逃げる。

 ざくり。

 一歩足を踏み出した時から、彼女が後を追いかけてきているのは分かっていた。
 けれど私は歩調を緩めることなく、雪景色の校庭を歩き続けた。「教授――……!」とか叫んでいるが、さらりと無視する。

 この地域には雪が少ない。これだけ積もったのは何年ぶりだったか。
 そんなことを考えながら、まだ学生たちが登校してくる前の、人気のない校庭に真新しい足跡をつけていく。
 我ながら子供じみた考えだが、久々の雪に、真っ先に自分の足跡をつけたかった。舞い上がっているわけじゃない。ただの、しょうもない、執着心からだ。

「無視しないでくださいよ――……っ」

 だんだんと、彼女の声が近づいてくる。
 それでも私は聞こえない振りをして、少し、歩調を早めた。
 おそらく彼女は研究途中の実験の結果をひっさげてやってくる。独自に編み出した論文には、何か新しい発見が記されているかもしれない。
 ――……それが恐い。
 笑ってもいい。何をいい年をした男が、と。


 ざくり。

 ざくり、ざくり、ざくり……。


「教ー授ってば!」
がしっ、と肩を掴まれて、私は足を止める。
 あぁ…、振り返った先で、私の足跡の上に、彼女の足跡が重なっている。
 とうとう足元では、二人分の足跡が並んでしまった。
息を切らして、グラフや資料を突きつけてくる彼女には、彼女に呼ばれるたびにびくびくと心を震わせている私のことなど、知る由もないのだろう。


「なんで逃げるんですか!」
「……追いかけてくるからだ」


 いつか、追い越される気がするからだ。
深谷 佳月
2013年03月15日(金) 20時58分14秒 公開
■この作品の著作権は深谷 佳月さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
初投稿、失礼いたします。
高校時代に書いたものを改稿しました。
忌憚ない意見を頂きたいと思っています。よろしくお願いいたします。

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No.1  東野春雨  評価:20点  ■2013-03-25 23:46  ID:p0sEWYg1gDY
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読ませていただきました。
素直な作品、というのが最初の印象です。個人的には、様々な空想を膨らませることができる、その爽やかさが好きです。

『教授』の独白調で、『彼女』が研究職として自分を超えようとしていることに対しての焦りや自己の立場への執着を描いているのですね。
誰の足跡もついていない校庭は、言うなれば研究している分野で、そこに足跡をつけ続けてきた『教授』を踏襲しつつ、その先へ歩み出ようとしている『彼女』。いつの間にか横並びになり、そして先越されるという構図を、雪と足跡を研究にかけているのでしょう。

僕の趣味としては、高校生の作品らしい若々しさが心地良くて好きです。ただ、強いて言うなら、さすがにさわやかしすぎているというのがあります。わかりやすすぎる。さらりと読み終わり、すぐに忘れてしまう。
難解な文章が優れている、などと言う気は毫もありませんが、同じ心情をテーマに書くにしても、伝えたいことだけを人物に語らすだけでは、味気ないです。極端な話、登場人物が怖い怖いと呟いているだけでは、読み手は引き込まれません。結局他人事に終始してしまう気がします(あくまで僕なら)。

読みやすいというのは確かに良いところですが、僕は『教授』の心中に渦巻く複雑な感情を、もっと技巧的な表現で再現して欲しいと思いました。もっと長くても全く構わないので、比喩・擬人法・体言止など、基本的な修辞法で彩られた深谷さんの作品が読んでみたい、そう感じました。

感想は以上です。次の作品お待ちしています。お互い頑張りましょう。


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