冬の訪れ
 車窓から射す光は、這うように低い。わずかにいる乗客は、日の光を避けるように座っている。そんな車内で吊革をつかみ立ちながら西日にあたる姿は、ひどく滑稽だ。降車駅につきドアが開き始めると柔らかな冷気が入ってた。今年の11月は暖かく、身を切るような寒さはまだない。
「とにかく動画を消さないと」
 扉が開ききるより早く電車をどび出すように降りて走りだした。改札をぬけて正面に見える売店には夕刊が並んでおり、人気アイドルと俳優の熱愛を黄色い見出しが大々的に報じている。もうすでに手遅れだと分かっているが走りつづける。 
 アパートにつくと靴も脱がずパソコンに飛びついた。緊急事態に錯乱しているため動画を削除しようとしていたことをパソコンが立ち上がった時には、忘れかけていた。問題の動画は、今週の日曜日にビデオカメラを車にのせて山道の風景を撮影したもので30分ほどの長さがあり、10分の時に一目で高級車と分かる車とすれ違う。車の名前が気になりブログに「高そうな車だったなぁ。名前は、何だろう?」と書き込んで動画をアップロードした。
 5日たって車への興味は薄れていたが、会社の近所の定食屋で遅めの昼食を食べているとニュースが聞こえてきた。
「人気アイドルの江本由香里さんに熱愛報道。お相手は、俳優の武田純さんで高級車でのドライブデート中に偶然にもきさら山の峠道で車載カメラにより撮影され、この動画がインターネットにアップされたことにより熱愛が発覚しました。事務所は、熱愛を否定していますが関係者によると…」
 画面に映っているのは、間違いなくあの日の動画だった。


 あれから何時間たったか分からないが、日はとっくに沈んでる。動画とブログは、何とか削除できた。パソコン画面に表示されたブログのアクセス数は、ゆうに五十万件を超えていたので、一日に十件程度のアクセスだったことを考えると、一生かかっても達成できないほどのアクセス数をほんの数日で獲得したことになる。皮肉めいたことを考えながらも、証拠を消したことで気持ちに余裕が出てきて、いよいよ恐怖が強くなった。
「江本 由香里 熱愛 ブログ」
 アイドルの熱愛と自分のブログを関連づける情報がないか検索をしてみると、やはりブログについての記述がいくつもみられた。そしていくつかのサイトには、私のブログのアドレスが記載されている。
 最悪の展開が頭をよぎった。恐る恐る検索ワードに一つキーワードを追加してみる。
「江本 由香里 熱愛 ブログ 岩田 浩司」
 検索結果が表示されていくつかの掲示板を見ていくうちに、最悪の事態に陥っていることを思い知らされた。明らかに私に関する個人情報が書き込まれていたのだ。
 目の前が真っ暗になり吐き気を催した。書き込まれた個人情報は、名前、年齢、生年月日、顔写真、そしてあろうことか会社名までを含んでいた。このうち顔写真は、去年の冬に地方新聞の記事に使われたことをハッキリと覚えている。今となってみると営業部代表として自社の商品を片手に微笑んでいる私が憎らしい。
 あの時は、新聞に顔が載ったことが嬉しく記事を切り抜き大切に机の引き出しにしまった。だが今回は、新聞の時と違う。今の私は、一介のサラリーマンではなく明らかに特定の個人として扱われている。インターネットという不特定多数のコミュニティーの中で特定の個人となることは、罪人に墨を入れる事に似にている。後ろめたい者は、刺青を見せないように常に着物を羽織っていなくてはならない。
 もう俺の顔には、刺青が入っている。たしかに軽率だったが車に乗っていたのが一般人で、彼らのような芸能人でさえなければこんなことにならないはずだ。
 そんなことを考えていると携帯が鳴った。画面には、営業部長の初谷の名前が表示されている。
「もしもし、岩田です。」
 平静を装おうとしたが声が震えている。
「岩田か?お前今どこにいる。できる限り早く会社にこい、何が起きているか分かっているよな」
 初谷の声は、脅すように低く受話器越しにもいら立ちが伝わってくる。
「はい、よくわかっています。俺がネットにあげた動画のことですよね。早退したのも実は、そのことが原因です」
 何か崩れたような気がして自暴自棄に答えた。
「てめぇ、分かっているんだったら早く来やがれ」
 怒りの為か少し訛りが出ている。電話は、そこで切れた。
 大きな流れが私を押し流そうとしているように感じる。会社へ向かう道や電車の中でも人の目が気になって落ち着けない。
 やっとの思いで会社にたどり着くと開口一番に初谷が言った。
「クビだ。出ていけ二度と顔を見せるな」
 怒りは伝わってきたが、心のどこかに罪悪感があるのか
「これは、俺が決めたことじゃない。もっと上の決定だ」
 と付け足した。後ろでは電話が鳴り続けている。
「お世話になりました」
 深々と頭を下げる。残業をしている元同僚たちは、目を合わすまいと下を向いたまま微動だにしない。
 いつもの様に会社を出て駅のほうへ歩き出すと雲一つない空にオリオン座が見える。吐く息は、いつのまにかすっかり白くなっていた。
サニー
2012年11月15日(木) 21時34分32秒 公開
■この作品の著作権はサニーさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
初めましてサニーと申します。

