犬。 |
最寄りのコンビニから出ると、駐車場から犬の様に鳴かない小型犬を発見した。ミニチュアダックなんとか、って言う犬種。コンビニの袋をぶら下げたまま停止。 第一印象は五月蠅い犬。 目をやると、車の窓から顔だけ出して、犬はこっち見ていた。しかもただの車じゃない。俺が一生働いても手が出ない様な黒光りのアレだ。そんな車中から、冷房とかガンガン利いてそうな、そんな車内から犬は俺をまじまじ見ている。観察ではなく奇異の目だな。見下している様に見えなくもない。 羨ましいね、この野郎。俺が犬になりてえよ。 あの長い垂れた耳は今まで罵声なんて聞いた事無いんだろうね。それどころか褒め殺しだろうよ。あの犬種なんて生まれた時点で勝ち組決定だからな。 神様は不平等だな。七日間で世界を創るからこういう不具合が生じてしまう。 犬は犬らしく、飯食って寝て散歩すれば良いだけなのによ。でもそれだと俺とやってること変わらないな。 ……俺も犬に産まれたかったよ どすっと。 「馬鹿兄貴、止まってないで進みなさいよ。出られないでしょ」 後方からケツに蹴りを入れる暴力魔。名前は妹。良く母に似て色々と痛い、俺が。 「今行くって、てか蹴るなよ。痛いだろうが」 「ちょっと見て、あの犬! めっちゃかわいくない!?」 妹は目を輝かせながら、俺の見ていた方向を指差す。 俺の話は無視ですか。可愛げのないガキだこと。 「ちょっとちょっと、こっち見てる! ねぇ、本当にかわいくない?」 妹は俺の肩をバシバシ叩き、鼻息を荒くする。 「あー本当だ、かわいくない」 ここでまた蹴られる。速度は遅いが威力は重い。 「うっ……」 「ふんっ。馬鹿兄貴は見る目が無いわね」 今気が付いたが、この女は自分がミニスカートと言う事を自覚していないらしい。注意はしない。したところで回し蹴りだろ。てか、しましまって。 「馬鹿兄貴は本当に馬鹿兄貴ね、だからみんなに馬鹿って呼ばれるのよ馬鹿兄貴」 そこまで言わなくても。 「馬鹿なのは知ってるから黙れ。取りあえず黙れ。心の傷が癒えなくなるから」 母、父、バイトのお姉さん、妹。 精神的攻撃は恐ろしい。 「それより、ああ言う犬飼いたいよね。なんか、こう撫でて抱きしめて……ぎゅっとしたい!」 「俺もだな、ああ言う犬は解体したいな。なんか、こう首をぎゅっと……」 「そんなに蹴られたいの。このマゾ兄貴」 中々のセンスだと思ったんだが。 青アザ3個目。湿布も買わないとな。 「現実問題、うちじゃあ飼えないんだから、あきらめろ。生活費だってアレなのに厳しすぎんだろ犬は、よ」 俺がまともに働かないのが悪いんだけど。 「まあそうなんだけど、見るのはタダじゃん!」 「んじゃ今のうちに一生分見とけ。あんな綺麗な毛並みの犬なんてそうそう見れないからな」 そう言うと妹はしゅんとした。何だか珍しい表情だ。彼女の心を垣間見れた気がする。気だけ。 それから5分した後。妹は「帰ろっか」とやや傷心気味の声を上げた。 現実なんてそんなモンよ。期待しても悲哀の波が帰ってくるだけ。 でも、そこから逃げるとこうなるから気をつけろよ。と言いたいが、俺は絶対に言いたくない。 薬局に向かう途中。 「ねぇ、どうして犬ってあんなに可愛いんだろうね」 またその話題か。 「いや、俺は猫派の人間なんで」 そう言うと妹は三白眼を更にキツくし俺を睨む。 「犬の方が断然可愛いわよっ!?」 反論しても良いが、アザがこれ以上増えるのは嫌なので 「……そうですか」 従順な犬に成り下がってやった。 犬ね。 可愛い犬は良いけど大型犬はどうしても苦手だな。 「私は犬だったら、どんな犬でも好きなの」 「へぇー、へぇー、そうでございますか」 そこで妹は頬を染める。 「だから、……馬鹿兄貴の事も嫌いじゃないわよ」 何、言ってんだか。 まあ嬉しい。 「兄妹だな、やっぱり。兄貴が馬鹿なら、妹も馬鹿だな」 「何それ! 前言撤回! 私、犬はどんな犬でも好きって言ったけど、馬鹿兄貴みたいな社会的にも人間的にも、負け組の負け犬だけは唯一受け付けないわ!」 あかんべーって古すぎだろ。 酷い妹だ。 俺の触れられたくない場所にズケズケと入って来やがる。 ホント犬好きと、犬は嫌いだね。 俺も犬だけど。 |
邂夏
2012年10月05日(金) 23時24分18秒 公開 ■この作品の著作権は邂夏さんにあります。無断転載は禁止です。 |
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