神の賜物 |
都心に佇む閑静な住宅街という言葉がある。「コンクリートで埋め尽くされた」と形容されそうな都心のイメージとは異なり、日常の煩わしさから精神的にも地理的にも一歩身を引いたような位置にある住宅街のことをそう言う。 日中には家事を終えた主婦たちがアロマを炊きながらハーブティとお菓子で談笑を取るような日常が当たり前に繰り返されている場所のことだ。 しかしあくまで「地理的に」とだけ言わなくてはならない。なぜ「精神的に」という言葉をその優雅な日常から排除したかと言えば、それが明らかに虚偽であるからだ。 なぜならオフィス街よりも時間の流れが遅い土地柄であるからこそ、忌まわしきもののための病棟が建てられてしまう。 近隣住民が反対しようと仕方がない。すべての人に幸せの権利を。それは愛であり愛のある人間はこの騒がしい社会だからこそ尊敬されるべき人になる。 そして今もまさに愛が試されている。世界中で、そしてひと目のつかない路地の一角のどんなに小さな診療室の隅でも。彼は医師であり、医師は医師なりの愛を示さなくてはいけない。つまりどんなにイライラしても、どんなに彼らの醜い側面を見てもすべてを受け入れる態度。 〜〜 伸太郎が言った。 「昨日私は見ました。消灯の時間になり電気が消えて私も目を瞑り眠らなくてはならなくなりましたが、だいたいそれから10分ぐらい経った頃でしょうか? おそらくそれぐらいの時間です。それぐらいの時間に彼が現れました。白い服をまとった人で私は彼をお医者様かと思いましたが違いました。なぜなら彼は宙を浮いていたからです。そして彼の周りは光っていました。すごい光です。僕は眩しくて目を向けられませんでした。しかし彼はしゃべりました。日本語です。」 雅成は頷いた。 「そうです。そしてその意味はこうでした。あなたは”しゅくふく”されました。」 「祝福?」 「そうです。”しゅくふく”です。私は嬉しくなり飛び起きました。みんなに知らせるために声をあげました。私が生きることは祝福された!はじめて褒められました。マリアです。」 「マリア?」 「そう、マリアです。私は知っています。天使はマリアに来て言いました。あなたは”しゅくふく”されました」 「天使祝詞です」看護師が言った。「アヴェ・マリア、聖母マリアへの祈り」 そういえば彼女はカトリック系のミッションスクールの出だったか、雅成は思う。この神のいない時代に聖書を学び賛美歌を歌う生徒。その行き着く先がこの病棟だったわけか。神のような愛、隣人愛。素晴らしい。しかし彼女は今の生活に満足しているのか。 「そうです。そうです!彼はマリアです!そうして私に”しゅくふく”しました」 「そう、それで」雅成は言う。「彼? 彼女? どちらにしろマリアに促されたという訳ですね」 「そうです! 私は見ましたが、男か女かわかりませんでした。白くて眩しかったですから。」 「そう。しかし伸太郎さん、それは本題ではありません。その後のことの方が重要です。私としても貴方のために貴方の事実を皆に伝えるようにしたい」 「はい! しかし私には両方とっても大事です!」 「天から声が聞こえた」そう言えば、統合失調症と判断されると思っているのだろうか。嘘であるとするなら巧妙とは言えないアレンジ。しかし現実と言えば現実らしい。……いや、男か女かわからないマリアの登場どこが現実と言える。 「先生はどう思いますか?」看護師が耳打ちするように言った。 雅成は問診票に書き合図を送る。白と黒の円の間を突く。黒に近いグレー。 「先生は」伸太郎が唐突に言った。「先生は知ってますか? 子供が生まれる理由を」 「子供が生まれる理由?」 「そうです。私は知ってます。子供はこの世界に生まれたくてお腹から現れます。子供は天から降りてきますが、体に入る時に人を殺します。本当は天から降りなくても子供は産まれて元気に生きます。それなのに、天から来た子供は最初にいた子供を追い出して殺します。」 まったく意表を突かれた。彼の言葉の意味に頭が回らない。 「でも子供は本当は生きています!時々殺された子供が顔を出します。私にもたまに現れます。私は小さいときから彼と友達になろうとしてきました。でも言うことを聞きません。彼は殺されたのにだんだん大きくなります!」 奴のペースに飲まれるな。話したいことを次々と畳み掛けてくる奴だ。落ち着きがない大人ほど忌まわしいものはない。それとも本当の障害者か。 「伸太郎さん」雅成はひとつ咳を入れる。「とても興味深いお話です。私としてもこのまま時間をかけて聞きたいのですが、既に2時間が経ってしまっていますね。心もとないですが後日その二人の子供の話を聞きましょう。明日じっくりとそのお話を聞かせてください。」 「わかりました!」伸太郎はそう言うととたんにカバンに手をかけた。 結局肝心なことを聞けなかった。この問診も黒に近いグレーか。なぜ彼は寝室を飛び出したあと彼の祖母を手にかけたのか。 マリアからの思し召し。彼はそう言いたいのだろうか。男かも女かもわからないマリアに首を絞めるように促された、と。 見つかった遺書の筆跡はまだ彼女のものかわかっていないが、その可能性が高いとは聞いたが。 去り際にカバンの紐をリュックサックのように両肩にかけ靴紐を結ぶ。 「先生も恐ろしい怪物に捕まらないように!」 恐ろしい怪物? それはマリアか、それとも肉体の子供のことか? 終わり |
