたら折れてしまいそうに細く、見つめると消えてしまいそうに白い。百合の花のように一本で存在感があり、他人を引きつける。だからだろう。母の着ている服は思い出せない。整った悲しげな顔。少女のように艶のある髪。全体を包むオーラ。本当は必要ないのかも。服なんて。冬の寒さから身を守るため、夏の日差しから肌を守るため。春の心地よい風が通り抜けるのを感じるため。秋の夕陽の陰でシルエットを遊ぶため。これだけで十分なのかもしれない。

 そんな母の仕事を私は知らない。朝学校にいく時は寝ていて、帰ってくるといない。自分が外出するときは鍵を閉めないのだ。物騒に思われるかもしれないが、取られるような物はない。というより取られて困るようなものはない。帰ってきて鍵を閉めるのは自分を守るためだろうと私は思う。自分が一番大切なのだ。うちにはお金がないわけではない。食べ物に困ったこともない。冷蔵庫のなかには一通り入っている。缶詰もある。ご飯もある。だからこの生活が続けられているのだ。そしてたまに電話で怒鳴ることがある。「なにやってるの、ちゃんとして。仕事でしょ」それなりの地位にはいるのだろう。

 玄関をあがってすぐが私の部屋。リビングの隣が母の部屋。中の大きさはかわらないのに母の部屋は物で溢れ狭い。一方私の部屋は物がなくて広い。ひとりで過ごすには狭い方が心が落ち着くのだが、仕方ない。
私の服はどうしてるか?
着れなくなったら買いに行く。
文房具はどうしてるのか?
必要ならば買いに行く。
リビングの引き出しに私のためを思ってか、はたまた他に用途があるのか、封筒にお金が入っている。最初は躊躇したが、どうしても買わなければいけないものだったので、そこから千円抜いた。数日間は怒られると思ってびくびくしていたが、母親から何の反応もなかったため、これはそういうお金なのかと理解した。だんだん抜いていくお金を増やしていってもなんのリアクションもなかった。私が抜いた分の金が戻っていて、気づいているのはたしかである。だから、必要な物は買える。むしろそこら辺の小学生よりはお金をもっているぐらいだ。
 しかし、母がそうであるように私もお金と物に対して執着心はない。必要なものを買うだけであとは取っておく、もったいないのではない。いらない物は邪魔なのだ。この部分と容姿は母親譲りなのだろう。

 そんな私は決めていることがある。小学校を卒業したら、縁を切ったおばあちゃんのところへいこうと。昔訪れたことのある田舎は、きっと私の存在を、私の居場所を与えてくれると。何年もあっていないおばあちゃんはきっと私のことを受け入れてくれるはずだと。地元の図書館のパソコンで調べた。電車賃、飲食その他の雑費。何かあったときのための保険の分も含めて封筒から少しずつお金を抜いていって目標額まで3ヶ月かかった。

 そして、卒業式を終え、友達に別れを告げ家に帰るとすぐに着替えて用意していた荷物を持って家を出た。最寄りの駅から新幹線があるターミナル駅までは30分。そこから4時間ものあいだ缶詰状態だ。自由席の窓側から見る外の景色はそれが何であるかを悟らせないように一瞬姿を見せてはすぐに消えてなくなる。この時間におばあちゃんへの挨拶の言葉を考える。不安定な机の上に紙とペンを出すが、いっこうに進まない。来月から中学生になるが気の利いた言葉のひとつも思い浮かばない。やっとの思いでかきあげた文章はなんとか形になったおにぎりのように幼稚さをかんじさせた。

 新幹線を降りて、ローカル線に乗り換える。そこからまたバスに乗ればおばあちゃんちだ。もうすぐ春にもかかわらず、こっちは突き刺すような寒さが残っていた。マフラーを巻いて荷物を持ってバスを降りる。あとは記憶との勝負だった。しかし、どこの田舎もそうであるように劇的変化があるわけではないので、なんとか家についた。

 チャイムがないので戸を開けて
「ごめんください」緊張のためか声は小さく、虫の声のようだった。
……
「ごめんくださあい」今度は大きな声がでて、中から反応がある。

「はい、すぐいきます」
 ここまできて心配になってきた。おばあちゃんは私のことを覚えているのだろうか。私が来たら迷惑ではないだろうか。背中にじんわり汗をかいた。

 台所にいたのだろうエプロン姿で手を拭きながら小走りに来たおばあちゃんは、想像していたよりだいぶ小さくなっていた。そして私を見るなり、足が止まる。表情が一変する。深刻な顔になった。拭ききれなかった水滴が床に落ちる。一秒がとてつもなく長く感じた。その沈黙を破るように私から話し始めた。
「おばあちゃん覚えていますか?私です。ちはるです」
そのときおばあちゃんが涙を流す。そのまま飛びついてきた。
「ちはるーちはるー」
何回も呼ばれる私の名前。うれしかった。覚えていてくれた。
私も初めての長旅で緊張していたのだろう。安心と一緒に涙がこぼれた。新幹線で用意した文章はもう必要なかった。二人で存在を確認するように抱き合って泣いた。ある程度落ち着いたところで家にあげてくれ、お茶とお菓子をだしてくれた。手作りのお菓子は市販のとは違い、味に色がある。暖かいお茶は冷えた心を温めてくれる。
 
