永久(とわ)に愛を
 
 ↑マルレーネ・デュマス。[Snowwhite and the Broken Arm]


 JJJと書いて、スリージェイと読ませる筆名のセンスの悪さ、なおかつ『永久に愛を』などという下品極まりない、ひどく臭ってうんざりさせられる、作者の低能を大きく広告するこのダサいタイトルに惹かれてページを開いてしまったあなた。
 括弧書きされた(とわ)に、苦笑とも失笑ともつかない奇妙な笑いを口もとに浮かべ、思わずクリックしてしまったあなた。
 ぼくが思うに、あなたは相当程度以上、確実に病んでいます。人を小馬鹿にしてしまう病、それも重症の類ではないでしょうか。
「どんなに気持ちの悪い、下手糞な小説が展開されているのだろう? おおよそ見当はつくけれど、その予想が当たっていることだけでも確認してやろうか? 暇だからさわりだけ読んでやってもいい。さぞ退屈なシロモノに違いないのだけれど、退屈だということを確かめたい好奇心は抑えられない。なにせあの題名に、このHNなのだから!」
 あなたの内心の声が、ぼくには聞こえてくるようでした。なぜというにぼく自身も初めてこのペンネーム、およびこの題名を見た途端、しぜん卑しいニヤニヤ笑いが込み上がってきてしまったからです。
 ぼくらは同じ病を患っているようです。他人を見下すことによって、柔らかい安心を得たいという欲望を抑えられず、自信の持てない自分の足場に、他人どもを組み敷き踏みつけにして、確固たる安定を得たいという渇望。そういった種類の、一見好奇心と見紛う、イノセントな振りをした、それだけ罪の深い自己欺瞞の病です。
 ぼくらは同じ穴の狢です。その穴というのも、およそ中年男性の尻の穴のようなもの。穢い毛の蝟集する入口さえ通り抜けてしまえば、痔瘻でじくじくに爛れた内部は予想以上に広く温かく、まるでぼくらを包み込んでくれるようです。緩み切った括約筋はひくつきながら、ぼくらにこう囁きかけて励ましてさえくれます。――お前は負けてなんていないだろう。あれを見ろよ、ほら、これを見てみろ。笑えるじゃないか。負けてなんかいないだろう。

 ぼくはミニコミ誌をほそぼそと発行している会社に勤めています。いかがわしい健康食品やレストランの提灯記事で成り立っている、ありふれた会社です。
 そのミニコミ誌に『小説道場虎の穴、 虎穴に入らずんば虎子を得ず』という長ったらしいタイトルのコーナーがありまして、一般の方からの投稿作品を載せることになっています。長ったらしいタイトルになったのには理由があり、元は単簡に『小説道場』だったのですが、送られてくる小説の没の多さに紙面を埋めることが難しくなったため、ズルズルなし崩し的に長くなってしまったのでした。活字のポイントを大きく作るといっても限度があります。自然タイトルの文字数を増やさざるを得なかったわけです。このままでは、小説本文よりも長いコーナータイトルになる日も遠くないのではないかとぼくは心配しています。実際、いつもニヤけた四十がらみの編集長は、その方が面白いじゃないか、小説投稿コーナーのタイトル自体が小説化したとすると、投稿作品が逆にタイトル化するわけだから、云々、ニセの興奮で乾いた唇をテラテラ舐めずっています。おそらくは、ネットで話題になることを目論んでいるのでしょう。『ありえないミニコミのコーナークッソワロタw』などなど、見出しまで浮かんでいるのかもしれません。
 とにかく、うんざりするほどの没の多さです。投稿されてきた作品から二三選んで編集長に渡し、判断を委ねるのですが、どれもこれも苦い顔で突き返されます。そしてぼくはまた、今月分の埋め草を探すために格闘しなければなりません。
 いや、どんなものであっても、それが文字であり、意味を成してさえいれば、支障などないではないか、そう思われるでしょうか。ただの埋め草に過ぎないのだから、と? けれども、そうではないのです。
 普通はお爺さんお婆さん方の、湿った原稿用紙におそろしく力のこもった大きい文字で書かれた、伴侶の闘病生活やその後の死についてのもの、または二十代三十代の男性作家志望者らしい、曰く言い難い、自慰で赤く腫れるほど擦り、弄くり回した自己顕示欲が放出した残りかすを思わせるもの、あるいは主婦の方の、セックスを必ず絡めた定型的なお話、人の良い男がこれも必ずといっていいほど登場し、またヒロインはなぜか決まって少し醒めています。
 ほぼこれら三パターンに限られますから、おちおち紙面を作ると、読者から非難の投書(ご老人?)、電話(男性作家志望者?)メール(主婦?)が舞い込み、対応に追われます。曰く、先月も同じものを読んだぞ! どうして自分の素晴らしい作品を載せず、同じものばかり載せるのだ? です。もちろん自分で書いたものを自分の口で素晴らしい、などと言える人はごく少数ですから、おそろしく馬鹿馬鹿しい遠回りをしなければならず、けれども結局いわんとするその本質は変わりません。ただ時間を無駄に浪費させられるだけです。
 違う作品ですと説明はいたしますが、生憎と心がこもりません。一体全体、本当に違う作品と呼べるのか? あるいは、手の混んだいたずらか何かで、ただ一人の投稿者が少しばかり文体を変えて、ぼくらを弄んでいるのではないか? そんなありえないことがわかりきっている疑問まで、暗く湿ったこころを過ぎるのです。疑惑はいつも大きく黒い鳥に似ます、そしてぼくのこころは、なお黒い影に覆われてしまうのです。

 これは小説ですが、普通の小説ではありませんでした。なぜならこれは、地方都市で細々と発行されるクズみたいなミニコミ誌の、そのまたクズみたいなコーナーのタイトルだからです。ぼくには小説らしい小説を書く気力も知力も意欲もないため、こんなものしか作れませんでした。
 けれど、この小説、または小説化したタイトルを読むことによって、あなたはあなた自身を見つけるきっかけができたかもしれない、という希望を持つことは可能でしょう。ぼくがこれを書き進めることによって、ぼく自身を見つけたように。希望は、あのおそろしい函にさえ残っていたのですから。
 ということで、今回の『小説道場』の、投稿作品です。

JJJ(スリージェイ)(ケチダ イウさん モレ市在住)
『永久(とわ)に愛を』


以下略。



(編集者注――今回、紙面の都合により、タイトルのみの掲載となりましたことをお詫びいたします。とくに、ケチダ イウ氏には、深くお詫びいたします。掲載のお礼(マガンダン・ハポン――活きイキ生活! 一ヶ月分、90錠)は、通常通りお送りいたします。

※読者の方へのお知らせです。先月掲載の作品と酷似致しますが、内容は全く違うものとなっておりますので、悪しからずご理解ください。
なお、編集部へのお電話での苦情は、最後までしっかり読まれた印に(まさにこの文章を読んでくださっている印に)暗号が必要になります。担当者が「JJJ!」と声の限りに絶叫しますから、「永久に愛を!」とお叫びください。お答えがない場合(または音量不足の場合)、お電話での苦情は受け付けられません。
また投書・メールでの苦情は、基本的に回答いたしませんので悪しからずご了承ください。それでは、みなさんこころから愛しています。

(トータルクリエイターズ様に転載のため、ネット用に「ページを開く」「クリックする」など、適宜変更いたしました)

JJJ(スリージェイ)
2012年11月01日(木) 23時50分06秒 公開
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