初めての……(1000字小説)
 手を普通につながないで、指と指を一本ずつ絡めてつながれた。私がびっくりして見上げると、彼はささやくように顔を近づけて教えてくれた。
「恋人つなぎっていうんや」
 ぎゅうっ、と力を入れて握りしめられる。心臓のドキドキが止まらなくなった。汗が背中にじんわりにじんでくるのがわかる。
 手にも汗をかいているような気がしてくる。気持ち悪いって思われないかな。嫌じゃないかな。そんなことばかり考えて手を離そうともがいてみるけれど、彼の指が根元までしっかり絡みついて、離してくれようとしない。
 彼の視線が痛いのに目が離せない。どうしよう。なんだか顔が歪んでくる。ううん、胸の底の私はもう泣き出している。
 いつの間にか足が止まってしまっていた。近づいてくる瞳に私の影が写っている。頼りなげにゆらゆら揺れながらゆっくり近づいてくる。

「なあ、キスしてもええ?」
 心臓の辺りで大きな音が、ボンと鳴った気がした。きっと彼にも聞こえているだろう。こんなに近いのだもの。
 口を開きかけたそのとき、空いていた彼のもう一つの手が私を抱きしめ、唇が口をふさいだ。
 もうだめ。目を開けてなんかいられない。足もガクガク。初めて触れる彼の唇と舌はぽってりとして、やわやわと暖かくって、私はもうとろけてしまいそうだった。

「がまんできへんかった」
 彼の言葉が私の唇を柔らかくついばんでいる。私は立っているのがやっと。彼の腕がなかったら崩れてしまっていたかもしれない。背中に回された手が熱い。とても熱い。
 すうっと唇が離れていった。ひんやりした感触に、一瞬寂しい、と思ったけれど、彼の目は私をじっととらえていて離さない。今の気持ちも見抜かれてしまっているのかもしれない。
 やだ、もう恥ずかしくてたまらない。顔がほてって汗臭いんじゃないだろうか。嫌われちゃったらどうしよう。

 不意に彼がふっと笑いをこぼして、おでこで私の額をコツンとした。
「顔が真っ赤だ」
 そう言われて余計に恥ずかしくなって、たまらなくて、下を向いてしまう。もう何も見ない、何も聞こえない。
 いつの間にか離されていた、つないでいたはずのもう一方の彼の手が、私を包むようにやんわりと抱きしめた。
「大好きだ」
 耳元でそうささやかれて、私は体の支えを失った。壁にずるずるもたれ込みながら、それでも見てしまう。彼の笑い顔はからかっているのではなく暖かで、その手は私に向かって差し出されていた。
桐原草
2012年09月09日(日) 02時34分24秒 公開
■この作品の著作権は桐原草さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
今回のお題は、『おでここっつんしている』『薫子』を描きor書きましょう、というものでした。薫子というのは以前の私の作品の登場人物です。
キスの日に書きました。思い切り甘く書いてみたつもりですがいかがでしょうか。
1000字ちょうどの短編小説を教えていただき、面白そうだったので書いてみました。結構文字あわせが難しく何度も見直したので、思いがけずきちんと推敲を重ねる結果になりました。

この作品の感想をお寄せください。
No.9  桐原草  評価:--点  ■2012-09-19 20:55  ID:1zZ2b3u5YfY
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夕凪さま

ありがとうございます。
彼女が初めてのキスで舞い上がっているところだけを書きたかったので、こんな風になってしまいました。

私の脳内では彼はもちろん!(笑)イケメンです。

読んでいただき本当にありがとうございました。ウィットに富んだコメントをありがとうございました。
No.8  桐原草  評価:--点  ■2012-09-14 04:56  ID:1zZ2b3u5YfY
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星野田さま

こんにちは、感想ありがとうございます。
「私」がふわふわしているところがでているっていうの、最高に嬉しいです。
ウブな彼女の舞い上がってしまっている気持ちで、書いている途中は私も恥ずかしく思いつつも幸せになれたので、そこをくみ取ってくださってありがとうございました。
こんなに短いのに、思いがけない評価をいただきましてありがとうございます。
これからも頑張りますのでよろしくお願いします。
No.7  星野田  評価:50点  ■2012-09-14 00:12  ID:p72w4NYLy3k
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こんにちは初めまして。

 もう、甘々ですね。スイカに塩をかけようとしたら間違えて、塩キャラメルをかけてしまったくらい甘いですね。
 言いたいことは他の方に先を越されてしまっているのですが、とてもとてもよかった。

 語り手の子の心が宙に浮いているというか、なんかもふわふわしている気持ちがこれ以上ないってほど伝わってきました。そして相対する彼の、私を愛おしく思っている気持ちもうわぐわー!って伝わってきますね。
 なんだか心がぎゅうってなりました。擬音語ばかりの感想ですみません…!

