大人ごっこ
「ねえ、怖い」
 彼女の言葉。
「わたしね、自分がどういう存在か周囲にわかられるのが怖いの」
 子供じみた考えだとは思う。
「わかられるっていうのは、限界を知られることじゃない。自分のいっぱいいっぱいはどのくらいだって。そんなの、他人に知られていい気持ちでいられるはずがない。わたしっていう人間の力量を、ただのコマとしてしか見なくなるでしょ」
「それは、お前がそういうふうに他人を見てるっていうことと同じじゃないのか」
 一瞬、彼女は押し黙る。しかしややもして、何気ない風に言う。
「ええ、そうね」
 ずれていた毛布を手繰り寄せ、一糸まとわぬ柔肌に寄せる。
「それでも、嫌なものは嫌。わたしは、他人が勝手に思っているような劣等な人間じゃないのよ、ってことが言いたいの。他人から使えない扱いされるのが一番腹が立つ。自分にとってこいつは有益か無益か、協力するに値する人間か、そんな目線で人を見るやからが多すぎて反吐が出そう」
 彼女をとりまく環境への愚痴は、自分自身への嫌悪でもあった。自分を棚上げして特別視しているのではなく、そういった考えを持つ彼女自身の他人を見る態度を自らなじっているのだ。
「自分自身がどれほどの人間かなんて、自分も他人もわからない。だからみんな本気を出さないんだろ。本気を出すと、自分の限界がばれる。手の内を晒すのは、ゲームじゃ負けに傾く一方だ。みんなが熱血を嫌うのは、自分はこいつより優れてるって錯覚することによる一種の優越感からくるもんだよ」
「『わたしは熱血好きよ。一生懸命で見ていて気持ちがいいし、こっちまで頑張ろうって気になるわ』……ってのたまう人は?」
「建前か、もしくは、本当に常に全力投球で挑んでる同じ熱血サン」
 細い腕が近づいてくる。頭を掴まれ、くせ毛をくしゃくしゃと撫でられる。
「でも、そういうやつが成功するんじゃね?」
 手が止まる。
「……ね」
「真剣とか真面目とか一生懸命とか、嫌いか?」
学級目標みたい、とまず一言。
「なったことないから、わからない」
 頭に置かれていた手が背中に回され、密着する。頭の片隅が麻痺する。鎖骨あたりに感じる吐息に、冷めていた体の芯が疼き出す。
「俺もだ」
 彼女の腰をつかみ、支えながら自分も上体を起こした。かかっていた毛布が落ち、紙もはさまないほどふれあった互の裸体が空気に晒される。そのまま口づけ、ベッドに押し倒す。



 結局、彼女とはその二ヶ月後別れた。
 それなりに悲しかったし落ち込みもしたが、どちらの程度も予想の範囲内。どこかでこの展開を予期もしていた。
 始まったら終わるし、出会ったら別れるし、仲良くなったら喧嘩するし、触れ合ったら離れるし。
 諸行を達観したように振舞う自分が、むしろ子供っぽいとはとっくに認めている。知ったかぶりをして大人ぶるガキに違いない。しかし、それなら本当の大人ってやつはどこがどう違うのだろう。
 大人ってやつは。
 その言い回しをひらめいた直後、ひとり微笑する。「ってやつは」これだ、この言葉だ。自分を卑小な存在に感じるのは。
 死んだ目をしている、というのが彼女からの最後の生の言葉だ。別れはメールで切り出され、弁解の余地も一切ないまま半ば一方的に押し切られた。
 女ってやつは、これだから。
 そう男友達にもらしたのを思い出した。子供だと思ったかもしれない。墓穴を掘った、と今更思う。
 それでも、彼とは今後とも友達だろう。自分が上だと思うため、相手の言動に目を見張り、目をそばだてながら。

「……生きにくい」
 
 そう呟いた。
 ……ここで自殺でもしたらオチもつくんだけど。
 そこまで真面目じゃないからな、とでも言っておく。
東野春雨
2012年12月22日(土) 05時07分53秒 公開
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No.2  東野春雨  評価:0点  ■2013-01-09 14:21  ID:hmNqfQKOcUs
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>赤潮さん

 読んでくださってありがとうございます。深夜眠れないまま突発的に書いたものなので推敲が足らないのは必然だったのに、そのまま人の目にあててしまうのは迂闊だったかもしれません。
 言葉選びに関しては耳が痛いばかりで。平易な言葉、重厚な言葉、若者の言葉、年寄りの言葉、どれも単純につながるものではないし、単語の持つ意味が強いほど扱いには注意が必要ですね。
 キャラクターの扱いに関しては、完全にご都合で登場させていたので、唐突なのも無理はないです。投稿し終わってから「これってもはや小説というよりエッセイでは?」と思い返したりもしました。登場人物に足る人格はありませんね。お恥ずかしい。

 貴重なお言葉ありがとうございました。精進します。
No.1  赤潮  評価:10点  ■2013-01-07 17:01  ID:OlMsmMDwkWU
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推敲が足らない。言葉の選び方に違和感を覚える箇所がいくつかある。
読み進めてゆくうちに、どちらの会話文なのか分からなくなる瞬間があった。生きた会話をそのまま文字に落とすと、読み手には伝わらない。流れに沿って無理なく理解できる程度にまでは整理が必要と思う。
背伸びをしているのは語り口ではなくものの考え方と読んだ。もっと平易な言葉で書いてみてはどうだろう。強い言葉に頼らなくても生意気な青年は描ける。
ラストに出てくる男友達が唐突。彼に相応の役割を果たさせるのならば、それなりの扱いが必要であろう。
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