 ここにすませて欲しいと頼むと即答で返事が帰ってきた。
「母親にひどいことされたか?」
と、聞かれたがなにもされてないため首を横に振る。それになぜか母を悪くいうことができなかった。その後からは私がいままで溜まっていたことをなだれのように話した。好きな人、卒業式、友達のこと。次から次ぎへと頭に浮かび、口が追いつかなかった。話の途中で違う話題にかわることもたたあったが、おばあちゃんはつまらない顔ひとつせず、うんうんと聞いてくれた。どこまで話し、何時間話したのかわからなかったが、いつのまにか寝てしまっていた。。起きたとき、布団がかかっていて、また泣きたくなった。
 
 台所では夕ご飯の支度をしているようで、包丁、鍋、水の落ちる音が音楽のように心地よく聞こえた。久しぶりの2人の夕食は、また私の独壇場で終わったがその時もおばあちゃんはにこにこしながら聞いてくれた。暖かさに触れた。居場所を見つけた。そう感じた。

 翌日からは、おばあちゃんの畑を手伝い、近所に挨拶をし散歩して過ごした。一週間が過ぎようとして少しずつこの生活にも慣れてきたとき、突然戸が勢いよく開き、まるで巨人でも入ったきたかのような足音が家中に響いた。畑から帰ってきて居間で昼ご飯を食べていた私たちは何事かと玄関を振り返る。そこには、怒りが抑えられない様子の母親がいた。あわてて私は顔を伏せる。
「ちはるっ」
怒鳴られた。
「すごい探したんだから」
そのときにはもう母親は目から涙を流していた。そんな姿を見たことがなかったので、怒鳴られたことよりも驚きの方が大きかった。
そして私の手を強く引き、
「帰るよ」と母。
「ちょっとは落ち着きなさい」とおばあちゃんがいう
「関係ない人は黙ってて」母がにらむ。
「関係なくないっ」今度はおばあちゃんが怒鳴る。
それに驚き、黙る母。

 それから3人気まずい雰囲気が流れた。
「ちーちゃんごめんね、お母さん呼んだのおばあちゃんなの」
ショックを受ける私。
「やっぱり話し合わなきゃ」と、すでに冷静なおばあちゃん。
「なんででていったのよ」と、まだまだ興奮している母。
母親と話すのが久しぶりすぎて、うまく声が出ない。それよりいままでみたこともない母親の姿に頭がついていかない。

みかねたおばあちゃんが
「ちょっとそこら辺あるいて来なさい、2人で」といった。
母親と2人外に出る。いつぶりだろうか、親子で外を歩くなんて。
最初は母が先を歩き私が5歩ほど遅れてついて行く形でいたが、
「はやく来て」
と言われ、隣で歩く。
こんなにカリカリしているのだから、向こうでなにかあったのだろう。彼氏と別れたか?仕事がうまくいかなかったか?はたまた私のことが警察沙汰になっただろうか?
とりあえず、謝った「ごめんなさい」また声は小さくなってしまったが、聞こえていたはずだ。しかし、なんの反応もない。そのまま10分歩き続けた。

 そして、あるところで母が足を止める。下を向いて歩いていたため、こんな近づくまで気がつかなかったが、そこには大きな桜の木があった。そして、綺麗な綺麗なピンクの花を咲かせていた。あまりのどうどうたる存在感に息をのむ。
「久しぶり、あいかわらず元気そうね。」母が桜に話しかける。
「今日は娘をつれてきたのよ。どう?私に似て美人でしょう?」
穏やかさを取り戻したようだ。
そして
「大きいでしょう」 母は少女のようにはじけた笑顔でこっちを向く。
「小さいときからここに来るのが好きだったのよ」はじめて昔の母を知った。
「ずっと連れてきたかった。」
「この木は千年生きてるのよ。千回も春を過ごしてきたのよ。」
そこで気づく私。
「そうあなたにもそんな風に長生きして、こんな風に立派になって欲しかったのよ。」
私の名前は、「千春」そんな思いでつけているとは知らなかった。