堀田 実
2012年09月02日(日) 01時23分49秒 公開 ■この作品の著作権は堀田 実さんにあります。無断転載は禁止です。 |
|
この作品の感想をお寄せください。 | |||||
---|---|---|---|---|---|
No.4 堀田 実 評価:--点 ■2012-09-07 13:15 ID:wmb8.4kr4q6 | |||||
>蜂蜜さん ありがとうございます。 そうですね、事前チェックが足りなかったかもしれません。 あと以前にも書きましたがやっぱり着地点が曖昧なまま書いたのがダメだったかなぁと思います。 カウンセリングのこと知らなかったので参考にさせてください。 |
|||||
No.3 蜂蜜 評価:10点 ■2012-09-05 16:08 ID:X5IOOPj01FA | |||||
初めまして、蜂蜜と申します。拝読致しました。 神の掲示か、あるいは精神の病か……非常に興味深いテーマであると感じました。 かの有名なジャンヌダルクは、現代の研究では、一種の精神病であったという見解もありますが、その一方では、一度は剥奪された聖者としての名誉を取り戻し、現在は、ローマ法王に認められた聖者の一人として讃えられています。 内容についての感想を述べさせて頂く前に、一点、気になったことがあります。それは、ケアレスミスと思われる段落前の一字下げが正しく行われていたりいなかったり、明らかに脱字と思われる箇所がある等、基本的な文章作法の不徹底です。正しく行われている箇所もありますので、おそらくは推敲不足だと思われますが、今後は投稿前に、念には念を入れて何度も読み返し、文章作法の統一を心掛けたら、全体を通して僕が感じた、作品の「粗さ」は無くなるでしょう。また、空行を多く用いており、これは作者様なりに画面上の横書きで内容を見やすくしつつ、作品中の時間の経緯等を演出する意図があるのだとはお察し致しますが、僕の考えでは、幾分多用し過ぎのように感じました……もっとも、これは単なる感覚の違いかもしれませんので、一概に決めつけるわけではないのですが。 内容については、先んじておさんも仰られている通り、天使、マリア、登場人物、胎児、老婆、医師、啓示、精神病など、ちょっとこのサイズの掌編で語り尽くすには、あまりにも多くの題材が、充分に吟味・整理されていないままに次々と登場しているため、いち読者としては、少々面食らうとともに、本作の内容や意図を混然とさせ、非常に分かりにくくさせているように思えました。もうちょっとシンプルに整理されてみてはいかがでしょうか? なお、蛇足ですが、通常の保険診療の範囲内では、精神科医は2時間も患者の話を聞くことはありません。初診の場合で長くてせいぜい30分程度、再診であれば医師や病状にもよりますが、5分か10分程度です。医師の代わりに、カウンセラーがカウンセリングを行う場合もありますが、それでも、一回あたり40分から60分程度であるのが通常で、2時間を超えるような問診は、ある種特殊な心理検査や、知能テストを行う場合以外考えにくく、また、これらは一定の質問に回答していく形式の、手順や設問がしっかりと確立した検査/テストであるため、患者が好き勝手に話したいことを喋るような類のものではありません。 大したことではないかもしれませんが、このようなリアリティの細かな調査の積み重ねがあれば、作品もぐっと重みを増してくると思いますが、いがかでしょうか? 僕からは以上です。 |
|||||
No.2 堀田 実 評価:--点 ■2012-09-04 20:19 ID:wmb8.4kr4q6 | |||||
ありがとうございます。 確かに言われてみればそうですね。 参考になります。 自分でも着地点が曖昧なまま書いていました。 |
|||||
No.1 お 評価:20点 ■2012-09-04 14:02 ID:.kbB.DhU4/c | |||||
こんちわ。 えーと、なんか、良く分からんです。 ホラー仕立てにしたかったのか、人の精神の機微を語りたかったのか。 『日常の煩わしさから精神的にも地理的にも一歩身を引いたような位置にある住宅街のことをそう言う。』と書いた後に『しかしあくまで「地理的に」とだけ言わなくてはならない。』とか、記述ミスがあるようです。都心と言いつつ一歩退いたらもう都心じゃないよねとか。 主人公、医者としてちょっとどうなの? とか。むしろ考えてることが尋問する警官みたい。 あと、殺人容疑者がふらりと診療所訪れて帰っちゃうとか。 いろいろどうなんだろう? |
|||||
総レス数 4 合計 30点 |
E-Mail(任意) | |
メッセージ | |
評価(必須) | 削除用パス Cookie |