| 抱き締めて |
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桐原草の今日のお題は『筋肉痛』『風』『速度』です。 あと三人。 テーピングを巻き終えて僕は立ち上がる。グラウンドへの薄暗い廊下を歩きながら何度も行ったシミュレーションを、飽きもせず頭の中で繰り返す。試技の前の自分なりの儀式だ。 ここまではなんとか駆け上がってきたが、これからは試合で挑んだことのない高さ。そして僕は最終走者。この一回で決まる。記録への、ライバル達への最後の挑戦だ。 一週間前の怪我はもう考えない。そう決めた。彼女をかばって怪我をしたのも、筋肉の痛みも、全国大会への切符のかかったこの県大会に出ることを決めたのも、ミスをして試合で跳んだことのない高さに挑戦しなくては勝てなくなってしまったのも、すべて僕のやったこと。 グラウンドは熱気に満ちている。すべての競技に全国大会への出場権がかかっているのだから無理もない。走り幅跳び、短距離、そして走り高跳び。広いグラウンド全体を熱が渦巻いて、鼻や口を通して僕の肺のすみずみ、肺胞の中まで焦げ付きそうだ。息苦しい。 あと二人。 応援席に部の皆と一緒にいるかもしれない彼女を無意識のうちに探そうとしていた。だが、首を一振りしてこらえる。自分のせいで、と彼女が自分を責めていたのを知っている。もしかすると見ていられなくて帰ったかもしれない。残っていても泣いているかもしれない。泣き虫のキミのことだから。 キミのせいではない。これは事故だ。だから泣かないでくれ。僕が跳ぶのを見守っていて。 息を大きく吸い込む。熱をはらんだ風が僕の中を駆け抜ける。僕の手の、指の先までグラウンドの風を送り込む。さあ、もう僕にはあのバーの向こうしか見えない。 あと一人。 跳ぶ前のこの緊張が好きだ。 僕を応援してくれている人の声、ライバルの応援団のざわめき、審判の打ち合わせの声、他の競技への声援。うるさいとさえ感じてしまう、体温とそれ以上のグラウンドの暑さと、いろんな声のうねり。 この緊張の一瞬に、そんなものからすべて解放される。僕を地上に引き留めるものはなくなる。僕は天使よりも自由だ。 さあ僕の番だ。 笛が遠くから聞こえる。 サナギから抜け出す前の毛虫のように、あのバーの向こうの空を見上げる。あそこに向かって飛び立つ。それしか考えない。 大きく一歩。大地を蹴りあげる。 二歩、三歩。 だんだん早くなってくる僕の足。 僕の体は知っている。何歩であそこまで行けるのか。踏み切りに最適な場所まできちんと僕をつれていってくれる。 いまだ。 前に進むのはヤメダ。僕は跳ぶんだ。この右脚にすべてを託して。 ゆっくりゆっくり、スローモーションのように、僕は振り捨ててきた地上から、高みへ、さらなる大空へと目を移していく。 背中にバーを感じながら、僕の両手は空に向かって伸ばされていく。 キレイだ。僕は今、この大空を抱き締めているんだよ。 ゆっくりと頭から落ちていく僕の体は、今度は地上に向けて体重を増やしているところ。戻っていくところはキミの腕の中。キミのために大空を捕まえたよ。 目を開けるとキミが抱き締めてくれるだろう？ キミの顔しか見たくないんだよ。 背中に衝撃とマットのスプリングを感じて、僕は地上に戻ったことを知る。 固く閉じていた目を開けると、応援席で立ち上がって僕に手を振ってくれているキミの姿がみえた。 |
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桐原草
2012年08月31日(金) 03時01分43秒 公開 ■この作品の著作権は桐原草さんにあります。無断転載は禁止です。 |
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| No.8 桐原草 評価：--点 ■2012-09-14 04:41 ID:1zZ2b3u5YfY | |||||
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星野田さま どうもありがとうございます。 おっしゃるとおりです。 はじめはアスリートの彼がバーを越すまでの話だけでした。 書いている途中で彼女を思いついてしまって、一気に妄想が爆発してしまったという感じでした。 おっしゃるとおり、飛び越してからいままでのことがぐわっとくる感じにした方が、臨場感がぐっと出ますね。 なんだかアスリートの彼がもっと好きになりました。 いつになるかわかりませんが、もっと面白く書き直して見ていただきたいと思います。もう少し長くしてしまうというのもありですね。 どうもありがとうございました。 |
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| No.7 星野田 評価：20点 ■2012-09-14 00:49 ID:p72w4NYLy3k | |||||