「ごめんなさい」と、頭を下げる母。
「いままでひどいことしていたわよね、母として失格です」
今日は違う一面の母を見過ぎていて頭がどうにかなりそうだ。
 
 それから母はいままで思っていたこと、感じていたことを津波のように止まることなく次から次へと話し始めた。ここも母親譲りだったか、と内心思ったが、とりあえず話させておいた。先週の小学校の卒業式も、運動会も、授業参観もこれるときはすべてきていたらしい。知らなかった。いけないときは男にビデオカメラを渡して、撮らせていたらしい。気づかなかった。母はその存在すら知らないと思って探してもいなかったからだ。私に関心をもっていてくれたことがうれしかった。しばらく桜の木の下で母が話し続けた後、帰ろっかといい2人立ち上がった。帰り道は、2人一歩も譲らずこれまでのことを、不満を、謎をぶちまけた。白熱した討論のようにお互い遠慮なく、しかし嫌みはなく素直な気持ちで言い合った。だからだろう、すごく楽しかった。男の話はお互い笑いあった。男の趣味はあうみたいね。と母。
そしてぽろっと「もう少し大きくなったら、本当のお父さんの話してあげるね」と言われた。すごく気になったが、いまはどうでもよかった。雨降って地固まる。もう母との問題はなくなったから焦らなくてもいいのだ。

 家についたとき、おばあちゃんは2人の顔を見て察し、笑っていた。そして母の大好物の団子を出してくれた。お腹も満たされ安心していたように眠る母を横目に今度はおばあちゃんからいろいろ聞いた。
「いきなり女の子から大人になれなかったのよ。娘との接し方、母親としての責任。いろいろ考え過ぎちゃってたみたい。不器用なのに繊細だから。あの子、小さい頃からそう。まだまだ子供なのよ。」と懐かしそうに語った。
「手伝おうと思って言ったらひとりで育てるってきかなくて、そして縁を切るまでいわれたから、ならお望み通りほっとくわっていってそれっきり。でも何回か様子を見にいってたんだけどね。」と笑うおばあちゃん。ああ、さすが母のおばあちゃん。とりあえず、最低限の生活をと仕事にパワーを使っていたらしい。なら、男もやめてくれよと、突っ込みたかった。しかし、隣で眠る母親が愛おしく思えてきた。子供か、たしかにそう思えてきた。いままでお疲れさま。そしてありがとう。心の中でつぶやく。

 夕ご飯の支度をおばあちゃんとしているとき、母が起きた。女3人の台所は楽しい。夕食はにぎやかだった。こんなに楽しそうに話す母をはじめてみた。ずっと母親という役と父親という役を演じていたのだろう。おばあちゃんの前ではただの子供になっていた。ご飯を食べ終わると何かを決意してように深呼吸して携帯をもって外へでていった。
そして、戻ってくるなり
「明日帰るわ。仕事やめてくる」
「ここで3人でくらしてもいいわよね?母さん」
おばあちゃんが私を見る。
「私は賛成!」と、考えるより先に言ってしまった。
笑う2人。幸せだった。
「そのまえに私に謝罪はないの?」と、おばあちゃん
「縁を切るなどといって申し訳ありませんでした。これからは親子2人お世話になります」私も深々と頭を下げた。

 居場所とは、暗くて狭く、誰にでも交換可能な場所にあるものではなく、明るくて楽しい、決して代わりのきかない場所のことだ。

完。
2013年11月14日(木) 23時57分27秒 公開
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No.8  鯨  評価:--点  ■2013-12-19 00:02  ID:L/lGFAnz2lg
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青大将さん
コメントありがとうございます!

この家族のこれからですが、そうですね。あまり考えていませんでした。笑
母親は近くにパートにでて稼ぐ、そう考えます。
しかし、母親のことですからすぐに地元の企業に就職するでしょう。

No.7  青大将  評価:30点  ■2013-12-18 17:56  ID:OR1dm.U64IQ
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初めまして、青大将と申します。
いい雰囲気のお話ですね。旅に出る所、桜に話し掛ける所など、好みの感じで一人でにやにやしてしまいました。
ただ、気になったのが、細かいようですがこのお話のこれからです。
母親は仕事を辞めてしまったようですし、おばあさんは農業をしているようです。しかし、これだけでは三人暮らしていくのは難しそうです。出来ればこれからの事もちらとでも暗示して終わると安心して読み終わった印象を与えられると思いました。
以上です。お気に障る様な事がありましたらお許しください。
No.6  鯨  評価:--点  ■2013-11-29 18:19  ID:L/lGFAnz2lg
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藍山椋丞さん
コメントありがとうございます!