ネットに小説を投稿するのは、初めてで誤字や読みにくい箇所等至らない点はありますが気楽に読んで下さるとありがたいです。

この作品の感想をお寄せください。
No.5  サニー  評価:0点  ■2012-11-28 00:31  ID:8e1Jm3WWRKk
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昼野陽平さん
らたさん

感想とご意見ありがとうございます。

やはりといってもいいでしょうが自分自身でも淡泊すぎるように思って後悔しております。
お二人からご指摘のあった通り文章が淡泊で弱いのが最近の悩みです。
冬だからこのくらいあっさりのほうがいいだろう。などと思いあがっていた自分が恥ずかしい。

貴重なご意見ありがとうございました。
No.4  らた  評価:30点  ■2012-11-25 20:51  ID:9hhwgmk6ESY
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はじめまして。らたと申します。拝読しました。
文章につっかえることなく、とても読みやすかったです。
しっかりとした文章力をお持ちなんだな、と思いました。
しかしすこし味気ないというか、すごくさっぱりとしていて、
そのまますとんと強く印象に残らず、終わってしまいました。
それが、白っぽい冬の寒さ、の雰囲気ということでしょうか。
どうでもいいですが私は(も?)オリオン座がみえると、冬が来てしまった、ついに来てしまったと思います。

幼い感想で申し訳御座いません。失礼いたします。
No.3  昼野陽平  評価:30点  ■2012-11-24 18:03  ID:/M49zwFIFX6
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ネットこわいですね。
けっこう面白く読めましたが、もうちょっとなんらかの展開があるといいな、とおもいました。
No.2  サニー  評価:--点  ■2012-11-17 14:02  ID:pMWK5DEMdr2
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zooeyさん

ご感想とご指摘ありがとうございます。
「……」は、文章作法の項目に書かれていました。お恥ずかしい。

変化を強調するための対比や初期値との差が改めて読み返すと、なかったり弱かったようです。自分自身でもそう思うのにどうして指摘されるまで気づけないのでしょうね。
あと、「錯乱」より「動転」のほうが自分でもしっくりきますが、戒めとしてそのままにしておきます。

本当に参考になるご意見ありがとうございました。
今後のための糧とさせていただきます。
No.1  zooey  評価:30点  ■2012-11-17 10:50  ID:LJu/I3Q.nMc
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読ませていただきました。
タイトルの付け方がいいな、と思いました。
季節の冬と主人公の不遇を暗示していて、お上手だと思います。
発想も面白いなと思います。
現代ならではという感じが良いなと感じました。

ただ、もう少し季節感というか冬の風情っぽいものがあると、さらにタイトルも映えたのではないかなと思います。
ラストのオリオン座などはとても良いなと思いましたが、
それも、冒頭部分に、空のまだ温かみのある様子などを描写してあると、
全体としてきれいにまとまるのではないかなと感じました。
主人公の心境的にも、はじめの方とラストで大きな変化があった方が、冬になってしまった感が強調された気がします。

あと、これは些細なことですが「錯乱」という言葉はちょっとしっくりこないなと思いました。「動転」くらいがちょうど良いかなと。
誤字等は特になかったかなと思います。
私が初めて投稿したときは(今も割とそうなのですが)誤字脱字だらけになってしまったので、きちんとされてるなと思います。
ただ、一つだけ気になったのが「?」とか「…」の使い方です。
基本的には「?」や「!」の後は一文字文下げる、
「…」や「−」は二文字分使って「……」「−−」とするようです。

色々と勝手なことを書きました。すみません。
また読ませてください。
総レス数 5  合計 90

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