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どうもこんにちは。「初めての…1000文字小説」を読んだ後に続けて読みました。 あんまり関係ない話なのですが、アスリートはストイックな性格の人に惹かれます。 そんなわけで、読みながら「君、目の前の競技に全然集中しきれてないね！」と思ってしまいました……！ 「一週間前の怪我はもう考えない。」とか言ってるのを読んで、考えてるだろ！とつっこんでしまった（笑） あくまでも自分にとってはですが、全力を出す瞬間って今の身体の状態を受け入れて動くというか。足に怪我があったとか、昨日寝不足だったとか、トイレに行きたいとか、そういうのをすべて受け入れて全力を出す感じがあるような気がして。トイレ行っとけばもっと力を出せた、などと悔いを感じるのは、全力を出し切ってマットに落ちた後に感じることだよなあ。あくまで個人的な感覚では、ですが。 自分がこの物語を書くとしたら、飛ぶ前と飛ぶ瞬間、飛んでいる間は、ひたすら集中して集中して自分に没頭した主人公を描き、マットに着地した瞬間、わっと世界が広がったようなかんじに、過去のこと、誰かのことを意識させるかなあ、と。 いろいろな集中の仕方、試合への臨み方をもつ人がいるでしょうし、この物語の登場人物の様な試合前の気持ちをもつ人もいるかもしれません。 「この人はこう考える人間だ」という設定を、物語的に納得した上でのこの一人称作品なら、まったく問題ないと思います。 しかし、高跳び選手設定がおまけ的要素で、主体テーマが彼女への思いであるために、彼という存在の説得性に欠けるように感じ（うまく言えませんが）、彼が高跳び選手である物語的な必然性はないように感じます。意地悪く言えば、高跳び選手が宙を舞うシーンに乗せた描写を挟みたいがゆえに高跳び選手設定におもえなくもない。物語のために作られた登場人物っぽくないといいますか。 ある意味、重力を否定して、空へ跳んだ彼の、質量のない感じは、この物語に似つかわしい透明感を伴っているとも言えるので、悪い効果ばかりではないと思うのですが…… 彼の人間性を描き切り、過去を匂わせ、とび越えるべき壁を演出した上で「大空を捕まえたよ。君の腕の中に持って帰ってきたよ」というような流れだったら素晴らしいんだろうな、惜しさを感じました。（この部分は好きだったので） ちょいと欲張りすぎて、一つのシーンでいろいろ書こうとしすぎなのかもしれません。 |
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| No.6 桐原草 評価：--点 ■2012-09-10 00:50 ID:1zZ2b3u5YfY | |||||
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えんがわ様 感想ありがとうございます。 なんというか、今回の皆様の感想で投稿して良かったな、と思いました。 作者としてはスローモーションの所に一番気合いを入れて書いていたので、もしも褒めていただけるならそこかなあ、なんて勝手に思ってましたら、指摘していただくところが全く違うところで、それがまた皆さんいちいちうなずける内容だったので、投稿して良かったなと。 えんがわさんだったら回想シーンにするかも、と指摘していただいて初めて、「ああここできちんと書き込むと中編、長編になれるんだ」と気づきました。 私はいま長編の壁がよじ登れずにいます。というか中編もムリムリです。それでよそで連載作を途中でほうりだして、お題や慣れ親しんだ短編に逃げているというわけです。（全くしまらない話でスミマセン） サナギや天使を褒めていただいてありがとうございました。なんだかくすぐったくて、でも嬉しかったです。 そして、確かに競技者として目をつぶるというのはどうかな？ という感じですよね。指摘されて初めて気づきました。書く前に気づけよ、という感じです。 なんだか色々やらかしていますがこれからもよろしくお願い致します。 |
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| No.5 えんがわ 評価：30点 ■2012-09-09 21:32 ID:Kihk3/i8Shs | |||||
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拝読しました。 物語全体にスピード感というか緊張感があったと思います。 あと三人、二人、一人とのカウントダウンがテンポ良く効果的で、ダレを感じませんでした。 それと主人公の怪我。（自分だったら、ここら辺を回想シーンにして細かく描いてしまいそうですが。） それを作者さんが必要最少限の描写に留めたことも、謎めいていて、無駄な部分を感じさせず、緩さを感じませんでした。 本当に大丈夫なのか、強がりなのか、競技に影響しないのか、などこちら側に想像を委ねさせたのが、 クライマックスを読ませずに、短編って短い作品に奥行を与えていると思います。 それと個人的にツボだったのが >僕は天使よりも自由だ >サナギから抜け出す前の毛虫のように の比喩でした。天使と毛虫を立て続けに持っていくのが読んでいてハッとさせられました。 二つの間に距離があるようで、でも共に空を跳ぶ躍動感があって、何というか凄い発想力だなぁ、表現力だなぁと唸りました。 ただ競技中に目を閉じるってのが、表現としては成功しているのだろうけど、ややその為に現実味を減じているような気がしました。 それはオチの鮮やかさにも繋がるのだけれど、うーん、県大会まで行ってその先へ跳ぶ人が目を閉じちゃうかなぁ。 それと先に触れられているのですが、ピストルは、えっとどうなんだろ？ 笛とかならありそうなんだろうけど、違和感が。 |
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| No.4 桐原草 評価：--点 ■2012-09-05 12:25 ID:1zZ2b3u5YfY | |||||