 この短い中で、二人の関係を具体的に書かずに、しかしとても丁寧に書かれているように思えて、そこにも好感が持てます。
 頭ではなく、心で楽しめる作品だったと思います。よかった。
No.6  桐原草  評価:--点  ■2012-09-11 09:45  ID:1zZ2b3u5YfY
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zooey様

感想ありがとうございます。

>短い簡潔な文の中に、長めの揺らぎが表れている文が入れられていて
そこだけは気を遣いましたので褒めていただいて嬉しいです。
不安な感じが伝わっていれば満足です。

ラノベ風の作品も多いので気を遣いながら投稿していきたいです。
前の作品も読んでいただけたのですか。
ありがとうございます。
これからもよろしくお願いします。
No.5  桐原草  評価:--点  ■2012-09-11 09:29  ID:1zZ2b3u5YfY
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お様

赤面するくらい恥ずかしく、でもR指定なし、というのが今回のコンセプトだったので、そういっていただけるとニヤニヤしてしまいます。

爽やかさの十分の一……いやあ、書いてるときは恥ずかしくてたまりませんでしたよ。(最後の方はノリノリになってしまったことは認めますが)

感想どうもありがとうございました。
No.4  zooey  評価:40点  ■2012-09-11 02:26  ID:1SHiiT1PETY
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読ませていただきました。
とても良かったです。
短い簡潔な文の中に、長めの揺らぎが表れている文が入れられていて、
その感じが何だか絶妙だなと思いました。
なんだか不安げな心情をうまく表現しているというか、そんな風に感じました。

内容的には、甘い作品があまり好みではないので、そこまで惹かれませんでしたが(これは読み手側の問題だと思います)、
こういった雰囲気の作品が好きな読み手の方は、きっとかなり楽しめる良い作品なのだと思います。
関西弁の柔らかさも利いていますよね。

好みとしては前作の方が良かったのですが(実は読ませていただいていました)、
また別のものも読ませていただきたいなと思いました。

ありがとうございました。
No.3  お  評価:30点  ■2012-09-10 22:38  ID:.kbB.DhU4/c
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ムハハ
なんかこう、はずかしーーーーーーーって感じですね。
ド直球ど真ん中!
いいおっさんが赤面してにやにやしてますが、何か?
この爽やかさの十分の一でもあればもっと違う人生が送れていたはずなのになぁと想わずにはいられない今日この頃でした。
No.2  桐原草  評価:--点  ■2012-09-10 01:03  ID:1zZ2b3u5YfY
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えんがわ様
こちらまで読んでいただきありがとうございました。
うわあ、なんだか最大級の賛辞をいただいてしまいました。
ストーリーも何もない文章なので、もう甘くて甘くてしかたない雰囲気だけでも出せたらと思って書きました。

ここでお返事を書きながら思ったのですが、自分はこういうストーリーもオチもないような小説なら書けるんだなと、気づきました。持ち味って何なんだろう、と結構本気で悩んでいたので、気づくことが出来てなんだか嬉しいです。

でも、そういう持ち味の人間が長編を書こうとしたら、どういう形態にすればいいんでしょうね(泣)
まだまだしばらく悩み続けることになりそうです。

今回は身に余るお言葉、ありがとうございました。
No.1  えんがわ  評価:30点  ■2012-09-09 21:36  ID:Kihk3/i8Shs
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えっと、立て続けに拝読しました。

いやー、甘いっす。シロップをかけたチョコバナナクレープくらい甘い。一人身の自分にとっては辛いっす。
何ていうのかなぁ、凄く無駄がありそうで、無いような文章に思えました。
一つ一つの文から彼女の思春期っぽさ、うぶさ、恋に恋する乙女のような、でも自分勝手ではない感じ。
そういうのが伝わりました。

結構、使われている古典的なネタだと思うのですが、読みやすく、凄くドキドキを共感させられました。
恋人つなぎから入るなど、導入部も巧いと思います。

1000字という制限なのか、装飾や彼氏と彼女の外見や名前などの情報を省いたのが、
とても透明感があって、却ってよかったんじゃないかと思います。
1000字小説として、成功していると思います。

伝えたいことを伝えられる術を持っているんだなぁ、誠実に書かれてるんだなぁ。と感嘆しました。
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