正直なところ無理やりハッピーエンドにもっていったというのはあります。笑
書き進めていくうちにガチガチに対立しているのは嫌になったので、ああいう形になりました。
指摘していただいたようにどろどろしたのもいいかもしれませんね。そっちの方向で一回書いてみたいと思います!
お金のことですが、本文にも書きましたが、親子二人ともお金に執着心がなく母親が千春のために置いといてたものであるということです。
私のイメージだと数千円ぐらいなので、それぐらいなら取られてもと痛くない額だと思って書きました。
母親が千春と関わらないという点ですが、母親はなんというかすべてにおいて不器用で、そして彼女自身まだ子供なので仕事と家庭の両立ができなかった。仕事に全神経を集中させたため(イメージはキャリアウーマン)、千春に対する態度も雑になり、接し方すらわからなくなってしまったという設定です。
そして私の中で授業参観や運動会は照れがあったとかんがえています。(私自身子供はいないので実際はどうだかわかりませんが)その照れのため男の人に代わりにいってもらったという風にしました。
おにぎりの比喩は私の中でもお気に入りの一つです!

いろいろなご指摘ありがとうございます!
私自身書き終えたときもこれでいいのか?と思うことが多く、このような指摘があることによって文章の幅も広がります!

まだまだ文章は「なんとか形になったおにぎり」のようなものなので、これからも宜しくお願いします!笑
No.5  藍山椋丞  評価:30点  ■2013-11-23 10:12  ID:i/iCocdcxPo
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初めまして、藍山椋丞と申します。読ませていただきました。
まず、物語が前半と後半でやや破綻しかけているのかなと感じました。
特に主人公の母親に対する感情や母親の子に対する態度などが、
後半あまりにも変化しすぎているような気がします。
無理にハッピーエンドに持っていったように感じ、読んでいて違和感がありました。
この母親はどう考えても良い母親ではない、と思います。
子供を排除して男を自宅に引っ張り込んで性に溺れているわけですから。
良い母親だった、という方向にはちょっと持って行きづらいなと。
この小説はもっとドロドロにしたほうが面白くなりますね。
先のコメントで、さらっと読んで欲しかった。と書かれていますが、そういう題材ではないと思うし、深く掘り下げたほうが絶対に面白くなるはずです。
たとえば、「ふしだらな母親とそれを異様なまでに軽蔑する思春期の娘。
そのうち娘にも好きな男ができて、母親の気持ちが段々とわかってきてしまい、その狭間で葛藤する」
そんな感じがいいかもしれません。
あと、所々矛盾もありました。
冒頭近くの、鍵をかけない件で「取られて困るものはない」と言いながら部屋には封筒に入ったお金がある、とか。
それに、なぜ母親は娘に関心があるのにないふりをしていたのか?
授業参観に行っていたのなら、普通に行ったよといえばいいだけの話のような気がします。これもハッピーエンドに持っていこうとした為の綻びのように思えました。
良いところも色々あります。
一番は比喩が良いですね。
特に「やっとの思いで書き上げた文章はなんとか形になったおにぎりのように幼稚さをかんじさせた」
これは良いですね。ちょっと真似したいくらいです(笑)
文章そのものは悪くないですね。上手いな!と思うところもたくさんありました。
もっと書き込んでいけばかなりの書き手さんになれると感じました。
あと、冒頭の「でしょう」は「だろう」、「でした」は「だった」に変えたほうがいいですね。
では!




No.4  鯨  評価:0点  ■2013-11-22 17:21  ID:L6TukelU0BA
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青空さん
コメントありがとうございます!

こんなに褒めていただけると、こちらもモチベーションになります!
No.3  青空  評価:30点  ■2013-11-19 22:48  ID:wiRqsZaBBm2
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最近の熟女ブームを見て、ターブ恋愛と言われなくなり、巷の人たちが夜の街に消えていくのを見て、色々な恋愛がある昨今。官能の渦に徳化したような母、それを視野に入れながら反発する娘。語彙数が多いので、心の流れが滝のように浸潤して読みやすいです。娘視点の反発や葛藤、祖母の存在。娘の意義。日常が、色を変えて読みやすくしてあるのは、なるほどなと感心しました。
No.2  鯨  評価:0点  ■2013-11-18 15:38  ID:L6TukelU0BA
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コメントありがとうございます!
そうですね、もう少し深く書こうかと思ったんですが、さらっと読んで欲しかったので触れずに書きました。

最初ですますになったのはミスです、すいません(笑)
No.1  お  評価:30点  ■2013-11-15 18:48  ID:UWN2hhhpo6.
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ええ話やなあ。
よく雰囲気も出てて、話に入り込んでドキドキしたり、ほっとしたり、楽しめました。
一方で、こういう指摘の仕方は厳しすぎるのかもしれませんが、核心を避けている感じも受けなくもなく。三人の苦悩をもっとえぐろうと思えば出来たはず、とご本人も了解してると思います。もちろん、それをすると、さらっと読んでほんのり共感できる小作品という体裁にはならなくなってしまうでしょうが。
この辺は、書き手の好みとか信条とかによるんでしょうね。

なぜ始めだけ「ですます」なのかは、気になりますが。
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