お金色婆さん
 

 あるところに物乞いをしているおばあさんがいました。
 いや、本当のことを言ってしまうと、あるところとは、目黒区自由が丘四丁目でした。
 ぼくは、なぜか彼女をみてナイフで突かれたように胸が痛みましたが、ぼくは、このときはじめて女性のオコンジキサンをみたのではありませんでした。
 ぼくが生を受けた土地では、物乞いをする人を、オコンジキサンと頭におを付けて呼んでいました。ぼくは、そのことを不思議に思って、八十年前には、うら若きヲトメであったであろう、母の母である白寿のお祝いをしたばかりのおばあちゃんに、訊いてみました。
 あー、それはなあ、好きでオコンジキサンやってるわけやない。ご先祖さんのメグリいうもんをそのことで浄化してなはるわけや。そやからな、オコンジキサンを馬鹿にしたらあかん。ご先祖さんのために、罪をつぐのうてはる偉い人なんやから。
 あのときのおばあちゃんの言葉が、女性のオコンジキサンを眼前にしたぼくに再び聞こえてきたのです。
 そして、その頃男のお金色さんにも出会ったことがあったことを思い出しました。
 学校の帰りに友達四人と回り道していたときのことでした。ちょっとした沼というか、ため池があるところにぼくらはかけあがって、そこは道路よりも高くなっていたから、なにかお堀のようでしたが、そこに一本だけあった桜の樹の下に、そのお金色さんは、いたのです。ぼくらは、対岸から上がってきたときから、すぐにお金色さんだと気づきましたが、素知らぬ顔で、堀に石を投げ入れてあそんでいました。いわゆる水切りというやつですが、そうやって水切りしながら、誰ともなくじょじょに対岸の方へと近づいていくのでした。
 そして、ひとりまたひとりと手に枝を持ち、毛布の成れの果てのような烈しく汚れたズタボロの布らしきものにくるまり、まるまっているお金色さんに、ひとりひとり近づいてゆき、枝の先でツンツンして、また走って戻ってくるのでした。
 やがて、誰だったでしょうか、お堀の水面に漣が立つほどの「やれー!」という大きな声が号令みたいに響くと、ぼくらはゲートが開いた競走馬のように一斉に走り出し、お金色さんを枝が折れるまで叩いて叩いて叩きまくったのです。
 おばあさんのお金色さんを遠目に見ながら、ぼくはまざまざとあのときの光景を思い出していました。と、その五十絡みの女のお金色さんと目があうと、ぼくを手招きするのでした。ぼくは、少しびっくりしましたが、まあふらふらとボウフラのように、そちらへと彷徨いながら近づいてゆくと、彼女は、こういったのです。
「兄さん、千円でいい。あたしのあそこ、みたくはないかい?」
 そういうな否や、前を肌けたばばあは、ポロンとほんとうに音が聞こえてくるみたいに、とてつもなく巨大なスイカのようなまだ張りのある乳を、僕の眼前に晒したのです。
 とんでもないババアでした。ぼくが、絶句していると、にやにやしながら、
「兄さんのは、もう剥けてるのかな? なんならしゃぶってあげるからさ、どう?」
 ぼくは、薄気味悪くてたまらなくなり、唾でも吐きかけてやろうと思いましたが、それすら勿体ないような気がして、というか、ちょうど尿意を催していたところでしたから、ズボンのチャックを下げ、ボクサーパンツの中から取り出すと、好色ばばあに、放尿してやったのです。
 ばあさんには、よけるという概念は、まったくないようでした。というか、むしろカスケードに向かって来たような。
 さて。
 だいぶ、溜まっていたのか、結構な勢いで、ばーさんの顔にゴールデンシャワーを浴びせかけていたわけですが、やがておかしなことに気がつきました。なにやら、ばーさんの顔が崩れてきたのです。むむむのむー。なんと面妖な。もしや、妖怪か? しかし、そうでないということは、わかりきっていました。ばばあの顔は、メーキャップされていたのでした。
 その化粧が、取れかかっているらしい、ことがよくわかりましたし、さらによくよく見てみると、ぼろぼろのなにやらチュニックやら、レギンスやらは、敢えて穴を開け、汚れをつけたことが見てとれたのです。
 すると、ぼくは、こんなことを思いました。あの、王子と乞食みたいに、この人は、本物の乞食と入れ替わっているのではないだろうか。
 実は、憧れのブリトニーちゃんだったとか?
「ねえ、お兄さんならロハでもいい。抱いておくれよ」
 彼女の座る背の低いベンチの傍らで、大きなひまわりがその名のごとく太陽のようにフレアを放ち、めらめらと自身を燃え上がらせていました。
「ねえ、お兄さん後生だから……」
 ひまわりは、気まぐれに吹く風にその首をゆさり、ゆさりと重たげに揺らしていました。
太田
2012年09月30日(日) 14時44分01秒 公開
■この作品の著作権は太田さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
限りなく落ちないものを狙っていたのですが、読みようによっては「落ちている」ことに気づきました。男子一生の不覚です。

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