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蜂蜜様 はじめまして、桐原草と申します。 初めての投稿でしたが読んでいただけて嬉しいです。 これからマイペースではありますが、此方の掲示板に投稿させていただこうと思っておりますので、こちらこそ、どうぞよろしくお願い致します。 診断メーカーという、自分の名前を入力すればそれに応じて色々な診断をしてくれるところがありまして、そのサイトの中でお題を日替わりで出してもらえるので、この三つの言葉を使って書いてみました。説明が上手く出来ていなくてスミマセン。 端的ですがすがしいなどと言っていただけて、光栄です。 と、ところで、実は陸上未経験なのですが、走り高跳びはピストル使わないんですかっ？ よく調べずに書いているとこういう落とし穴が…… そういわれれば、スタートは○分以内に自分の気持ちが高まったときにスタートすれば良かったような、そんな気もしてきました。棒高跳びはそうだったような…… ご指摘ありがとうございました。次回はもっと気をつけたいと思います。 三語小説の掲示板も見つけました。出来ましたら挑戦してみたいと思います。教えていただいてありがとうございました。 これからもどうぞよろしくお願い致します。 |
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| No.3 桐原草 評価：--点 ■2012-09-05 11:24 ID:1zZ2b3u5YfY | |||||
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お様 こんにちは、読んでいただいてありがとうございました。 気づかずお返事が遅れまして申し訳ありません。 ＞語りが自然体でそれでいて描写がしっかりしていて、情景が目に浮かぶだけでなく熱気や緊張感も伝わるようでした。 ありがとうございます。情景が目に浮かぶと言っていただけて、ホッとしています。はじめてこちらの掲示板に参加させていただいたので、場違いだったらどうしようとか思ってしまって…… 「速度」はこれでは消化出来ていないかなと心配でした。が、感じのいい作品だったといっていただけたので、次回にまた頑張ると言うことで（ゴニョゴニョ） これからマイペースで投稿させていただこうと思っておりますので、よろしくお願い致します。 |
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| No.2 蜂蜜 評価：40点 ■2012-09-04 22:47 ID:X5IOOPj01FA | |||||
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たぶんはじめまして、ですね？ 蜂蜜と申します。ええと、遥か昔、ここTCにいた人です。 ぼちぼち復帰を目論んでいます。生息地は主に「現代／歴史」板です。 今後ともよろしくお願いします。 TCの名物詩？ でもある三語小説ですが、僕も過去に、何度か書いたことがあります。 TCでかつて頻繁に行われていた「三語小説」のルールは比較的ユルく、「とにかくその単語を作品の中に使えばオッケー」というイージーモードだったため、僕が自分で作品を書く時には、「三語」ではなく、「三題」と脳内変換して、与えられた３つのキーワードが、作品のストーリーに必ず「必要不可欠なかたち」で織り込まれていること、マイルールとして考えていました。ですので、他の方の三語作品に感想を書かせていただく際にも、そのようなことを念頭に置きつつ、感想を書いていたような記憶があります（……たぶん。結構前なのでちょっとあやふやです）。 前置きが長過ぎました。 「診断メーカー」というのが何なのか僕にはわからないので、お題の由来がわからないのですが、もし完全にランダムにこの三語が選ばれ、それを消化したのであれば、違和感なく、非常に端的ですがすがしい作品になっていると、非常に好感を持ちました。 ところで蛇足ですが、走り高跳び競技って、開始時にピストル鳴るんですか？ 陸上は素人なのでわからなかったのですが、あんまりピストルでよーいどん、という競技じゃなかったような気がしたのですが、僕の勘違いだったらすみません。 |
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| No.1 お 評価：40点 ■2012-09-04 14:12 ID:.kbB.DhU4/c | |||||
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こんちわ。 めっちゃ感じの良い話しでした。 とても良かった。 語りが自然体でそれでいて描写がしっかりしていて、情景が目に浮かぶだけでなく熱気や緊張感も伝わるようでした。 で。「速度」ですが、直接的なスピード感があるかといわれると、ちょっと微妙というか、むしろ、見せ場としてそれこそスローモーションのように、実際速く駆けているところがゆっくりに感じられるような描写がとられているので、見かけのスピード感は感じにくいけど、裏返しの実際的な意味での速度はもちろんあるのだろうけども。 そんな感じすかねぇ。 |
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| 総レス数 8 合計 130点 | |||||
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