軍用列車 |
カナコは心細さと寒さで途方に暮れ、今にも泣き出しそうだった。 最終列車に乗り、日頃の働いている疲れもあってウトウトと居眠りをして目覚めれば降りるべき駅をとうに過ぎ去り、慌てて降りた駅はひっそりとしていて、歩いて帰るにも程遠かった。 この時代。 日本が大日本帝国を名乗り、ドイツとイタリアと同盟を締結し、枢軸国として連合軍と勝ち目のない戦争をしていた頃のことである。 戦況が激化し、女学生のカナコは勉学に勤しむどころではなく、勤労生徒として工場で働く毎日が続いていた。 どうしようかと困り果てて駅舎に目を向けると、ぽつんと明かりが点っているのが見えた。 誰かいるかもしれない。 そんな淡い期待を胸に、明かりの点った駅舎の窓を覗き込むと、初老の駅員がいた。 窓ガラスを叩く。 「どうなさいましたかな? こんな夜中に」 カナコの存在に気づいた駅員が窓を開けてそう聞いた。 「実は最終列車に乗ったのですが、途中で寝てしまって降りようとした駅を過ぎたのですが、家まで遠くて、もう上りの最終列車はないし、どうしようかと……」 ありのままを彼女は初老の駅員に話した。 駅員はそれを聞いてしばらく考えていたが、やがて 「お嬢さん。ちょっと待ってもらえんかね。主幹の駅に確認してみるので」 と言った。 カナコは何をするのだろう、と思った。 駅員は駅事務所の電話をかけありのままを話し、臨時列車があるか、と主幹の駅に問合せをしていたが、まもなく電話を置いた。 「お嬢さん。今、主幹の駅に問い合せたら、もうじき軍用列車がこの駅を通過するそうだから、わかるように合図してくれ、ということだった。そうしたらそのまま乗せてもらいなさい」 問合せをした駅員がそう言った。 「無理を言ってすみません。ありがとうございました」 カナコは地獄で仏に会った気分だった。 駅員はしばらくして帰って行った。 駅員が帰ったあと、軍用列車が来るまでの間がすごく長く感じられた。 やがて遠くから野太い汽笛が聞こえてきた。 カナコは精一杯大きく手を振って合図をした。 黒塗りの蒸気機関車のヘッドライトが見える。 彼女は気づいてもらえるよう必死になって手を振った。 プラットホームに向かって差し出された手にカナコはしがみつくようにして握り、そのまま乗務員に引き上げられた。 気づいてもらえたのだ。 乗務員に引き上げられたカナコは内心ほっとした。 彼女を乗せた軍用列車は力強く駅を通過していった。 了 |
マルメガネ
2013年01月11日(金) 02時15分27秒 公開 ■この作品の著作権はマルメガネさんにあります。無断転載は禁止です。 |
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No.7 マルメガネ 評価:--点 ■2013-01-16 21:42 ID:pf.5tNfpXhQ | |||||
山田花子アンダーグラウンド様>感想ありがとうございます。世界に引き込まれたということですが、どういったところが引き込まれましたか? 朝陽遥様>感想ありがとうございます。書く上で、その当時の資料をあさってみなくてはできないのですが、何もせず書いてしまったところが大きいです。戦時中の話とあっても、なかなか難しいところであります。 詩葵様>感想ありがとうございます。歴史モノを書く上ではその当時の世相やら何やらをよく調べたほうがよいと、あとでつくづく感じました。 おしなべて、描写をいかにするのか、というところですかね。 このあたり課題としておきます。 |
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No.6 詩葵 評価:30点 ■2013-01-15 23:14 ID:Ynzs4O8VHb6 | |||||
読ませていただきました。ありがとうございます。 いろんな方が仰っているようにその時代背景を感じるのは難しいのかもしれません。 ですが、あえてこういう書き方はこういう書き方でいいなぁと思います。 当時の人が読む分にはこれくらいの描写でいいのかなとも思ってしまいます。 (それでももう少し描写があってもいいかなぁとは感じますが) 読み手を意識するのであれば、今以上の描写が必要なのかもしれませんね。 こういう時代物って本当に書くのが大変ですよね。 書物やら文献やらを読んで、ある程度知識が無ければ書くのって難しい気がします。 是非改稿版も読ませてください。素朴な書き方に羨ましさを感じた私でした。 |
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No.5 朝陽遥 評価:30点 ■2013-01-15 20:43 ID:TERi3BhEDdE | |||||
拝読しました。 前にも何度か申し上げた気がしますが、マルメガネ様の文章って、シンプルなのに味があって、なんとなく呼吸というか、温かみのようなものが感じられて、非常に羨ましく思っております。(自分がついゴテゴテと修飾語をひっつけてしまうだけになおさら……) 実話が元になっているとのこと。こんなこともあったんですね。軍用ときけば、なんとなくもっと融通の利かないようなイメージがありますが、時代だったのかなあ……。現代だって、終電で寝過ごして無人駅……なんてことになったら怖いですが、いまよりずっと、女性が一人で夜ふけに出歩くことの意味は重かったでしょうね。 実話(脚色はあるにせよ)と聞けば、いい話だなあと思うし、感慨もあるのですが、欲を言えば、やはり短さもあって、ちょっとだけもの足りないような感じもしました。もちろん、わざとらしく大仰な作り話を足して無理にドラマチックにすることはないと思うのですが…… 情景や主人公の心情、あるいは彼女がどんな仕事をしているのだとか、その日こういう出来事があって特に疲れていたのだとか、家族のことや生活のことだとか、駅員さんのようすの詳細だとか……、個人的には、いろいろもう少し詳しく読んでみたかったような気もします。 といって、もちろんそのあたりの好みは人それぞれですし、近年の親切すぎる娯楽小説にすっかり慣れ切った惰弱な読者のいうことと、笑っていただいてもけっこうです。 ……などと、自らの未熟な腕は棚に上げて好き勝手を申しましたが、どうかご容赦くださいますよう。 執筆おつかれさまでした。また読ませてください。 |
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No.4 山田花子アンダーグラウンド 評価:30点 ■2013-01-14 10:57 ID:L7Ej4Yn/HiQ | |||||
世界に引き込まれました。 | |||||
No.3 マルメガネ 評価:--点 ■2013-01-11 21:07 ID:pf.5tNfpXhQ | |||||
昼野様、帯刀様>感想どうもありがとうございました。当時の雰囲気とか情景描写について、戦時中の体験者から話を聞くのが早いのですが年々減ってきて聞く機会がなくなりました。ほかに当時を忍ばせるさまざまな資料を書く上であさってみるべきだった、と反省しています。 この結果を踏まえて、改稿版でも書いてみようかと思っています。 |
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No.2 昼野陽平 評価:30点 ■2013-01-11 17:03 ID:NnWlvWxY886 | |||||
なかなか面白かったですが情景描写とか心理描写をもうちょっと細かく書くともっと印象的なものになったかなと思います。 | |||||
No.1 帯刀穿 評価:20点 ■2013-01-11 13:32 ID:DJYECbbelKA | |||||
当時の雰囲気というものを残念ながら感じない。 文章というものは不思議なもので、その雰囲気というか、匂いのようなものがあり、そこから独自性のようなものが強く漂うものだ。 そういう代物を読んだりすると、特にそう思う。 その匂いをうまく出すことができれば、当時の面影を上手く再現することができるだろう。 ……というのが個人的な感想だ。 もちろん、どのように受け取ったとしても、それは作者次第。 |
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総レス数 7 合計 140点 |
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